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機転が利く人は育てられる?福祉の現場から学ぶ“善なるスキル”の磨き方

はじめに…

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「機転が利く人って、いいよね〜」と誰かが言うたびに、私はそっと後ろを向いてアメでも舐めていました。

なぜって?

それは、どう考えても自分のことじゃないからです。

ピンチのときはフリーズ。

会議で誰かが黙ると一緒に黙る。

後になってから「ああ〜あのとき、ああ言えばよかった〜!!」と枕を殴るタイプ

…そんな私です。

でも、そんな私でも気づいてしまったのです。

機転が利くって、反射神経とかセンスとか、そういう「生まれつきの才能」じゃない。

むしろ、あれは…育つ。鍛えられる。誰でも、ちょっとずつ、獲得できる。

ただし。

そこには、ちょっとした“罠”もあります。

この「機転」というスキル、実は使い方によっては…そう、ものすごくイヤ〜な人にもなれる。

実際、福祉の現場なんて特にそう。

人の気持ちが読めて、先回りして、相手のツボを突ける人が、必ずしも“天使”とは限らない。

…むしろ、“策士”だったりするんです、コワイコワイ。

だから私は考えた。

機転が利く人を、どう育てるか。

しかも、ただの機転じゃない。**「善なる機転」**を持つ人を育てたい。

それは職場を救うし、人を救う。

ひょっとしたら…あなた自身も救われる。

今回はそんな「善意のスキル🩷」としての機転に向き合う、ちょっと本気で、でもちょっと笑える、

今回はそんな旅に出てみませんか?

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機転それはスキルか才能か?悪魔に魂を売った者との違いとは?


「機転が利く人って、いいよね〜」なんて話を聞いたこと、ありませんか。

たとえば職場でトラブルが起きたとき、スッと現れてサラッと片付け、フワッと場を収めてスッ…と立ち去る──

まるで仕事の妖精。

えっ、今の誰!?って振り返ったときにはもういない。

機転が利く人って、ある種の超能力者のように扱われがちなんです。

でもね、私はそんな人間ではありませんでした。

ピンチの場面では頭が真っ白、何か言おうとすると声が裏返り、後になって「こう言えばよかったあああ!」と地団駄を踏む、反省芸人代表。

あるときまでは、そう思ってました。

機転なんて、生まれ持った才能のある人だけが持つ秘密兵器。

私にはきっと一生縁のないやつだと。

ところが、気づいてしまったんです。

あれ、スキルなんですよ。技術。

訓練すれば、誰でも磨けるんです。

そう、「機転の利く人」は作られる──しかも、けっこう地味な努力で。

たとえば、ある日。

職場の会議で上司が言うわけです。

「この件、誰か案を出してくれないか」と。

場が静まる。しーん……。いや、ほんとに時計が止まったかと思うくらい。

そのとき、一人が手を挙げてこう言うんです。

「〇〇さんがこの前提案していたこと、応用できませんか?」

出ました、あの“サラリと有能感”のある発言。

空気が動く。会議が回る。上司もニッコリ。〇〇さんもまんざらじゃない顔。

でもね、この一言が“場を動かすきっかけ”になったと同時に、責任の矢印が全部その人に向かうこと、ありませんか?

「じゃあ、それでまとめて。あなた、進めてくれる?」

って、え? 私が?

提案したの〇〇さんだったじゃん!?って、心の中では全力抗議。

でも周囲は満場一致の沈黙💡。

はい、結局「じゃあ、やってみます…」ってなるんですよね。

これが現実。これが機転の業(カルマ)!

一方で、似たようなスキルを持ちながら、明らかに違う“使い方”をする人もいます。

空気を読み、タイミングを逃さず、でもその口から出る言葉は──

「うーん、それって非現実的じゃない?」

はい出ました、マウントの刃。

しかも口角が片方だけクイッと上がってたら、確実に“悪魔”の片鱗です。

同じように空気を読めて、話もまとめられて、判断も早い。

でも、目的が違えば、印象も結果も、ぜんっぜん違う。

だからこそ言いたいのです。

機転とは、単なる「やり方」ではなく、「あり方」の問題なんだと。

あなたがその瞬間に選ぶ言葉は、誰かを救う? それとも、誰かを黙らせる?

その判断が、あなたの“機転”を善にするか悪にするかを分ける。

ただ巧みに立ち回るのではなく、誰かのために動ける力。

それが本当に“利く”機転なのだと思います。

さあ、ここまで読んでくださったあなた。

もう忍者のように消える必要はありません。

でも、善なる機転を身につけて、職場にそっと風を起こしていきましょう

次章では、そんな機転を支える「心の土台」──

見えないけれど、とても大切なアレのお話です。

引き続き、お楽しみに(^-^)

機転は根っこがすべて!人知れず咲く目には見えない努力の花


機転が利く人には、ある種の“ふわっと感”があります。

先回りして動いてるのに、押しつけがましくない。

言うべきことをちゃんと言ってるのに、なぜかみんな笑顔でうなずいている。

これ、どうしてだと思いますか?

正直、私もずっと謎でした。

だって似たようなタイミングで発言しても、「ありがたい」と言われる人と、「出しゃばってる」と言われる人がいるんですもの。

で、気づいたんです。

その違いは“根っこ”にあるって。

つまり、「なぜその行動をするのか?」という動機。

もっと言えば、「私はどういう人間なのか?」という自己認識。

この根っこがちゃんと深く土に伸びている人は、どんな言葉も行動も、周囲にじわ〜っと沁みていくんです。

逆に、表面だけ上手な人って、いくら言葉選びがうまくても、どこかスベってる。

なんか“薄い”んです。

なぜか?

それは、自分の立ち位置があいまいだから。

さて、ここで冒頭の“悪魔”の話に戻りましょう。

悪魔は「短時間で済む」ものは自ら引き受け、

「長時間かかる面倒くさいもの」は“うまく任せる”という名のマイルドな押し付けを実施します。

一見、仕事ができるように見えるんです。

いや、実際にその場では機能してるんです。

でもね…全部、自分の評価のためなんですよ。

“善い人”に見られるための計算、それが動機のすべて。

そう、だからこそバレる。

最初は「頼りになる人だな〜」と思っていた周囲も、だんだんと「ん…あれ?」と違和感に気づき始める。

そしてある日、静かに心のシャッターを下ろすのです。

ガラガラピシャンと…。

一方で、善なる機転を持つ人は、

評価されるかどうかよりも、「役に立てたかどうか」を気にする人。

その人たちは、自分がどう見られるかも大事にはしているけど、何より「この行動で誰がラクになるか」を考えて動いている。

その差が、数ヶ月、数年とたつうちに、大きな“人望”の差になるんです。

で、ここからが本題。

じゃあその“根っこ”って、どうやって育つの?

…って話なんですが、これがまた地味!

派手さゼロ! キラキラ感ゼロ!

泥水すすりながら自分と向き合う時間、それが正体です。

「あのとき自分はどう思ったか」

「あれ、なんで腹立ったんだろう?」

「自分って、どう見られてるんだろう?」

そういう“もやもや”に向き合って、そこから目を背けず、自分のクセや思い込みや傾向と対話する📍。

そしてある日ふと、

「自分って、こういうときにズレやすいんだな」って理解が芽生える。

その理解が、次の一手を変える。

次の一手が、誰かの心を和らげる。

その連鎖が、**“あの人、機転が利くよね”**という評価に、静かにつながっていく。

だからね。

「機転力を上げるには?」っていうのは、

実は「自分を知る」という、とてつもなく地味な道を歩むことなんです。

でもその道は、決して独りではない。

人の心に寄り添える人って、実は一番、自分にもしっかり寄り添ってきた人だから。

さあ、ここまで来たあなたならもう、悪魔にはなることはない。

むしろ、悪魔に立ち向かうために、日々こっそり自分を育てている側の人かもしれません。

次の章では、そんなあなたがこの“善なる根っこ”を日常の中で育てていくための、小さな魔法の習慣について、お話しましょう。

ここからが、いよいよ実践編ですよ(^-^)ふふふ

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善なる機転を咲かせる日常という小さな畑で


さて、ここまで読んでくださったあなたは、すでに機転の“技術”と、その“根っこ”の重要性を知っています。

それだけで、もう立派なスタート地点に立っているんです。

でもね、ここからが本番なんです。

知っただけで身につくなら、世の中みんなエスパーです。

現実はというと──朝からバタバタでお弁当は冷食オンリー、職場に着けば上司の機嫌は気圧より不安定、利用者さんは「さっき言ったことは忘れたけど、朝あなたが無愛想だったのは覚えてる」って圧をかけてくる。

そんな日常の中で、どうやって善なる機転を育てるの!?

って声が聞こえてきそうですが、そこが肝です。

実は、その“慌ただしい日常”こそが、機転育成の温室なんです。

たとえば、ほんの少しだけ誰かの表情を見て、「疲れてるのかな?」って感じたら、黙ってお茶を差し出してみる。

反応がなくても、いいんです。

その一歩が、あなたの“善なるセンサー”を研ぎ澄ます。

あるいは、

「あの発言、ちょっと強かったな…」と帰り道に思い出したなら、

次の日に「昨日ちょっと言いすぎたかも」と声をかけてみる。

その一言が、信頼の芽を育てる水になる。

ね?

別に魔法のスキルじゃないでしょう?

でも、これらの行動って、どれも**“誰かのために、少しだけ自分を調整してみる”**という心の動きから生まれているんです。

そしてこの「少しだけ」の積み重ねが、ある日ふと、「この人、なんか…機転が利くよね」って評価に変わるんです。

ポイントは、“結果”を急がないこと。

誰かが見てなくても、感謝されなくても、笑って流されても、それでも「ま、いっか」って続けることで、あなたの根っこが太くなる。

ちなみに、悪魔はこの辺が大の苦手。

即時効果が見えないとやる気ゼロ、拍手のない舞台には上がりません。

彼らは観客がいないと機能しないのです。

あなたは違う。

あなたの舞台は、誰も気づかない“日常の袖幕の裏”なんです。

でもそこで起こす行動こそが、本当の機転。

そして、後からじわじわ効いてくる“善の感染力”を持っている。

最後に、これは私の友人が言っていたことですが──

「誰かの“ちょっといい日”を作れる人間でいたい」と。

それってまさに、機転が利く人の本質だと思うんです。

だから今日からでも、ぜひ一つだけやってみてください。

誰にも言わず、見返りも期待せず。

そっと誰かの一歩を軽くしてあげるような、静かな優しさを。

それが、あなただけが持つ“善なる機転”の芽吹きになります。

え?それでも、悪魔が強すぎるって?

うん…分かります。

でも大丈夫。

あなたがコツコツと土を耕して咲かせたその小さな花🌺、気づけばきっと、あの悪魔のトゲトゲの靴紐にからまって、動きを封じてしまうかもしれませんよ?

さあ、最後はこの旅のまとめです。

笑って泣いて、でも少し背筋が伸びる、そんな締めくくりにしましょうか。


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まとめ あなたが育てたその機転は誰かの明日を必ず照らす光であれ


ここまで一緒に旅をしてくださったあなた、本当にありがとうございます。

まさか「機転」なんて言葉で、笑って泣いて考えて、自分を見つめ直すなんて、最初は思わなかったでしょう?

ええ、私もです(笑)

でも、こうして書いているうちに、私の心の中にも、誰かの「ちょっとのやさしさ」が思い出されてきました

何気ない言葉、さりげない助け、気まずい空気をやんわり和ませてくれた誰か。

今さらだけど、ありがとう

あの時、あなたは“善なる機転”を使って、私を救ってくれていたんですね。

そして思うのです。

今の私たちは、そのバトンを受け取った側かもしれない、と。

これから出会う誰かに、小さな安心や笑顔を届けられる側に、いつの間にかなっているのかもしれない、と。

機転が利くというのは、決して“器用な人になること”じゃない。

うまく立ち回るスキルなんて完璧に覚える必要があることでもない。

むしろ、誰かのためにちょっと踏ん張れる人になること。

そして、何も言わずに手を差し伸べられる強さを持つこと。

あなたの中に、もうその力の芽はきっとある。

今はまだ見えなくても、うっすらでも、確かにある。

そしてその芽は、今日も明日も、あなたのさりげない気づきと、静かな優しさによって、ゆっくり育っていくのです。

どうか、あきらめないでください。

悪魔がでしゃばる職場もあるし、正直しんどい日もある。

でも、そこで心🩷を腐らせずに、

「自分は、どうありたいか?」を見失わなかったあなたは、

すでに“本物の強さ”を持っているんです。

だから今日も、ほんの少しだけ、誰かの心がふっと和らぐような、そんな選択をしてみてください

それが、誰かの「今日はちょっといい日だった」につながるのなら──

あなたは、もう立派に“機転が利く人”なのです。

さあ、あなたの花を咲かせましょう。

きっとそれは、誰かの明日を照らす光になりますから(^-^)

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niiro makoto