お正月の学び初めは願掛けから~三日坊主を笑って越える習い事の始め方~
目次
はじめに…新年の「やってみたい」は未来から届く小さなお年玉
お正月の朝は、いつもの朝と少しだけ空気が違います。
台所からお雑煮の湯気が上がり、テレビからにぎやかな声が聞こえ、こたつの中では誰かの足がそっと領土拡大を始めています。平和です。とても平和です。ただただ、コタツの上にみかんの皮だけは増えていきます。
そんなのんびりした時間の中で、ふと心に浮かぶことがあります。
「今年は、何か始めてみようかな」
それは、書き初めでも、日記でも、体操でも、料理でも、楽器でも、文字の練習でも構いません。立派な目標でなくても大丈夫です。むしろ、最初から立派すぎると、心が正座したまま動けなくなります。正月早々、気合いの座布団でしびれるのは避けたいところです。
新年の「やってみたい」は、未来の自分からそっと届く小さなお年玉のようなものです。
お正月は、心機一転(気持ちを新しく切り替えること)しやすい時期です。昨日までの自分を責めるより、明日からの自分に小さな席を用意する方が、ずっと気持ちよく進めます。
習い事というと、教室に通って、道具を揃えて、先生に習って、予定をきっちり組んで……と、つい大掛かりに考えてしまいます。けれど、始まりはもっと軽くて良いのです。ノートを1冊開く。筆ペンで名前を書いてみる。スマートフォンで写真の撮り方を試す。朝に3分だけ体を伸ばす。そんな小さな一歩にも、ちゃんと「始めた」という力があります。
三日坊主になりやすい人ほど、最初の一歩を小さくした方が続きます。スモールステップ(小さく分けて進める方法)で始めれば、失敗しても戻りやすく、気持ちも折れにくくなります。大人の学びに必要なのは、根性だけではありません。続けられる形にしておく知恵も、なかなか頼もしい味方です。
書き初めのように、言葉にしてみるのも良い方法です。紙に書くと、頭の中でフワフワしていた願いが、急に机の上に着地します。「今年は姿勢をよくする」「月に1冊読む」「料理を1品覚える」くらいの、生活に置ける言葉がちょうどいいのです。
有言実行(口にしたことを行動に移すこと)と聞くと、少し背筋が伸びます。でも、誰かに大きく宣言しなくても、自分の中で「ちょっとやってみる」と決めるだけで、日々の景色は変わり始めます。
新しい年のはじまりに、未来の自分へ小さな約束をひとつ置いてみる。それだけで、お正月のゴロゴロ時間も、ただの寝正月ではなく、明日へ繋がる準備時間に変わっていきます。
[広告]第1章…習い事始めは気負わず吉日~願いを形にする小さな一歩~
お正月の気分がまだ部屋の中に残っている頃、人は少しだけ大胆になります。
普段なら「まあ、そのうちね」と棚の上に置いてしまう願いも、新年の空気を吸うと、何故か手に取りたくなるのです。新しい手帳を開く。綺麗なペンを出す。机の上を片づける。ついでに古いレシートの山と目が合う。……はい、そこは見なかったことにしたくなります。人間だもの。
習い事始めに大切なのは、立派な計画を作ることより、「始める形」を1つ作ることです。最初から完璧を目指すと、心が重くなります。ピアノなら初日から名曲を弾こうとしない。料理なら最初から料亭の味を目指さない。運動ならいきなり全身を別人にしようとしない。そんな無茶をすると、体より先にやる気が布団へ帰ります。
始まりは、小さくて良いのです。小さいからこそ、明日も同じ場所に戻ってこられます。
一念発起(ある日ふと思い立って決心すること)は、勢いがあって気持ちの良い言葉です。ただ、その勢いだけで走り出すと、翌日に「昨日の自分、何故あんなに熱かったの?」と冷静な自分が登場します。これも新年あるあるです。昨日の自分が松岡修造さんなら、今日の自分はコタツの番人。温度差で風邪をひきそうです。
だから、願いは大きくても、行動は小さく刻みます。
字を綺麗にしたいなら、まずは名前だけ書く。健康のために動きたいなら、朝に肩を回す。英会話に興味があるなら、挨拶を1つ声に出す。料理を覚えたいなら、味噌汁の具を1つ変える。これくらいなら、生活の隙間に入ります。隙間に入ることは、続きやすいことです。
スケジューリング(予定を無理なく組むこと)も、初めから細かくし過ぎない方が上手くいきます。「毎日30分」と決めて守れないより、「週に2回、5分でもヨシ」と置いておく方が、気持ちが続きます。人は予定に追いかけられると逃げたくなります。カレンダーにまで追われる人生、なかなかの鬼ごっこです。
習い事は、神社の願掛けにも少し似ています。お願いをして終わりではなく、その後に自分の足で一歩進むところに味わいがあります。おみくじで大吉が出ても、布団の中で丸まっているだけでは物語は進みません。善は急げ。思いついたその日に、道具を1つ出すだけでも、運は少しこちらを向きます。
もちろん、道具を揃え過ぎる必要はありません。始める前から専用ノート、専用ペン、専用バッグ、専用ポーチまで買い揃えると、準備だけで達成感が満タンになります。そして肝心の学びは、棚の上で新品のまま冬眠。これもまた、なかなか身に覚えのある景色です。
最初に必要なのは、高価な道具より「置き場所」です。ノートを机に置く。楽器を見える場所に置く。体操用のマットをすぐ出せる場所に置く。やりたいことが目に入ると、心が思い出します。人は忘れる生き物ですが、目に入るものには意外と素直です。
新年の目標も、習い事も、暮らしの中に居場所を作ってあげると続きやすくなります。初志貫徹(最初に決めた思いを最後まで持ち続けること)は立派ですが、最初から最後まで同じ熱量で走る必要はありません。時々は休んで、時々は笑って、また戻ってくれば良いのです。
年の初めに「これをやってみたい」と思えたなら、その気持ちは大切にして良いものです。大きな夢にしなくても、誰かに自慢しなくても、暮らしの片隅でそっと育てるだけで、自分の毎日は少し明るくなります。
第2章…何を習うかよりもどんな自分に会いたいか
習い事を始めようとすると、つい「何を習えば良いかな?」と考えます。
ピアノか、絵か、料理か、英会話か、書道か、体操か。選択肢が多いほど楽しいのですが、その分、頭の中では小さな会議が始まります。「それ役に立つ?」「続く?」「月謝は?」「道具は?」と、心の中の会計係がそろばんを弾き始めるのです。まだ始めてもいないのに、なかなか忙しいものです。
けれど、習い事選びで本当に大切なのは、種目そのものより「その先で、どんな自分に会いたいか」です。
綺麗な字を書けるようになりたい人は、手紙や名前を書くたびに、少し背筋が伸びる自分に会いたいのかもしれません。料理を覚えたい人は、家族や自分に「美味しいね」と言える時間を増やしたいのかもしれません。体を動かしたい人は、階段を上った後に息切れで自分にツッコミを入れ過ぎない暮らしを望んでいるのかもしれません。はい、階段の途中で「今日はこの辺で許してやろう」と言うあの感じです。相手は階段なのに、何故か勝負してしまいます。
習い事は、出来ない自分を責めるためではなく、会いたい自分に少しずつ近づくための道です。
自分の願いを見つめる時間は、自問自答(自分に問いかけ、自分で考えること)に似ています。少し静かで、少し照れくさい時間です。「本当は何に憧れているのかな」と考えると、意外な答えが出てくることもあります。上手になりたいのではなく、人前で慌てたくない。資格が欲しいのではなく、自分に少し自信を持ちたい。趣味を増やしたいのではなく、毎日に楽しみの灯りを置きたい。
その気づきがあると、選び方が変わります。
「流行っているから」ではなく、「今の自分に必要だから」選べるようになります。周りが英会話を始めたから自分も、ではなく、自分が旅先で挨拶を楽しみたいから。誰かがヨガをすすめたからではなく、自分の肩と腰が毎朝ちょっと会議を開いているから。理由が自分の中にあると、学びはグッと暮らしに馴染みます。
これはオシャレにも似ています。人が着て似合う服と、自分が着て心地よい服は、必ずしも同じではありません。習い事も同じで、誰かにとって素敵なものが、自分にピッタリとは限りません。自分の気持ちや暮らしに合うものを選べた時、学びは無理やり頑張るものではなく、自然に手を伸ばしたくなるものになります。
そして、最初の目標は小さくて十分です。料理なら「得意料理を1つ増やす」。字なら「名前を丁寧に書く」。体操なら「朝に背中を伸ばす」。楽器なら「一曲の最初だけ弾けるようになる」。このくらいの目標は、日々の生活に置きやすく、達成したときの喜びもちゃんとあります。
大切なのは、目標を高く掲げ過ぎて、自分を追い詰めないことです。勇往邁進(目標に向かって迷わず進むこと)は立派ですが、日常生活には洗濯も食事も用事も眠気もあります。勢いだけで進む日があっても、ゆっくり歩く日があって良いのです。人間、毎日が主役の最終回みたいな熱量では持ちません。お茶も必要です。
やってみたい気持ちがあるなら、その奥にある「なりたい自分」を少しだけのぞいてみましょう。
そこに見えるのは、今とはまったく別人の姿ではありません。今の自分の延長にいる、少し笑顔の増えた自分です。昨日より少し手際が良い。前より少し落ち着いている。分からないことに出会っても、すぐに諦めずに向き合える。
習い事は、そんな小さな変化を積み重ねる時間です。目立つ成果がなくても、続けた日々はちゃんと自分の中に残ります。新しい年に始める学びは、未来の自分と交わす、やさしい約束なのです。
[広告]第3章…大人の学びは暮らしの装備~趣味も知恵も身を助ける~
大人になってからの習い事は、子どもの頃とは少し景色が違います。
子どもの頃は、ピアノの発表会、そろばんの級、習字の清書など、分かりやすいゴールがありました。けれど大人の学びは、もっと生活に近いところで役に立ちます。買い物、健康、仕事、人づき合い、家族との会話。気づけば「これ、習っておいて助かったな」と思う場面が、日々の中にポツポツ現れます。
スマートフォンの使い方を覚えるだけでも、暮らしは随分と変わります。写真を送れる。予定を忘れにくくなる。離れて暮らす家族と顔を見て話せる。デジタルリテラシー(スマートフォンや情報機器を使いこなす力)は、今の暮らしの中では立派な生活道具です。
もちろん最初は、画面の文字が小さかったり、ボタンがどこにあるのか分からなかったりします。押したつもりが押せていない。戻ったつもりが、何故か知らない画面に旅立っている。スマートフォン、たまに無言で迷路を作ってきます。こちらはただ天気を見たいだけなのに、なかなかの冒険です。
それでも、少しずつ慣れていくと世界が広がります。
大人の学びは、出来ない自分を笑いながら、出来る自分を迎えに行く時間です。
日進月歩(毎日少しずつ進歩すること)という言葉があります。大人の学びにピッタリです。一気に上達しなくても、昨日より1つ分かれば十分です。昨日は開けなかった画面が開けた。昨日は読めなかった説明が少し分かった。昨日は怖かった操作を、今日は落ち着いて試せた。そんな小さな変化が積み重なると、暮らしの足元がしっかりしてきます。
習い事は、趣味だけに限らなくても良いのです。
料理を習えば、食卓が少し楽しくなります。体操を覚えれば、朝の体が動きやすくなります。文章の書き方を学べば、手紙や連絡が伝わりやすくなります。片づけを学べば、探し物で半日を失う悲劇が減ります。あの「確かこの辺に置いたはず」という呪文、唱えすぎると家の中で探検家になります。
リスキリング(仕事や暮らしに合わせて学び直すこと)という考え方も、若い世代だけのものではありません。年齢を重ねた人ほど、これまでの経験と新しい知恵が結びつきやすい面があります。料理の経験がある人は栄養の学びが入りやすく、子育てや介護を経験した人は人の気持ちを読む力が育っています。そこに新しい知識が加わると、ただの勉強ではなく、自分らしい知恵に変わります。
一石二鳥(1つの行動で2つの良い結果を得ること)も、大人の学びにはよく起こります。体操を始めたら体が動きやすくなるだけでなく、気分も軽くなる。料理を覚えたら食費の工夫にもなり、家族の会話も増える。スマートフォンを覚えたら連絡が楽になり、写真の楽しみも増える。1つの学びが、暮らしのあちこちに小さな灯りをつけてくれます。
大人になると「今さら」と言いたくなる日があります。けれど、その言葉は少しもったいないものです。今さらではなく、今だから分かることがあります。若い頃には気づかなかった楽しさ、急がなくても続けられる面白さ、失敗しても笑える余裕。大人の学びには、大人だけの味があります。
習い事は、自分を立派に見せる飾りではありません。暮らしを少し楽にし、心を少し明るくし、明日の自分に渡せる小さな装備です。お正月に始めるなら、なおさら気持ちが良いものです。新しい年の手元に、1つ新しい道具を持つように、学びをそっと加えてみる。そんな始まり方なら、きっと無理なく続いていきます。
第4章…先生・本・動画を味方にする~続く人は入口を軽くする~
習い事を始める時、いきなり立派な教室の門を叩かなくても大丈夫です。
もちろん、良い先生に出会えると学びはグッと楽しくなります。けれど、最初の段階では「本当に自分に合いそうかな?」「続けたい気持ちが育つかな?」と、少し試してみる時間があっても良いのです。いきなり道具一式を揃えて、初日に新品のバッグまで買って、2日目に満足してしまう。あります。とてもあります。準備運動だけで大会を終えた気分になる、あの感じです。
まずは、入口を軽くしてみましょう。
本を1冊めくる。短い動画を1本見る。無料体験に参加する。家族や友人に「これ、ちょっと気になってる」と話してみる。そんな小さな入口からでも、学びは始まります。ハードルを下げることは、手抜きではありません。続きやすい形を作る、大切な工夫です。
学びの入口は、狭くても低くても良いのです。通り抜けた先で、少しずつ広げれば十分です。
独学(自分で学ぶこと)には、自分のペースで進められる良さがあります。忙しい日には5分だけ、元気な日には少し長めに。分からないところで止まっても、誰にも急かされません。お茶を飲みながら、同じページを何度も見ても良いのです。むしろ大人の学びには、その緩さがよく合います。
一方で、先生から学ぶ良さもあります。自分では気づけないクセを見つけてもらえる。上達の順番を示してもらえる。躓いた時に「そこは誰でも通りますよ」と言ってもらえる。これだけで、心のつっかえがふっと取れることがあります。先生は、知識をくれる人であると同時に、迷った時の道案内役にもなります。
オンライン講座(インターネットを使って受ける学習)も、今では暮らしに入りやすい学び方です。外へ出る準備をしなくても、自宅で受けられるのは大きな魅力です。雨の日でも、寒い日でも、髪型が少し寝ぐせ会議中でも大丈夫。画面の向こうは、意外とこちらの生活感に優しいものです。
ただし、情報が多い時代だからこそ、取捨選択(必要なものを選び、不要なものを手放すこと)が大切になります。あれも良さそう、これも楽しそう、と見ているうちに、気づけば学ぶ前に疲れてしまうことがあります。動画を見すぎて、上達した気分だけ先に完成する。これも現代あるあるです。頭の中では達人、手元では未開封。なかなか切ない景色です。
そんな時は、「今の自分に必要な入口はどれか」を1つだけ選びます。
基礎を知りたいなら本。動きを見たいなら動画。自分のクセを直したいなら先生。仲間と続けたいなら教室。生活の中で気軽に試したいなら、短い講座や体験から始める。入口を目的に合わせると、学びは迷路ではなく小道になります。
試行錯誤(試しながら良い方法を探すこと)も、習い事の楽しさの1つです。最初に選んだ方法が合わなくても、失敗ではありません。「この先生の話し方は少し合わないな」「この本は難し過ぎたな」「この動画は楽しいけど進みが早いな」と感じることも、自分に合う学び方を見つける手がかりです。
続く人は、根性だけで続けているわけではありません。自分が戻りやすい場所を作っています。机の上に本を置く。スマートフォンの見やすい場所に学習アプリを置く。教室の日をカレンダーに小さく入れる。先生に聞きたいことをメモしておく。ほんの少しの仕掛けが、明日の自分を助けてくれます。
習い事は、入口を間違えたら終わりではありません。合わなければ変えればいい。重ければ軽くすればいい。一人で難しければ、人の力を借りれば良いのです。
先生も、本も、動画も、あなたを急かすためにあるのではありません。新しい自分へ向かう道を、少し歩きやすくするための味方です。お正月の小さな決意に、ちょうどいい入口を1つ添えてあげる。そこから、学びの時間は静かに動き出します。
[広告]まとめ…始めた日が吉日~今年の自分と小さく約束しよう~
習い事は、人生を急に別物へ変える大きな出来事ではありません。
朝の机にノートを置く。気になる本を開く。先生の話を聞いてみる。動画を見ながら手を動かす。昨日より少しだけ姿勢を正す。そんな小さな行動が、気づけば暮らしの中に新しい道を作ってくれます。
お正月は、気持ちを立て直しやすい時期です。こたつの誘惑も、お餅の幸福感も、だらだら時間の吸引力もなかなか手強いものですが、その中で「何か始めてみようかな」と思えたなら、それは大切な合図です。やる気が燃え上がる日だけを待っていると、年賀状より先に春が来ます。人間、待機姿勢だけは上達しがちです。
始める力は、立派な決意よりも、今日できる小さな行動の中にあります。
七転八起(何度失敗しても立ち上がること)という言葉があります。習い事にも、正にこの気持ちが合います。三日続いて一日休む。忘れていたけれど、また戻る。上手くいかなくて笑う。少しできて嬉しくなる。そういう行ったり来たりも、ちゃんとした学びの一部です。
大人の習い事は、誰かに褒められるためだけのものではありません。自分の毎日を少し楽しくするため、暮らしの中に出来ることを増やすため、明日の自分が困らないように小さな道具を渡すための時間です。リカレント教育(人生の途中で学び直す考え方)という言葉もありますが、難しく考えなくて大丈夫です。自分に合う速さで、学び直せば良いのです。
年の初めに立てた願いは、途中で形が変わっても構いません。料理を始めた人が食器に興味を持つ。体操を始めた人が散歩を好きになる。字の練習を始めた人が手紙を書きたくなる。入口は1つでも、広がる景色は人それぞれです。
今年の自分に、1つだけ小さな約束をしてみましょう。
大きな声で宣言しなくても、静かに始めれば十分です。ノートの最初の1行、朝の3分、気になった教室の体験、読みかけの本の1ページ。そのどれもが、新しい自分へ向かう立派な一歩です。
お正月の学び初めは、特別な才能を持つ人だけのものではありません。昨日までの自分に「お疲れ様」と言い、明日からの自分に「少し行ってみようか」と声をかける、やさしい始まりです。
始めた日が吉日。その小さな一歩が、今年の暮らしに明るい足音を連れてきてくれます。
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