4月12日はパンの記念日~世界の味から介護の食卓まで広がるパンの楽しみ~

[ 旬の食と暮らし ]

はじめに…焼きたての香りから始まる「パンの記念日」

朝、トースターから漂ってくる香ばしい匂い。焼けたパンを取り出して、バターを載せた瞬間にジワッと溶けていく様子を見ると、それだけで少し機嫌良く1日を始められることがあります。「今日はご飯にしよう」と思っていたのに、あの匂いを嗅いだ途端に予定変更。朝食にも、なかなかの引力があります。

4月12日は「パンの記念日」。1842年のこの日に日本でパンが作られたことにちなむ日で、今ではパンは朝食や昼食、おやつまで支える身近な食べ物になりました。 けれど世界を見渡せば、細長いパンもあれば平たいパン、ズッシリした黒パン、輪っかになったパンまであり、正に十人十色ならぬ「十国十パン」とでも呼びたくなる賑やかさです。……そんな四字熟語はありませんが、気持ちは伝わるでしょうか…。

パンの面白さは、形や味だけではありません。選ぶ材料や食べ合わせによって毎日の食事に取り入れやすくなり、年齢を重ねて噛む力や飲み込む力が変わっても、調理の仕方によって楽しめる余地があります。食べ物を「食べられる・食べられない」だけで分けず、「どうすれば美味しく楽しめるだろう?」と考えると、食卓の選択肢はグッと広がります。

世界の暮らしを覗きながらパンを味わい、いつもの1枚を自分の体や生活に合わせ、さらに年齢を重ねても好きな味を残していく。そんな自由自在なパンの世界を知れば、明日の朝に焼く1枚が、少しだけ違って見えてくるかもしれません。

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第1章…世界のパンは暮らしの味~形も食べ方もこんなに違う~

パン屋さんの棚を眺めていると、丸いもの、細長いもの、平たいもの、穴の開いたものまで実ににぎやかです。日本では食パンや菓子パンが身近ですが、世界へ目を向けるとパンの姿は千差万別。フランスのバゲット、イタリアのフォカッチャ、ドイツのプレッツェル、ライ麦を使った黒パンなど、その土地の食卓に合わせて様々なパンが育ってきました。

フランスのバゲットは、細長い姿と外側のカリッとした食感が印象的です。イタリアのフォカッチャはオリーブオイルなどを使った風味豊かなパンで、料理と一緒に食べやすい存在。ドイツのプレッツェルは独特の形と歯ごたえがあり、黒パンにはライ麦ならではの味わいがあります。 同じ「パン」という名前で呼んでいるのに、食卓へ出てきた姿だけ見れば親戚というより遠い親戚くらい違います。「君たち、本当に同じ一族?」と聞きたくなりますが、小麦や穀物を焼いて食べる知恵が、それぞれの土地で異国情緒たっぷりに育った結果なのでしょう。

さらに、日本のあんパンのように、その土地に元々あった食文化とパンが出会って生まれたものもあります。トルコでは胡麻をまとったリング状のシミット、インドではカレーと親しまれているナン、ギリシャでは具材を包んで食べられるピタパンなど、パンそのものだけで完結せず、「何と一緒に食べるか?」まで含めて暮らしの味になっています。

考えてみれば、日本でもトーストに納豆をのせる人がいれば、あんこを載せる人もいます。朝からチーズを山盛りにする人もいるでしょう。冷蔵庫を開けて「ハムがない……じゃあ昨日のきんぴらで良いか…」となる日だってあります。パンは意外に懐が深く、こちらの都合をあまり問いません。寝坊した朝にも、休日のゆっくりした昼にも付き合ってくれる。そんな融通の利き方も、長く愛されてきた理由の1つに見えてきます。

世界のパンを眺めていると、パンは食べ物であると同時に、その土地の暮らしを小さく切り取った「食べられる文化」だと気づきます。豪華な料理でなくても、いつものパンにチーズを挟む、スープに添える、少し違う種類を選んでみる。それだけで食卓には新しい景色が生まれます。海外旅行はすぐに行けなくても、パンなら数百円で国境を越えてきてくれる。そう考えると、近所のパン屋さんもなかなか立派な出国ゲートみたいです。


第2章…パンとご飯は勝ち負けじゃない~体に合う1枚を選ぶ知恵~

「朝はパン派? それともご飯派?」という話になると、何故か小さな派閥争いが始まることがあります。トーストの手軽さを推す人もいれば、「いやいや、白いご飯と味噌汁でしょう?」と譲らない人もいる。けれど健康という目線で見るなら、どちらかを勝者に決める必要はありません。小麦にも米にも一長一短があり、何を選び、何と組み合わせ、どのくらい食べるかで食事の姿は変わります。

パンの原料になる小麦は炭水化物を多く含み、日々のエネルギー源になります。白い小麦粉だけでなく、全粒粉のように小麦の外皮などを残したものを使ったパンなら、食物繊維も取り入れやすくなります。一方のお米も日本の食卓に馴染み深く、玄米や雑穀を取り入れることで食感や栄養の幅を広げられます。大切なのは「パンだから」「ご飯だから」と決めつけず、自分の暮らしに合う主食を選ぶことです。

パンの売り場を見れば、その選択肢はさらに広がっています。小麦ふすま(小麦の外皮部分)を使ったブランパン、大豆粉やおからを取り入れたパンなど、糖質を控える工夫をしたものもあります。こうした材料は普通の小麦粉とは性質が違うため、生地をまとめたり、しっとりした食感を作ったりするために製法にも工夫が加えられています。「体に良さそうだから買おう」と手を伸ばして、家に帰ってから好みの味ではなかった――健康売り場で時々起こる静かな悲劇です。健康のためとはいえ、毎朝、しかめっ面で食べる必要まではありません。

発酵を生かしたパンも選択肢の1つです。サワードウのように酵母や乳酸菌による発酵を利用するパンは、独特の酸味や香りがあり、普通の食パンとはまた違った楽しさがあります。 全粒粉、ライ麦、米粉、大豆粉など、材料が変われば味も食感も変わるので、「健康のために我慢して食べる」という発想より、適材適所でお気に入りを探すくらいが続けやすいでしょう。

そしてパンだけを見て食事を決めないことも大切です。トースト1枚だけで急いで出掛ける朝と、卵や野菜、スープなどを添えた朝では、同じパンでも食卓の中身は随分と違います。ジャムをたっぷり塗る日があっても良いし、チーズや野菜を挟む日があっても良い。毎食を完璧にしようとすると朝から料理番組の収録状態になってしまいますので、無理なく続けられる形で十分です。

パンとご飯のどちらが優秀なのかではなく、「今日の自分には何がちょうど良いだろう?」と考える。その小さな選択が、食事を窮屈な健康管理ではなく、毎日を整える楽しみに変えてくれます。

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第3章…パサつくパンはひと工夫~しっとり・トロリで食べやすく~

焼きたてのパンを手でちぎり、フワッと立つ香りを楽しむ。若い頃には何でもなかったその一口が、年齢や病気によって少し難しくなることがあります。パンは水分が少ない種類では口の中でまとまりにくくなるため、噛む力や飲み込む力が落ちた人には、そのままの形が合わない場合があります。嚥下(えんげ・食べ物や飲み物を飲み込む動き)の状態に合わせて食事の形や硬さを調整する考え方は、専門的には嚥下調整食(飲み込みやすさに合わせて物性を整えた食事)として扱われています。日本摂食嚥下リハビリテーション学会でも、食べ物の硬さやまとまりやすさなどに応じた分類が示されています。

そこでパンを「禁止候補」にする前に考えたいのが、水分と食感です。食パンを牛乳や豆乳などに浸したり、卵液を含ませてフレンチトーストのように仕上げたり、蒸して乾燥を和らげたりすると、同じパンでも口に入れた時の状態は大きく変わります。 外はカリカリ、中はフワフワ――それがパンの魅力なのですが、食べにくくなった人に「さあ、このカリカリを存分にどうぞ」は少々、酷というもの。美味しさを残しながら、食べる人に合わせて臨機応変に姿を変えてもらえば良いのです。

さらに水分を増やしたい場合には、パンを牛乳や出汁で煮てパン粥にしたり、スープと馴染ませてポタージュのようにしたりする方法もあります。細かくしたパンを液体と合わせ、よりなめらかな状態にする考え方もあります。 嚥下調整食でも、均質でなめらかなペースト状の料理や、舌と上顎で押しつぶせる程度の料理など、状態に応じて異なる形が使われています。 パンが別人のような姿になっていきますが、香りまで引っ越してしまうわけではありません。湯気の中からパンらしい香ばしさが立てば、「これ、パンだね」と思える楽しさは残せます。

もっと細かな調整が必要な人には、ペースト状にしたものをムースやゼリー状にするという発想もあります。 ただし、「柔らかければ誰にでも安全」というわけではありません。飲み込みやすい硬さ、トロミ、まとまり方は人によって違うため、食事中によく咽込む、声が濁る、食べるのに時間がかかるといった心配がある場合は、医師や言語聴覚士などに相談し、その人に合う状態を確かめることが大切です。嚥下障害は加齢や病気などによって起こることがあり、対応も1人1人異なります。 「餅は餅屋」と言いますが、パンの食べ方なのに餅を持ち出す辺り、日本のことわざは実に自由です。

それでも、専門的な配慮と「好きなものを食べたい」という気持ちは対立するものではありません。試行錯誤しながら、しっとりさせる、スープと馴染ませる、なめらかにするなど、その人が楽しめる形を探していくことが出来ます。パンを小さくすることより大切なのは、その人が口の中で扱いやすい状態に整えることです。

朝になるとパンの香りを楽しみにしていた人なら、その記憶まで食卓から消してしまうのは少し寂しいものです。「もうパンは無理」と扉を閉めるのではなく、食べる力に合わせてパンの方に歩み寄ってもらう。そんな発想があれば、年齢を重ねた食卓にも焼き立ての香りを残せるかもしれません。


第4章…「食べられない」で終わらせない~介護の食卓にパンを戻す工夫~

介護の食卓でパンを考える時、目の前にあるのは栄養だけではありません。「昔から朝はパンだった」「コーヒーとトーストが楽しみだった」という、その人の暮らしそのものがあります。噛む力や飲み込む力が変わったからといって、長年好きだったものまで一緒に食卓から消えてしまえば、食事の時間は少し寂しくなります。

パンは種類によってはパサつきやすく、口の中でまとまりにくいため、そのままでは食べにくい人もいます。そこで、牛乳や豆乳に浸してしっとりさせる、パン粥やスープに馴染ませる、さらに細かくしてなめらかな状態へ近づけるなど、食べる人に合わせて形を変える発想が生きてきます。 より細かな調整が必要な場合には、ペースト状にしたパンをムースやゼリー状にするという工夫も考えられています。

ここで大切なのは、「パンを柔らかくすれば完成」と考えないことです。食べやすい硬さや水分量、まとまり方は一人一様です。同じ高齢者でも、ふんわりしたパンなら食べられる人もいれば、液体と馴染ませた方が食べやすい人もいます。昨日まで大丈夫だった形が、体調によって今日は難しいことだってあるでしょう。介護の食卓には、そんな試行錯誤と小さな観察が欠かせません。

そしてもう1つ、忘れたくないのが「見た目」と「香り」です。何でも細かくすれば安全そうに見えますが、食べる人からすれば「これは何だろう?」となることもあります。朝食にパンを楽しんできた人なら、ほんのり漂う焼いた香りや、パンらしい味が残っているだけでも気持ちは変わります。介護食だからといって、食べ物が無個性になる必要はありません。むしろ創意工夫の見せどころです。

例えばフレンチトーストのように卵液を含ませれば、パンらしい見た目を残しながらしっとりさせることができます。スープに馴染ませれば、パンの風味を生かしつつ水分を補う形にも出来ます。 介護する側が「パンは危ないからやめよう」と考えるだけなら話は早いのですが、好きだった本人からすれば、話が早過ぎます。「ちょっと待って、私の朝ご飯はどこへ行ったの?」となるかもしれません。

食べる力が変わっても、好きな味まで手放さなくて良い方法を探すことは出来ます。もちろん無理にパンを食べてもらう必要はありませんし、その日の体調や状態に合わない時もあります。それでも「食べられる物だけを残す」という発想から、「好きな物をどう残せるか?」へ視点を少し動かすと、介護の食卓には新しい余白が生まれます。

毎日の食事は、栄養を届ける時間であると同時に、その人らしい暮らしを確かめる時間でもあります。パン1枚にも思い出があり、好みがあり、長年続けてきた朝の習慣があります。それを大切にしながら、その人に合った姿へパンの方を変えていく。そんな柔らかな発想こそ、介護の食卓を明るくしてくれるのではないでしょうか…。

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まとめ…パン一枚にも暮らしがある~おいしく食べる選択肢を残そう~

パンは、忙しい朝にさっと食べられる便利な主食でありながら、世界へ目を向ければ、その土地の気候や歴史、暮らし方まで映している奥深い食べ物です。細長いバゲットも、平たいナンも、ズッシリした黒パンも、日本で親しまれてきたあんパンも、それぞれ違う道を歩きながら食卓へ辿り着きました。

健康を考える時も、パンかご飯かを白黒ハッキリ決める必要はありません。全粒粉やライ麦、米粉、大豆粉など材料の違いを楽しみ、卵や野菜、スープなどを組み合わせれば、日々の食事には百人百様の形が生まれます。朝から毎回「完璧な栄養バランス!」と気合いを入れ過ぎれば、食事より先にこちらが疲れてしまいます。長く付き合う食卓だからこそ、少し気楽なくらいがちょうど良いのでしょう。

そして年齢や病気によって噛む力、飲み込む力が変わっても、パンとの付き合い方まで終わるとは限りません。しっとりさせる、スープに馴染ませる、なめらかに整えるなど、食べる人に合わせて姿を変える余地があります。 安全への配慮を土台にしながら、「昔から好きだった」という気持ちも残せれば、食事は単なる栄養補給ではなく、その人らしい暮らしを支える時間になります。

食べる力が変わった時こそ、好きなものを消すのではなく、楽しめる形を一緒に探していきたいものです。

焼きたての香りがする朝も、スープにパンを浸す静かな昼も、介護の食卓でゆっくり一口を味わう時間も、その人にとってはかけがえのない一食です。和気藹々と囲む食卓でなくても構いません。1人でゆっくり食べる日にも、小さな満足はあります。

4月12日の「パンの記念日」をキッカケに、いつもの1枚を少し違う目で眺めてみる。明日の朝、パンを手に取った時に「今日はどう食べようかな」と思えたなら、それだけでも食卓は少し楽しくなります。パンは思っている以上に自由で、私たちの暮らしに合わせて何度でも形を変えてくれる食べ物なのです。

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