お酒は口を消毒してくれる?~卵酒と寝る前の一杯から考えるアルコールとのほどよい距離~

[ 旬の食と暮らし ]

はじめに…その一杯で口の中では何が起きている?

夜、歯を磨いて、部屋着に着替えて、ようやく一息。冷蔵庫を開けると、缶のお酒がこちらを見ている。いや、見ている気がするだけです。こちらの心が先にグラスを用意しているだけです。

「歯磨きもしたし、アルコールだし、口の中も少し綺麗になるのでは?」

そんなふうに思ったことがある人は、少なくないかもしれません。アルコール消毒という言葉はすっかり暮らしに馴染みました。手を綺麗にするもの、台所周りで使うもの、飲み物として楽しむもの。名前は似ていても、役目はまるで違います。正に適材適所。台所の包丁で封筒を開けないように、消毒用アルコールと飲むお酒も、同じ棚に並べて考えると少し危なっかしいのです。

飲むお酒は、体に入るものです。消毒用アルコールは、菌やウイルスを減らす目的で皮膚や物に使うものです。工業用アルコールは、そもそも飲むものではありません。ここを混ぜてしまうと、「アルコールはバイキンに効くなら、飲めば口や体も綺麗になるのでは?」という、なんとも都合のよい考えが顔を出します。人の頭は便利ですが、時々、自分に甘い判定員になります。私の中の判定員も、夜のおつまみにはなかなかレッドカードの笛を吹きません。

けれど、口の中はなかなか繊細です。お酒を飲んだ瞬間にスッとした感じがあっても、それは清潔になった証明ではありません。むしろ気にしたいのは、飲んだ後の乾きです。唾液(口の中を洗い流し、歯や粘膜を守る液体)が少なくなると、口の中の守りは心細くなります。寝ている間はただでさえ口が乾きやすい時間帯。そこへ甘いお酒、酸味のあるお酒、しょっぱいおつまみが加われば、朝の口の中が「昨日の宴会場、まだ片付いていません」と言い出しても不思議ではありません。

昔ながらの卵酒や薬用酒のように、アルコールを含みながら養生の知恵として親しまれてきたものもあります。寒い夜に体を温め、栄養を入れ、早めに布団へ入る。そういう流れには、暮らしの知恵が詰まっています。ただ、それは体の中を消毒する話ではなく、休む準備を整える話です。古い知恵を大切にしながら、現代の体の守り方も手に取る。これくらいの距離感が、無病息災へのやわらかな近道かもしれません。

お酒は「飲める消毒液」ではなく、楽しみ方と引き際を選ぶ大人の飲み物です。

歯磨き後の一杯、卵酒のぬくもり、寝る前の水、朝の口の軽さ。どれも小さな話に見えて、毎日の調子に繋がっています。油断大敵と肩に力を入れ過ぎる必要はありません。お酒と口の中の関係を少し知っておくだけで、夜の過ごし方はグッと上品になります。グラスを置くタイミングまで含めて、今日の自分を少し大事にする。そんな一杯なら、明日の朝にもちゃんと優しいはずです。

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第1章…飲むアルコールと消毒するアルコールと飲んではいけないアルコール

アルコールという言葉は、なかなか器用です。食卓では乾杯の相棒になり、玄関では手指を清潔にする助っ人になり、工場では材料や燃料のような仕事人にもなります。名前は同じ仲間に見えても、役割は三者三様。ここを取り違えると、日常の中に小さな危険がヒョイと顔を出します。

飲むアルコールは、食品として作られたお酒です。ビール、日本酒、ワイン、焼酎、ウイスキーなど、味や香りを楽しむためのものです。主に含まれるのはエタノール(お酒に含まれるアルコール成分)です。飲める形で作られているとはいえ、体に負担がないという意味ではありません。肝臓(体の中でアルコールなどを分解する大きな臓器)は、飲んだ分だけ仕事を任されます。気分は「今日くらい良いよね」でも、肝臓の方は残業申請を出しているかもしれません。しかもその申請、本人には見えにくい。ここが少し厄介です。

消毒するアルコールは、手や物の表面を清潔にするためのものです。こちらもエタノールが使われることがありますが、目的は飲むことではありません。濃度、添加物、使う場所、使い方が違います。手に使うものは手に、器具に使うものは器具に。正に適材適所です。ラベルに「消毒」と書かれていると、頼もしく見えますが、頼もしいからといってグラスに注ぐものではありません。頼れる消防車を見て「これで通勤しよう」とは思わないのと同じです。いや、思ったら近所中がざわつきます。

飲んではいけないアルコールもあります。工業用アルコールやメタノール(人体に大きな害を及ぼすことがあるアルコール成分)を含むものは、口に入れる対象ではありません。見た目が透明でも、においが似ていても、飲み物ではありません。透明な液体ほど、見た目だけで判断しにくいものです。水、酢、消毒液、洗剤。台所や倉庫に並べると、まるで液体たちの変装大会です。そこで大事になるのが、容器を移し替えないこと、ラベルを残すこと、子どもや高齢の方の手が届きにくい場所に置くことです。

アルコールは「何に使うか」で、味方にも危険にも変わります。

この線引きは、堅苦しい理科の話ではありません。家族の暮らしを守る、かなり現実的な知恵です。飲む物は飲む場所に、消毒するものは消毒の場所に、作業用のものは作業用として管理する。たったそれだけで、誤飲(飲んではいけないものを間違って飲むこと)の危険はグッと減ります。小さなラベル1つ、置き場所1つが、家の中の安全係になるのです。

お酒を楽しむ時間は、暮らしの余白にもなります。けれど、アルコールという名前だけで全部を同じ仲間にしてしまうと、せっかくの余白が心配ごとに変わってしまいます。食卓の一杯には楽しみを、玄関の消毒には清潔を、工業用のものには近づきすぎない距離を。それぞれの持ち場を守ってもらえば、アルコールたちも余計な出番で慌てずに済みます。人も物も、持ち場を間違えないほうが平和です。


第2章…卵酒は体内消毒ではなくて休むための養生

寒い夜、少しぞくぞくして、台所から湯気が上がる。卵を割って、砂糖を少し、温めたお酒を合わせる。昔ながらの卵酒には、ただの飲み物ではない雰囲気があります。布団、湯気、家族の声、早く寝なさいという圧。あの圧まで含めて、だいたい養生です。

昔から「酒は百薬の長」という言葉があります。聞こえはとても頼もしいのですが、これを「お酒は薬だからたくさん飲んでよい」と受け取ると、台所の神様もそっと首を横に振りそうです。お酒が体の中を消毒して、風邪の原因をやっつける。そんな仕組みではありません。体の中は、まな板でもドアノブでもないのです。内臓から「アルコール噴霧、お願いします」と声が出たら、それはもう別の物語です。

卵酒の良さを考えるなら、主役は消毒ではなく、滋養強壮(弱った体に栄養を補い元気を支える考え方)と休息です。卵にはたんぱく質(体を作る材料になる栄養)があり、砂糖にはエネルギーがあります。温かい飲み物は、冷えた体と気持ちを緩めます。そして、飲んだ後に布団へ入る流れがある。ここまで揃って、やっと卵酒らしい景色になります。

面白いのは、昔の知恵には「飲ませて終わり」ではなく、「休ませる」までが自然に入っているところです。現代人はつい、何かを飲んだらすぐ回復したい、飲んだ瞬間に復活したいと思いがちです。栄養ドリンクを手にして、目だけは戦闘態勢。体は小声で「横になりたいです」と言っているのに、心はまだ予定表とにらめっこ。いや、体の声も聞きましょう。会議なら満場一致で休憩です。

薬用酒も同じように、ただの嗜好品とは分けて考えたい存在です。医薬品(病気の治療や予防などを目的に決められた使い方をするもの)として扱われるものは、量や飲むタイミングに意味があります。好きなだけ飲むものではなく、決められた使い方を守るものです。栄養ドリンクにも、成分や目的があります。疲れた体を支えるものとして役立つ場面はあっても、アルコールそのものが万能なわけではありません。

卵酒の本当の役目は、体内を消毒することではなく、温めて、補って、眠る方向へ背中を押すことです。

もちろん、誰にでも向くわけではありません。子ども、妊娠中の方、アルコールに弱い方、服薬中の方、持病のある方には注意が必要です。風邪薬や睡眠に関わる薬とお酒が重なると、眠気やふらつきが出やすくなることもあります。折角の一杯が千差万別の体調に合わなければ、養生どころか負担になります。

昔ながらの知恵は、受け継ぐほどに味わいが出ます。ただし、今の暮らしに合う形へ整えることも大切です。卵酒を飲む日があってもいい。飲まない選択があってもいい。温かいスープ、白湯、甘酒、しょうが湯のように、体を休ませる入り口はいくつもあります。大事なのは、何を飲むかだけでなく、その後にちゃんと休むこと。湯気が消える頃、布団に入る。その素直さこそが、昔の養生が教えてくれる小さな知恵です。

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第3章…歯磨き後の一杯と後から来る口の乾き

歯磨きを終えた夜の口の中には、どこか達成感があります。洗面台の前で「今日の任務、完了」と言いたくなるあの感じ。そこへ冷えた一杯が登場すると、心の中の小さな自分が拍手します。いや、拍手しているのは気分であって、歯ではありません。歯は多分、静かに「もう閉店したかったです」と言っています。

お酒を飲むと、口の中が一瞬スッキリしたように感じることがあります。アルコールの刺激、冷たさ、香り、炭酸のシュワッと感。清涼感はあります。けれど、清涼感と清潔は別物です。焼き肉屋さんの帰りにミント味のガムを噛んでも、服についた香ばしさまでは消えないのと少し似ています。気分は爽快でも、口の中の環境まで完全復活とはいきません。

歯磨き後の飲酒で気にしたいのは、飲んだ直後よりも、その後の乾きです。アルコールは利尿作用(尿を出やすくする働き)に関わるため、体の水分が抜けやすくなることがあります。さらに、口呼吸(鼻ではなく口で息をすること)や睡眠中の唾液の減少が重なると、朝の口の中は乾いた会議室のようになります。誰も片付けていない紙コップが残っている、あの微妙な空気です。

唾液は、口の中の名脇役です。食べカスを流し、酸をやわらげ、歯や粘膜を守ります。歯科の世界でよく出てくる酸蝕歯(酸によって歯の表面が傷みやすくなる状態)も、酸味のある飲み物やダラダラ飲みと関係します。甘いお酒、果実系のお酒、炭酸で割ったお酒などは、飲みやすい分だけ口に残る時間が長くなりがちです。千変万化の味わいは楽しいのですが、歯にとってはなかなか忙しい夜になります。

さらに、おつまみも忘れられません。しょっぱいもの、甘辛いもの、油っぽいもの、最後に少しだけ食べるつもりだったお菓子。少しだけのはずが、袋の音だけは正直です。気づけば食卓に「もう一口」の小隊が並んでいます。歯磨き後にお酒とおつまみが入ると、せっかく整えた口の中に新しい仕事が舞い戻ります。閉店後に追加注文が入った食堂のようなものです。店主、肩を落とします。

歯磨き後の一杯で本当に気をつけたいのは、アルコールの刺激そのものより、後から来る口の乾きです。

飲むなら、楽しみ方に少しだけ工夫を足すと安心です。寝る直前に長く飲み続けない。甘いお酒を口に残したまま眠らない。最後に水をひと口飲む。必要なら軽く口をすすぐ。出来れば歯磨きの後に飲む流れそのものを、少しずつ減らしていく。完璧を目指すより、昨日より少し口の中にやさしい夜を作る方が長続きします。

お酒の時間を敵にする必要はありません。大切なのは、歯磨きという終業ベルを鳴らした後に、口の中へ残業をさせ過ぎないことです。適度に楽しみ、ほどよく切り上げ、水で締める。そんな小さな段取りが、翌朝の「口が軽い」に繋がります。朝の自分に少し感謝される夜は、思ったより気持ちがいいものです。


第4章…寝る前の小さな習慣で朝の口を軽くする

夜の終わり方は、朝の始まり方にこっそり繋がっています。寝る前に何を飲み、何を食べ、口の中をどうして眠るか。ほんの数分のことなのに、朝起きた時の口の粘つきや、何となく重たい感じに差が出ることがあります。小さな習慣が積もると、日進月歩で暮らしの調子も変わっていきます。

お酒を飲んだ夜に大切なのは、口の中を完全無欠にしようと力むことではありません。完璧を目指すと、却って面倒になって続きません。大事なのは、口の中に「乾き」と「残りもの」を置いたまま眠らないことです。飲んだ後に水をひと口飲む。甘いお酒や酸っぱいお酒の後には、軽く口をすすぐ。おつまみを食べたなら、寝る前に歯磨きの出番を作る。これだけでも、朝の口は随分と変わります。

歯磨きは、夜の片付けに似ています。食器を流しに置きっ放しにすると、朝の自分が少しがっかりします。口の中も同じです。食べカスや糖分が残ったまま眠ると、虫歯菌(虫歯の原因に関わる細菌)や歯周病菌(歯ぐきの炎症に関わる細菌)が、のびのびしやすい時間になります。本人は寝ているのに、口の中だけ夜勤中。何とも働き者ですが、出来れば静かに休んでいただきたいところです。

寝る前の水も、地味ながら頼れる存在です。お酒を飲んだ夜は、体も口も乾きやすくなります。水分補給(体に必要な水分を補うこと)は、口の中の潤いにも繋がります。ただし、寝る直前にたくさん飲み過ぎると、今度は夜中のトイレ問題が顔を出します。こちらも切実です。腹八分目ならぬ、水もほどほど。布団に入ってから「しまった」と起き上がる夜は、なかなかの敗北感があります。

口呼吸にも目を向けたいところです。鼻詰まりや乾燥で口を開けて眠ると、朝の口は乾きやすくなります。部屋の加湿、鼻の通り、寝具の高さ、体勢。こうした暮らしの小物たちも、実は口の健康と繋がっています。口の中だけを見ているようで、眠り方、部屋の空気、夜の飲み方まで関係する。健康はいつも、チーム戦です。

寝る前の水、口すすぎ、歯磨きは、明日の朝の自分へ渡す小さな親切です。

もちろん、毎晩、綺麗に出来る日ばかりではありません。疲れている日、眠気が勝つ日、うっかりソファで沈む日もあります。そんな時に自分を責め過ぎると、習慣は続きにくくなります。七転八起の気持ちで、出来た日を増やしていけば十分です。口のケアは、根性で勝つものではなく、やさしい段取りで続けるものです。

夜の最後に水を飲む。お酒の後は少し口をすすぐ。寝る前の歯磨きを、明日の自分への贈り物にする。たったそれだけでも、朝の口は少し軽くなります。起きた瞬間に「うわ、口の中が昨日の続きだ」とならない朝は、それだけで小さなご褒美です。暮らしの中の勝利は、意外と洗面台の前に転がっています。

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まとめ…アルコールとは怖がり過ぎず近づき過ぎずに付き合う

アルコールは、暮らしの中でいろいろな顔を見せます。乾杯の席では気分をほどき、消毒の場面では清潔を支え、昔ながらの卵酒では湯気と一緒に休む合図にもなってきました。けれど、その顔を全部1つに混ぜてしまうと、少し話がややこしくなります。

飲むお酒は、消毒液ではありません。消毒用アルコールは、飲み物ではありません。工業用アルコールは、口に入れるものではありません。この線引きは、難しい理屈というより、家の中を安全にするための基本です。台所の調味料と洗剤を別に置くように、アルコールも持ち場を分けておく。それだけで、暮らしは随分と安心に近づきます。

卵酒や薬用酒のような存在も、昔の人の知恵として味わい深いものです。寒い日に体を温め、栄養を入れ、早く眠る。そこには、無病息災を願う暮らしのぬくもりがあります。ただし、体の中をアルコールで消毒する話ではありません。薬を飲んでいる時、体調が悪い時、アルコールに弱い時は、無理に飲まない判断も立派な養生です。休むための一杯が、体の負担になっては本末転倒です。

そして、夜のお酒で忘れたくないのが口の乾きです。お酒を飲んだ瞬間のスッとした感じは、清潔になった証明ではありません。寝ている間は唾液が少なくなりやすく、甘いお酒や酸味のあるお酒、おつまみが残ると、朝の口の中が重たく感じることがあります。夜の洗面台でのひと手間は、地味ですがかなり働き者です。

お酒と上手につき合うコツは、飲む前の楽しみだけでなく、飲んだ後の乾きまで気にすることです。

最後に水をひと口飲む。軽く口をすすぐ。寝る前の歯磨きを忘れない。甘いお酒やおつまみを口に残したまま眠らない。どれも派手なことではありませんが、明日の朝の自分を助けてくれます。夜の自分が少しだけ親切になると、朝の自分が「助かった」と小さく拍手してくれる。もちろん、拍手の音は聞こえません。聞こえたら、それは寝不足かもしれませんので早めに休みましょう。

怖がり過ぎず、近づき過ぎず、ほどよく楽しむ。お酒との関係は、そのくらいがちょうど良いのだと思います。一杯の向こうにあるのは、酔いだけではなく、体の乾き、口の中の環境、翌朝の気分です。そこまで含めて整えられたら、今日の晩酌は少し品よく、明日の目覚めは少し軽くなります。

暮らしは、完璧な健康法より、小さな気づきで明るくなります。グラスを置く、水を飲む、歯を磨く、眠る。そんな順番を味方にして、アルコールとは末永く、機嫌よく、ほどほどの距離で付き合っていきたいものです。

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