肉じゃがは記念日がなくても主役!~家庭の数だけ正解がある“甘辛宇宙”ガイド~

[ 家族の四季と作法 ]

はじめに…鍋のフタを開けるとそこは“うちの文化”だった

肉じゃがって、不思議な料理です。カレンダーに「今日は肉じゃがの日!」と書かれていなくても、夕方に台所から甘辛い匂いがしてきた瞬間、家族の顔がちょっとだけ緩む。鍋のフタを開けたら、そこはもう“うちの味”の世界。しかも、同じ肉じゃがなのに、家庭ごとに微妙に違うんですよね。お肉が牛だったり豚だったり、甘さが強かったり、出汁が主役だったり、汁気が多かったり、煮詰めてほっくりしていたり。たった少しの違いなのに、食べた人は何故か言い切れる。「これが肉じゃがだよね」って。

そして特養の現場に来ると、この料理の面白さは、さらに増します。入居者さんの数だけ、思い出の肉じゃががある。若い頃の台所、家族の席順、夕飯の時間、買い物袋の重みまで一緒に煮えているような、生活の味です。だからこそ、ただ“出す”だけではもったいない。食べる力が変わっても、その人の肉じゃがを守りたい。常食から、きざみ、やわらかい形、ペーストに近い形へと姿を変えていく時、味まで薄まって「別物」になってしまうのは、ちょっと悔しいじゃないですか。

でも大丈夫。肉じゃがは、進化が得意な料理です。じゃがいもは形を変えても主役になれるし、肉は工夫すれば食べやすくまとまる。煮汁だって、香りと満足感を残したまま、飲み込みやすい形に寄せていける。栄養士さん、調理スタッフさん、介護職、そして必要なら専門職さんとも相談しながら、「食べやすさ」と「美味しさ」と「その人らしさ」を、同じ鍋の中で両立させられるんです。

この記事では、まず“微差の沼”から始めて、ご近所レベルの違い、日本全国の大胆な差まで、肉じゃがの多様性を楽しく旅します。その上で、令和らしい「ちょい足し」やアレンジ、そして特養での“食の進化”として、優しい形へ変えても「肉じゃがの魂」を残す工夫まで。記念日がないからこそ自由で、自由だからこそ深い――そんな肉じゃがの世界へ、一緒に行きましょう。

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第1章…微差の沼へようこそ~「うちの肉じゃがが標準」だと思ってた件~

肉じゃがほど、「みんな同じ料理のはずなのに、誰も同じじゃない」不思議な存在はなかなかいません。しかも本人は気づいていないんです。だって“家の味”って、空気みたいなものですから。生まれた時からそこにあって、当たり前過ぎて、比較する機会がない。だから大人になって初めて、友だちの家で肉じゃがを食べた時に事件が起きます。「え、これ肉じゃが?」「うちのはもっと甘いよ?」「いや、肉じゃがは汁が少ないでしょ?」と、心の中の裁判官が静かにハンコを押し始める。たぶん肉じゃがは、家庭内では“ただの晩ご飯”なのに、他所で食べると急に“文化比較の教材”になる料理なんです。

この章で言いたいのは、肉じゃがの差は、いきなり大きな違いとして現れるんじゃなくて、まずはとても小さな「微差」から始まる、ということです。例えば切り方。じゃがいもを大きめに切る家は「ほくほくを愛する家」で、小さめに切る家は「味しみを重視する家」。玉ねぎが厚めなら甘みが立つし、薄めなら全体がまとまりやすい。しらたきを入れるかどうかは、もはや“宗派”。結んで入れている家を見ると、「この家は丁寧に暮らしている…!」と勝手に感動してしまうことまであります。味付けだって、砂糖が少し多いだけで「おかず」というより「幸福感」に寄るし、出汁が強いと「ホッとする」が前に出る。煮詰めるか、汁を残すか、火を止めて一回冷ますか。全部が小さいようで、食べた時の印象をしっかり変えるんです。

そして、肉じゃがの微差が面白いのは、家庭内ではそれが“正解”として固定されているところです。「うちの肉じゃが」という言い方がもう強い。ここにはレシピの話だけじゃなく、家族の暮らしが出ます。忙しい家は時短のために具を減らすかもしれないし、大家族なら鍋いっぱいに作って“翌日も肉じゃが”が当たり前かもしれない。子どもが小さい頃に甘めになった家もあるし、逆に高齢の家族が増えて薄味寄りに変わった家もある。肉じゃがは、家庭の事情を黙って受け止めて、ちゃんと鍋の中で形にしてくれるんです。だから強い。

ここで特養の話に繋がります。特養では、入居者さんそれぞれが「自分の肉じゃが」を持っています。長く暮らした土地の味、家庭の味、子育ての味、配偶者の好みまで含んだ味。だから肉じゃがは、ただの献立にしてしまうには惜しい料理です。会話の扉になれるし、生活史のスイッチにもなる。「昔は牛だった?豚だった?」「じゃがいもは崩す派?残す派?」と聞くだけで、記憶がフワッとほどけることがあります。しかも、ここが大事なんですが、特養では“食べる力”が変わっていきます。つまり肉じゃがも、見た目や食形態をその人に合わせて変えていく必要がある。でも、それは「肉じゃがを諦める」ことじゃなくて、「肉じゃがを進化させる」ことなんですよね。

例えば常食で、ゴロっとしたじゃがいもが楽しめていた人が、だんだん噛む力や飲み込みの力が弱くなってきた時。きざみにしても良いし、軟らかく煮ても良い。でも“ただ細かくするだけ”だと、肉じゃがが急にバラバラの別料理になってしまうことがあります。じゃがいもは粉っぽく、肉は散らばり、煮汁はサラッと流れてしまう。ここで必要なのは、味を薄めることではなく、まとまりを作ること。じゃがいもはマッシュ寄りにして形を整えられるし、肉はそぼろ状にしてとろみで一体化できる。煮汁は香りを残しつつ、飲み込みやすい形に寄せる工夫が出来る。つまり、肉じゃがは“変形がうまい料理”なんです。もともと微差が許される文化の料理だから、変形にも耐性がある。これは特養の食の現場では、かなり頼もしい性格です。

肉じゃがに記念日がなくても、落ち込む必要はありません。むしろその逆で、記念日がないということは「誰かが決めた正解に縛られない」ということ。家庭内では毎日作っても微差が出る。ご近所ではさらに差が広がる。日本全国ではもう、立派に“別の料理みたいな肉じゃが”が存在する。その裾野の広さこそ、特養の現場で肉じゃがを「その人の味」に寄せていく時の味方になります。次の章では、その微差が“ご近所差”になる瞬間――つまり、肉じゃが論争が静かに開幕するポイントを、ニコニコしながら掘っていきましょう。


第2章…ご近所で別料理~牛?豚?甘さ?汁気?“肉じゃが論争”開幕~

肉じゃがの面白さは、家庭の中では「当たり前」で静かなのに、ひとたび外に出ると急に“議題”になるところです。例えば、同じ町内で回覧板を回しているはずのご近所さんでも、肉じゃがの鍋を覗くと「え、そこから違うの?」ってことが普通に起きます。たぶん肉じゃがは、料理というより、生活の癖の集合体なんでしょうね。だから違って当然なのに、皆が“自分の家の味が標準”だと思っている。ここから、平和なはずの食卓に、フワっと論争の火種が舞い降ります。

よくあるのが「肉」の話です。牛派と豚派は、だいたい仲良しなんだけど、肉じゃがの話になった瞬間だけ目が真剣になる。牛で作ると香りが立って“ご馳走感”が出やすいし、豚だと脂の甘みが出て“白ご飯の親友感”が増す。どっちが正しいかじゃなくて、どっちが“その家の歴史”か、なんですよね。子どもの頃の家計や、手に入りやすいお肉、台所に立っていた人の好みで、自然に決まっていく。だから議論は理屈じゃなくて、思い出の強さで決着しがちです。「うちのは昔からそうだから」が最強の根拠になります。

次に揉め…いや、盛り上がるのが「甘さ」です。砂糖やみりんがしっかり効いている肉じゃがは、鍋を開けた瞬間に“ホッとする甘い匂い”が立ち上がって、幸福感が先に来ます。一方で、出汁の輪郭がはっきりしていて、甘さは控えめの肉じゃがは、口に入れた時に“ジワッ”と旨みが広がる。どちらも正しい。なのに人間は不思議で、自分の慣れた方を「これぞ肉じゃが」と言い切りたくなるんです。しかも、甘さの違いって、調味料を少し変えただけでも印象が変わるから、なおさら宗派が生まれやすいのも納得。肉じゃがは、台所の中に小さな文化圏を作る天才なのです。

そして「汁気」。ここは見た目からして違うので、論争が起きやすいポイントです。煮詰め派の肉じゃがは、じゃがいもがほっくり、煮汁は具にまとわりつく程度で、皿の上に“まとまり”がある。汁だく派は、煮汁もご馳走で、スプーンですくって最後の一滴まで楽しむタイプ。どちらが上品とか下品とか、そんな話じゃなくて、求めている体験が違うんです。前者は「味が凝縮した一口の満足」、後者は「煮汁まで含めた安心の一杯」。肉じゃがは、同じ料理の顔をしながら、体験を変えてくるズルい存在です。

さらに、具材で世界線が分岐します。しらたき(糸こんにゃく)を入れるかどうかで、肉じゃがは突然“腹持ちの良さ”と“全体のまとまり”を手に入れます。結んであると、もはや丁寧さの証明書みたいで、食べる前からちょっと背筋が伸びる。逆に、敢えて入れない派は「じゃがいもを主役にしたい」「具を増やし過ぎると肉じゃがじゃなくなる」という美学がある。どっちも分かる。分かるからこそ、議論は終わりません。肉じゃがは、終わらないのに険悪になりにくい、ありがたい論争ネタでもあります。だって、最後はだいたいこうなるからです。「まあ、どっちも美味しいよね」。これが言える料理、強いです。

ここまでの違いを、無理に「地域差」で断定する必要はありません。よく語られる“東西の味付けの傾向”みたいな話もありますが、実際は家庭差の方が強かったりします。同じ県内でも、同じスーパーに通っていても、味は違う。つまり肉じゃがは「地図」より「家の台所」で価値が決まる料理です。だからこそ面白いし、誰かを置いてけぼりにしない。皆が自分の肉じゃがを語れる余白があるんです。

そして、この「ご近所差」は特養の現場でこそ光ります。特養にはいろんな土地で暮らしてきた入居者さんがいて、肉じゃがの“当たり前”が人それぞれ違う。つまり厨房は、ときどき小さな外交会議になります。甘めが好きな人、出汁が好きな人、汁気が欲しい人、ホクホクが好きな人。ここで大切なのは、どれか1つを正解に決めてしまうことではなく、「うちの施設の肉じゃが」に“幅”を持たせることです。

例えば、同じ味付けでも煮詰め具合で印象は変わりますし、仕上げに少し香りを足すだけで「自分の肉じゃがに近い」と感じる人が出ます。さらに食形態の面でも、常食だけでなく、キザミや軟らかい形、ペーストに近い形へ移っていく時に、“汁気”や“まとまり”を調整することで、「これは肉じゃがだ」と感じてもらいやすくなる。肉はそぼろ状でまとめても肉じゃがだし、じゃがいもをマッシュ寄りに整えても肉じゃがです。大事なのは、味の核と、食べた時の安心感を残すこと。肉じゃがは元々から多様性のある料理だから、形が変わっても心が残りやすいんです。

この章の結論はこうです。肉じゃがは、ご近所で別料理になるくらい、自由で、裾野が広い。だから特養でも、1つの正解に縛られず、入居者さんの「うちの味」に近づける工夫が出来る。次の章では、その自由さが日本全国レベルになると、いよいよ「えっ、それ入れるの!?」という楽しい世界が待っています。肉じゃがは、まだまだ変身しますよ。


第3章…日本全国・肉じゃが大図鑑~入れる?入れない?で友情が試される具材たち~

肉じゃがの凄いところは、「肉+じゃがいも+玉ねぎ」を中心に置いた瞬間、全国の台所がそれぞれ勝手に“派生作品”を生み出し始めるところです。ここまで来ると、もう肉じゃがは料理というより「テンプレート」です。RPGでいうところの初期装備みたいなもので、そこから各家庭が“強化”していく。しかも強化の仕方が、完全に人間性を映すんですよね。堅実に伸ばす人もいれば、いきなりロマンを積む人もいる。肉じゃがって、鍋の中で性格診断までしてくるのか…と、たまに怖くなります。

まず、全国どころか同じ町内でも揉めやすい、王道の「入れる?入れない?」がいます。しらたき(糸こんにゃく)です。入れる派は言います。「だって、旨いし、全体がまとまるし、肉の旨みも吸うし」。入れない派は言います。「肉じゃがの主役はじゃがいも。しらたきがいると、主役が落ち着かない」。どっちも分かり過ぎて、議論はだいたい食卓の上で終わります。つまり、結論はいつも同じ。「両方作れば良い」。肉じゃがは、意外と平和を作る料理でもあります。

次に現れるのが、「彩り担当」です。いんげん、絹さや、枝豆辺りを仕上げに乗せる家がある。これをやると、肉じゃがが急に“人前に出る顔”になります。いつもの肉じゃがなのに、「今日はちょっと良い日?」感が出る。逆に彩りを入れない家には、「肉じゃがは茶色いからこそ落ち着く」という精神的な一貫性があります。茶色は、安心の色ですからね。肉じゃがは茶色のくせに、心に効く。

さらに「香り担当」が加わります。しいたけを入れると、肉じゃがは一気に和の深みを手に入れます。出汁の輪郭が立って、鍋の中が少しだけ“旅館の匂い”になる。しょうがを入れると、冬の肉じゃがが「体を起こす」方向に進化する。にんにくをほんの少し入れると、今度は“ごはんが逃げられない肉じゃが”になります。ただし、にんにくは入れ過ぎると肉じゃがが肉じゃがじゃなくなって、「肉じゃがの皮をかぶった何か」に変身しやすいので、そこは慎重に。肉じゃがの世界では、ちょい足しが正義で、入れ過ぎは暴走です。

そして、全国の肉じゃがを語るなら「練り物」も外せません。ちくわ、さつま揚げ、がんもどき。これらが入ると肉じゃがは、うま味の層が増えて、“惣菜コーナーの顔”になります。ここが好きな人は、だいたい白ご飯の消費量も増える傾向があります。肉じゃがはご飯の味方ですが、練り物入りは特に強い。鍋の中で、米が増える音がする。怖いですね(褒めています)。

ここで少し、現代的な方向にも目を向けましょう。バターです。肉じゃがにバターと聞くと「えっ」となる人もいますが、甘辛とバターの相性は、実はとても良い。少量なら、香りがフワッと上がって、肉じゃがが“洋の顔”を少しだけ見せます。トマトも同じで、甘辛に酸味が入ることで、口の中が軽くなる。肉じゃがは重たい料理だと思われがちですが、こういう一手で「いくらでも食べられる方向」に寄せられます。ただしトマトも、入れ過ぎると肉じゃがが「煮込み寄り」に変わり、家族から「今日のは肉じゃが…だよね?」という確認が入ることがあります。肉じゃがの正体確認は、家庭あるあるです。

ここまで読むと、「もう肉じゃがって何でもありなの?」と思われるかもしれません。はい、割りとありです。ただし、肉じゃがが肉じゃがでいられるための“芯”があります。それは、甘辛の安心感と、じゃがいものホクホク、そして煮汁が具に染みる感じ。この芯を残したまま、具や香りを足していくと、肉じゃがはどこまでも広がる。つまり肉じゃがは、型が強いから自由なんです。型が弱い料理は、ちょい足ししたらすぐ別料理になります。でも肉じゃがは、しぶとい。さすが、家庭の定番。

さて、ここから特養の話に接続すると、この「具材の多様性」は、ただの遊びではなく“食の進化”のための武器になります。特養では、入居者さんの状態や口腔機能、嚥下の様子、体調の波に合わせて、食べやすさを調整していきます。ここで大切なのは、「薄めて液体にして終わり」ではなく、「食べやすい形に変えても、肉じゃがらしさを残す」ことです。そのためには、具材を“食形態に合わせて選ぶ”という考え方がとても役に立ちます。

例えば、常食でいける方には、じゃがいものホクホクを残しながら、食欲が落ちやすい時期にはしいたけの香りで食欲を助ける。噛む力が落ちてきてキザミになった方には、肉をそぼろ状にしてバラけないようにし、しらたきは細かくして“絡み”として使う。さらに軟らかい形やペーストに近い形が必要な方には、じゃがいもをマッシュに寄せて芯を作り、煮汁はトロミでまとめて「一体感」を作る。つまり肉じゃがは、具材の選び方とまとめ方で、形態が変わっても“これは肉じゃがだ”という安心感を残しやすい料理なんです。

そして何より、肉じゃがは会話の材料になる。入居者さんに「肉じゃがって、何入れてました?」と聞くと、目が少し明るくなることがあります。「うちはね、糸こんにゃくを結んでね」「しいたけは必ず」「昔は牛なんて滅多に…」と、料理の話が生活の話に変わっていく。肉じゃがは、食事であり、記憶であり、交流の切っ掛けです。全国差があるということは、語れる話題が無限にあるということでもあります。

次の章では、いよいよ「令和の肉じゃが進化論」に突入します。バターやトマトだけじゃありません。肉じゃがを“壊さず伸ばす”ための一手、そして特養での食形態の変化にも寄り添いながら、どこまで肉じゃがは進化できるのか。鍋の中の未来を、一緒に考えていきましょう。


第4章…令和の肉じゃが進化論~バター?トマト?あんかけ?壊さず伸ばす一手~

肉じゃがの良さって、「変わらない安心感」だと思われがちなんですが、実は反対で、肉じゃがは“変われるから強い”料理です。そもそも家庭の数だけ味が違う時点で、もう進化が日常的。だから令和の肉じゃがは、ここからさらに一段、軽やかに変身できます。ただし大事なルールがあります。肉じゃがは自由だけど、放任するとすぐ別料理になる。つまり進化させるなら「壊さず伸ばす」。この感覚さえ持っていれば、鍋の中に未来を仕込めます。

まず、家庭で一番手軽な進化は「旨味の底上げ」です。ここは派手じゃないけど失敗し難い。甘辛の煮汁に、ほんの少しだけ別の“丸み”を足すと、肉じゃがは急にプロっぽくなります。味噌を少しだけ溶かすと、香りが一段深くなる。オイスターソースを少し足すと、コクが出てご飯が逃げられない方向に進む。出汁を丁寧に取るのが難しい日でも、ほんの少しの工夫で「今日は旨いぞ」と言わせられる。肉じゃがは、こういうズルが効くのが良いところです。ズルと言いましたが、台所の知恵です。立派です。

次に「香りのスイッチ」。これは好みが分かれる分、この記事としても盛り上がり場面です。しょうがを少し入れると、肉じゃがは冬の味方になって、体が起きる感じがします。柚子胡椒を仕上げにほんの少し添えると、甘辛が締まって、いきなり大人の肉じゃがになる。山椒や七味も同じで、肉じゃがに“輪郭”が生まれます。ただ香り系は、やり過ぎると肉じゃがが「自分探しの旅」に出て帰ってこないことがあります。鍋の中で迷子にならないように、少しずつが正解です。

そして令和っぽいのが「軽さの追加」です。肉じゃがって、しみじみ美味しいけれど、日によっては少し重く感じることもあります。そこに酸味や香りを少し足すと、驚くほど食べやすくなる。トマトを少し入れると甘辛に酸味が混ざって、口の中が軽くなる。これは“肉じゃがを壊す”というより、肉じゃがの表情を増やす感じです。バターも同じで、少量なら甘辛にフワッと香りが乗って、肉じゃがが一瞬だけ洋の顔を見せます。「肉じゃがにバター?!」という声が聞こえますが、ここで胸を張って言いましょう。肉じゃがは元々、家庭ごとに味が違う。つまり君が思っているより、肉じゃがは自由だ。自由の味が肉じゃがだ。鍋に向かって宣言していいです。

ただ、特養の話に戻ると、令和の進化は「味の遊び」だけじゃなく、もっと大事な進化があります。それが食形態の変化に寄り添う進化です。特養では、同じ入居者さんでも日によって体調が違いますし、噛む力・飲み込む力は時間と共に変わっていくことがあります。ここで肉じゃがが偉いのは、「形を変えても、肉じゃがらしさを残しやすい」という点です。つまり、特養の食の現場において肉じゃがは、“変身してもアイデンティティが崩れにくい”優秀なキャラクターなんです。

常食で食べられる方には、ゴロっとしたじゃがいもで「ほくほく」を残す。それだけで肉じゃがの芯は立ちます。キザミが必要になってきた方には、単純に細かくするのではなく、肉はそぼろ状にしてまとめ、じゃがいもは少し崩して“繋ぎ”を作る。ここで煮汁がサラサラだと具がバラけてしまうので、トロミをつけて一体感を作ると「食べやすさ」と「肉じゃが感」が両立しやすい。さらに軟らかい形や、ペーストに近い形が必要になった方には、じゃがいもをマッシュ寄りにして土台を作り、肉は細かくして煮汁と一体化させます。ポイントは、味を薄くして誤魔化すのではなく、香りと旨みを残して“まとまり”を作ること。肉じゃがは煮汁が主役の一部なので、煮汁を上手に形にできれば、形態が変わっても「これは肉じゃがだ」と感じてもらいやすくなります。

この進化は、厨房だけで完結しません。介護職としても、「その人の肉じゃが」を守るために出来ることがあります。例えば、食事の前に一言、「今日は肉じゃがですよ」と伝えるだけで、気持ちが乗る方がいます。さらに、「昔はどんな肉じゃがでした?」と聞けば、会話が膨らみ、食べる意欲のスイッチになることがあります。肉じゃがは、食べ物であると同時に、思い出の鍵でもある。だからこそ、形態が変わっても“味の物語”は残したい。これは特養の食の進化の、一番大切な軸だと思います。

最後に、令和の肉じゃがの合言葉を置いておきます。肉じゃがは、変わらない料理ではありません。変わり続けるのに、肉じゃがであり続ける料理です。バターやトマトのちょい足しで遊ぶのも良いし、香りで輪郭を作るのも良い。そして特養の現場では、食べる力に合わせて形を変えながら、本人の“うちの肉じゃが”に寄せていく。鍋の中の進化は、優しさの進化でもあります。次はいよいよ、まとめで“記念日がなくても強い理由”を、にこにこしながら回収しましょう。

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まとめ…記念日より強いもの~人生がしみる「うちの肉じゃが」が最強~

肉じゃがには、煌びやかな記念日がなくても大丈夫でした。むしろ、ないからこそ強い。だって肉じゃがは、誰かが決めた「正解の日」に合わせて生きていないんです。毎日の台所で、家庭の数だけ当たり前が育って、微差が積み重なって、いつの間にか“うちの味”として根を張っていく。だからこそ、よその家で食べると事件が起きるし、ご近所でも別料理になるし、日本全国では「えっ、それ入れるの!?」が普通に起きる。肉じゃがは、型があるのに自由で、自由なのに芯が残る。こんなに強い料理、なかなかいません。

そして特養の現場に持っていくと、この強さはさらに意味を持ちます。入居者さんの数だけ、家庭の肉じゃががある。牛だったのか、豚だったのか、甘めだったのか、出汁が主役だったのか、汁だくだったのか、煮詰め派だったのか。肉じゃがの話は、気づけば暮らしの話になって、人生の話になっていく。鍋の中にあるのは、ただの材料じゃなくて、その人が生きてきた時間なんですよね。だから肉じゃがは、献立というより「思い出の入口」になれる

もちろん、特養では食べる力が変わっていくことがあります。常食から、キザミ、軟らかい形、ペーストに近い形へ。ここで大事なのは、肉じゃがを諦めないことです。形を変えるのは“後退”ではなく、“進化”であるべきです。じゃがいもはマッシュ寄りに整えれば主役でいられるし、肉はそぼろ状にしてまとめれば食べやすくなる。煮汁は香りと旨みを残したまま、トロミで一体化させれば「肉じゃがらしさ」を守りやすい。つまり肉じゃがは、食形態が変わっても自分を見失い難い、頼もしい料理です。現場の工夫とチームの連携で、「食べやすさ」と「美味しさ」と「その人らしさ」を同じ鍋の中で両立させやすい。

最後に、肉じゃがが持っている最大の力を1つだけ言うなら、それは“勝ち負けになり難い”ことです。牛派でも豚派でも、しらたき入れる派でも入れない派でも、煮詰め派でも汁だく派でも、最後は笑って言える。「まあ、どっちも美味しいよね」。この余白があるから、肉じゃがは家庭に居場所を作れたし、施設でも人と人の間に居場所を作れる。記念日がないのは、人気がないからじゃなくて、1つに決められないほど裾野が広いから。だからこそ、肉じゃがは今日も、誰かの人生に沁みる味として、生き続けます。

もし次に肉じゃがを作る日が来たら、ちょっとだけ遊んでみてください。香りを少し足してみる、具材を1つ変えてみる、仕上げを工夫してみる。そして可能なら、誰かに聞いてみる。「昔、肉じゃがってどんな味でした?」と。きっと鍋の中に、もう1つの物語が増えます。肉じゃがは、増えるほど美味しくなるタイプの料理ですから。

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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