喉は空気とご飯の交差点~鼻・口・年齢で変わる通り方の秘密~

[ 家族の四季と作法 ]

はじめに…鼻と口から入ったものは何故一度だけ同じ場所を通るのか

人の体は、ちょっと不思議な作りをしています。鼻から入る物と、口から入る物とでは目的地が違うのに、途中で一端「同じホール」を通るようになっているからです。鼻からの空気は本来は肺へ、口からのご飯やお茶は本来は胃へ行ってほしいのに、一度、喉という共用スペースを通過します。ここが「咽頭(いんとう)」と呼ばれる場所で、前の方には空気が通る道、後の方には食べ物が落ちていく道が並んでいます。この並びがあるから、私たちは普段は口でおしゃべりしながらでもすぐに息が吸えて、さらに食事も出来るのです。

ただ、便利さの裏にはリスクもあります。液体がツーッと速く落ちてしまう時、熱い湯気や煙が急に奥まで来た時、あるいは高齢の方で飲み込みの合図が少し遅れる時、この共用スペースで「どっちに通すか」の判断が一瞬ズレることがあります。そうすると「ウッ」と咳込んだり、「喉の上の方が詰まる感じ」が出たりします。これは体が弱いからというより、元々の構造がそういう風に出来ているから起きる出来事です。

さらに不思議なのは、同じ喉でも感じ方が年齢で変わるところです。赤ちゃんの頃は喉頭が高い位置にあって、鼻で息をしながら母乳を飲めるように出来ていますが、成長とともに喉頭は少しずつ下がり、声も出しやすくなる代わりに「間違って気管に入りやすい」という大人の形に近づきます。そして年を重ねると、今度は感覚のアンテナが鈍くなり、気体・液体・固形を見分けるスピードが少し落ちていきます。だからこそ介助やケアの場では、ひと口の大きさや温度やトロミを整えて、喉の仕事を助けてあげることが大切になってくるのです。

この後では、気体・液体・固形がどう通り分けられているのか、ひと口が小さ過ぎるとどうなるのか、煙で咽る時に喉の中で何が起きているのか、そして0歳から高齢期までの変化を丁寧に見ていきます。ここを押さえておくと、食事介助の説明もしやすくなりますし、「この人は今どの段階で躓いているのか」が見えやすくなります。

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第1章…喉で気体と液体と固形はどう振り分けられているのか

人の喉は、たった1つの空間でありながら、前と後ろで役割が違います。前側は空気が通って肺へ向かう道、後ろ側は食べ物や飲み物が通って胃へ向かう道です。鼻や口から入った物は、一端この共通の空間に集められてから、「今は息を通すのか」「今は飲み込むのか」を瞬時に決められます。この切り替えをしているのが、喉頭の入口と、その上にある蓋のような喉頭蓋です。普段は前側が開いていて息がしやすい状態、飲み込む時だけ前を閉じて後ろに通す仕組みです。

この時、一番通過が優しいのは気体です。空気は形がなくて軽いので、入口さえ開いていれば抵抗なく前の道を下りていきます。煙や匂いがスッと奥まで届くのもこのためです。ところが、煙のように刺激の強い物が混じっていると、喉頭の周りにある「これは嫌なものだ」と感じる感覚が先に働き、咳を出す方向へ体が動きます。これは飲み込みとは別の防御で、「肺に入れたくない」という判断が優先された形です。体がわざと咳を起こしているので、一瞬「ウ…」と上の方で苦しく感じても不自然ではありません。

液体になると少し事情が変わります。お茶や汁物のようなサラサラしたものは、重さがあって流れやすく、しかも形がまとまっていません。口の奥に溜めているつもりでも、先の方だけがツーッと下に落ちていきやすいのです。喉の奥が「さあ飲もう」という合図を出すよりもほんの少し早く落ちてしまうと、前側の道がまだ開いたままで、咽やすくなります。高齢の方や体調が優れない時に汁物で咽ることが多いのは、このタイミングがズレやすくなるからです。

固形の食べ物はさらに違います。ご飯やパン、野菜の欠片などは、そのまま奥へ送るとゴロッと転がってしまうので、まず口の中で舌がまとめます。これを食塊と呼びます。舌は「これなら一度で送れる」という大きさに揃えてから、一気に喉の奥へ送り込みます。まとまった塊で来ると、喉のセンサーも「今だな」と感じ取りやすく、前の道を閉じて後ろの道を開ける準備が間に合います。つまり、固形は進むスピードがゆっくりで、しかも形がはっきりしている分、誤った道に入り難いのです。

このように、同じ喉を通るといっても、気体はほぼ自動で前を通る、液体は一瞬の遅れで前に入りやすい、固形は舌が用意してから後ろに送る、とそれぞれに性格が違います。後の章で触れるように、ここに「ひと口が小さ過ぎると食塊にならない」という問題が重なると、せっかく安全にしたつもりの介助がかえって喉には忙しい作業になってしまうことがあります。だからこそ、気体・液体・固形の違いを頭に入れておくことが、日常のケアでも説明でも、とても役に立ちます。


第2章…食塊(ボーラス)が小さ過ぎる時に起きること

介助の現場では「咽させたくないから、ひと口を出来るだけ少なくしよう」と考えがちです。ティースプーン1杯なら安全そうに見えますし、口に山盛りを入れるよりは、もちろんずっと丁寧な関わりです。ただ、ここで1つ落とし穴があります。ひと口が小さ過ぎると、舌がうまく食べ物をまとめられず、喉にとってはかえって忙しい通過になってしまうことがあるのです。

本来、口の中では舌が食べ物をグルッと回しながら、軟らかさと大きさを揃えています。これが「食塊」、先ほど触れたボーラスです。これは喉に「これから送りますよ」という合図にもなっています。ところがティースプーンでちょん、とだけ入れた場合、口の中のどこかに食べ物が散らばったままになりやすく、舌が「もう送っていい量なのか」「まだ噛むべきなのか」を判断し難くなります。すると喉は小分けにされた物を何度も何度も受け入れなければならず、前を閉じて後ろを開けるという切り替えを短時間で繰り返すことになります。

この時に起こりやすいのが、液体との分離です。軟らかいお粥やスープを口に入れると、さらさらした部分だけが先に喉の方へ滑り下りていきます。けれど、まだ舌の上にはほんの少し残っている。本人は「まだ飲み込み切っていない」と感じているので、嚥下の合図がわずかに遅れます。結果として、前の方の道が開いたまま液体が通ろうとして「ゴホッ」となります。これは決して乱暴な介助ではなく、むしろ少なめにしたからこそ起こった現象です。

ではどうすればいいかというと、ひと口の大きさを「本人がひと息でまとめられる量」に寄せてあげることです。ティースプーン1杯でも、舌が口の上顎に押しつけて集められるならOKです。けれど、口をすぼめたり、何回も舌を動かしているなら、その人には少な過ぎる合図です。逆に、カレースプーンで山盛りにしたものを一気に入れてしまうと、今度は口の前のほうで渋滞が起き、塊が大き過ぎて飲み込みの動きが遅れます。これがご本人の言うところの「リアルな虐待」に繋がってしまうので、ここは避けたいところです。

大事なのは、「量を減らす=安全」ではなく、「まとめやすい量=安全」に近いという考え方です。舌が1回で作れる大きさにしておけば、喉も1回で前を閉じて後ろを開けるだけで済みます。介助する人は、口に入れた後すぐにもう1匙を追加せず、飲み込みが終わるまで半拍待つと、喉の方の仕事量も減ります。こうして、口・舌・喉のリズムを揃えてあげると、「この人は液体で咽やすい」「この人はトロミの時だけ楽そう」といった違いも見えやすくなってきます。


第3章…煙や熱いスープで咽るのは何故か~咳と飲み込みのせめぎ合い~

煙や湯気で「ゴホッ」となる時、私たちの体の中では飲み込みとは別の防衛が動いています。食べ物や飲み物を通す時の通路は、基本的に「今は後ろを開けるよ」という合図で切り替えますが、煙や強い匂いはそんな手続きを待ってくれません。勢いよく喉頭の周りの感覚を刺激するので、体は「とにかく外に出せ」という方を優先します。これが咳反射です。飲み込みは緩やかに準備する仕組み、咳は即時に動く仕組みなので、同時に起こりそうになったら咳が勝つように出来ています。

例えば、煙草の煙や野焼きの煙は、見た目は気体ですが、中には細かい粒や熱、臭いの成分が混ざっています。これらが喉頭蓋の裏側や声帯の近くに触れると、「ここを塞がれては困る」という信号が脳に届きます。すると息を吸うはずだった喉頭が一瞬で閉まり、腹の底から空気を押し上げて外へ追い出します。この動きは自分で止めることがほとんど出来ません。つまり、液体と思ったからではなく「肺を守る方を選んだ」結果として咽ているのです。

熱いスープの場合も似ています。トロミがあってゆっくり落ちるように見えても、湯気の部分だけが先に喉の奥へ届きます。そこが熱いと、体は「これは入れたくない」と判断して咳の準備をします。ところが口の中にはまだスープ本体が残っていて、本人は飲み込もうとしています。飲み込みたい動きと、外へ出したい動きがぶつかるので、結果的に咽が強くなります。高齢の方で、熱い汁物だけが妙に通り難いという場面は、このぶつかり合いが起きていると考えると説明しやすくなります。

ここで思い出しておきたいのは、咳は「少しでも怪しい物が入ったら出す」という設計になっているということです。量が多いから咽るのではなく、質が怪しいから咽るのです。だから、同じお茶でも温めならスルッと飲めるのに、熱い時だけ「ウッ」となる人がいますし、同じ味噌汁でも、具無しのサラサラした部分だけを急いで飲む時にだけ咳が出る人がいます。これは喉の感覚がちゃんと働いている証拠でもあります。

一方で、この感覚が弱くなっていると、刺激が入ってもあまり咳が出ません。喉の奥で少し入りかけているのに、表面上は「咽ないから大丈夫」と見えてしまうことがあります。こういう方には、予め温度を少し下げる、香りをつけて「今から飲むよ」という合図を濃くする、ひと口分をしっかり食塊にしてから渡す、などの工夫が向きます。安全に感じられる温度と量に揃えてあげると、咳と飲み込みが喧嘩せずに済みます

つまり、煙や熱い飲み物で起きる咽は、必ずしも失敗ではありません。前の通路を守ろうとしただけです。ただし、これが食事のたびに起きるようなら、温度・香り・一口量・姿勢のどこかが今の喉の状態と合っていない合図です。体が出しているこの小さなサインを拾って、次の一口を調整してあげると、喉はずっと働きやすくなります。


第4章…0歳から高齢期まで~喉のセンサーはこう変わっていく~

同じように飲んでいるつもりでも、赤ん坊の頃と、大人になってからと、さらに高齢になってからとでは、喉が感じている世界がまったく違います。これは「どこを通るか」という構造の話だけではなく、「どのくらいで危険を感じるか」「どのくらいの速さで合図を出せるか」という、感覚と反射の元気さが年齢で変わるからです。ここを押さえておくと、「この人にはどういう一口が合うのか」「何故、今まで大丈夫だった汁物で咽るようになったのか」が説明しやすくなります。

乳児期~高い位置で守られている時代~

生まれてすぐの頃は、喉頭が首の上の方にあって、母乳を飲みながらでも鼻で息がしやすいようになっています。しかも喉頭の周りの感覚がとても敏感で、ミルクがちょっとでも気管側に触れそうになると、すぐに「止める」「吐き出す」「咳をする」などの強い反応が出ます。これは一見すると咽やすいようにも見えますが、実は肺を守る力が最大に働いている状態です。熱い湯気や煙草の煙に近づけない方がいいのも、この時期のセンサーが鋭過ぎるせいです。

幼児から学童期~飲み込みのリズムを学ぶ時代~

成長していくと、喉頭はだんだん下がり、声を出したり笑ったりしやすくなります。その一方で、赤ん坊の時のように飲みながらずっと息をするという芸当はし難くなります。かわりに、食べる➡息をする➡しゃべる、という順番を自分で切り替えることが上手になっていきます。いろいろな食材を口にするようになるのもこの頃で、サラサラした汁・モサモサしたパン・熱いスープなど、様々な刺激を通して「これはゆっくり」「これは早く飲む」と喉の反射を育てていきます。遊びに夢中で笑いながら飲んで咽るのは、この切り替えの練習中だからこそ起きる現象です。

成人期~呼吸と飲み込みの黄金バランス~

大人になると、呼吸・言葉・飲み込みの3つが一番よく揃います。サラッとしたお茶でも、具入りのスープでも、固形のご飯でも、ほぼ同じ速さで安全に飲み込めます。煙や臭いに対する咳もよく出るので、危ない物が入っても追い出しやすい時期です。介助が要らない人の飲み込みを観察すると、ひと口を入れる➡舌でまとめる➡喉頭が上がる➡呼吸に戻る、という流れがとても滑らかで、しかも1回ごとの間隔が一定です。ここが基準になるので、後に年齢を重ねた時の変化がはっきり分かるようになります。

高齢期~合図が遅くなりやすい時代~

年を重ねていくと、喉の表面で感じる力と、筋肉を一気に動かす力がどちらも少しずつ弱くなります。すると、口の中に食べ物が入ってきてから「さあ飲み込もう」とスイッチが入るまでの時間が、ほんのわずかに長くなります。このわずかな遅れの間に、サラサラした部分だけが先に落ちてしまうと、前の通路がまだ開いたままで、咽やすくなります。また、咳き込む力そのものも弱くなるので、もし気管に入りかけても、若い頃のように「ゴホゴホッ」と一気に出し切れません。これが「咽ないのに後で肺が悪くなる」というややこしいパターンを作ります。

この年代では、温度・におい・トロミ・一口量といった「飲む前のヒント」を揃えてあげることが、とても大きな助けになります。例えば温過ぎるお茶だと喉が気付きにくくなり、逆に熱過ぎると咳のほうが先に働きます。本人にとって丁度良い温かさと、舌でまとめやすい量を続けていくと、遅くなった合図を補うことができます。

介助する人が見ておきたいポイント

年齢が上がるほど、「咽るかどうか」だけで安全性を判断しにくくなります。食後に声が枯れていないか、喉の辺りを擦っていないか、食べ終わってからもゴロゴロとした音が残っていないか、こうした小さな変化がヒントになります。もしこうした様子が見られるなら、1回に与える量を「まとめやすい大きさ」に見直したり、飲み込み終わりまで少し待ってから次を入れたりすると、喉にかかる仕事を減らすことができます。年齢で感覚が変わるのは自然なことなので、それに合わせて段取りを変えていく――それが一番楽で、当人の尊厳も守れるやり方になります。

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まとめ…ひと口の量と温度を整えて喉の仕事を助ける

鼻と口から入った物が、一端同じ場所を通る仕組みは、人が「話す・食べる・息をする」を同じ顔でこなすための、上手く出来た仕掛けでした。ただしその分、気体・液体・固形がそれぞれ違う速さで落ちてくる時には、喉がとても忙しくなります。特に液体と混ざった食べ物は、さらさらした部分だけが先に下がってしまい、喉が「今は後ろを開けるよ」と決める前に通ろうとするので、咽やすくなります。ここまでで見てきたように、これは体が弱いから起きるというより、元々の構造がそういう風に出来ているから起きることでした。

だからこそ、介助やご家族ができる一番の工夫は、ひと口を「まとめやすい大きさ」にしてあげることです。ティースプーン1杯がその人の舌でちゃんと食塊になっているなら問題ありませんが、何回も舌で持て余すような様子があるなら、むしろ僅かに多めにした方が、喉は1回で仕事を終えられます。反対に、無理な大盛りを一気に入れれば、口の前で渋滞が起きて飲み込みが遅れ、結果として危なくなります。量を減らすかどうかではなく、その人が1回で飲み込める形かどうか――見るのはそこです。

煙や熱いスープで咽るのも、失敗というより「肺を守る方を選んだ」というサインでした。咳は飲み込みよりも先に働くように出来ているので、ここがよく動く人は防御が生きています。逆に、年齢と共にこのサインが弱くなってきたら、温度を少し下げる・香りを付ける・トロミを付ける・次のひと口を急がない、といった前もってのひと手間で、遅くなった合図を補えます。赤ん坊の頃は守りが固く、大人で一番バランスが良くなり、高齢になるともう一度「助っ人」が必要になる――この流れを頭に入れておくと、説明もしやすくなります。

最終的に目指したいのは、「この人の喉は今、どの段階の働き方をしているのか」を見極めて、そこに量・温度・速さを合わせることです。同じお味噌汁でも、温めにして、豆腐を小さくして、飲み込み終わりまで待ってから次を入れる――ただそれだけで、喉は見違えるように落ち着きます。体の仕組みを知っていると、優しくするポイントがはっきりしますし、毎日の食卓やケアの時間が少し楽になります。

⭐ 今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m 💖


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