大人の5月は小さな幸せがよく見える~風と光と暮らしのご褒美探し~
はじめに…何もない日ほど、5月はちょっと嬉しい
窓を開けたら、カーテンがフワリ。外から入ってきた風が頬を撫でて、「今日は気持ち良いな」と思う。5月には、そんな何でもない瞬間が少しだけ特別に感じられる日があります。旅行へ出かけたわけでも、ご馳走が並んだわけでもない。それなのに気分が軽くなるのですから、なかなかの働き者です、5月の風。
大人になると、幸せには何か立派な理由が必要な気がしてしまいます。でも実際の暮らしを振り返れば、お茶が美味しかった、洗濯物が気持ちよく乾いた、夕方の空が綺麗だった。それだけで心がほどけることもあります。平穏無事な1日は、派手さこそなくても、ちゃんと嬉しい1日です。
幸せは大きな出来事だけに宿るのではなく、「あ、今ちょっと良いな」と気づいた瞬間にも生まれています。
しかも5月は、風も光も草木の色も、その小さな気づきを見つけやすくしてくれる季節。忙しい日は素通りしてしまっても大丈夫です。「今日の風、良い仕事してるな」くらいで十分。風に給料は払えませんけどね。
そんな小さなご褒美を受け取れると、いつもの1日にも少し余白が生まれます。心機一転と気合いを入れなくても、まずは窓の向こうにある5月を楽しむところから。大人だからこそ分かる、ささやかな幸せが今日も暮らしのすぐ傍にあります。
[広告]第1章…風と光だけで今日は当たり日~五感が喜ぶ5月の朝~
5月の朝、窓を開けた瞬間に「おっ」と思う日があります。冷たさで肩を竦めるほどでもなく、暑さから逃げたくなるほどでもない。部屋に入ってきた風がカーテンをゆっくり持ち上げ、朝の光まで一緒に連れてくる。予定表を見ればいつもの1日なのに、その数秒だけは妙に得をした気分になります。
この季節の楽しさは、何か特別な予定を用意しなくても味わえるところにあります。ベランダで飲むコーヒーも、出勤途中で見上げる青空も、窓辺に落ちる木漏れ日も立派な季節のご馳走です。鳥の声まで聞こえてきたら、気分は悠々自適。現実にはこの後、洗濯物を干したり、ゴミを出したりするわけですが、そこは見なかったことにして30秒くらい主人公になっても罰は当たりません。
人の心は、目に入るものや肌に触れる空気からも気分を受け取ります。新緑の明るさ、やわらかな日差し、爽やかな風。そんな小さな刺激が重なると、何かを達成していなくても「今日は悪くない」と感じやすくなります。5月の朝は、頑張った人だけに届くご褒美ではなく、窓を開けた人から受け取れる小さな幸せです。
折角なら、忙しい朝にも数十秒だけ季節を味わってみたいものです。カーテンを開ける、窓辺に立つ、玄関を出たところで空を見上げる。それだけなら準備も予約もいりません。花鳥風月という言葉がありますが、美しい景色を楽しむために遠出ばかりが必要なわけではなく、家の前の若葉1つでも季節は十分にこちらへ話しかけてきます。
「今日は何も良いことがないな」と思った朝ほど、風を1つ拾ってみる。光が気持ち良ければ、それだけで小さな当たりです。そんな一日一善ならぬ一日一喜が積み重なると、5月はただ通り過ぎる1か月ではなく、暮らしの中で五感を遊ばせる季節になっていきます。
第2章…いい匂いといい空気はタダでした~暮らしのご機嫌を拾う道~
朝、玄関を出たところで、どこからともなく草や花の香りがする。少し歩けば、雨上がりの土や濡れた葉の匂いが混じってくる。5月には「何の香りだろう?」と立ち止まりたくなる瞬間があります。見回しても犯人ならぬ香りの主は見つからない。それでも鼻だけはしっかり季節を捕まえていて、ちょっと得意げです。
香りは目に見えませんが、昔の景色や気持ちを急に連れてくることがあります。嗅覚(匂いを感じ取る感覚)は記憶や感情と結びつきやすく、花や草、食べ物などの香りから懐かしさが浮かぶこともあります。子どもの頃の庭を思い出したり、昔歩いた通学路がフッと頭に現れたりする。四季折々の香りには、写真とは少し違った形で時間を呼び戻す面白さがあります。
家の中にも、ご機嫌の種はあります。晴れた日に外へ干したシーツやタオルを取り込むと、フワッと心地良い匂いがすることがあります。洗濯という立派な家事をしたのですから、「今日の私、なかなかやるじゃない」と自画自賛しても良いでしょう。尤も、その横にはまだ畳んでいない洗濯物の山が待っているかもしれません。はい、幸せと現実は同居できます。
雨の日だって悪役とは限りません。ひと雨過ぎた後、道路や植木がしっとり濡れ、空気まで洗われたように感じる夕方があります。葉についた水滴が光れば、いつもの近所も少しだけ別世界。雨が止んだからと急いで次の用事へ向かわず、ほんの少し外を眺めてみる。そんな悠然自得の時間が、大人の暮らしには意外なくらい似合います。
心地良い香りや空気に気づけた日は、それだけで暮らしの中に小さなご褒美を1つ拾えています。高価なものを買わなくても、予定を詰め込まなくても、深く息を吸って「ああ、気持ち良い」と思えれば十分です。5月の楽しみは、目で見る新緑だけではありません。鼻から入ってくる季節まで味方につければ、いつもの道にも小さな幸せが随分と増えてきます。
[広告]第3章…家にいるのに休日気分~いつもの部屋を小さなご褒美空間へ~
5月の午後は、わざわざ遠くへ出かけなくても少し贅沢です。窓から入る光は明るく、カーテンの隙間から風が通り、お気に入りの飲み物を置いただけで、いつものリビングが妙に居心地よく見えてきます。昨日まで普通に座っていたソファなのに、「この席、なかなか良いじゃないか」と急に評価が上がる。家具からすれば、昨日も同じ場所にいたんですけどね。
そんな日に似合うのは、豪華な予定よりも小さな演出です。冷たい麦茶をグラスに注いで氷を浮かべる。読みかけの本を持って窓辺へ行く。好きな音楽を小さく流しながら、おやつを1つ出してみる。それだけでも気分は優雅閑適。ホテルのラウンジほど立派ではなくても、「今日はここでのんびりしよう」と自分で決めた瞬間から、家は立派な休日の目的地になります。
そして5月には、お昼寝という魅力的な選択肢もあります。風が通る部屋で少し横になり、「10分だけ」と目を閉じたはずが、時計を見ると話が違う。まあ、よくあることです。けれど、目覚めた後にまだ明るい空が見えて、体も気持ちも少し軽くなっていれば、それはそれで良い午後だったと思えます。予定をこなした数だけが、休日の価値ではありません。
大人になるほど、休みの日にも「折角だから何かしなければ」と考えがちです。買い物へ行って、片づけて、用事を済ませて、気づけば休日の方が忙しかったという珍現象まで起こります。そんな日が続くなら、「住めば都」の気持ちで自宅をもう少し楽しんでみるのも悪くありません。いつもの場所でも、光や風、飲み物1つで気分は変わります。
何もしない時間を楽しめるようになると、休日は予定の数ではなく心地良さで満たせるようになります。5月の明るい午後には、そんな自由自在な過ごし方がよく似合います。外へ遊びに行く日も楽しい。でも、家にいながら「今日は良い休日だったな」と思えたなら、それも大人になったから見つけられた、なかなか上等な幸せです。
第4章…ちょっとやってみたいが芽を出す季節~頑張り過ぎない大人の楽しみ方~
5月になると、普段なら見て見ぬフリをしている場所が妙に気になることがあります。本棚の端、机の引き出し、ベランダの空いた鉢。「ちょっと片づけようかな」「何か植えてみようかな」と、頼んでもいないのに小さなやる気が顔を出す。春から続いてきた慌ただしさが少し落ち着き、体も気持ちも新しい暮らしに馴染んでくる頃だからこそ、自分の方へ目を向ける余裕も生まれやすいのでしょう。
そんな気分になった時、壮大な計画はいりません。本を1冊読み始める、机の引き出しを1段だけ片づける、近所を少し長めに歩く。ベランダに小さな植物を置くのも楽しそうです。初志貫徹と構えた瞬間に、「毎日続けなければ」と宿題化してしまうのが大人の困ったところ。折角、始めた趣味なのに、気づけば自分で出席簿をつけ始める……誰も欠席扱いにはしませんので、もう少し気楽で大丈夫です。
始めることの面白さは、立派な成果より「昨日と少し違う自分」に出会えることにもあります。いつも通らない道を歩けば知らない店を見つけるかもしれませんし、眠っていた本を開けば昔とは違う感想を持つかもしれません。小さな鉢から芽が出ただけでも嬉しい。何歳になっても、初めてや久しぶりには心を動かす力があります。
そして、始めたものが続かなかったとしても、それを失敗にする必要はありません。3日だけ朝に体を動かした、1週間だけ日記を書いた、途中まで本を読んだ。それでも3日前の自分にはなかった時間を楽しんだのですから、収穫はちゃんと残っています。自由闊達に試して、合わなければ休む。気に入れば続ける。そのくらいの柔らかさが、大人の遊びにはよく似合います。
5月の「ちょっとやってみたい」は、人生を変える宣言ではなく、今日を少し面白くする合図くらいでちょうど良いのです。やる気満々の日には一歩進み、気が乗らない日は風に当たって終了。それでも十分です。新緑が昨日より少しずつ葉を広げるように、自分の楽しみも少しずつ増えていけば、いつもの暮らしにはまだまだ知らない面白さが残っています。
[広告]まとめ…幸せは遠くに探しに行かなくても気づいた分だけ増えていく
5月の幸せは、随分と控えめです。窓から入る風、朝の光、草花の香り、よく乾いた洗濯物、午後に飲む冷たいお茶。どれも拍手が起こるような出来事ではないのに、「今日はちょっと良かったな」と思わせてくれます。平穏無事に過ぎた1日の中にも、気持ちを軽くするものはちゃんと潜んでいるのでしょう。
大人になると、楽しいことにも予定や理由を求めがちです。「折角の休日だから出かけよう」「何か有意義なことをしよう」と考えているうちに、休むことまで予定表に追い立てられてしまう。それなら5月くらいは、風が気持ち良ければ立ち止まり、おやつが美味しければ喜び、少し眠くなったらのんびりする。そんな自然体の過ごし方があっても良さそうです。
もちろん、毎日ご機嫌でいられるわけではありません。新しい環境に疲れたり、気温の変化に体がついていかなかったり、「今日は何もしたくない」という日だってあります。それでも百花繚乱の季節は、こちらの調子とは関係なく花を咲かせ、葉を広げ、風を送ってくれます。元気な日は楽しみ、疲れた日は眺めるだけ。それくらいの距離で季節と付き合えば十分です。
「灯台下暗し」と言いますが、幸せも遠くばかり探していると、足元にあるものを見落としてしまうのかもしれません。今日の暮らしの中に1つでも「これ、好きだな」が見つかったなら、その日はもう少し良い日に変わっています。幸せを大きく育てるより、小さな幸せに気づける自分でいること。その積み重ねが、何気ない毎日を少しずつ豊かにしてくれるのでしょう。
5月が終われば、雨の季節が来て、その先には夏が待っています。季節はどんどん進みますが、心地良いものを見つける感覚まで置いていく必要はありません。風の代わりに雨音を楽しんでも良いし、冷たい飲み物や夕暮れの空に喜んでも良い。5月にもらった小さなご機嫌をポケットに1つ入れて、次の季節へ歩いていきましょう。
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