夫の尿管結石~退院後に始まるトイレ無限ループ半年戦記~

[ 家族の四季と作法 ]

はじめに…2泊3日のはずが何故か“半年コース”になった件

尿管結石って、入院して手術して「はい終了!」……のはずが、我が家では何故か“退院してからが本番”になりました。2泊3日の入院を終えた夫は、晴れて社会復帰――の予定だったのに、現実は「トイレが近い」という一言では足りないレベルの“膀胱ざわざわ期”へ突入。通勤という名の耐久イベント、外回りという名のトイレラリー、そして心の中で密かに芽生える「もう病院行きたくない」気持ち……。これが、気づけば半年スケールで続くのだから、人生って油断できません。

しかも夫、職業はケアマネ。人の生活を整えるプロなのに、自分の体は割りと豪快に放置しがちです。痛みの記憶が鮮やか過ぎて病院が遠のく一方、仕事の責任感が強過ぎて無理をしてしまう。その結果、家庭内では「行け」「行かぬ」「でも水は飲む」という、謎の三つ巴が発生しました。頑固さって、時々、石より硬いんですよね……。

この第3弾では、退院後の“地味だけどキツい日常”を、笑いも混ぜつつ正直にまとめます。通勤や仕事の現実、カテーテルや排石のストレス、そして「完治って何?」と首をかしげたくなるモヤモヤまで。読んだ後に、同じ立場の人が「自分だけじゃない」と少し肩の力が抜けて、次の一手(受診の考え方や生活の立て直し)を落ち着いて選べるような内容を目指します。

なお、医療の話は体質や状況で大きく変わります。もし強い痛み、発熱、尿が出にくい、血尿が続くなど「これは危ないかも」というサインがある時は、迷わず医療機関に相談してください。笑って読める部分は笑いながら、危険なところはちゃんと安全第一でいきましょう。こちらは“夫の珍しく真面目な反省録”としてお届けします。

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第1章…退院後に通勤を再開したら「30分おきのトイレ会議」が始まった

退院した直後の夫は、一応は笑顔でした。顔だけは。「もう痛みの山は越えた!」という達成感もあったと思います。ところが現実は、家の玄関を出た瞬間から始まる第2シーズン。そう、尿管結石は“退院後に続編が始まるタイプ”だったのです。

手術で砕いた石は、そこで消えるわけじゃありません。砕けた小石たちは、体の中で「では私はこれから下界へ旅立ちます」とでも言うように、少しずつ尿の流れに乗って降りていきます。これが厄介で、鋭利な欠片がチクチク刺激になったり、膀胱の中で舞うように残ったりして、本人曰く「ずっと落ち着かない」。痛みとしては手術前の激痛ほどではないけれど、チクチクが地味にきつい。しかも、我慢が効かない。尿意が来たら強い。来たと思ったら、もう急いで行きたい。なのに、行っても出ない日もある。何それ、理不尽過ぎる。

退院後、夫は数日間会社を休みました。正直それが正解だったと思います。仕事がどうこう以前に、通勤そのものが修行でした。歩く、揺れる、座る、立つ、また揺れる。そのたびに膀胱が「今です!」と鳴らしてくる。トイレの場所を把握していない電車やバスって、急に“未知のダンジョン”になりますよね。夫は普段、出勤前に財布とスマホしか気にしないタイプなのに、この時期だけは違いました。家を出る直前、忘れ物チェックが変わります。「鍵、スマホ、財布……トイレ、トイレ、トイレ……」。心の中にトイレが3回出てくるのがポイントです。

そして最大の難所が、会社に着いてから。トイレに行く回数が常識の範囲を超えます。30分おき、ひどい時は「行ったばかり」なのに行きたくなる。出ないのに行く。行って座って、ため息ついて出てくる。これは本人の精神力が弱いとかではなくて、刺激や違和感で“反射が過敏”になることがあるらしく、体が勝手に焦らせてくるのだそうです。人間の身体って、真面目な顔で変なことをします。

問題は、ここで出てくる「念のため」の選択肢です。夫がボソッと言ったんですよ。「……おむつして行くか」。いやいやいや、そこは軽く言うとこじゃない。しかも夏場。汗と尿意と不安が混ざると、おむつはしてもしなくても別の意味で大変です。失禁していなくても汗で膨らむ。本人は「見た目が気になる」と言うし、こまめな交換も必要になる。交換したものの処理だって簡単じゃない。家庭には家庭のゴミ箱、職場には職場の事情。ここに“羞恥心”という名の上級ボスも登場します。夫の職場は女性が多い。本人の気持ちは想像に難くありません。頑固な夫が小さくなっている時点で、これは相当きつい。

それでも数日経つと、夫は「行かないといけない」と会社に戻りました。痛いから休む、ではなく、休めば休むほど仕事が積み上がるのが分かっているからです。ここで夫のケアマネ魂が顔を出します。責任感って、便利なようで時に人を追い詰める。身体は「休め」と言い、仕事は「来い」と言う。板挟みの真ん中にいるのが本人で、外から見る家族は、気持ちだけが先に疲れていくんですよね。

出勤してみたものの、結局この時期の夫は“普通の動き方”ができませんでした。仕事中も尿意が気になって集中しにくい。移動中はトイレの位置が気になって次の予定が組みにくい。何より「急に来るかもしれない」という緊張がずっと続く。座っていれば少しマシ。会議と出張はキャンセル。これ、体の不調というより、精神的な持久戦です。痛みが強い日より、こういう地味な日々の方が心を削ることってあります。

ここで、夫が1つだけ偉かった点があります。水分はなるべく飲むようにしたこと。尿管結石は水分が大事だと聞いていたので、本人なりに努力はしていました。……ただし、水分を飲むとトイレがさらに近くなるという、人生の皮肉セットが付いてきます。「石を流すために飲む」「飲むとトイレが近い」「近いから不安」「不安だからさらにトイレへ」。これ、永久機関みたいに回り始めるんです。エコでも嬉しくない永久機関です。

退院後のこの時期、我が家では合言葉がありました。「痛みがゼロじゃなくても、命に関わるサインは見逃すな」。高熱、寒気、背中の強い痛み、尿が出ない、血尿が強く続く――こういう時は我慢しない。夫が頑固で医者嫌いに傾き始めるほど、家族は逆に冷静に“危険ライン”を共有しておく必要があると痛感しました。頑固な人ほど、自分のことは我慢してしまうので。

こうして夫は、退院後の数日を経て、何とか通勤を再開しました。ですがそれは「回復して元通り」という意味ではなく、「トイレ付きの新しい日常に適応した」という意味でした。人間って、適応だけは得意なんですよね。良くも悪くも。次の章では、この“トイレ付き日常”が仕事現場でどう暴れたか、ケアマネという職業ならではの事情も交えながら、もう少しリアルに書いていきます。


第2章…ケアマネの責任感VS膀胱の反乱(外回りが“トイレ付きツアー”化)

退院して数日、家のトイレと仲良くなり過ぎた夫は、ついに職場へ復帰しました。ここで問題が1つ。夫の仕事はデスクに座って完結するタイプじゃないのです。そう、ケアマネージャー。担当の利用者さんがいて、訪問があって、役所や事業所との連絡があって、締め切りがあって、記録があって、何より「この人が行かないと話が進まない」が多い職種です。

しかもケアマネの仕事って、本人の誠実さだけで回ってるわけじゃない。制度上の決まりがあり、必要な手続きや面談や書類の“順番”があり、それを外すと利用者さんに迷惑が掛かったり、事業所側の運営が苦しくなったりします。夫自身もその重さを知っているからこそ、体調が戻り切らないのに焦る。「休んでも誰かが代わりに出来るでしょ」が通じ難い世界なんですよね。

だから夫は、まだ身体が落ち着かない状態でも外回りに出ました。が、ここで膀胱が大暴れします。利用者さんのお宅へ行く、話を聞く、記録を取る、次へ移動する……という“いつもの流れ”が、全て「トイレを挟む前提の行動」に変わってしまう。普通なら連続で2件回れる距離でも、夫はその間に役所や事業所を挟んでトイレを借りるルートを組み直しました。

ここがね、ケアマネの切なさポイントなんです。相手は利用者さん。こちらの都合だけでバタバタ出来ないし、何ならトイレを借りるにも気を遣う。もちろん「お借りして良いですか」と言えば快く貸してくれる方が多い。でも夫の頭の中は常にこうです。「またトイレ?と思われないか」「長居できない」「急に行きたくなったら失礼になる」。気遣いの職業に、気遣いの追加オプションが付いてくるわけですね。しかも本人は男性。周囲は女性が多い職場で、さらに“デリケートな事情”を抱えている。心の中の羞恥心が、定期的に膨らんで破裂しかけます。

そして、もう1つの現実が「おむつ問題」です。夫は真顔で言いました。「一応、念のために……」。夏場は汗で膨らみやすく、見た目にも気になる。交換のタイミングも悩ましい。持ち歩く予備、捨てる場所、におい対策、手洗いの場所。準備だけで遠足です。本人は石を流したいから水分も飲みたい。でも飲むと近くなる。近くなると不安になる。不安になるとさらに近くなる。はい、永久機関再び。本人は深刻、家族は心配、そして人間の体だけがやけに正直です。

職場の理解は、もちろんありました。休める範囲では休ませてもらえたし、好きに調整もさせてもらえた。けれど、命に関わる病気ではないという扱いになりがちで、周りは基本的に「大変だね」と言いつつ、静観になりやすい。悪意はないけど、“ちょうど良い距離感”で置かれる感じです。夫にとってはそれがありがたくもあり、少し寂しくもあり。何より、休めば有給が消えていく現実が、ジワジワ効いてきます。

ここで夫が地味にダメージを受けていたのが、医師からの言葉でした。例えば「まだその辺で良かったな。心臓付近のカテーテルだったら大変だぞ」みたいなやつ。言いたいことは分かる。励ましのつもりなのも分かる。でも、当事者は今つらいんです。「良かったな」と言われても、つらいものはつらい。しかもトイレ問題で心が削れているところに、追い討ちのように「もっと大変な人もいる」系の比較が来ると、夫の頑固スイッチが少しずつ入っていきます。そう、後の“医者嫌いへの道”の、ほんの小さな芽がこの時期に生えていました。

季節が進み、秋から冬の気配が近づく頃、状況はさらに変わりました。寒さで尿意が強くなる日があるんです。これは体感として分かる人も多いと思いますが、夫の場合は在宅ケアマネなので車の乗り降りで急激な温度変化があって「近い」が加速する。さらに、とうとう失禁も起きてしまい、着替えのズボンを持参するようになりました。ここまで来ると、もう本人のプライドが限界近い。けれど夫は、仕事を止めませんでした。責任感ってすごい。すごいけど、体に対しては容赦がない。

家族としては、ここが本当に悩ましいところでした。「無理しないで」と言うのは簡単。でも、夫が抱えている利用者さんの顔を知っているから、仕事の重みも分かってしまう。だからこそ言い方を工夫しました。「休め」ではなく、「ルートを組み替える」「訪問の間隔を空ける」「短時間で済ませる日を作る」みたいに、現実的に出来る逃げ道を一緒に考える。頑固な人には、正面衝突より迂回路が効きます。石と同じで、押し出すより流す。

この章の結論を一言で言うなら、夫の外回りは“トイレ付きツアー”になりました。本人は笑えないけど、今なら家族は少し笑える。いや、笑わないとやってられない。次の章では、この“半年戦争”の裏側にある治療の流れ、カテーテルの抜去や再手術の提案、そして夫が何故、病院と距離を取り始めたのか――その核心に入っていきます。


第3章…治療の山場は「短時間だから我慢してね」系~抜く・入れる・祈るの三拍子~

退院してからの生活がトイレ中心になっていく一方で、治療そのものはきちんと続いていました。ここから先は、病院での流れがいよいよ“現実味のある言葉”で語られるようになります。夫が今でも忘れられないフレーズがありまして、それが「すぐ終わりますよ」「短時間ですからね」。この言葉、普通は安心材料のはずなのに、尿管結石界隈では逆に身構える合図になります。

何故なら「短時間」というのは、麻酔がない可能性が高いからです。麻酔がないということは、痛みも違和感も、正面から受け止めるしかない。しかも相手は、あの“そこから入れるの?”という場所から入って、細い管を通していく処置です。ここ、経験者じゃないと伝わり難いのですが、痛いというより、怖い。心が先に引きつる。夫は頑固なのに、ここでは妙に素直に青ざめます。人間って、急に謙虚になる瞬間がありますよね。カテーテルの前で。

手術から約2週間後の受診で、まずは手術をしていない側――つまり残っている方の腎臓から膀胱の間へ入っていたカテーテルを抜去することになりました。これがまた、説明としてはあっさりしています。「抜きますねー、すぐ終わりますよー」。終わって欲しいのはこっちの人生の緊張です。

処置自体は短時間で終わるのですが、夫の感想はいつも同じ。「短いけど、短いからこそ逃げ場がない」。しかも抜く時に「一緒に石も出てくれ」と祈りたくなるんです。抜去の刺激で排石が進むこともあると言われると、期待してしまいますよね。夫も完全に“神頼みモード”になっていました。「頼む、出てくれ。ここで終わらせてくれ」。でも現実は甘くなく、その時点では石は出ませんでした。神様、忙しいのは分かるけど、そこは優先順位上げて欲しい。よく模型図とかで腎臓からすっとまっすぐ膀胱にのびるのを想像するかもしれませんが個人差で蛇行も変形もあるのです。石そのものもいろんな形でひっかかるということ。

その後は利尿剤を内服しながら経過観察になりました。つまり「水分をとって、尿を増やして、自然に流していこう作戦」です。言い方は優しい。でも生活は地味にきつい。水分を摂ればトイレが近い。近いから外出が怖い。怖いけど仕事はある。仕事があるから我慢する。我慢すると膀胱が拗ねる。拗ねるとまた近い。……はい、ここでも永久機関です。人間の体って、よく出来てるのか、意地悪なのか、時々わからなくなります。

そして気づけばさらに約2か月が経過しました。季節が変わり、暑さが落ち着き、秋が深くなってくる頃。ここで主治医から“第二幕”の提案が出ます。「もう一度、手術を考えましょうか」。要するに、残っている石は出ていないし、片側はまだ詰まるリスクがある。だから、もう一回やって確実に取ってしまおう、という話です。

ここで夫の頑固スイッチが全開になります。夫は拒否しました。理由はシンプルで、「もう嫌だ」。痛みや処置の怖さ、入院の面倒、通院のストレス。全部ひっくるめて「もう勘弁してくれ」。医師としては理屈で説明してくれます。「放置すると腎臓の機能が落ちていくし、落ちたら戻らない可能性がある」「詰まれば急変することもある」。正論です。正論なのに、心がついていかない。夫は理屈より、記憶の痛みが勝ってしまったタイプでした。

ただ、病院側も放っておけません。次回の診察日を決められて帰ってきました。ここが夫らしいところで、いったんは従うんです。帰り道は黙ってる。家でも黙ってる。数日後、急に電話をかける。予約をキャンセルする。そして主治医とお別れする。頑固って、戦うというより“静かに離脱する”形もあるんだな、と学びました。

この時点で、家族としては心配が増えます。治療をやめたい気持ちも分かる。でも、腎臓の話は怖い。だからこそ私は、この時期に「夫を説得する」のではなく、「夫が現実を受け止められる形に整える」ことを意識しました。例えば、主治医と衝突するくらいなら、別の医師に相談して納得できる説明を聞く。いきなり手術の話を飲めないなら、まずは検査で状況を知る。頑固な人は、押されると固まるけど、自分で選べる形になると動けることがあります。

この章で一番伝えたいのは、治療は「痛みの問題」だけじゃなく、「心の問題」でもあるということです。尿管結石は、体の中に石があるだけなのに、生活の中心がトイレになり、予定の中心が病院になり、心の中心が“怖さ”になっていきます。夫はその怖さに負けた、というより、怖さと折り合いをつける方法が分からなくなったのだと思います。

次の章では、その結果として夫がどういう“落としどころ”を探したのか、そして「半分、終わってないのに終わらせたい」という、人間らしさ全開の展開に入っていきます。ここから、いよいよ“頑固者のセルフ完治宣言”が始まります。


第4章…半分しか終わってないのに終わらせたい夫~医者と別れて“気休め完了”へ~

再手術の提案を断って主治医とお別れした夫は、いったん勝ち誇った顔をしました。本人の中では「自分で決めた=前に進んだ」です。ですが、家族の側からすると、これは“前に進んだ”というより“横にズレた”だけで、問題はそこに置き去りのままです。しかも相手は結石。忘れた頃に戻ってくるタイプのしつこい知り合いです。

夫の言い分はこうでした。「痛みは前ほどじゃないし、仕事は出来てるし、生活は回ってる。だったら、もう良い」。この理屈、気持ちは分かります。人間、ずっと緊張状態でいられない。いつまでも患者でいるのもしんどい。けれど尿管結石が厄介なのは、“痛くない=安全”とは限らない点なんですよね。詰まっている側の腎臓は、静かに機嫌を損ねていくことがある。しかも腎臓は、胃腸みたいに「ちょっと休めば回復!」とはいかない臓器です。

腎臓の怖さは「沈黙する」こと

腎臓って、ものすごく働き者なのに、文句を言わない臓器です。多少のダメージがあっても、残りの力でカバーしてしまう。だから本人は気づき難い。けれど詰まりが続けば、腎臓はジワジワ弱っていきます。そして一度落ちた機能、詰まって腫れた腎臓は、元にまで縮み戻り難い。ここが怖い。体の中で静かに進むので、痛みが落ち着いた時ほど油断しやすいのです。

夫にこの話をすると、反応は決まっていました。「分かってる」。分かってるけど、行きたくない。つまり“知ってる”と“動ける”は別問題。ここで夫の頑固さが、石より硬くなるわけです。

「じゃあ別の先生に行く」という頑固者の折り合い術

夫は仕事柄、医師と知り合いが多い。そこが一般の方とは少し違うところで、夫は「別の泌尿器科の医師に相談する」という選択を取りました。これは決して悪いことではなく、むしろ“セカンドオピニオン的な行動”としては自然です。問題は、目的が少しズレていたことでした。

夫が求めていたのは「今の主治医と同じ結論」ではなく、「もう通わなくて良い理由」でした。そう、欲しいのは医学的な正しさというより、心が落ち着く一言。人間って疲れてる時ほど、正しい答えより“終わらせる答え”が欲しくなるんですよね。

相談先で行ったのは主に超音波での確認でした。もちろん超音波にも価値はあります。負担が少ないし、その場で見えるし、異常が大きければ分かる。でも、細かい石や位置、詰まり具合の評価では、CTの方が情報量が多いことが多い。ここで夫は理解していました。「精度が違う」と。理解しているのに、「大丈夫っぽい」を採用した。つまり、ここで夫は“気休め完了宣言”を出したのです。

家族としては、複雑でした。正直に言えば「それで良いのか?」と思う。でも同時に、「今はそれが夫の限界なんだろうな」とも思う。痛みや処置の恐怖が強過ぎると、人は合理的な判断が出来なくなることがあります。夫は弱いわけじゃない。ただ、怖いものは怖い。それを認めたくないから、頑固という形で踏ん張っていたのだと思います。

「通院をやめる」より危ないのは「一切考えない」こと

この頃の夫は、受診から距離を取りながらも、最低限の自己管理へ意識が向き始めました。水分を意識してとる、冷えを避ける、運動を増やす、食事を整える。本人なりに「やれることをやる」方向へ舵を切ったのです。ここは評価できる点でした。やる気ゼロで放置するより、ずっとましです。

ただし、ここで大事なのは“生活改善は万能ではない”ということ。生活を整えても、石があるならゼロにはならない。詰まりが起きれば急に状況が変わることもある。だから本当は「完全に病院を断つ」ではなく、「緊急サインだけは絶対に見逃さない」ことが大切になります。夫のように医者嫌いが定着し始めると、ちょっとした異変を「きっと大丈夫」で片付けがちなので。

私はこの時期、夫に正論で殴りかかるのをやめました。代わりに、言い方を変えました。「ずっと通え」ではなく、「せめて年に1回、状況確認だけはしよう」「痛みが強い時と熱が出た時は例外なく相談しよう」。頑固な人は“全部やれ”と言うと固まりますが、“これだけは”と言うと意外と守れたりします。石と同じで、押すより流す。しつこいけど、本当にそれです。

こうして夫は、半分終わっていない状態を、心の中では“終わったこと”にしました。医学的にどうかはさておき、本人の精神が保てる形としては、その時点では必要だったのかもしれません。ただ、ここで物語が終わるほど、尿管結石は優しくない。次に来るのは、半年後の夏――「あれ?また?」という、あの嫌な予感の再来です。次の章(まとめ)では、この後の再発の影と、夫がどうやって“医者に行かない生活”へ移っていったのかを、笑いも混ぜつつ締めていきます。

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まとめ…頑固さは結石級~水を飲みつつ今日も自分流で生きていく~

こうして我が家の「尿管結石・退院後編」は、終わったようで終わっていないまま、静かに幕を引きました。夫は再手術を断り、主治医ともお別れし、別の医師の言葉で心を落ち着かせて「一応お終い」という形にしました。医学的にどうか、という話をするとツッコミどころは残りまくるのですが、当事者の心が折れない形を選ぶ、という意味では、あの時の夫には必要な“着地”だったのだと思います。頑固は困るけど、頑固が支えになる瞬間もある。悔しいけど、そんなものです。

その後、半年ほどして夏が来た頃、夫に腹部痛が再来しました。しかも部位が右だったり左だったり、はっきりしない。ここで私の心の中に、あのイヤな字幕が出ます。「はい続編決定!」。入院と手術にかかった費用が頭をよぎり、夫自身も「自分の不摂生のせいだ」と落ち込みました。落ち込んだ結果、何故か病院からさらに遠ざかるという、謎の逆走が始まります。普通は「もう怖いからちゃんと行く」になりそうなところが、夫の場合は「もう嫌だから行かない」になってしまう。頑固者の論理って、時々、数学より難しい。

そしてここから、夫の“医者嫌い定着編”が始まります。本人の言い分も、一応あります。受診すると尿検査がある。支払いの時に「次回は金額が変わる可能性があります」みたいな紙を渡される。検査が増えると、何だか不安が増える。さらに「毎回、癌の検査も入ってる気がする」と勝手に想像して、勝手に怖くなる。怖くなると、行かない理由を脳が一生懸命に作り始める。「ストレスが病気を作るとも言うし?」と、論理の形をした“逃げ道”を組み立てる。はい、これが我が家の夫です。仕事では冷静なのに、プライベートの自分の体になると、急に話がファンタジー寄りになる。ある意味、才能。

ただし救いがあるのは、夫が「じゃあ何もしない」ではなかったことです。受診を避ける代わりに、水分を多めに摂るようになり、運動を増やし、食事を見直し、冷えにも気をつけるようになりました。もちろんそれだけで石が消えるわけではないし、詰まりのリスクをゼロにできるわけでもない。でも、何もしない放置よりは確実に前向きです。頑固な人って、正面から説得すると固まるけれど、自分で選んだ改善策なら意外と続けるんですよね。そこは、ちょっと尊敬しています。ちょっとだけ。

あれから数年が経ち、今年は少なくともトイレの異常な近さは落ち着いている様子です。ただ、水分を多めにとる習慣は続いていて、冷えると近くなるのも相変わらず。夫を見ていて私が今も気になっているのは、処置による刺激が残ったのではないか、という点です。男性の排泄の仕組みは繊細で、普段「出すだけ」で意識しないところに器具が入ると、違和感や過敏さが長く残る人もいると聞きます。もちろん個人差が大きいし、考え過ぎかもしれない。でも、家族ってそういうものです。心配は、たまに理屈を追い越します。

このシリーズで私が一番言いたかったことを、最後にそっと置いておきます。尿管結石は、痛みが出た時そのものも大変ですが、それ以上に“生活が侵食される”のがつらい病気です。トイレの回数、外出の不安、仕事の調整、羞恥心、通院のストレス、検査の怖さ。全部がじわじわ積み重なって、本人の心を削っていく。だからこそ、本人を責めないことが大事だと思いました。「なんで行かないの」と言うより、「怖いんだよね」と言ってあげる方が、次の一歩に繋がることがある。頑固な人ほど、怖さを認めるのが難しいので。

もちろん、危険なサインがある時は別です。強い痛みや発熱、尿が出にくい、血尿が続くなど、放置しない方が良い状況も多々あります。そこだけは、頑固でも何でも関係なく、ちゃんと安全側へ寄せて欲しい。夫にも、今もそれだけは繰り返し伝えています。

そんなわけで今日も我が家では、水を飲む夫と、それを横目に「飲み過ぎてまたトイレ地獄にならない?」と心配する私がいます。夫はたぶん明日も頑固です。でも、頑固なままでも生きていけるように、石と上手に距離を取りながら、家族で“現実的な落としどころ”を探していく。それが、尿管結石と暮らす家の、一番リアルな結末なのかもしれません。

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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