目次
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「え?それ、本気で言ってます?」
という顔をされることに、もう慣れてしまいました。
だって私、平気で言いますから。
「ケアプランに、春休み入れてみませんか?」って。
もちろん冗談半分、でも残りの半分は真剣です。
介護の世界って、どうしても“まじめな顔して、まじめなことを、まじめに考える”という、三重苦(?)になりがちなんですよね。
計画、目標、評価、モニタリング…
気づけば、日々の暮らしが「なんだか宿題に追われてる学生時代」みたいになっていませんか?
でも、ちょっと考えてみてください。
私たちの人生にだって、ちゃんと“春休み”がありましたよね?
新学年と旧学年の間に、ほんの数週間だけ自由になれる、不思議な時間。
あの、時間に追われず、未来に縛られない、ふんわりとした季節。
桜の下でなんとなくぼんやりできる、あの“間”を、ケアプランにも入れてみたらどうなるんだろう?
今回は、そんな突拍子もないけど、実はちょっと本質をついた(つもりの)お話。
ケアマネジャーさんやご家族、そして介護の渦中にいるすべての人に、「肩の力を抜いて、ほっと一息ついてほしいな」そんな想いを込めて書いてみました。
どうぞ、お茶🍵でも飲みながら読んでいってくださいませ。
……あ、よかったら桜餅もどうぞ(^-^)
ケアプラン作りって、ちょっとした冒険なんです。
地図もなく、コンパスも曇っていて、とりあえず「北に行きましょうか?」なんて言いながらスタートするんですが……その“北”がそもそも何か、誰もはっきり知らなかったりするのです。
まず、冒険の主人公である利用者さんがいて、その背後に支えるパーティーメンバー、つまりご家族さんが控えています。
そして、遠くから魔法🪄のメッセージ(診断書)を飛ばしてくる主治医先生。
時には「これは魔王が原因ですね」なんていうような、シリアスな呪文(疾患名)を唱えてくることも。
ケアマネジャーはというと…まるでガイド役。
でもこのガイド、行き先が毎回バラバラなんです。
誰も行ったことのない土地へ、誰もが違うルートで向かうという、かなり無茶ぶりな旅程。
「目標は何ですか?」と聞いても、利用者さんは「さぁ…」と首を傾げ、ご家族さんは「転ばないでほしいんです」とだけ答えたり。
これが、旅の始まりの合図なんです。
しかも目標は一つじゃない。
「安全に歩けるようにしたい」
「一人でトイレに行けるようにしたい」
「デイサービスに慣れてほしい」
「ご飯を残さず食べてほしい」
「なんなら機嫌よくいてほしい!」
……と、気がつけばクエストがどんどん積み上がる。
まるで“おつかいゲーム”のように、次から次へとミッションが増えていきます。
これらをどうやって優先順位つけるか…って話になると、ケアマネジャーの脳内では【ケアのトーナメント戦】を繰り広げます。
“安全”が勝ち残るのか、“自立”が勝つのか、それとも“笑顔”が意外なダークホースで優勝するのか…。
もう、優柔不断な審査員の下で行われる紅白歌合戦並みにカオスです。
でも、そんなごちゃごちゃな冒険も、実はどれも大切な一歩。
なぜなら、目標があることで“今、何を頑張るか”が見えるから。
“とりあえず元気になりましょう”ではなく、“〇〇ができるようになりたい”というピンポイントの目印ができる。
方向音痴の旅人も、目標があれば地図を描けるようになる。
そしてそれは、利用者さんの人生に小さな希望の光を灯すことにもなるんですよね。
目標が決まったら、いよいよその達成に向けた“援助内容”という名の作戦を考えるわけですが……ここからが、またひと悶着あるんですよ。
まず、目標が「一人でトイレに行けるようになりたい」だとしましょう。
すると、デイの職員さんは「じゃあ筋トレ強化ですね!」と鼻息荒く張り切る。
訪問介護のヘルパーさんは「排泄介助の頻度、見直しますね」とメモを取る。
そして家族さんは「えっ、あのトイレ壊れかけなんだけど…直すの先かも」と冷静なひと言。
こうしてそれぞれの思惑が交差し、まるで小さな演劇カンパニー。
脚本があっても、それぞれが勝手にアドリブを入れてきて、稽古はカオス。
ケアマネジャーは演出家として、頭を抱えながら台本を整えるのです。
しかもこの作戦、時間制限付き。
期間設定という“タイムリミット”があるわけですが、これがまた曲者。
援助内容を「毎日リハビリするぞ!」と張り切って書いたはいいけれど、いざ蓋を開けたら月に数回のサービスしか入ってないとか、あるあるなんです。
それなのに「3ヶ月で歩けるようになること」と目標だけはフルマラソン級に高い。
え、これってドラクエで言えば、レベル1のままラスボス倒しに行くような無謀さじゃない?
そして期間が過ぎても、「うーん、まだちょっと達成してないですね…もう少し様子を見ましょうか」なんて言いながら、同じ内容をコピー&ペーストして、もう3ヶ月。
いつの間にか、ケアプランが階段どころか**“螺旋階段”**みたいになっていくわけです。
気づいたら同じところをぐるぐる回っていて、「あれ?この風景、前にも見たぞ…」状態。
そして、その渦中にいる利用者さんはと言えば、
「最近リハビリって名目で変な体操させられてるけど、これ何の意味があるの?」と
ぽかんとしながらも、文句は言わずに付き合ってくれている。
ありがたいやら申し訳ないやら…
そんな感情がケアマネジャーの心🩷をふとよぎるのです。
だけど、どんなに道に迷っても、ケアマネの武器は「振り返る力」。
「今のままでいいのか?」と立ち止まることで、援助内容も、期間の設定も、また修正ができるんですよね。
まっすぐな階段じゃなくてもいい。
ときには寄り道したり、スロープを使ったりしても、登っていることには変わりないのだから。
さて、ここからが今日の本題。
「ケアプランに、春休みを…入れてみません?」なんて真顔で言うと、たいていの人が「えっ」と固まります。
でも、こちらは割と本気。
なにせ、真面目な顔してふざけてるのがモットーですから。
思い返せば学生時代、春休みってなんとも絶妙な存在でしたよね。
学年末の成績も出て、卒業式や終業式も終えて、だけど新年度はまだ始まらない。
いわば“なにも始まっていない自由時間”。
それはもう、ウキウキで自転車をこいで遠くの公園に行ったり、友達と秘密基地でおやつを食べたり…あの空白の数週間が、心と身体にどれだけの潤いを与えてくれていたことか!
…で、です。
この“空白の数週間”を、ケアプランに入れてみるとどうなるか。
「何もしない期間を作るなんてありえない!」と怒られそうですが、ちょっと待ってください。
それ、“何もしない”のではなく、“保険サービスに頼らず過ごしてみる”期間なんです。
いつものデイサービスは、しばしのお休み。
代わりに、家族と公園でお花見に行ったり、近所のスーパーまでゆっくり歩いてみたり、縁側で猫と一緒に日向ぼっこしてみたり。
そんな一見“のんびり”に見える行動が、じつは一番その人らしい生活力を引き出すチャンスだったりするんです。
ケアマネジャーとしては、この春休みをどう位置づけるかが腕の見せどころ。
正規ルートのケアプランの間に、ちゃっかり「春の期間限定プラン」を挟み込む。
しかも、このプランはただの中継ぎじゃなく、ちゃんと前のケアと次のケアをつなぐ**スプリングボード(跳び台)**の役目を果たすのです。
「春休みのあいだに、家族と〇〇に出かけてみる」
「〇〇はお休みして、〇〇だけは続ける」
そんな柔らかい目標を添えて、ちゃんと記録も残す。
これなら担当者会議で「なぜ春休み?」と聞かれても、ニッコリ笑って「四季を取り入れた、生活重視のケアです」と言えるわけです。
もちろん、全サービスを止めてしまってはダメですよ?
医療に直結する訪問看護や服薬管理💊、命に関わることは続けます。
でもそれ以外の部分――例えば、通所リハの筋トレや、入浴の介助など、ほんの少しだけ外してみると、意外な発見があるんです。
「お母さん、意外と家でも動けてるじゃない」
「おじいちゃん、あんなに自分でできることがあったんだね」
……なんて、家族がびっくりしたり、利用者さん本人がちょっと照れながら誇らしげに笑ったり。
春は芽吹きの季節。
もしかすると、ケアプランに春休みを入れることで、利用者さんの中にも小さな“新芽”が顔を出すかもしれません。
だから私はこう提案したいのです。
「ちょっとだけ、肩の力を抜いて、春風に吹かれてみませんか?」と。
ケアプランというのは、どこかお堅いイメージがつきまといます。
“計画書”という文字がすでにカッチコチで、書く方も見る方も思わず肩に力が入ってしまう。
でも、考えてみれば人の暮らしって、そんなガチガチの設計図どおりには動かないものですよね。
予定していた通りにいかないことの方が多くて、むしろ予定外のことから大事な何かが生まれることだって、ある。
そんな暮らしの中に、ふと春の風が吹いたらどうでしょう。
桜が咲いたなぁ、なんて思ったその瞬間、ちょっと心がほぐれて、誰かに会いたくなったり、外に出てみたくなったり。
それって、とても自然なことで――
本来、ケアプランだってそんな“自然な気持ち”と手を取り合える存在であってほしいな、と私は思うのです。
日々、真面目に支援計画を立て、報告書を書き、サービス調整に奔走するケアマネジャーさん。
そのひとつひとつの努力は確かに大切だけれど、たまには“遊び心”を忘れずに。
たとえば春休みみたいな空白の時間を設けてみることで、見えなかったものが見えてくるかもしれません。
利用者さんも、ご家族も、支援する側も。
ちょっと立ち止まって深呼吸をすれば、思いがけず本音がぽろりとこぼれたり、笑いがこみあげたりして――
それこそが、介護という旅路における小さなご褒美かもしれません。
四季はめぐるもの。
春が来たら夏が来て、また秋がやってくる。
そのリズムに合わせて、ケアにも“季節”という感覚を取り入れていけたら、もっとあたたかく、もっと心地よい関係が生まれるんじゃないかな。
“春休み”のケアプラン。
それはただの冗談じゃないかもしれません。
ほんの少しの“ゆとり”が、生活に風を通して、支援のかたちに彩りを添えてくれる。
そんな未来があっても、いいと思いませんか?
さあ、春の風が吹いてきました。
コートを脱いで、ちょっとだけ足取りを軽くして。
ケアプランにも、春の一筆――添えてみましょうか(^-^)
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