特養の談話室が“卒業式”になった日〜手放せない小物と人生のクセが大行進する3月〜

[ 3月の記事 ]

はじめに…談話室の「卒業できない宣言」開幕〜今日だけは全員が主役です〜

3月って、不思議な季節です。外は卒業式で花束が揺れて、ニュースは別れと新生活の話ばかりなのに、特養の談話室では今日もいつも通り、湯のみが並び、膝掛けが静かに王座に座り、リモコンが誰かの手の中でそっと国家権力を握っています。

そんなある日、面会に来た若い家族がポロッと言いました。「卒業式かぁ。手放せないものって、あるよね」。そのひと言に反応したのは、若者ではなく、人生のベテランたちでした。談話室の空気が一瞬だけ、卒業式の体育館みたいにピンとするんです。誰かが小さく頷き、誰かがすぐに笑い、誰かが「待ってました」とばかりに身を乗り出す。

「卒業できないもの? あるよ。そりゃあるよ」
そうして始まったのが、名付けて――談話室・卒業できない宣言祭り。

でもここが面白いところで、話題がいきなり「立派な思い出」や「感動の教訓」にはならないんです。出てくるのは、やたら現実的で、やたら小さい。指サック、輪ゴム、極細の油性ペン、片方だけのイヤホン、空っぽの万年筆ケース、将棋の駒が一枚だけ……。聞いてるこっちは「それ、そんなに大事なの?」って思うのに、本人は胸を張って言います。「それがあるから、今日も自分なんだよ」と。

しかも談話室には老若男女が混ざっています。利用者さん、職員さん、ボランティアの学生、面会の家族、たまたま通りかかった理事長さん、そして絶対に通りかかってはいけないのに通りかかる事務長さん。世代が違うと「手放せない」の種類が違う。そのズレが笑いを呼び、ズレたままちゃんと温かく着地するのが、談話室の凄いところです。

このお話は、そんな3月の談話室で起きた「小物の大行進」を、4つの分類でたっぷり味わう物語です。体を守る相棒、心を守るお守り、段取りを守る自分ルール、そしてキャラが立ち過ぎて本人の人生がバレる逸品たち。どれも「卒業できない」のに、何故か読んだ後で少し元気になります。

さぁ、卒業証書の代わりに、湯のみを持って。拍手の代わりに、膝掛けを整えて。談話室の卒業シーズン、開幕です。

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第1章…体を守る卒業できない相棒たち〜湿布より強い“私の工夫”選手権〜

談話室のテーブルをグルッと囲むように、湯のみとお茶菓子が並びました。そこに「卒業できないもの、あるよね」という話題が落ちた瞬間、空気は一気に“発表会モード”になります。誰かがマイクを握ったわけでもないのに、全員が「自分の番はいつ来る?」みたいな顔をしている。ああ、これはもう始まっている。談話室・卒業できない宣言祭り、第一競技――体を守る相棒部門です。

最初に口火を切ったのは、いつも背筋が綺麗な女性でした。彼女は膝掛けをそっと叩いて言います。「これね、ただの布じゃないの。私の“外気”を断つ結界」――言い方が強い。隣の男性が笑って「結界って」と突っ込むと、彼女は真顔で返します。「3月は油断すると冷えるのよ。卒業式の体育館を思い出しなさい。足元から魂が抜ける感じ、あるでしょう?」と。若い職員さんが思わず頷いてしまい、利用者さん達から「ほら見ろ」と拍手が起きました。談話室では、経験がすぐに正義になります。

その流れで、別の男性が誇らしげに取り出したのが“貼るカイロ”――ではありません。小さな布袋でした。「カイロは卒業できる。だが袋は卒業しない」と、妙に哲学的に宣言します。聞けば、昔に自分で縫ったもので、カイロを入れて直接肌に当たらないよう調整できるらしい。職員さんが「それ、熱くなり過ぎなくて良いですね」と言うと、男性は満足げに頷きます。「そう。体を守るってのは、熱を足すことじゃなくて、熱を“ちょうど良くする”ことなんだよ」。談話室の空気が一瞬だけ、やけに良い話っぽくなりました。が、事務長が通りかかって「それ、備品に出来ませんか」と余計なことを言い、全員が同時に笑って空気が戻ります。談話室の良い話は、だいたい長持ちしません。そこが良い。

「体を守る」話題は、痛みや冷えだけでは終わりません。静かに手を挙げたのは、いつも指先が綺麗な人でした。彼女が出したのは、なんと指サック。しかも普通のやつじゃなく、しっかりしたタイプです。「これがないと紙が滑るの。紙に負けたくないのよ」と言う声が強い。元・事務仕事だと聞いて、周りが納得します。紙は、人生の敵にも味方にもなる。若いボランティアの学生さんが「指サックって初めて見ました」と言うと、彼女は嬉しそうに言いました。「あなた、今からでも遅くないわよ。指先はね、賢く使うの」。この瞬間、学生さんの脳内に“指サック先輩”が爆誕した気がしました。

そこへ追い打ちを掛けるように、別の人が机の上に置いたのが、極細の油性ペン。まるで短剣みたいに鋭い存在感です。「私はこれで名前を書き続けてきた。物に負けたくない」と言い、さっきの指サックの人と目が合って、二人が静かに頷き合います。談話室でたまに起きる“同盟締結”の瞬間です。職員さんは思わず「お二人とも、名前書きのプロですね」と言ってしまい、周囲は「プロが2人いると怖いぞ」と笑う。笑いながらも、物が多い生活の中で「自分の物を守る」という切実さは、ちゃんと伝わってきます。

体を守る工夫は、もっと小さく、もっと個人的にもなります。ある女性が取り出したのは、薬のケースみたいな極小の入れ物。中身は薬……ではなく、ワセリンでした。「乾燥は敵。私は“ツヤ担当”だから」と言い、指先にほんの少し取って手の甲に伸ばします。そこへ別の人が「私もあるよ」と、ミニ霧吹きを取り出しました。ハンカチを少し湿らせて首元に当てるらしい。「乾いた話はしない。湿度が大事」と言って、何故か格言っぽい。談話室はこういう“名言が自然に出る場所”です。

一方、男性陣からは「痒み」と「届かない問題」が出ます。テーブルの端から小さな孫の手が登場した時、全員が「それ、ちっさ!」と笑いました。キーホルダーみたいなサイズの孫の手。持ち主の男性は真顔で言います。「大物を相手にするには、小物が効く」。誰かが「人生の教訓みたいに言うな」と突っ込むと、男性はさらに真顔で「人生も同じだ」と返してしまう。笑いが止まりません。学生さんは笑いながらメモを取っています。今日の談話室は、半分が卒業式で、半分が講義です。

そして、談話室の“体を守る部門”の名物競技といえば、地味に熱いのが「滑り止め」です。靴下の滑り止めを自作している人が出てきた時は、さすがに職員さんが前のめりになりました。「転ばぬ先の点々」と言いながら、靴下の裏に小さなシリコンの点々を増やしているらしい。本人はあくまで淡々と「点で支えるの」と言うのですが、周りは「点が多いほど人生が安定するのか」と妙に盛り上がり、理事長が「うちの施設、点々プロジェクトやろう」と言い出して、事務長が無言で眉間を押さえました。やめなさい、理事長。談話室は実験室じゃありません。

最後に、全員の心を持っていったのは、耳栓……ではなく、片方だけのイヤホンでした。持ち主は若い職員さん。照れながら言います。「全部消すと寂しいんです。ちょっとだけ消すのが、ちょうど良い」。その言葉に、さっきまで孫の手で格言を作っていた男性が「分かる」と大きく頷きます。利用者さんが「若いのに、もう達観してるね」と笑うと、職員さんは「いえ、単に休憩中に心を守ってるだけで…」と小声になります。でも、その“ちょっとだけ”という感覚は、まさにこの章のまとめにピッタリでした。

体を守る相棒は、卒業できない。けれど、それは弱さの証拠じゃなくて、毎日を続けるための知恵の集合体です。湿布を貼るのも、膝掛けを整えるのも、指サックで紙に勝つのも、全部「今日をちゃんと過ごす」ための作戦。談話室の卒業式は、綺麗ごとじゃなくて、生活のリアルで出来ている。だからこそ、笑えるし、ちょっと尊いのです。

次の章では、その作戦が「心」に移ります。笑いながら守る、見えない相棒たちの話が始まります。


第2章…心を守る卒業できないお守りたち〜泣き笑いの“気分スイッチ”大公開〜

1章で「体を守る相棒」が出揃った後、談話室はすっかり“発表会の空気”になっていました。湯のみはマイク、膝掛けは式典の緞帳、そして誰かの咳払いが司会のベルみたいに鳴ります。そんな中、さっきまで輪ゴム同盟を結びかけていた皆さんが、フッと静かになる瞬間が来ました。

「体はね、対策が見える。でも、心は見えないのよ」

そう言ったのは、いつも穏やかな笑顔の女性でした。普段は「大丈夫よ」と言う側の人が、今日は“守られる側”の話をしようとしている。その瞬間、談話室の温度がほんの少しだけ上がりました。人の気持ちは、暖房より早く効くことがあります。

彼女が取り出したのは、お守り……ではありません。古い乗車券の半券でした。しかも、たった1枚。学生ボランティアさんが目を丸くすると、女性は照れくさそうに笑います。「旅の途中だったなぁって思い出すの。ここにいるとね、日付が同じ形で並ぶでしょう? でも、これは“移動してた自分”が残ってるのよ」

半券1枚で、談話室が一瞬だけ駅のホームになります。誰かが「それ、卒業できないねぇ」と言い、別の人が「むしろ進級だ」と言って笑う。心を守るものは、派手じゃないほど効く。誰もが、何故かそれを知っています。

そこへ、別の女性が小さな布袋をそっとテーブルに置きました。中身は香り袋。強い香水じゃなくて、ほんのり。仄か過ぎて「気のせい?」くらいのやつです。「堂々と香ると疲れるの。こっそりが長持ち」と言うと、みんなが「分かる」と頷きます。若い職員さんが「それ、良いですね」と言った瞬間、事務長が通りかかって「施設内は香りの配慮が…」と言い掛け、全員に見られて口を閉じました。えらい。今日の事務長は、心を守る側に回っています。

しばらくして、談話室の笑いがもう一段深くなる“危険なアイテム”が出てきました。缶バッジです。ピカピカの推しじゃなく、目立たない小さなやつ。持ち主は、普段は口数が少ない男性でした。「俺はこれを胸の内側に付けてる。誰にも見せない。だけど、付けてるだけで機嫌が保てる」と、真面目に言う。若い家族が「推し活だ!」と笑うと、男性は少しだけ得意そうに「堂々と推すと疲れる。こっそり推すのがプロだ」と返します。談話室の“プロ”は、だいたい静かに強い。

その流れで、さらに静かな爆弾が出ます。歌詞カードの端っこだけ。サビの1行だけが切り取られた小さな紙。持ち主は、いつも歌を口ずさんでいるおばあちゃんでした。「全部は覚えないの。大事な1行だけ残すの。頭はね、好きなものだけで十分」と言うと、周りが「それ、賢い」とざわつきます。学生さんは「名言だ」とメモし、職員さんは「その紙、失くしたら大変」と心配し、本人は「だからここに入れてるの」と胸元のポケットを叩く。見えない安心が、見える形になった瞬間でした。

談話室の心部門は、思い出と趣味だけでは終わりません。もっと“生活の癖”に近いものも出てきます。例えば、新聞の切り抜き1枚だけを何年も更新しない人。新しい記事に替えれば良いのに、替えない。「更新しないのが良いの。私はこれで完成してる」と言われると、周りは笑いながらも妙に納得してしまいます。若い人は「アップデートしなくて良い世界、憧れる」と言い、人生のベテランは「アップデートすると疲れるんだよ」と言って、双方が和解します。心の平和条約が結ばれました。

そして、この章の“王者”が登場するのは、だいたいこういうタイミングです。誰かがフッと沈黙した時、背中を押すように、ある女性がノートを取り出します。表紙はくたびれているのに、中身は綺麗。彼女はそれを「好きな言い回し集」と呼びました。落ち込んだら、自分の言葉を読むんだそうです。

「私の言葉が、私を介抱するのよ」

言った本人が一番照れています。でも、談話室の空気はフワッと優しくなりました。誰かが笑って誤魔化そうとします。「それ、卒業できないねぇ」すると彼女は「卒業させたら困る」と言い、皆が声を出して笑います。泣きそうになる話は、笑いで包むのが談話室の礼儀です。

とはいえ、3月の談話室は卒業式シーズン。ふと、若い家族が「卒業式って、泣いちゃうよね」と言った時、ティッシュが話題に上がるのは自然な流れでした。心を守るアイテムとしてのティッシュ。ところが、談話室ではティッシュが“物理的に消える”事件が起きます。誰かが持って帰ってしまうのです。悪意ではなく、習慣として。気づけば箱が軽い。若い職員さんが「あれ? さっき新品だったのに」と言うと、皆が黙って視線を反らします。犯人捜しの空気になりかけた瞬間、さっき推し缶バッジの男性が小さく言いました。

「俺も、たまにやる」

自白が潔過ぎて、談話室は爆笑。事務長が「備品管理が…」と言いかけて、また口を閉じました。えらい。今日の事務長、心が守られています。

最後に、心部門を綺麗にまとめたのは、意外にも若い職員さんでした。片方イヤホンの人です。彼女がポツリと言います。「心って、全部を治そうとしなくて良いんですね。ちょっとだけ守れれば、今日が回りますもんね」

その言葉に、半券の女性が頷きます。香り袋の人も、言い回しノートの人も、推し缶バッジの人も、皆が同じ顔をします。見えないはずの“安心”が、確かにそこにある顔です。

心を守るお守りは、卒業できない。だけど、それは“前に進めない”じゃなく、“今日を続けられる”という意味なのだと思います。半券が旅を思い出させ、1行の歌詞が気持ちを立て直し、こっそりの推しが機嫌を支える。談話室の卒業式は、涙だけじゃありません。笑いで、ちゃんと守っているのです。

次の章では、心を守るだけでは足りない人たち――段取りから卒業できない面々が登場します。輪ゴムとタイマーが支配する、あの小さな王国へようこそ。


第3章…段取りから卒業できない人たち〜輪ゴムとタイマーが支配する小さな王国〜

2章で「心を守るお守りたち」が一巡すると、談話室には不思議な静けさが落ちました。泣き笑いが一段落した後に来る、あの“落ち着いた余韻”です。誰かが湯のみを置く音が、やけに響く。誰かが「良い話だったねぇ」と言いかけて、やっぱり照れてやめる。そんな空気を、もの凄い勢いで現実に引き戻す存在がいます。

段取りから卒業できない人たち。

彼らが動き始めると、談話室は一瞬で「生活の現場」になります。卒業式ムードの体育館が、職員室と台所を足して割らない場所に変わるのです。しかも笑える。何故なら、段取り派は真剣なのに、拘りがピンポイント過ぎるから。

最初に登場したのは、太い輪ゴムでした。輪ゴムって、世の中では「とりあえずまとめるもの」扱いですが、談話室では違います。あれは“秩序”です。持ち主の男性が輪ゴムを机に置いた瞬間、空気が少しだけ引き締まりました。本人は真顔で言います。「私は人生を輪ゴムでまとめてきた」。隣の人が「まとめ過ぎて指に食い込ませるのも人生だ」と返すと、周りが笑いながら頷きます。段取り派は、笑われても強い。むしろ笑いを“確認作業”に使います。

輪ゴムの次に出てきたのが、色分けされたクリップでした。持ち主は、普段から書類の扱いが妙に上品な女性です。彼女は「色が違うと安心するの」と言いながら、プリントやメモや封筒の角をクリップで止めて見せます。学生ボランティアさんが「可愛い文房具ですね」と言うと、女性はすぐに訂正します。「可愛いじゃないの。これは安全」。安全……? そこで職員さんが「混ざると困りますもんね」と優しく補足すると、女性は満足げに頷きました。段取り派にとって、混ざるのは敵。世界は分類されてこそ平和なのです。

そこへ、極細の油性ペンが再登場します。2回目の登場なのに、やっぱり存在感が強い。さっきの「名前書き職人」が言いました。「名前を書くのは、自己防衛。私は私の物に帰ってきて欲しい」。その言葉に輪ゴム派が「帰還のためのマーキングだな」と頷き、クリップ派が「迷子を出さないのね」と頷く。談話室で“段取り派連合”が組まれました。笑いながらも、妙に頼もしい同盟です。

そして段取り派の真打ちが現れます。卓上の小さいタイマー。持ち主は、いつも時計を見ているタイプの女性でした。彼女はタイマーを手の平に乗せて言います。「時間だけは裏切らない。人は裏切る」。言い方が物騒すぎて、談話室がどっと笑います。理事長が通りかかって「裏切ったの誰?」と聞いた瞬間、事務長が「ここで掘らないでください」と珍しく正しいことを言いました。えらい。段取り派の話は、深掘りするとドラマになります。でも今日は卒業式。笑って済ませるのが大人です。

タイマーが出ると、談話室は一気に「式次第」の話になります。「卒業式って長いよねぇ」「途中で足が痺れるよねぇ」と盛り上がり、誰かが言います。「じゃあ今日の談話室も、時間を切ろう」。え? いつの間に談話室が競技になった? でも段取り派は止まりません。お茶の時間、テレビの時間、体操の時間、面会の時間、トイレの時間。生活は時間割で出来ている。だからこそ安心できる。段取り派は、それをよく知っています。

そこへ、さらに“支配の香り”を漂わせるアイテムが登場しました。「今日の予定」を自分で書くカードです。施設の予定表とは別に、自分の予定を自分で書く。持ち主は笑いながら言いました。「予定表は施設の。これは私の人生の」。言った瞬間、談話室が拍手します。若い職員さんが「格好良い」と漏らすと、本人は照れて「格好良くはない、落ち着くの」と言い直します。段取り派は、派手さを嫌います。派手さより“落ち着き”。それが彼らの美学です。

この章の中盤で、談話室は一度、平和な笑いから逸れて「小さな争い」に入ります。原因はリモコン。段取り派にとって、リモコンは“段取りを変える魔法の杖”です。テレビのチャンネルは、空気を変える。つまりリモコンは、談話室の議長席。誰が持つかで世界が変わる。

輪ゴム派の男性が「天気予報は見たい」と言い、クリップ派の女性が「ドラマの再放送が落ち着く」と言い、タイマー派が「ニュースは時間が決まってる」と言い出す。若い家族が「選挙みたい」と笑うと、利用者さんの1人が真顔で言いました。「選挙より真剣よ」。そう言いながら、皆が笑っています。争っているようで、ちゃんと楽しんでいる。これが談話室の凄いところです。

その時、2章で登場した“片方イヤホン”の若い職員さんが、ポツリと言いました。「私、リモコン争いからは卒業したいです」。すると段取り派連合が一斉に振り向きます。怖い。でも次の瞬間、輪ゴム派がニヤリと笑って言いました。「良いよ。卒業して良い。代わりに輪ゴムを持て」。え? 何の儀式? でもその場は爆笑。卒業式っぽくなってきました。

段取り派は、卒業できない。でもそれは“ガチガチ”ではなく、“自分を保つ技術”です。輪ゴムでまとめる、色で分ける、名前で守る、タイマーで区切る、自分の予定で心を落ち着かせる。全部が「今日を困らせないため」の優しさでもあります。段取りは、人に迷惑をかけないための思いやりに化ける。談話室では、その変身がよく見えます。

そして最後に、事務長が小さく呟きました。「段取りがあると、現場が回る」。全員が「今さら気づいたの?」と笑い、事務長は「気づいてました」とムキになります。理事長が「じゃあ輪ゴム予算を…」と言い掛け、全員が「やめなさい」と同時に止めました。ここでまとめ買いは、話が現実に戻り過ぎます。卒業式は、理事長の財布じゃなく、談話室の空気でやるものです。

次の章では、段取り派ですら太刀打ちできない“キャラの名刺”が登場します。持ってるだけで人生がバレる逸品たち。談話室の卒業式は、いよいよ最終学年へ進級します。


第4章…キャラが立ち過ぎて卒業できない逸品たち〜その人の人生が小物でバレる瞬間〜

3章の終わりで、談話室はすっかり整いました。輪ゴムは秩序、クリップは平和、タイマーは正義。段取り派連合のおかげで、湯のみは綺麗に並び、リモコンは一応“議長席”に落ち着き、理事長は財布を開く前に何度も止められて、事務長は珍しく正しい顔をしています。ここまで来ると、談話室の卒業式はもう成功が約束されたようなものです。

……ところが、談話室には最後の関門があります。

「持ってるだけで人生がバレる小物」

これは段取りでは制御できません。何故なら、本人が無意識に“自分の名刺”として持っているから。しかもそれが、ちょっと意外で、ちょっと笑えて、でも妙に格好良い。そういう逸品が出てくると、談話室は一気に“卒業アルバムの最終ページ”みたいな空気になります。笑ってるのに、どこか胸がじんわりするやつです。

最初に空気を変えたのは、裁縫セットでした。大きな箱じゃありません。針が1本、糸が少し、指抜きが小さく入った“極小セット”。持ち主は、いつも服の襟元が綺麗な女性です。誰かが「それ、何に使うの?」と聞くと、彼女はサラッと言いました。「直せるうちは、終わりじゃないのよ」

言った直後に、本人が照れて笑ってしまう。周りも笑う。でも、誰もその言葉を茶化さない。談話室は、こういう時だけ妙に真面目になります。若い職員さんが「それ、すごく良い言葉」と言うと、女性は「良い言葉じゃなくて、ただの癖」と言い直します。癖って、人生で出来ているんですよね。卒業できないのも当然です。

次に出たのは、将棋の駒が1枚だけ。立派な箱も盤もない。駒だけがポツンと、手の平に乗せられました。持ち主の男性は、普段はテレビのスポーツ番組を見ている人です。ところが駒を見せる時だけ、目が少年みたいになります。「人生、王じゃなくて歩が強い時がある」と言って、駒を机にコトンと置く。学生さんが「え、深い」と言うと、男性はすぐに照れて「深くない、ただの歩だ」と言います。照れて誤魔化す感じが、また良い。段取り派が「じゃあ今日は歩が主役だな」と言い、談話室が拍手します。卒業式は、こういう“称える理由”を見つけた方が勝ちです。

そこへ、さらに謎のケースが登場しました。釣り針のケース。けれど中身は入っていない。空っぽです。持ち主は、普段はあまり過去の話をしない人でした。「釣り、お好きだったんですか?」と聞かれると、彼は少しだけ笑って言います。「釣らなくても良い。箱が“自分”を思い出させる」。この瞬間、談話室が静かになります。さっきまでリモコン選挙で盛り上がっていたのが嘘みたいに。誰かが「それ、卒業させたら寂しいねぇ」と言うと、本人は頷くだけ。言葉が少なくても伝わる話って、あります。談話室はその手の話に慣れています。慣れているからこそ、余計に沁みる。

沁み過ぎた空気を、絶妙に笑いに戻したのが、万年筆の空ケースでした。中身はボールペン。持ち主は、いつも身嗜みに拘る男性です。彼はケースを見せて言いました。「格はケースで保つ。中身は実用で良い」。言い切った瞬間、全員が「出た!」という顔で笑います。段取り派が「それ、人生の最適解」と頷き、事務長が「備品のケースも…」と言い掛けて、全員に見られてまた黙ります。えらい。今日の事務長は、本当にえらい。

さらに、ミニ工具――小さなドライバーが出てきた時、談話室は完全に“その人の人生”を見ました。持ち主は元・現場の人。何かが少し緩んでいると落ち着かないタイプです。「私はネジを見たら締めたくなる病気」と言うと、皆が大笑いします。職員さんが「それ、手すりのネジとか気になりますか?」と聞くと、本人は少し誇らしげに「気になる」と答えます。すると理事長が「じゃあ点検係お願い!」と言い出し、事務長が間髪入れず「職務範囲が…」と止めました。正解。談話室は採用面接会場ではありません。卒業式です。役職を付けるな、理事長。

そして最後に出てきたのが、古いおみくじでした。結ばずに持ち帰り、ずっと財布に入っている紙。持ち主は、普段は神頼みとは無縁そうな女性です。彼女は「吉凶より、紙の手触りが好きなの」と言って、指先でそっと撫でます。学生さんが「それって、安心しますか?」と聞くと、彼女は少しだけ笑って言いました。「安心というより、落ち着く。落ち着きはね、作れるのよ」――この言い方が、もう人生の先生です。談話室には先生が多過ぎます。

こうして「キャラが立ち過ぎて卒業できない逸品たち」が並ぶと、談話室は不思議な結論に辿り着きます。体を守る相棒、心を守るお守り、段取りを守る自分ルール、そして人生がバレる名刺小物。全部、卒業できない。でも、それは“しがみつき”じゃなく、“自分の形”を守っているだけなのかもしれない、と。

その時、例の片方イヤホンの若い職員さんがポツリと言いました。「私、卒業って、手放すことだと思ってました。でも、残すものを選ぶことなんですね」
すると将棋の駒の男性が「そうだ。歩は残す」と言い、裁縫針の女性が「糸も残す」と言い、輪ゴム派が「輪ゴムも残す」と言い、全員が笑って「それは残し過ぎ」と突っ込み合います。談話室らしい着地です。良い話を、笑いで包んで終わらせる。これがここの礼儀。

理事長が拍手しながら「よし、卒業証書を作ろう!」と言い出した瞬間、事務長が「紙代が…」と反射で言い、全員が同時に「黙って!」と止めました。今日くらい、良いじゃないですか。紙代より大事なものが、今、談話室に並んでいるんですから。

次は最後に、まとめで“卒業できないものがあるから進級できる”という談話室の結論を、もう1つだけ温かく回収して終わりにしましょう。

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まとめ…卒業できないものがあるから進級できる〜談話室は今日も温かい〜

3月の談話室は、外の世界とは少し違うリズムで動いていました。花束や式辞がなくても、ここにはちゃんと“卒業式”がある。膝掛けを整え、湯のみを握り、誰かの小さな一言から始まる、生活の発表会です。

1章では、体を守る相棒たちが並びました。膝掛けが結界になり、カイロ袋が技術になり、指サックと極細ペンが「自分の物を守る矜持」になっていく。痛みや冷えを笑い飛ばしながらも、皆が毎日を続けるために“ちょうど良くする工夫”を持っていました。卒業できないのは、弱いからじゃなくて、暮らしに勝つための知恵がそこにあるからでした。

2章では、心を守るお守りが登場しました。古い半券が旅の途中を思い出させ、香り袋が気分を整え、サビの1行が立て直しのスイッチになる。推しの缶バッジはこっそりと機嫌を保ち、言い回しノートは自分の言葉で自分を介抱する。見えないはずの安心が、見える形で机の上に置かれていくのを見て、談話室は一度だけ静かになりました。静かになって、すぐ笑って、ちゃんと温かく戻る。ここではそれが自然に出来てしまうんです。

3章では、段取りから卒業できない人たちが「小さな王国」を作りました。輪ゴムが秩序になり、色分けクリップが平和になり、タイマーが正義になり、「今日の予定」を自分で書くカードが人生の舵になる。リモコンを巡る小さな選挙まで起きましたが、不思議と険悪にはならない。段取りは支配ではなく、迷子を出さない優しさに変身する。暮らしの回し方そのものが、その人の誇りになっていました。

4章では、持っているだけで人生がバレる逸品たちが、談話室の最後のページを飾りました。針1本の裁縫セット、将棋の駒1枚、空っぽの釣り針ケース、万年筆のケースに入ったボールペン、小さなドライバー、古いおみくじ。どれも派手ではないのに、何故か「その人」が丸ごと立ち上がってくる。物は小さいのに、背負っている時間が長いからでしょう。卒業できないのは当然です。むしろ、卒業させたら“自分の輪郭”がぼやけてしまう。

最後に、談話室で一番良かったのは、誰も「手放しなさい」と言わなかったことです。代わりに、皆が笑いながら言いました。「それ、良いね」「分かる」「それは残し過ぎ」。ここには“正解で固めて終わる空気”よりも、生活を肯定する空気があります。笑いで包みながら、ちゃんと相手の人生を尊重してしまう。談話室は、そういう場所です。

卒業って、何かを捨てることだけじゃありません。残すものを自分で選ぶこと。残すものがあるから、今日を進められること。膝掛けも、半券も、輪ゴムも、将棋の歩も、全部「明日へ行くための小さな杖」なのだと思います。

……とはいえ、最後に1つだけ現実的なお知らせです。理事長が「卒業証書を作ろう」と言った瞬間、事務長が反射で「紙代が」と言い、全員に「黙って!」と止められた件。あれは談話室の結論です。大事なのは紙ではなく、今日ここで笑ったこと。卒業式は、財布じゃなくて、空気でやるものなんです。

さて、来年の3月もまた談話室は卒業シーズンになります。その時、あなたが手放せないものは何でしょう。大きくなくて良い。むしろ小さいほど面白い。小さな物が、人生を大きく語ってくれる季節だからです。

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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