高齢者さんと年越し麺~安全な食事介助で大晦日をゆっくり楽しむコツ~

[ 12月の記事 ]

はじめに…大晦日の年越し麺を一緒に味わうケアとして考える

大晦日になると、多くのご家庭や施設で「今年はお蕎麦にしようか、それともおうどんにしようか」と、ささやかな相談が始まります。1年の締め括りに、湯気の立つどんぶりを囲む時間は、年越しの雰囲気をグッと高めてくれる大切な一時です。ただ、高齢者さんと一緒に暮らしているご家族や、介護現場で働く職員さんにとって、麺類は少し特別なメニューでもあります。美味しいけれど、食べるのに時間が掛かる。楽しいけれど、咽込みやすい。そんな「嬉しい」と「怖い」が同居しやすいのが、年越し麺なのかもしれません。

実際に食事介助をしていると、麺類の日だけ食事時間が倍近く伸びてしまったり、他のテーブルの配膳が押してしまったりと、現場ならではの苦労が見えてきます。一方で、利用者さんやご家族からは、「やっぱり年の最後はお蕎麦を食べたい」「若い頃からの習慣だから、これだけは外したくない」という声も多く聞かれます。危ないから、忙しいからと、ただ単純に麺類を避けてしまうのは簡単なことですが、それではその方の「その人らしい年越し」を一つ手放してしまうことにも繋がりかねません。

そこでこの記事では、「高齢者さんと年越し麺をどう安全に楽しむか」という視点から、麺そのものの工夫と、食事介助の進め方をゆっくり整理していきます。具体的には、何故、麺類が高齢者さんにとって難しいメニューになりやすいのかという背景から、麺の太さや長さ、トロミの有無、具材の選び方といった料理側の工夫、さらに実際の介助の流れや声掛けのポイント、施設と在宅それぞれの段取りのコツまでを、現場の空気を思い浮かべながら辿っていきます。

大切にしたいのは、「麺類=危ないから辞める」か「昔からの習慣だから頑張って出す」のどちらかに振り切るのではなく、「どうすれば無理なく、今のその方に合った形で一緒に味わえるか」を考えることです。麺の種類を変える、量を少し減らす、時間帯をずらす、介助の人員配置を工夫する──そうした小さな調整の積み重ねが、「今年も皆でおいしく食べられたね」という安心感に繋がります。

年越しのどんぶり一杯の中には、その人が歩んできた年月や、家族との思い出がギュッと詰まっています。たとえほんの数口だったとしても、その人が自分のペースで麺を啜り、満足そうにお椀を置く姿を見届けられたなら、その年の介護はきっと悪くなかったはずです。この記事が、大晦日の忙しい台所やナースステーションで、「今年はこのやり方でやってみようか」と話し合う切っ掛けになれば嬉しく思います。

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第1章…麺類が高齢者さんにとって難しくなる理由とそれでも食べたい気持ち

麺類の介助に慣れている人ほど、「ああ、今日は麺か……時間かかるなあ」と、思わず心の中でため息をついた経験があるかもしれません。普通食の人なら数分で食べ終わる一杯が、高齢者さんの場合、ゆっくり丁寧に介助すると30分以上かかることもあります。慌ただしい大晦日の現場では、配膳や服薬、トイレ誘導などと時間の取り合いになりやすく、「本当はもっと落ち着いて付き合いたいのに」というもどかしさが生まれやすいメニューです。

そもそも、麺類は高齢者さんにとって、構造的に難しい料理です。まず、細長い麺を一口分だけ口に運ぶのは、若い世代ですら、飛び散らしたり、啜って咽たりと意外と高度な作業です。お箸やフォークで適量を摘まみ上げ、啜る力と舌の動きで口の中に収め、同時に呼吸もコントロールしながら飲み込む──この一連の流れには、噛む力、舌の動き、飲み込む反射、呼吸のリズムなど、いくつもの機能がピタリと合うことが求められます。加齢や病気の影響で筋力が落ちたり、舌や頬の動きが鈍くなっていたりすると、この「タイミング合わせ」が上手くいかず、咽込みやすくなってしまうのです。

さらに、麺はツユと一緒に口へ入るため、食べ物と飲み物の境目が曖昧になりやすい特徴もあります。口の中に入った瞬間、ツユだけが先に喉の方へ流れ、慌てて咳き込んでしまう場面は、介助の現場でもよく見られます。咽込みが重なると、本人は「また失敗した」と気持ちが沈みますし、介助する側も「この一口は大丈夫だろうか」と緊張が続きます。温かい麺は時間が経つと伸びてしまうため、「早く食べさせなきゃ」と焦りが生まれやすいことも、双方にとってプレッシャーになりがちです。

口腔内の環境も大きく影響します。入れ歯が合っていなかったり、歯が抜けたままになっていたりすると、麺を前歯で噛み切ることが難しくなります。自分で噛み切れない分、いつまでも口の外に麺が垂れ下がってしまって、予め介助者がハサミやスプーンで切る必要が出てきます。唾液の分泌が減っている方にとっては、長い麺を飲み込むまで口の中に留めておくこと自体が負担になり、結果として飲み込みのタイミングが乱れることもあります。こうした細かな条件がいくつも重なって、麺類はどうしても「誤嚥リスクの高いメニュー」として意識されがちなのです。

それでも高齢者さんが「年越しには麺が食べたい」と望むのには、ちゃんと理由があります。若い頃から毎年欠かさず年越し蕎麦を食べてきた人にとって、大晦日の麺は、単なる夕食ではなく長年の習慣そのものです。家族が元気だった頃、一緒にテレビを見ながら啜った味。仕事を終えて、ホッと一息つきながら立ち食いそば屋で掻き込んだ一杯。そうした人生の場面が、湯気と香りと共に一気に甦るのが年越し麺です。「危ないから」とあっさり別のメニューに置き換えてしまうと、その人の中で連なってきた思い出の時間まで、そっと切り落としてしまうような後ろめたさが残ることもあります。

施設で暮らしている方にとっては、「行事食としての麺」は、季節の移り変わりを実感できる貴重な機会です。毎日の献立が似通いがちな中で、「今日は年越し蕎麦ですよ」と声を掛けられただけで、表情がパッと明るくなる利用者さんも少なくありません。「今年もこのメニューが出たんだね」「去年は隣の人とこうやって食べたね」と、食卓での会話が自然に生まれるのも、行事食ならではの力です。たとえ数口しか召し上がれなかったとしても、その方にとっては「今年も同じ輪の中にいられた」という安心感に繋がります。

在宅で介護をしているご家族の場合も事情は似ています。いつもはお粥や柔らかいおかずが中心でも、「大晦日くらいは一緒にお蕎麦を」と、工夫しながら麺を用意するご家庭は多いものです。麺を短く切ったり、軟らかく煮込んだり、トロミをつけたりしながら、それでも「どうか咽込みませんように」と祈るような気持ちで見守る姿は、介護者の愛情そのものと言えるでしょう。そこまでして麺を用意するのは、きっと家族全員が、あの日の食卓の光景を「また一度だけでも再現したい」と願っているからです。

麺類は、確かに高齢者さんにとってハードルの高いメニューです。でも同時に、その人の歴史や家族との繋がりが濃く刻まれた、特別な料理でもあります。この章で整理した「難しさ」をきちんと理解したうえで、次の章からは、麺の形や具材、盛り付けをどう工夫すれば、少しでも安全に、そして楽しく「年越し麺」を味わっていただけるのかを、一緒に考えていきたいと思います。


第2章…メニュー選びと一杯の工夫~麺の太さ・長さ・とろみ・具材の調整~

高齢者さんと一緒に年越し麺を楽しみたいと思った時、最初の分かれ道になるのが「どんな麺にするか」というメニュー選びです。同じ麺類でも、蕎麦とうどんでは固さやコシが違い、ラーメンや沖縄そばは油分や塩分が少し高めになりがちです。その人の噛む力や飲み込む力、普段の食事形態を思い浮かべながら、「今年はこの方にとって一番優しい麺はどれだろう」と考えるところから、一杯作りが始まります。

例えば、噛む力がしっかり残っている方であれば、いつも食べ慣れている蕎麦を基本にして問題ないかもしれません。一方で、口腔機能が落ちてきている方や入れ歯が安定しない方には、やや太めで軟らかく茹でられるうどんの方が安心な場合もあります。蕎麦独特のプツッと切れる食感がむしろ食べ辛さに繋がる方もいるので、「昔から蕎麦だから蕎麦一択」と決めつけずに、その年の体調に合わせて柔軟に選び直してあげることが大切です。

次に意識したいのが、麺の「太さ」と「長さ」です。太過ぎる麺は、口の中で転がりにくく、飲み込みまでに時間が掛かることがあります。だからと言って極端に細い麺にすると、今度はツユと一緒にスルスルと喉の奥へ流れ込みやすくなり、咽込みの原因にもなります。普段から麺類を問題なく召し上がっている方であれば、いつもの太さで構いませんが、少し不安がある場合は、やや細めのうどんや、軟らかく茹でた中華麺など、「口の中でふんわり動いてくれる太さ」を目安に選ぶとよいでしょう。

麺の長さは、介助側の工夫でかなり調整できます。食卓に並べる前の段階で、キッチンバサミや包丁を使って、どんぶりの中の麺を予め短く切っておくと、一口辺りの負担がグッと軽くなります。目安としては、フォークやお箸でひと掴みした麺が、口の外にダラリと垂れ下がらない程度の長さです。食卓で毎回ちぎっていると、麺がどんどん伸びてしまいますから、提供前に一手間かけておく方が、本人にとっても介助者にとっても落ち着いて食事時間を過ごしやすくなります。

茹で加減も重要なポイントです。若い人なら「コシのあるアルデンテ」が好まれても、高齢者さんには少し長めに茹でて軟らかくした方が、噛む力や舌の動きの負担が軽くなります。ただし、ベタベタに煮崩れるまで茹でてしまうと、今度は口の中でまとまりにくくなり、却って飲み込み難くなることもあります。お箸で摘まんだ時に、形は保ちながらも、指で軽く押すとほぐれるくらいの軟らかさを目安に、「ふんわり」とした状態を意識するとよいでしょう。

ツユについては、「量」と「トロミ」の2つを考えてみます。どんぶり一杯になみなみとツユを張ってしまうと、そのままでは麺と一緒にツユも大量に口へ入り、咽込みのリスクが高まります。予めツユをやや少なめに注ぎ、必要であれば、介助時にスプーンで少しずつ追加していく方が安全です。さらに嚥下に不安のある方の場合には、あんかけ風に片栗粉などでトロミをつけたり、市販のトロミ剤を用いたりして、ツユが喉の奥へ一気に流れ込みにくい状態を作る方法もあります。具体的なトロミの強さについては、主治医や言語聴覚士、管理栄養士などの専門職と相談し、その方の普段の食形態に合わせて調整することが大切です。

具材選びも、一杯の食べやすさを左右します。大きな海老天や、固く煮しめた根菜は見た目には華やかですが、噛む力が落ちている方には大きな負担になることがあります。その代わりに、軟らかく煮たかき玉や温泉卵、薄切りにしたかまぼこ、細かく切ったほうれん草や青ネギなど、舌で潰しやすく、口の中でばらけにくい具材を選ぶと安心です。お揚げを使う場合も、厚みのある大ぶりなものより、細く刻んだり、軟らかく煮含めたりして、噛み切る動作を助けてあげると良いでしょう。

塩分や油分の面でも、ひと工夫ができます。高血圧や心疾患のある方にとって、しょっぱ過ぎるツユや揚げ物の多いトッピングは、体への負担が大きくなりがちです。出汁の香りをしっかり立たせ、醤油や味噌の量を少し控えめにすることで、味の満足感を保ちながら、体へのやさしさも両立できます。どうしても天ぷらを楽しみたい方には、小ぶりのかき揚げを一つだけ添え、代わりに野菜やきのこ、豆腐などを多めに加えることで、「行事食の華やかさ」と「日々の養生」のバランスをとることが出来ます。

このように、麺の種類や太さ、長さ、とろみ、具材、味つけを1つずつ見直していくと、「危ないからやめるしかない」と思っていた年越し麺が、「この形なら今年も一緒に楽しめるかもしれない」という一杯に変わっていきます。完璧を目指す必要はありません。その人が安心して口を開き、「おいしいね」と言える瞬間を増やすために、できる範囲で工夫を重ねていくことが、介護者にとっての大切な役割なのだと思います。次の章では、実際にその一杯を「どう介助していくか」という、現場の流れや声かけについて具体的に見ていきましょう。


第3章…安心して食べていただくための介助の流れと声かけのポイント

どれだけ工夫して一杯を用意しても、最後に「どう介助するか」で、安心感も満足度も大きく変わってきます。麺類はただでさえ気をつかうメニューですから、「流れ」と「声掛け」を予めイメージしておくだけでも、介助する側・される側、どちらの緊張も少しほぐれていきます。

まずは、食べ始める前の準備からです。椅子や車椅子に深く腰かけて、背もたれにダラリともたれ過ぎないようにしながら、ほんの少し前屈みになる姿勢を作ります。足の裏がしっかり床や足台についているか、テーブルの高さが高過ぎないかも確認します。入れ歯がある方は装着状態をそっと確かめ、可能であれば、食前に軽い口腔ケアをして口の中を整えておくと、唾液の分泌も良くなり飲み込みやすくなります。そして、「今日は年越しのお蕎麦ですよ」「いつものおうどんを少し軟らかくしてみました」と、これから口に入るものを予めちゃんと伝えておくと、心の準備が整いやすくなります。

いきなり麺を大きく口に運ぶのではなく、最初はツユをほんの一口、スプーンで試してみると安心です。温度が熱過ぎないか、トロミ具合はその方に合っているか、飲み込みやすさはどうかを、ここでさりげなく観察します。問題なさそうであれば、次に麺を一口分だけ整えます。予め短くしておいた麺を、箸やフォークで少量まとめ、必要であればスプーンの上にそっと乗せて、「ここから一口分」という形を作ります。器から直接ではなく、いったん介助者の手元で形を整えてから口元へ運ぶことで、麺がだらりと垂れ下がったり、余計なツユが一気に流れ込んだりするのを防ぐことが出来ます。

口元に近づけるときは、「では、ひと口いきましょうか」「準備はいいですか」と、必ず一声かけてからにします。声を掛けることで、本人も「今から食べるんだ」と意識を向けやすくなり、飲み込みのタイミングを合わせやすくなります。口が開きにくい方には、「少し顎を引いてみましょう」「ゆっくり口を開けられそうですか」と、動きのイメージがつきやすい言葉を添えてあげると良いでしょう。無理やり口の中に押し込むような動かし方は避け、あくまで本人のペースに合わせて、ゆっくりと、しかし躊躇い過ぎないスピードで運ぶことが大切です。

ひと口入ったら、すぐに次の麺を用意したくなる気持ちを、グッとこらえることもポイントです。喉仏の動きや胸の上下、息遣いを観察しながら、「今、飲み込んでいるところだな」と心の中で確認し、完全に落ち着くまで待つようにします。咽込みが出た場合には、慌ててお茶や水を流し込むのではなく、いったんスプーンや箸をテーブルに置き、「びっくりしましたね」「ゆっくり息を整えましょう」と声をかけながら、姿勢を少し前屈みに整えてあげます。それでも咳が続く場合は、その日の麺はそこまでにし、無理をしない判断も大切です。

食事が半分ほど進んだ辺りで、そろそろ疲れが出ていないかにも気を配ります。麺類は噛む回数も多く、意外とスタミナを消費しますから、「最初から完食させること」を目標にするのではなく、「このくらい食べられたら十分だね」という目安を、予め家族やスタッフ間で共有しておくと安心です。「あと三口ぐらいで終わりにしましょうか」「このお揚げを食べたら今日はお終いにしましょう」など、終わりが見える声掛けをすると、本人も力の配分がしやすくなります。

介助中の声掛けでは、「上手くいったところ」を積極的に言葉にすることが、本人の自信を支えます。「今のひと口、とてもスムーズでしたよ」「さっきより咽せずに飲み込めましたね」と、小さな成功をすくい上げて伝えると、「自分はまだ麺が食べられる」という自己肯定感にも繋がります。反対に、咽込んだり、口からこぼれたりした時に、「ほら、だから麺は危ないって言ったでしょう」といった否定的な言葉が続くと、本人はアッという間に気持ちを閉ざしてしまいます。「ちょっとびっくりしましたね」「ここで一休みしましょう」と、出来事そのものにやさしく名前を付けてあげるような声掛けを心がけると、失敗も大きな傷になりにくくなります。

年越し麺は、行事食でもありますから、食事中の会話も楽しみの1つです。ただし、飲み込みが不安定な方の場合は、「食べる時間」と「思い出を語る時間」を、少し分けてあげるのがお勧めです。例えば、数口ごとに一息つきながら、「若い頃はどんなお蕎麦を食べていましたか」「お子さんが小さいときの年越しは、どんな感じでしたか」と尋ねるようにすると、食べることに集中する時間と、言葉を楽しむ時間のメリハリがつきます。テレビの音量を少し絞ったり、周囲の声かけを控えめにしたりして、本人が飲み込みに集中できる「静かな数分間」を意識的に作ってあげるのも、ささやかながら大きな工夫です。

在宅でも施設でも、介助する人の緊張は、驚くほどそのまま本人に伝わります。「咽せたらどうしよう」「時間内に食べ終えられるだろうか」と頭の中が不安でいっぱいになっていると、動きが硬くなり、表情も強張ってしまいがちです。大晦日の年越し麺だからこそ、「ゆっくりで大丈夫」「無理なら、また来年に持ち越せばいい」と、介助する側も自分に言い聞かせながら、深呼吸を一つ置いてから一口目を運んでみてください。その余裕が、そのまま高齢者さんの安心感に繋がり、「今年も一緒に麺を楽しめた」という、ささやかな達成感を共有することが出来るはずです。次の章では、こうした介助の工夫を、施設と在宅それぞれの「段取り」としてどう形にしていくかを考えていきます。


第4章…施設と在宅それぞれの「年越し麺タイム」段取り術

ここまで、高齢者さんにとっての麺類の難しさと、一杯を食べやすく整える工夫、介助の流れについて見てきました。最後に大事になるのが、「いつ」「どこで」「誰と」その一杯を味わうかという段取りです。特に大晦日は、施設でも在宅でも、普段以上に予定が詰まっている日です。無理をしない時間配分と準備を考えておくことで、「行事食だから」と現場が疲れ切ってしまう事態を和らげることが出来ます。

施設の場合、まず考えたいのは「提供する時間帯」と「対象者の優先順位」です。夕食の時間を、いつものまま一斉にスタートさせると、麺介助が必要な方が多いユニットほど、職員がてんてこ舞いになります。可能であれば、事前に対象者をざっくり3つほどのグループに分けて、「自力でほぼ食べ進められる方」「部分的な見守りでいけそうな方」「しっかりした介助が必要な方」というイメージを共有しておくと段取りが立てやすくなります。

例えば、介助が多く必要な方は、少し早めに「年越し麺タイム」として単独で始めてしまい、他のテーブルとは時間差をつける方法があります。その間、ほかの利用者さんには、お茶とおやつで一息ついてもらい、少し時間をあけてから通常の夕食に入ってもらう、といった工夫です。逆に、自力で食べ進められる方には、温かいうちに先に配膳し、職員は要介助の方の食事に集中できるよう役割分担をしておくと、全員が「ぬるくなった麺」を食べることを避けられます。

厨房との連携も欠かせません。麺を提供する時間帯を予め相談し、「この時間にこのテーブルから優先的に出して欲しい」という順番を伝えておくと、無駄な待ち時間が減ります。また、介助に時間が掛かるであろう利用者さんの麺だけ、少しトロミの強いあんかけにしてもらったり、最初から短くカットした状態で盛り付けてもらったりすることも出来ます。現場で一人の職員が全て抱え込むのではなく、医師の指示書に基づく言語聴覚士や看護職や管理栄養士、厨房スタッフと「今年の年越し麺の作戦会議」をしておくと、行事食がチーム全体の着実な仕事に変わっていきます。

当日のシフトにも、ほんの少し意識を向けておきたいところです。どうしても年末は、パートさんの一斉休暇や入浴の調整や家族の面会、リモート面会の対応などでバタつきやすくなります。麺介助が重なる時間帯には、経験の浅い職員を一人きりにしないようにしたり、「この時間はナースコール対応を優先する人」「この時間は食堂に張り付く人」と役割をハッキリさせておいたりすることが、結果的に利用者さんの安心にも繋がります。全てを完璧にこなそうとするより、「今年はここまで出来れば十分」というゴールラインを共有しておく方が、現場の空気も和らぎます。

一方、在宅での年越し麺は、また少し違った段取りが求められます。家族と一緒に暮らしている場合、理想を言えば「皆が同じタイミングで、同じ物を食べたい」と思うかもしれませんが、介護の実際を考えると、「順番をズラす」ことがむしろ優しさになることもあります。例えば、介護者以外の家族には、少し早めの時間に先に食べてもらい、その後でキッチンを片付けてから、高齢者さんとの年越し麺タイムにゆっくり向き合う方法があります。全員が同時に熱々の麺を目の前にすると、どうしても介助する人の心は焦りやすくなりますから、「敢えて時間差を付ける」という選択肢を自分に許してあげても良いのです。

在宅では、とにかく「手は少ないが、融通は利く」という特徴があります。麺を茹でるのは市販の生麺や冷凍麺に任せ、ツユもストレートタイプを利用すれば、介護者の負担はかなり軽くなります。その分、麺を短く切っておいたり、トロミを付けたりする一手間に時間を使えますし、高齢者さんの前に座る時も、慌てずに向き合う余裕が生まれます。どうしても家族全員分を一遍に作るのが大変な時は、「まずはおじいちゃんの分だけしっかり整えて、それから自分たちの分を作る」といった順番にしてしまうのも、立派な段取りの工夫です。

また、在宅では「量の調整」がとても重要です。施設と違い、「完食してもらわなければ次のメニューが出ない」という事情はありませんから、高齢者さんのどんぶりは、最初から茶碗程度の小さめサイズにしておくのも一つの方法です。その代わり、見た目の寂しさを補うために、具材の彩りを工夫したり、好きな器を使ったりして、「少量だけれど、ちゃんと年越しの一杯」という雰囲気を大切にしてあげると良いでしょう。無理に大盛りにせず、「今日はこれだけ食べられたね」と笑い合えるラインを家族で決めておくと、介助する側の心も軽くなります。

施設でも在宅でも共通して言えるのは、「年越し麺を、その年の状態に合わせてアレンジして良い」ということです。昨年はお蕎麦が食べられた方でも、今年はうどんの方が安心かもしれませんし、来年はトロミ付きのあんかけうどんに変わるかもしれません。その変化は、決して後退ではなく、「今のその人に一番合った形を探した結果」だと受け止めたいところです。大晦日の忙しさの中で、「どうして去年と同じようにいかないのだろう」と自分を責めるより、「今年も、この方と一緒に年越しのテーブルにつけた」という事実を、そっと誉めてあげて欲しいと思います。

年越し麺の段取りを考えることは、そのまま「どうやってこの人と一年を締め括るか」を考えることでもあります。職員同士、家族同士で、「今年はこんな風にやってみよう」「このやり方は来年に引き継ぎたいね」と振り返りながら、毎年少しずつバージョンアップしていけたら理想的です。次のまとめでは、「その人らしい一口」を守るために、大晦日の介護で一番大切にしたい視点を改めて整理していきます。

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まとめ…無理をしない段取りで「その人らしい一口」を守る年越しに

大晦日の年越し麺は、高齢者さんにとって決してやさしいメニューではありません。麺の形や長さ、ツユの流れやすさ、噛む力や飲み込む力、入れ歯や口の乾き……様々な条件が重なって、咽込みや誤嚥のリスクが高まりやすい料理です。介助する側から見れば、「時間が掛かる」「気を遣う」「他の仕事が押してしまう」と、正直なところため息がこぼれそうになる場面もあるでしょう。それでも多くの人が「年の締め括りに麺を食べたい」と願うのは、そこに若い頃からの記憶や、家族との団欒の風景が深く結びついているからだと思います。

だからこそ、「危ないから全部辞める」「昔のままを完璧に再現する」のどちらかだけではなく、「今のその人に合った年越し麺」を探していく視点が大切になります。麺の種類を蕎麦からうどんに替えてみる。太さや長さを調整する。少し軟らかめに茹でて、トロミをつける。具材を、噛みやすく飲み込みやすいものに入れ替える。どれも小さな工夫ですが、その積み重ねが、「今年も一緒に麺を味わえた」という体験を、無理なく守る力になります。

介助の場面では、「ひと口ずつ、落ち着いて」「飲み込むまで待つ」「小さな成功を言葉にして褒める」といった基本が、やはり一番の土台になります。姿勢を整え、最初はツユを少量から試し、麺は適量をスプーンや箸でまとめてから口元へ運ぶ。咽込んだ時には、責めたり諦めたりする前に、姿勢と呼吸を整え、今日はここまでにしようかと優しく提案する。そうした一つ一つの対応が、本人の「まだ自分は食べられる」という自信と、「ここなら安心して食べられる」という信頼を育てていきます。

施設では、提供時間や対象者のグループ分け、厨房との連携、シフトの工夫といった「段取り」が、現場の負担と利用者さんの安心を左右します。在宅では、家族の食事時間をズラしたり、量を最初から控えめにしたり、市販の麺やツユを上手に頼ったりと、「手は少ないけれど融通が利く」という特性を生かすことがポイントになります。どちらの場面でも、「去年と同じ形」に縛られ過ぎず、「今年のこの人にとって心地よい一杯」を目指すことが、介護者自身を追い詰めないコツと言えるでしょう。

そして何より大事なのは、「完食=成功」と決めつけないことかもしれません。数口だけでも、自分のペースで麺をすすり、満足そうにお椀を置けたなら、その年の年越し麺は十分に意味を果たしています。行事のために働き手がクタクタになってしまっては、本末転倒です。たとえ予定通りにいかなかったとしても、「今年もこの人と、年越しのテーブルを囲めた」「無理をし過ぎずに、安全第一で終えられた」と振り返ることが出来れば、それは立派な達成だと言っていいはずです。

大晦日の台所や食堂には、湯気と一緒に、たくさんの人生の時間が漂っています。介護をする人も、される人も、その真ん中で「お疲れ様」「来年もよろしくね」と言い合えるように。完璧な年越しを目指すのではなく、「今年の自分たちなりに、よく頑張ったね」と笑って締め括れる一杯を用意する。その気持ちこそが、高齢者さんと年越し麺を囲むとき、一番大切にしたいケアの心なのだと思います。

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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