2月9日は服の日~冬の着替えは作業じゃなくて尊厳を守る“作戦会議”だ~
目次
はじめに…服は布じゃない、最後のプライベート領土だ
2月9日は「ふ(2)く(9)」の語呂で“服の日”です。世の中ではおしゃれの話になりがちですが、介護の現場で服は、もう少し深い顔をしています。服は布でできた道具でありながら、その人の「らしさ」を守る最後の砦でもあるからです。
たとえば、若い頃にずっと着ていた色、好きだった柄、袖口の感じ、首元の開き具合。本人にとっては、服は思い出の入れ物です。ところが冬になると、その入れ物が急に“防具”になります。重ね着は寒さから守ってくれる一方で、脱ぐ順番が増え、袖が引っ掛かり、静電気がバチッと鳴り、乾燥した肌が擦れて不機嫌になる。服が反抗期に入ったみたいに、協力してくれません。
そして介護で一番、不思議で、ちょっと切ないのはここです。服は「本人のもの」なのに、いつの間にか「管理しやすい服」が勝ち始めます。乾きやすい、伸びる、前が開く、同じ形が何枚もある。全部正しい。正しいからこそ、気づくと“本人の好き”より“現場の都合”が前に出て、本人の輪郭が薄く見える瞬間があるんです。もちろん誰も悪くないのに、なんだかもったいない。
だから今日の記事の合言葉はこれです。
「着替えは介護じゃない、作戦だ。」
ここで言う作戦は、速さ勝負のことではありません。本人が恥ずかしくならない、怖くならない、痛くならない。しかも終わった後に「まあ、悪くなかったな」と思える。そんな“気持ちの勝ち筋”を探す作戦です。
特に冬は、事故が起きる場面がはっきりしています。朝晩の着替えよりも、お風呂上がりや失禁で汚れた時。濡れた皮膚に乾いた服を通そうとした瞬間、服は味方から一瞬で敵になります。ここを丁寧に扱えると、皮膚も心も守れますし、介助する側も「ああ、今日は平和だった」と感じられます。
服の日は、服を増やす日じゃなくて良いんです。服のせいで本人が消えてしまわないように、服との付き合い方を見直す日。さあ、冬服の反抗期に対して、こちらも大人の作戦会議を始めましょう。
[広告]第1章…冬服は反抗期~袖は罠で静電気は警報で乾燥は内通者?~
冬の服って、何故か人格が変わります。夏は「どうぞどうぞ、通りやすいですよ」と腕を通してくれるのに、冬になると急に「今日は簡単に脱がせません」と宣言してくる。しかも相手は一枚じゃありません。インナー、セーター、カーディガン、上着。重ね着の数だけ“引っ掛かりポイント”が増えて、袖は罠になり、静電気は警報になり、乾燥は内通者として裏で糸を引きます。
まず袖。袖はやたらと正義感が強いんです。「あなたの手首を守ります!」と張り切って、袖口がキュッと狭くなる。すると指先が袖に引っ掛かりやすくなって、本人は「上手くいかないな」と焦り、介助側は「ごめんね、ちょっと通すよ」と力を足したくなる。ここで冬服の罠が発動します。力で通そうとすると、布が肌をこすります。肌が乾いていればまだマシですが、少し汗ばんでいたり、入浴後で湿っていたりすると、服が皮膚に貼り付いて、摩擦が一気に増えます。服は優しい顔をしながら、こっそり足を引っ掛けてくるタイプです。
次に静電気。冬の静電気は、音がズルい。「バチッ」と鳴ると、本人はびっくりして体が固まります。痛いというより、怖い。しかも厄介なのが、静電気が起きる日はだいたい空気が乾いています。乾燥している日は、髪は広がるし、肌はカサつくし、服はまとわりつく。つまり静電気はただの現象じゃなくて、「今日は乾燥が強いよ」という警報でもあるわけです。警報が鳴っているのに、こちらがいつも通りのスピードで突っ込むと、だいたいどこかで小さなトラブルが起きます。
そして乾燥。乾燥は、存在感が薄いのに一番厄介です。派手に騒がないのに、ジワジワ効いてきます。肌が乾くと、痒みが出たり、服のこすれが痛く感じたり、ほんの少しの引っ張りで赤くなったりします。本人の表情が曇ると、そこから“拒否”の芽が育ちます。拒否は我儘じゃなくて、防衛反応です。「痛いかもしれない」「恥ずかしいかもしれない」「上手くいかないかもしれない」。その不安が、着替えという毎日の作業を、毎日の小さな戦いに変えてしまう。
だから冬の着替えは、技術より先に“見立て”が大事になります。今この瞬間の服は、協力的か反抗的か。袖は罠になっていないか。静電気の警報は鳴っていないか。乾燥という内通者が、肌のバリアを弱らせていないか。ここを読めるだけで、着替えの空気が変わります。
ここで1つ、冬の服と仲良くなるコツがあります。服に勝とうとしないこと。服は敵ではなく、環境の代弁者です。「寒い」「乾いてる」「こすれる」「怖い」。その全部を服が代わりに言っていると思うと、こちらの作戦も変わります。速く終わらせるより、本人が負けた気持ちにならないように終える。冬の反抗期は、真正面から押し切るとこじれます。だからこそ、大人の作戦会議が必要なんです。
次の章では、その作戦がいつの間にか“正しさの制服”になってしまう話をします。正しいはずなのに、本人が薄くなる。冬の服は、その矛盾を一番わかりやすく見せてくれるんですよね。
第2章…正しさが分厚いと本人が薄くなる~“介護の制服化”という小さな風刺~
冬の着替えで、現場が一番ホッとする瞬間があります。それは「うん、これならスムーズだね」と全員が思える服に出会った時。前が開く、伸びる、乾きやすい、袖が引っ掛かり難い。洗ってもすぐ乾く。名前も書きやすい。迷子にならない色。まるで“介助にとても協力的な服”です。
ここまでは完全に正しい。誰も間違っていない。むしろ経験を積むほど、こういう服のありがたみが骨身に沁みます。冬は寒いし、着替えの回数も増えるし、少しの失敗が皮膚トラブルに直結する。だから安全と安定を優先したくなる。現場の正しさは、ちゃんと理由があって生まれています。
でも、正しさって、時々、分厚くなります。分厚くなった正しさは、良い布団のようにあったかい反面、顔まで覆ってしまうことがある。ここからが、介護の“静かな風刺”の始まりです。
例えば、本人が好きな服って、割りと扱い難いことが多いんです。ボタンが小さい、袖が細い、首元が狭い、素材が静電気を呼ぶ。柄が派手で、汚れが目立つ。洗うと縮む。乾き難い。施設の洗濯に向いていない。言い分は痛いほど分かるんですが、本人の側から見れば「それが好きなんだよ」となる。好きって、合理性じゃないんですよね。
そこで出てくるのが“介護の制服化”です。悪気はないのに、気づくと似た服ばかりになっていく現象。色も形も、だんだん「無難」に寄っていく。タンスを開けると、同じようなカーディガンが何枚も並ぶ。本人が「これ、私の?」と聞きたくなるくらい、整い過ぎたクローゼットが完成します。
もちろん、制服化にはメリットもあります。寒さに強い、着替えやすい、事故が減る。ここは現場の勝利です。ただ、その勝利の影で、時々、起きる小さな敗北があります。それが「本人の輪郭が薄くなる」瞬間です。
例えば鏡の前。本人が鏡を見て、フッと黙る。表情が少しだけ“遠く”なる。誰も気づかない程度の静かな違和感。でも介護をしていると、この“遠くなる顔”が一番怖い。転倒よりも、発熱よりも、派手じゃないからこそ見落としやすい。でもここを放置すると、着替えそのものが嫌になっていくことがあります。「服が嫌」じゃなくて、「自分が自分じゃない感じが嫌」。その拒否は、我儘ではなく、ちゃんとした危機感です。
だから作戦会議は、こういう問いから始めるのが良いんです。「この服は安全だけど、本人が“勝てる服”でもあるか?」と。勝てる服というのは、着替えやすい服という意味だけじゃありません。本人が「これが私」と思える服。本人が「今日はこれにする」と選べる服。誰かに着せられて終わるんじゃなくて、本人の中に小さくても“決定権”が残る服。
ここで役に立つのが、冬の風刺を優しくほどく発想です。制服化そのものを否定しない。安全の正しさも認める。でも「正しさの厚み」で本人が隠れないように、ちょっとだけ窓を作る。例えば、同じ形でも色は本人の好みに寄せる。首元の感じだけは本人のこだわりに合わせる。外に出る日だけは“好き服”の時間を作る。こういう小さな工夫は、現場の負担を増やし難いのに、本人の表情を取り戻す力があります。
冬服は防具です。防具は必要です。ただ、防具を分厚くするほど、本人まで隠れてしまうなら、こちらが守りたいものを見失います。介護の制服化は、便利さの副作用として起きる“あるある”です。だからこそ笑いながら、でもちゃんと立ち止まりながら、作戦を立て直したいんです。
次の章では、「本当に怖い場面」に踏み込みます。朝晩ではなく、お風呂上がりと失禁汚染時。そこで服が味方から敵に変わる瞬間に、どうやって“本人が負けない”着替えを成立させるか。冬の作戦会議は、いよいよ本丸に入ります。
第3章…本当に怖いのは朝晩じゃない~濡れた皮膚と乾いた服が出会う瞬間~
起きた朝と寝る前の夕方の着替えって、実は「平時」なんですよね。部屋は落ち着いていて、皮膚はだいたい乾いていて、手順も読みやすい。もちろん引っ掛かりや静電気はあるけれど、致命傷になり難い。ところが、お風呂上がりと失禁汚染時は別物です。ここは着替えという名の“処置”で、服は衣類というより、皮膚を守る装備の一部になります。
濡れた皮膚は、例えるなら水を含んだ薄い和紙みたいなもの。そこへ乾いた服を、いつもの勢いで通そうとするとどうなるか。服が肌に吸い付いて、動かすたびに摩擦が増えます。本人は「痛い」より先に「怖い」と感じやすい。介助側も「急がなきゃ」で力が入りやすい。冬場は寒さでさらに焦りが増えて、気づいたら“服が勝つ展開”になりがちです。
お風呂上がり~服を着せる前に「皮膚を落ち着かせる」~
お風呂上がりの作戦は、着せ方の工夫も大事ですが、その前に「皮膚の状態を整える」が主役になります。ここで一番やりがちなのが、“しっかり拭く”を「ゴシゴシ」にしてしまうこと。しっかり拭くは正しい。でも、摩擦を増やすと負けます。だから勝ち筋は、押さえて水分を取る。タオルで包んで、ポンポン、ギュッ、ポンポン。拭くというより、水分を回収する感じです。
そして冬は寒いので、本人の体が冷える前に、まず大判タオルで包む。包まれているだけで安心感が出ますし、裸の時間が短くなると羞恥も減ります。「寒いので先に包みますね」と一言添えるだけで、本人は“される人”から“納得して協力する人”に変わります。
皮膚が少し落ち着いたら、乾燥対策の出番です。ここも勢いが大事で、タイミングを逃すとカサつきが進んで、次の着替えで摩擦が増えます。保湿は、豪華な儀式じゃなくて、作戦の一手。塗るというより「肌にバリアを戻す」。この発想にすると、着替えの空気が急にプロっぽくなります。
服の選び方も、ここでは“正しさ”が生きます。前開き、ゆったり、伸びる、滑りが良い。おしゃれとぶつかりやすい部分ですが、お風呂上がりだけは「肌を守る服」が優先されやすい。ここで大事なのは、本人が負けた気持ちにならないことです。「今日はお風呂の後だから、肌に優しいのにしましょうね」と理由を言う。理由があると、本人は“制服化”を受け入れやすくなります。
失禁汚染時~急ぐほど広がって広がるほど長引く~
失禁汚染時の怖さは、皮膚の弱さだけじゃありません。不衛生な部分が広がること、本人の恥ずかしさが一気に膨らむこと、周囲の空気がバタつくこと。この3つが同時に起きるから、現場の難易度が跳ね上がります。
ここでの作戦は、「急いで終わらせる」ではなく、「広げずに片づける」です。汚れた衣類を外へバサッと広げると、汚染は面積を取って勝ちます。だから衣類は“内側に包むように”まとめていく。本人の皮膚に触れる面を外に見せないように丸めて、そっと退場させる。まるで証拠品を回収する捜査官みたいですが、これが出来ると不衛生の拡大が止まります。
清拭も同じで、勢いでゴシゴシすると皮膚が負けます。汚れは落とす、摩擦は増やさない。この矛盾を解くコツは、温かさです。冷たいタオルや冷たい拭き取りは、それだけで本人が固まります。温かいと、体も気持ちも緩みやすい。緩むと、こちらの力も抜けます。力が抜けると、摩擦が減ります。つまり温かさは、皮膚にも心にも効く“裏ボス対策”です。
拭いた後も勝負で、濡れたまま衣類を戻すと、さっきの「和紙」に逆戻りします。だから押さえて乾かす。そして必要なら保護する。ここを挟むだけで、同じ着替えでも結果が変わります。本人の表情が「早くして」から「まあ、仕方ない」に変わる瞬間が出てくる。あの瞬間、現場の空気が一段軽くなるんですよね。
それでも赤みが強い、痛みがある、皮膚が弱っていると感じる時は、作戦の指揮系統を変えるのが正解です。無理に現場だけで抱えず、看護の視点を借りる。これは逃げではなく、勝ち方を知っている人にバトンを渡す作戦です。
朝晩の着替えが「生活のリズム」なら、お風呂上がりと失禁汚染時は「尊厳の危機管理」です。ここで服は、ただの服じゃありません。濡れた皮膚に対して、味方にも敵にもなる。だからこそ、こちらが先に作戦を持つ。服に勝つためじゃなく、本人が負けないために。冬の着替えの本丸は、まさにここにあります。
第4章…声掛けは説明じゃなく外交~「選べる形」で服の領土を返す~
冬の着替えで本当に効くのは、実は“手”より“口”だったりします。袖の引っ掛かりをゼロにする魔法はないけれど、本人の心の引っ掛かりは、ひと言でほどけることがある。着替えの作戦会議の最後に残るのは、いつもこの結論です。「声掛けは技術だ」。しかも筋トレみたいな技術じゃなくて、外交みたいな技術です。
外交って何かというと、相手の国境を勝手に跨がないこと。こちらの都合で一方的に進めないこと。相手に選ぶ権利を残して、合意を取りながら進めること。着替えの場面は、まさにこれに近い。服は“最後のプライベート領土”だと書きましたが、その領土に入る時に必要なのは、許可と安心です。だから、説明で納得させるより、選べる形にして権利を返す方が強いんです。
例えば「着替えますよ」と言われると、本人の頭の中は一瞬で想像します。寒い、引っ張られる、恥ずかしい、上手く動けない、失敗するかもしれない。経験がある人ほど、想像がリアルで、反射的に身構えます。身構えると、筋肉が固くなって、袖はもっと引っ掛かって、こちらも力が入り、服の反抗期が加速します。冬はこの悪循環が起きやすい。
そこで外交官の出番です。外交官は命令しません。提案します。そして相手が「うん」と言える幅を用意します。「右腕からいきましょうか、左腕からが良いですか?」「首元が寒いので、先に上を着ましょうか?」「今日は静電気が元気なので、ゆっくりいきますね」。こう言われると、本人は“される人”から“一緒に決める人”になります。決める人になれた瞬間、着替えは作業ではなく共同作業に変わります。
ここで面白いのが、選択肢は2つで十分ということです。多いと考える負担が増え過ぎます。だから2つ。しかも、どちらを選んでも大筋で安全であるように、こちらが予め作戦を仕込んでおく。これが現場の優しさであり、プロのズルさです。ズルいと言っても、本人をだますズルさではなく、本人が勝てる選択肢だけを並べるズルさ。冬の着替えは、このズルさが必要です。
声掛けは、言葉の内容だけではありません。タイミングと温度も外交の武器です。触る前に言う。動かす前に言う。冷たい手でいきなり触らない。急に背中をめくらない。本人が驚いた瞬間に、服は敵になりやすいからです。特に失禁汚染時やお風呂上がりは、本人の羞恥が最大になりやすい。ここで「すぐ終わらせるからね」と言いたくなる気持ちは分かりますが、急かす言葉は本人の心を固くします。固くなると体も固くなる。体が固くなると、袖が引っ掛かる。引っ掛かるとこちらが焦る。焦ると摩擦が増える。つまり、急ぐ言葉はむしろ長引かせることがあります。
だから、急ぐ場面ほど言葉は落ち着かせる方が勝ちます。「寒いから、まず包みますね」「汚れが広がらないように、そっと外しますね」「痛くならないように、止まったら戻りますね」。この“予告”は、本人の心の中に手すりを作ります。手すりがあると、本人は踏ん張らなくて済みます。踏ん張らないと、こちらも引っ張らなくて済みます。引っ張らないと、皮膚が守られます。皮膚が守られると、本人が負けません。作戦として美しい流れです。
そして最後に、冬の服の反抗期を笑いに変える小技があります。服を責めるんです。本人ではなく、服を。例えば袖が引っ掛かった時に「この袖、今日やる気ですね」「静電気が元気過ぎて、服がヒーロー気取りです」「今日は乾燥が強いから、服がピリピリしてますね」。こう言うと、本人がクスッとすることがあります。笑いは痛みを消す薬ではないけれど、怖さを薄める力がある。特に“恥ずかしい場面”の笑いは、本人の尊厳を守る盾になります。笑いは軽さではなく、救助なんです。
着替えは介護じゃない、作戦だ。その作戦の要は、服の種類でも、手順でも、力加減でもなく、「本人の領土に入る時の礼儀」です。選べる形で権利を返して、予告で安心を作り、服の反抗期は一緒に笑ってやり過ごす。冬の着替えを“負け試合”にしないための外交は、今日からすぐ使えます。
[広告]まとめ…服の日は“服を増やす日”じゃない――本人が消えない着替えの作戦書
2月9日の「服の日」は、介護の現場では少し変わった意味を持ちます。服はおしゃれの道具である前に、その人の「らしさ」を最後まで包んでくれるものだからです。ところが冬になると、服は急に反抗期に入ります。重ね着で工程が増え、袖は罠になり、静電気が警報を鳴らし、乾燥がジワジワ味方を減らしていく。こちらが焦るほど服が勝ちやすく、本人が負けやすい季節です。
だから着替えは、作業ではなく作戦会議でした。作戦の第一歩は、冬の服を「手強い相棒」として見立てること。勝ち負けを決めるのはスピードではなく、本人が恥ずかしくならない、怖くならない、痛くならないこと。そして終わった後に「まあ、悪くなかった」と思える空気を残すことです。
そのために必要だったのは、正しさの扱い方でした。前開き、伸びる、乾きやすい、扱いやすい服は、現場を守る大切な正しさです。でも正しさが分厚くなると、本人が薄く見える瞬間がある。だから安全を守りながらも、色や手触りや首元の好みなど、小さな“本人らしさの窓”を残してあげる。制服化は便利さの副作用だからこそ、ちょっとだけ意識して、本人が消えない形に整え直す。そこに介護の美しさがあります。
そして本丸は、朝晩よりも、お風呂上がりと失禁汚染時でした。濡れた皮膚に乾いた服を通す瞬間、服は味方から敵に変わりやすい。だから「急いで終わらせる」より「広げない・こすらない・冷やさない」を優先して、皮膚と心の両方を守る。着替えという名前でも、実際は尊厳の危機管理だったんですよね。
最後に効いたのは、外交としての声かけでした。説明で押すより、選べる形で権利を返す。触る前に予告して、本人の心の中に手すりを作る。止まったら戻る、痛くしない、恥ずかしくしない。そんな当たり前の積み重ねが、冬の着替えを“負け試合”にしません。さらに、服の反抗期は服のせいにして笑ってしまう。「今日は袖がやる気ですね」と。笑いは軽さではなく救助で、恥ずかしさの濃度を薄めてくれる、立派な作戦の一手です。
服の日は、服を増やす日じゃなくて良い。本人が消えないために、服の扱い方を見直す日。冬の着替えは、介護じゃない。作戦です。そしてその作戦は、現場の手を助けるだけじゃなく、本人の顔を守るためにあります。
今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m
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