扇風機に向かって「あー」と言いたくなる夏~くだらないのに気分が晴れる小さな音遊びの話~

[ その他・雑記 ]

はじめに…扇風機の前で人はちょっと子どもに戻る

夏になると、人は少しだけおかしなことをしたくなります。冷たい麦茶を飲んで「ふぅ」と言ったり、冷蔵庫を開けて数秒だけ涼んでみたり、扇風機の前に顔を出して「あーーーー」と声を伸ばしてみたり。何の得があるのかと聞かれると返事に困るのに、やると気分が晴れるのだから不思議です。

あの「あーーーー」には、理屈より先に体が動く軽さがあります。暑さで少し怠い午後でも、羽根の前で声を出した途端、自分の声が別人みたいにブルブル震えて返ってきて、思わず笑ってしまう。大人なのに何をしているんだろう?、と自分で自分に小さくツッコミを入れながら、もう一回やりたくなる辺りがまた夏らしいところです。

役に立たないのに気分を上向かせてくれるものは、暑い季節の暮らしにちゃんと必要です。汗だくの毎日を気合いだけで乗り切ろうとすると、心まで干からびてしまいます。そんな時こそ、単純明快で天真爛漫な“くだらない楽しさ”が、肩の力をフッと抜いてくれます。

夏のご機嫌は、いつも立派な予定から生まれるとは限りません。扇風機の前の一声、氷の音、風が通り抜ける瞬間、そんな小さな出来事の中に、気分一新のキッカケは意外と転がっています。子どもの頃にやっていた人も、つい最近こっそりやった人も、たぶん同じ顔で笑っていたはずです。

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第1章…扇風機に向かって「あー」と言うと何が起きるのか?~声がブルブル楽しくなる仕組み~

扇風機に向かって「あー」と言うと、どうしてあんなに面白いのでしょう?風が気持ちいいから、だけでは説明しきれません。あの妙な楽しさの正体は、声そのものが少しだけ“別人化”するところにあります。自分で出した声なのに、自分のものとは思えない。しかも、ほんの一秒で変化が分かる。これはもう、夏の居間に突然現れる小さな音の遊園地です。

人の声は音波(空気の振動)として進みます。そこへ回転する扇風機の羽根が入ると、声はそのままスーッと通るだけでなく、細かく区切られたり、響き方が少しずつ変わったりします。羽根が回る周期(繰り返しの間隔)に合わせて、音がブルブルと揺れるように耳へ届くので、「あーーーー」が「ァァァァァ……」のような不思議な声に化けるわけです。理屈を書くと少し理科っぽいのに、やっている本人はだいたい半笑いですから、そこがまた風流です。

自分の声がほんの少し壊れるだけで、人はびっくりするほどご機嫌になります。これはなかなか面白いことで、難しい操作もいらなければ、特別な才能もいりません。口を開けて声を出すだけ。単純明快、電光石火です。夏の暑さで頭がぼんやりしている日ほど、「ほほう、こうなるのか」と妙に感心してしまう。何に感心しているのかは自分でも曖昧なのですが、その曖昧さごと楽しいのがこの遊びの良さです。

しかも、扇風機の前では母音の違いまで目立ちます。「あー」は王道で、「おー」は少し偉そう、「うー」は機械っぽく、「えー」は何だか文句を言っている人みたいになる。やっていることはほぼ同じなのに、声色の変化で印象が変わるので、つい興味津々になります。大人が真顔で「うー」「おー」と試していたら、傍から少し心配されそうですが、夏にはそういう寄り道がよく似合います。

もう1つ面白いのは、耳がいつもの自分の声との違いをすぐに見つけることです。普段の声は、耳から聞こえる音だけでなく、自分の体の中に響く感じも混ざって“いつもの私”になっています。そこへ扇風機のブルブルが加わると、その安心感が少しだけ崩れます。そのズレが笑いどころです。人は完全に予想通りだと退屈しやすいのに、ほんの少しだけ予想が外れると急に楽しくなる。扇風機の前の「あー」には、その小さな快走感がちゃんと入っています。

気持ちまで軽くなるのは、変な声になった事実より、変な声になって笑えた自分が嬉しいからかもしれません。暑い日は、立派なご褒美より、こういう一瞬の解放感の方が沁みることがあります。羽根の前で声が震えただけなのに、何故か少しスカッとする。夏の暮らしは、こういう小さな爽快感を拾える人ほど、上機嫌で歩けるのかもしれません。


第2章…「あー」だけでは終わらない~夏の声遊びと言葉の変身大会~

「あー」が王道なのは間違いありません。けれど、扇風機の前の楽しみは、それだけで終わりません。ここで人はだいたい欲が出ます。次は「おーーー」にしてみようか、「うーーー」はどうだろうか、自分の名前を言ったらどうなるのか。まるで夏休みの自由研究みたいな顔をして、やっていることは声のいたずらです。冷静に見るとかなり平和です。

まず面白いのは、母音だけでも表情が千変万化することです。「あーーー」は一番素直で、いかにも“扇風機遊びをしています”という響きになります。「おーーー」は少し重たくて、妙に偉そうです。「いーーー」は細くて、なんだかセミに寄っていきそうな気配があります。「えーーー」は、夏バテした人の小さな抗議みたいに聞こえることもある。人の声はこんなに気分屋だったのかと、羽根の前で初めて知るわけです。

そこから先は、言葉遊びの時間です。「こんにちは」と言えば、急に近未来の挨拶になりますし、「ありがとう」と言えば、何故か感謝が震えて届きます。自分の名前は少し照れくさいのに、やると笑ってしまう。好きな食べ物の名前もなかなか優秀で、「カレーライス」辺りは無駄に迫力が出ます。何を言っても少しだけ様子がおかしくなるので、こちらもつい調子に乗ります。夏の居間にいるだけなのに、声優でも機械音声でもない不思議な立場です。

声が少し変わるだけで、人は思っている以上に機嫌よく遊べます。これがじつに爽快です。難しい道具も、広い場所もいりません。必要なのは、扇風機と、ちょっとした好奇心だけ。豪華絢爛な娯楽ではないのに、ちゃんと笑える。しかも笑いの理由が“自分の声”というところが、何とも身軽なところです。外が暑くて動く気がしない日ほど、このくらいの小さな遊びがちょうどよく効きます。

子どもはここで全力を出しがちです。「おかあさーん」と呼んでみたり、「やっほー」と叫んでみたり、気づけば短い歌まで始まります。大人は大人で、「そんなことして」と言いながら、誰もいない瞬間にそっと試すことがあります。そこが実に人間くさいところです。見ていると止めたくなるのに、自分もやる。夏の遊びには、こういう“分かっているのにやってしまう”軽やかさがあります。

さらに面白いのは、同じ言葉でも、その日の気分で笑えるポイントが変わることです。元気な日は「うぉーーー」がやたら勇ましく聞こえるし、怠い日は「ねむい」が妙に真実味を帯びます。お風呂上がりなら爽やかさが増し、昼下がりならぐうたら感がよく似合う。扇風機の前の一声には、その日の自分がしっかり混ざります。何とも正直で、少し可笑しいものです。

夏をスカッと楽しむ力は、立派な予定表だけが作るものではありません。意味のない一声、ちょっと変な響き、思わずこぼれる笑い。そんな小さな連続が、暑い季節の空気をやわらげてくれます。扇風機の前で「こんにちは」と震え声になっただけで、午後の怠さが少し後ろへ下がる。そんなこともあるのですから、暮らしはまだまだ捨てたものではありません。

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第3章…くだらないのに忘れられない~扇風機の音が連れてくる夏の記憶と家族の景色~

扇風機の前の「あー」は、その場で笑って終わるだけの遊びに見えて、何故か記憶に残ります。たぶん理由は、声だけでなく、周りの景色まで一緒に心へ入ってくるからです。畳のにおい、昼寝から起きた後のぼんやりした頭、台所から聞こえる氷の音、少しぬるくなった麦茶、窓の外で鳴くセミ。あの一声には、夏の部屋の丸ごとがくっついています。人は音だけを覚えるのではなく、その時の空気まで抱えてしまうのでしょう。

子どもの頃の夏は、今より時間がゆっくり流れていた気がします。扇風機の前で「あー」と言って笑い、兄弟や友だちが真似をして、だんだん変な言葉大会になる。そこへ大人が「またやってるの?」と半分あきれて、半分笑って通り過ぎる。あの流れは、無我夢中でくだらないことに熱中できた夏の象徴みたいなものです。立派な遊びではないのに、妙に楽しかった。むしろ立派でないからこそ、気楽で、心が軽かったのかもしれません。

夏の記憶は、大事件より“どうでもいいのに笑えた瞬間”のほうが長く残ることがあります。これは少し面白いところです。旅行先の名前を忘れても、祖父母の家の扇風機の色は覚えていたりします。海へ行った日付はあやふやでも、風に向かって声を出して母に笑われたことは妙にはっきりしていたりする。記憶というのは几帳面そうでいて、かなり気まぐれです。大きな出来事を押しのけて、しょうもない一幕が堂々と座っているのですから、人の心にはなかなかのレベルで愛嬌があります。

しかも、この手の記憶は十人十色です。ある人にとっては縁側の扇風機で、ある人にとっては脱衣所の扇風機かもしれません。古い家の丸い羽根だった人もいれば、学校の教室を思い出す人もいるでしょう。声を変えて遊んだ記憶だけでなく、「あの頃はみんな同じ風に当たっていたな」という感覚まで戻ってくることがあります。涼しさを分け合うという、何とも夏らしい距離感です。

こういう話は、高齢の方との会話にもよく似合います。扇風機を前に実演しなくても、「昔、扇風機に向かって何て言っていました?」と尋ねるだけで、顔つきがフッと和らぐことがあります。「あー」だった人もいれば、「おーい」と呼んでいた人、「歌ったよ」と笑う人もいるでしょう。そこから部屋の様子、家族の並び、おやつの時間、昼寝の後、そんな景色がスルスルと出てきます。回想法(思い出を辿って気持ちをほぐす方法)という言葉は少し真面目ですが、入口は意外なくらい軽やかです。

夏の音には、記憶の引き出しを開ける力があります。風鈴の音で祖母を思い出し、氷の音で台所を思い出し、扇風機の「あー」で自分の子ども時代に会いに行く。そんなふうに考えると、あの遊びはただの声真似ではありません。人を昔へ連れていく、小さな時空散歩です。暑い季節はしんどいこともありますが、こうした涼やかな記憶があるだけで、少し救われる日もあります。夏は暑さだけで出来ているわけではなく、笑い声や懐かしさまで含めて、ようやく夏らしくなるのでしょう。


第4章…スカッと爽やかに楽しむ力~人を少し元気にする“無意味の贅沢”~

夏を気持ちよく過ごす力は、何かをたくさん達成することだけで育つわけではありません。むしろ、暑さで体力も気力もじわじわ削られる季節ほど、少し肩の力を抜ける“くだらない楽しさ”が役に立ちます。扇風機の前で「あー」と言う、氷をコップの中でカランと鳴らす、冷たい床に足の裏をペタリと置いて「生き返る」と呟く。どれも壮大な計画ではないのに、気分だけはちゃんと前を向きます。夏の暮らしは、こういう軽装上陣な工夫が案外ものを言います。

大人になると、つい何事にも意味を求めがちです。体に良いか、効率が良いか、時間の無駄ではないか。そうやって整然有序に暮らそうとするのは立派ですが、暑い時期はそれだけだと息が詰まります。人は、少し笑えて、少し涼しくて、少し気が抜ける瞬間があるだけで、グッと持ち直せるものです。扇風機の前の一声は、その最小単位かもしれません。真面目に疲れた人ほど、こういう“意味の薄い楽しさ”が効いてきます。何しろ考える前に笑えてしまうので、心の荷物が1つ軽くなります。

大人にも、理由のいらない爽快感はちゃんと必要です。これは贅沢というより、むしろ日々を回すための小さな知恵です。夏のしんどさは、暑さだけではありません。眠りが浅い日もあれば、食欲が落ちる日もあり、何となく頭が働かない午後もあります。そんな日に「今日は完璧に過ごそう」と気合いを入れ過ぎると、気持ちまで熱だまりを起こしてしまいます。だったら、まずはひと息ついて、少しだけ笑えるものを選ぶ。扇風機の前の「あー」は、その入口として妙に優秀です。

しかも、この手の楽しみはお金も手間もほとんどかかりません。豪華な予定がなくても、家の中で気分転換ができる。特別な準備をしなくても、暑い日の空気をちょっとだけ明るく出来る。そう思うと、夏はまだまだ悪くありません。大きなイベントがなくても、日々の中に小さな快晴を作れる。そういう人は、季節に振り回されるだけで終わらず、季節と一緒に暮らすのが上手です。

夏のご機嫌は、派手な思い出だけが作るものではないのでしょう。扇風機の風に声を預けて笑ったこと、意味もなくもう一回やってしまったこと、その後で少しだけ気分が晴れたこと。そんな些細な出来事が、暑い毎日を思いのほか助けてくれます。役に立たないように見えるものの中に、心をほぐす力が潜んでいる。そう考えると、夏の暮らしもなかなか味わい深いものです。今日ももし扇風機の前で「あー」と言いたくなったら、それはだらしなさではなく、気分転換の才覚かもしれません。少なくとも、ちょっと笑えたなら上出来です。

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まとめ…夏は役に立たない楽しさがあるほどご機嫌になれる

夏は、暑いだけの季節ではありません。怠さが出たり、眠りが浅くなったり、少し機嫌が不安定になったりもしますが、その一方で、人を妙に素直にする季節でもあります。扇風機の前で「あー」と言ってしまうのは、その分かりやすい証拠かもしれません。子どもっぽいと言われればその通りなのに、やると少しスカッとする。そんな単純明快な楽しさが、ちゃんと暮らしを助けてくれます。

声がブルブル震える仕組みを知ると、なるほどと感心します。言葉を変えて遊ぶと、また笑えます。そこへ家族の記憶や、昔の夏の景色まで重なってくると、扇風機の前のひと声は、もうただの遊びではありません。風と音と気分転換が1つになった、夏の小さな儀式です。大人になるほど、こういう無邪気な時間はいつの間にか減っていくものですが、減ったからこそ少し沁みます。

笑う門には福来る、と言いますが、夏の福は案外こういう“しょうもない一声”から入ってくるのかもしれません。立派な予定がなくても大丈夫です。高価な道具がなくても構いません。風があって、声があって、少し笑える余裕があれば、それだけでその日の空気は少し変わります。気分一新とは、いつも大きな決意から始まるわけではなく、こんな軽快洒脱な瞬間から始まることもあります。

今年の夏、もし扇風機の前で思わず「あー」と言いたくなったら、どうぞ遠慮なくやってみてください。その一声は、暑さに負けないための気合いではなく、暑さの中でもご機嫌を見つける才気煥発な合図です。ちょっと笑えて、少し涼しくて、何だか気分が晴れる。そんな夏の過ごし方は、なかなか悪くありません。

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