馬肉を桜と呼ぶのはなぜ?猪は牡丹で鹿は紅葉で牛や豚は隠語がない理由は?

[ ☆ 4月 April ☆彡 ]

1はじめに

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馬肉は桜肉と呼ばれ、猪は牡丹、鹿はモミジと呼ばれます。

別名とか隠語と呼ばれるのですが何故でしょう?

あ、4月のカテゴリーでした…。

今回は馬肉の記事。

馬肉って、スーパーに並びません。

でも競馬とか農耕馬とか、戦国時代の映画でも馬が走るシーンはお馴染み。

馬肉の意外なことも見つけたので
桜にちなんで4月カテゴリーに分けました。




2馬肉を桜、猪は牡丹、鹿はモミジと呼ぶのはなぜ?


古くから、そう呼ばれているから…。

では納得できません?

じつは大昔、現在より1300年前。

中国から仏教が伝来した頃まで話題が広がるのです。

当時の仏教は戦後まで、戒律と言って決まり事が多くありました。

とても厳格で厳しかったわけです。

戒律の中に贅沢の禁止や食べる生き物の禁忌までありました。

殺生の概念が希薄な昔のことですから、厳しさも現代の比ではありません。

入信したら、現代だとお金を失う程度のものですが、
昔は命を失うほど厳しかったと言えるでしょう。

さて、仏教に限らず、世界中の宗教でも、
それぞれで禁忌とされる食べ物があります。

そう、仏教では動物の殺生が禁止だったわけです…。

特に牛は神聖な生き物とされてきましたし、
祀る行事があるくらいです。

…現代のスーパーでも牛肉が最も高いのも、
この辺りから由来するのかもしれません…。

ともあれ、長い年月をかけて禁止されてきた獣肉を食する文化。

明けたのは江戸時代の終盤頃の話になります。

アメリカのペリー来航以降のことです。

それまでの国民は我慢の一途…。

…そんなわけがありません。

だって平安時代~江戸時代って
飢饉で何万人もが餓死した時代です。

目の前に食べ物があるのに、
食べないわけがないでしょう?

食べると法律で、国の役人に罰せられてしまう。

そこで誕生したのが隠語です。

馬肉は桜、猪は牡丹、鹿は紅葉と呼ばれたわけです。

自然の四季を愛でることまで
役人は罰することが出来ませんから。

一時しのぎの方便の名残りです。

天候にも大きく左右され
人も動物も懸命に生きた時代があったのです
POINT
POINT

3馬に猪に鹿は何故、牛や豚に鳥と並んで食用にならない?


スーパーで並ぶお肉の主流は牛と豚と鳥です。

鯨も並びますか…。

でも、馬肉や猪肉、鹿肉って一年中、店頭に並びますでしょうか?

ほとんど見かけません。

これ、現代の出荷行程の歪みです。

牛や豚、鶏については、生産から出荷までが安定している。

誕生から餌、出荷までのルートが確立されているからです。

馬はコンビーフなどアメリカで加工食品にされることが多いわけですが、
古来より農耕馬として農業の助けになったり、
現代では鞭打って競争する競馬場の競走馬として、
寒冷地では輸送の助けにと働く生き物です。

食べ物というよりも、生活パートナーの立ち位置が濃厚です。

ですから、大事に飼育されているのに、
出荷から消費者まで届くルートが確立されていないので
店頭に並びにくい食品になるわけです。

一方、猪肉。

冬になり、山の作物が少なくなると人里を荒らす害獣として駆除対象になります。

ジビエ料理として活用する向きが
奈良県や京都などの山間都市でさかんに行われていますし、
狩猟免許の緩和などもして奨励されているところです…。

一般の市場に並ばず、並んでも毎日とまでいきません。

これは猪が雑食であることで質が一定ではないこと。

さらに猪突猛進と言われる一方で、
罠にかかりにくい賢い一面もあるので
捕獲しにくい生き物だということも原因でしょう。

ですから、あちこちの農家さんでは電気柵を設置したり、
網に杭と猪との生存競争は現代でも続いています。

狩猟?

規制が緩和されて狩猟に挑戦する人が増えたとしても、
素人が簡単に仕留められるものではありません。

狩猟技術もそうですが、
猟犬や同僚との呼吸、熟練した技術が大事になるわけです。

一朝一夕に、名人が育つわけではないのです。

こうして馬も猪も捕獲から流通まで常態化することはとても難しい。

鹿は奈良公園のように、飼い慣らされている側面もありますが…。

それでも一般的に国内で常時流通する規模を
飼育しているわけでもなく、観光用の側面です…。

出荷、常態化が遠いのでしょう…。

何でもお金を出して買えば良い…。
大昔から蓄積された食文化を見るに
深い感慨を抱くと共に見直さねばなりません
POINT
POINT

4馬や猪や鹿は昔から食べられてきたけど


動物愛護団体の方…目を瞑ってください…。

人間は植物であれ、動物であれ、
他の生命を摘んで食事としていただくことで生きていける生き物です。

大事なのは1種類をカットして生きること程度は
難しくないことがジレンマの一歩です。

お肉は貴重な栄養源。

昔の江戸時代以前であれば、
その貴重さはとても深みがある事実でしょう。

日本人は鱧 ( はも ) とか獰猛な生き物も捕まえて食べましたし、
鯨 ( くじら ) のように人間よりも大きな生き物も
捕まえて食べてきた勇敢な民族です。

畑で収穫される野菜も、餓死を厭わずに神に捧げつつ、
御上に納税しつつ生きてきたのです。

…仏教という宗教が定着するに禁忌としたことは
現代ではさほど不思議ではありませんが、
昔ほど苦痛は大きく修行とされれば、
すがる一分にとても苦心したことでしょう。

それは現代人が想像できない苦痛だったはずです。

それを我慢させたところに仏教の内包する魅力があったのかもしれません。

あるいは鬼のような強制力があったのかもしれません。

想像の域を出ませんが…。

現代でこそ、稀に牛のレバーは
科学的にO-157の問題があるから生食はダメなどと
法的に飲食店での提供が禁止になったりもしています。

馬肉のレバーは食べる物、種族の違いからレバーも生で食べられるのだとか…。

猪は食べている物がいろいろなので食べれないとか…。

あ、いろいろと脱線しまくりましたが…。

飽食の時代。

餓死者が出なくなった日本…。

※ニュースではありますけど…。
これは別の課題があるでしょう?

昔の日本人の祖先は、食べ物がなくて貧しかった。

国や仏教に抗うと理解しつつも、
生きる道はとても大変だったことでしょう。

食べ物への情熱と工夫を1品ずつ探ってみますと
垣間見えるのは後世に伝わる研鑽の山です。

祖先から続く情熱を大切に、
日々の食事を大切にしたいものです。

5まとめ


あ、馬と猪と鹿の隠語の話題が、
食べ物大事にしましょう!
という話題に変わってしまいました。

馬肉は色が桃色で桜の花の色に似ているからとも言われます。

猪の肉は煮ると縮んで牡丹の花に似ると言われます。

鹿は紅葉の景色に溶け込み泣く様子を謳った当時の和歌から由来するとも…。

ちなみに鶏肉は柏 ( かしわ ) と呼びますが、茶褐色の鳥の羽が柏の葉に似ているところから由来すると言われています。

食べてはいけないとされている食べ物ですが、
こっそり庶民は食べる時の言い訳として隠語を用いて表現し、
言い逃れしてきたわけです。

そりゃ、誰だって餓死寸前に追い込まれれば
食べないわけにはいきませんから…。

現代のように美味しいから食べまくった…
そんなわけではないでしょう。

少なくとも、食事はすべての生き物に感謝して、
ご先祖が積み重ねた叡智を大切にいただくことが大切です。

…好き嫌いや偏重は良くないです。

管理人
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