介護施設の席順は相性だけで決めていい?~1つの椅子から暮らしと人間関係を見直す話~

[ 介護現場の流儀 ]

はじめに…空いている席へどうぞ……では済まない介護施設の椅子事情

介護施設で食事やおやつの時間になると、職員さんが「今日はこちらへどうぞ」と声を掛ける場面があります。見ている側からすると、空いている席へ案内しているように映るかもしれません。ところが、その1つ1つの椅子には、思っている以上にたくさんの気遣いが詰まっています。

もちろん、ご夫婦や昔からのご近所同士、気の合う利用者さん同士が近くになることは少なくありません。それだけでも和やかな空気は生まれます。けれど、毎日同じ顔ぶれで過ごす場所だからこそ、人間関係は少しずつ変化します。昨日まで楽しそうだった組み合わせが今日は何となく静かだったり、新しく加わった利用者さんが遠慮して会話に入れなかったり、人の輪は生き物のように姿を変えていきます。

介護施設の席順は、椅子を並べる仕事ではなく、人と人との「ちょうど良い距離」を探し続ける仕事です。

「隣の席が変わっただけで、今日はよく笑っているね。」そんな出来事は介護の現場では決して珍しくありません。反対に、ほんの少しの組み合わせの違いで食事が進まなかったり、会話が止まってしまったりすることもあります。まるで学校の席替えよりも奥が深く、「今日は誰の隣なら楽しく過ごせるかな」と毎日小さな作戦会議をしているようなものです。職員さんの頭の中は、実は昼食前から大忙しなのです。

[広告]

第1章…まず見られるのは相性です~夫婦・ご近所・職業仲間で決まる席順~

介護施設の席順を考える時、最初に目が向きやすいのは利用者さん同士の相性です。

「あの二人はよく話すから近くにしよう」

「この方たちは昔からのご近所さんだから、同じテーブルが落ち着くだろう」

「ご夫婦なのだから、隣の席が自然だよね」

どれも間違った考えではありません。むしろ、その方の人間関係を知り、安心できる相手の傍へ案内するのは大切な気遣いです。長年の付き合いがある人同士なら、職員が話題を用意しなくても昔の商店や地域行事の話が始まり、和気藹々とした食卓になることもあります。

昔の職業が同じ人を近くにする方法もあります。農業をしていた方同士なら、天気や作物の話から会話が広がります。教員だった方、商売をしていた方、工場で働いていた方など、似た経験を持つ人同士には、初対面でも言葉が通じやすい瞬間があります。

ただし、「同じ職業なら必ず仲良くなる」とは限りません。元教員のお2人を並べたところ、どちらも先生役を譲らず、気づけば小さな職員会議が開かれていた……ということもありそうです。気心知己とは、経歴が似ているだけで成立するものではありません。

ご夫婦の席も悩ましいところです。長く一緒に暮らしてきた2人なら、隣にいるだけで安心する場合があります。片方が食事に手間取ると、もう片方が自然に声を掛けることもあるでしょう。

その一方で、施設へ入ってからくらいは別々の人と話したいご夫婦もいます。自宅では朝から晩まで一緒だったため、「食事の時くらい違う席がいい」と思っていても不思議ではありません。職員が良かれと思って毎日隣へ案内し続けると、本人たちは心の中で「また一緒かい」とツッコんでいるかもしれません。

ご近所同士にも似た難しさがあります。地域の話ができる安心感はありますが、昔の付き合いが必ずしも良好だったとは限りません。親しそうに見えても、本人たちにしか分からない出来事が残っている場合があります。昔の境界線や寄り合いの話が、数十年を越えて食卓へ着席することさえあります。

席順に必要なのは、関係の名前ではなく、二人の間に流れている今の空気を見ることです。

夫婦だから隣、ご近所だから同席、同業者だから会話が弾むと決めつけず、表情や声の調子まで見ていく。談笑風生となる組み合わせもあれば、静かに別々の時間を過ごした方が落ち着く組み合わせもあります。

「類は友を呼ぶ」とは言いますが、介護施設では似た者同士を集めれば完成、とはいきません。その日の体調や気分、これまでの関係まで含めて、ちょうど良い距離を探す必要があります。

席順の入口は相性です。けれど、本当に大切なのは「仲が良さそう」という見た目の奥にある、その人らしい居心地なのでしょう。


第2章…4人掛けでも会話は4人分とは限らない~笑顔が広がる人間関係の組み立て方~

4人掛けのテーブルに4人が座れば、自然に会話が始まる。そう思いたくなりますが、現実はなかなか都合よく進みません。

話す人が2人、聞く人が1人、ずっと黙っている人が1人。そんな並びなら、会話が続いているように見えても、輪の外にいる人が生まれます。反対に、話好きばかりが集まれば、今度は全員が同時に話し始めて、食卓が小さな討論会になることもあります。誰も悪くないのに、何故か落ち着かない。席順には、そんな不思議があります。

会話の流れを作る時に頼りになるのは、話題を出す人だけではありません。頷く人、笑う人、短いひと言で話を繋ぐ人も大切です。

「そうやなあ」

「昔はそんなこともあったね」

たったそれだけで、話している人は安心します。聞き上手な人が1人いるだけで、テーブル全体が和気藹々とした空気になることもあります。介護施設の食卓では、目立つ人だけが場を作っているわけではないのです。

その一方で、職員が「この人は明るいから、みんなを盛り上げてくれる」と期待し過ぎるのも考えものです。いつも話題を出す役を任されれば、本人だって疲れます。食事に来ただけなのに、毎回、密かに司会進行を任されていたら、「今日は静かに食べさせてくれ」と思う日もあるでしょう。利用者さんは、施設専属の宴会部長ではありません。

良い席順とは、よく話す人を集めることではなく、誰も置いていかれない空気を作ることです。

会話が少ないから失敗とも限りません。口数は少なくても、隣の人と同じテレビを眺め、同じお茶を飲み、時々顔を見合わせて笑う。そんな以心伝心の時間が心地良い人もいます。

にぎやかな席が好きな人もいれば、静かな席で落ち着く人もいます。食事中は話しかけられたくない人だっているでしょう。会話の量だけで席順を評価すると、その人が望む過ごし方を見落としてしまいます。

新しく利用を始めた方をどこへ案内するかも、職員の腕の見せどころです。親切な人の隣なら安心しそうですが、初日から質問攻めにされてしまえば緊張が増します。

「どこから来たの?」

「家族は何人?」

「何歳?」

歓迎のつもりでも、気分は早くも入所面接です。まずは穏やかに過ごせる人の近くへ案内し、表情を見ながら少しずつ輪を広げる方が落ち着くこともあります。

席順を考えるというのは、無理に会話を起こすことではありません。話したい人が話せて、聞きたい人が聞けて、静かにいたい人も安心できる。その小さな調和を探すことです。

4つの椅子があるから、4人が同じように盛り上がる必要はありません。それぞれの過ごし方が守られた時、食卓には無理のない笑顔が広がっていきます。

[広告]

第3章…難聴・視力・麻痺・食事姿勢まで見えていますか?~席順に隠れた小さな不自由~

席順を決める時、利用者さん同士の相性は目につきやすいものです。よく話す、仲が良い、昔からの知り合い。その関係は職員にも分かりやすく、日々の様子から判断できます。

けれど、椅子に座った人が何を見て、何を聞き、どこに不自由を感じているかとなると、急に見えにくくなります。

耳が聞こえにくい方を、テレビから遠い席へ案内していないでしょうか。職員の声が聞き取りにくい側からばかり話しかけていないでしょうか。難聴(音や会話が聞き取りにくい状態)がある方は、返事が少ないだけで「会話が好きではない人」と思われることがあります。

本当は話したいのに聞き取れず、笑うタイミングを逃しているだけかもしれません。隣の人の話が分からないまま、取り敢えず一緒に笑っておく。なかなかの高等技術ですが、毎食それでは疲れてしまいます。

視力が落ちている方にも、席の向きは大切です。窓から差し込む光が眩し過ぎたり、照明が背中側にあって料理が見えにくかったりすると、食事そのものが楽しみにくくなります。白い器に白いご飯が入り、白いテーブルの上に置かれたら、見えにくい方には「白の三段重ね」です。上品ではありますが、親切とは限りません。

半側空間無視(脳の障害により、左右どちらかの空間へ注意を向けにくくなる状態)がある方なら、食器や人の位置によって食べ残しが増えることもあります。「今日は食欲がないのかな」と思っていたら、片側のおかずに気づいていなかった。そんなことも起こります。

麻痺のある方には、利き手や動かしやすい腕、車いすから立ち上がる方向も関わります。隣の椅子や壁が近過ぎれば、腕を動かしにくくなります。職員が介助に入ろうとしても通路が狭く、あちらから回り、こちらから覗き、最後には椅子と職員が知恵比べを始めます。臨機応変も大切ですが、最初から少し広ければ話は早いのです。

食事姿勢にも目を向けたいところです。足が床や足台にきちんと着いているか、テーブルが高過ぎないか、体が左右へ傾いていないか。嚥下(食べ物や飲み物を口から喉へ送り込む働き)に不安がある方は、職員が見守りやすい場所の方が安心です。

相性の良い席が、その人の体にとって過ごしやすい席とは限りません。

ただし、現場の気づきが足りないと責めるだけでは、席順は良くなりません。利用者さんの人数が多く、食事前には配膳や誘導、トイレ介助が重なるため、全員の見え方や聞こえ方まで一度に考えるのは簡単ではないからです。

そこで役立つのが、日々の小さな観察です。

テレビを見る時だけ体を捻っていないか。何度も聞き返していないか。いつも同じ側の料理が残っていないか。隣の人と腕がぶつかっていないか。職員が介助する時に、毎回椅子を大きく動かしていないか。

こうした一目瞭然ではないサインが積み重なり、「この席より、あちらの方が過ごしやすそうだ」と分かってきます。

席を大移動させなくても、椅子の向きを少し変える、照明との位置を見直す、聞こえやすい側から声を掛ける。それだけで食事や会話が楽になる方もいます。

人間関係だけでは見えない、小さな不自由に気づくこと。その一歩が、座っている時間を我慢の時間から、自分らしく過ごせる時間へ変えていきます。


第4章…指定席を守るだけでは足りない~体調と気分で人の距離を調整する介護~

介護施設では、「いつもの席」が安心に繋がることがあります。いつもの景色、いつもの隣人、いつものテーブル。認知症(記憶や判断する力などが低下し、暮らしに支障が出る状態)のある方にとっては、座る場所が変わらないだけでも、一日の見通しを持ちやすくなります。

職員にとっても指定席は助かります。誰がどこに座るか分かっていれば、誘導や配膳が進めやすく、薬や食事形態の確認もしやすくなります。昼食前の忙しい時間に、毎日ゼロから席を決めていたら、食事が始まる前に職員の頭から湯気が出そうです。

ただし、「いつもの席だから」という理由だけで、同じ場所を守り続けると、その日の変化を見落とすことがあります。

昨日よく眠れなかった方は、いつもより静かな席の方が落ち着くかもしれません。風邪の後で体力が落ちている方なら、職員が近くで見守れる位置が安心です。気持ちが沈んでいる日は、にぎやかな輪へ入るより、穏やかな人の隣でゆっくり過ごしたいこともあります。

反対に、表情が明るく体調も良い日には、少し会話の多い席へ移ることで、笑顔が増えるかもしれません。席を変えることは、大がかりな行事ではありません。それでも、利用者さんの一日を動かす小さなキッカケになります。

指定席は人を縛る場所ではなく、安心を土台にして今日の過ごし方を選べる場所でありたいものです。

人間関係も毎日同じではありません。仲の良い2人でも、前日に少し言い合いになったなら、一度距離を置いた方が気持ちを切り替えやすいことがあります。本人たちは忘れたように見えても、何となく嫌な感じだけが残る場合もあります。

そんな日に「いつも隣だから」と並べれば、食事中に再び空気が曇るかもしれません。雨雲なら天気予報で分かりますが、人間関係の曇り具合は職員の観察頼みです。なかなか難しい仕事です。

新しく入所した方や、デイサービスの利用を始めたばかりの方には、席を固定し過ぎない方法もあります。最初の印象だけで「この人は静かな席が好き」と決めると、本当は話好きだったことに気づけないかもしれません。

数日ごとに場所や隣人を少し変えながら、どこで表情が和らぐのかを見ていく。焦らず試行錯誤を続けることで、その人に合う居場所が見えてきます。

一方的に席を変えるのではなく、本人へ尋ねることも忘れたくありません。

「今日は窓の近くと、いつもの席のどちらが良いですか」

「こちらの方と一緒でも大丈夫ですか」

選べる方には選んでもらう。言葉で答えにくい方なら、表情や体の向き、座った後の落ち着き方を確かめる。こうした細やかな意思決定支援(本人の希望を確かめ、選ぶことを支える関わり)が、その人らしさを守ります。

変化を嫌がる方に無理な席替えは必要ありません。安全や介助の都合だけで動かせば、不安が増すこともあります。急がば回れというように、まず声を掛け、理由を伝え、納得できる形を探す方が、結果として穏やかに進みます。

席順は、一度決めたら完成する座席表ではありません。体調、気分、人間関係、その日の催しによって、ふさわしい距離は少しずつ変わります。

いつもの安心を大切にしながら、今日の小さな変化にも気づく。その柔軟な席作りこそ、利用者さんを集団の1人ではなく、1人の生活者として見る介護に繋がっていきます。

[広告]


まとめ…椅子を動かすことは人の居場所を育てること

介護施設の席順は、座席表の空欄を埋めれば完成するものではありません。

仲の良い人を近くにする。ご夫婦やご近所同士を同じテーブルへ案内する。似た仕事をしてきた人同士なら、昔話が弾むかもしれない。こうした組み合わせは、居心地の良い食卓を作る大切な入口です。

けれど、人の暮らしは相性だけではできていません。

会話を聞き取りにくい人がいる。料理や隣の人の表情が見えづらい人がいる。麻痺によって腕を動かしにくい人もいれば、食事中の姿勢や見守りに配慮が必要な人もいます。いつもの席に安心する日もあれば、少し静かな場所で過ごしたい日もあるでしょう。

椅子は同じ形をしていても、そこへ座る人の事情は1人ずつ違います。

職員がその違いに気づき、椅子を少し引いたり、向きを変えたり、隣の人との距離を調整したりする。その小さな工夫は目立ちません。表彰状も出ませんし、利用者さんから「本日の座席配置は実に見事でした」と講評されることも、まずありません。

それでも、昨日まで黙っていた方が会話へ加わることがあります。食事を残していた方が、いつもよりよく箸を動かすこともあります。落ち着かなかった方が、穏やかな表情でお茶を飲める日も生まれます。

良い席順とは、全員を同じように座らせることではなく、1人1人が無理なく自分らしく過ごせる居場所を作ることです。

もちろん、忙しい現場で毎回すべてを完璧に整えるのは簡単ではありません。配膳、服薬、トイレ介助、見守りが重なる中で、席順ばかりを考えてはいられない日もあります。

そんな時でも、「今日は少し聞こえにくそうだな」「この方は窓の光が眩しそうだな」「昨日より元気がないな」と、ほんの1つ気づければ十分です。千里の道も一歩から。椅子を数センチ動かすところから、過ごしやすい食卓は始まります。

介護施設の椅子には、食事をする人だけが座っているのではありません。その人の性格、体調、これまでの人生、今日の気分まで一緒に座っています。

人を席へ当てはめるのではなく、人に合う席を育てていく。その視点が広がれば、いつもの食堂はただ食べる場所ではなく、安心して笑い、静かに休み、人と繋がれる暮らしの場所になっていくでしょう。

[ 広告 ]

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


[ 応援リンク ]

ブログランキング2つに参加しています。応援クリックをお待ちしております。

[ ゲーム ] 作者のitch.io(作品一覧)


  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。