大晦日の除夜の鐘を味わう夜~108の音が繋ぐ年越し物語~

[ 12月の記事 ]

はじめに…年を送る1つの音を改めて聞いてみる

大晦日の夜、どこからともなく「ゴーン…」と響いてくるあの音を聞くと、「ああ、今年もここまで来たなぁ」とシミジミしますよね。テレビを点けたままお茶を飲んでいても、仕事先から帰る途中でも、介護の夜勤をしていても、あの音だけは時間をゆっくりにしてくれる、不思議な力があります。

除夜の鐘はよく「煩悩を消す」と言われますが、実はお寺によって回数も意味付けも少しずつ違っていたりします。それでも昔から変わらないのは、「新しい年を綺麗な心で迎えましょう」という願いが、その音に込められていることです。鐘の音は、過ぎた1年を静かにたたみ、新しい1年のために心のお掃除をする合図のようなものなんですね。

そして日本のお正月は、元々「神様をお迎えする準備」の時間でもありました。家を清め、食べ物を整え、人の心も整えてから新年を迎える。その入口にあるのが大晦日の夜であり、除夜の鐘です。だからこそ「ただの音」ではなく「年を跨ぐ儀式」として、大切にされてきたのでしょう。

この記事では、どうして大晦日に鐘を突くのか、なぜ「108」という数が語られるのか、そして私たちが今の暮らしの中でどう取り入れられるのかを、昔話に寄り添う形でやさしく整理していきます。施設で働く方や、ご家族と一緒に季節の行事を楽しみたい方にもそのまま使っていただけるよう、現代の場面に合わせたヒントも交えます。

さあ、今年の最後の夜に聞こえてくるあの音を、少しだけ深く味わってみましょう。

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第1章…どうして大晦日に鐘をつくのか~年を清めて神様を迎える準備~

大晦日の夜に鐘をつくという風習は、「年の締め括りをはっきりさせるための音」として日本に根付いてきました。昔の人は、年が変わるということを今よりもずっと大きな区切りとして考えていました。1年の間に溜まった心配ごとや失敗、つい口にしてしまった愚痴や恨みごと、そういったものをそのまま次の年に持ち越すのは良くない、と考えたのです。だからこそ、年が変わる前に一度綺麗にしておきたい。そこでお寺の鐘が鳴らされるようになりました。

元々、お正月は「歳神様をお迎えする行事」として位置付けられていました。新しい年の恵や、家族の健康を運んでくる存在として、目には見えませんがとても大事にされてきた神様です。その神様に来ていただくためには、家も人の心も清めておくことが礼儀です。門松やしめ縄で家を整え、台所を片付け、身嗜みを整えるのと同じように、心を整える役目を持っているのが除夜の鐘というわけです。

さらに、鐘の音は「こちらにどうぞ」という合図でもあります。夜の空気の中で遠くまで届く鐘の音は、神様やご先祖様に場所を知らせる目印にもなると考えられてきました。最後の1回だけを年が明けてからつくお寺があるのは、その1回を特に大切な1打として捧げるからです。12月31日のうちに人の煩わしさを落としておき、1月1日になってから清らかな音を神様に捧げる。そんな順番で年を跨ぐと、とても筋の通った美しい行事になります。

もちろん、全てのお寺がまったく同じ決まりで行っているわけではありません。地域によっては人が集まる時間に合わせて鐘をつく回数を変えたり、観光で訪れた人も交代でつけるようにしているところもあります。それでも根っこにあるのは「1年の終わりに音で区切る」「心と場を清める」「新年を迎える支度を整える」という三つの考え方です。どれも日本人が昔から大切にしてきた年越しのリズムとぴったりと重なっています。

静かに耳をすませると、ただの金属音ではないと分かります。ゆっくりと消えていく余韻が、1年間の慌ただしさやザワザワを一緒に沈めてくれるように感じるのです。自宅でテレビ越しに聞く時も、お寺に足を運んで自分の手でつく時も、「ああ、ここで一端、今年も終わりだ」と心の中で言ってみると、除夜の鐘が本来もっている意味がスッと入ってきますよ。


第2章…108という数に潜むいくつもの説~煩悩・暦・お寺ごとの数え方~

除夜の鐘といえば「108回つくもの」と思っている方が多いと思います。ところが実際には、全国のお寺が必ず108回にしているわけではありません。人が多くて希望者が並ぶ地域では200回以上たたくところもありますし、逆に小さなお寺では静かに数を減らしているところもあります。それでも「108」という数字が一番よく知られているのは、この数に日本人の感覚に合った説明がいくつか重なっているからです。

もっとも有名なのは「人には煩悩が108あるから、その分を打ち消すように鐘をつく」という説ですね。煩悩というと難しく聞こえますが、要するに心を曇らせるあれこれのことです。羨ましい、悔しい、怖い、面倒くさい、楽をしたい、好きな人にかまってほしい……そういう、放っておくと自分を振り回してしまう感情をまとめて指しています。人間なら誰でも出てくるものなので、本来は「あるからダメ」なのではなく「あることをちゃんと分かっておく」が大事なのですが、大晦日の鐘はそれをいったん静めて新年を迎えるという、年に一度のリセットの役目をしてくれます。

では、どうして煩悩が108なのか。ここにはいくつかの数え方があります。1つは仏教の考え方で、人が外の世界を感じ取る働きを「六根」として6つに分けるところから始まります。すなわち「眼・耳・鼻・舌・身・意」の6つです。これに「好き・嫌い・どちらでもない」という3つの感じ方をかけ合わせ、さらに「今・過去・未来」という時間の幅を重ねると、6×3×2×3……と増えていき、結果として108という数に落ち着く、という説明です。細かいところは宗派によって違いますが、「人の心はこれくらいあれこれと揺れるものだ」という実感のこもった数字といえます。

もう1つよく語られるのは、1年の巡りを数字で示した説です。1年にある月が12、季節を細かく分けた二十四節気が24、日本の暮らしをさらにこまかくとらえた七十二候が72。これらを足すと12+24+72=108になります。つまり「1年の時間そのものを打ち鳴らして締めくくる」という考え方です。この説はとくに、日本の年中行事や季節の行事を大事にしている人にはとても分かりやすいでしょう。1年間に積み重なった日々を鐘で数え、音でたたみ、次の年に橋をかけるようなイメージです。

さらに言えば、お寺によっては「地域の人が全員つけるように数を増やしている」「最後の1回を年が明けてからつくため、敢えて回数を変えている」といった事情もあります。ですから「108じゃないと意味がない」というより、「108という目安に込められてきた願いをどう引き継ぐか」が大切なのだと考えておくとよいでしょう。

鐘を聞く側としては、何回ついたかを数えるよりも、1つ1つの音がゆっくり遠ざかっていくのを感じる方が心に残ります。もし外出してお寺でつく機会があったら、「これは自分の中の〇〇を静める音」と心の中でそっと決めて打ってみてください。108という大きな数字の中に、自分だけのひと打ちを1つ入れるような気持ちになれて、年の変わり目がグッと身近になりますよ。


第3章…鐘の音が運んでくる祈りと意味~手放したいことを音に載せる~

大晦日の夜に鳴る鐘は、ただ「回数をつく」ためのものではありません。ひと打ちごとに余韻が長く残るのは、あの音にこちらの心を乗せやすいように出来ているからだと考えると、とても納得がいきます。慌ただしく過ぎた1年には、言えなかった一言や、小さな後悔、体の不調、家族への心配など、形にならない思いが必ず残りますよね。それらをそのまま抱えたまま新しい年に進むと、心の中にしこりが増えていきます。だからこそ「この音でひと区切り」としておくと、気持ちが前に向きやすくなるのです。

鐘の音は、ゆっくりと広がりながら消えていきます。この「消えていく」というところが大事で、私たちは自然と「さっきまであった音がなくなる=さっきまで抱えていたものも手放していい」という連想をします。仏教の教えの中でも、人の心はとどめておくと苦しくなる、と説かれていますが、その考え方に寄り添うように鳴らされるのが除夜の鐘です。怒りや妬みのようにハッキリしたものだけでなく、「上手くいかなかったなぁ」「今年もここまでは来たなぁ」といった、名前のつけにくい気分まで一緒に沈めてくれるのが、あの低くて深い音色なのです。

音に気持ちを重ねると儀式になる

同じ鐘の音でも、「ああ鳴ってるな」と聞き流すのと、「これは今年をたたむ音」として聞くのでは、心に残るものが違ってきます。例えばひと打ち鳴るたびに「これは仕事の疲れを置いていく音」「これは家族に心配をかけたことを詫びる音」「これは自分を許す音」と、勝手にテーマをつけても構いません。そうすると他人がついた鐘でも、自分の年越しのための鐘に変わります。お寺まで行けない方や、夜勤で出られない介護職の方でも、自宅で流れる音を聞きながら心の中で同じことが出来ます。

また、鐘は「新しく迎えたいもの」を呼ぶ音でもあります。何かを手放すだけでは空っぽになってしまいますが、そこに「来年は穏やかに」「家族みんな元気に」「利用者さんが笑って過ごせるように」といった願いをそっと添えると、音がその願いを運んでくれるような感覚になります。昔の人が「神様をお迎えする音」と考えたのも、こうした“呼び寄せる力”を感じていたからでしょう。

年越し行事との繋がり

おもしろいことに、同じ大晦日の中には、年越しそばを食べる、掃除を終える、年賀状を書き終える、といった「終わらせる」「繋ぐ」行動がいくつも並んでいます。除夜の鐘はその中でも一番象徴的で、しかも誰が聞いても同じ音なので、地域や家族が一緒に時間を共有しやすいのです。高齢者施設などでも、実際のお寺までは行けなくても、除夜の鐘の時間帯に合わせて照明を落としたり、テレビの音を皆で聞いたりするだけで、その場が一気に「年を送る空気」になります。夜勤の職員さんの声掛け1つで、そこにいる人の1年をやさしく包む時間に出来るのが、この行事の魅力です。

こうして見ていくと、除夜の鐘は「悪いものを追い払うためだけの音」ではありません。過ぎた時間を労い、心の中の荷物を少し軽くし、次の年に入るための階段を一段作ってくれる音です。だからこそ、普段は何となく聞いている方も、今年はほんの数十秒だけ手を止めて、ゆっくりと余韻が消えるのを味わってみてください。音が消えるその瞬間、新しい年の空気がスッと差し込んでくるのが分かると思いますよ。


第4章…今時の年越しに取り入れる除夜の鐘~お寺・おうち・高齢者施設での工夫~

昔は「除夜の鐘といえばお寺に行って寒空の下で並ぶ」という形が定番でしたが、今は暮らし方が本当に多様になりました。夜勤のあるお仕事の方、小さなお子さんがいるご家庭、介護が必要な家族と暮らしている方、そして高齢者施設で年を越す方――それぞれの場面で無理なく取り入れられる形にアレンジした方が、行事として長く続きます。ここでは場所別に、ふんわりとしたやり方のヒントをまとめておきますね。

まずお寺に足を運べる方は、やはり実際の鐘を体で感じるのが一番です。冬の夜気の中で聞く鐘は、テレビ越しとは響き方が違います。お寺によっては「どなたでもどうぞ」と順番に撞かせてくれるところもありますから、列に並ぶ間に「今年はここまでよく来たな」と静かに振り返ってみてください。最後の1打だけを年明けに鳴らすお寺なら、その瞬間に合わせて合掌するのも良いですね。家では味わえない“場の空気”ごと受け取れるのが、お寺参りの良さです。

一方で、出かけるのが難しい場合は、お家の中で「鐘を聞く時間」を作るだけでも十分に雰囲気が出ます。テレビ番組の音でも構いませんし、録音された音源でも構いません。大事なのは、その時間だけは少し照明を落として、年越し蕎麦やお茶の手を止め、音が消えるまで耳を傾けることです。そうすると、普段のリビングがほんの数分だけ“年送りの間”に変わります。小学生くらいのお子さんには「これは1年間の嫌だったことをサヨナラする音なんだよ」と一言添えると、家族行事として記憶に残りやすくなりますよ。

高齢者施設やグループホームのように、大晦日の夜に大勢で外に出るのが難しいところでは、時間を少し前倒しして夕食後に「年送りの会」を開く方法も考えられます。テレビで流れている鐘の音に合わせて黙祷する、1年の思い出を一言ずつ話してもらう、温めのお茶や甘酒を配る――これだけでも、入居者さんにとっては「今年もきちんと年を越せた」という安心感に繋がります。本物の鐘がなくても、職員さんが用意した大きめの鈴や和太鼓で代用して、最後に1回だけゆっくり鳴らすと、場が綺麗に締まります。

夜勤の介護職や看護職の方自身も、本当は年越しを感じる時間が欲しいところですよね。そんな時は、0時ちょうどに拘らず、落ち着いたタイミングでナースステーションや事務所に小さく音を流すだけでも心が整います。「この音で古い年をたたみます。お疲れ様でした。どうぞ良いお年を。」と声を添えれば、スタッフ同士の労いにもなります。行事は時間がピッタリでなくても、気持ちが向いていれば立派な行事です。

このようにして今の暮らしに合わせていくと、除夜の鐘は「聞ける人だけが味わうもの」から「皆で分け合える音」に変わります。音を中心に場を整えるだけで、人は自然と1年を振り返り、次の年を歓迎する姿勢になりますから、どうぞご自分やご家族、そして利用者さんの体調や生活リズムに合わせて、無理のない形に仕立ててみてください。大切なのは回数でも形式でもなく、「この音で年を送った」という満足感なのです。

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まとめ…新しい年への扉をそっと開くために

大晦日の夜に響く除夜の鐘は、昔から「1年をここで終わらせて、明日から新しく始めるための合図」として大事にされてきました。お寺に行って実際に鐘をつく場合でも、自宅でテレビから流れる音を聞く場合でも、その根っこの思いは同じです。溜まってしまった心のホコリをそっと落とし、新しい年の神様を気持ち良くお迎えする――そのために鳴らす音なのだ、と思っていただければ十分です。

「108」という数字についても、煩悩の数としての説、1年の巡りを表す説、お寺ごとの工夫など、いくつも伝えられてきたお話がありましたね。どれか1つが絶対というよりも、「人はこれくらいあれこれ考えながら生きているものだから、年に1度は静めておこう」という先人の知恵が形になったものだと捉えると、グッと身近になります。音が消えるたびに「これはもう手放していい」と思えるのは、日本人の感性にとても合った年越しの仕方だと思います。

そして現代では、家族の形や働き方が変わって、0時きっかりにお寺へ行けない人も増えました。それでも、少し照明を落として音に耳をすますだけで、場の空気はちゃんと大晦日になります。高齢者施設でも、夕方のうちに「年送りの時間」を作ってあげると、利用者さんの中にあった過去の記憶と今の生活が重なって、穏やかな表情が見られることが多いです。行事は、その人の体調や暮らしに合わせて柔らかく運用してこそ続きます。

1年間頑張った自分や周りの人を労いながら、「よくここまで来たね」「明日からもよろしくね」と心の中で声を掛ける。除夜の鐘は、そんな小さな対話を後押ししてくれる日本らしい文化です。どうぞ今年の年末も、1つ音を聞くだけの短い時間を用意して、心の中を軽くしてから新年をお迎えくださいね。

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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