上を向く優しい夜を作る~高齢者と共にに施設で分かち合う四季の空とあの歌を静かに~

目次
はじめに…空を見上げる時間を取り戻すために
夕方から夜にかけて、空はとても良い顔をします。日が沈んで、風が落ち着いて、雲の形がゆっくり変わって、気がつくと高いところに星が1つ光っている──本当はそれだけで、1日の終わりは優しくなります。けれど特養や高齢者施設の現場では、その時間帯こそが一番忙しいことを、私たちはよく知っています。夕食の介助、服薬、トイレ誘導、更衣、就寝準備。どれも大切で、どれも「後でいいや」とは言えません。その結果として「外の空をゆっくり見る」という行動が、日常からスッと抜け落ちてしまいます。
そんな現場に、あの名曲「上を向いて歩こう」をそっと重ねてみたいのです。坂本九さんが世界に届けたこの歌は、「辛い時でも顔を下に向け過ぎないで、少しだけ上を」と教えてくれる歌でした。詳しい歌詞をここに並べることはできませんが、メッセージの芯はとてもシンプルです。上を見ると、気持ちが次の日に向かいやすくなる。それは高齢の方だけでなく、日々ケアを続ける職員にも同じことが言えます。だから今回は、星空や雲や虹といった“空の出来事”を、歌が持っていた「上を向く力」で繋ぎ直してみよう、という試みです。
もう1つ大事な前提があります。多くの入所者さんにとって、夜間に屋外へ出ることは簡単ではありません。気温差で体調を崩すかもしれないし、転倒の心配もあるし、スタッフの人数にも限りがあります。つまり「なかなか外へ連れ出せないから、見せられない」のではなく、「見せたくても、安全を優先している」だけなのです。ここを言葉にしておくと、この記事はグッと現実味を帯びます。無理はしない、でも諦めもしない──この中間を探るのが、これから書いていく内容です。
今回まとめるのは、春夏秋冬の星座だけではありません。8月に空高く湧き上がる入道雲、6月26日に思い出したい雷の日、雨上がりの虹とその7つの色。どれも「今日はいい空だね」と声をかけたくなる瞬間ばかりです。これらを1つのページに並べておくことで、施設の職員さんが「今日はどれを話題にしようかな」と選びやすくなりますし、利用者さんご自身も「昔はこうだったよ」と思い出を語りやすくなります。空の話題は、季節の話、子どもの頃の話、故郷の話へと自然に広がっていくので、コミュニケーションの導線としてとても使いやすくなるのです。
そして忘れてはいけないのが、介護する側の気持ちです。ケアはどうしても視線が下へ行きがちで、常に時間を追いかけます。だからこそ、施設全体で「今日はちょっとだけ上を向く日です」と決めてしまうと、職員も利用者も同じ高さで同じ空を見ることができます。もしかしたらその日は星が見えないかもしれません。雨の日もあります。でも「また明日も見上げられる」とわかっているだけで、人は気持ちをやわらげることができます。
このページでは、そんな“上を向く切っ掛け”を、四季の空の話とともに紹介していきます。歌の思い出を手掛かりにしてもいいし、季節の星を切っ掛けにしてもいいし、室内で楽しめる簡単な工夫から始めても構いません。大切なのは、ほんの数分でも「空を見てもいい日」を施設の1日の中に作ること。そのための材料を、これから順番にお届けしますね。
第1章…あの歌が今も背中を押す~上を向くという合図~
「上を向いて歩こう」は、日本で生まれた歌なのに、世界中で口ずさんでもらえた珍しい一曲でした。1961年頃に広く知られるようになってから何十年もたっているのに、曲名を聞くだけで旋律が頭の中に浮かぶ方が多いのは、それだけ“言葉の芯”が強かったからだと思います。顔を上げる、涙をこぼさないようにする、前に進もうとする──こうした動きは、人の年齢や体の状態にあまり左右されません。椅子に座っていても、ベッド上でも、ほんの少し顎を上げるだけで、歌の世界に入ることができます。だからこの歌は、高齢の方にも、介護の職員にも、今でも優しく届くのです。
歌ったのは坂本九さんという、明るくて、でも芯のある声を持った歌手でした。後に大きな航空機事故で亡くなられたことを思うと、私たちは自然に胸が詰まりますが、ここで語りたいのはその悲しみそのものではありません。むしろ「短い生涯だったのに、上を向く歌をしっかり残してくれた」という方です。人生は途中で終わることがある、けれど歌や言葉は後に残る。そう思って読むと、今回の“空を見上げる”というテーマと綺麗に重なります。空はいつも上にあって、私たちが見ようとすれば見える。歌もそれと同じで、必要な時に思い出せば、また傍に来てくれます。
特養や高齢者施設でこの歌をとりあげる時は、いきなり「当時はこうでね」と歴史を語るより、「今日はちょっとだけ上を向く日です」と声をかけるのが一番自然です。歌の題名が既に“上を向くこと”を勧めていますから、利用者さんにとってはそれだけで行動の理由になります。歌の全文をここに写すことはできませんが、職員が1番だけ口ずさむ、タブレットで公式の動画を流す、ピアノやキーボードでそっと前奏だけ弾く──そんな小さな導入で十分雰囲気は出来上がります。大事なのは、歌を立派に歌うことよりも、「今日は顔を上げてもいいんだ」と伝えることです。
そしてこの歌には、介護をする側にも効くという特徴があります。ケアの仕事はどうしても下を向きがちで、1日の終わりには肩も心も重くなります。そこに「上を向いて歩こう」の一節を思い出すと、ほんの少しですが目線が上がります。目線が上がると、不思議と呼吸も深くなり、天井や窓の向こうの空が視界に入ります。これが“上を向く合図”の力です。今回は、星や雲や虹といった空の話をたくさん並べますが、レクリエーションや場面の入り口にこの歌を置いておくことで、全体の空気が柔らかくなりますし、読み手は「よし、自分も上を見てみよう」と思いやすくなります。
さらに言えば、この歌は世代の橋渡しにもなります。若い職員さんは名前を聞いたことがある程度かもしれませんが、入所されている方たちは実際に聴いていた世代です。つまり「職員が知っていて、入所者さんも知っている歌」という、なかなか貴重な位置にあるのです。ここから「昔は近所が真っ暗で星が本当にたくさん見えた」「縁側でスイカを食べながら夜空を見た」という思い出話も引き出しやすくなります。空の話をする前に、心の準備をする。今回の1章は、そのための入口だと考えてもらえると丁度良いと思います。
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第2章…夜空が届きにくい特養という場所の本当の事情
特養の夕方から夜にかけての時間帯は、外から見る以上にぎっしりと予定が詰まっています。夕食の提供、服薬の確認、トイレやおむつの交換、歯みがき、パジャマへの更衣、ベッドへの移乗、ナースコールの対応──これらがほぼ同じ時間に重なるので、職員は「今はこの場を離れられない」という感覚になりやすいのです。つまり、空を見に行こうとしないのではなく、行きたいと思っても、ほんの5分を作るのが難しい。それが現場の実情です。ここを理解しておくと、「うちは星を見せてあげられていない」と自分を責めずに済みますし、後で出てくるちょっとした工夫も取り入れやすくなります。
もう1つの大きな理由は、夜の移動には必ず安全の問題が付き纏うからです。暗くなると足元が見えにくくなりますし、気温が下がれば体調への影響もあります。特に高齢の方は、夜間に冷えると翌日に疲れが出やすく、せっかくの外気浴が逆効果になってしまうこともあります。職員はそれをよく知っているので、どうしても慎重になります。「今日は星が綺麗だから外へ出ませんか」と言いたくても、「今日はちょっと冷えるな」「車椅子の方が多いな」「人手が少ないな」と判断すれば、その日は実施を見送る──これは正しい判断です。ここを「出来ない」ではなく「安全を優先した」と表現しておくことが大切です。
さらに、建物の作りそのものが夜空を見づらくしている場合もあります。窓が高めについている、廊下に明るい照明がついている、中庭やベランダが職員室から遠い、門がオートロックでいちいち開閉が必要──このような条件がいくつか重なると、わざわざ外へ出るよりも「今日は室内で過ごしていただこう」となりやすいのです。特養は、転倒や徘徊を防ぐためにあえて光を多めにしていることも多く、その明るさがそのまま、外の星を見えにくくする要因にもなります。つまり、星が少ないのではなく、室内が明る過ぎるのです。
夜の時間割も大きく影響します。例えば夕食が18時すぎ、ケアが19時、消灯が20時という施設だと、外に星が顔を出す丁度その頃に、職員は各居室を回っているはずです。この時間をずらすには、食事や入浴や送迎など、他の大事なものを動かさなければなりません。だから現実的には、星空に合わせて施設の時刻表を大きく変えるのは難しいのです。そこで考えるべきなのは「星が綺麗な日だけ、5分だけ、星を見るための小さな余白を作る」というやり方です。毎日でなくてよい、全員でなくてよい、体調の良い人だけでよい──そう決めると、急に実行しやすくなります。
そして忘れたくないのが、利用者さん自身の体調です。夜は眠前の内服があり、利尿の薬が効き始める時間でもあり、日中の疲れが表に出る頃でもあります。そんな時刻に長く外気にさらすと、翌日のリハビリやレクに差し障ることがあります。つまり「今日は出られないから残念ね」ではなく、「今日は大事な日だから温かくしておきましょう。その代わりに空の話はしますね」と伝えることができれば、気持ちを落とさずに済みます。空そのものを見ることが難しい日でも、言葉で空を届ける、写真やタブレットで様子を見せる、昼間にベランダからの景色を撮っておいて夜に見てもらう──こうした代わりの方法を1つ用意しておくだけで、「うちでは空を楽しめないんです」という思い込みを外すことが出来ます。
つまり、特養で夜空が届き難いのは、「興味がないから」でも「行事を考えていないから」でもありません。安全を守る仕組みと、建物の構造と、ケアの時間割がしっかりしているからこそ、結果的にそうなっているのです。だからこそ、これからの章では、そのしっかりした仕組みを崩さないまま、季節の空を少しでも近付ける方法を考えていきます。上を向く気持ちはすでにあります。あとは、向ける瞬間をどうやって作るかだけなのです。
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第3章…春・夏・秋・冬の空をひと箱に~星・雲・雷・虹をどう並べるか~
ここまでで、「上を向く理由」と「向きづらい現場の事情」は揃いました。ではいよいよ、この固定ページの一番楽しいところ──四季の空の話を1つにまとめる部分です。今回あなたがやろうとしているのは、ただ季節ごとの星座を縦に並べるだけではなく、同じ“空を見上げる行為”を中心にして、星・雲・雷・虹を1ページで見渡せるようにすることですよね。これは施設の方にとってもありがたい形で、何故かというと、当日の天気や時間帯によって「今日は星の話が無理だから雲にしよう」「雨が上がったから虹の話にしよう」と差し替えが出来るからです。つまり、利用者さんの体調と空模様に合わせて話題を選べる“空の引き出し”が出来上がるわけです。
まず柱になるのは、やはり四季の星座です。春なら穏やかな並びの星、夏なら子どもの頃に見上げた天の川、秋なら少し高い位置にある澄んだ星、冬なら寒い空気の中でパッと目立つ一等星たち。星座そのものの名前を細かく覚えてもらうことが目的ではなく、「この季節にはこんな光り方をする」「昔は庭先からこう見えた」を語ってもらうことが目的です。特に冬の星は、空気が透き通るので高齢の方にも見分け易いんです。
次に、夏を象徴する雲──8月の入道雲を入れます。これは夜ではなく昼の話題ですが、季節の移ろいを伝えるにはとても強い絵になります。「今年もあの大きな雲が出たら、そろそろお盆だね」「夕立が来るかもしれないから洗濯物を取り込んだよ」など、生活の時間と結びつけて語れるからです。星が見えにくい日でも、昼間に撮っておいた入道雲の写真を夜に見てもらえば、「今日は空を見なかった」で終わらずに済みます。また星座の枠を同じ箱に入れておくと、「昼の空と夜の空、どちらも見上げる」というリズムができます。
続いて入れておきたいのが、6月26日の雷の日です。雷は怖い記憶につながることもありますが、季節を説明する題材としてはとてもわかりやすい現象ですし、「昔は夕立の前にゴロゴロ鳴った」「井戸に蓋をした」「稲妻が走るとお米が実ると言われた」など、民間の言い伝えを思い出してくださる方も多いです。ここで大切なのは、雷そのものを長く語るのではなく、「この時季は空がこう変わるんですよ」と話をまとめること。そうすると、職員が「今日は外へは行けませんが、今の季節はこんな空になるんですよ」と、室内での話題にしやすくなります。雷は実物を見に行くのが危ない分、言葉や絵で伝えられるようにしておくと安心です。
そして、最後に虹とその7つの色をつなぎます。虹は昼でも夕方でも話の取っ掛かりになりますし、「雨の後に出る」「場所によって見え方が違う」「山の方がよく見えた」など、地域差の思い出が語られやすい現象です。特に女性の利用者さんは色の話が好きな方が多く、そこから季節の花の色、浴衣の色、七夕の短冊の色へと会話が膨らみます。星空と虹は本来は時間帯が違いますが、「空の上ではこんなことが起きるんですね」と1ページに並べることで、利用者さんには「空っておもしろい」と感じてもらえますし、レクリエーションで話題にしたり、実際に現象を見る場合にも「見れば季節の空が思い出せる」と焦点が合わせやすくなります。
こうして見てくると、話題として並べる順番はだいたい決まってきます。順番は、春➡夏➡秋➡冬の星座を見せ、その間に夏の入道雲と雷の日を挟み、最後に虹で柔らかく締める。この順路を予め固定しておけば、話題が長くなっても迷子になりませんし、後から「流星群」「月がきれいに見える日」「夕焼け特集」などを足したくなった時にも、話題に追加できます。大事なのは、「今日見られた空」だけを並べるのではなく、「見られなかった一年の空も話題に置いておきますね」としておくことです。そうしておけば、忙しくてベランダに出られなかった日でも、閲覧するだけで“上を向いた気持ち”を呼び戻すことができます。
つまり、年間の空を想定しておくことは、日々の現場で使い回しができる、季節ごとの話題集になるということです。ここから先の4章では、こうして1か所に集めた空の話を、室内でどう見せるか、歌とどう結びつけるかをお伝えしていきますね。
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第4章…外に出られない日に出来る室内の星見と歌遊びの工夫
外へ出られない日は、つい「今日は無理だったなあ」で終わらせてしまいがちです。でも実は、室内でも「上を向くきっかけ」だけなら十分に作れます。大事なのは、外とまったく同じ体験を再現しようとしないことです。寒暖差もない、転倒の不安もない、スタッフの動線も乱れない──この3つが守られていれば、室内での空遊びは立派なレクリエーションになります。ここでは、特養のように夜間の人手が限られている場面でも続けやすいものを中心にお話ししますね。
まず取り入れやすいのは、天井や白い壁に映して楽しむやり方です。市販の簡易プラネタリウムや、タブレット端末に映した夜空の画像をプロジェクターで大きく見せると、それだけで「今日は星を見る日なんだな」という空気が出ます。もちろん本物の星空ほどはっきりとは見えませんが、利用者さんにとっては「上の方を見る」「首を少しだけ上げる」という行動が一番の目的なので、映像の精密さに拘らなくても大丈夫です。むしろ、点のような光がゆっくり動くくらいの方が、視力が落ちている方にも分かりやすいことが多いです。投影する場所は、車椅子の方から見てあまり角度がきつくならない位置にしておくと、無理のない体勢で参加できます。
次に試してほしいのは、「昼に撮った空を夜に一緒に見る」という方法です。施設のベランダや送迎口から、職員が日中に空の写真を数枚撮っておきます。8月なら入道雲、冬なら高く澄んだ青空、春ならまだ白っぽい陽の光、雨あがりの日なら薄い虹。これを夜の落ち着いた時間に、食堂のテレビやタブレットに大きく映して「今日はこんな空でした」と見せるのです。実物の空を見られなくても、「自分がいた建物の上にこんな空があった」ということが分かるだけで、利用者さんの中の1日が完結します。写真は必ず施設の外観や木の影など、見慣れた要素を少し入れておくと、「ああここだ」と安心できます。
室内で灯りを落とす工夫も、ほんの数分なら取り入れられます。例えば夕食後のわずかな時間、食堂の主照明を1段階だけ落として、代わりに窓際だけを残す。あるいはカーテンを半分だけ開けて、外の月明かりや街灯の光を感じてもらう。これだけで視線は自然と上に行きます。介護の現場では安全のために明るくしがちですが、「この5分だけは柔らかい光にします」と決めておけば、職員も落ち着いて誘導できます。もし夜勤帯で難しければ、夕方のまだ明るい時間に「夕焼けの会」として5分作るのでも構いません。大切なのは、1日のどこかに“空を見るためだけの時間”があることです。
歌との組み合わせも忘れずに置いておきましょう。1章で触れた「上を向いて歩こう」を、室内での星見の前後にそっと混ぜるだけで、雰囲気が一気に和らぎます。例えば、最初に前奏を流して「今日はこの歌みたいに、ちょっとだけ上を見てみましょう」と声をかけ、その後に星や雲の写真を見せる。終わり掛けにもう一度だけ1番を口ずさんで「今日はここまでにしましょう。次は晴れた日に外でも見たいですね」と締める。こうすると、実際には写真を見ただけでも、利用者さんの心の中では“歌と空を一緒に味わった日”として残ります。歌は記憶を繋ぐ力が強いので、同じ曲を繰り返すことで「空を見る=あの歌」という連想も生まれます。
ここまでの流れで気を付けたいのは、「出来る人だけ参加してください」と言いっ放しにしないことです。室内で星を映すと、ベッドから起きられない方や、認知症が進んでいる方は置いていかれがちです。そこで、職員が後から居室を回って、「さっきはこういう空を見ましたよ」とほんの数十秒でも話してあげると、その方にも“今日の空”が届きます。もしタブレットを持ってまわれるなら、同じ画像を一緒に見て「ここが夕焼けでね」と指をさす。そのやり方であれば、人手がたくさんなくても順番に届けられますし、夜中に目が覚めた方への話題としても使いまわせます。
こうした室内の工夫を積み重ねておけば、実際に風のない暖かい夜が来たときに「今日は外で本物を見ましょう」と言いやすくなります。普段から写真や映像で空の話をしていれば、利用者さんの側にも「外で見てみたい」という気持ちが出来上がっているからです。いきなり外へどうぞ、ではなく、室内での小さな“練習”を何度かしておく。この段取りが、施設での星見を無理なく続けるコツになります。次の5章では、今のお話を職員自身の気持ちにどう重ねるかを考えてみましょう。上を向くのは利用者さんだけではなく、支える人にも必要なことですからね。
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第5章…介護する人も一緒に上を向くための小さな声掛け
ここまでの空のお話は、利用者さんに向けたものが中心でしたが、本当は職員にも同じくらい必要な内容です。介護の仕事は、どうしても目線が下がる場面が多くなります。お顔を拭く、足元を支える、記録を書く、配膳する──どれも人の生活を守るための大事な動きですが、気が付くと一日中、視線が床と机に向いたまま終わってしまいます。そういう日が何日も続くと、「今日はいい空だったのかな」「外はどんな光だったのかな」ということを味わう余裕がなくなっていきます。だから、空をテーマにした話題を作るときは、利用者さんだけでなく「支える人も上を向いていいですよ」と最初から書いておくと、参加者の心が和らぎます。
介護の現場では、時々「利用者さんが楽しむものだから、職員は脇で見守るだけでいい」という空気が生まれます。もちろん安全を見ている人がいないと成り立たないので、それ自体はとても正しいのですが、ずっと見守る側だけを続けていると、楽しさを共有する機会が少なくなります。そこで役に立つのが、たったひと言の声掛けです。例えば「今日は上を向く日なので、職員さんも一緒にどうぞ」「この写真は一度しか見せません、今見た人が勝ちですよ」と、あえて職員も参加せざるをえない言い方にしてしまうのです。これなら「私は忙しいから」と引いてしまう人も入りやすくなりますし、軽い冗談めいた空気で場が明るくなります。
また、空を見る時間を「ご利用者のための特別行事」として扱うより、「業務の合間に行う5分の息継ぎ」として位置付ける方が、長く続けやすくなります。例えば夕食介助がひと区切りついた後に、「今日の空の写真をひと枚だけ見てから夜のケアに入りましょう」と職員同士で声をかける。あるいは早番が帰る前に「今夜は星が出そうですって掲示しておきました」と遅番に伝える。こうしておくと、空の話題がその日中に何度か出てきます。利用者さんに2回も3回も同じ写真を見せることになったとしても、それは無駄にはなりません。むしろ「今日は空の話が多かったね」と記憶に残ります。
職員自身が上を向くことには、もう1つ良い点があります。それは、表情が明るくなると、利用者さんも釣られて顔を上げやすくなるということです。言葉で「上を向きましょう」と伝えるより、先に職員が天井や窓の方を見る方が、ずっとスムーズです。人は近くにいる人の姿勢を真似しやすいので、車椅子の方でも自然と首を起こそうとします。このとき、無理に「もっと上を」「目を開けて」と言う必要はありません。ほんの少し視線が持ち上がったら「はい、今日も空を見られましたね」と肯定してあげる。そうすれば「この施設では上を向いてもいいんだ」という安心感が育っていきます。
さらに一歩進めるなら、職員用のメモや連絡ノートに「今日の空」という小さな欄を作っておくのも良い方法です。内容は例えば「夕方に薄い虹」「冬らしい高い空」「月がとても明るかった」など、ひと言で十分です。これを書いておくと、後から読んだ職員が「そうか、今日はそんな空だったのか」と想像できますし、夜勤に入る人が「じゃあ利用者さんにも話してみよう」と話題にできます。文字であっても、空の様子を共有できていることが分かると、読んでいる人の気持ちは上向きになります。特に夜勤は外の様子が分かりにくいので、こうした小さな記録が心の支えになります。
もちろん、すべての職員がいつも前向きに参加できるわけではありません。疲れている日もあれば、家庭のことで気掛かりがある日もあります。そんな時は、利用者さんと同じように「今日は無理をしなくて大丈夫です。また次の晴れた日にどうぞ」と言える雰囲気を作っておくことが大切です。空は毎日変わりますし、また見られます。今見られなかった人がいても、次の機会にさりげなく誘えばいい。そう思えると、参加を強制せずに続けることができます。無理を強いると「空を見るのは手が掛かる」という印象になってしまいますから、あくまで“ちょっと上を向くお菓子休憩みたいな時間”と考えるのが長続きのこつです。
このように、空の話題を施設の中に繰り返し登場させておくと、「上を向こうという合図」になります。誰かが声を掛けた時、「あ、今日は空の話をする日なんだ」とすぐに分かる。そうなれば、利用者さんだけでなく職員も、時間のある時にふらっと思い出せるようになります。上を向くのは一度切りではありません。日によって見る高さも、見られる時間も違います。けれど、いつ開いてもやさしく空を勧めてくれる雰囲気があると、現場の気持ちは少し軽くなります。次のまとめでは、これまでの流れを1つに束ねて、どんな日でも実践しやすい形にしておきましょう。
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まとめ…今日は見えなくてもまた明日同じ空がある
ここまで、歌の力で顔を上げるところから始めて、特養という場で夜空が遠くなってしまう理由、そしてそれでも空の話を続けるための並べ方と室内の工夫、最後に職員自身も上を向くための声かけまで、一歩ずつ重ねてきました。どの章でも共通していたのは、「見られない日があることをあらかじめ想定しておく」という発想です。夜に外へ出られない日がある、雲が厚くて星がない日がある、職員が忙しくて写真を撮れない日がある──それは失敗でも怠慢でもなく、介護の現場では当たり前のことです。だからこそ、空の話は“できた日だけやる特別な出し物”としてではなく、“今日はどの空を届けようかと選ぶ日常のひとコマ”として置いておくと、続けやすくなります。
この記事が目指しているのは、星座だけを説明する読み物ではありません。季節の星、夏の雲、6月26日の雷、雨上がりの虹というように、時間帯も明るさも違う“空の表情”を一か所に集めて見る意識をしてもらうことで、「今見えるもの」だけに縛られずに話せるようにすることです。例えば冬に虹の話をしてもよいし、夜に昼間の入道雲を見てもよいし、星が出ていない日に星座の位置を指し示してもよい。これができると、職員は天気に振り回されず、利用者さんは「今日はどんな空かな」と楽しみにできる希望を持った心を維持できるようになります。上を向く切っ掛けが1つでも手元にあれば、それで十分に価値があるのです。
そしてもう1つ、大切なことがあります。それは、このページを読む人の全ての人が「自分も空を見ていいのだ」と思えるようにしておくことです。利用者さんだけが特別に空を宛がわれるのではなく、介護をしている人、家族として訪れている人、ボランティアで寄ってくれた人、誰が開いても「今日はちょっと上を向いて帰ろう」と思える文章になっていれば、ページの役目は果たせたと思います。上を向くことは、首や体を大きく動かせる運動だけのものではありません。ベッドからでも窓の外は見えますし、昔見た空を思い出すこともできます。思い出の中の空は、いつでも年齢に関係なくて、とても鮮やかな物の1つです。
空は毎日変わりますが、「また明日見上げればいい」という考え方は変わりません。今日が曇りでも、今日は体調が優れなくても、今日は人手が足りなくても、「いつでも季節の空に会えて話題に出来る」と分かっていれば心は落ち着きます。私が今回のこのページに込めようとしているのは、まさにその“安心して顔を上げられる場所”だと思います。どうぞこの後、実際の星座の写真や施設で撮った空の写真、歌にまつわるエピソードなどを少しずつ足していってみてください。読むたびに少しずつ季節が移り、でもテーマに込めた心は変わらない──そんなページは、施設の中で長く愛されるはずです。
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今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m
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