名札は1枚でも仕事は何枚?~生活相談員を何でも屋から「暮らしの繋ぎ手」へ~
はじめに…「ちょっとお願い」が積もると本職が見えなくなる
朝、施設の玄関を潜ったばかりなのに、家族からの電話が待っている。受話器を置けば、今度は受診の相談。その途中で職員から声がかかり、気づけば車椅子の確認までしている。
名札には「生活相談員」と書いてあるのに、午前中だけで電話係、調整係、送迎係、修理受付係へ次々と変身。いや、変身ベルトは支給されていませんけど……と、自分でツッコミたくなる日もあります。
生活相談員は、利用者さんや家族の話を聞き、職員や医療機関、地域との間を繋ぐ大切な仕事です。ところが、人手不足や役割の曖昧さから「ちょっとお願い」が集まり続けると、本来向き合うべき声が、目の前の用事に埋もれてしまいます。ケアマネ業務との兼務や、介護の応援、宿直や夜勤まで重なれば、八面六臂どころか「私は今、何人分でしょう?」という状態です。
頼られることは、信頼されている証しでもあります。ただし、何でも引き受けられる人ほど、限界が周囲から見えにくくなるものです。生活相談員を守ることは、相談を必要とする利用者さんと家族の安心を守ることでもあります。
名札の肩書を増やすより、その人が役割を果たせる時間を確保する。孤軍奮闘を褒めるより、仕事を分け合える仕組みを作る。そんな発想へ切り替わった時、生活相談員は「便利な何でも屋」ではなく、施設の暮らしをなめらかに繋ぐ専門職として、もっと笑顔で働けるようになるはずです。
[広告]第1章…生活相談員の本職は全部やることではなく人と暮らしを繋ぐこと
生活相談員の本職は、施設で起きる仕事を片っ端から引き受けることではありません。利用者さんの思いや家族の不安を受け止め、介護職、看護職、栄養士、ケアマネ、医療機関などを結びながら、その人の暮らしを整えていくことです。
ところが朝の電話を取った瞬間から、予定表は軽やかに崩れていきます。
「今日の受診は何時ですか?」
「車椅子の調子を見てもらえますか?」
「ご家族が受付で待っています」
「配膳を少し手伝えませんか?」
1つ対応している間に、次の用事が廊下の向こうから走ってくる。生活相談員より、施設内総合受付と名乗った方が早いのでは……いや、名札を作り直している時間もありません。
こうした場面で求められる臨機応変さは、生活相談員の大切な力です。利用者さんの急な体調変化や家族からの相談に、毎回「担当外です」と背を向けていては、暮らしの安心を支えられません。その一方で、配膳、身体介助、送迎、備品の手配、行事の進行まで日常的に背負えば、相談や調整に使う時間が消えていきます。
昼食後、利用者さんが何気なく「最近、娘が来ないね」と呟いたとします。
その一言には、寂しさだけでなく、家族関係の変化や体調への不安が隠れているかもしれません。生活相談員はアセスメント(暮らしの状態や本人の思いを確かめること)を行い、本人の希望を聞き、家族や職員と話し合いながら支援の道筋を作ります。
ところが、その瞬間にPHSが鳴り、「倉庫の電球が切れています」と呼ばれたらどうでしょう。
電球も大切です。暗い倉庫は危ない。けれど、利用者さんの小さな声も、後で同じ言葉として戻ってくるとは限りません。「娘」の一言が、次には飲み込まれてしまうこともあります。
生活相談員の価値は、何でも自分で終わらせることではなく、必要な人へ必要な支援を繋ぐところにあります。
餅は餅屋と言います。電球の交換は設備を扱う人へ、食事の相談は栄養士へ、体調の確認は看護職へ繋ぐ。その上で、それぞれの情報を利用者さんの暮らしとして結び直すのが生活相談員です。仕事を手放すことは、逃げることではありません。適材適所で役割を分けることが、チーム全体の専門性を生かします。
生活相談員が全部やれば、その場だけは早く収まるかもしれません。しかし、その働き方が続けば「困ったら相談員へ」が職場の習慣になります。そして相談員の机には書類が残り、利用者さんとの約束が後ろへズレ、本人だけが縦横無尽に走り続けることになります。
頼られる力を、抱え込む力に変えないこと。
生活相談員が立ち止まって話を聞ける時間は、余った時間ではありません。それこそが、施設の暮らしを支えるために最初から確保されるべき仕事の時間なのです。
第2章…ケアマネ兼務は肩書の足し算だけでは回らない
「生活相談員とケアマネ、どちらも利用者さんや家族の話を聞く仕事でしょう?」
こう聞くと、1人で兼ねても自然に思えるかもしれません。同じ建物の中に利用者さんがいて、介護職や看護職ともすぐ話せる。自宅を何軒も訪問する働き方に比べれば、移動にかかる時間も少なく見えます。
ところが、肩書を2つ並べても、勤務時間が2つ分に増えるわけではありません。名札の文字数だけは増えたのに、時計は今日も平等に1日24時間。そこは少しくらい空気を読んで延びてほしいところですが、時計は実に冷静です。
ケアマネには、ケアプラン(本人が望む暮らしと必要な支援を組み立てた計画)を作り、支援が適切に行われているか確認する役割があります。モニタリング(計画どおりに暮らしを支えられているか確かめること)では、本人の表情や食事量、家族の思い、職員からの情報まで丁寧に見なければなりません。
生活相談員には、入退所の調整、家族対応、受診や外出の連絡、職員間の橋渡しなどが集まります。どちらにも共通するのは「人と人を繋ぐこと」ですが、仕事の進め方は同じではありません。
生活相談員は、次々に起きる出来事へ臨機応変に向き合います。一方、ケアマネには、少し離れた場所から暮らし全体を眺め、計画と現実のズレを確かめる冷静沈着な視点が欠かせません。
この2つを兼ねる難しさは、仕事量だけではなく、頭の切り替えにあります。
家族から苦情の電話を受け、受診の日程を組み直し、欠勤した職員の応援に入り、その隙間でケアプランを書く。そんな一日では、書類の枠は埋められても、利用者さんの小さな変化まで考える余白が残りにくくなります。
さらに気をつけたいのが、「自分で調整し、自分で計画を立て、自分で確認する」という形です。
兼務する本人が誠実でも、1人の目だけでは見落としが起こります。相談員として「現場はこれで回っている」と感じても、ケアマネとして見れば「本人の希望が後ろへ下がっていないか」と立ち止まる必要があるかもしれません。
兼務で本当に必要なのは、1人で何でもこなす器用さではなく、役割ごとの視点を失わない仕組みです。
ケアプランを考える時間には電話や送迎を重ねない。モニタリングの内容は、介護職や看護職と一緒に確かめる。自分が調整した支援ほど、別の職員から意見をもらう。こうした役割分担があれば、兼務の利点も生きてきます。
利用者さんの日頃の様子を知る生活相談員がケアマネを兼ねることで、支援へ素早く反映できる場面はあります。家族から聞いた不安を、その日のうちに職員へ伝えられるのも大きな利点です。
けれど、便利だからと仕事を積み上げ続ければ、その長所は多事多端な毎日に埋もれます。資格を持つ人を空いている箱へ入れるのではなく、その専門性が働く時間を先に用意する。そこまで整って、兼務は初めて利用者さんの暮らしに役立つ働き方になるのです。
[広告]第3章…夜勤明けの送迎が教える「頑張れば何とかなる」の危うさ
夕方、ようやく机に戻り、朝から開いたままの書類へ手を伸ばした瞬間です。
「あの、今夜なんだけど……少し人が足りなくて…」「食事の時間の介助人数が少し…」
この「少し」が、なかなか曲者です。少し手伝うのかと思ったら、気づけば朝日が昇っている。福祉現場だけ、時間の単位が独自規格になっているのでしょうか。いや、そんな規格は申請していません。
生活相談員が介護現場を理解し、緊急時に応援へ入れることは、決して悪いことではありません。けれども、昼間に家族対応や受診調整、会議、書類作成を担った人が、そのまま夜勤や宿直へ入り、翌朝も通常業務を続ける働き方は、善意だけで支えられる範囲を越えています。
夜の勤務が終わった直後に、「午前中は受診の送迎をお願いします」と予定が入ることもあります。目は開いている。返事もできる。けれど、頭の中は充電残量1%。そんな状態でハンドルを握れば、利用者さんだけでなく、同乗する職員や周囲の人まで危険にさらします。睡眠不足で判断力が落ちたまま運転業務を担うことへの危うさは、笑い話では済みません。
ヒヤリ・ハット(事故には至らなかったものの、危険を感じた出来事)が起きた時、「疲れていたから仕方がない」では終われません。安全を守る仕事なのに、職員を疲労困憊の状態へ追い込み、その人に安全を任せるのは本末転倒です。
夜勤の穴を埋めるために、翌日の安全まで空けてはいけません。
人手が足りない夜ほど、頼みやすい人へ声がかかります。断らず、現場も分かり、車も運転できる生活相談員は、困った時の切り札に見えるのでしょう。
ところが、切り札は毎晩出しているうちに、ただの通常カードになります。
「昨日もできたから、今日も大丈夫」
「本人が何も言わないから、まだ平気」
その積み重ねで体調を崩したり、退職を選んだりすれば、残された職員の負担はさらに増えてしまいます。1晩を乗り切るための助けが、数か月後の人手不足を深めることにもなるのです。
必要なのは、「頑張れる人を探すこと」ではなく、「夜勤を担う人が休める勤務を組むこと」です。緊急時の応援を頼むなら、翌日の送迎や面談を外し、代わりの職員を決めておく。断った人を責めず、「今日は無理です」と言える空気を育てる。そこまで用意されてこそ、応援は助け合いになります。
生活相談員は、昼間に利用者さんや家族の声を受け止め、暮らしを繋ぐ専門職です。眠気と戦いながら笑顔を作ることが、立派な働き方なのではありません。
しっかり休んだ人が、落ち着いて話を聞き、安全に車を走らせる。その当たり前を守ることが、利用者さんにも職員にも優しい施設作りへ繋がります。
第4章…頼み事を見える化して気持ちよく断れる職場へ
朝9時、生活相談員の机に1枚の付箋が置かれます。
「ご家族へ電話をお願いします」
その横へ「車椅子の確認」「受診の予約」「会議資料の修正」が加わり、昼前には付箋が小さな商店街のように並んでいる。午後になると重なって読めない。もはや仕事の指示ではなく、現代アートです。鑑賞している場合ではありませんが。
頼み事が増えること自体よりも困るのは、誰が、何を、いつまでに行うのかが曖昧なまま、生活相談員へ集まることです。
「急ぎです」
「出来る時で大丈夫です」
「ちょっとだけです」
どれも頼む側には便利な言葉ですが、受ける側には判断材料が足りません。「出来る時」と言われても、その“出来る時”が来週になるかもしれない。そこへ夕方、「まだでしたか?」と聞かれれば、心の中で付箋が1枚、静かに舞い落ちます。
頼み事は、担当者、期限、緊急度、現在の状況を共有できる形にすると、一目瞭然になります。ホワイトボードでも業務表でも構いません。誰かが仕事を頼んだら、生活相談員の記憶へ預けるのではなく、職場全体が見える場所へ置くのです。
見えるようになれば、「これは看護職へ」「これは設備担当へ」「これは今日中ではなく明日で良い」と適材適所に振り分けられます。相談員が受付役になったとしても、実行役まで全て背負う必要はありません。
断ることは仕事を捨てる行為ではなく、本当に急ぐ仕事を守るための判断です。
とはいえ、「今は出来ません」と口にするのは勇気が要ります。頼んだ人の表情が少し曇ると、「やっぱり私がやります」と反射的に答えたくなるものです。お願い自動応答機能が標準装備されているのかと疑いたくなりますが、その機能には停止ボタンも必要です。
気持ちよく断れる職場では、断った理由が個人の好き嫌いとして扱われません。
「今はご家族との面談中です」
「送迎へ出るため、今日中には出来ません」
「その作業は担当部署へお願いした方が早く進みます」
このように、現在の仕事と次の動きを伝えれば、単なる拒否ではなく調整になります。頼む側も「何をしているのか」が分かるため、別の方法を選びやすくなるでしょう。
さらに、引き受けた仕事を記録しておくと、隠れていた負担も見えてきます。電話対応が何件あったのか、送迎や受診調整にどれほど時間を使ったのか、「ちょっとお願い」が1日にいくつ重なったのか。本人の頑張りだけでは伝わらなかった多事多端な一日が、職場の課題として共有されます。
生活相談員が困ってから助けを求めるのでは遅いこともあります。頼み事が集まった時点で、チームが優先順位を考え、分け合える形を作る。それだけで、「全部やらなければ」という孤独は少しずつ薄れていきます。
電話が鳴らない職場には出来なくても、電話の先の仕事を1人に背負わせない職場には出来ます。断っても関係が壊れず、助けを求めても評価が下がらない。そんな安心があれば、生活相談員は利用者さんの声へ、落ち着いて耳を傾けられるのです。
[広告]まとめ…万能な1人より支え合えるチームが利用者さんを守る
夕方、生活相談員の机には、朝から手をつけたかった書類が残っています。
けれど、その1日を辿れば、ご家族の不安を受け止め、受診の日程を整え、職員同士の連絡を繋ぎ、利用者さんの小さな変化にも気づいてきました。目に見える完成品は少なくても、施設のあちらこちらで暮らしが止まらなかったのは、その人が動いていたからかもしれません。
生活相談員は、確かに多くのことができる職種です。しかし、「出来る」と「全部やるべき」は同じではありません。
ケアマネ業務を兼ね、介護の応援へ入り、夜勤を担い、翌朝には送迎まで行う。そんな働き方を武勇伝にしてしまえば、次に入った職員にも同じ無理が引き継がれます。人手不足を1人の責任感で埋める方法は、今日を乗り切れても、明日の安心を育てません。
生活相談員が何でも出来る施設より、誰かが困った時に仕事を分け合える施設の方が、利用者さんの暮らしは長く守られます。
電話を受けた人が、全ての仕事を終わらせなくても良いのです。必要な職種へ繋ぎ、優先順位を確かめ、チームで引き受ける。相互扶助の仕組みがあれば、相談員は安心して「今は面談を優先します」と言えます。
そのひと言を聞いて、「では、こちらで対応します」と返せる職場は頼もしいものです。PHSの着信音が施設のテーマ曲になる前に、皆で少しずつ持ちましょう。できれば静かな曲調でお願いしたいところです。
生活相談員が利用者さんの傍に腰を下ろし、急かされずに話を聞ける。家族が「相談して良かった」と肩の力を抜ける。職員も「誰に伝えれば良いか分かる」と安心して働ける。
そんな一致協力の毎日こそ、生活相談員の専門性が輝く職場の姿です。
万能でなくて良い。困り事を抱えた人と、力を持つ人を結び、暮らしが前へ進む道を作れれば十分です。名札は1枚のままでも、その仕事が生む安心は、施設全体へやさしく広がっていきます。
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