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8月18日は高校野球記念日。
暑い夏。
球場に響く金属バットの音、響き渡るブラスバンドの応援、そして、流れる汗と涙。
そう、高校野球といえば、誰もが一度は心を揺さぶられた“青春の祭典”である。
でも、ちょっとだけ立ち止まって考えてみた。
あの涙、ほんとうに本心から流れたものだったのか?
あの熱投、誰のために続けたのか?
「それでも感動できるじゃん」という声も分かる。
でもね、もしも、もっと良くできるとしたら──?
ただの苦しみじゃない、心から笑ってプレイできる“未来の高校野球”。
そんな姿を思い浮かべながら、ここでは「こうだったら最高じゃない?」を思いっきり描いてみたいと思う。
説教はしない、批判もしない。
でも、「もっとこんな風だったら、ちょっとステキじゃない?」ってワクワクする未来を、そろそろ夢じゃなくしてみたくて。
さあ、あの夏の定番を、ほんの少しアップデートしてみようか──🩷。
毎年のように言われている。
「灼熱地獄の中でよく頑張った!」って。
だけど本音を言えば──いや、みんな思ってると思うんだ。
**ドームでよくない?**って。
なにも“暑さ”で泣く必要はない。
涙は努力の結晶であって、気温の副産物であっちゃいけないよね。
だって考えてみて。
選手はもちろん、応援席の生徒たちも、保護者も、先生も、売り子さんも……とにかくみんなが暑い🩷。
しかも「球場では帽子着用の指導がされています」って言いながら、アルプス席ではなぜかみんなノーヘルメット。
何を守って何を守っていないのか、もはや謎のルールブック。
そろそろ、屋根、付けようよ甲子園。
冷房つけても情熱は冷めないし、感動はむしろ汗じゃなくプレイで感じたい。
何より、ピッチャーの指が汗で滑らない。
バッターのグリップも安定。
お客さんもお弁当が食べやすい(ここ重要)。
そしてなにより──予定通りに試合が進む! これ地味に大事!
いっそ“持ち回り制甲子園”ってどうだろう?
今年は北海道ドーム、来年は福岡ドーム。
地元開催になった球児たちの誇らしげな顔、想像するだけで泣ける。
泣くよ、冷房の効いた席で。
「伝統だから」と言われたら、「進化するのが伝統だ」と返したい。
真夏の定番イベント、高校野球。
これからは“快適さ”も、エース級にしていこう。
試合終了のサイレンが鳴った瞬間、マウンドで泣き崩れるエース、抱き合う選手たち、駆け寄る控えメンバー──その光景に感動しない人なんて、たぶんいない。
でもさ、ちょっと待って?
本当のヒーローは他にもたくさんいたよね。
例えば、打席には立たなかったけど、ベンチでひたすら声を出し続けた三塁コーチャー代行の3年生。
誰よりも丁寧にボールを磨いたマネージャー。
試合中、応援席で旗が風に巻かれてアワアワしてたのを、無言で直してた応援団の副団長。
──そういう人たちこそ、「チームの屋台骨」なんじゃない?
なのに、どうして毎年「注目のドラフト候補!」とか「涙のエース!」とか、“勝った側のスター”しか取り上げられないのか。
勝ち負けって、たしかに大事。でもそれだけが青春じゃないでしょ?
たとえば、公式な賞とは別に「守備職人賞」とか「縁の下の力持ち賞」とか「応援団MVP」とか、いろんな拍手のカタチがあったら…?
表彰状じゃなくてもいい。
観客の手拍子でも、SNSで話題になるでもいい。
とにかく、「プレイしてない瞬間にも感動はある」ってことを、もっと大事にしてもいいと思うんだ。
だってね、人生でもそうじゃない?
目立った人だけがすごいわけじゃない。
拍手をもらえなかったあの日の努力だって、ちゃんと光る日が来る。
甲子園も、そろそろ“勝ったチームの美談”だけじゃない、みんなが主役の夏にしていこう。
拍手の種類、もうちょっと増やしてみたらどうかな?
静かにがんばった子に送る、ちょっと照れくさい拍手🩷。
それが本当の、青春の音かもしれない。
「そんなこと言ったって、予算がないんだから仕方ないじゃん」
──あのセリフ、耳にタコができるほど聞いた。
でもね、それ本当?
本当にそう思ってる?
だって最近、某国の偉い人が堂々とやらかしてたよね。
裏でね、何億も──何十億も──こう、シャッと…ね?
あれ見て思ったの。**“お金、あるじゃん”**って。
たぶん、高校野球を快適にするための冷房スタジアムくらい、余裕で作れるよ?
いや、ドームをもう2、3個作ってもお釣りが来そうだよ?
それなのに、「それは国の予算的に…」と神妙な顔で言う人を見ると、こっちが申し訳ない気持ちになってしまう。
教育って、なんだかいつも「我慢の予算」になりがちなんだよね。
生徒は我慢、先生も我慢、エアコンも我慢、水道の水もぬるい。
その一方で、“なんかすごそうな謎の箱モノ”には巨額投資。なぜだ…。
この国の予算配分、たまに魔法陣でも使ってんのかって思う。
だからもう、言っちゃおう。
「予算はない」じゃなくて、「どこに使うか決めてないだけ」なんだよね。
だったら、高校野球だって立派な“未来への投資案件”じゃない?
誰かが一声「これ、めっちゃカッコいいぞ」って言ってくれたら、一瞬で動くような気がするんだ。
いや、もしかして──もう誰かが動いてるかも?
今、この原稿を読んでる誰かが、未来の甲子園を建ててくれるかもしれないし。
そのときはぜひ、冷房の効いたスタンドに、私たちの名前のプレートを…いや冗談です、名前はいりません。
でも、ちゃんと冷たいお茶は飲ませてください🩷。
ピンチのとき、監督がベンチから身を乗り出して叫ぶ。「集中!」「落ち着け!」
……うん、気持ちは分かる。
すごく分かる。
でもね、たぶんそれ、集中も落ち着きも飛んでくやつです。
野球って本来、「プレイヤーが考えて動くスポーツ」だったはず。
にもかかわらず、なぜか高校野球だけは、“大人の指示待ちロボット大会”みたいになってない?
試合中、ずっと耳元で「次はこれね」「その次はこうね」って、まるで料理中の嫁に口を挟み続ける姑ポジション。
──いっそ、ベンチじゃなくて観客席で見守ってくれた方が、ありがたかったりするのよね。
というわけで、提案です。
監督とコーチ、試合中は“別席”にどうぞ!
もちろん、安全管理はしっかり。
救急対応のために近くにはいてください。
でも、作戦?判断?選手たちに任せましょうよ。
試合に出てるのは彼らなんだから。
実はこれ、スポーツ心理学的にも有効でして──って難しいことはさておき、要するに**「信じる」ってことが最大の指導なんです。**
試合後に「俺ならこう思ったけど、お前の判断もよかったな」とか言われたら、それ、もう一生の宝物になりますって。
大人がしゃしゃり出ないことが、子どもたちにとって“自由に考える夏”を与える。
野球のスコアブックに書き込まれるのはプレイの記録だけじゃない。
その裏に、自分で考えて選んだ、たくましい一歩がそっと刻まれているんだから🩷。
だからこそ、大人たちは勇気を出して、一歩引こう。
「全部見てたぞ、お前たちの野球」って、冷たい麦茶を片手に、笑って言えたらもうそれだけでカッコいいじゃない。
甲子園が終わると、魔法が解けたように、「はい、おつかれー!じゃ、進路どうすんの?」と現実がズドン。
いやいやいや、ついさっきまで「感動をありがとう!」ってスタンディングオベーションだったのに、なんか急に素に戻りすぎじゃない?
野球って、プレイしてるときも青春だけど、終わったあとの時間もまた青春なんだよね。
でも今の高校野球、そこを誰も見てくれない。
まるで「夏に咲いた花は、夏で終われ」と言わんばかり。
なんか寂しいじゃない?
そこで提案。
引退した球児たちに、“第二のステージ”を用意しよう。
たとえば、「引退球児フェスティバル」とか「全国元高校球児合同文化祭」とか、もう名前は何でもいいけど、全力で燃えた後に、全力で語り合える場が欲しい。
野球ノート持参でもよし、マネージャーの裏話でもよし、控えだったけど実はベンチで作戦考えてましたでもよし。
しかもね、社会人や大学の先輩球児たちが登場して、「その後の人生こんな感じだったよ」って語ってくれたら、ものすごく勇気が出る。
「甲子園に出たからすごい」じゃなくて、「野球でがんばった時間が人生にちゃんとつながってる」って思えたら、きっと未来の夢も“自分サイズ”で描けるんだよね。
それに、引退球児って、実はめっちゃ“面白い話”を持ってる人が多い。
「最後の打席で空振り三振。でも心はホームランだった」とか、「3年間一度もヒット打てなかったけど、グラウンド整備だけは日本一だと思ってる」とか。
──ね、ステキでしょ?
甲子園は終わっても、物語は続く。
“野球少年”から“未来を生きる大人”へ。
その橋渡しになる場が、これからの高校野球にはきっと必要なんじゃないかなって思うんだ🩷。
「AIが人間の仕事を奪う」なんて言われた時代もあったけど、いやいや、**奪わなくていいから、手伝ってほしいよ!**ってのが本音じゃない?
たとえば高校野球。
「もう大人いらないんじゃね?」っていう大胆な提案、ありましたよね?
でも“いない”とちょっと不安…そこで、満を持して登場するのがAIくんです。
たとえばね、ユニフォームの内側にちっちゃなセンサーが仕込まれていて、選手の体温や水分量、心拍数をリアルタイムで監視してくれるの。
「ちょっと熱中症の危険ありますね」って、スマホにピコン。
保護者か医療スタッフがすっ飛んでくる。──これ、神か!
また別の日には、バッティング練習のスイングフォームを自動で解析。
「今の角度、あと2度下げるとホームランです」
──ほうほう、なるほど…。
そのうち「今日のあなたはスライダーよりカーブが向いてます」なんて言われたら、なんか占いみたいでワクワクするよね。
審判だって、AIでいいじゃない?
もう誤審で泣かなくて済むし、「いまの微妙じゃね?」って場内ざわつかせなくてもいい。
みんながプレイに集中できる“静かな正義”がそこにある。
もちろん、AIが全部やればいいってわけじゃない。
でも、「教える」「判断する」「記録する」そんな役目はAIにお任せして、人間は「楽しむ」「育てる」「感じる」ことに専念したほうが、なんか人間らしいでしょ?
未来の高校野球──それは、汗も涙もあるけど、熱中症はない🩷。
プレイは真剣だけど、笑顔も忘れない。
そしてそこには、人間とAIが一緒に夢を応援している、新しい夏のカタチがある。
うん、なんかワクワクしてきた。
AIも、青春してるじゃん。
「高校野球って、いいよね」
そのひとことで語り切れないくらい、いろんな汗と涙と声援が詰まっている。
でも、その“いいね”が、どこかで誰かの我慢の上に成り立っていたとしたら…?
もしそれが、誰かの未来をすり減らす形で叶っていたとしたら…?
この国には、進化しないことが美徳みたいな風習があるけれど、本当はね、「変わっていく勇気」こそが一番の伝統じゃないかと思うんだ。
暑すぎる球場も、注目されない脇役たちも、その後の人生がぽっかり空く現実も、男女のチャンスの格差も、大人が仕切りすぎる構図も──
全部、ちょっとずつ変えていける。
だって、ここまで来た私たちには、もう“こうだったら最高”が見えてるから。
そしてそれを支える力が、技術だったり、思いやりだったり、信頼だったりするなら、きっと未来の甲子園は、もっと優しくて、もっと自由で、もっと鮮やかな場所になっている。
涙が美しいのは、本気でやった証だから。
でも、泣いてばかりじゃもったいない。
笑って終われる高校野球があっても、ぜんぜんいいじゃない。
さて、そろそろ夏が来る。
今年のスタンドには、少し違った風が吹くかもしれない。
その風は、未来から届いた“変わりたい”という声。
そして、大人が静かにそれを受け止めたとき──
きっと、あの夏は、ほんとうに美しくなる🩷。
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