東京消防出初式の日に家中を総点検!上から下まで備えあれば憂いなし

[ 1月の記事 ]

はじめに…梯子乗りからコンセントまで新年に見直す我が家の「火の用心」

毎年1月6日、東京では消防出初式が行われます。立ち上がった梯子の上で鳶が体を反らせ、逆さになり、堂々と技を決める姿は、ただの「曲芸」ではなく、「今年もこの町を火事から守る」という宣言そのものです。江戸の昔から続くこの行事には、「高いところから火の勢いと風向きを見極め、人々を守ってきた」という歴史が重なっています。

一方で、今の私たちの暮らしを見渡すと、火の傍に座っていた時代とは、危険の形が随分と変わってきました。冬になればエアコンにこたつ、電気ストーブ、ホットカーペット。部屋の隅には延長コードとテーブルタップ、ソファの横ではスマートフォンやタブレットが何台も同時に充電されています。炎そのものは見えなくても、家の中には「小さな火元候補」が、上から下まで静かに点在している状態だと言えるかもしれません。

それを思い知らされたのが、令和6年の能登半島地震でした。お正月の団欒の時間帯に突然の揺れと津波警報、そしてやがて映し出された倒壊した家屋と火災の映像は、「いつどこで、何が引き金になって命に関わる事態になるか分からない」という現実を、改めて突きつけました。揺れそのものは止められなくても、倒れやすい家具や散らばった暖房器具、停電時に暴走するコードの束など、被害を大きくしてしまう要素のいくつかは、普段の点検と工夫で、少しずつ減らしていくことが出来ます。

この記事は、普通のご家庭に向けて火事と防災を考える内容でありながら、特に医療・介護の現場で働く方にも、是非、一緒に読んでいただきたい内容です。病院やクリニック、介護老人保健施設や特別養護老人ホーム、有料老人ホームやグループホーム、訪問看護ステーションやデイサービスなどでは、酸素濃縮装置や吸引器、電動ベッド、人工呼吸器、痰の吸引ポンプなど、電気が止まると命に直結する機器が数えきれないほど並んでいます。夜勤帯の少人数体制で火災や停電が重なると、一般家庭よりも遥かに複雑で、厳しい状況に追い込まれるのは想像に難くありません。

だからこそ、東京消防出初式の日を切っ掛けに、「上から下まで」の点検を、家でも職場でも行ってみる価値があります。天井付近には、ちゃんと作動する住宅用火災警報器があるか。壁には、埃を被ったコンセントや、たこ足のテーブルタップが放置されていないか。床には、コードが家具の下で踏まれたり、カーペットに挟まれたりしていないか。非常用の照明やラジオ、モバイルバッテリーや飲料水、常備薬は、いざという時に手が届く場所にあるか。こうした視点で上から下まで見渡すことで、「何となく不安」だったものが、「ここをこう変えれば、少し安心できる」という具体的な行動に変わっていきます。

これからの章では、江戸の大火と出初式の歴史からスタートし、現代のコンセント周りや電気暖房が抱えるリスクを整理しながら、実際に天井・壁・床という3つの視点で「おうち点検」「職場点検」を行う流れをご紹介していきます。そして最後に、能登半島地震で浮かび上がった「火事だけではない複合的な危険」も踏まえながら、毎年1月6日を「我が家と職場の出初式」にするための、小さくて続けやすい誓い方を一緒に考えていきましょう。新年の始まりに、梯子の一番上から町を見下ろすような気持ちで、自分たちの暮らしと命を守る視点を、そっと磨き直してみませんか。

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第1章…江戸の大火と出初式の梯子乗り~昔の「上からの備え」に学ぶ~

冬になると空気が乾き、冷たい風が一日中、吹き抜けるのは、現代の東京も江戸の町も大きくは変わりません。ただし、ひとたび火がついた時の広がり方は、当時の方が桁違いでした。木と紙で出来た家がびっしり並び、通りは今よりも細く、消火に使える水の備えも僅か。そんな条件が揃ってしまった中で起きたのが、17世紀の「明暦の大火」です。明暦3年の正月、現在の文京区本郷付近から出た火は強風にあおられて2日ほど燃え続け、江戸の市街地のほとんどを焼き尽くし、死者は10万人以上とも言われています。

この大火の後、幕府は様々な防火策に本腰を入れていきました。町のあちこちに火の回りを止めるための空き地や土手を設けたり、道幅を広げたり、土蔵造の建物を増やしたり、火の見櫓を立てたりと、今で言えば「都市の防災リフォーム」を一気に進めたわけです。 しかし、それでもひとたび火が出れば、上から風の向きと炎の勢いを見極めて、どこを壊して延焼を止めるのか判断しなければなりません。その役目を負ったのが、後に町火消として活躍する鳶たちでした。

明暦の大火から2年後、万治2年の正月、老中の稲葉伊予守正則が「定火消」と呼ばれる武家の消防隊を率いて、上野東照宮の前で行ったのが、後の出初式の始まりだと言われています。 焼け野原からの復興に喘ぐ人々の前に、消防隊がズラリと並び、「これからは私たちがこの町を守る」と静かに、しかし力強く示す。出初式は、そんな「顔見せ」として生まれました。焼け跡しか見えなかった地平線に、やっと差し込んだ一筋の光のような行事だったのかもしれません。

この出初式の場で、既に披露されていたとされるのが、今も受け継がれている「梯子乗り」です。 竹で組んだ長い梯子をまっすぐ立て、その先端に鳶が登って、片手や片足だけで体を支えたり、逆さまになって大の字になったり、体を水平に倒したりと、次々に技を決めていきます。現代の出初式では、6メートルを超える梯子の上で両手両足を離して体を反らせる妙技も披露され、見る側からするとほとんど曲芸そのものですが、元々は火事場で高所作業を行うための訓練であり、度胸とバランス感覚を鍛えるための実務的な技でもありました。

炎と煙が渦巻く江戸の大火では、地上からでは何がどこまで燃えているのか分からず、風向きも読み難かったことでしょう。そんな中で、真っ先に高い場所に登り、命綱もない時代に身を乗り出して火勢を見極めるというのは、並大抵の覚悟では出来ません。「上からの備え」とは、単に梯子や火の見櫓といった物理的な設備だけではなく、自分の身を張って全体を見渡し、どこを守るか、どこを諦めるかという辛い判断を担う人の覚悟そのものでもあったのだと思います。

当時の江戸にも、今の私たちと同じように、体の弱い人や病気の人、介護が必要な人たちが暮らしていました。火事が起これば、まず逃げ遅れるのはそうした人たちです。医療も介護も今ほど整っていない時代に、火と煙と寒さが一度に襲いかかれば、命の危険は計り知れません。だからこそ、町火消や定火消が見せた「命懸けで守る姿」は、当時の医者や看護に当たる人々にとっても、大きな支えであり励みだったのではないでしょうか。

現代の出初式では、梯子乗りに加えて、梯子車や化学消防車、救助工作車、ヘリコプターまでが勢揃いし、高層ビル火災や倒壊家屋からの救助訓練が公開されます。 江戸の町火消が竹の梯子の上から炎と風を読んだのに対して、今の消防はビルの屋上やヘリの上から、さらに広い視野で街全体を見渡しているとも言えます。消防の装備は進化し、都市の構造も変わりましたが、「高いところから危険を見通し、被害を最小限に抑える」という発想は、300年以上前から変わっていません。

ここで立ち止まって考えてみると、この「上からの備え」という考え方は、一般の家庭や、医療・介護の現場にもそのまま応用できます。天井近くには、本来なら煙をいち早く感知してくれる住宅用火災警報器が付いているはずなのに、電池切れのまま放置されていたり、そもそも設置されていなかったりする家も少なくありません。病院や介護施設であれば、スプリンクラーや非常灯、避難誘導灯の点検にどこまで意識が向いているでしょうか。出初式の梯子乗りが「上から全体を見る訓練」だとすれば、私たちに出来るのは、自分の暮らしや職場を一度、上の方から順番になめるように見直してみることです。

江戸の大火と出初式の歴史を振り返ると、火事への備えは「下から消す」だけでは不十分で、「上から眺めて、どこに弱点があるのかを知る」ことから始まるのだと気づかされます。次の章では、この視点を現代の日常に持ち込んで、コンセントだらけになった暮らしのどこに新しい火のリスクが潜んでいるのかを、一緒に見ていきましょう。


第2章…コンセントだらけの現代の暮らし~電気と暖房が生む新しい火のリスク~

前の章で触れた江戸の大火では、燃える物の多くが木と紙で、火の傍と言えば竈や行灯、火鉢の周りでした。ところが、今の私たちの暮らしをグルリと見渡してみると、火の役割はすっかり姿を変えています。リビングにはテレビとゲーム機とルーター、スマートフォンの充電器がいくつも並び、冬になれば電気ストーブやこたつ、ホットカーペットが床の上に広がります。病院や介護施設であれば、電動ベッドや吸引器、酸素濃縮装置、モニターやパソコンが、当たり前のようにコンセントにぶら下がっています。一見すると「火」を使っているようには見えませんが、その1つ1つが、条件次第で火事の引き金になり得る「小さな火の候補」でもあります。

暮らしの中にコンセントやテーブルタップが増えたこと自体は、とても便利なことです。高齢のご家族がベッド横で電気毛布を使えたり、在宅酸素の機械を安全に動かせるのも、電気が安定して届いているからこそです。ただ、その便利さに慣れ切ってしまうと、「差しっ放し」「置きっ放し」「気づかないうちに埃だらけ」といった状態が、いつの間にか普通になってしまいます。火鉢の炭火なら誰でも目に見えて緊張しますが、コンセントの中で起きている小さな放電や、コードの中でジワジワ進む傷みは、外からは殆ど見えません。そこに冬の乾燥と、暖房や充電で流れる大きな電気が重なると、危険の芽が静かに育ってしまうのです。

現代ならではの代表的なリスクの1つが、「トラッキング現象」と呼ばれる現象です。コンセントにプラグを差したまま長く放置していると、差し込み口の隙間に細かい埃が溜まり、そこに空気中の水分や結露などの湿気が沁み込んで、埃の塊がジワジワと電気を通し始めます。最初は目に見えないほど小さな電流ですが、繰り返すうちに埃が焦げて炭のようになっていき、やがて電極どうしがショートして発火することがあります。テレビ台の裏やタンスの陰、冷蔵庫の横など、「一度差したら抜かない」場所には、ホコリが積もりやすく、しかも人の目が届きにくいという、二重の条件が揃いがちです。加湿器や水槽が近くにあれば、湿気も加わって危険度はさらに上がります。

もう1つ、多くの人が「火を使っていないから安全」と思い込みやすいのが、電気ストーブや電気こたつなどの電気暖房器具です。消費者庁や消防の資料では、これらの器具が原因となる火災が、冬の間にまとまって発生していることが報告されています。こたつ布団を中に押し込みすぎてヒーター部分に触れて焦げてしまったり、電気ストーブの前に洗濯物を干したまま離れてしまい、衣類やカーテンが高温になって発火したりという事例が典型です。 特に、座ったままウトウトしてしまいやすい高齢者や、夜勤で忙しい介護の現場では、ちょっと目を離した間に布団や座椅子がヒーターに近づいていた、ということが起こりやすくなります。実際に、電気ストーブや電気こたつによる火災では、亡くなった方や怪我をした方の多くが65歳以上の高齢者だというデータもあり、「火が見えない安心感」が却って命を危険にさらしてしまう側面が浮き彫りになっています。

さらに、ここ数年で急速に存在感を増しているのが、スマートフォンやタブレット、コードレス掃除機やモバイルバッテリーなどに使われているリチウムイオン電池です。この電池は、小さな筐体の中にたくさんのエネルギーを詰め込める便利な仕組みですが、その分、内部には燃えやすい液体が入っており、異常が起きると高温になって発火しやすいという性質も持っています。 東京消防庁のまとめでは、住宅で起きたリチウムイオン電池関連の火災のうち、凡そ半分以上が充電中に発生しており、正規ではない充電器を使っていたケースや、ソファや布団の上で充電していたケースが目立つとされています。 電池を落としてしまったり、ぶつけたりして内部が傷つくと、充電していない時でも発火に繋がることがあります。

医療や介護の現場では、このようなリスクが一般家庭よりも重なりやすい環境にあります。入院中のベッドサイドには、酸素濃縮装置や吸引器、点滴ポンプ、心電図モニター、電動ベッドのコントローラーなど、多くの機器が狭い範囲に集中しています。患者さんや利用者さんの足元には、延長コードやチューブ、点滴ラインが交差し、布団やブランケットが被さることも珍しくありません。そこに電気ストーブや電気あんか、湯たんぽが加われば、「見えない火」「触れていると熱過ぎる場所」「転倒しやすい配線」が一箇所に同居することになります。夜間、少人数で見守る体制の中で、1つのトラブルが大きな事故に繋がる可能性は、どうしても一般家庭より高くなってしまうでしょう。

この章で見てきたように、現代の火のリスクは、「炎が見える場所」から「電気が集まる場所」へと、静かに居場所を変えてきました。コンセントに溜まる埃と湿気、布団や衣類と電気ヒーターの近さ、枕元の充電とリチウムイオン電池の性質、そして医療・介護の現場に集中する機器とコードの束。それぞれは些細なことに見えても、乾燥した冬の空気と重なった時、1つの火種になり得る点では共通しています。次の章では、こうした「新しい火のリスク」を念頭に置きながら、実際に天井・壁・床という3つの視点から、家や職場を上から下まで点検していく具体的な方法を、一緒に辿っていきましょう。


第3章…上から下までお家点検~天井・壁・床周りをぐるりと見渡す~

出初式で鳶が梯子の一番上まで登って町を見渡したように、私たちの暮らしも「上から下まで」と、順番に眺めていくと、火の危険や災害に弱いところが少しずつ見えてきます。ここでは、特別な道具はいらない「天井周り」「壁周り」「床周り」の3つの視点で、一般家庭でも医療・介護の現場でも共通して出来る点検の仕方を、ゆっくり辿っていきましょう。

まず、天井から始めます。家の中を見上げてみると、そこには照明器具やカーテンレール、エアコンの室内機、そして本来なら住宅用火災警報器が付いているはずの場所があります。総務省消防庁は、住宅用火災警報器は常に内部でセンサーが働いているため寿命があり、概ね設置から10年を目安に交換するよう呼び掛けています。 しかし、つけたまま年数を忘れてしまっているご家庭も少なくありません。天井を見上げた時、そもそも警報器が付いていない部屋がないか、付いているものは汚れで塞がれていないか、本体に書かれた製造年や設置年月はいつなのかを、一度、確認してみると良いでしょう。ボタンを押したり、紐を引いたりして「ピッ」や「火事です」といった動作確認の音が出るかを試すことも、立派な点検です。

医療機関や介護施設では、天井にはさらに多くの設備が並びます。スプリンクラーのヘッド、非常灯、避難誘導灯、自動火災報知設備の感知器などです。ここで大切なのは、「何かをぶら下げていないか」「物で塞いでいないか」「目的を果たせるか」という視点です。飾り付けのモビールや掲示物、天井近くまで積み上がった段ボールや備品の山が、知らないうちにスプリンクラーの水の広がりを邪魔してしまうことがあります。せっかくの設備が本番で働けるように、出初式の日には天井を見上げながら、「この上の空間は風と水と煙の通り道」と考えて、余計な物が入り込んでいないかを確かめていきたいところです。

次に目線を下げて、壁周りをグルリと見渡してみましょう。今の家や施設で一番火のリスクが潜みやすいのは、まさにここです。壁際にはコンセントやスイッチ、テーブルタップ、テレビや電子レンジのプラグ、パソコンのアダプター、様々な機器のコードが集中していて、その周りには埃が溜まりやすくなっています。東京消防庁などは、コンセントに差したプラグの刃の周りに埃が溜まり、湿気を帯びることで微妙な放電を繰り返し、やがて発火に至る「トラッキング現象」を紹介し、定期的な掃除と器具の点検を呼び掛けています。

壁周りの点検では、まず「埃」と「古さ」に目を凝らします。テレビ台や冷蔵庫の裏側、ベッドサイドのコンセント、医療・介護の現場であればナースステーションや処置室の壁、酸素濃縮装置や吸引器の近くなど、いつも差しっ放しになっているプラグの周囲を覗いてみてください。埃が綿のように積もっていたら、乾いた布や掃除機で優しく取り除きます。同時に、テーブルタップやコンセントの本体が黄ばんでいないか、ひび割れていないか、焼け焦げたような跡がついていないかも確認しましょう。東京消防庁は、コンセントやスイッチは概ね10年、テーブルタップは3~5年を交換の目安とするよう案内しています。 年数がはっきり分からないくらい古い物や、ぐらついたり熱を持ったことがあるものは、「今年中に新しくする候補」として心にメモしておくと安心です。

壁と電気暖房器具の距離も、大事なチェックポイントです。電気ストーブやパネルヒーターを壁にピッタリくっつけていたり、その前にカーテンや洗濯物が垂れ下がっていたりしないでしょうか。電気ヒーターの前面や上部は非常に高温になりますから、布製品や紙類が近づき過ぎると、ジワジワと炭化してから突然火が出ることがあります。 一般家庭では、こたつ布団やソファカバー、介護の現場では利用者さんの膝掛けやベッドサイドの毛布などが、いつの間にかヒーターの風の通り道を塞いでしまうことがあるので、冬の間だけでも「ここには物を置かない」「ここにはカーテンを掛けない」と決めておくと良いでしょう。

視線をさらに下げて、最後は床周りです。床は、普段の生活の中で一番目に入っているはずなのに、案外「コード」と「荷物」については見過ごされがちな場所でもあります。まず、自分がいつも歩く動線を頭の中で辿ってみてください。寝室からトイレ、リビングから玄関、ナースステーションから各病室、デイルームから避難口へ向かう道筋などです。その道の上に、電気コードや延長コードが横切っていないか、小さなラグマットや段ボール、雑誌や紙袋の山が置かれていないかを、改めて観察してみましょう。普段はただの「躓きやすい物」でも、夜間の停電や煙が充満した状況では、致命的な障害物になってしまいます。

電気コードの通し方も、床の点検では見逃してはいけないポイントです。カーペットやマットの下にコードを這わせていると、上から踏まれたり、家具の脚で押し潰されたりして、内部の銅線が傷つき、やがて発熱やショートの原因になります。 病院や施設では、点滴スタンドや車椅子、シルバーカー、ストレッチャーなど、重たいものが何度も行き来するため、そのリスクはさらに高まります。本来ならコードは壁際に沿わせ、必要であれば専用のカバーやモールを使って保護し、通路のど真ん中を横断させない工夫が望ましいでしょう。どうしても横切らざるを得ない場所では、「ここにはコードがある」とスタッフ同士で共有したり、夜間の巡視で意識して確認したりするだけでも、転倒や事故の予防に繋がります。

一般家庭であれば、床周りの点検ついでに、「寝室の枕元」と「玄関近く」の2か所を少し整えるのも、上から下までの点検の仕上げとしておすすめです。枕元には、懐中電灯やスマートフォン、眼鏡、スリッパを手の届く場所に揃え、その周りに高く積み上がった本や洗濯物の山がないようにしておきます。玄関の近くには、外に出る時にすぐ履ける靴と、できれば簡単な防寒具やマスク、持病のある方なら非常時用の薬セットをひとまとめにしておくと、火災だけでなく地震や停電など、様々な場面で役立ちます。

医療・介護の現場では、床の点検は「逃げ道の確認」とほぼ同じ意味を持ちます。ナースコールの音が重なり、慌ただしく動き回る夜勤帯に、廊下の隅にワゴンや段ボールが仮置きされていることはないか。利用者さんのベッドサイドに、点滴スタンドやポータブルトイレ、酸素ボンベが密集し過ぎて、スタッフ自身が足を取られやすくなっていないか。火災や地震が起きた時、ストレッチャーや車椅子がスムーズに通れる幅が本当に確保されているのか。こうした問い掛けをしながら、床の上の物を1つ1つ動かしてみる作業は、「いざ」という時に守れる命の数を増やす地道な準備と言えるでしょう。

天井、壁、床と、上から下まで順番に見渡してみると、「これは危ないかもしれない」というポイントが、思っていたよりもたくさん見つかるかもしれません。それは決して悪いことではなく、「気付けたから、今日から変えられる」という合図です。出初式の梯子乗りが、高い場所から町を眺めて火の弱点を見つけようとしていたように、私たちも自分の家や職場を別の目線から見直すことで、少しずつ安全な形に整えていくことが出来ます。次の章では、能登半島沖地震で浮き彫りになった「火事だけではない災害の連鎖」に目を向けながら、火と揺れと停電にどう備えるかを一緒に考えていきましょう。


第4章…能登半島沖地震を忘れない~火事だけでなく地震や停電にも備える~

令和6年1月1日、能登半島を震源とする大きな地震が起きました。元日の夕方、多くの人が家族でテレビを見たり、食事を囲んだりしていた時間帯に、突然、強い揺れが長く続きました。石川県の一部では最大震度7が観測され、道路や建物だけでなく、港や水道、電気など、暮らしの土台そのものに大きな被害が出たことは、ニュース映像を通して全国の人が目にした通りです。

特に強い印象を残したのが、輪島市の朝市通り周辺で起きた大規模な火災でした。伝統的な木造家屋が密集する一帯で火が出て、乾いた風に煽られて市街地の広い範囲に燃え広がり、凡そ240棟が焼損したと報告されています。消防庁の調査では、地震の影響で屋内配線など電気系統に異常が生じ、そこから出火した可能性が指摘されていますが、具体的な発火源や着火物の特定までは至っていません。それでも、「揺れ」そのものが直接の火の手ではなく、電気や建物の弱い部分を通じて、後から大きな火事に繋がることがある、という現実を突きつけられた出来事でした。

能登半島では、揺れによる建物被害に加え、道路の崩落や段差の発生によって、多くの集落が一時的に孤立しました。国の報告によると、主要な道路が各所で通行止めとなり、支援物資を運ぶ車両や復旧作業の車両が思うように現地へ入れない状況が続いたとされています。電気については、送電線や変電所そのものの大規模な故障は免れたものの、配電設備の損傷などにより最大で約4万戸が停電し、アクセスの難しい地域では復旧まで概ね30日ほどかかった地域もありました。「揺れた瞬間」だけでなく、「その後、何日も続く停電と道路の寸断」が、人々の暮らしと命を苦しめたのです。

こうした中で、火事の危険もジワジワと高まります。大きな地震の後に発生する火災は、まとめて「地震火災」と呼ばれますが、その中身を細かく見ると、転倒したストーブの近くに布団や本が落ちて燃えたり、水槽が倒れてヒーターが剥き出しになって衣類に触れたり、地震後も通電し続けた家電が異常加熱したりと、様々なパターンがあります。地震そのものが火を出したわけではなく、「揺れで物が動く」「配線や機器が壊れる」「停電と通電が繰り返される」といった条件が重なって、後から火事に結びついているのです。

能登半島の地震では、医療と介護の現場にも、大きな負担が圧し掛かりました。奥能登地域では、ただでさえ人手不足だった医療・介護のスタッフが、自身の被災や家族の避難も抱えながら働き続けなければならず、疲労と離職の問題が深刻化したと報告されています。また、同じ被災地の中でも、病院と介護施設で停電の状況に差が出たことも指摘されています。ある報告では、医療機関では非常用発電機の整備により長期の停電は殆ど見られなかった一方で、多くの介護施設では非常電源が十分でなく、暖房や照明だけでなく、エレベーターやスプリンクラーなどの設備にも影響が及んだとされています。介護の現場では、在宅酸素や吸引、経管栄養など、電気が止まるとすぐに生命の危険に繋がるケアも増えていますから、「停電が長引くかもしれない」という前提で備えを考える必要があることが、今回の地震で改めて浮き彫りになりました。

では、一般の家庭や、医療・介護の現場で、具体的にどのような備えが出来るでしょうか。完璧を目指す必要はなく、「もし元日の夕方のような時間帯に強い揺れが起きたら」という場面を、頭の中でゆっくりなぞってみることから始めてみると良いかもしれません。暖房器具のすぐ上に本棚や飾り棚が置かれていないか、観賞魚の水槽のすぐ横に電気ストーブやコンセントがないか、電子レンジや電気ポットの周囲に落ちてきそうな物は無いか。揺れで物が移動した時に、「そこに熱源や電気の火種がないか」という視点で、部屋の中を見直してみるのです。

同時に、「電気が止まった瞬間、一番困るのはどこか」を洗い出しておくことも大切です。家庭であれば、在宅酸素装置や吸引器、人工呼吸器など、電気で動く医療機器を使用している家族がいるかどうか。冷蔵庫に保管しているインスリンや点眼薬など、温度管理が必要な薬があるかどうか。マンションであれば、エレベーターが止まった時に、高齢の家族が階段で上下できるのかどうか。介護施設や病院であれば、ナースコールや電子カルテ、モニター類、リフトや浴室の機械など、電気が止まると一度に動かなくなる設備がどれだけあるかをイメージし、「その中でも絶対に死守したいもの」「代替手段があるもの」を分けて考えておくと、非常用電源や蓄電池をどこに優先して繋ぐかで、具体的な計画に繋がっていきます。

また、地震の後に起きる「通電火災」への備えとして、感震ブレーカーや分電盤の使い方を家族やスタッフで共有しておくことも、現実的な一歩です。消防庁は、家具の転倒防止や暖房器具の安全装置の活用と並んで、地震の揺れを感知して自動的に電気を遮断する装置の設置を、地震火災対策の柱の1つとして紹介しています。感震ブレーカーがなくても、強い揺れを感じた時、余震が落ち着いた段階で分電盤の場所を確認し、「誰が、どのタイミングでメインスイッチを落とすのか」を普段から話し合っておくだけでも、状況はだいぶ変わってきます。

能登半島沖地震は、揺れと火災と停電、そして医療・介護の脆弱さが重なった時に、暮らしがどれほど簡単に追い詰められてしまうかを、私たちに教えてくれました。同じ規模の揺れがいつどこで起こるかは誰にも分かりませんが、「揺れた後に物がどう動くか」「電気が止まった後に何が困るか」を想像し、事前に少しずつ整えておくことは、どの地域に住んでいても出来る備えです。

江戸の町を焼き尽くした大火と、能登の元日を襲った地震。そのどちらも、「少しの切っ掛け」と「いくつもの弱点」が重なった時に、大きな被害へと姿を変えていきました。次のまとめでは、ここまで見てきた「上から下までの点検」と「地震と停電への備え」をもう一度、繋ぎ直しながら、毎年1月6日を「我が家と職場の出初式」として続けていくための、小さくて実行しやすい誓い方を、一緒に整理していきたいと思います。

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まとめ…毎年1月6日を「我が家の出初式」に~小さな誓いを習慣にしていく~

江戸の町を焼き尽くした大火から始まり、鳶が梯子のてっぺんで技を決める出初式、コンセントだらけになった現代の暮らし、そして令和6年の能登半島沖地震まで。ここまで辿ってみると、「火事の形」は時代によって変わっても、「少しの切っ掛け」と「いくつもの弱点」が重なった時に、被害が一気に大きくなるという構図だけは、殆ど変わっていないことが見えてきます。火鉢や竈の火が、コンセントや電気ストーブ、リチウムイオン電池に姿を変えただけで、「火の用心」の本質は、やはり今も昔も同じなのだと感じられるのではないでしょうか。

一方で、私たちには江戸の町人には無かった道具や知恵も、たくさん手元にあります。住宅用火災警報器やスプリンクラー、感震ブレーカーや非常用発電機、防災ラジオやモバイルバッテリー。耐震化された建物もあれば、家具の転倒防止金具や、窓ガラスの飛散防止フィルムもあります。医療や介護の現場であれば、非常用の酸素ボンベや手動式の吸引器、紙ベースの連絡ノートや安否確認リストなど、「電気が止まっても最後の命綱になるもの」も用意しやすくなりました。道具そのものは日々進歩しているからこそ、後はそれらを「どこに置き」「いつ使うか」を、暮らしや現場の実情に合わせて整えていくことが、私たち1人1人の役割になってきます。

その第一歩として、毎年1月6日を「我が家の出初式」「我が職場の出初式」としてしまうのは、とても分かりやすい工夫です。この日は、消防士さんたちが一列に並び、梯子乗りや一斉放水で「今年もこの町を守ります」と宣言する日です。同じ日に、私たちは私たちなりのやり方で、天井の上から床の下まで、自分たちの生活空間をグルリと点検してみる。住宅用火災警報器がきちんと声を出すか、コンセント周りに埃が溜まっていないか、電気ストーブの周りに布団や洗濯物が近づき過ぎていないか、通路にコードや荷物がはみ出していないか。医療・介護の現場なら、ナースステーションや処置室、病室や居室、浴室や避難経路まで、「この導線で本当にストレッチャーや車椅子が通れるか」という目で歩き直してみる。特別なことをしなくても、その「見直し」そのものが立派な出初式になります。

ただ、毎年全てを完璧にやろうとすると、疲れて続かなくなってしまいます。出初式の梯子乗りだって、最初から50種類もの技を覚えたわけではなく、きっと1つずつ積み重ねて今の形になったはずです。同じように、私たちの暮らしや現場の備えも、「今年はコンセント周りを重点的に見直す」「来年は避難経路と床の安全を整える」「その次の年は地震と停電への備えを深掘りする」といった具合に、毎年テーマを決めて少しずつレベルアップしていけば良いのだと思います。

特に、医療と介護の現場では、「利用者さんや患者さんを守るための備え」と同時に、「そこで働く人の命と暮らしを守る備え」も欠かせません。能登半島の地震では、自分自身も被災者でありながら、最後まで現場に残ってケアを続けたスタッフの方々が多くいました。その姿はまさに現代の「火消」と言って良いでしょう。だからこそ、出初式の日には、職場の天井・壁・床を見直すだけでなく、「停電が長引いた時にどこまで対応するのか」「自分たちが限界を迎える前に、どこに助けを求めるのか」といったラインも、チームで話し合っておく価値があります。

毎年1月6日、テレビやネットで出初式のニュースを目にしたら、その日だけは少しだけ背筋を伸ばして、自分の家と職場を見渡してみる。「今年はここを直そう」「ここに新しい習慣を足そう」と、小さな誓いを1つだけ決める。その積み重ねが、数年先には「気づけば、あの頃よりだいぶ安全になっているね」という実感に繋がっていきます。火事も地震も、完全に防ぐことは出来ませんが、「あの日の自分が、ここまで準備しておいてくれたから助かった」と未来の自分に感謝できるような備え方は、きっと誰にでも出来るはずです。

梯子の一番上から町を見下ろした鳶たちの視線を借りて、空から自分の暮らしを眺めるような気持ちで、今年の1月6日を迎えてみてください。そして、また来年の同じ日に、「去年より少しだけ良くなった」と胸を張れるように、小さな一歩を一緒に重ねていきましょう。

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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