3月3日の特養は雛祭り本番~昨日の「お白洲」が桃色の笑顔に変わる日~

[ 3月の記事 ]

はじめに…つづきの朝の廊下の空気は“裁き”じゃなく“春”になっていた

昨日、3月2日の廊下には確かに「お白洲」が生えていました。畳は無いし、奉行所の門も無いのに、なぜか“話し合いの場だけ”が完成してしまう、あの不思議な現象です。理事長の理想と事務長の現実が、どちらも正しいまま正面衝突しそうになって、金さん枠の人がスッと入って「成敗より段取り」を決めていった、あの一幕。施設の春は、だいたい廊下から始まります。

そして今朝。3月3日。雛祭り本番の空気は、昨日の緊張を引きずるどころか、むしろ少し軽い。廊下の角を曲がるだけで分かるんです。「今日は、いける」。こういう日は、職員の足音がちょっと柔らかいし、利用者さんの目が先に笑っている。行事って不思議で、準備が整うと“音”が変わるんですよね。人の声も、車椅子のブレーキの音も、なんだか丸くなる。

もちろん、雛祭りは可愛い顔をして、現場には割りと手強い行事です。ひな壇は見せたいけど動線は守りたい。写真は残したいけど写り込みは避けたい。行事食は華やかにしたいけど、嚥下や体調に合わせたい。しかも、その全部を「誰か1人が背負わない形」で回さないと、春の入口で全員が息切れします。理事長は春を届けたい。事務長は事故ゼロで終わらせたい。現場は今日も通常運転で忙しい。条件が多い。だからこそ、上手くいった時の達成感が、やけに甘いんです。桃の節句だけに。

この物語は、昨日の「続き」です。でも、ただの続編ではありません。昨日は“整える日”。今日は“咲く日”。昨日の話し合いで決まった「見せ場を1つに絞る」「時間で区切る」「全員5分で片付ける」という、あの地味だけど強い約束が、今日はちゃんと花になります。しかも、ひな壇より主役になるのは、たぶん利用者さんの表情。これはもう、毎年そうです。ひな人形は崩れませんが、人の笑顔は、その日の段取り次第でいくらでも咲く。

さあ、特養の雛祭り本番です。理事長の胸は桃色に膨らみ、事務長の胃はまだ少しだけキリキリしていて、金さん枠の人は今日も静かに全体を見ています。廊下のお白洲が消えた代わりに、フロアに現れるのは“桃色の安心”。成敗はありません。けれど、ちゃんとスカッとします。どうぞ、春の現場を一緒に覗いていってください。

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第1章…理事長は飾りたいし事務長は守りたい~桃色イベントは動線が命~

雛祭り当日の朝は、何故か“空気がピカピカ”しています。まだ桜は寝起きなのに、施設の中だけ先に春が始まる感じ。玄関を入った瞬間、ほんのり桃色の飾りが見えると、利用者さんの目が「おっ」となる。職員の目も「よし」となる。理事長の目は「ほら見て、春だよ!」になって、事務長の目は「その春、転ばせないぞ」になります。

理事長は、朝から穏やかにテンションが高い。いつもなら落ち着いた声なのに、この日は会話が一段明るいんです。「今年は良いよ。みんなに季節を感じてもらえる。写真も撮ろう。ご家族にも見せよう」。理事長は“季節の配達員”です。春を施設に届けたい。出来れば手渡しで。心の手渡しで。

一方、事務長は静かにテンションが高い。こちらは違う意味で。顔は落ち着いているのに、目の中のメモ帳が高速でめくれています。「玄関に置くなら通路幅はどうだ。車椅子がすれ違えるか。歩行器が引っ掛からないか。人が集まったらどう誘導する。転倒リスクは増えないか」。事務長は“安全の番人”です。春をやるなら、無事に終わらせたい。出来れば胃薬なしで。

昨日のお白洲で「見せ場を一箇所に絞る」と決めたはずなのに、人間は欲が出ます。春を見ると欲が出ます。理事長は「もう少し華やかにしたい」と思う。事務長は「もう少しスッキリさせたい」と思う。二人の“もう少し”が衝突すると、現場の“もう無理です”が生まれる。だからここで大事なのは、昨日決めた“地味な正義”を思い出すことです。そう、動線。

動線は雛壇より偉い

雛壇は主役っぽい顔をしていますが、施設の本当の主役は通路です。通路が詰まると、全部が詰まる。写真も詰まる。トイレ誘導も詰まる。ナースコール対応も詰まる。詰まった最後に起きるのは、だいたい「焦り」そして「躓き」。つまり事務長が一番恐れているやつです。

理事長はここで少しだけ表情を変えます。「玄関にドーンと置くの、憧れるんだけどね」。分かります。憧れます。雛飾りって、あの“どーん”に価値がある。けれど施設は、映画のセットじゃない。生活の場所です。だから事務長は、敢えて言うんです。「理事長、玄関は、ドーンじゃなくて、スッです」。スッ、が正義。

スッとは何か。人が通れる。車椅子が回れる。杖でも安全。人が集まっても“渋滞”にならない。これがスッです。事務長が守りたいのは、美しさじゃなくて無事。けれど無事が守られると、美しさがちゃんと見える。逆もまた真です。だから理事長も、少しずつ納得します。「なるほど、スッで春を見せるのか」。そうです。スッで見せる春。大人の春です。

「見せ場は一点」でこそ写真が強くなる

ここで、金さん枠の人がサラッと助け舟を出します。昨日の人です。普段は町人、いざとなると調整役。今日も目立たないのに、一番効くことを言います。

「見せ場が一点だと、写真が強くなります。背景が散らからないから、表情が主役になります」

これが刺さる。理事長の目がさらに輝きます。理事長は“表情が残る写真”が好きです。事務長も、写真が一点にまとまると助かる。写り込みの確認がしやすい。人が集まる場所も予測できる。つまり動線も管理できる。写真と安全が、同じ方向を向く瞬間です。

雛壇はフロアの落ち着いた場所へ。玄関はフォトスポットの一角だけ。飾りは高過ぎず低過ぎず、車椅子の目線でも楽しめる位置へ。桃色は明るいけど、飾り過ぎない。飾り過ぎると片付けが重くなる。片付けが重いと、誰かの顔が曇る。春は曇らせたくない。だから、ほど良く。

理事長は「よし、今年は“ほど良く華やか”だ」と満足し、事務長は「よし、今年は“ほど良く安全”だ」と満足し、現場は「よし、今年は“ほど良く回る”」と胸の中で拳を握ります。

そして、利用者さんが通りがかって言うんです。「あら、今日は春みたい」。
その一言で、理事長は勝ち、事務長も勝ち、現場も勝ちます。雛祭りの正解は、たぶんこの一言が出ることです。

さあ、舞台は整いました。動線が守られ、見せ場が一点にまとまり、春の準備が“重くない形”で仕上がっていく。次は、いよいよ雛吹雪が舞う瞬間です。紙の花弁が飛ぶだけなのに、何故か胸が熱くなる。施設の行事は、だいたいそこから本番が始まります。


第2章…雛吹雪が舞う瞬間~利用者さんの一言が場を完成させる~

雛祭りの本番って、実は「ひな壇を出した瞬間」でも「行事食が並んだ瞬間」でもありません。施設の本当の本番は、もっと地味で、でも決定的な瞬間にやってきます。人が集まり始めて、誰かが小さく笑って、空気が一段と柔らかくなる、その境目。今日はそこに、“雛吹雪”が用意されていました。

紙の花弁が入った小さな箱を見つけた時、事務長が一度だけ目を細めました。「……これ、床が滑りませんか」。心配の方向がブレない。さすが番人です。理事長は理事長で、桃色の紙を見た瞬間にもう嬉しそうです。「可愛いねえ。春が舞うねえ」。言い方が既に舞っている。

そこで金さん枠の人が、昨日の約束を思い出させるように、サラッと言います。「吹雪は、飛ばす場所と時間を決めれば大丈夫です。今日は“舞わせる”んじゃなくて、“舞ったことにする”くらいでいきましょう」。名言です。行事は“やった感”が大事。全力でやり過ぎると、次が続きません。春は長期戦です。

フロアの一角、見せ場一点に絞ったフォトスポットの前に、利用者さんが集まってきます。車椅子の方は前列へ。歩行器の方は少し横へ。杖の方は座れる位置へ。自然に配置が出来ていくのは、現場が日々積み上げた“目に見えない技術”のおかげです。理事長はそれを見ると、心の中で拍手しているはずです。事務長はそれを見ると、心の中で点検しています。どっちも愛です。

理事長が優しい声で言います。「じゃあ、今日は雛祭り。桃の節句です。お雛様にご挨拶して、春を迎えましょう」。この言葉だけで、場のテンションが上がり過ぎないのが良い。施設の行事は、盛り上げるより“安心させる”方が先に来ます。安心すると、自然に笑いが出ます。

そして問題の雛吹雪。紙の花弁を、職員が少しだけ手の平に取って、フワッと放つ。フワッ。たったそれだけです。飛ばすというより、落とす。落とすというより、見せる。床に大量には落ちない。けれど空気には春が落ちる。この加減が、まさに金さん式です。

その時、利用者さんの一人が、ポツリと言うんです。「あら、綺麗。桜みたいね」。
ここで理事長が一瞬、心の中でツッコミます。「まだ桜じゃないんだよ、今日は雛だよ」。
事務長も心の中でツッコミます。「桜でも雛でも良いから、滑らないでくれ」。
職員も心の中でツッコミます。「今それ言うと説明が長くなるから、頷こう」。

そして全員が、頷くんです。これがチームワークです。

理事長が笑って返します。「そうねえ、今日は雛桜だね」。
雛桜。勝手に新語が生まれました。素晴らしい。季節行事って、こうやって施設独自の言葉が生まれた時に、成功が確定します。外の正解より、中の“うちの正解”。それが出来ると、来年も同じ言葉で笑えます。

その一言が全員を救う

利用者さんの「綺麗」の一言には、現場が一番欲しいものが詰まっています。理事長の理想が届いた証拠であり、事務長の安全が保たれた証拠であり、職員の準備が報われた証拠です。誰かが説明したわけでもないのに、その場が“完成”する。これが行事の魔法で、施設の宝です。

しかも、この一言が出ると、その後の流れが自然に上手くいきます。写真も撮りやすい。表情が柔らかいから、カメラを向けても緊張し難い。職員も声を掛けやすい。「今、素敵なお顔ですよ」。そう言える余裕が生まれる。余裕は安全にも繋がります。余裕がある人は、足元を見る。余裕がない人は、前しか見ない。事務長が守りたいのは、この“余裕の連鎖”です。

理事長は満足げに言います。「よし、今年は春が来た」。
事務長は小さく息を吐きます。「よし、今年は事故が来てない」。
金さん枠の人は、誰にも気づかれないくらい小さく頷きます。「よし、今年も回る」。

雛吹雪は、派手じゃありません。けれど、場を完成させる一撃があります。遠山の金さんが最後に正体を明かして空気をひっくり返すように、利用者さんの一言が、場を優しく決めてしまう。施設の正義って、だいたいこういう形をしているんですよね。

さて、春の空気は整いました。次は、行事の山場――写真と行事食です。ここは毎年、何かが起きます。起きない年の方が珍しい。でも大丈夫。主役はひな壇じゃなく、表情だと分かっていると、ピンチでも笑って立て直せます。次の章は、その“ピンチの中の勝ち方”へ行きましょう。


第3章…写真と行事食の大ピンチ~主役はひな壇より「表情」だった説~

雛吹雪で春が舞った後は、誰もが思います。「よし、成功だ」。
……ところが行事というものは、ここで油断した人から足を掬われます。むしろ本番はここから。そう、写真と行事食。施設のイベント界では、この2つが“ラスボス二兄弟”として名高い存在です。見た目は可愛いのに、毎年どこかで牙を剥く。雛祭りは優雅な顔をして、現場に試練を落としていくんです。桃色で。

まず写真。理事長が一番楽しみにしているやつです。ご家族に見せたい。季節の便りにしたい。利用者さんの「今日の良い顔」を残したい。気持ちは痛いほど分かります。写真は、言葉より強く“春”を運びます。一方、事務長が一番警戒しているのも写真です。写り込み、背景の生活感、掲示の扱い、同意の確認、撮影の時間、導線の混雑。写真は、心の記録であると同時に、段取りの怪物でもあります。

理事長がスマホを構えた瞬間、事務長の目がスッと動線を確認します。金さん枠の人は、何も言わずに人の立ち位置を少しずつ整えます。現場職員は、利用者さんの髪や襟元を直し、車椅子のブレーキを確認し、笑顔のスイッチを探します。
……その時です。

「すみません、背景布、シワが取れません」
「すみません、光が逆で顔が暗いです」
「すみません、撮ろうとしたら、お雛様がちょっと傾きました」

はい、来ました。毎年お馴染みの“写真ピンチ三点セット”。さらに追い打ちを掛けるように、利用者さん側からも追加オーダーが入ります。「私はこっちの角度が良い」「あの人と一緒が良い」「髪が気になる」「口紅は?」。雛祭りは、突然“撮影会”になります。理事長の理想は膨らみ、事務長の胃は縮みます。

ここで金さん枠の人が、静かに正体を見せます。叫びません。煽りません。むしろ笑います。「大丈夫です。主役は背景じゃなくて表情です」。この一言が、現場を救います。

“映える”より“見える”を優先する

写真の敵は、完璧主義です。完璧を狙うと、時間が溶けて、現場の余裕が消えます。余裕が消えると表情が消えます。表情が消えた写真は、春っぽくない。だから、ここは“映える”より“見える”。顔が明るく見える。目が笑って見える。そこを最優先にする。

背景布のシワ? 良いんです。生活の布です。むしろ「ここで暮らしている」感じが出ます。
逆光? じゃあ少し立ち位置をズラして、顔に光が入る場所へ。レフ板なんて無くても、白い壁やカーテンが勝手に仕事してくれます。
お雛様が傾いた? 傾いたのは人間の方です。直して、深呼吸して、もう一回。お雛様は怒りません。怒るのは事務長の胃だけです。

理事長はここで、嬉しそうに方向転換します。「そうだね、表情が主役だ」。理事長が“目的”に戻る瞬間は強い。事務長も、背景が完璧じゃなくても良いとなると、時間と混雑が減って安心します。現場も、肩の力が抜けます。「よし、いける」。

そして、利用者さんの“良い顔”は、だいたい予告なく出ます。カメラを向けた瞬間ではなく、職員の一言に反応した瞬間に出ます。「今日の髪、素敵ですね」「雛桜、似合ってますよ」「その笑い方、若い頃の写真みたいです」。その瞬間、目の光が増える。ここで撮る。これが勝ちです。

次に来るのが行事食のピンチです。雛祭りらしい食事は、色も雰囲気も大事。でも特養は、体調も嚥下も好みも違う。ここを外すと、春が急にしょんぼりします。

「甘酒が苦手な方がいます」
「ちらし寿司の具が食べ難い方がいます」
「今日、食欲が落ちている方がいます」

ここで理事長が「みんな同じじゃなくて良い」と言えるか。事務長が「代替は安全に簡単に」と言えるか。現場が「変えても良い雰囲気」を作れるか。行事食の勝敗は、ここで決まります。

金さん枠の人は、また静かに言います。「雛祭りの行事食は、味より“気分”が主役です」。これも名言です。気分が主役なら、形態が違っても成立します。色が少しでも春っぽければ、香りが優しければ、器が季節っぽければ、十分に“桃の節句”になります。全部を揃えようとすると、現場が崩れます。現場が崩れると、気分も崩れます。だから「出来る範囲で春」を作る。これが施設の正義。

理事長は「なるほど、器とひと声で春だね」と納得し、事務長は「なるほど、無理を増やさない春だね」と安心し、現場は「なるほど、今日も回る」と頷く。こうして“ラスボス2兄弟”は、派手に倒されるのではなく、静かに手懐けられていきます。

最後に、事務長がポツリと言います。「……今年、写真が早いですね」。
理事長が返します。「……表情が主役だって、昨日の人が言ったからね」。
金さん枠の人は笑って言います。「昨日の人って、誰ですかね」。
全員が笑います。こういう笑いが出ると、行事は勝ちです。

さて、写真と行事食の山を越えたら、残るは最後の難関――片付けです。行事の勝敗は、実は終わった後に決まります。疲れ過ぎず、誰かに全部が乗らず、明日も普通に働ける形で終われるか。次の章は、あの“全員5分”が本領を発揮する時間です。


第4章…最後の正体バレ~金さん役が「全員5分」で片付けを決める~

雛祭りの行事は、写真が撮れた時点で半分終わったような顔をします。行事食が無事に配られた時点で、もう8割終わったような顔をします。
でも現場は知っています。本当の勝負は、そこからだと。

片付け。
この二文字が、理事長の胸を少しだけ曇らせ、事務長の胃を少しだけ締め、現場の肩を一瞬だけ重くします。しかも片付けは、だいたい“静かに後ろへ追いやられる仕事”です。華やかな瞬間の陰に隠れて、気づいたら誰かが1人で抱えてしまう。そうなると、春がいきなり冬になります。笑顔が消え、ため息が増え、翌日の動きが鈍る。行事が成功したのに、現場が疲れ切る。これが一番もったいない。

そして、片付けの怖さは「終わりが見えないこと」にあります。ひな壇は箱が多い。飾りは細かい。紙の花弁は軽いけれど散らばる。器は洗い物になる。写真のデータ整理も地味に残る。今日の行事が綺麗に終わらないと、明日の通常業務の中に“行事の残骸”が混ざって、じわじわ現場を削っていきます。これは悪党ではなく、疲労の妖怪です。名前は「後でやる」。最強です。

そんな妖怪が顔を出しかけたところで、金さん枠の人が登場します。今日も静か。今日も笑顔。今日も声が大きくない。なのに、言葉がまっすぐ刺さる。

「では、片付けは“全員5分”で終わらせます」

一同、止まります。
「全員……5分……?」
この場で最初に反応するのは、だいたい事務長です。「……それで終わりますか?」と、真顔で聞きます。終わらない気がする。分かります。終わらない気がします。でも、ここで大事なのは“完璧に全部終える”ではなく、“誰か1人に押しつけない形で、最低限を終える”という設計です。

金さん枠の人は、奉行っぽく言い直します。奉行っぽくと言っても、廊下で叫ばない奉行です。

「終わらない分は、終わらないまま置きません。『今日やる最低限』を5分で終えるんです。残りは明日の朝に回す“仕組み”を作って終えます」

ここで事務長の目が変わります。事務長が欲しいのは、“作業量の奇跡”ではなく“残りを安全に管理できる形”。つまり、明日の通常業務に混ざらないように、終わっていないものを分けておくこと。そこが見えた瞬間、事務長は腹落ちします。理事長も安心します。理事長は、片付けで現場が疲れると心が痛い。そういう優しさがあるからです。

「5分」の中身は魔法じゃなくて段取り

金さん枠の人は、ここで“魔法の正体”を見せます。正体バレです。桜吹雪じゃなく、段取り吹雪。フワッと決めるのではなく、スッと分ける。

「ひな壇は箱に入れるところまで。飾りは大きい物から。紙の花弁は“集める袋”を先に用意して、床から拾うだけ。器は今洗わない、回収してまとめるだけ。写真は今整理しない、撮った人が1か所にまとめて保管するだけ」

言っていることは、とても地味。でもこの地味が強い。現場は「今日の最低限」が分かると動けます。逆に「全部やってね」と言われると、動けません。全部は終わらないからです。終わらない仕事は、人の心を折ります。

そして、全員5分という発想の良さは、作業量よりも“空気”にあります。全員が手を動かすと、誰かが1人で抱える雰囲気が消えます。「手伝って良いんだ」「一緒に終わらせる日なんだ」と、場が合意する。これが最大の価値です。

理事長がここで、いつもの名人芸を出します。「ありがとうの一口」を用意するやつです。今日は温かい飲み物か、甘い小さなおやつ。大袈裟じゃない、でも心がほどけるやつ。これがあると、5分が“罰ゲーム”じゃなく“締めの儀式”になります。片付けが終わると、全員が同じ方向を向ける。「お疲れ様」と言える。これが春です。

事務長も最後に、ささやかな正体バレをします。事務長は現実の人なので、最後に確認します。「袋はどこに置きます? 箱は誰が運びます? 通路は確保できますか?」。その確認があるから、5分が事故にならない。事務長はブレーキではなく、ハンドルでもあるんです。ぶつかりそうな時に、少し角度を変えてくれる人。

金さん枠の人は、笑って言います。「事務長がそこを言ってくれるから、事故が起きないんです」。
事務長は咳払いします。「……当然です」。
理事長は嬉しそうに言います。「ほら、良いコンビだ」。
現場は心の中で言います。「今日も助かった」。

片付けが終わった時に行事は“成功”になる

5分後。雛壇は箱へ。飾りはまとまっている。紙の花弁は袋に集まっている。器は回収済み。写真は保管場所が決まっている。完璧ではない。けれど、明日に残す形が整っている。これが大勝利です。行事の成功は、派手な瞬間ではなく、終わった後の現場の呼吸で決まります。息が上がり過ぎていなければ、勝ち。誰かが一人で抱えていなければ、勝ち。明日が普通に回るなら、勝ち。

最後に、利用者さんが言います。「今日は楽しかったねえ」。
職員が返します。「良かったです。春、来ましたね」。
理事長が頷きます。「来たね」。
事務長が小さく頷きます。「……来ましたね」。
金さん枠の人は、誰にも見えないくらい小さく頷きます。「回りましたね」。

遠山の金さんの日から続いたこの物語の、最後の正体バレは、権力の証明ではありませんでした。誰かを叩くでもありませんでした。全員で5分、手を動かして、明日を軽くする。その静かな正義が、特養の桃色イベントをちゃんと“来年に繋がる形”にしてくれたのでした。

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まとめ…春は準備で半分できている~来年も回る雛祭りの作り方~

3月2日の「遠山の金さんの日」から始まった特養の物語は、3月3日の雛祭り本番で、ちゃんと桃色に着地しました。昨日は廊下にお白洲が生え、今日はフロアに“雛桜”が舞った。成敗は無いのに、何故かスカッとする。これが施設版のカタルシスで、一番気持ち良いタイプの正義です。

今回、改めて分かったことがあります。雛祭りの成功は、ひな壇の豪華さでも、飾りの多さでもありませんでした。主役は「動線」と「表情」。そして、最後を決めるのは「全員5分」の片付け。派手じゃない。けれど、これがあると行事が“明日に繋がる形”で終わります。明日に繋がる行事は、来年にも繋がります。つまり、施設の春を守る力になります。

理事長の理想も、事務長の現実も、どちらも必要でした。理事長が春の温度を運び、事務長が安全と段取りで春を守る。現場がその間で走り回り、利用者さんの一言が空気を完成させる。そして金さん枠の人が、目立たないまま“詰まり”をほどいていく。誰かを悪者にしないまま、全員が少しラクになる落としどころを作る。これこそ、施設で一番ありがたい正義です。

雛吹雪も、良い仕事をしました。桜吹雪はまだ先でも、紙の花弁なら今出来る。ほんの少し舞わせるだけで、利用者さんの目に春が入る。職員の声が丸くなる。事務長の眉間がほどける。理事長が嬉しそうになる。春って、豪華な演出より、こういう“小さな一致”で来るんですよね。

そして最後に、一番大切なこと。行事は「終わり方」で勝敗が決まります。終わった後、誰か1人が残ってぐったりしていたら、それは次の春が遠くなるサインです。反対に、全員が5分だけ手を動かして「お疲れ様」と言えて、明日の通常運転に戻れるなら、それは来年の春が近づくサインです。施設の行事は、派手に頑張るより、続けられる形で回す方が強い。これは雛祭りに限らず、季節のイベント全部に共通する“勝ち方”だと思います。

次に雛祭りを迎えるあなたの現場でも、もし廊下にお白洲が生えそうになったら、思い出してください。成敗はいりません。必要なのは、動線を守って、表情を主役にして、終わりを見える形にすること。春は準備で半分できています。残り半分は、利用者さんの「綺麗ね」の一言で完成します。
そしてその一言が出たら、今年もまた、ちゃんと春が来たということです。

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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