緑の奔流~祖母の“落ち着く色”が四季で増えていく家族物語~
目次
はじめに…祖母の緑センサー発動で娘と孫は今日も便乗する
祖母が落ち着く色は青――という流れで、家族はすっかり「色の探検隊」になりました。ところがある日、祖母がいつもの青い服の上に、何故か緑のカーディガンを羽織ってきたんです。娘である私は、そこを見逃しませんでした。「あれ?今日は緑もいける日?」。祖母はサラッと言います。「青も好きだけど、緑も目がラクだよ。ほら、葉っぱの色」。孫はすかさず「ばあばの目がラクって言った!採用!」と叫び、祖母が「採用って、またその言い方」と笑いました。もうこの時点で、家庭の空気が整っています。色って、偉大です。
ここで私たち家族の方針を1つだけ決めました。緑で祖母を“囲う”のではなく、日常の中にちょいちょい入れて、気分が良い方向へ広げていく。部屋を緑一色に塗り替えるような乱暴なことはしないし、祖母が疲れている日は「窓から見るだけ」「写真を見るだけ」でも良い。楽しみは押し付けるものじゃなくて、祖母が自分で掴めるサイズが一番安心だからです。孫はそこを理解しているのかいないのか、「今日は緑を5つ入れよう!」と宣言していましたが、私は「急にフルコースにするな、胃もたれする」と止めました。祖母は笑って「色で胃もたれって初めて聞いたよ」と言い、孫は「色は食べ物!」と謎の名言を増やしました。
それでも、緑には青と違う強みがあります。青は“貴重だから心を動かす”ところが魅力でしたが、緑は“安心が長持ちする”ところが魅力です。外に出られない日でも、緑は窓の外にいるし、室内にも持ち込めるし、映像にも強い。つまり、祖母のペースを守りながら、日々の中で再現しやすい。これは家庭向きです。施設で大々的にやるより、家だから出来る「さりげない豊かさ」に向いています。
そして何より、緑の新発見は「若葉」だけじゃ終わりません。春の空から垂れるような緑の花、鳥の羽の緑、飲める緑、香る緑、手のひらに置ける緑、冬でも消えない緑。祖母が「緑ってそんなに種類があるのかい」と驚くたびに、孫が「ばあば、緑の沼へようこそ!」と余計なことを言って、祖母が「沼は困るねぇ」と笑う。私はその会話を聞きながら、心の中で静かにガッツポーズです。緑が増えるほど、祖母の落ち着く道が増える。道が多いって、安心です。
この「緑の奔流」は、四季で緑を増やしながら、祖母・娘・孫の3人で暮らしの中に小さな感動を仕込んでいく物語です。正式名称も忘れません。読者が「それ、うちでもやってみたい」と思った時に再現できるように、名前と季節感をセットにして、緑の新顔を連れてきます。まずは春。緑は芽吹きの季節で本気を出します。祖母の緑センサー、いよいよ発動です。
[広告]第1章…春の緑は「若葉」だけじゃない~ヒスイカズラとメジロで目が洗われる朝~
祖母の緑センサーが発動した翌朝、娘の私は寝ぼけ眼で台所に立っていました。そこへ祖母が来て、サラッと言うんです。「今日は緑の気分だよ」。その一言が、何故かこちらの背筋をピンとさせました。青の時もそうでしたが、祖母の“色の気分”って、天気予報より当たる時があるんですよね。
孫は既にテンションが上がっていて、「春の緑って、葉っぱの緑でしょ?」と決めつけ顔。私はそこで、にっこりしながら首を振りました。「春の緑はね、葉っぱだけじゃない。春は“緑の新顔”が勝手に出てくる季節なんだよ」。祖母が「勝手にって、いいねぇ」と笑いました。そう、勝手に現れる色は強い。こちらが頑張らなくても、フッと心が動くからです。
朝食のあと、祖母が窓辺に座りました。私たちは“色の鑑賞席”を作るのが得意になっています。椅子に座って、無理に何かをしなくても良い場所。祖母がゆっくり外を見ていると、孫がいきなり小声で叫びました。「いた!緑の鳥!」。祖母が「どこだい」と目を細めると、庭木の枝にちょこんと止まっている小さな鳥が見えました。
その鳥の正式名称は、メジロ。背中がやわらかい黄緑色で、目の周りが白い輪になっている、あの鳥です。祖母は「目のところ、ほんとに白いねぇ」と嬉しそう。孫は「だからメジロ!」と得意満面で言いましたが、祖母が「じゃあお前は口白かい」と返して、孫が「くちしろって何!」と笑い転げました。朝から平和です。
メジロは、特に冬から春にかけて身近に感じやすい鳥です。梅の季節に見かけたり、花の蜜を探して忙しそうに飛び回ったりします。祖母が「春って、鳥も忙しいんだねぇ」と言うので、私は「春は生き物が一斉に動き出すから、緑も一斉に増えるんだよ」と返しました。孫は「緑、増殖!」と謎の宣言をして、祖母が「増殖は困るよ、落ち着きなさい」と笑いました。
窓の外だけじゃ足りない日は映像の緑を借りる
ただ、ここで大事なのは“祖母のペース”です。窓辺でメジロを見つけられた日は大成功。でも、毎回そう上手くいくとは限りません。鳥は気まぐれですし、祖母の体調も日によって違います。だから私たちは、外に出られない日や、目が疲れている日用に「映像の緑」を用意しておきます。写真や動画は、無理をさせない味方です。
そこで登場する春の緑の新顔が、正式名称 ヒスイカズラ です。祖母が「何それ、急に強そうな名前だねぇ」と言い、孫が「必殺技みたい!」と騒ぎました。私は「必殺技じゃなくて、花」と落ち着いて説明します。ヒスイカズラは、翡翠みたいな色の花が、房になってぶら下がる植物です。実物は温室などで見られることが多く、日本だと春ごろに「見頃」として紹介されることが良くあります。外に出なくても、植物園の紹介動画や写真で十分に楽しめるのがありがたいところです。
祖母にスマホを渡して、いきなり小さな画面で見せるのは少し疲れるので、私はテレビに映しました。大きい画面は祖母の味方です。映った瞬間、祖母が「まあ……緑が光ってるみたい」と声を上げました。孫は「緑のブドウみたい!」と言って、祖母に「食べちゃだめだよ」と即座に止められていました。孫は「言われる前に食べないよ!」と言い返しましたが、顔は完全に食べたい顔でした。
ヒスイカズラの緑は、ただの葉っぱの緑と違って、“宝石っぽい緑”です。春の緑には、こういう「見たことない緑」が混ざってくるから面白い。祖母が「緑って、こんなに派手でも良いんだねぇ」と笑いました。私はそこが嬉しかったんです。祖母の落ち着く色が、落ち着くだけで終わらず、ちゃんと“新しい驚き”まで連れてきたからです。
春の緑は家の中で「静かに増やす」が勝ち
ここで私がやったことは、たった1つです。春の緑を、祖母の生活の邪魔にならない場所に“置いておく”。テレビでヒスイカズラを見た後、その画面を写真に撮って、紙に印刷して、祖母の椅子の近くにそっと置きました。祖母が好きなタイミングで見られるように。孫は「ばあばの席、緑コーナー!」と言いましたが、祖母が「コーナーってほど大袈裟じゃないよ」と笑いました。そう、大袈裟にしないのがコツです。
祖母は印刷したヒスイカズラの写真を見て、「これ、春の緑って感じがするねぇ」と言いました。孫は窓を指さして「メジロも春の緑!」。私はその間に、窓辺の観葉植物の葉を一枚だけ拭きました。ピカッとするだけで、緑が少し新しく見えます。祖母はそれを見て、「あら、葉っぱが気持ち良さそう」と言いました。こういう一言が出た日は、もう企画は成功です。
春の緑は、外に出なくても増やせます。メジロという“動く緑”が窓の外に来て、ヒスイカズラという“見たことない緑”が映像で家に来る。祖母は椅子に座ったまま、孫は笑いながら、娘の私は段取りだけ整える。誰も無理をしていないのに心がすっと整っていく。これが「緑の奔流」の、一番気持ち良い始まり方だと思いました。
そして孫が最後に言うんです。「春の緑、もう1個いける気がする!」。祖母が「いける気がするって、胃袋みたいに言うねぇ」と笑い、私は「じゃあ次は“飲める緑”にしようか」と返しました。祖母が「飲める緑?」と目を丸くしたところで、初夏の章へ繋がっていきます。
第2章…初夏の緑は「飲める・香る」~抹茶とミントで気分がス~ッと整う~
「飲める緑ってなに?」と祖母が目を丸くしたまま、孫はもう勝ち誇った顔でした。「ばあば、緑はね、葉っぱだけじゃなくて、飲み物にもなるんだよ!」。私は台所で湯を沸かしながら、「言い方が雑だけど、だいたい合ってる」と心の中で拍手しました。春は見る緑、初夏は飲む緑。色の楽しみ方が変わると、祖母の1日のリズムも、少しだけ軽くなります。
初夏って、暑さが本気になる手前で、体も気分も「なんか怠いなぁ」が出やすい季節です。祖母も例外じゃなくて、外が眩しい日は少し目が疲れたり、気温差でぼんやりしたりします。だからこそ、この章は“祖母が無理なく出来る緑”にしました。結論から言うと、緑は飲めます。しかも、香りで先に落ち着けます。
まずは正式名称、抹茶。いわゆる緑のお茶の王様です。祖母は抹茶を知っています。むしろ祖母世代の方が抹茶の場面に詳しいくらいです。だからここで大事なのは、ただ出すんじゃなくて「初夏の緑として新しく見せる」こと。孫が真面目な顔で言いました。「ばあば、今日の抹茶は“緑の鑑賞用”です」。祖母が「飲むのに鑑賞用って、忙しいねぇ」と笑いましたが、その笑いがもう整っています。
私は茶碗に抹茶を入れて、少しだけ温度を落としたお湯を注ぎました。孫がシャカシャカ混ぜたがりましたが、ここは祖母のペースが主役です。祖母が「昔やったことあるよ」と言って、ゆっくり茶筅を動かしました。泡がフワッと立って、緑が“液体の絵”みたいに見えてきます。祖母が「緑が柔らかいねぇ」と言い、孫が「緑、ふわふわ!」と騒ぎました。私は「騒ぐと泡が逃げる」と言って、孫を黙らせました。泡は逃げませんが、雰囲気は逃げます。
抹茶の緑は、春の若葉とは違って、深い緑です。初夏にちょうど良い落ち着きがあります。しかも香りがあるから、目だけじゃなく鼻からも“緑”が入ってくる。祖母は一口飲んで、「苦いけど、落ち着くねぇ」と言いました。孫は苦味が苦手で顔がシワシワになり、「ばあば、これ大人の緑!」と叫びました。祖母が「大人の緑って何だい」と笑い、私は「それは褒めてるのか文句なのか」と突っ込みました。初夏の午後、台所に笑いが増えました。
もう1つの主役~香る緑の正式名称は“ミント”~
抹茶で落ち着いたところで、次は“香る緑”です。正式名称はミント。ここでいうミントは、品種がたくさんありますが、家庭で手に入りやすいのはペパーミントやスペアミントです。祖母が「ミントって、歯磨きの匂いのやつ?」と聞くので、私は「それもミント。だけど今日は“葉っぱのミント”」と答えました。孫は「ばあば、今日のミントは“鼻の散歩”です」とまた訳の分からないことを言い、祖母が「鼻が散歩するのかい」と笑いました。孫の例えは謎ですが、結果はだいたい良い方向に行きます。
ミントは初夏から夏に強い植物です。暑くなるほど香りが映えるし、葉っぱの緑も元気になります。ただし、ここで大事なのは“使い方”。祖母にいきなり強い香りを押し付けると疲れることがあります。だから私たちは、まずは「見るだけ」。小さなグラスに水を入れてミントを1枝だけ挿し、祖母の窓辺に置きました。これだけで、緑の存在感が増えます。祖母が「葉っぱが小さくて可愛いねぇ」と言いました。孫は「可愛い緑、採用!」と叫びました。祖母が「また採用」と笑いました。採用が多い家族です。
次に、香りは“近づける”のではなく“祖母が近づく”形にします。祖母が気になったら自分で鼻を近づける。すると祖母が「あ、ス~ッとする」と目を細めました。孫が「ばあばの顔が涼しくなった!」と大げさに言うので、私は「顔は涼しくならない」と言いましたが、祖母は確かに表情が軽くなっていました。これが目的です。
初夏の緑は「喉」と「鼻」を味方につける
初夏は、身体が暑さに慣れていないので、喉も鼻も疲れやすい。だから緑の出し方を変えました。抹茶は“落ち着く緑”。ミントは“ス~ッとする緑”。同じ緑でも、働き方が違います。祖母が「緑って、役割があるんだねぇ」と言ったのが、私には嬉しかったです。色をただ眺めるだけじゃなく、暮らしの中で使い分けが出来た瞬間でした。
孫はここで、また名言を生みました。「春の緑は目、初夏の緑は鼻と喉!」。祖母が「秋と冬はどこが担当なんだい」と聞くと、孫は胸を張って言いました。「秋は手!冬は窓!」。私は「だいたい合ってるけど雑」と言い、祖母は「雑だけど面白いねぇ」と笑いました。祖母が笑っているなら、もう成功です。
最後に、私は祖母の緑のカーディガンをそっと褒めました。「今日の緑、抹茶と合ってるね」。祖母は少し照れた顔で「そうかい」と言い、孫は「ばあば、今日のばあばは“緑の達人”!」と叫びました。祖母が「達人は恥ずかしいよ」と笑い、私は「じゃあ次は“手の平森林”に行こうか」と言いました。祖母が「手の平が森林?」とまた目を丸くしたところで、秋の章へ繋がっていきます。
第3章…秋の緑は「しっとり深い」~苔テラリウムと翡翠で手のひら森林作り~
「手の平森林って、森が小さくなるのかい?」と祖母が真面目な顔で聞きました。孫は待ってましたとばかりに両手を広げ、「ばあばの手の平に森が生えるんだよ!」と言い切りました。私は「生えない、生やさない。作る」と訂正しましたが、祖母は「生えるって言い方、ちょっと好きだねぇ」と笑いました。秋は空気が落ち着いてくる季節です。春の緑が“跳ねる”なら、秋の緑は“しっとり座る”。祖母のペースに合う緑が増える時期でもあります。
この章の主役は、正式名称 苔テラリウム。苔は「コケ」です。正式名称を言うとカッコ良いですが、要は苔をガラス容器の中で育てたり鑑賞したりする小さな世界です。苔が一番美しく見えるのは、湿り気が出てくる秋から、涼しい季節にかけて。もちろん室内なら通年楽しめますが、「秋の緑」として紹介すると空気感がピッタリはまります。
私たちは大袈裟な道具を揃えません。祖母が疲れるといけないので、まずは“見るだけセット”を作りました。ガラス瓶は家にあるもので十分。中に小さな石と、苔(園芸店などで手に入りやすい苔)をちょこんと置くだけ。孫はそこにミニチュアの動物を入れたがりましたが、祖母が「森に動物が多過ぎると騒がしいねぇ」と言い、孫は「じゃあ1匹だけ!」と譲りました。私は心の中で拍手しました。祖母の意見が通る、これが一番の安心です。
苔テラリウムを窓辺に置くと、祖母がジッと眺めました。「緑が、静かだねぇ」。その一言で、この章は勝ちました。苔の緑は派手じゃないけれど、目が疲れ難い。青が落ち着く日もあるけれど、秋は緑の“静けさ”が沁みます。孫が「ばあば、森の管理人になった!」と叫ぶと、祖母は「管理人は忙しいよ、私は見守り係」と返しました。見守り係、いい役職です。私も欲しい。
緑の宝石を1つだけ~翡翠の“重み”で落ち着く~
もうひとつ、秋の緑の新顔として入れたいのが、正式名称 翡翠(ヒスイ) です。宝石の緑は、春のヒスイカズラみたいに派手に光る緑とは違います。翡翠は“静かな緑”。手の平に乗せると、少しひんやりして、重みがあります。秋の空気に合うのは、この「重み」なんです。
祖母に宝石を買う、という話ではありません。ここでのコツは、“無理なく再現できる”こと。翡翠は博物館や宝石展示の映像でも十分楽しめますし、写真でも「質感」が伝わりやすい石です。もし家に天然石の小さな置物やアクセサリーがあるなら、それで十分。孫が「ばあば、これ持ってみて」と差し出すのは、よく分からない緑色のビー玉でした。祖母が「これは翡翠じゃないねぇ」と笑い、孫は「ビー玉も緑の宝石だよ!」と押し切ろうとしました。私は「それは宝石じゃなくて希望だ」と言って、祖母に笑われました。
翡翠を“秋の緑”として紹介するなら、こんな言い回しが効きます。翡翠は、光でキラキラさせるより、曇りの日や夕方の柔らかい光で見る方が落ち着く。秋はまさにその季節です。祖母が「派手じゃないのに、綺麗だねぇ」と言ったら大成功。緑の新発見って、派手さだけじゃなくて「静けさの発見」でもあるからです。
秋の緑は「触っても疲れない」を増やす
苔テラリウムは“見る緑”でありながら、手の平サイズなので“触れる緑”でもあります。ただし、祖母が手を出したくなるまで待つのがポイント。私は容器を祖母の近くに置くだけにして、触るかどうかは祖母に任せました。すると祖母が指先でそっと瓶を回し、「角度で緑が変わるねぇ」と言いました。孫は「森が回転した!」と騒ぎ、祖母が「森は回転しないよ」と笑いました。私は「回転してるのは瓶」と冷静に言いましたが、孫は聞いていませんでした。
秋は、家の中にいる時間が少し増える季節です。だから“手元で楽しめる緑”が効きます。苔テラリウムで手の平森林。翡翠で静かな宝石。どちらも、祖母のペースを乱さずに、気分を落ち着かせてくれる緑です。祖母が「緑って、静かに元気をくれるんだねぇ」と言い、孫が「緑、回復アイテム!」と叫びました。私は「ゲーム用語が出た」と思いましたが、祖母が笑っているので、もうそれで良いことにしました。
そして孫が、次の宿題を出してきます。「冬の緑は、寒いのにどうするの?」。祖母が「冬でも緑はあるよ、木だって緑だもの」と言いました。私はそこで、窓の外を指さして言います。「冬の緑はね、“消えない緑”と“光の緑”が主役になる」。祖母が「光の緑?」と首をかしげたところで、次の章へ繋がっていきます。
第4章…冬の緑は「消えない緑」~常緑樹とグリーンフラッシュで窓が映画館になる~
「冬の緑って、寒いのにどこにいるの?」と孫が聞いた時、祖母は窓の外を指さして言いました。「あそこにいるじゃないか。葉っぱが落ちない木」。私はその言い方が好きで、思わず笑ってしまいました。春の緑は芽吹いて、初夏の緑は香って、秋の緑はしっとり落ち着く。じゃあ冬の緑は何かというと、祖母の言う通り“残る緑”なんです。残るって、頼もしさがあります。
この章の前半の主役は、正式名称 常緑樹。ただ「常緑樹」だけだと広過ぎるので、家で再現しやすい具体名も出します。まずは冬の定番、正式名称 ヒイラギ(柊)。葉っぱがつやっとしていて、緑が濃い。触るとちょっと痛いから、孫には「鑑賞は良いけど、握手はダメ」と伝えました。孫は「ヒイラギ、握手NGの緑」と言って、祖母に「誰と握手するんだい」と笑われていました。
もう1つ、室内に置きやすいのが、正式名称 ゴールドクレスト。小さな円錐形のコニファーで、冬に園芸店で見かけやすい常緑の仲間です。祖母が「これなら窓辺に置いても邪魔にならないねぇ」と言ったので、私はそこを大事にしました。冬は動きが少なくなる分、置き場所のストレスが意外と大きい。だから“ちょこんと置ける緑”が勝ちます。
孫はゴールドクレストを見て、「ばあば、冬の緑ツリーだ!」と叫びました。祖母が「ツリーって言うほど大きくないよ」と笑い、私は「大きさじゃない、気分だ」と返しました。祖母がふふっと笑って、「じゃあ私は“冬の緑係”だね」と言いました。秋の“見守り係”に続いて、冬は“緑係”。役職が増えていきます。
冬は“光”が長い~緑の光は映像でも十分ご馳走になる~
冬の後半の主役は、正式名称 オーロラ。緑の光の代表です。祖母が「オーロラって、テレビで見るやつだねぇ」と言ったので、私は「そう。冬は夜が長いから、見るのに向いてる季節」と答えました。もちろん日本の家の窓から本物が見えるわけじゃありません。でも、ここが家庭の良いところで、本物が無理なら“良い映像”を借りれば良いんです。祖母の体調や天気に左右されない、最高の緑です。
私たちは夕飯のあと、部屋の照明を少し落として、テレビでオーロラの映像を流しました。祖母が「まあ……緑が踊ってる」と言って、目を細めました。孫は我慢できずに「緑のカーテンだ!」と叫び、祖母が「カーテンなら閉めなくていいねぇ」と返しました。私はその会話を聞きながら、心の中で「冬の夜が、ちゃんと豊かになってる」と思いました。
オーロラの良いところは、祖母が“疲れたら目を閉じても楽しめる”ことです。映像の音や、ゆったりした音楽を一緒に流しておくと、祖母は目を閉じたまま「綺麗だねぇ」と言います。緑は見ているのに、見なくても落ち着く。これ、冬の強みです。
もう1つの冬の緑は夕日の端っこに出る「グリーンフラッシュ」
孫がオーロラに満足した顔をしているところへ、私は小さな“追加の新顔”を出しました。正式名称 グリーンフラッシュ。夕日が沈む瞬間に、条件が揃うと一瞬だけ緑の光が見えることがある、という現象です。祖母が「緑が一瞬だけ?」と驚いて、孫は「一瞬って何秒?」と聞いてきました。私は「そこは条件次第だから、映像で見よう」と言いました。冬は空気が澄んで見通しが良い日が増えやすいので、こういう“空の一瞬”の話が似合います。
祖母が気に入ったのは、グリーンフラッシュの現実感でした。「オーロラは夢みたいだけど、こっちは“今日の空”って感じがするねぇ」。その言葉に、私は頷きました。冬の緑は、派手に飾るより、“今日の中にある”形が安心に繋がります。ヒイラギやゴールドクレストのような消えない緑が家の中にあり、オーロラやグリーンフラッシュのような光の緑が映像で家に来る。外に出なくても、祖母の生活の中で緑が循環します。
最後に孫が、今日一番の調子で言いました。「ばあば、冬の緑は“残る緑”と“光る緑”だった!」。祖母は笑って、「よく覚えたねぇ。でも私はね、一番好きなのは“笑ってる孫の緑の顔”だよ」と言いました。孫は「顔は緑じゃない!」とツッコミましたが、祖母の表情が柔らかくなったのを見て、私は静かに思いました。緑の奔流のゴールは、色そのものじゃなくて、祖母の“落ち着く時間”が増えること。冬の緑は、その時間を一番長くしてくれる味方かもしれません。
[広告]まとめ…緑の奔流は続くけど常に主役は祖母のペース~家族はついでに笑う~
緑の話を始める前、私は少しだけ身構えていました。緑って身近過ぎて、ただの葉っぱ紹介になりやすい。けれど祖母の「今日は緑の気分だよ」という一言が、私たち家族の目をちゃんと“新しい緑”へ向けてくれました。気分に合わせて色を選ぶのは、我儘じゃありません。むしろ、暮らしを整えるための賢いスイッチなんだと、今回の緑でよく分かりました。
春は、窓の外にちょこんと現れる黄緑の訪問者、正式名称 メジロ が連れてきてくれる“動く緑”から始まりました。さらに、映像で家に招いた宝石みたいな花、正式名称 ヒスイカズラ が「葉っぱだけじゃない緑」を見せてくれました。外に出なくても、緑は来る。祖母の椅子が、そのまま小さな観察席になる。これが一番やさしいスタートでした。
初夏は、緑が“飲める”と知った日でした。正式名称 抹茶 の深い緑は、目だけじゃなく心まで落ち着かせてくれる緑でしたし、正式名称 ミント(ペパーミントやスペアミント)は香りで空気を変えてくれました。祖母のペースで、鼻が先に涼しくなる。孫の謎の例えは相変わらずでしたが、祖母が笑うなら、それは正解です。
秋は、緑が“静かに座る”季節でした。手の平サイズの世界、正式名称 苔テラリウム は、見ているだけで呼吸がゆっくりになる緑。そして、派手ではないのに存在感がある、正式名称 翡翠(ヒスイ) の重みは、「緑の新発見は静けさでも起きる」と教えてくれました。祖母が落ち着く緑は、騒がしくしないほど強い。これは大きな学びでした。
冬は、緑が“消えない”ことが頼もしくなる季節。正式名称 常緑樹 の仲間として、ヒイラギ(柊) や ゴールドクレスト のような室内に置ける緑が、日々の景色を支えてくれました。そして夜の長さを味方にして、正式名称 オーロラ の緑の光で、窓辺を映画館に変える。さらに、空の一瞬の贅沢として、正式名称 グリーンフラッシュ という“緑の奇跡”も、映像で無理なく楽しめました。冬の緑は、動かなくても、ちゃんと心を動かすんです。
ここまでやってみて、私ははっきり言えます。緑の奔流は、家族の時間を「何かを頑張る時間」から「気分が整う時間」に変えてくれました。祖母に合わせるというより、祖母が心地良い場所に緑をそっと置く。それだけで、祖母の表情がやわらぐ瞬間が増える。孫が笑って、娘の私が段取りを整えて、祖母が安心して受け取る。色は、暮らしの中でちゃんと働くんだなと実感しました。
もし今日から始めるなら、難しいことは要りません。まずは窓辺でメジロを探すでも、抹茶を一杯たてるでも、ミントをグラスに挿すでもいい。祖母が「今日はこの緑がいいねぇ」と言ったら、その日が緑の奔流の始まりです。緑は、強く押し付けなくても、ゆっくり増えていきます。だからこそ、祖母の1日を静かに広げる道具として、こんなに相性がいいんだと思います。
今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m
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