3月2日ミニの日に捧ぐ!~特養が小さな博物館になるミニチュア祭り大作戦~

[ 3月の記事 ]

はじめに…小さな世界が大きな笑顔を連れてくる日

3月2日。「ミニの日」「ミニチュアの日」と聞くと、つい「可愛い小物を並べる日かな?」と思いがちですが、特養に持ち込むとこれが不思議と“でっかい力”を発揮します。小さいからこそ、手に取らなくても眺められる。細かいからこそ、記憶の引き出しが勝手に開く。……そして、何故か誰かが急に昔話を始めます。

思い出してください。今の高齢者さんが子どもだった頃、身近にいた“竹細工の名人の子”や、地域の手仕事で遊び道具を作っていた人たち。あの時代のミニチュアは、自然の素材で作る小さな世界でした。そこから時代は流れて、子ども世代はプラモデルやジオラマに夢中になり、孫世代はさらに精密な世界へ。ドールハウスも、ミニチュアフードも、今ではもはや職人技の宇宙です。つまりミニチュアって、流行り廃りというより「人間の根強い本能」みたいなところがあるんですよね。

ただ、特養の現場では「やりたいこと」より「出来ること」が先に来ます。手先の作業はほんの少しだけ、見るだけ参加の方も多い。だから今回の合言葉は、これです。展示室に連れていかない。展示が会いに行く。 廃品活用で安定した台車を“巡回ミニ博物館ワゴン”に変身させて、フロアや居室の前まで小さな世界をお届けします。主役は作品、そして観客は入居者さん。職員さんは司会というより、舞台袖の名采配。無理なく、でも、ちゃんと盛り上がる形を狙います。

この記事では、ミニお雛様やミニ桜、ミニちらしといった春らしい小さな仕掛けに加えて、プラモデルやドールハウス、竹細工の“手仕事の記憶”までまとめて繋ぎ、特養で現実的に回せるレクリエーションとして整理していきます。読んだ後に、「うちでもやれそう」「これなら笑顔が見える」と思ってもらえたら大成功。さあ、特養を丸ごと“小さな博物館”にしてしまいましょう。

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第1章…竹細工の達人とか眠れる伝説~“手の記憶”を起こすミニ開幕式~

ミニチュアの日に「まず何から始める?」と聞かれたら、私は迷わずこう言います。いきなり作らない。いきなり頑張らない。まずは“思い出に火をつける”ところから始めましょう、と。

特養の入居者さんが子どもだった頃、戦後の10年くらいの間は、今みたいに欲しい物が簡単に手に入る時代ではありませんでした。だからこそ、手元にある自然の素材――竹や木や紙や糸――を使って、小さな世界を作る人が地域にたくさんいた。「私は当時プロだった」という入居さんの話を聞いたことがありませんか?あれは誇張じゃなくて、きっと本当に“周りが頼る職人の子ども”だったんですよね。竹細工って、ただの工作じゃない。しなり、割れ、節の癖、刃物の入れ方、指先の力加減。まるで生き物を相手にするような技術です。

ここで不思議なのが、人間の手って賢いんです。昔は出来たのに今は出来ないと思っていても、目の前に素材や形が来ると、急に体が思い出すことがある。これを私は勝手に「手の記憶の自動再生」と呼んでいます。脳内の昔のアルバムが突然スライドショーを始める感じ。職員さんはその瞬間を見逃さないでください。例えば、竹のザルや竹かごを見た時の「あぁ、これなぁ」という一言。そこに話題の宝が埋まっています。

とはいえ、ミニチュア祭りをするのに本物の竹を大量に持ち込む必要はありません。最初は“火種”だけで十分です。開幕式は、いわば小さな儀式。ここでは、ミニチュアというより「小さな懐かしさ」をテーブルに置きます。ミニかご、ミニほうき、ミニ縁台、ミニお椀。もし無ければ写真でも良い。職員さんが紙に描いた下手な絵でも、何故か笑ってくれることがあります。ここで大事なのは完成度ではなく、入居者さんの中にある“当時の風景”を呼び出すことです。作品が主役というより、記憶の扉を開ける鍵ですね。

そして鍵が回ったら、次は“語りの場”を作ります。といっても難しいことはしません。「昔、こういうの作ったことあります?」と聞くより、「この竹、触ったことあります?」くらいの方が答えやすい。話が出てきたら、職員さんは司会者にならなくて良い。相づち担当で十分です。むしろ、ここで張り切って話をまとめると、せっかくの昔話が逃げます。ここは泳がせて、好きに泳いでもらうのが勝ちです。

面白いのは、竹細工の話が出てくると、自然と“現代のミニチュア”に橋がかかることです。「今は小さい家を作るんだって」「小さい料理まであるんだって」と話すと、「ほぉ…そんな時代か」と目が丸くなる。ここで職員さんが一言だけ添えると、空気が一気に明るくなります。「今日はミニチュアの日です。小さい世界が、皆さんの昔の技を思い出させてくれる日です」と。何それ、良いこと言うやん…と自分で思ったら、もう優勝です。

開幕式の最後は、ちょっと笑いを入れましょう。例えば「本日の展示、竹細工の神様が降臨する可能性があります。突然、手が勝手に動き出しても責任は取れません!」みたいな、軽い宣言。入居者さんがニヤッとすれば、今日のレクはもう半分成功です。ミニチュア祭りは“作業”ではなく“空気”で始まります。手の記憶が目を覚ましたところで、いよいよ次の章――ミニお雛様、ミニちらし、ミニ桜の春の3センチ革命へ進みましょう。


第2章…ミニちらし降臨!~ミニお雛様とミニ桜で“春の3センチ革命”~

第1章で“手の記憶”がフワっと起きたら、次は一気に春を呼び込みます。ここで狙うのは、頑張る制作ではなく「え、もう春来た?」と錯覚させる空気作り。特養のレクリエーションは、手先の器用さ勝負にすると途端にしんどくなりますが、ミニチュアは逆です。小さい=作業も小さく出来る。つまり、ほんの少しの実践でも「やった感」が出せるんです。

ミニお雛様は「置くだけ参加」が最強

ミニお雛様は、立派に作ろうとしないのが勝ちです。小さな台紙に、既に完成しているミニ雛(折り紙でも、木の小物でも、手芸品でも)を“ちょこん”と置くだけで成立します。入居者さんの参加は、例えば「お内裏さまは右?左?」と聞いて、置く位置を決めてもらうだけでも十分。視線が集まり、会話が生まれたら、それはもう立派な主役です。

ここでユーモアを一滴足すなら、理事長と事務長の出番です。理事長が「本日の主役は、この2センチのお二人です!」と胸を張り、事務長が「理事長、それ“お二人”じゃなくて“お内裏様とお雛様”です!」と即ツッコミ。これだけで空気がフワっと柔らかくなります。レクは“笑いの栄養”があると、何故か全員の目がよく開きます。

「ミニちらし」は食べなくても美味しい

そして本日のダジャレ担当、ミニちらしの時間です。もちろん、がっつり作って食べるのは難しい日もあります。だからこそ「見るだけで美味しい」をやりましょう。ミニカップに、色の綺麗な具材を少しずつ入れて“ちらしの景色”を作ります。米は使わなくても良いんです。黄・緑・赤が見えるだけで、脳は勝手に「春のご飯」を思い出します。

入居者さんの参加は、ここでも“ワンアクション”が正義です。小さなスプーンで「この黄色、上に乗せる?」と選んでもらうだけ。あるいは「この色、春っぽいのどっち?」と聞いて、指さしで決めてもらうだけ。食べることが難しい方には、香りの優しい具材や、色カードを使って「今日はミニちらしです」と宣言しても成立します。見て、選んで、笑って、頷く。それが出来たら、もう“春の行事”は完成です。

ここで職員さんが小声で言ってください。「今日は“作る”より、“見て楽しむ”が正解の日です」って。これ、現場の心が軽くなる魔法の言葉です。

ミニ桜は「貼るだけ」「振るだけ」で春になる

最後の仕上げがミニ桜。桜って、咲かせるのが難しいようでいて、実は“錯覚の王様”です。壁の一角や、ワゴンの天板、作品カードの縁に、ほんの少しピンクが増えるだけで「春だねぇ」が出ます。ミニ桜は、貼っても良いし、置いても良いし、もっと楽をするなら“桜吹雪”でいい。紙の小さな花弁を少しだけ、フワっと散らす。それだけで、誰かが必ず言います。「綺麗だねぇ」と。

そして不思議なことに、ここで桜が出ると、入居者さんの昔話がもう一段階深くなります。「桜の下で写真撮った」「入学式が寒かった」「花見は弁当が主役だった」。これが、次の章へ大事な布石になります。つまり、ミニお雛様と見にちらしとミニ桜は、可愛いだけじゃなく“話のスイッチ”なんです。

ここまで来たら、フロアの空気はすっかり春。準備は軽く、参加は小さく、でも会話は大きくなる。これが“3センチ革命”の正体です。さあ次は、いよいよ展示室が歩いてくる番。巡回ミニ博物館ワゴンで、居室へ春を届けに行きましょう。


第3章…展示室は歩いて来る!~巡回ミニ博物館ワゴンで居室へ突撃~

ミニお雛様とミニちらしとミニ桜で、フロアに春の空気が満ちてきたところで、次の一手はこうです。「さあ、展示を見に行きましょう」……ではありません。ここでそれを言った瞬間、現場の空気が一瞬で固まります。誘導、移動、転倒リスク、職員の手配、時間調整。はい、現実がやって来ました。だから逆転します。展示室が歩く。展示が会いに行く。これが特養のミニチュア祭りを“回る企画”に変える、最重要の発明です。

ワゴンの正体は、ピカピカの新しい備品でなくて良い。むしろ、施設には既に“走る舞台”が山ほどあります。おむつ台車、リネンカート、配膳ワゴン、物品運搬カート。現役を引退して、ケアには使えないけれど安定している廃品があるなら、それは立派な素材です。新しい物を買わず、今あるものを工夫で化けさせる。これ、どこか竹細工の文化に似ていますよね。あるもので作る。小さな世界は、そうやって育ってきたんです。

ただし、ここは「盛り上げたい気持ち」と「安全」は別腹です。ワゴンに作品を直接置くのは、気持ち良くても危ない。落ちる、壊れる、触りたくなる、パーツが紛れる。だから展示の基本は“透明ケースの中”。見えるけど触れない、…のあの安心感は、職員さんの心拍数を確実に下げてくれます。ケースは固定して、ブレーキを掛けて、展示中は動かさない。これだけで「巡回」が「事故ゼロの巡回」に変わります。理事長が勢いで押し出そうとしても、事務長が低い声で「ブレーキです」と言えば勝ちです。ブレーキは正義です。

ここから運用のコツに入ります。巡回ミニ博物館ワゴンの強みは、長時間のイベントにならないこと。1フロアを何十分も引っ張ると、職員さんも入居者さんも疲れてしまいます。でもミニチュアは、短い時間が得意です。廊下の途中で1分、居室の前で30秒、談話スペースで3分。短いのに、必ず話題が残る。「あれ見た?」が生まれる。特養に必要なのは、この“話の種”なんです。

ワゴンが到着したら、まず見せるのは作品ではなく、空気です。職員さんは明るく一言だけ。「本日のミニ博物館が到着しました」。それだけで良い。次に、質問も一つだけで良い。「どれが一番好きですか?」。ミニお雛様、ミニ桜、ミニちらしの“春三点セット”が乗っていれば、入居者さんは指さしだけで参加できます。言葉が出にくい方でも、目線で選べます。ここが、巡回方式の強さです。

そしてここからが、ミニチュアの魔法の時間。作品を見つめる顔は、たいてい真剣です。細部を追う視線って、年齢に関係なく“少年少女”になります。そこで職員さんが作品カードを読み上げる。「この桜は、花弁が1枚ずつ違うんですって」。その瞬間、誰かが必ず言います。「よく作るねぇ」。その一言が出たら、展示は成功です。作り手の努力が、見た人の言葉になる。これが“展示”の醍醐味です。

居室巡回の場面では、もうひと工夫できます。居室前で止めて、入居者さんに「春の合図」をお願いするんです。ミニ桜の花弁をケースの外側に貼ったカードにしておいて、「ここに桜を一枚、増やしますか?」と。貼るのが難しければ、指で示してもらうだけでも良い。職員さんが貼る。入居者さんが決める。これが“参加”です。作業の量は最小、でも心の関与は最大。特養でいちばん嬉しい参加の形です。

それから、ワゴンは“巡回するだけ”でも楽しいんですが、実はもう一段階、面白く出来ます。ワゴンに小さな名札を付けるんです。「本日の展示:春のミニミニ三兄弟」。そして事務長が淡々と告げる。「三兄弟、次の居室へ参ります」。理事長は調子に乗って言う。「三兄弟、出陣じゃ!」。フロアが笑えば、それはもう立派な行事です。大きな音も派手な飾りもなく、笑いと会話だけで成立する。これ、凄いことです。

こうして巡回ミニ博物館ワゴンが回り始めると、施設の景色が変わります。廊下がただの移動路じゃなくなる。居室の扉がただの境界じゃなくなる。「今日は何が来たの?」という期待が生まれます。展示会を“場所”ではなく“時間”にする。だから続く。だから無理がない。だから職員さんも「またやろう」と言える。特養の企画は、ここまで来たら勝ちです。

そして次の章では、このワゴンに載せる“本命の世界”へ進みます。プラモデル世代の胸をくすぐる精密さ、ドールハウスの美しさ、ジオラマの物語性。けれど、入居者さんの参加はあくまで小さく、でも確実に。世代が繋がる「制作っぽい参加術」を、笑い多めで仕上げていきましょう。


第4章…プラモ世代もドールハウス派も集合!~世代が繋がる制作っぽい参加術~

巡回ミニ博物館ワゴンが施設内を走り始めると、空気が変わります。廊下がちょっとした美術館の通路になって、「今日は何が来るの?」という期待が生まれる。ここまで来たら、次の狙いはただ1つ。入居者さんに“制作っぽい達成感”を味わってもらいながら、家族や地域の作り手が「また持って来たい」と思える流れを作ることです。

プラモデルやジオラマ、ドールハウスの世界って、基本は個人の没頭から生まれます。没頭って、静かで、濃くて、孤独になりがち。でも特養は逆で、静かだけど人がいる。語り相手がいる。だから、完成品を「見せる場所」にした瞬間、趣味が“文化”に変わるんです。理事長がまずは胸を張って言ってください。「本日は趣味ではありません。文化交流です!」。事務長は無表情で返します。「理事長、言い方だけ大袈裟です」。はい、最初に空気がほぐれました。

入居者さんは“作らなくて良い”けど“関われる”が最強

ここで大事なのは、入居者さんに「作ってもらう」ことじゃありません。「関わってもらう」ことです。関わり方は、ワンアクションで十分。例えば展示ケースの外側に“監修シール”を用意しておいて、「この作品、どこが好きですか?」と聞いて、好きな場所にシールを一枚貼ってもらう。貼れない方なら「ここ?」と指してもらい、職員さんが貼る。たったそれだけで、その作品は“見た作品”から“参加した作品”になります。

ジオラマも同じです。完成した街並みや昭和の商店街の情景を見せたら、次に聞くのは正解当てではなく、記憶当てです。「この中に、あなたの知ってる景色、ありますか?」。答えが出てきたら、もう勝ち。「昔はね、こうでね」と話が始まります。制作の代わりに、物語が生まれる。特養で一番価値があるのは、実はこの時間です。

ドールハウスは、さらに相性が良い。小さな台所、小さな縁側、小さな茶箪笥。見た瞬間、生活の記憶が反応します。「あら、これ昔うちにあった」「この棚、懐かしい」。ここで職員さんが小さく言ってください。「この家、住めますね」。すると入居者さんが返してくれます。「住めるわけないでしょ」。笑いが起きたら、展示はもう“交流”になっています。

作り手には“展示のご褒美”を用意すると続く

作り手側も、心の栄養が必要です。せっかく持って来ても「ふーん」で終わったら、次は来てくれません。だから、作り手には“展示のご褒美”を用意します。大袈裟な賞状はいりません。作品カードに「今週のひとこと感想」を書いて貼るだけで良い。「細かい!」「春の空気がする」「この家、落ち着く」。この短い言葉が、作り手には刺さります。

ここでおすすめしたいのが“作者カードの一行メモ”。制作時間や材料を全部書く必要はありません。「見どころはここ」「この色にこだわった」「昔の思い出で作った」。一行で良い。むしろ一行だから読みやすく、入居者さんも家族も職員さんも確実に拾える。展示ケースの外に貼っておけば、触らなくても情報が届きます。作品が語り、見る人が返す。この往復があると、展示は自然に育ちます。

そして理事長には、たまに調子に乗ってもらいましょう。「この作品、次回は特養国宝に指定します」。事務長は静かに言います。「指定する権限はありません」。そのやりとりを聞いて、作り手が笑えば、次も来ます。笑いは最強の継続装置です。

世代を繋ぐ“作業は少ないけど効く”参加の仕掛け

孫世代や若い職員さんは、実は「作りたい」気持ちが出やすい。だから、ワゴンに“ちょい制作コーナー”を1つだけ仕込みます。ここも頑張らない。ほんの少しで良い。例えば、ミニ桜の花弁を1枚追加する、ミニお雛様の背景に色紙を1枚差し替える、ミニちらしの色配置を入れ替える。つまり“選ぶ”“決める”“変化を見る”だけ。制作量は少ないのに、達成感は大きい。特養の現場にちょうど良い加減です。

プラモデル系に寄せるなら、「この機体の色、春っぽいのはどっち?」と、色見本カードで選んでもらうのも良いです。塗装や接着を入居者さんに求めない。代わりに“監修”してもらう。監修って言葉、ちょっと格好良いので、入居者さんの表情が上がりやすい。昔、竹細工のプロだった方がいたならなおさらです。「先生、これで合ってますか?」と聞かれると、手の記憶だけじゃなく、誇りの記憶も起きてきます。

もちろん、作品はケース内が基本です。細かいパーツがある世界だからこそ、触らせないことで安心して見せられる。触らせないのに参加できる。この矛盾を解決するのが、外側のカードやシール、指さし監修なんです。理事長がうっかりケースを開けそうになったら、事務長が言ってください。「ケースは神聖な結界です」。理事長は言い返します。「結界って何!」。はい、また笑えて笑顔で静止も完了しました。

こうして、プラモ世代の情熱も、ドールハウスの美しさも、竹細工の記憶も、全部が一本の線で繋がります。小さい世界は、手が動かなくても楽しめる。作れなくても関われる。関わったら語れる。語れたら、次の日がちょっと明るくなる。ミニチュアの日の特養レクリエーションは、結局、そこに尽きるのかもしれません。

次はいよいよ締め括りです。ミニチュア祭りを「その日だけの楽しい時間」で終わらせず、施設に“明日も語れる話題”として残す方法を、まとめで気持ちよく片付けにいきましょう。

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まとめ…ミニチュアは平和~特養に“明日も語れる話題”を残す~

3月2日のミニの日、ミニチュアの日。特養でこれをやる意味は、可愛い物を並べる以上に大きい、と私は思っています。小さな世界は、体を大きく動かさなくても楽しめる。手先が思うように動かなくても、目と心はちゃんと動く。見るだけで参加できて、ひと言だけ喋れたらそれがもう成功。ミニとかミニチュアって、特養の現実にすごく優しい文化なんですよね。

第1章で触れた竹細工の“手の記憶”は、過去の話のようでいて、実は今も生きています。昔、地域に子どもで当たり前にいた名人たち。戦後の10年ほどの間、竹や木や紙で小さな世界を作り、暮らしに役立て、遊びにも変えていた人たち。その誇りが、ミニ雛やミニ桜、ミニの景色を見た瞬間にフッと蘇ることがあります。忘れていたのではなく、眠っていただけ。ミニチュアは、そっと起こしてくれるんです。

第2章のミニお雛様、見にちらし、ミニ桜は、まさに“3センチ革命”でした。作業は少なくていい。置くだけ、選ぶだけ、指さすだけ。それでも春は来るし、会話は生まれる。理事長が調子に乗って「本日の主役は2センチのお二人です!」と言い、事務長が「言い方!」とつっこむ。その一往復だけで、フロアの空気が明るくなる。大きなイベントができない日でも、こういう小さな笑いは作れます。

第3章の巡回ミニ博物館ワゴンは、特養の企画を“回るもの”に変える切り札でした。展示を見に行くのではなく、展示が会いに来る。居室の前で30秒、談話スペースで3分。短いのに、必ず「綺麗だねぇ」「よく作るねぇ」が残る。今日の話題が明日の話題になり、明日の話題が面会の話題になる。特養にとって、この連鎖は大きいんです。

第4章では、プラモデル、ジオラマ、ドールハウスという“現代のミニチュア宇宙”を、特養の形に合わせて取り入れました。入居者さんは作らなくて良い。でも関われる。シールを貼るだけ、監修するだけ、好きな場所を指さすだけ。それで作品は“見るもの”から“自分も参加したもの”に変わります。作り手にとっても、感想の一言が次の制作の燃料になる。個人の趣味が、静かな文化交流に変わる。ここまで来たら、三方良しどころか、施設の空気そのものが優しくなる良さがあると思います。でも、入居者さんと同じくらい外部の支援に敬意を払う姿勢は忘れてはいけません。もちろん、継続する中での累積していく効果も積み上げていきましょう。

最後に1つだけ。ミニチュア祭りは、盛り上げようとし過ぎると重くなります。だから“軽く続ける”が正解です。現場での実践での巡回を考慮して大規模にせず、作品数は少なく、時間も短く、でもコツコツと定期的に。ミニ桜が増えたり、ミニお雛様の背景が変わったり、ミニちらしの色が変わったり。変化は小さくて良いです。その小ささが、日々の生活にちょうど良いんです。

そして、もし竹細工のプロだった入居者さんが、ある日ぽつりと「こうやるんだよ」と教えてくれたら、その瞬間がこの企画の本当のゴールかもしれません。小さな世界が、眠っていた誇りを起こし、笑いを生み、会話を残す。ミニチュアは平和です。特養に“明日も語れる話題”を、そっと置いていきましょう。

※ミリタリー系プラモデルやガ〇プラに代表される殺伐系やコスメティックなフィギュアなどのマニアックな追求系もあります。戦後80年です。遠い記憶の一端、反戦教育として制作物を展示するのも私はアリだと思います。戦争の風化というわけではなくて、戦争の記憶が生んだ文化の一端があるからです。ただ見たい、見たくないの線引きはとても重要です。単純にミニチュアの迫力でしか語れないところがあるのも事実です。展示物の選考には複数名で多角的に分析して入居者さんの心の豊かさ、尊厳の保持を大切にしていきましょう。

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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