リモコンひとつで食堂がロックフェス?~50代の青春ソングが施設を揺らす日~

世代のちがう二人がヘッドホンで同じ音を聴き、光粒が舞う明るい室内で微笑み合う横長の一枚
[ 四季の記事 ]

はじめに…耳はタイムトラベルで世代がプレイリスト~介護を皆の学び場に~

耳はタイムトラベルの扉のようなものだ。朝の食堂で流れたメロディーひとつで、心は一瞬でかつて聞いた当時の街角へとワープする。制服の袖の感触や、放課後の風のにおいまで、まるで昨日のことのように蘇るからおもしろいところだ。

けれど、隣の席の誰かにとっては同じ曲が「初めまして」だったりする。世代が違えば、心地よい音の形もリズムの刻み方もぜんぜん違う。ここに、小さなギャップと、大きなチャンスが同居しているのはご理解いただけるだろうか?

介護の現場は、実はみんなの学び場という側面もあるのだ。年長の耳に馴染む旋律で安心を届けつつ、年少の耳が好きなビートで空気をちょっとだけ軽くする。日替わりの料理みたいに、音も交互に味わえば、緊張はほどけて会話が生まれる。

鍵はたったひとつ、誰の青春に寄り添うか。朝は落ち着く旋律でゆっくりスタート、昼は軽く弾むリズムで体を起こし、夕方は思い出に優しく寄りかかる。そんな一日の“音の設計”が、表情と歩幅をそっと変えていくわけだ。好きな音を聞けば明るい表情となり、足取りの一歩も軽くなるでしょう?

そして、リモコンを握る手にほんの少しの工夫をすることが大事だ。事前に好きだった曲や踊れそうな振りを聞き取りしておいて、音量とテンポをその日の体調に合わせて奏でる。たったそれだけで、消沈しそうな午後が、拍子を刻む軽やかな午後にそっと変わる。

さあ、今日は世代をまたげるようなプレイリストで音楽を奏でていこう。あの頃の胸の高鳴りと、今の暮らしの呼吸を、ひとつの部屋で優しく混ぜ合わせるために。音が合図だ。笑顔の出番は次の一曲から始まる。

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第1章…トシちゃんのステップとマッチの手さばき~真似できそうでできないプロの妙~

食堂の床に射す朝日が少しだけ金色を増したところで、あのイントロが鳴る。近藤真彦「ギンギラギンにさりげなく」。手首を小さく返して、肩を“さりげなく”斜め前に押し出すあの感じ。やってみると分かる、簡単そうで体重移動のタイミングが一拍だけ遅い。ここが気持ちいいポイント。足は大きく動かさないのに視線と上半身で曲線が生まれて、鏡のない食堂がいきなりステージになるのだ。

田原俊彦「抱きしめてTONIGHT」。腰の切り返しが軽く、首のアイソレがきゅっと締まって、指先が小さく跳ねる。真似できそうでできないのは、実は“抜きどころ”が多いから。全力で踊らない勇気、力を6割に落としてリズムを泳がせる余白。これがあると、ふつうの歩幅でもリズムだけキラッと光るのだ。

面白いのは、気合の入ったハイステップより、膝を少しゆるめた軽やかさに周りが歓喜すること。横で見ていた人が自然と足先をトントン、肩をトン、と二拍。ダンスは“見よう見まね”出来ると感じる温度が一番心地よいポイントだ。食堂の椅子に座ったままでも、手の甲を舞のようにひらひら返すだけで十分にそれっぽく見えてくるから不思議だ。

レクリエーションの時間にこの2曲を流すと、歌い出しで表情が和らぎ、サビで背筋が伸びる。動きは小さくても拍はそろう。音とできれば映像も添えてみると感じ方はおおいに違う。大事なのは複雑な振付を覚えることじゃなくて、音の角に体を少しだけ合わせて体を動かすこと。右手の角度を一度、左足のつま先を一度、ほんの少しの動きを添えるだけで場の雰囲気は完成する。スタートが馴染んだ高齢者さんであれ、職員であっても場に伝染する。

若い職員さんが隣に立って同じ角度で手を返すと、場の空気がさらに一段明るくなる。世代をまたいで共有できるのは、完璧さではなく“それっぽさ”だ。振りが合っていなくても、合いの手の「ヘイ!」が同じ拍で場の周囲から発せられたなら、もう同じ記憶の景色を見ている状態だ。

曲が終わる頃には、少し早歩きになった心拍が、いい具合に呼吸を整えてくれるだろう。ギンギラギンもTONIGHTも、結局は“日常で微笑むための角度”を教えてくれるダンスだ。ステップの難易度は関係ない。手首をひとひねり、視線をひとすべり。それだけで、今日の一歩がとても軽くなることだろう。


第2章…明菜と聖子と薬師丸からレベッカにブルーハーツにBOWYへ~心拍数が上がる食堂~

昼どきの湯気が立つ食堂に、最初の一刺しは中森明菜「DESIRE」。扇子がなくても手の甲をすっと返して、腰の位置をほんの少し下げるだけで、テーブルの影までがステージに変わる。サビ前の溜めで息を一拍止め、着地で椅子がきゅっと鳴る。あの緊張と解放の往復は、年齢に関係なく体の奥を目覚めさせる合図でしょう?

続いて松田聖子「赤いスイートピー」。首をかしげる角度は10度で十分、肩から肘へと滑るようにラインを作れば、花瓶のカスミソウまで揺れて見える。声が出しづらい日でも、口角だけでも先に微笑ませると、メロディーが頬に乗ってくる。歌詞に寄り添うやわらかさは、スプーン一杯のデザートみたいに場を甘くする芸術だ。

薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」が流れると、空気が一度だけ透明になる。「カ・イ・カ・ン」の囁きを真似しなくても、息を細くして目線を落とすだけで余韻が生まれる。強く動かない表現こそ、隣の席の鼓動に優しい。若いスタッフがここで声量を下げ、アコースティック音源に切り替えると、食堂のざわめきが音楽の一部になるだろう。

相川七瀬「夢見る少女じゃいられない」で流れは一転、背もたれから体が自然に起き上がる躍動感。拳を高く掲げる必要はなく、手首を胸の前で二回小さく跳ねさせるだけで、ロックの律動が膝へ降りてくる。高ぶりすぎそうな日はテンポを一割だけ落とし、リズムだけは前のめりに。これで熱量はそのまま、呼吸は穏やかに整う。

面白いのは、どの曲も“完コピ”より“らしさの一滴”のほうが場を温めるということ。扇子の代わりにハンカチ、花束の代わりに紙ナプキン、マイクの代わりにスプーン。小さな小道具があるだけで、参加のハードルがぐっと下がる。若者の耳には新鮮な昭和平成の香りを届け、年長の耳には懐かしさの再会。同じテーブルで違う景色を見ながら、同じ拍で息を合わせる瞬間が一番尊く感じられるものだ。

食後の一杯を口に運ぶ頃、肩の力がゆるみ、笑い声が揺れる。緊張の明菜、微笑みの聖子、静けさの薬師丸、点火役の相川。四つのスイッチを順番に押すだけで、昼下がりはやさしく立ち上がる。音量は控えめでも、胸の中のボリュームは十分だ。


第3章…テレサ・テンと青い山脈と兄弟船と~うつむく日もある現場のリアル~

午後は少し音をやわらげる。最初の一曲はテレサ・テン「時の流れに身をまかせ」。湯のみを持つ手が自然に落ち着き、呼吸がゆっくり揃うことだろう。強く歌わなくていい。口の中で言葉を転がし、語尾を少しだけ長くしてみる。それだけで、部屋の空気にやさしい丸みが出る。

続いて流れるのは「青い山脈」。胸の前で指を一度ならして、目線を遠くへ送る。メロディーに合わせて背筋を伸ばすと、椅子の背が軽く押し返してくる。その小さな反発が、眠気よりも心地よさを連れてくる。歌い切れない時は、ハミングで十分。口を閉じたまま鼻先で音を運ぶと、のどに無理がない。

石川さゆり「天城越え」がくると、場の温度が一度だけ深く沈む。ここは音量をひと目盛り下げ、伴奏中心に切り替える。指先で卓上を“トン、トン”と二拍たたくと、切なさがとげとげしくならない。膝上でそっと円を描けば、旋律は痛みではなく回想に変わる。静けさの中で思い出す顔があっても、涙は恥ずかしくない。音は涙をゆっくり拭くためにもある。

鳥羽一郎「兄弟船」で少しだけ景色を変える。肩を広げ、胸を張って、低い声をまっすぐ前に出す。海風のような伴奏に合わせて、椅子に座ったまま体を左右にゆらすと、背骨のこわばりがほどけていく。大きく揺れなくていい。波は岸に近づくほど静かに寄せる。それで十分に港が見えてくる。

最後は坂本九「上を向いて歩こう」。歌えない日でも、タイトルの通りに上を向くだけで、表情の影が薄くなる。目を細め、天井の照明をぼんやり見上げる。肩が落ち、心が少しだけ軽くなる。ここまでの4曲で体温は上がりすぎず、気持ちは下がりすぎず、ちょうどいい真ん中に落ち着く。

午後の音は、派手さを足すための飾りではない。静けさの中に小さな起伏をつくり、沈んだ心をその都度やさしく起こす道具だ。テレサの包容、「青い山脈」の陽だまり、「天城越え」の陰影、「兄弟船」の芯、「上を向いて歩こう」の前向きさ。並べ方と音量のさじ加減で、食後のまぶたは眠気ではなく安堵に閉じ、またゆっくり開く。午後の一杯が冷めないうちに、今日の時間はよい方へ進み出す。


第4章…若者系の今どき耳も知っておく必要がある!

若者の耳が好きな輪郭は、少しだけ細かいリズムと、息のニュアンスに宿る。たとえばYOASOBI「群青」。原曲の疾走感はそのままに、ピアノだけにしてテンポを一割落とすと、年長の耳にもすっと入る。手拍子は“トン・トン・トトン”の三拍子風で十分。椅子に座ったままでも、膝を軽く弾ませるだけで躍動が伝わる。若いスタッフはハミングで輪郭だけ添える。歌い切らない余白が、場をひとつにまとめてくれる。

Aimer「残響散歌」は、言葉の切り方が気持ちいい。ここは息の音を活かしたい。マイクの代わりに両手を口元に添えて、囁くようにサビの最後を短く切る。打楽器は大げさなドラムより、カホン(ペルー発祥の打楽器)かテーブルの“トン、トン”でじゅうぶん。音が少ないほど、目線と呼吸が揃うだろう。若者の鋭い輪郭を、やわらかい輪郭に着地させる小さな工夫だ。

King Gnu「白日」では、低音の“支え”が鍵になる。スピーカーの低域は少し絞って、男性スタッフが低いハミングで土台を作る。上に重ねるのは、みんなの指先のスナップ。鳴らなくてもいい、“鳴らすつもり”の手首の返しだけでリズムが伝わる。高く歌おうとしないこと。届かない音は、届く場所に置き換えて鼻歌にする。背伸びをやめた瞬間、合唱は綺麗になる。

Official髭男dism「Pretender」は、言葉のやさしさを前に出す。キーは無理せず下げ、伴奏はピアノとベース音色だけ。目の前の人へ手紙を読むみたいに、語頭を少し丸めて、語尾をふわっと浮かせる。合いの手は「うん」「そうだね」だけで十分。歌わない参加も立派な参加。うなずきの呼吸がそろうと、曲はもっと近くに来る。

優里「ベテルギウス」は、サビの縦ノリが心をほどく。ここは全員で肩を上下に小さく。拳は上げない、胸の前で二回だけ“トン・トン”。リズムを前に押しすぎそうな日はテンポをほんの少し落とし、声量をひと目盛りしぼる。熱量は保ったまま、体が楽になる。若者が好きな今の曲も、編曲と配膳しだいで、年長者の胸に静かに届く。

面白いのは、どの曲も“らしさを一滴”だけ借りれば、世代を越えて同じ景色が見えること。速さを少し譲る、音数を少し減らす、息づかいを少し見せる。その三つの少しで、若者系は“聴かせる曲”から“参加できる曲”に変わる。プレイリストの真ん中に今どきを一皿、左右に懐かしさを二皿。食堂はそれだけで、今日も優しく賑やかになる。


第5章…K-POPの群舞とフォーメーション~鑑賞型の楽しさを知ってる?

K-POPは“鑑賞してスゴい、参加しても楽しい”の二段構えが魅力だ。群舞とフォーメーションはテレビで目のごちそう、でも現場では椅子に座ったままの“ミニ版”にすれば一気にやさしくなる。たとえばBTS「Butter」は肩をころんと一度まわし、指先をぱちんとならすだけで雰囲気が出る。4拍で肩、次の4拍で指、合計8拍でワンセット。声は出さずに口だけで“mmm”とリップシンクすれば、体力を使いすぎずにグルーヴ(音楽から得る感触のこと)はちゃんと残る。

TWICE「TT」はあの“TTポーズ”が主役だ。目尻の横で指をそっと2回、涙ポーズを作ってから手のひらをパッとひらく。これだけで写真タイムみたいな笑顔が集まる。テンポは原曲より少し落とし、座ったまま膝をちょん、ちょんと2回だけ。若いスタッフが隣で同じポーズを合わせると、世代をまたいで同じ記念写真に写り込んだみたいな一体感になる。

BLACKPINK「DDU-DU DDU-DU」は指先の“指ピストル”が象徴だけど、ここは安全運転で手首のスナップに置き換える。肘を体側につけ、手首だけをくいっと前へ。音は強いのに動きはやさしい、このギャップが大人の余裕をつくる。低音は小さめにして、机を“トン、トン”と軽く打つだけでもビートは共有できる。

NewJeans「Ditto」は最小限のステップが美しい。目線をすこし落とし、手の甲を胸の前で左右にゆらすだけ。息を細く吐くタイミングをそろえると、音が空気に溶ける。動きが少ない分、呼吸の合図で一体感が生まれるから、午後の落ち着きたい時間帯にもぴったりだ。

IVE「LOVE DIVE」は胸の前で小さなハートを作ってから、顎をすっと上げて目線を遠くへ飛ばす。立ち上がらなくても首と手だけで“飛び込む”感じが出る。若い人は指ハート、年長の人は両手ハート。同じ意味のジェスチャーをサイズ違いで並べると、写真映えならぬ“記憶映え”が残る。

そして、ILLITなら、もちろん「Magnetic」。指先をくるりと回して胸の前で止める小技がかわいい。テンポを控えめにして、回す角度は小指一本ぶん。座ったままでも十分映えるし、若者が先生役で最初の1回を見せ、年長が2回目でまねを返す“交代制”にすると、教わる側と教える側がくるっと入れ替わる。気恥ずかしさは笑いに変わり、笑いはそのまま拍子になる。

K-POPの“複雑さ”は、分解すれば様々な“サイン”になる。サインは覚えやすく、まねしやすくなっている。フォーメーションは映像で楽しみ、現場ではサインだけをひと匙の工夫として取り入れることができる。速さを一段落とし、音数を少し減らし、息づかいを見せる。たった3つの小さな調整で、若者の“いま”は年長の“やってみたい”に変わる。今日も食堂は、世代をつなぐダンスフロア。椅子はそのまま、心だけ一歩前へ。


第6章…ブルーハーツやレベッカにBOWYで合唱してリハビリになる瞬間!?

最初の掛け声はザ・ブルーハーツ「リンダリンダ」。頭で考える前に、口が先に走る歌だ。合いの手は“リンダリンダー”で十分、拳は胸の前で二回だけ小さく。速さは原曲より一段落として、声量もひと目盛りひかえめに。息が続かない日は口パクと手拍子だけでも立派な参加だ。不思議と背筋が伸び、肩の可動域がひと息ぶん広がる感じがする。笑い声が混ざると、コーラスはもっと良くなる。

次にレベッカ「フレンズ」。あのサビは、気づけば全員が同じ母音を伸ばしている。高い音は追いかけないで、鼻歌で輪郭だけなぞるのがコツ。椅子から立たなくても、指先で机を“トン・トン、トトン”と刻めば、サビの波に乗れる。歌えない日でも、歌詞のひと言だけを口の中で転がすと、表情がやわらぐ。となりの席のうなずきが、最良のハーモニーになる。

空気を少しだけ渋く引き締めるのはBOØWY「ONLY YOU」。ギターは持たなくていい。手首をくいっと返して“空ギター”のストロークだけ合わせる。低域は控えめにして、ビートは膝の上下でつかまえる。熱が上がりすぎそうならテンポを一割落とし、サビは半音下げの音源に差し替える。無理に張らない声のほうが、曲の輪郭が綺麗に見える。大人のロックは、余白で格好よくなる。

合唱の良さは、上手い下手を置いて“同じ拍で呼吸すること”。呼吸がそろうと姿勢が少し起き、姿勢が起きると目線が前へ行く。喉が乾く前に一口、水分を。声が出にくい人は口の形だけでもOK。スタッフが小さくカウントを入れ、歌の切れ目で拍手をひとつ。その間合いが「また歌いたい」を呼び起こす。

面白いのは、ロックでもバラードでも、合唱にすると“生活のリズム”に変わること。午前は軽く、午後はゆっくり、夕方はやさしく。ザ・ブルーハーツで灯をつけ、レベッカで落ち着きを足し、BOØWYで輪郭を締める。三つの味をひと皿ずつ回すだけで、食堂はいつのまにかリハビリのステージにもなることが予想できるだろうか?歌い切れなくても大丈夫。拍を刻み、言葉をひとつ、息をひとつ。合唱はいつでも、ここから始められる。


第7章…X JAPANにB’zにラルクアンシエルが熱量と落ち着きのちょうどいい境界線になる!?

熱がほしい時と、落ち着きたい時。その境目を上手に行き来できると、一日がぐっと楽になる。たとえばX JAPAN「Forever Love」。深呼吸みたいにフレーズが長いから、最初はピアノ音源だけで小さく流し、みんなで息を合わせる。手の甲を胸の前でそっと重ね、サビでゆっくりほどく。力まずに伸ばす声は、背筋を一本通すみたいに静かに効く。涙が来そうなら鼻歌に切り替えればいい。抑えた強さは、午後の心をちゃんと抱きとめてくれる。

反対にエンジンをかけたいならB’z「ultra soul」。ここは元気のスイッチだ。原曲そのままだと速いから、テンポを少し落として、肩を上下に小刻みに“トン・トン”。決めどころの“ハイ!”は拳を上げず、胸の前で小さく。声を出さない日でも、口の形だけで十分気分が上向く。笑い声が混ざるほど、リズムは軽くなる。勢いに乗りすぎそうなら、二コーラスで潔く切り上げて拍手に着地。余白があると、次の一歩が出やすい。

その中間に置きたいのがラルク アン シエル「HONEY」。甘さと軽やかさの配合が絶妙だ。アコースティック調にして、打楽器は机の“トン・トン”で代用。指先で小さくスナップを作るだけで、体の中に小川みたいな流れが生まれる。高い音は追いかけず、届く高さで口笛かハミング。前のめりになりすぎない“楽ちんロック”が、場の輪郭をふんわり整える。

面白いのは、三曲の“置き場所”を入れ替えるだけで、同じ午後でも表情が変わること。はじめに「Forever Love」で肩の力を抜き、真ん中で「HONEY」を一口、最後に「ultra soul」で気持ちを少し上向きに。あるいは、その逆にして静かに締める。選び方を一段やさしくするコツは、テンポを一割落とす、音数を少し減らす、合図の掛け声を小さく短く。たったそれだけで、熱量と落ち着きの“ちょうどいい境界線”にふわりと立てる。

スタッフが合図を出す時は、指で小さな丸を作ってから、手のひらを返すだけでもう十分。大げさな号令はいらない。誰かが先に笑えば、だれもが少しずつ前へ進む。ロックは大声で叫ぶためだけの道具じゃない。呼吸を合わせるためのメトロノームにもなる。今日の気分を見ながら、熱を一匙、静けさを一匙。音の匙加減で、心の温度はやさしく整っていく。


第8章…全世代プレイリストの作り方は?事前聞き取りと編曲とボリュームと時間帯だ!

全世代プレイリストは、朝昼夕で“味付け”を変えるという具合で台所仕事に似ている。最初にやることは、本人の“好きだった音の記憶”をそっと集めること。若い頃に口ずさんだ曲、結婚式で流れた曲、運転中につい上がった曲、できれば“苦手だった曲”も一緒に。名札の裏に小さなメモ、面会の雑談、写真立ての一言。聞き取りは大げさなアンケートでなくていい。思い出の端っこを1つ拾えば、残りは自然とつながっていく。

集まった断片を、体調に合わせてやさしく編み直す。キーは半音〜1音下げ、テンポは1〜2割だけゆるめ、楽器は少なめ。高い音は合唱しないでハミングに置き換え、サビは歌詞の頭だけ輪唱のように重ねる。音を削るほど息がそろい、息がそろうほど表情がほどける。原曲の迫力は動画で満喫、現場は“歌える・まねできる・笑える”の三拍子が主役だ。

時間帯にはそれぞれ役割を。朝はスピッツ「チェリー」をピアノだけで軽く流し、声が出ない日は口角だけ上げて口の形だけ作る。昼は星野源「恋」で肩を二度ちいさく跳ね、手首で“恋ダンス”のサインをつまむ。夕方はサザンオールスターズ「真夏の果実」で呼吸を整え、目線をすこしだけ遠くへ。夜に近い静けさには小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」を低めのキーで。どの曲も、椅子から立たずに参加できる形へ置き換えておくと、毎日の取り組みとして続けやすいだろう?

施設の中で音楽の世代の橋を渡すには、若者の一皿も真ん中に入れて置く配慮がとても重要だ。米津玄師「Lemon」はギター一本にして、サビで肩を上下に一度だけ。MISIA「Everything」は息の流れを感じる練習に最適で、声が出ない人は鼻歌で輪郭をなぞる。いきものがかり「ありがとう」は言葉の明るさが背中を押す。若者側は“先生役”として最初の1回だけ見本、次の1回は年長者が主役。教えるときの笑顔は、それ自体が伴奏になる。

音量は“会話が乗る小ささ”が基準。賑やかにしたい日でも一度下げて、笑い声が聞こえたら少し上げる。合図は手で小さな丸を作ってから手のひらを返すだけで十分。大きな号令より、やわらかな合図のほうが体は動きやすい。終わり方も大切で、曲の最後の2小節は必ず拍を感じながらフェードアウト。拍手は一回、深呼吸を一回、次の一曲へ。

仕上げは“交代制のDJ”。月曜は年長セレクト、火曜は若者セレクト、水曜は“家族からの差し入れ曲”。金曜は「久保田利伸『LA・LA・LA LOVE SONG』で軽くスウィング」、日曜は「DREAMS COME TRUE『何度でも』で静かなガッツポーズ」。同じ部屋で違う世代が隣り合い、違う曲を順番に味わううちに、気づけば拍は一緒に刻まれている。

こうして作った全世代プレイリストは、豪華な設備がなくても回る。聞き取りの一言、編曲のひとさじ、音量のひと目盛り、時間帯の入れ替え。たったそれだけで、静かな午後が背伸びをし、にぎやかな昼がやさしく着地する。音は合図だ。合図がやさしければ、今日もだれかの一歩は軽くなって施設内の笑顔が増えていくのを実感できるだろう。


第9章…リモコンの権利はケアの鍵だ!若者系も懐メロもその日の気分に寄り添う

リモコンを握る手が、その日の空気を決める。事務の席で選ぶ指が左へ一つ動けば、食堂は嵐「Love so sweet」でやわらかく始まり、右へ一つ動けば、サカナクション「新宝島」で心拍が一段上がる。どちらも正解、違うのは“いまの気分”に寄り添えたかどうかだけ。若いスタッフがテーブルを回りながら「今日はどっちでいきます?」と小声で聞くと、顔つきは曲名より先に答えてくれる。

選曲は掛け算だ。参加する人の体調、時間帯、思い出の断片、その日いちばん笑っていた瞬間。Perfume「ポリリズム」を入れるなら、手のひらで“ポン・ポン”と二拍の合図に分解してから。複雑さは映像に、現場はサインに。難しいことは楽屋に置いて、舞台には“真似できる最小単位”だけを連れてくる。これが合図になると、席を立たなくても輪ができる。

背中を押したい時はZARD「負けないで」。音量は会話が乗る小ささにして、サビは口ずさまずに口角だけ上げてみる。歌えない人も、タイトルの言葉だけ心の中でつぶやけば十分だ。大声の励ましより、うなずき一つの方が深く届く日がある。曲が終わったら水をひと口、拍手は一回。余白があるほど、次の一歩は軽くなる。

静かに締めたい夜は、安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」を低めのキーで。ライトを少し落とし、呼吸を整えて、手の甲を胸の前でそっと重ねる。若い世代はハミングで輪郭を添え、年長の世代はまぶたの裏に記憶の思い出を映す。誰も主役を取りにいかない時間は、音そのものが主役になる。

リモコンの権利は、実は教育の種でもある。若者が“先生役”で最初の一曲を見せ、次の一曲は年長が“先生役”で返す。選ぶ、分ける、譲る、受け取る――その一連の流れが、介護を全世代の手仕事に変える。曲名より先に大切なのは、聞き取った青春の手がかりを、その日の体調に合わせてやさしく編み直すこと。嵐でほぐし、サカナクションで点火し、Perfumeで合図し、ZARDで背中を押し、安室で静かに着地。リモコンの指先が少しだけ迷って、最後にすっと決まる――その瞬間に、今日という一日が整っていく。

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まとめ…結局は一番効くのはその人の青春!でも次の世代の耳と感性も皆で育てよう

今日の食堂は、リモコンの指先ひとつで静かな午後にも、にぎやかな午後にもなる。クラシックやオルゴールばかりだったり、若者や年配者と時間帯や想いに音楽が合わない日は、目線が下に落ち、椅子の背にもたれたまま時間がゆっくり沈む。音楽が合う日は、手の甲がひらりと返り、膝が小さく弾んで、笑い声が拍に混ざる。同じ部屋、同じ人でも、分かれ道は“どの曲を、どんな形で、誰に向けて流すか”のほんの少しだ。

鍵は難しくない。好きだった歌や、踊れそうな振り、苦手な音の高さをそっと聞き取り、テンポをひと息ゆるめ、音数をすこし減らし、呼吸がそろう形に編み直す。いわゆるアセスメントを一歩深く進めるだけのことだ。これだけで、消沈の午後が合図のある午後に変わる。若い人は先生役で1回めを見せ、次は年長者が先生役で返す。譲り合いと出番の交代が、世代をまたいで場をひとつにする。

家族の一曲も、現場の空気をやさしく変えることになる。面会のときに思い出をひと言、写真立ての横に小さなメモを一枚。朝は落ち着く曲でゆっくり起き、昼は軽やかな曲で体を起こし、夕方はやわらかな曲で呼吸を整える。音量は会話が乗る小ささ、合図は手のひらをそっと返すだけ。大きな号令はいらない。やさしい合図ほど、体は動きやすい。

そして、これは未来への準備でもある。私たち自身がいつか迎えるその日へ、好きな曲を1枚のカードに書いておくと良いだろう。聞こえない歌えないという日もあるだろうから、“口パクでOK”“ハミングでOK”の印も添えておく。誰かが迷うような場面になったとき、そのカードがリモコンの道しるべの1つになるかもしれない。

結局いちばん効くのは、“その人の青春”だ。けれど同じくらい大切なのは、隣の世代の耳も尊重すること。懐かしさと今どきをひと匙ずつ混ぜ、拍を共有するたびに、今日と未来の一歩は軽くなっていく。さあ、次の一曲を選曲しよう。あなたたちの施設の未来の笑顔の出番はここから始まるからだ。

⭐ 今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m 💖


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