4月7日・世界保健デー~健康は「頑張る」より「続く暮らし」で育てよう~

[ 季節と行事 ]

はじめに…健康のために頑張るほど疲れていませんか?

4月7日は「世界保健デー」。健康について考える日と聞くと、「よし、運動しよう!」「野菜を増やそう!」「早く寝よう!」と、急に生活全部を優等生にしたくなることがあります。ところが翌朝、目覚ましを止めて二度寝。「健康生活、開始予定時刻を変更します」……自分で決めた予定なのに、随分と自由です。

けれど、健康は1日だけ頑張って完成するものではありません。食べること、眠ること、体を動かすこと、誰かと話すこと、好きな時間を楽しむこと。そんな普通の暮らしが少しずつ重なって、体と心を支えていきます。正に心身一如。体だけ元気でも心がヘトヘトではつらいですし、気持ちだけで体の疲れを押し切るにも限界があります。

健康作りで大切なのは、立派なことを始めるより、明日も嫌にならず続けられることを見つけることです。

コップ1杯の水を飲む、少し遠回りして歩く、食卓に一品足す、疲れた日は早めに休む。その程度なら「それで健康と言って良いの?」と思うかもしれません。でも、毎日の暮らしは小さな選択の集合体です。三日坊主になったなら、4日目からまた始めれば良い。健康にまで皆勤賞を求めなくても大丈夫です。

4月7日をキッカケに、自分や家族の暮らしの中にある「もう出来ている健康」も見つけてみませんか?少し動けた、ちゃんと食べられた、よく笑えた。そんな1日にも、元気の種はちゃんとあります。

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第1章…三日坊主で上等!小さ過ぎる健康習慣から始めよう

「明日から毎朝30分歩く」「夜のお菓子はやめる」「毎日ストレッチもする」。健康を意識した瞬間、人は何故か予定表だけアスリート級になりがちです。ところが3日ほどすると、歩く予定だった時間に布団と熱い交渉を始め、お菓子の袋を見ながら「今日は特別だから」と臨時議会まで開かれる。意志が弱いというより、最初から生活を大改造しようとすると続きにくいのです。

健康習慣を育てるなら、拍子抜けするくらい小さな行動からで十分です。朝起きたら水を飲む、テレビを見ながら肩を回す、近い階なら階段を使う、歯磨きのついでに爪先立ちをする。わざわざ「健康の時間」を大きく確保するより、既に毎日している行動にくっつけた方が、暮らしの中へ自然に入りやすくなります。こうした方法は習慣化(行動を繰り返して自然に続く状態にすること)の助けになります。

さらに、小さな達成を目で見える形にするのも楽しい方法です。カレンダーに印を付けたり、「今日は5分歩いた」と記録したりするだけでも、「意外と私、やってるじゃない」と自分の頑張りに気づけます。最初から完璧を狙うより、試行錯誤しながら自分に合う形を探す方が長続きします。健康作りまで毎日満点を取ろうとしたら、通知表を配る先生も大忙しです。

三日坊主になったことより、4日目にまた始められることの方が、ずっと大切です。

「継続は力なり」といっても、毎日同じ量をこなす必要はありません。疲れた日は1分、元気な日は10分でも良い。臨機応変に量を変えながら続ければ、習慣は「頑張る予定」から「いつもの暮らし」へ近づいていきます。気軽に、楽しく、少しずつ。その小さな積み重ねが、やがて自分の体を助けてくれる頼もしい味方になります。


第2章…健康は一人で作らない~介護や医療の支え方で毎日は変わる~

介護や医療の場では、「少しでも体を動かしてほしい」「もう少し食べてほしい」と願う場面がたくさんあります。けれど、支える側が健康を思うあまり、「歩きましょう」「食べましょう」「頑張りましょう」が三連発になると、本人には宿題を渡されたように聞こえることもあります。善意なのに宿題化する。なかなか切ない介護あるあるです。

体を動かすことも、最初から「運動」として構えなくて構いません。風船を打ち返したり、音楽に合わせて手足を動かしたり、輪投げを楽しんだりすれば、「リハビリをしています」という感覚が薄くても自然に体は動きます。リハビリテーション(生活する力を保ったり取り戻したりする取り組み)は、訓練らしい顔をしていなくても成立します。好きな歌が流れた途端、それまで動かなかった手がスッと上がることだってあります。「さっきまで乗り気じゃなかったですよね?」と心の中でツッコミながら、その一瞬を大事にしたくなります。

食事も同じです。栄養だけを前面に出すより、「今日は春らしい色ですね」「これ、昔よく食べました?」と会話が生まれる方が、食卓に向かう気持ちは動きやすくなります。季節を感じる料理や盛り付け、一緒に選んだり簡単な調理を手伝ったりする時間は、食べることを単なる栄養補給ではなく、その人の暮らしへ戻してくれます。和気藹々とした食卓には、数字では測りきれない元気があります。

そして見落としたくないのが、話すことです。「今日はよく歩けましたね」と声をかけてもらう、「その服、似合っていますね」と気づいてもらう、昔の話をゆっくり聞いてもらう。そんな時間は自己効力感(自分にもできると思える感覚)を育て、また何かしてみようという気持ちに繋がります。一喜一憂しながら過ごす毎日だからこそ、人とのやり取りが心を支えてくれるのでしょう。

健康を支えるとは、本人を頑張らせることではなく、気づけば少し動き、少し食べ、少し笑えている時間を増やすことです。

椅子や手すりの位置を整える、窓辺で日差しを感じられるようにする、テレビを見ながら軽く体を動かせる場所を作る。本人の気合いに頼らなくても、環境を少し変えるだけで健康に繋がる行動は増やせます。「今日は健康作りをしました」と宣言する日より、「そういえば今日はよく動いたね」と後から気づく日が増えていく。そのくらい自然な支え方が、暮らしにはちょうど良いのかもしれません。

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第3章…食べる・動く・休むを暮らしに混ぜる「ついで健康術」

健康の話になると、食事は栄養計算、運動はまとまった時間、休息はきちんと確保……と、急に予定表が立派になりがちです。けれど毎日の暮らしは、そんなに都合よく空白時間を用意してくれません。夕飯を作りながら洗濯機が鳴り、座った瞬間に「あ、あれ忘れてた」。健康になる前に予定で疲れてしまっては、少々順番が逆です。

食事は、毎回完璧な献立を作らなくても構いません。主食だけになりそうなら卵や納豆を添える、野菜が少ない日は汁物へ入れる、果物や乳製品を加えてみる。食卓の色を眺めて、「今日は緑が少ないかな?」と考えるだけでも、難しい栄養計算とは違った気軽さがあります。栄養バランスという言葉に身構えるより、食べられるものを少しずつ組み合わせる方が続きやすいものです。

体を動かすことも、わざわざ運動着へ着替えなくても始められます。テレビを見ながら足を動かしたり、歯磨きの間につま先立ちをしたり、椅子に座ったまま足を伸ばしたりするだけでも、日常の中へ動く機会を差し込めます。運動だけのために時間を作るのが難しい日ほど、こうした「ついで」は便利です。歯を磨いて脚も動かせたら一石二鳥。「そこまで欲張る?」と思いつつ、終わればどちらも済んでいます。

そして、食べることと動くことばかりに目が向くと、休むことが後回しになります。心が疲れている日は何をするにも腰が重くなりますし、「今日は何もしたくない」という日もあります。そんな時は、ゆっくり呼吸する、肩や首を軽く動かす、好きな飲み物を味わう、音楽を聴くなど、自分が落ち着ける時間を持つのも立派な健康習慣です。心身一如という言葉の通り、体と心は別々の箱に入っているわけではありません。

健康は、特別なことを大量に足すより、いつもの暮らしの中へ小さく混ぜる方が続きやすくなります。

今日は一品だけ整えた、少しだけ動いた、疲れたから早めに休んだ。それくらいの幅がある方が、長い目で見れば暮らしに馴染みます。毎日全部できなくても、出来る日に出来ることをする。その積み重ねなら、健康作りが「今日も達成できなかった課題」ではなく、「何となく続いている日常」に変わっていきます。


第4章…体の数字だけが健康じゃない~笑う・話す・楽しむも大切な力~

健康診断の数字や体重、血圧、歩いた距離。健康を考える時には、どうしても「測れるもの」へ目が向きます。もちろん大切な目安ですが、人の調子は数字だけでは語り切れません。朝から誰とも話さず気持ちが沈んでいる日と、好きな人と笑って「今日は楽しかった」と眠れる日では、同じ1日でも心の手触りが随分と違います。

誰かと話すことは、特別な健康法には見えないかもしれません。それでも「今日はどうだった?」「その服、似合っていますね」と声を掛けてもらったり、昔の楽しかった出来事を聞いてもらったりすると、自分がちゃんと誰かと繋がっている感覚が生まれます。介護や医療の場でも、こうしたコミュニケーションが安心や前向きな気持ちに繋がり、また明日を過ごす力を支えてくれます。

笑うことや楽しむことにも、立派な居場所があります。好きな音楽を聴く、お気に入りのお茶をゆっくり飲む、趣味に少しだけ時間を使う。忙しい日には「そんなことをしている場合じゃない」と後回しにしがちですが、5分ほど自分のために使うだけでも、張り詰めていた気持ちを緩めるキッカケになります。

喜怒哀楽の「喜」と「楽」だけを毎日揃える必要もありません。落ち込む日もあれば、腹が立つ日もあり、何となく元気が出ない日もあります。そんな時まで「前向きにならなければ」と自分を追い立てると、心にも追加業務が発生します。「本日は落ち込み担当です」と開き直るくらいの日があっても良い。そのうちお茶が美味しく感じたり、誰かの一言に笑えたりすれば、それも十分な回復の始まりです。

健康とは病気を遠ざけることだけではなく、自分の毎日に「ちょっと良いな」と思える時間を残しておくことでもあります。

体を動かし、食べて、眠る。その間に誰かと話し、好きなものを眺め、時にはくだらないことで笑う。そんな和顔愛語の時間が少しあるだけで、健康作りは「自分を管理する仕事」から「自分の暮らしを大切にすること」へ近づきます。血圧計には表示されなくても、今日笑えたこと、ホッと出来たこと、明日を少し楽しみに出来たことも、毎日を支える大切な元気です。

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まとめ…百点の健康より、明日も続けられる一歩を選ぼう

健康という言葉を聞くと、つい「もっと運動しなければ」「食生活をきちんとしなければ」と、自分に新しい課題を追加したくなります。けれど、毎日は仕事や家事、家族との時間、予定外の出来事でいっぱいです。そこへ健康まで完璧にこなそうとすれば、心身共に疲れてしまいます。

大切なのは、壮大な健康計画を立てることではありません。朝に水を一杯飲めた、少し歩けた、野菜を一品足せた、疲れていたから早めに休めた。そんな小さな行動が積み重なれば、健康作りは特別なイベントではなく、いつもの暮らしへ溶け込んでいきます。無理なく続けられる環境を作り、小さな習慣を積み重ねることが、健やかな毎日に繋がります。

そして健康は、自分一人の努力だけで作るものでもありません。家族との食卓、介護や医療の場で交わすひと言、誰かと笑った時間も暮らしを支える大切な一部です。食べる、動く、休むだけではなく、「今日もちょっと楽しかった」と思えることまで含めて考えると、健康は急に身近になります。

百点を取る健康生活より、明日も自然に続けられる暮らしの方が、ずっと頼もしい味方になります。

三日休んだら4日目に戻れば良いですし、元気な日は少し多めに動き、疲れた日は堂々と休めば良い。臨機応変、時には悠々自適。そのくらい余白があるからこそ、長く続けられるのでしょう。「今日は何点だったかな?」と採点するより、「まあ、今日も悪くなかった」と布団に入れたら、それもなかなか立派な健康です。

4月7日の世界保健デーを、生活を厳しく管理する日ではなく、自分の毎日を少しだけ労わる日にしてみる。明日の自分が少し楽になることを1つ選ぶだけでも、十分な一歩です。健康は遠くにある完成品ではなく、今日の暮らしの中で少しずつ育っていくものなのです。

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