4月は「始める」より先に手放そう~心を軽くする4つの習慣~
はじめに…新しい季節ほど、心の荷物をひとつ減らそう
4月になると、街には新しい制服やスーツが増え、店先には春らしい色が並び、何となく空気まで「さあ、新しいことを始めましょう」と背中を押してきます。心機一転、早起きを始めよう。運動もしよう。部屋も片づけよう。勉強も始めよう。……ちょっと待って、4月の私、予定を詰め込み過ぎではありませんか?
新年度というだけで、昨日までの自分まで急にバージョンアップしなければならない気がしてしまうのは、春のちょっとした「あるある」です。けれど、新しいものを抱えるには、両手が少し空いていた方がラクです。予定も気持ちも満員御礼のままでは、折角、春が持ってきた新しい楽しみまで「ただいま満席です」と追い返すことになりかねません。
そこで春に似合うのが、何かを足す前に、いらなくなった考え方を1つ降ろしてみることです。義務感、失敗への怖さ、昔の自分との比較。そして気づけば増えている「全部ちゃんとやらなくちゃ」という気持ち。どれも悪者ではありませんが、長く抱えているうちに、知らず知らず肩へ力が入ることがあります。
春の始まりは、何かを増やす日ではなく、少し身軽になる日でも良いのです。
取捨選択をしながら心に余白を作れば、春は「頑張らなければならない季節」から、「ちょっと試してみようかな」と思える季節へ変わります。新しい手帳の最初のページをビッシリ埋めなくても大丈夫。余白が残っているくらいが、この先どんな予定が飛び込んできても楽しめる、ちょうど良い春支度なのかもしれません。
[広告]第1章…「しなきゃ」を手放す~義務感より「こうしたい」を選ぶ~
朝、目が覚めた瞬間から「起きなきゃ」。仕事へ行けば「ちゃんとしなきゃ」。家に帰れば「ご飯を作らなきゃ」「片づけなきゃ」「明日の準備もしなきゃ」。気づけば頭の中で、小さな係員が一日中「次はこちらです」と仕事を追加してきます。随分と働き者です。できれば少し休んでいただきたいものです。
もちろん、生活にはやらなければ困ることがあります。仕事の約束を守ることも、家族の暮らしを支えることも大切です。ただ、「必要だからすること」と「自分が勝手に義務へ変えていること」は、同じではありません。「家族だから全部やるべき」「社会人なら弱音を吐かない」「周りが頑張っているから自分も頑張る」。そんな言葉を心の中で何度も繰り返していると、一生懸命だったはずの毎日が、少しずつ窮屈になっていきます。
そんな時は、「やらなきゃ」の後ろに、小さく「本当に?」を付けてみると景色が変わります。今日中でなければ困るのか?自分が全部しなければならないのか?誰かに頼ってはいけないのか?それとも、長く続けてきた習慣を、自分の中で絶対の決まりにしているだけなのか?1つずつ考えると、意外に「今日はしなくても大丈夫」が紛れ込んでいます。
介護や子育てのように、誰かを支える暮らしでは、特に「私がやらなきゃ」が増えやすくなります。相手を大切に思うほど手を抜きにくくなり、休むことにまで申し訳なさを感じることがあります。それでも、疲れ切って笑えなくなるまで背負うことが、本当に相手のためになるとは限りません。臨機応変に頼る、休む、明日に回す。それも暮らしを長く続けるための立派な選択です。
「しなきゃ」を1つ減らして「こうしたい」を1つ残すだけで、同じ1日でも心の窮屈さは少し変わります。
「夕食は全部手作りにしなきゃ」を「今日は温かいものを食べたい」に変える。「休日を有意義に過ごさなきゃ」を「今日はゆっくりしたい」に変える。これなら自分を甘やかすというより、今の自分に必要なものを選び直している感覚に近くなります。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」と言いますが、頑張ることも積み過ぎれば、身動きが取りにくくなるものです。
4月は周囲が動き出す分、自分まで全速力になりやすい季節です。けれど、みんなと同じ速さで走る必要はありません。春の道は逃げませんし、信号だってずっと青ではありません。止まる時は止まり、自分が進みたい時に一歩出す。それくらいの余裕があるほうが、「やらされる毎日」ではなく、「自分で選んでいる毎日」に近づいていきます。
第2章…「失敗=ダメ」を手放す~転んだ経験は次の地図になる~
新しい仕事、新しい人間関係、新しい生活。4月は「初めて」が増える季節です。初めてなのだから、上手く出来ないことがあって当然……と頭では分かっていても、いざ自分が間違えると話は別。「あぁ、やってしまった」と、その日の失敗だけ脳内で何度も再放送されます。しかも本人の許可なく特別上映。出来れば早めに閉館してほしいところです。
失敗すると落ち込むのは、それだけ真面目に取り組んでいた証でもあります。ただ、失敗した事実と「自分はダメだ」という評価まで、ひとまとめにする必要はありません。仕事で手順を間違えたなら、分かったのは「自分には才能がない」ではなく、「この手順では間違えやすい」ということ。人との会話で言葉を選び損ねたなら、「人付き合いが下手」と決めるより、「次は少し伝え方を変えてみよう」と考える方が、経験は先へ繋がります。
心理学にはエラー学習(間違いを手掛かりに、より良い方法を身につけていく学び方)という考え方があります。間違えたからこそ「どこで違ったのか?」が見え、その記憶が次の判断に役立つことがあります。人は説明を聞いただけでは忘れてしまうことでも、自分で「あ、違った」と気づいた瞬間は妙に覚えているものです。熱い鍋のフタを素手で触って「アッツ!」となった翌日から、鍋掴みだけは妙に目に入る。学習とは、時々、随分と体当たりです。
大切なのは、失敗を美化することではありません。同じ危険な失敗を何度も繰り返さないよう、原因を見つけて工夫することは必要です。ただ、そのためにも「失敗した自分」を責め続けるより、「次は何を変えよう?」と考えた方が役に立ちます。試行錯誤を重ねながら、一進一退で少しずつ自分なりのやり方が出来ていきます。ベテランに見える人だって、最初の日から何でも出来たわけではありません。
失敗は、自分の価値を下げる判定ではなく、次に進むための材料に出来ます。
4月は周りも新しいことに挑んでいるため、他人の「出来ている部分」ばかりが目につきやすくなります。けれど、その人にも見えていない失敗や迷いがあるものです。今日1つ間違えたなら、明日は1つ工夫してみる。それくらいで十分です。失敗をゼロにしようと縮こまるより、「次はちょっと上手にやってみよう」と動ける人の方が、春の新しい景色をたくさん見つけられるでしょう。
[広告]第3章…「昔の自分」を手放す~今の自分に合う歩幅で進もう~
春の写真を整理していると、数年前の自分がふいに現れることがあります。「この頃はもっと出かけていたな」「あの頃は仕事も早かった」「昔なら、こんなことで疲れなかったのに…」。懐かしむだけなら楽しいのですが、そこから現在の自分を採点し始めると、思い出が急に厳しい審査員へ変身します。しかも昔の自分は、疲れていた日や失敗した日は都合よく写真に残していません。なかなか手強い相手です。
年齢を重ねれば、体力も生活環境も人間関係も変わります。仕事なら任される役割が変わり、家庭なら子どもの成長や親の年齢によって、1日の使い方まで変化します。それなのに「昔と同じように出来ること」を合格ラインにすると、今の自分はずっと不利な試験を受け続けることになります。過去の自分に戻ることより、今の条件で心地良く暮らせる方法を見つける方が、ずっと現実的です。
昔は朝から一気に家事が出来た人でも、今は午前と午後に分けた方がラクかもしれません。以前なら勢いで片づけていた仕事も、予定を先に組んだ方が落ち着いて進められることがあります。出来る量が変わったなら、やり方を変えれば良い。これは後退ではなく、臨機応変に自分の暮らしを調整しているということです。
年齢や経験を重ねたからこそ、速さの代わりに増えているものもあります。人の表情から空気を読む力、無理をする前に休む判断、失敗しそうな場所を避ける知恵、誰かへ頼ることへの抵抗の少なさ。昔の自分が勢いで駆け抜けていた道を、今なら周りの景色まで見ながら歩けることがあります。十人十色という言葉があるように、人と人が違うだけでなく、同じ人間でも年齢や季節によって似合う歩幅は変わっていきます。
昔と同じように出来ることより、今の自分に合う方法を見つけられることの方が、これからの暮らしでは頼もしい力になります。
過去の成功体験は、大切な財産です。ただし、それを「今も同じようにやらなければならない」という決まりにしてしまうと、折角の経験が重たい荷物になることがあります。昔できた方法は候補の1つとして残しながら、今の体調、今の時間、今の気持ちに合わせて選び直す。そんな柔軟さがあれば、過去は自分を縛る鎖ではなく、必要な時だけ開けられる道具箱になります。
4月は周りの新しいスタートが目に入りやすい季節ですが、自分まで昔の最高記録を更新する必要はありません。去年よりゆっくりでも、十年前とは違う道でも構いません。「今なら、どうする?」と自分に聞きながら進めば良いのです。春は昔の自分へ戻る季節ではなく、今の自分に似合う歩き方を見つける季節にも出来ます。
第4章…「全部やる」を手放す~余白があるから新しいものが入ってくる~
予定表を開いたら仕事の用事、家の用事、買い物、連絡、通院、片づけ。そこへ「春だから何か始めたい?」が仲間入りすると、空いていた場所まで綺麗に埋まります。人間は何故、少し余白を見つけると予定を入れたくなるのでしょう。「午後は何もないぞ」と喜んだ5分後に掃除を始めている自分を見ると、休日とは何だったのか少し考えたくなります。
けれど、暮らしの余白は「何もしていない時間」ではありません。疲れを戻したり、予定外の出来事を受け止めたり、ふと思いついた楽しみへ動いたりするための場所です。予定をギッシリ詰めた1日は、1つ予定がズレただけで後ろが将棋倒しになります。一方、少し余裕があれば「まあ、今日はこっちを先にしよう」と臨機応変に動けます。
特に4月は、新生活に合わせて新しい習慣を増やしたくなる時期です。朝の運動も始めたい、勉強もしたい、部屋も整えたい、人付き合いも大切にしたい。どれも良いことですが、全部を同時に始めると、数日後には「健康になるための運動で疲れて寝坊しました」という、少々ややこしい事態も起こります。増やす前に「これは今、本当に必要かな」と取捨選択する方が、結果として長く続けやすくなります。不要な思い込みや負担を減らすことも、前へ進む方法の1つです。
家事でも仕事でも、自分が出来るからといって、自分が全部する必要はありません。家族に任せられることは任せる。今日でなくても困らないことは明日へ送る。十分できていることには、それ以上の満点を求めない。適材適所で人や時間を使えば、「手を抜いた」という罪悪感より、「大事なところへ力を残せた」という感覚が育ってきます。
何かを手放して出来た余白は、空っぽではなく、これから入ってくるもののための席です。
その席に何が座るかは、今すぐ決めなくても構いません。春の風を感じながら少し長くお茶を飲む日かもしれませんし、急に誘われた散歩かもしれません。何もしない午後が、そのまま必要な休息になることだってあります。予定表に空白があると落ち着かない人ほど、その白い部分を「まだ使っていない時間」ではなく、「自由に使える時間」と眺めてみると、少し気持ちが変わります。
全部できる人を目指すより、大切なものを選べる人でいた方が、暮らしは長く心地良く続きます。春だからこそ、予定も役割も抱え込まず、少しだけ空席を残しておく。その余白へ思いがけない楽しみが飛び込んできたら、「お、席を空けておいて正解だったな」と笑えるくらいが、ちょうど良い春の過ごし方です。
[広告]まとめ…春は足し算だけじゃない~軽くなった分だけ前へ進める~
4月になると、新しいことを始めたくなります。新しい目標、新しい習慣、新しい挑戦。春らしい勢いに乗って何かを増やすのは楽しいものですが、心も時間も入れ物には限りがあります。いっぱいの鞄へさらに荷物を押し込んで、「よし、これで身軽に出発だ」と言っても、流石に無理があります。
そんな春には、増やすことと同じくらい「減らすこと」が似合います。「しなきゃ」という義務感を少し緩め、失敗した自分をいつまでも責めず、昔の自分との競争をやめる。そして、何もかも自分で抱えようとせず、今の暮らしに必要なものを取捨選択していく。大改革を起こさなくても、小さな手放しが1つあるだけで、毎日の感じ方は少し変わってきます。
手放すことは、諦めることではありません。むしろ「これは残したい」と思えるものを見つけやすくする作業です。家族との時間を大切にしたいのか、健康を整えたいのか、仕事に余裕を持ちたいのか、それとも今日は何もしない時間が欲しいのか。心に空席が出来ると、自分が本当に求めているものも見えやすくなります。
春の成長は、昨日より多く抱えることではなく、明日へ持っていきたいものを自分で選べることなのかもしれません。
新年度だからといって、いきなり完全無欠の自分になる必要はありません。三日坊主になった習慣があっても、予定通りに進まない日があっても大丈夫です。その都度、臨機応変に荷物を入れ替えながら進めば良い。少し軽くなった肩で外へ出れば、同じ桜並木でも去年とは違う景色が見えるかもしれません。
何かを始めたくなった朝こそ、「その前に、1つ降ろせるものはないかな」と考えてみる。手ぶらになる必要はありません。お気に入りだけを残した鞄なら、まだ見ぬ楽しみを1つ拾って帰る余裕があります。そんな春なら、頑張り過ぎなくても、ちゃんと新しい一歩になっていくでしょう。
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