目次
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6月の介護現場。
――それは、空が曇るとともに、人の心にもどんよりとした雲🌩がかかる季節。
「5月が大変だったけど、ようやく落ち着いたかな…」と一息つく間もなく、上司の「ちょっとお願いが…」が始まり、同僚の「それ、お願いしていい?」が続き、気づけば**“お願いリレー”のバトンが自分の手にしっかり握られているという奇跡。**
新人さんは、ようやく現場の空気に慣れてきたころ。
転職や異動で来たばかりの人は、なんとなく「この施設、クセ強いな…」と気づき始め、ベテランはというと、「去年もこんなだったっけ?」というデジャヴに悩まされる毎日。
でもね――
この6月という月、ただしんどいだけじゃない。
「なぜ私たちはここにいるのか?」という、少し哲学的な問いすら浮かぶのがこの月の特徴なのだ。
知識も経験もある。けれど、それがいつしか惰性になっていないだろうか?
新人に優しくしてる“つもり”でも、実はただの押しつけになっていないか?
そして、評価面談の時だけ“いい人”になる上司に、笑っていられる自分でいたいか?
6月は、そんな**“立ち止まって振り返るタイミング”でもあり、それでも「さぁ行こう!」と再び前を向くための助走期間**でもある。
さぁ、今年も来ました「6月の陣」!
新人も、ベテランも、上司も、経営陣も――誰もが逃れられないバトルロイヤル。
この戦、勝者などいない。
あるのは…ただ、生き残った者たちの沈黙だけ。
それでも笑って進むために。
今月も、介護現場は熱く、静かに、そしてどこかでこっそりバトルの幕を上げるのであった――。
「さて、今年も納涼祭の季節がやってくるね~!」と、やたらと軽やかに話しかけてくる上司。
……その瞬間、現場の空気が一瞬で氷点下になるのを、誰もが感じた。
そう、6月とは――
イベント準備の“はじまりの月”である。
それはまるで、「今年も戦争が始まります」と静かに宣言されるかのような重み。
誰が何を担当するのか。予算はどこまで出るのか。
そして、「やりたいこと」よりも、「できること」に絞られていく現実の壁。
とはいえ、イベント自体は悪ではない。
利用者の笑顔、家族の笑顔、地域とのつながり……本来は、誰かの“楽しみ🩷”のはず。
でも現実はと言えば――
業務の合間に会議、話し合い、準備準備、また準備。
気づけば、書類の山の向こうで、未対応の排泄介助コールがピーピー鳴っている。
そしてなぜか、「去年も〇〇さんがやってくれたから、今年もお願いね」と、“去年やった罪”に問われるベテランたち。
さらに、やたらと“口は出すけど手は動かさない”勢も出現する。
「〇〇係って大変だよね~、でも盛り上げてねっ!」なんて言いながら、自分はちゃっかり早番シフトでさよなら。
はい、現場、置いてけぼりです。
しかも、納涼祭にしろ夏祭りにしろ、規模がでかい。
「ちょっとしたレク」じゃない。
施設全体を巻き込むガチイベント。
予算管理から配置図まで、まるでミニ企業のプロジェクトマネジメントである。
でもね、報酬は…変わらない。
むしろ疲労とストレスは3倍増。
こうして、上司の「去年並みで頼むね」のひと言が、6月という月を地獄に変える“魔法の呪文”として刻まれる。
準備が大事だってことは百も承知。
でも、「大事にしてくれる人が誰もいない」準備って、泣けてくる。
6月は、イベント準備という名の戦場に、今日もそっと足を踏み入れる――。
上司の「去年並みで頼むね!」という無責任な一言により、イベント準備という火山が噴火した6月。
でも、そう簡単にはやられない。5月で揉まれた部下たちは、もう無防備じゃないのだ。
そもそも介護現場のスタッフは、体力・気力・根性・笑顔・察し力・そして機転が問われる超高難度職種。
その上にイベント?しかも全体規模?しかも去年並み?――お断りだ。
ここで発動されるのが、6月限定・現場生まれの奥義。
そう、“巻き込み”と“回避”という、秘伝の合わせ技である。
「なるほど、それって去年どんな流れでやったんでしたっけ?ちょっと記録探してみますね。あ、上司も一緒に見てもらえますか?」
この一撃。
いかにも協力的なフリをしながら、上司のスケジュール帳に“仕事”を追加する見事な巻き込み戦法。
そうです、「一緒にやりましょう」は、もはや平和を装った戦術用語なのです。
一方の“回避”戦法もあなどれない。
「いま現場が本当にギリギリで、レク準備に人を割ける状況ではないんです…でも、利用者さんの命優先ですよね?」
ね?これ、誰も反論できないんですよ。
“善意”を盾にした正論アピールは、現場において最強クラスの防御力を誇る。
ただし、この技、初心者にはちょっと難しい。
まだ「とりあえず笑顔で受けとこう」って思ってしまう新人さんは、気づいたら手にメモを握りしめていたりする。
「浴衣の手配」「氷の手配」「輪投げの景品候補」――おかしいな?レク係、私じゃなかったはず…。
そしてここに、何かと口を挟みたがる**“自称・経験豊富なベテラン”**が加わると、事態はさらにややこしくなる。
「それ、去年は私が全部やったの。だからね、こうすればいいのよ」
そう言いながら、実は肝心の部分はもう記憶が曖昧。
でも本人はベテランとしての矜持を守るため、つい口だけは出す。
こうして、「知ってるけど、動かない人たち」と「知らないけど、動いてしまう人たち」が現場を埋め尽くし、その隙間で、今日も巻き込みと回避の火花が散る。
そしてふと思うのだ。
これ、誰のための祭りだっけ?🎉
私たち、なんでここまで頑張ってるんだっけ?
――でもね、不思議と続けてしまうのが介護職。
不満をこぼしながらも、あの人の笑顔を思い出すと、「まぁ、しょうがないか…」と、また書類を片手に準備室へ向かう。
惰性じゃない。
言いなりでもない。
ただ、**“喜んでくれる顔がそこにある”**って、それだけで人は頑張れてしまうのだ。
6月――それは梅雨の季節。
空はどんより、気分もどんより、そして書類棚の奥から例の封筒がそっと現れる。
「評価面談、来週ありますので確認をお願いします」
……うん、知ってた。
知ってたけど、できれば知らなかったことにしたかった。
この時期になると、職員たちは“普段の自分”と“ちょっとだけ良い自分”の演技の境目に悩み始める。
普段は「まぁいっか」で済ませていた記録も、急に真面目に書き出したり、いつもより声のトーンを2段階上げて利用者に挨拶してみたり。
――バレてます、全部。
でも、やらずにはいられない。
なぜなら、この面談が…
「来季の給料」「賞与」「待遇」の生死を分ける審判の儀式だからである。
実はこの面談、5月のうちに“評価ポイント”が密かに集められている。
休憩中に雑談してたら「サボり傾向あり」
ちょっと文句を言ったら「協調性に欠ける」
提出物が1日遅れたら「責任感にやや課題」
……ちょっと待ってほしい、そんなチェックポイント、誰が決めたの?
それが上司なのである。
上司は「現場を見ていますから」と涼しい顔をしながら、“下げやすいところ”をリストアップして、そっと経営陣に差し出す。
だって、部下の評価を下げることが、上司の“評価アップ”になるんですもの。
経営陣からすれば、支出を抑えられる有能な部下。
まさに「節約できる上司はいい上司」の法則。
その裏で、現場の声はスルーされ、沈黙だけが積み上がっていく。
そして迎える、面談本番。
上司の前に座り、「今期の振り返りをお願いします」と言われるその瞬間――
なぜか、自分が裁かれる被告人のような気持ちになるのはなぜだろう。
「協調性にやや波がある」「責任感はあるが表現が強め」「成長は見られるが、まだ安定感に欠ける」
どれも聞き覚えのない評価ワードたち😚️。
え、そんなに私、危ない人でしたっけ…?
終わったあとに襲ってくるのは、もはや「怒り」でも「悲しみ」でもない。
**「評価されるって、こんなに虚しいんだ」**という、ちょっぴり哲学的な虚無感である。
でも不思議なことに、誰も辞めない。
悔しくて、報われなくて、納得いかなくても、それでも次の日には、また利用者さんの前で笑っている。
なぜかって?
それが介護職だから。
“評価”なんかじゃ測れないものを、毎日全力で届けてるって、自分だけは知ってるから――。
6月、気温と湿度がじわじわ上がってきて、職員の制服が背中に貼りつく頃。
それは同時に、現場の人手がサラサラと砂のように消えていく月でもある。
理由は様々。
誰かの家族が体調を崩した。
誰かが軽く熱中症気味。
誰かが転職を決意した。
誰かが…シンプルに限界を迎えた。
「ちょっと今月、人数少ないかもね~」と、誰かが言ったその翌週には、もう“ちょっと”どころではない。
夜勤明けにそのまま日勤に突入する勇者が誕生し、早番が遅番のフォローに入るという逆転現象が発生する。
まるで一つの歯車が欠けるたびに、他の歯車が火花を散らしながら回ってるような現場。
「チームケアって素敵ですね」と言われるたびに、「…うん、チームワーク、命がけです」と心の中でささやく6月。
そんな中で、利用者さんの体調もゆらぎ始める。
脱水、発熱、食欲不振…
季節の変わり目に体がついていけない方が増えてくる。
そして、避けられないのが“看取り”の季節でもある。
「〇〇さん、きのう旅立たれました」
その言葉に一瞬沈黙が流れて、それでもスタッフたちは次の入浴介助へと動き出す。
泣きたい。
でも泣いてる暇なんてない。
別れの余韻にひたる間もなく、翌週には「新しいご入居者が決まりました」と連絡が入る。
そう。
介護は止まらない。
命が旅立ち、また一つの命がその場所へやってくる。
“利用者のベッド”は空かない。
スタッフの気持ちだけが、まだそこに残っていても――
現場は、次の命を迎える準備を始めてしまう。
そして気づくのだ。
**「もう一人職員がいたら」**という願いが、いつからか“叶わない夢🩷”になっているということに。
でも、それでも笑うのが介護職。
「はーい、ごはんの時間ですよ~」「今日もいい天気ですね~」と、心の中にいくつもの“片付いていない気持ち”を持ったまま、笑顔でケアに向かう。
涙は、誰かの命を送ったあとに流れるもの。
悔しさは、誰かの命を守れなかった夜に噛みしめるもの。
でも希望は、なぜかまた、目の前の人の笑顔から湧いてくる。
それが介護。
そして、それをやり続けているあなたは、きっと今日も誰かの“生きる力”になっている。
6月――
それは、ただ雨が降るだけの月じゃない。
イベント、評価、人員不足、命のリレー、そして“変わらないようで変わっていく人間関係”。
まるで職場全体が、濡れた地雷原の上を歩いているような感覚になる。
上司の無茶振りにどう耐えるか。
仲間とどう連携するか。
評価という名の刃をどう受け止めるか。
そして、自分の中の“限界”とどう向き合うか。
……これ、全部ひと月の間に起こるんです。
介護職って、すごくないですか?
でも不思議と、6月を乗り越えた職員たちは強くなる。
新人は“最初の山”を登り、転職者は“この現場のクセ”をつかみ、ベテランは“慣れ”と“向き合う覚悟”を新たにする。
だからこそ、こんな6月にも、笑いがあって、優しさがあって、「今日もありがとう」と言ってくれる利用者がいてくれる。
現場はまだまだ大変。
矛盾もあるし、報われないことも多い。
けれど、それでも介護の現場を支えるあなたがいるから、明日も誰かの暮らしが続いていく。
もし、6月がしんどくなったら、この記事を読み返してね。
「やっぱり自分、おかしくなかったんだ」って、思ってもらえるように、ここに言葉を置いておきます。
そして7月――
また新しいバトル⚔️が始まるけれど、それはまた別のお話。
さぁ、6月の陣、お疲れさまでした!
あなたはもう十分、立派な戦士です。
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