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5月27日はドラクエの日!39年後に思い出すひとり旅と個性と尊厳の再出発のかけ橋とは?

はじめに…

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1986年5月27日、ひとりの勇者が旅立った──あれから39年。

🎮ドラクエⅠⅠ夢中になったあの頃の興奮は、今も胸に灯り続けています。

時を経て、デイサービスという現実の中にいる私たちにとって、「冒険する心」は、もう遠く必要ないことなのでしょうか?

いま、もう一度、あのワクワクを心に問い直したくなりました

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いや…私はまだまだ冒険したい


あの日から、もう40年近い月日が経つなんて信じられない。

1986年5月27日、ファミコンのソフト売り場に並んだ『ドラゴンクエスト』。

あのタイトル画面をテレビに映した瞬間、流れたオープニングの音楽に心が震えたのを、今でもはっきり覚えている

世間的にも多くの人を様々なドラマで魅了したゲームだ。

当時、私は、1人の勇者だった。

たったひとり、剣と魔法だけを頼りに、荒れ果てた世界へ旅立った。

誰も助けてくれない。仲間もいない。

だからこそ、自分の手で切り拓くしかなかった。

出会うモンスターは、最初はスライムさえも強敵で。

レベルをひとつ上げるために何度も戦い、倒れては町に戻り、薬草を買うお金すら足りなくて何度もあきらめそうになった。

それでも、少しずつ強くなっていくのが嬉しくて。

新しい町にたどり着くたび、知らなかった武器や防具が並んでいるのを見て、どれほど心が踊ったことか。

私はその頃、仕事や家事に追われる日々を過ごしていた。

だけど夜になると、小さな時間を見つけてコントローラーを握った。

小さな冒険が、毎日の心を支えてくれた。

半年かけて、私はラスボスのもとへたどり着いた。

ラスボスの前に立ったとき、思いがけず聞かされた「世界の半分をおまえにやろう」という誘惑。

一瞬、心💚が揺れた。

けれど、迷って選んでしまったその先には、待っていたのは“リセット”だった。

あの時の衝撃と悔しさは、もう二度と忘れられないインパクトがあった。

人生には、やり直しのきかない選択肢があるんだと、ゲームから学んだ瞬間だった。

誰にも邪魔されず、自分のペースで、自分の意志で進める世界。

それがどれほど貴重で、心を自由にしてくれたか。

私はあの冒険の中で、自分自身と向き合い、自分の力で成し遂げるという喜びを知った。

ドラクエⅠは、私の中でただのゲームではない。

あれは、たったひとりの人生の旅だった。

だからこそ、今の私が思うのだ。

──私は、まだまだ冒険がしたい。

集団の中で「私は歌わない」──デイサービスで失われた個性


誰かの冒険の物語を語ったあとで、こうして現実の時間に戻ってくると…、ふと、自分が今どこにいるのか分からなくなるような不思議な感覚になる。

昔はひとりで世界を旅していたのに、いまの私は、ただ流れの中で立ち尽くしているだけ

そんな気がしてしまう。

デイサービスという場所は、良くも悪くも「みんなで」が基本だ。

おやつの時間、体操の時間、レクリエーションの時間。

職員の方たちは一生懸命で、明るく声をかけてくれる。

でも、だからこそ断りづらい。

「今日はいいです」と笑っても、すぐにマイクが回ってきてしまう。

そう、🎤カラオケだ。

私は、歌うことが好きではない。

そして、他人の歌を延々と聴かされるのも、正直つらい。

誰かが上手いとか、下手だとか、そんな話じゃない。

その時間が、私にはただ、長い。

心がどこにも行けず、ただただ耳をふさいで耐えるような時間になる。

それが毎日だと知ったとき、私は心のどこかで静かに絶望した。

「みんなが楽しんでいるから」

その言葉は、何度も何度も繰り返される。

けれど私は、みんなではない。

私には、私の気持ちがある。

それを誰にもわかってもらえない。

誰も気づかない。

気づいても、流れを止めない。

「個別ケア」と言いながら、何もしないという意味でしか使われない現実。

黙って座っている私を、「協調的」と勘違いしている。

本当は、誰よりも不満なのに。

だけど私は、ただ静かにマイクを避ける術を身につけただけ。

いつの間にか、自分の本音をしまいこむのが上手になっていた。

そうしないと、この場所で生きていけないからだ

かつて、ひとりで冒険をしていた私。

今は、毎日ただ“歌を聴かされる人”になってしまった。

あの頃、私は自分で選び、自分で歩いていた。

今は、誰かの選んだ道を、ただ無言で歩いているようだ。

もし、あの冒険の音が、もう一度私の心に鳴り響くなら…。

私はその時、本当にまた「生きている」と感じられるのかもしれない。

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ゲームは「私が選び、私が進める」──高齢者にこそ届けたい!自分で工夫する世界


あの頃、私は考えて、迷って、決めて、そして進んでいた。

誰かが道を指さしてくれるわけじゃない。

町から町へと行くにも、どっちの方向へ進めばいいのか、自分で決めるしかなかった。

それでも不思議と怖くはなかった。

だって、少しずつでも、自分が強くなっていくのを感じられたから。

敵に何度も倒されても、やり直せばまた立ち上がれる。

少し工夫すれば、効率よく経験値を稼げることにも気づく。

無駄な買い物を減らし、目的に合わせてお金を使うようにもなる。

気がつけば、私はちゃんと、自分の頭で生きていた。

ゲームはただの暇つぶしなんかじゃなかった。

あれは、生きる力を自分で鍛えていく時間だったのだ。

誰にも頼らず、誰にも叱られず、でも誰かに褒められたようなあのレベルアップの音。

あの喜びは、まぎれもなく「私の人生」の中で生まれた成果だった。

今の私は、どうだろう。

すでに誰かが決めたメニューをこなし、誰かが進行するプログラムに従っている。

何をしても評価されないし、上達も見えない。

もし少しずつでも、自分の工夫が生きる世界があったなら、どんなに心が踊るだろう。

たとえば、目の前にまたゲームの世界が広がっていたら。

スライムひとつに一喜一憂しながら、自分で作戦を立てて進んでいけたなら。

ゲームの中の選択肢を、もう一度自分の意志で選ぶことができたなら。

それは、ただの遊びではなく、「生きている実感」そのものになるのではないか。

年齢を重ねても、私の中の勇者は消えてなどいない。

ただ、声をかけてくれる誰かがいなかっただけだ。

「こうしてみたら?」「自分でできるところから始めてみようか」

そんな一言があれば、私はまた、自分自身で歩き出す力を思い出せる気がする

自分の工夫が報われる世界、自分の選択が未来🩷を変える世界。

そこにはきっと、若い頃に感じたあの“ワクワク”が、今も静かに息を潜めて待っている。


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中間世代=ゲームに慣れた介護職員が鍵を握る!導入の壁は現場の理解不足


ゲームが人生を彩る力を持っていると、心ではわかっていても、現実はそう簡単にはいかない。

導入しようとすれば、時間も人手も、お金も必要だ。

「だったらカラオケでいいじゃないか」

そんな言葉が当たり前のように出てくる。

誰にとっての“いい”なのかが、いつの間にか置き去りにされたまま。

職員は忙しい。

ひとりひとりに合わせるなんて無理だ。

それもまた、よくわかる。

私も現場にいたから。

日々の記録、食事の介助、排泄の声かけ、家族への対応。

時間に追われているあの中で、手間のかかることをあえて選ぶのは、たしかに勇気が要る。

けれど、ほんの少しだけ目線を変えてみれば、そこには可能性が広がっていることに気づくはずだ。

今の介護職員の中には、子どもたちと一緒にゲームに触れている人が多い。

家に帰ればSwitchやスマホ、VRゴーグルが当たり前にある暮らし。

操作方法もゲームのルールも、遊びながら覚えてきた。

楽しみ方も、声のかけ方も知っている。

そんな人たちが、現場にはちゃんといる。

中間世代と呼ばれるその人たちは、高齢者の感覚も、若者たちの感性も、両方を知っている。

つまり、技術と心をつなぐことができる、橋渡し役なのだ。

本当は、その人たちがひと声かければ、きっと多くの高齢者が新しい世界に手を伸ばせるはずなのに、そのチャンスを阻んでいるのは、職員自身ではない。

経営者や上司の価値観――その壁が、静かに立ちはだかっている。

ゲームは子どものもの、そんなのは遊びだ、という偏った常識。

若いころにゲームに触れる機会がなかった世代には、楽しさが伝わらない。

子どもを育てた経験がなければ、なおさらその価値を理解しにくいのかもしれない。

そして、現実的な予算の問題。

高価な機材やソフトを前にして、「だったらカラオケで…」と口にする人たち。

その選択は“無難”かもしれない。けれど、“希望”ではない。

だから私は、思ってしまうのだ。

もしかすると、この壁は超えられないのかもしれない。

やっぱりあきらめるしかないのかもしれない、と。

でも、それでも、あの冒険の記憶🍀が私の中で消えないかぎり、心のどこかで、また誰かが「やってみようか」と言ってくれるのを、私はきっと待ち続けている。

もし、たったひとりでもいい。

その声を届けてくれる人がいてくれたなら。

私はまた、ゲームの世界へ旅に出る勇気を、取り戻せる気がする。

まとめ それでも私は信じている!ゲームは人をつなぎ人生を豊かにする力がある


私は、もう勇者ではないのかもしれない。

そんな風に思う日もある。

年齢を重ねて、できないことが増えてきて、誰かの助けを借りながら暮らす日常の中で、あの頃の自分が、どこか遠い存在になってしまったように感じることもある。

だけど、不思議と消えない記憶がある。

あの日、たったひとりで旅立った世界。

思うように進まなくて、何度も立ち止まり、傷つき、それでも進んだ。

誰に褒められるわけでもないのに、画面の中の「レベルが上がった!」の文字に、胸を躍らせた。

それは、誰にでもできることではなかった。

自分の力で、自分の時間を積み重ねてきた証だった。

そう、私は冒険者だったのだ。

そして、その心は今もどこかで静かに息をしている。

少しだけ誰かが手を差し伸べてくれたなら、また歩き出せる。

ゲームという道具は、もしかしたら、そのための扉をもう一度開いてくれるかもしれない。

それは、派手な演出も、難解な操作もいらない。

「やってみたい」と思える気持ちと、「一緒にやってみましょうか」と寄り添ってくれる人がいれば、それだけでいい。

介護職員が、その架け橋になれる。

子どもたちとゲームをしてきたその経験が、人生の先輩たちの未来を照らす光になる。

技術や機械が冷たいものではなく、心を動かす手段として使われるなら、それはきっと、これからの介護にとっての新しい冒険のはじまりになる

誰かと同じように歌わなくてもいい。

同じことを楽しめなくてもいい。

自分らしく、自分だけの旅を、もう一度💡。

私はまだ、冒険したい。

そして、きっとあの頃の私が、今の私に微笑んでくれる。

よくここまで来たね。

でも、旅はまだ続いているんだよ――と。

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niiro makoto