車椅子のちょうど良い移乗ガイド~声かけ・セッティング・トランスファーで安全に~

[ 介護現場の流儀 ]

はじめに…無理しない・無茶しない・無傷でいこう!

車椅子への移乗は、力仕事のようでいて、実は「声掛け」と「準備」と「重心の道筋」を揃える“やさしい技術”です。ご本人も介助者さんも、うんと力を入れなくて大丈夫。合図が揃い、座る場所と向きを整え、体の重さがどこへ流れるかをイメージできれば、移乗はグッと軽く、安全に近づきます。

この記事では、現場でよく出会うシーンを思い浮かべながら、「伝わる声」「動きやすい置き方」「U字の重心移動」という3つの柱をやさしく解説します。難しい専門用語はなるべく使わず、明日から真似できるコツを中心に、事故を遠ざけて腰にもやさしい手順を丁寧に辿っていきます。

もちろん、人それぞれの体の状態やその日の調子によって、最適な方法は少しずつ違います。ここに書かれた流れは“基本の道標”。迷った時は慌てず止まり、もう一度、声を掛けて意志を揃え、姿勢と角度を整え、ゆっくり進めば大丈夫です。

さあ、担がない・焦らない・ぶつけない。笑顔で「いきますねー」のひと言から始める、やさしい移乗の旅に出かけましょう。

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第1章…移乗は“準備”が8割~向き・距離・角度をそろえる~

最初の合図は「ここに座りますね」。次の仕事は、お部屋の景色を整えることです。大掛かりなことは要りません。向きと距離と角度、この3つを揃えるだけで、体は驚くほど動きやすくなります。

車椅子の向きは、移る元(ベッドや椅子)に対して斜めが基本です。角度はおよそ30~45度。片麻痺など左右差がある時は、強い方(健側)が手前になるよう配置すると、手も足も移乗に参加しやすくなります。ブレーキは忘れずにしっかり。フットサポートは上げるか外して、躓く心配を消しておきましょう。肘かけが跳ね上がるタイプなら、移る側だけ上げておくと、お尻の通り道が広がります。

距離は近さが命です。座面同士の隙間は、こぶし1つ分より小さく、できればぴったり密着を目指します。隙間が広いほど、体は宙ぶらりんになって重く感じられます。ぴったり寄せられない場所なら、座る面が互いに重なるように少しだけ前後をずらすと、力の伝わり方がやさしくなります。

高さは「行き先がほんの少し低い」が合言葉です。ベッドから車椅子へなら、ベッドを少し下げるのではなく、座りなおしてお尻を前に寄せ、踵は膝より少し奥に置きます。反対に車椅子からベッドへは、ベッド面をわずかに低くしておくと、最後の「すとん」が軽くなります。目安は2~3センチの段差。大き過ぎる段差はどっこいしょになり、小さすぎると止まりどころが曖昧になります。

ご本人の姿勢作りも大切です。足は肩幅、つま先は少し外向き、踵はしっかり床に。お尻は座面の前寄りに移動して、上半身は気持ち前屈み。この前屈みが、後ほどのU字の重心移動を呼び込みます。介助者さんは、背筋をスッと伸ばし、腰は折らずに膝を曲げ、体全体で寄り添う準備。背中が丸いと、それだけで重く感じるので、胸を開いて深呼吸、が合図代わりになります。

安全チェックはひと呼吸で。床の滑り、足元のコード、カーペットの段差、衣服のひっかかりになりそうな長い裾やマフラー、ポケットのスマホや鍵。冬場の上着は背もたれに挟まりやすいので、腰の辺りを先に整えておくと、後がスムーズです。

ここまで揃ったら、最後は小さなリハーサル。「これから前にスッと寄って、ぐるりと回って、すとんと座ります。いいですか。3、2、1」。この“3秒前コール”で、心の準備と体のリズムがぴたりと合います。準備は8割。合図がそろえば、残りの2割はやさしい力で滑るように進みます。


第2章…伝わる声かけ~タイミングを合わせる3秒前コール~

最初のひと言は魔法の合図です。「〇〇さん、ここに座りましょう。今、向きを揃えました。痛いところはありませんか」。名前を呼んで、これからすることを短く言い、気になるところを先に確かめると、心のギュッとした緊張がフッとほどけます。安心が生まれると、体は軽く動きます。

動き出す前に、道筋を言葉で描きます。「前にスッと寄って、くるりと回って、すとんと座ります」。この三つの合図は、移乗の絵コンテみたいなもの。頭の中で線が見えると、体はその線に沿って走り出します。目を合わせて頷き合い、呼吸を揃えたら、いよいよカウントです。「いきますね。3、2、1」。この“3秒前コール”で、力を入れるタイミングがぴたりと合います。介助者さんは息を吐きながら支え、ご本人は息を吐きながら前へ。呼吸のリズムが同じだと、必要な力は半分になります。

合図は「ワンアクション・ワンコール」が心地良い流れです。「お尻を前へ」「上体を前に」「立ちます」「くるり」「すとん」。詰め込み過ぎない短い言葉が、体のスイッチを順番に押してくれます。手で触れる前には「ここに手を置きますね」とひと言そえて、触れる場所は骨盤の横や肩の土台の辺りをやさしく。強く握る必要はありません。声と手の温度と視線の3点セットで、安心のレールを敷きます。

言葉が届きにくい時ほど、同じフレーズを同じ調子で伝える。一定のリズムは、とても強い味方となります。「前、くるり、すとん」を同じ声色でくり返すと、ことばがメトロノームになって動きを導きます。視線の先に座る場所を示し、軽く指さして「ここへどうぞ」。肩にそっとタッチして合図を重ねると、迷いが解けていきます。

うまくいかない瞬間は、慌てないことが一番です。「いったん止まりましょう」「もう一度、座面を前に寄せます」「呼吸を合わせてからいきます」。この3つの言い回しで小休止を作り、姿勢と角度を整え直します。痛みや不安の表情が見えたら、「どの辺りが気になりますか」「少し浅く座り直しましょう」と声を添え、歩幅を小さくして再スタート。小さな成功を積み上げる方が、安全で速い近道です。

介助者さん自身の声も、体の使い方の一部です。背筋を伸ばし、膝を曲げ、体全体で寄り添いながら、落ち着いた低めのトーンで「大丈夫です、いいペースです」と伴走します。声が落ち着くと、手も落ち着き、動きは静かにまとまります。合図が揃えば、移乗はダンスのように滑らかに。最後は「座り心地はいかがですか」。その一言までが、第2章のゴールです。


第3章…トランスファーの道筋~U字の重心移動で「立つ・回る・座る」~

移乗の主役は“力”ではなく“道筋”です。体の重さが通る線をU字に描く――前へ少し沈み、ふわっと浮き、くるりと回って、すとんと着地。このU字が見えるようになると、同じ方を支えていても、必要な力がぐっと小さくなります。

最初の鍵は前傾です。鼻先が爪先を追い越すくらいまで、上体をやさしく前へ。足は肩幅、爪先は少し外向き、踵は膝よりわずかに後ろへ。こうすると骨盤が前へ転がり、お尻が「軽くなる瞬間」が生まれます。ここで「3、2、1」の合図に合わせ、介助者さんは胸を開いて息を吐きながら、骨盤の横や肩の土台を面で支えます。脇の下を掴むと痛みの原因になるので、ふんわり広い手で。

次は回る場面です。角度はおよそ30〜45度が目安。移る先に近い方の足を少し前へ、遠いほうの足は半歩うしろへ置くと、回転の弧が小さくなって、膝の負担が減ります。介助者さんは自分の足も同じ向きに揃え、体ごと一緒に小さく一歩。「支えたまま腰だけ捻じる」は腰痛の元。膝を曲げ、股関節で折りたたみ、体重移動で寄り添うと、動きは静かにまとまります。

最後は座る場面です。脹脛が座面の手前に「こんにちは」したら合図。「ここでいったん止まりましょう」。上着の裾やポケットの小物をさっと整え、肘掛けに手が届く位置を確かめます。お尻は前から後ろへ、U字の帰り道をなぞるようにゆっくり下降。ドスンと落とすのではなく、「ふわ、すとん」を目指します。行き先の面が元の面より少し低いと、最後のひと呼吸が楽になります。目安は2〜3センチの差。

うまくいかない瞬間には、必ず理由があります。前傾が浅いと、お尻は重いままです。車椅子が遠いと、体は宙ぶらりんで重く感じます。フットサポートが下りたままだと、爪先が躓きます。そんな時は、止まって、近づけて、角度を整え、もう一度やさしく前傾へ。U字の入り口を作り直せば、出口は自然に揃います。

そして仕上げ。座り心地を尋ね、骨盤が真っ直ぐか、片側に沈んでいないか、踵が床に触れているかを確認します。必要なら少し前へ座り直し、背もたれとの距離を調整。ベルトやクッション、フットサポートを戻し、ブレーキを再確認。「今日もいい動きでした」――このひと言までが、U字の道筋です。


第4章…道具に頼ってラクをする~スライディングボード・リフト・調整式車椅子~

力任せの「どっこいしょ」は今日で卒業しましょう。道具の力を借りると、同じ移乗でも「するり」と音が変わります。合図とセッティングはそのままに、滑りや吊り上げや微調整を味方につければ、ご本人は安心、介助者さんは明日の腰が軽くなります。ここでは現場で出番の多い三つの助っ人を、やさしい使い心地のコツと一緒にご紹介します。

スライディングボード――“すべる橋”でお尻を渡す

板はただの板ではありません。座面と座面の間に「橋」をかける発想です。座る面同士をできるだけ近づけ、行き先側をほんの少し低くして、板の端をしっかり差し込みます。お尻は小さく左右に「ぺた、ぺた」と移動。前傾を保ち、骨盤の横を面で支えながら、声のリズムで「前、くるり、すとん」。衣服が引っかからない素材のズボンや、薄手の滑り布を合わせると、音符みたいに軽く進みます。終わったら板はすぐ外し、座り心地を整えてひと息。板は“橋”、人は“そよ風”。無理は1つも要りません。

リフト(吊り具)――“空の散歩”で安全第一

立つのが難しい場面や、一度の移乗で疲れが残る方には、吊り上げる道具が頼もしい味方です。床走行式でも天井走行式でも、合図の基本は同じ。「今スリングを敷きますね」「体がふわっと浮きます」。ベルトの掛け違いがないか、足の回し方が左右で合っているか、持ち上げる前に鏡を見るように点検します。上がるときは低速で、目線は行き先に。回す角度は小さく、小刻みに。降りる前に行き先の座面をわずかに低くしておくと、最後が「ふわ、すとん」になって静かに決まります。吊り具は“安心を借りる道具”。急がず、声をそろえて、毎回同じ手順で。移動中にはご本人に触れ、わずかな危機感があれば支えられることが大事です。

調整式車椅子――“合わせる椅子”に仕事をまかせる

背もたれや肘かけ、フットサポートが動かせる車椅子は、移乗の成功率をぐっと上げます。移る側の肘かけを跳ね上げて通り道を広げ、フットサポートは上げるか外して足元をクリアに。座面の高さが変えられるなら、行き先を2〜3cm低く設定して、着地のひと呼吸を軽くします。クッションは骨盤がまっすぐ立つ厚みへ微調整。座り直した後で背張りを少し締めると、体幹がすっと落ち着きます。椅子が人に“合わせに来る”だけで、移乗は別物になります。

最後に、小さな合言葉をひとつ。道具は「使う」のではなく「借りる」。人の動きに道具を合わせ、道具の長所に人が寄り添うと、現場は静かになります。声はやさしく、角度はていねいに、スピードはゆっくり。道具の力で“ラクに安全に美しく”――それが第4章のゴールです。

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まとめ…ふたり三脚で続ける介助~明日の腰にやさしい移乗習慣~

移乗のカギは「声」「準備」「道筋」。やさしい合図で気持ちを揃え、向き・距離・角度を整え、U字の重心移動で「立つ・回る・座る」をつなげば、力まなくても体はすっと動きます。合図は「3、2、1」のひと呼吸。呼吸が合えば、手の力は半分で済みます。

大切なのは「担がない・焦らない・ぶつけない」。うまくいかない時は、止まって整えて仕切り直し。前傾が浅いのか、距離が遠いのか、角度が合っていないのか――理由を1つずつほどけば、動きは必ず静かにまとまります。

道具も味方です。スライディングボードで“すべる橋”をかけ、リフトで“空の散歩”に委ね、調整式の車椅子で“合わせる椅子”に仕事を任せる。道具は「使う」のではなく「借りる」。人の動きに道具を寄り添わせるほど、現場は静かで安全になります。

季節や衣服、靴の底、床の滑り、体調や不安の表情――その日の小さな条件が、成功の背中を押します。だからこそ、毎回同じ手順で点検し、最後は「座り心地はいかがですか」のひと言までをセットに。今日の静かな成功が、明日の自信を育てます。

さあ、合図はやさしく、角度は丁寧に、スピードはゆっくり。仕上げの合図は「3、2、1……すとん」。お疲れ様でした。明日の腰にも、笑顔にも、やさしい移乗を。

⭐ 今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m 💖


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