人手不足の元旦に理事長と事務長が全員へ5分の年始レクを届けた話

[ 1月の記事 ]

はじめに…正月の特養は「二大介護」だけで終わりがち

お正月の特養って、しみじみ静かで、だけど現場は内心ドタバタです。パートさんや育児中のスタッフさんが欠けやすくて、いつもより人数が薄くなる。そうなると、どうしても優先順位は「食事」と「排泄」の二大介護に寄っていきます。もちろん命を守るには正解なんだけど、気づけば「正月らしさ」は音楽を流すので精一杯、厨房はおせちで燃え尽き寸前、職員は笑顔の奥で目が乾く……そんな空気になりがちなんですよね。

でも、入居者さんの“新年の始まり”は、作業の合間に勝手に咲いてくれません。誰かが種をまかないと、ただの平日みたいに過ぎてしまう。そこで今回の主役は、理事長と事務長です。しかも、ただ顔を出して「おめでとうございます」と言って帰るだけじゃない。全員に、1人ずつ、名前を呼んで、手を握って、年始の挨拶をして、その場でミニレクリエーションを提供する。まるで“移動式・新春ステージ”です。

ベッドサイドテーブル2台に、硯と筆と墨、長い半紙と短冊、そしてちょっとした正月飾り。書き初めは1枚だけじゃありません。大きな作品になる長い半紙と、すぐ貼れる短冊の2枚仕立て。最後は甘酒を、柚子や生姜などから選んでいただく。もちろん栄養士さんが付き添って、食事形態とトロミの調整もばっちり。さらに中間管理職の撮影隊が随行して、写真も動画も残す。もう、現場の人から見たら心の中でこう言いたくなります。「……本気か。理事長、ガチだな」と。

そして極めつけは、全員レンタルのフル正装。介護は現場チームが守る。正装チームは、注目を集めて空気を変えるのが仕事。お正月って、結局“気配”で始まるものなので、見た瞬間に「あ、今年が来た」と思わせたら勝ちです。

このお話は、派手な大宴会の話ではありません。5分ずつ、1人ずつ、丁寧に。忙しい日にこそ、生活を取り戻すための正月です。さあ、理事長ルートと事務長ルート、同時進行で出陣します。まずは、静かなピンチから始まる特養のお正月を、笑いとちょっとの涙でひっくり返していきましょう。

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第1章…人が足りない正月で現場は静かに限界に近づく

お正月の特養は、外から見ると穏やかです。テレビは新春番組、廊下はいつもより静かで、どこか「めでたい空気」が漂っている。ところが職員側の心の中は、割りと正月どころではありません。パートさんや育児家庭のスタッフさんが欠けやすい時期なので、出勤表を見た瞬間に空気が一段、冷えます。雪じゃなくて、現実が降ってくるタイプの冷え方です。

それでも止められないのが、食事と排泄。ここはどんな日でも外せない二大介護です。年末年始は“いつもと違う時間”が増えやすいので、いつもより小さなズレが起きます。いつもと違うテレビ、いつもと違う来客の話題、いつもと違う職員の顔ぶれ。入居者さんにとっては、その「違う」が、落ち着かなさに繋がることもあります。落ち着かないと食事量が減ったり、トイレのタイミングがずれたり、夜間の眠りが浅くなったり。だから現場は、余計に基本のケアへ意識が寄ってしまうんですよね。

おせちが輝くほど現場は汗でテカる

厨房は厨房で大勝負です。おせちは張り切って仕上げてくれる。見た目も香りも「お正月が来た!」と叫んでいる。ところが、そのおせちが眩しいほど、現場は別の方向で汗が出ます。配膳の段取り、食事形態、誤嚥予防、見守り、声掛け、片付け。普段より気を遣う場面が増えるのに、人数は増えない。むしろ減る。現場は心の中で、そっと願います。「おせちの数だけ、手が増えませんかね?」と。

音楽を流したり、飾りを少し増やしたり、可能な範囲で“正月らしさ”は作ります。でも現場の体感としては、「正月らしさ」はフワッとした飾りじゃなく、もっと直接的に来ます。例えば、誰かが自分の名前を呼んでくれるとか、目を見て挨拶してくれるとか、手を握ってくれるとか。そういう“人の温度”の方が、実は入居者さんの表情を変えます。

「正月は生活を戻す日」なのに作業になりやすい矛盾

ここが、お正月の難しさです。本当は、正月って生活の区切りで、気持ちを整える日です。ところが人手不足になると、生活が作業に寄りやすい。ケアの質が落ちるという意味ではなく、どうしても“流れ作業”っぽく見えてしまう瞬間が出てしまう、という意味です。職員だって分かっているからこそ、心がちょっと痛い。入居者さんだって、空気で分かってしまう。静かな場所ほど、空気の変化って目立つんです。

だから今回、理事長と事務長が「全員を回って1人ずつ年始の挨拶をする」と決めたのは、正月の矛盾を真正面からほどく一手です。お正月らしさを、飾り付けで増やすんじゃない。人の手と声で増やす。しかも、ベッドサイドで。これなら、どんな状態の方にも届きます。

現場チームが二大介護を守る間、トップが“正月の空気”を配りに行く。ここで施設の新年が、ようやく「イベント」になります。次章では、レンタルのフル正装という名の“動く晴れ着”が、ベッドサイドテーブル2台と一緒に出陣します。正月は、まず姿勢で始まる。理事長と事務長の気合いは、ここからです。


第2章…正装チーム出陣!ベッドサイドテーブル2台で作戦開始

元日、まだ空気が「おはよう」と言い切れない時間に、職員室の片隅で静かな作戦会議が始まります。主役は理事長と事務長。今日のミッションはシンプルで、だけど豪快です。「全入居者さん、1人ずつに年始の挨拶とミニレクリエーションを届ける」。言葉にすると簡単なのに、現場目線だと胃がきゅっとなるやつです。だからこそ、ここで勝負を決めにいきます。

まず方針がはっきりしています。介護は現場チームが守る。食事、排泄、体位変換、見守り、ナースコール対応。ここが崩れたら正月どころではありません。一方で、理事長と事務長、そして随行員たちは「動くレクリエーション被写体」として空気を変えるのが仕事。普段の延長ではなく、敢えて“イベント専用チーム”になる。人手不足の正月に、役割を混ぜると混乱が起きやすいので、ここはきっぱり分ける。これだけで、回り始めた時の事故率がグッと下がります。

そして今回の秘密兵器が、ベッドサイドテーブル2台です。あれって普段は食事の相棒なのに、今日は新春ステージの舞台袖になります。1台目に硯と筆と墨、長い半紙と短冊、下敷きの新聞紙。2台目に朱印のスタンプ、ミニ正月飾り、甘酒の準備一式とカップ類。荷物は多いのに、見た目は上品にまとめるのがポイントです。何故なら主役が正装だから。テーブルの上が雑多だと、晴れ着が泣くことになります。

フル正装はただのオシャレじゃない~「今年は本気です」の看板~

ここで全員がレンタルのフル正装に着替えます。理事長と事務長はもちろん、随行員もビシッと。普段はお転婆キャラで現場を走り回る女性職員が、今日はお淑やかに見える。本人はきっと心の中で「いつもの私、どこ行った」と呟きますが、入居者さんにとってはそれが大事なんです。正装って、言葉より先に「敬意」を届けます。年始の挨拶を、ちゃんと正しい姿勢で受け取ってもらえる。施設側の真剣さが、服の縫い目から出る勢いです。

もちろん、正装は万能ではありません。袖がフワッと広がったり、歩幅がいつもより控えめになったり、靴がキュッキュと鳴ったりします。そこで作戦会議の最後に、全員が同じことを確認します。動線は最短、居室では身体の向きを工夫、入室前の手指消毒は丁寧に。写真隊は近づき過ぎず、でも表情は逃さない。正装は目立つ分、所作もセットで目立ちます。だから“綺麗に動く”こと自体がレクリエーションになります。

理事長ルートと事務長ルートと同時進行で「1人ずつ」を現実にする

そして、ここが今回の要です。理事長と事務長は別ルート。同じ居室に2人で押し掛けると、圧が強過ぎて入居者さんが「え、私、何かしました?」となりかねませんし、何より時間がもったいない。だからルートを分けて同時進行。片方が東側の居室を回り、もう片方が西側を回る。重介助のフロアと比較的落ち着いたフロアも、タイミングをずらして回る。こうすると、現場チームの波を邪魔せずに、1人ずつの挨拶が成立します。

随行員も役割分担が明確です。書道道具担当、飾り授与担当、甘酒担当、撮影担当。担当がはっきりしているから、居室の前で「えーっと、墨どこ?」とならない。イベントの敵は、だいたい“探し物”です。正月の敵は、だいたい“時間切れ”になりやすいです。ここを潰すだけで、成功率が跳ね上がります。

こうして準備が整うと、廊下の空気が変わります。普段は静かなはずの特養に、何かの“幕が上がる気配”が漂う。正装チームがカートを押して進む姿は、ちょっとしたパレードです。職員の心の中にだけ、太鼓が鳴ります。どん、どん、どん。さあ、いよいよ居室へ。

次章では、名前を呼んで手を握るところから始まる、ベッドサイドの書き初めが登場します。硯と筆の本気が、入居者さんの表情をどう変えるのか。ここからが一番、良い場面です。


第3章…名前を呼んで手を握って硯を摩る~1人ずつの書き初め~

最初の居室の前で、理事長がいったん深呼吸します。正装の胸元がスッと上がって、廊下の空気まで少しだけ引き締まる。ここから先は「イベント」だけど、もっと根っこの大事なところは「挨拶」です。入居者さんの生活の場所に入る以上、派手さより礼儀がまず先。だからまず、ノックして、笑って、名前を呼びます。

「〇〇さん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

正しくきちんと名前を呼ばれると、表情が動きます。ゆっくりでも、フッと目線が合う。手を握ると、体温が返ってくる。年始の挨拶って、本当はこの一瞬だけで半分終わるんだな、と見ている側が気づくくらい、空気が変わります。現場が忙しいほど、この“人としての瞬間”が大きく見えるんですよね。元旦、1年の初日にトップ2がこれを実践することに意義があります。

四字熟語は大きく短冊は軽やかに

挨拶が済んだら、ベッドサイドテーブルが静かに舞台に変わります。新聞紙を敷いて、硯を置いて、墨をする。ここは敢えて本格派。墨の香りって不思議で、嗅いだ瞬間に「ああ、お正月だ」と思い出す方がいるんです。理屈じゃなく、記憶の引き出しが開く匂いの1つになる。

長い半紙には四字熟語をドンと書ける。理事長は「〇〇さん、今年はどんな言葉が良いですか」と聞きます。スラッと希望が出る方もいれば、言葉が出ない方もいる。そこで“二択”が活きます。「“笑門来福”と“健康第一”、どちらがお好きですか」と優しく聞くと、頷きで決まることがある。頷きもまた立派な意思表示になるのです。

筆を持てる方なら、主役は入居者さん。理事長は横で紙を押さえたり、筆先が暴走しないようにそっと支えたりします。筆を持つのが難しい方には、聞き取って代筆する。その時も「今から書きますね。〇〇さんの字ですからね」と言い添えるだけで、“その人の作品”になります。字の上手い下手の話はどちらでも良いのです。名前が入った瞬間、もう宝物です。

そして短冊。こちらは一文字か二文字で、軽やかにいきます。「福」「笑」「和」「寿」。短冊は小さい分、決めるのも早いし、乾くのも早い。しかも後で居室に貼れるので、“今ここで完成した感”が出ます。理事長が短冊を持ち上げて「出来ました」と言うと、入居者さんが少し満足そうに見える。たったそれだけで、正月らしさが一段階、華やかさを増します。

朱印をポンと押すことで作品が「奉納の一枚」になる

書き終えたら、最後の仕上げが待っています。朱印です。理事長が赤い印を構えて、「押しますよ」と声をかける。ここは本当に映えます。ポン、と音がして、赤が入った瞬間、半紙が一気に“作品”になります。入居者さんがジッと見つめて、ひと呼吸遅れて笑う。その笑いがまた、場を緩やかに温めます。

随行の撮影隊は、この瞬間を逃しません。ただし距離感は大事。居室は生活の場所なので、カメラは静かに、でも表情はしっかり残す。撮る前に一言「お写真を宜しいですか?」と一言添えるのも忘れない。許可が取れない方は、手元だけ、作品だけ。そこも無理はしない。1つ1つに丁寧さがあるから、正装の意味が生きてくるのです。

乾くまで待てない問題は「先に飾る」で解決する

長い半紙は、墨が乾くまで少し時間が掛かります。ここでタイムラグが出るのが課題。だから今回は、先に“飾れるもの”を用意しています。短冊はその場で居室に貼れるし、長い半紙は撮影しておいて、写真を仮で掲示用に活用することも出来る。入居者さんの目線の届く場所に「今日の一枚」が見えるだけで、正月の実感が残ります。

居室とは別の場所で、長い半紙は新聞紙の上で丁寧に干して、全員を回り終わった後に順次、乾いた作品を居室へ配達して掲示する。この“後で届く”流れが、むしろ良い余韻になります。「さっきのが来たね」「貼ったら部屋が明るくなるね」と、後からもう一度お正月が来る。忙しい日に、幸せが二回に分かれて届くって、ちょっと得した気分がユリ戻される機会です。

こうして1人ずつの書き初めが進むたび、廊下の空気が変わっていきます。正装チームが通るだけで視線が集まり、名前を呼ばれた人の部屋から笑い声が漏れてくる。職員は二大介護を守りながら、心の中で小さく嬉しいガッツポーズです。「今日、ちゃんと正月になってる」と。

次章では、短冊の即掲示と、甘酒の“選ぶ楽しみ”が合流します。仕上げは、ベッドサイド初詣のような授与の時間。ここで、特養の正月がいよいよ完成形になります。


第4章…短冊は即掲示して長い半紙は後で届く

書き初めの良さは「その場で完成する」こと……と言いたいところですが、特養の現場ではそうもいきません。何故なら墨は、乾くまでに時間がかかる。乾かないうちに持ち上げると、せっかくの四字熟語が「新春・大惨事」に変わります。理事長が渾身の一筆を披露した直後、随行員がうっかり袖でこすってしまったら、その瞬間からその人の正月は“墨まみれ記念日”です。笑い話で済めばいいけれど出来れば避けたい。だからこそ今回は、タイムラグを「弱点」ではなく「演出」に変える仕掛けを、最初から仕込んであります。

まず短冊です。短冊は小さい分、乾きが早いし、居室に貼るのも簡単。書き終えたら、すぐに「〇〇さんの今年の合言葉が出来ました」と言って、目線の届く場所にペタリ。入居者さんがベッド上でも車椅子でも、ふと見上げた時に“今年”が見えるようにします。これだけで「今この瞬間に正月が来た」が成立するんです。

そしてもう1つの即時対応が、写真です。長い半紙は乾かせないけれど、作品として“見せる”ことは出来る。撮影隊がその場で整った角度から撮って、居室には仮の形で「今日の一枚」を見えるようにしておく。実物は後で届くと分かっていても、目に見えるものがあるだけで安心します。人は、正月を目で受け取る生き物です。味よりも先に、目で「おめでとう」を飲み込むんですよね。

干している時間は裏方が主役になる

長い半紙は、新聞紙の上で丁寧に干します。この光景がまた良いんです。特養の一角に突然現れる“書き初め干し場”。普段なら衣類乾燥の話になりそうな場所に、正月の言葉がズラリと並ぶ。職員は通りすがりに一瞬立ち止まり、「うちの施設、今ほんとに正月やってるな」と心の中で呟けます。

ここで大事なのは、干している時間が「待ち時間」にならないことです。理事長と事務長は次の居室へ進む。現場チームは二大介護を守る。随行員は作品管理と掲示準備に回る。つまり、乾くまでの時間に“動き”を割り当てることで、全体が止まりません。イベントって、実は止まった瞬間に冷めます。だから動線と役割分担が、そのまま熱量になります。

配達こそ第二のイベントで「さっきのが来た」が効く

全員を回り終わったら、ここでようやく“配達フェーズ”に入ります。乾いた作品を順次、居室に丁寧に掲示して任務完了。これが単なる後片付けじゃないのが、今回の強みです。何故なら、配達には物語があるから。入居者さんは覚えています。「さっき理事長が来て、名前を呼んで、手を握って、書いてくれた」。その記憶の直後に、作品が届く。これはちょっとした“贈り物”です。

掲示する時も、ただ貼るだけでは終わりません。「〇〇さん、お待たせしました。乾きましたよ」と、たった一言添える。短冊が“今日の合言葉”なら、長い半紙は“今年の旗”です。居室の空気が変わります。部屋って不思議で、壁に貼る一枚で表情が付いてくるんですよね。新しい言葉が貼られると、部屋が少しだけ前向きになる。しかも、配達があることで「正月が二回来る」。忙しい日にこれは大きい。笑いながら言うなら、正月を分割払いにした感じです。

もちろん掲示や撮影は、本人の希望が最優先です。写したくない、貼りたくない、見せたくない。そういう方には無理をしない。作品は作品で、心の中に残っていれば充分なこともあります。大事なのは、誰かの正月を“勝手に盛り上げない”こと。正装で丁寧に挨拶をするという軸があるからこそ、ここも同じ姿勢で進めます。

こうして、短冊はすぐに居室に根付き、長い半紙は少し遅れて追いかけてくる。タイムラグは、イベントの弱点ではなく、余韻を増やす装置になりました。次章では、この「ベッドサイドの初詣」を完成させる仕上げ――朱印と正月飾りの授与、そして甘酒の“選ぶ楽しみ”が合流します。ここから先は、もう笑いとほっこりの時間です。

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第5章…朱印をポン!正月飾りを授与~特養のベッドサイド初詣~

書き初めが「書いて終わり」だと、どうしても文化祭っぽくなります。もちろん文化祭でも最高なんですが、お正月に欲しいのは“儀式感”。つまり、「今年が始まりました」と身体が納得する合図です。そこで効いてくるのが、朱印と授与。ここから先は、特養のベッドサイドが、フワッと初詣みたいな空気に変わります。

朱印の瞬間は、何故か誰でも息を止めます。理事長が赤い印を構えて「押しますよ」と言い、入居者さんも、見守る職員も、撮影隊も、何故か同じタイミングで静かになる。ポン、と押された赤が入った瞬間、長い半紙が“作品”から“奉納の一枚”に変わるんです。筆の濃淡に赤が乗ると、紙が急に誇らしげになるから不思議です。

ここで理事長は、必ず一言添えます。「〇〇さんの今年の一枚、確かにお預かりしました」。たったこれだけで、入居者さんの表情が変わります。代筆だったとしても、介助だったとしても、関係ない。自分の名前を呼ばれて、自分の言葉が紙になって、自分の前で“仕上げ”がされた。その順番のような儀式が、もう正月です。

朱印が終わったら、次は授与。ミニ正月飾りを、事務長が丁寧に手渡します。水引の小さな飾り、干支のチャーム、小さな鈴。大きな飾りじゃなくていいんです。手の平サイズで十分。むしろ小さいからこそ、「これ、〇〇さん専用です」と言いやすい。事務長が少し声を落として、「今年の福をお届けします。どうぞ受け取ってください」と言うと、場が一気に優しくなります。

面白いのは、普段お転婆キャラの随行員が、こういう時だけ妙にお淑やかになるところです。正装の効果が、本人の性格まで一時的に上書きしてくる。入居者さんがニヤッとして、職員もニヤッとする。お正月って、こういう小さな笑いが一番温かいんですよね。

短冊は「奉納箱」へ~拍手は心の中で柏手はそっと~

そして短冊です。短冊は居室に貼る分とは別に、奉納用としてもう1枚書く流れにしておくと、このネタがグッと締まります。理事長が「宜しければ、こちらは“奉納箱”に入れても良いですか」と聞く。入居者さんが頷いたら、短冊を箱へ。箱の中にスッと吸い込まれていく短冊を見るだけで、「この施設、ちゃんと正月をやってるな」と誰もが思います。

もちろん、居室の中で大きな音を出す必要はありません。柏手は心の中で十分。代わりに、理事長が小さく頭を下げて、「今年も穏やかに過ごせますように」と言う。その言葉が、既に祈りです。入居者さんが手を合わせる方もいれば、握った手をもう一度握り返す方もいる。どちらも正解。ここは“型”より“気持ち”が勝つ場面です。

安全と尊厳を両立する~さりげない気配りがイベントの格を上げる~

正月飾りは可愛いほど良いのですが、特養では「可愛い」と同じくらい「安全」が大事です。誤って口に入らない大きさにする、尖りがない素材にする、居室に貼る場所は本人の状態に合わせる。こういう配慮は、文章に大袈裟に書かないことで、予めの深い配慮と信頼感になります。

撮影も同じです。正装チームが目立てば目立つほど、撮りたくなる。でも生活の場所だからこそ、本人の気持ちが一番。写すのが難しい方は、作品と手元だけ。飾りを受け取る瞬間だけ。そういう“控えめな撮り方”が出来ると、イベントの上品さが保たれます。正装は派手に見えて、実は「丁寧さの制服」なんだな、と感じる瞬間です。

こうして朱印が入り、飾りが渡り、短冊が奉納箱に収まると、居室の空気が「正月モード」に切り替わります。書き初めは目で受け取り、授与は手で受け取り、奉納は心で受け取る。五感が揃ったところで、最後にもう1つだけ“味”が来ます。

次章はいよいよ甘酒です。柚子か、生姜か、それとも今日は香りだけにするか。栄養士さんがそっと支えてくれる「選べる一杯」で、ベッドサイド初詣の締めを、ほっこり仕上げていきます。


第6章…甘酒は福袋方式~柚子も生姜もトロミも安心も一緒に~

書き初めに朱印、正月飾りの授与、短冊は奉納箱へ。ここまで来ると居室の空気はすっかり新年です。けれど、正月の仕上げって、最後はやっぱり「ホッとする一杯」で決まるんですよね。そこで登場するのが甘酒。しかも今回は、ただ配るだけじゃありません。「選べる甘酒」です。

事務長がそっとカップを並べる姿は、もはや正月限定の甘酒職人。理事長が真面目に筆を持っていたさっきまでの空気が、ここで少しだけ緩みます。入居者さんの目が、フッと柔らかくなる瞬間があるんです。温かい飲み物って、それだけで「よく頑張ったね」と言ってくれるみたいな力があります。

「選ぶ」が入ると甘酒は一気にイベントになる

甘酒って、飲むだけならすぐ終わります。でも「どれにしますか?」の一言が入った途端、甘酒が一気にレクリエーションに化けます。柚子の香りを少し足すか、生姜でポカポカ寄りにするか、それとも今日は“香りだけ”楽しむか。言葉が出難い方でも大丈夫です。事務長は迷わず二択を出します。「柚子にします? 生姜にします?」。頷きが出たら決定。頷きが難しければ、香りを近づけて、表情で決める。笑った方が勝ち、みたいなルールで良いんです。

ここで面白いのが、普段は静かな方ほど“味の好み”がはっきりしていること。柚子の香りを嗅いだ瞬間に目が開いて、「それ!」みたいな顔になることがあります。逆に、生姜の香りで咳き込みそうな気配があれば、すっと引く。正装チームが派手に見えても、この場面では動きがとても繊細になります。そういう丁寧さが、イベントの格を上げるんですよね。

栄養士さんがいると「美味しい」が安心に変わる

甘酒の凄いところは、温かくて甘くて、正月っぽくて、しかも話題が広がるところです。でも特養では、飲み物1つにも「安心」が必要です。そこで栄養士さんが付き添う意味が光ります。温度は熱過ぎないように確認し、咽込みやすい方にはトロミを整え、飲み込みの様子を見ながら量も調整する。飲めない方には無理をしない。香りだけでも十分楽しめるようにする。そうやって「楽しさ」と「安全」を同じテーブルに乗せるのが、特養のプロの仕事です。

しかも、栄養士さんがいると雰囲気まで変わります。「この方は今日は少しゆっくりで」「こちらは香りだけが合いそうです」と、さりげなく全体を整えてくれるから、正装チームも安心して“盛り上げ役”に徹することが出来ます。イベントの裏に支える人がいると、表の輝きが増す。まさに、舞台と照明の関係です。

甘酒を一口飲んだ瞬間、入居者さんの肩がすっと落ちることがあります。緊張がほどけたサインみたいに。そこへ事務長が小声で「今年も、いい年にしましょうね」と添える。理事長は頷いて、もう一度だけ名前を呼ぶ。「〇〇さん、今日はお付き合いありがとうございました」。この流れがあるだけで、甘酒はただの飲み物じゃなく“新年の握手”になります。

こうして居室に、書の余韻と朱印の赤と、飾りの福と、甘酒の温度が残ります。正月って、豪華さより「丁寧さ」で勝てるんだな、と実感する瞬間です。次章では、奉納箱の短冊が施設の外へ出発します。締めは神社へ。残す物は居室に、届ける祈りは空へ。動画の最後に相応しい“任務完了”の場面が待っています。


第7章…締めは奉納箱~短冊を神社へ燃やすのは奉納分だけ~

全員を回り終えた頃、廊下の空気はもう「通常運転」に戻りかけています。ナースコールはいつも通り鳴るし、職員はいつも通り動いている。正装チームも、さすがに少しだけ肩が落ちます。けれど、その瞬間にこそ必要なのが“締め”です。イベントって、最後の一手で「良い一日だったね」と記憶に焼きつくので、ここは気持ちよく終わりたい。

そこで登場するのが奉納箱。居室で書いていただいた短冊のうち、奉納用として預かった分だけを箱にまとめ、理事長と事務長が代表して神社へ持っていきます。ここで大事なのは、長い半紙の書き初めは燃やさないこと。あれは居室に残して、入居者さんの一年の旗になるものです。奉納するのは、あくまで“奉納用に預かった短冊”。だから気持ちがスッキリしますし、施設としても丁寧です。

「施設の正月」を外へ届けると任務完了がくっきり見える

神社の境内に着くと、正装チームの背筋がまた伸びます。さっきまで居室で甘酒を配っていた人たちが、急に「式典の人」になる。人間って服で切り替わるんだな、と笑ってしまうのですが、その切り替えがあるからこそ、締めが締めになります。

奉納は派手にする必要はありません。箱をそっと置いて、一礼して、今年の安寧を願う。それだけで十分です。むしろ特養の正月は、声を張らない方が品が出ます。理事長が小さく「皆さんの一年が穏やかでありますように」と言い、事務長が「今年も転ばずにいきましょう」と現実的な願いを添える。ここで撮影隊が思わず頷く顔まで映ったら、それはもう立派な“現場ドキュメンタリー”です。

お焚き上げの場面を締めにするなら、ここも同じで「奉納用の短冊だけ」。炎に入るのは紙だけなのに、見ている側の胸の方がじんわり熱くなる。施設で書いた言葉が、空へ上がっていく。そう思えるだけで、イベントの意味が一本に繋がります。入居者さんの居室には作品が残り、施設の外には祈りが届く。残すものと届けるものを分けたからこそ、どちらも大事に出来るんです。

もちろん、こういう宗教的な要素は人によって距離感が違うので、ここは最初から“希望された方の短冊のみ”にしておくのが安心です。施設の行事として無理に巻き込まない。正装で挨拶するのと同じくらい、価値観への配慮も丁寧にする。そうすると、締めがさらに美しくなります。

神社から帰る車内で、正装チームがポツリと漏らします。「……お腹すいたね」。撮影隊がすかさず「甘酒で綺麗に締めたのに、まだ食べたいんですか」とツッコミ、全員が笑う。こういう“最後の笑い”があると、正月の空気は長持ちします。施設に戻ったら、干していた長い半紙の書き初めを順次掲示して、本当の任務完了。居室に貼られた四字熟語が、通りがかる職員にも効いてくる。「今年もやるか」と、背中を押してくれる。

次はいよいよ、まとめです。紙よりも強く残ったもの――それはきっと、あの日の廊下の空気そのものです。

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まとめ…残ったのは紙より「空気」だった

人手不足のお正月は、どうしても「食事」と「排泄」の二大介護に集中せざるを得ません。これは現場として正しい判断で、むしろ命を守るために必要な姿勢です。けれど同時に、その正しさの影で「生活のめでたさ」が薄れてしまうこともある。今回の特養の試みは、その薄れかけた“正月らしさ”を、飾りや音楽ではなく「名前」と「手」と「一筆」で取り戻したところが肝でした。

理事長と事務長が別ルートで回り、正装チームとして「挨拶を届ける役」に徹したことで、現場チームは安心して二大介護を守れました。役割を分けたから混乱が少なく、正装の力で空気が変わる。さらに硯と筆で本格の書き初めをやり切ることで、入居者さんの記憶の引き出しがフッと開きます。そこに朱印ポンが入ると、紙はただの作品ではなく「今年の始まりの証」になり、正月飾りの授与が加わると、ベッドサイドが小さな初詣のようにまとまっていきました。

そして、タイムラグという現場の悩みさえ味方に出来たのが、今回の強みです。短冊は即掲示で“今の完成”を作り、長い半紙は写真で仮掲示して“見える正月”を確保する。乾いた後に順次掲示することで「さっきのが来た」がもう一度起きて、正月が二回届く。忙しいほど、こういう二段構えの余韻が効きます。最後に甘酒を“選べる一杯”にしたことで、飲むだけの時間が会話に変わり、栄養士さんの支えで安心も一緒に手渡せました。

締めの奉納も、奉納用の短冊だけを神社へ持っていく形にしたからこそ、施設としての丁寧さが残りました。居室には作品が残り、外には祈りが届く。残すものと届けるものを分けたことで、どちらも大事にできたのだと思います。撮影隊が記録した映像は、派手な演出ではなく、名前を呼ぶ声、握る手、墨の香り、赤い朱印、温かい甘酒の湯気――その1つ1つが“特養の正月の本気”として映るはずです。

結局、一番残ったのは紙ではなく、その日の廊下の空気でした。「今日はちゃんと正月だね」と、入居者さんの表情が言ってくれる空気。職員の背中が少しだけ軽くなる空気。正装チームの最後のひと言、「……お腹すいたね」に全員が笑ってしまう空気。あれがあると、年が明けたことが身体に入ります。

来年も同じようにやるなら、難しい工夫はいりません。名前を呼んで、手を握って、1人ずつに“その人の正月”を渡す。特養の正月は、豪華さより丁寧さで勝てる。そんな当たり前を、理事長と事務長が先頭で証明した――それが今回の物語でした。

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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