特養にカツカレーが来ない問題~理事長が気づいた瞬間にカレーフェスが始まった話~

[ 2月の記事 ]

はじめに…理事長の「ゼロでいいのか?」という1つの疑問が厨房を静かにざわつかせた朝

2月22日。世の中では「カツカレーの日」だという。そんな情報を、何故か一番先に嗅ぎつけたのが、うちの特養の理事長だった。朝礼前から目がキラッキラで、手には謎に分厚いメモ。顔はもう、カツの衣みたいに脂がのってサクサクしている。いや理事長、テンションの例えがもう油っぽい。

「事務長、今日はカツカレーの日だ。これは…行事だ。施設として対応すべきだろう」
その言い方、まるで国民的祝日である。事務長は一瞬だけ天井を見て、ゆっくり目線を理事長に戻した。今、脳内で“理事長を止めるための安全用語辞典”を開いている顔だ。

「理事長、今日は通常どおり“サラッとカレー”でございます」
「サラッと?カツは?」
「いません」
「カツがいないカツカレーの日…そんなの、節分に豆がないくらいの事件だろう」
事件なのは理事長の発言の方である。

でも、理事長の言い分も、どこか胸に刺さる。特養で出てくるカレーは、たしかに“サラッと”していることが多い。食べやすさ、飲み込みやすさ、胃腸への負担、体調の波。そういう現実を考えると、カレーが無難になるのは分かる。分かるんだけど――。

世の中には牛タンカレーも、牛もつカレーも、マッサマンも、バターチキンも、スパイスの香りで旅に出られるカレーが山ほどある。なのに施設に入居した瞬間、カレーの世界が急に狭くなる。年に1回どころか、何年経っても「いつもの」だけ。安全のためとはいえ、人生の楽しみが“静かに削られていく感じ”がある。

理事長が、珍しく真顔になった。
「辛味や脂で一食として出せないのは分かる。だが、ゼロのままで良いのか? あの人たちの『食べたい』は、どこへ行く?」
この瞬間だけ、事務長が言い返せなくなる。安全を守ることは正しい。でも、正しさがいつも“楽しい”と両立するとは限らない。そこを何とかするのが、施設の腕の見せどころでもある。

そんな空気の中、事務長がポツリと言った。
「理事長。勝負は一食でしないでください」
理事長が目を丸くする。
「え?」
「一食でカツカレーを完成させようとするから無理なんです。ならば…一口で、いろんなカレーを味見する日にしましょう。小皿で、ほんの一口ずつ。カレーの“フェス”です」

理事長の顔が、またサクサクに戻った。
「フェス!? 特養に屋台が立つのか!」
「立ちません。気分だけです」
こうして、うちの特養では、静かに大事件が起きることになる。カツカレーの日にカツがいない問題から始まったのに、何故か“世界を旅するカレーフェス”へ話が転がっていくのだ。

この先に待っているのは、理事長の暴走と、事務長の正論と、厨房の現実と、そして入居者さんたちの「ちょっと嬉しい顔」。食べることが難しくなっても、楽しむことまでゼロにしなくて良い。そんな話を、笑いながら、ちゃんと現場目線で書いていきたいと思う。

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第1章…カツカレーの日にカツがいない!~理事長の胃袋が先に立ち上がる~

2月22日、昼食前の廊下に、いつもと違う風が吹いた。乾燥注意報みたいな空気の中で、理事長だけが何故か湿度高めで上機嫌だった。手にはプリント、目はキラキラ、声はやや大きい。つまり危険信号である。施設の“事件”はだいたい、こういう日に起きる。

「事務長。今日はカツカレーの日だぞ」
理事長は堂々と言う。何故そんなことを知っているのか、誰にも分からない。たぶんテレビだ。あるいは理事長の“食べ物アンテナ”は、災害速報より早い。

事務長は、反射で返す。
「理事長、今日は通常通りのカレーです」
ここで理事長が満足してくれれば平和だったのに、理事長は“通常通り”という言葉に妙に敏感だった。何かに気づいた顔をする。理事長は、その気づきが鋭い時ほど厄介だ。

「通常通り……つまり、カツは?」
「いません」
「カツカレーの日にカツがいない? それは、運動会にパン食い競走がないくらい寂しいぞ」
事務長は心の中で呟く。理事長、施設の運動会にパン食い競走を入れようとしたの、あなたです。止めたのは私です。

理事長の熱が上がる前に、厨房の栄養士さんがそっと割り込んでくる。表情は穏やか、声は丁寧、でも目の奥が「理事長、今から安全講義に入りますよ」と言っている。
「理事長、とんかつは揚げ物で脂が多いですし、衣は噛む力が必要になります。さらにカレーの香辛料もありますので、体調に波がある方には一食で負担が大きいことがあります」

理事長は腕組みして聞く。聞いているが、納得の顔ではない。
「うむ、つまり危ないのだな」
「はい、全員一律に出すのは難しいです」
「だからゼロで良い、という話になるのか?」
この一言で、空気が少しだけ変わった。いつもなら理事長は「じゃあ明日出そう!」くらいの勢いで終わるのに、今日は違う。何故か“ゼロ”という言葉を嫌がっている。

理事長は窓の外を見ながら、真顔で続ける。
「入居すると、食の世界が急に、それも極端に狭くなる。安全が理由なのは分かる。でも…カツカレーの日に、カツカレーが完全に消えるのは、やっぱりおかしい。食べたい気持ちは、どこへ行く?」
事務長は、思わず黙る。現場を守る立場として、栄養士さんの言うことは正しい。けれど、理事長の言うことも、意外と芯を食っている。人は“食べられるもの”が減っていくと、“楽しみ”まで一緒に減った寂しい気持ちになりやすい。特に、行事や話題の日はなおさらだ。

そして理事長は、さらに火に油を注ぐ質問を投げる。
「何故、施設のカレーは、いつも同じ顔なんだ? 世の中には牛タンカレーも、世界のカレーもあるだろう。年に1回も登場しないのは、施設の損失じゃないか?」
事務長は即答しかけて、飲み込む。「コスト」と言いそうになったからだ。ここでそれを言うと、理事長は“施設の予算を守る話”ではなく、“世界のカレーを守る話”にすり替えてしまう。理事長はそういう人だ。困るけど、嫌いじゃない。

とはいえ、現実にも理由はある。特養のカレーが“サラッと”寄りになりやすいのは、食べやすさを優先しているからだ。脂が重過ぎないように減らしまくって、香辛料を強くし過ぎず、飲み込みやすい濃度に水や出汁で薄めて、皆が安心して食べられるようにする。だから「いつものカレー」は、実は“誰かを守るための味”でもある。

でも、その守り方が「守るために、楽しいを全部切る」になっていないか。理事長はそこを嗅ぎ取った。
「事務長。危ないから、やらない。で終わらせるのは簡単だ。でも、我々は施設だ。生活を預かっている。なら、楽しみも預かるべきだろう?」
理事長が、急に名言を出してくる。たまにある。たまにあるから厄介なのだ。

事務長は深く息を吸う。ここで「理事長、それは理想論です」と切ってしまえば楽だ。でも、それでは話が終わる。終わらせたくない気持ちが、ほんの少しだけ愛情と共に芽を出してしまった。
「理事長。分かりました。ただし、一食で“本気のカツカレー”を出すのは無理です。勝負の仕方を変えましょう」
理事長が身を乗り出す。
「勝負の仕方?」
「はい。カレーの日は、カレーを“食べる日”じゃなく、“楽しむ日”にします」

こうして、理事長の胃袋から始まった騒動は、施設の行事企画へ形を変えていく。カツがいないことを嘆いていたはずなのに、気づけば話は「どうしたらゼロにしないで済むか」に移っていた。理事長は満足そうに頷き、事務長は頭の中で“安全と現実の落とし所”を必死で計算し始める。

そしてこの章の最後に、厨房から小さな声が聞こえる。
「……理事長、フェスって言い出したら、また屋台作ろうとしますよね」
事務長は即答する。
「作りません。気分だけです」
でも心の中では、少しだけ思ってしまう。屋台の気分、悪くないな、と。


第2章…事務長の正論が重い…脂・香辛料・体調の波が一皿に集合する恐怖

理事長の「ゼロで良いのか?」が、静かに効いてしまったその直後。事務長は一度だけ深呼吸して、言い方を選ぶ人の顔になった。こういう顔の時、事務長はだいたい“正しい話”をする。正しい。だが重い。重いのに、何故か胃にも来る。止めて欲しい。

「理事長。カレーって、見た目は優しいんですけど、実は“体調の波”に刺さりやすい料理なんです」

理事長は腕を組む。腕を組むと理事長は偉く見える。つまり余計に言い返し難い。けれど事務長は、敢えて言い返されにいく。

「まず脂です。ルーの脂、肉の脂、そしてもしカツが乗ったら揚げ物の脂。これで胃が弱い方は一発で負けることがあります」
「負けると言うな。勝つ日だぞ」
「理事長、胃腸は勝負を受け付けません」

ここで看護師さんがヒョイっと顔を出す。現場の人は情報が早い。理事長の“食の暴走”は、何故か院内放送より伝わるのが速い。
「事務長、今日カレーですよね。体調不良の方、数名います」
理事長が小声で言う。
「……体調不良の時は、カレーはダメなのか」
事務長は、ここで妙に優しい声になる。
「ダメ、というより“当たりやすい”んです。胃が荒れてると香辛料で痛みが出たり、脂で気持ち悪くなったり。さらに、食べたい気持ちだけ先行して、いつもより早食いになって、咽込むこともあります」

理事長の眉が少しだけ下がった。ここは理事長の良いところだ。勢いだけで押し切らない。ちゃんと人の顔を思い浮かべてくれる。

サラッとカレーの正体

「じゃあ、何故うちのカレーはサラッとしてる?」
理事長が聞く。
事務長は頷く。そこは説明しやすい。現場のカレーが“サラッと寄り”になるのは、手抜きというより“事故を起こし難い無難な線”を狙っていることが多い。

「重くしないことで、胃もたれを減らす。辛くしないことで、胃の刺激を減らす。具を硬くし過ぎないことで、噛む負担を減らす。食べ慣れた味にすることで、食欲の波を安定させる。いろんな理由が重なって、今の形になってるんです」

理事長は頷きながらも、どこか悔しそうだ。
「つまり、サラッとカレーは“守る味”なんだな」
「はい。守るための味です」
「だが、守り過ぎて“楽しみ”が消えたら、生活の方が薄くならないか?」
理事長、今日だけ哲学者の顔をしている。

カレーは「体調のくじ引き」になりやすい

事務長は、理事長の言葉を否定しないまま、さらに現実を足す。ここが事務長の怖いところである。正論に正論を重ねて、逃げ道を塞ぐ。

「特養って、同じ方でも日によって違います。昨日は元気でも今日は胃が動かない、とか。薬の影響で便が緩い日もある。水分の飲み込みが怪しい日もある。そういう“日替わりの揺れ”がある中で、脂と香辛料がまとまった一皿を出すと、体調のくじ引きみたいになるんです」

理事長が小さく唸った。
「一食でズドン、とやると当たる人が出る…」
「そうです。しかも当たった時のダメージが分かりやすい。食事って、幸せのはずなのに、結果が“つらい記憶”になりやすいんです」

この時、厨房の栄養士さんが、追い打ちみたいに優しく言う。
「理事長、カツは噛む力も必要です。飲み込みが不安定な方は、衣が口の中で散ってしまうことがあるんです」
理事長が、うっすら自分の言い出したことを反省し始める。良い兆候だ。

でも理事長は、そこで終わらない。終わらせたくない人なのだ。
「つまり、カツカレーを一食で出すのは難しい。だが、それでも“ゼロのまま”が正しいとは限らない。ここを何とか出来ないか?」

事務長は、そこでようやく“提案の扉”を開く。
「理事長。だから、勝負の仕方を変えるんです。一食で完成させない。胃腸に優しく、でも心は置き去りにしない方法で」

理事長の目が戻ってくる。キラキラが復活しかける。
「ほう…その方法は?」
事務長は、少しだけ笑う。
「次の章で、会議を開きます。理事長の暴走を“企画”に変える会議を」

理事長は満面の笑みで立ち上がった。
「暴走って…。よし、カレーは会議で守る!」
事務長は即座に訂正する。
「理事長、守るのは入居者さんの胃です」

こうして、“正しい話で終わらない”ための次の一手が、ジワジワ動き出した。


第3章…世界のカレーは広いのに、特養のカレーは狭い?理事長の逆襲会議

会議室に集められたのは、理事長、事務長、栄養士さん、看護師さん、介護主任。顔ぶれだけ見ると、何か大切な方針会議に見えるのに、議題が「カレー」なのが特養らしい。いや、特養らしいというより、うちの理事長らしい。

理事長は開口一番、言い切った。
「うちは安全で正しい。だが、正しいだけで暮らしは温まるのか? カレーの種類が、入居した瞬間に“一本道”になるのは寂しい」
事務長が即座に補足する。
「理事長、結論が早い。まず“事故ゼロ”が大前提です」
「分かっている。だからこそ会議だ。暴走じゃない。これは…企画だ!」

この「企画だ!」が出た時、介護主任の目が“覚悟の目”になる。現場は知っている。理事長の企画は、放っておくと「屋台」「法被」「太鼓」まで延々と増殖する。お祝いムードが増えるのは良いが、増えるのはムードだけにして欲しい。

栄養士さんが、現実を丁寧に置く。
「理事長、確かにカレーの世界は広いです。牛タンカレーもマッサマンも魅力的。ただ、特養で一食として出すと、脂や香辛料だけでなく、アレルギーや体調差、食形態の違いが一気に問題になります」
看護師さんも頷く。
「体調が不安定な方は、刺激や脂でお腹が動き過ぎることもあります。今日は大丈夫でも、明日は違う。そこが怖いんです」

理事長は腕組みしながら、グッとこらえている顔をした。勢いで押し切らないのは偉い。でも、ここで引かないのも理事長だ。
「だから“一食でドン”はやめよう。だが、“ゼロ”もやめよう。どうにかして、世界を連れて来たい」

ここで事務長が、会議の空気を変える一言を出す。
「理事長、“食事”でやるから重いんです。発想を変えましょう。これは『食べる』じゃなく『味わう』です」
理事長が目を細める。
「味わう?」
「はい。ひと口で良い。小皿で、味見。いわば“カレーの見本市”です。胃腸への負担を最小にして、気分の満足を最大にする」

介護主任が思わず口を挟む。
「ひと口って、どれくらいです?」
事務長は真顔で言う。
「スプーンひと匙分です。理事長が“おかわり自由”と言い出す前提で、最初から小さく決めます」
理事長が即答する。
「言わない」
全員が同時に思った。言うな、よし今は言うな。

ここで、私からの提案も混ぜるとするなら、会議の芯はこうすると強いです。カレーの「具」で勝負するのではなく、カレーの「香り」と「名前」で旅をさせる。つまり、舌だけじゃなく会話で気分も巻き込む作戦。例えば、各小皿に短い紹介カードを添える。「タイのグリーンカレー風」「インドのガラムマサラの香り風」「懐かしの洋食屋さんカレー風」。辛さを上げなくても、言葉で景色を魅せることも出来ます。

看護師さんが「それなら食べられない方はどうします?」と聞く。ここが大事なところで、フェスは“食べられる人だけのイベント”にしないのが特養の矜持だ。事務長が頷く。
「食べられない方には、香りで参加できるようにします。スパイスの香りをほんのり感じるだけでも『今日は特別』になりますから」
栄養士さんが続ける。
「食べられる方も、量は小さく。油っぽさを抑えて、刺激は控えめ。普段のサラッとカレーが“基準”としてあるから、味見は本当に少しで成立します」

理事長が嬉しそうに身を乗り出す。
「つまり、普段のカレーを守りつつ、世界をひと口ずつ連れてくる。これが共存だな」
事務長は淡々と釘を刺す。
「理事長、言っておきます。種類は増やし過ぎると厨房が倒れます。理事長の情熱は分かりますが、現場は増殖に弱い」
理事長が胸を張る。
「では厳選する。世界を、厳選する!」
その言い方は偉人の演説みたいだが、やっていることはカレー選抜である。

こうして会議は、ようやく「出来る形」に着地していく。大皿で勝負しない。刺激で勝負しない。量で勝負しない。その代わり、ひと口の体験で勝負する。理事長の“カレーは生活の楽しみ”という気持ちを残しつつ、事務長の“事故ゼロが最優先”も守る。特養の企画として、これ以上ないほど現実的で、でも少しだけ夢がある。

会議の最後、理事長がポツリと言った。
「事務長、これは…カレーの話ではなく、“暮らしの話”だな」
事務長は小さく頷いてから、念のために言い添える。
「はい。なので理事長、法被は止めてください」
理事長は笑って答えた。
「分かった。法被は…気分だけにする」

次はいよいよ、企画の完成形です。ひと口小皿で、全員が参加できる“味見カレーフェス”。理事長の夢と事務長の現実が、同じ鍋で煮込まれていきます。


第4章…一食で勝負しない!小皿ひと口“味見カレーフェス”で全員参加作戦

会議が終わったその日の午後、事務長は真顔でホワイトボードに大きく書いた。
「フェスは大皿ではなく、小皿である」
理事長が嬉しそうに頷く。
「屋台は?」
「気分だけです」
理事長は少し残念そうにする。こういう瞬間だけ、子どもみたいな顔になるのが理事長のずるいところである。

カレーの問題は“出すか出さないか”ではなく、“どう出すか”だった。特養の現場は、正しい理由で慎重になる。脂、香辛料、体調の波、噛む力、飲み込み。これらが揃った料理は、一食としてど真ん中に置くと、どうしてもリスクが跳ね上がる。でもゼロにすると、今度は暮らしが痩せてしまう。だから答えは、その間にある。ひと口。小皿。味見。

「フェスの主役は胃袋じゃない。気分です」
事務長が言うと、介護主任が笑った。
「それ、現場で一番大事なやつですね」
理事長は何故か胸を張る。
「つまり、私が主役ということだな!」
「違います」
その即答が、施設の笑いの平和を守っている。

小皿ひと口が強い理由

小皿ひと口には、現場として“通りやすい理由”がある。量が少ないから胃腸への負担が軽く、辛味や脂の影響も最小限に出来る。さらに「今日は特別だね」と会話が生まれやすい。特養で強いのは、味そのものよりも、味を切っ掛けにした会話と笑いなのだ。

そして、ここが大事。特養の企画は「食べられる人だけ楽しい」だと、空気が寂しくなる。フェスは“全員参加”で成立する。だから事務長は、最初から2つの参加コースを用意した。食べられる人は小皿で味見、食べ難い人は香りや見た目で参加。全員が同じテーブルの同じ話題で笑えるようにする。これが“特養のフェス”の条件だ。

理事長が言う。
「食べられない人が見ているだけなのは、つらいからな」
事務長が頷く。
「はい。だから、見ているだけにしません」

フェス当日の流れが「安全」と「ワクワク」を両立する

当日、昼食はいつも通りのサラッとカレーが基準として出る。これが安心の土台になる。そこに、デザート感覚のような“味見小皿”が登場する。理事長は小声で言った。
「デザートがカレー…新時代だな」
事務長は冷静に返す。
「理事長、言い方を変えるだけで事故率が上がるので黙ってください」

味見小皿の数は、現実的にしぼる。多過ぎると厨房が燃える。フェスとは、熱気で盛り上がるものだが、厨房が燃えるのは比喩で十分だ。ここは事務長が珍しく理事長を押し切った。
「種類は最大でも4つまで。理事長の情熱は分かりますが、世界は一気に連れて来ない」
理事長が悔しそうに言う。
「世界は広いのに…」
「だからこそ、厳選します」

私からの補足提案としては、味の方向性を“尖らせない”のがコツです。辛さで世界を表現するのではなく、香りと甘み、酸味のニュアンスで旅をさせる。例えばココナッツの香り、トマトの酸味、バターっぽいコク、出汁の旨味。辛味を上げなくても「いつもと違う」は必ず作れます。特養のカレーがサラッとしているなら、なおさら“少しの違い”が大きく感じられる。これが味見の強みです。

参加できる工夫は味よりも“言葉”が効く

小皿には、短い紹介カードをつける。ここは食べる量以上に、気分が変わるポイントだ。「今日はタイの風」「今日は洋食屋さんの思い出」「今日は春みたいな甘いカレー」。たった一言で、食堂の景色が変わる。入居者さんの反応も変わる。
「タイってどこだっけ」
「若い頃、喫茶店のカレーが好きだった」
「私は甘いのがいい」
この会話が出た時点で、フェスは成功に近い。

食べられない人には、香りで参加できる仕掛けを用意する。香り袋をそっと開けて、フワッと香りを届けるだけでも「今日は特別」が伝わる。嗅覚は記憶と直結しやすいから、フッと昔の思い出が戻ってくることがある。味よりも先に“懐かしい”が来る人もいる。特養では、そこがとても強い。

理事長が、ここでまた妙に良いことを言う。
「食べられるかどうかじゃない。今日の話題に入れるかどうかだ」
事務長が小さく笑う。
「その通りです。なので理事長、やっぱり法被はやめましょう」
理事長は真顔で返す。
「分かった。法被は…心に着る」

最後は「おかわり」より「思い出」で締める

フェスの終わりに必要なのは、おかわりの行列ではない。記念写真と一言の感想だ。ここも特養らしく、やり過ぎないのが良い。食べた量より、笑った回数が残るようにする。
「これ、またやりたいね」
「次は甘いのがいい」
「昔のカレー思い出した」
この言葉が出たら、勝ちである。カツカレーの日にカツがいなかったことから始まったのに、最終的に“暮らしの楽しみ”が増えている。理事長の目は、もう完全に次の企画を見ている。

理事長が言った。
「事務長、次はラーメンフェスだ」
事務長は秒速で返した。
「理事長、まず塩分からです」

こうして、特養のカレーは“一種類の義務”から、“みんなで参加できる行事”に変わった。一食で勝負しない。ひと口で旅をする。安全と楽しみを同じテーブルに置くための、一番現実的で、一番温かい作戦が完成したのである。

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まとめ…「食べる」より「参加できる」がごちそうになる日──カレーは心の行事です

特養で「カツカレーの日なのにカツカレーが出ない」問題は、ただの献立の話ではありませんでした。脂や香辛料、噛む力、飲み込み、体調の波。現場が慎重になる理由はきちんとあって、だからこそ“いつものサラッとカレー”は、手抜きというより「誰かを守る味」になっていることが多い。ここを無視して勢いだけで豪華カレーを出してしまうと、笑い話では済まない結果になることもあります。

でも同時に、理事長の「ゼロで良いのか?」も正しかった。安全のために削るものが増えていくと、いつの間にか“楽しみ”まで薄くなる。入居した瞬間に、食の世界が一本道になるのは、やっぱり寂しい。大切なのは「出せるか出せないか」ではなく、「どうしたら残せるか」。特養の献立って、正しさの上に“暮らし”を乗せる仕事でもあるんですよね。

そこで生まれたのが、一食で勝負しない発想でした。大皿でドン、刺激でドン、量でドン、をやめて、小皿でひと口の“味見”にする。これなら胃腸への負担を最小限にしつつ、特別感は最大限に出来る。さらに紹介カードや香りの演出を添えれば、食べ難い人も置き去りにせず、同じ話題の輪に入れる。特養の行事で一番強いのは、実は味そのもの以上に「会話」と「笑顔」なのだと、改めて思わされます。

そして何より大きいのは、「食べられなくなる」ではなく「参加できる形に変える」という視点です。カレーが好きだった人生を、ゼロにしない。安全を守りながら、暮らしの温度も守る。その落とし所として、ひと口のカレーフェスはかなり優秀でした。理事長が法被を“心に着る”くらいで済むなら、現場としても大勝利です。

来年の2月22日、もし施設の献立がいつも通りのカレーだったとしても、がっかりしなくて大丈夫です。いつものカレーがあるから、ひと口の違いが輝く。いつもの安心があるから、ちょっとした冒険ができる。カレーは胃袋の行事でありながら、実は心の行事でもある。そんな一日を、特養でも作っていけます。

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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