こどもの日に母は仕事へ~介護職ママと家族時間を守る祝日シフト~
はじめに…「ママ、今日はお休み?」に答えが止まる5月5日の朝
5月5日の朝。窓の外ではこいのぼりが風を掴み、テレビからは家族向けのお出かけ情報が流れてきます。そんな中、制服に着替えている母へ、子どもが何気なく聞きました。「ママ、今日はお休みじゃないの?」――うん、その質問、朝からなかなかの直球です。
こどもの日は、子どもの健やかな成長を願い、家族で過ごす姿がよく似合う祝日です。けれど、介護施設の暮らしにカレンダーの赤い日はありません。食事も入浴も排泄も続き、祝日だからこそ親や祖父母に会いに来る家族もいます。働く側にとっては、家族団欒の空気を感じながら職場へ向かう日にもなります。実際、祝日は面会が増え、その対応も日常業務に重なりやすい1日です。
もちろん、「子どもがいる人だけ休めば良い」というほど単純でもありません。誰かが休めば、誰かが働く。独身の職員にも予定があり、子育て中ではない人にも大切な休日があります。無我夢中で目の前の仕事を回すだけでは、やがて誰かの我慢が当たり前になってしまいます。
大切なのは、誰かの休日を奪って家族時間を作ることではなく、働く人それぞれの暮らしを大事に出来る職場へ近づけていくことです。
「ママ、いってらっしゃい」。少し残念そうな声を背中で受け取りながら玄関を出る5月5日。その1日の向こうには、介護の仕事だからこそ見えてくる、家族と仕事と休日のちょうど良い付き合い方がありそうです。
[広告]第1章…こいのぼりの下で母は出勤~祝日も止まらない介護の仕事~
5月5日。近所の家ではこいのぼりが泳ぎ、柏餅の箱が食卓に置かれ、子どもは朝から「今日はどこ行く?」と目を輝かせています。その横で介護職の母は、時計を見ながら髪をまとめ、仕事用のバッグを肩にかける。「今日は動物園!」と盛り上がる声を聞きながら、「母は先に施設へ行ってきます」と玄関へ向かうのです。こどもの日なのに母が出勤する。字面だけを見ると少し不思議ですが、介護の暮らしは祝日の朝にもいつも通り始まります。
施設で暮らす人にとって、5月5日だから朝食が6日に延期されることはありません。「今日は祝日なので入浴もお休みです」と全員まとめて済ませられる仕事でもない。着替え、食事、排泄、服薬、移動、見守りと、その人の1日は静かに動き続けています。そこへ体調の変化があれば予定を組み替え、転倒しそうな人がいれば手を添え、食欲のない人がいれば様子を見る。予定表はあっても、現場はいつだって臨機応変です。
そして、こどもの日の施設には少し特別な空気も流れます。連休を利用して家族が面会に訪れれば、「久しぶりに娘が来るから、この服が良い」「孫に会うなら髪を整えて欲しい」と、利用者さんの表情まで少し華やぎます。職員もその気持ちを受け取り、着替えを手伝ったり、髪を整えたり、面会場所まで付き添ったりする。祝日に家族の来訪が増えれば、その準備や対応も普段の仕事に重なります。
「世間は休みなのに、こっちは忙しくなるのかい」と言いたくなるところですが、その忙しさの向こう側には、親に会いに来る家族と、その日を楽しみに待っている利用者さんがいます。介護職は、その2つの気持ちが出会う時間まで支えているわけです。そう考えると、単なる休日出勤とも少し違った景色が見えてきます。
もちろん、だから働く人が何もかも我慢すれば良いわけではありません。ただ、介護という仕事には「祝日だから止める」が難しい役割がある。その事実を知ることは、休めない現場を正当化するためではなく、どうすれば働く人の暮らしまで守れるのかを考える出発点になります。
利用者さんの1日を守る仕事だからこそ、そこで働く人の1日も同じように大切にされて欲しいのです。
施設の窓から見えるこいのぼりを眺めながら、「うちの子、今ごろ何してるかな…」と思う母。その隣では、利用者さんが「今日は孫が来るんよ」と嬉しそうに笑っている。少し複雑で、それでもどこか温かい。一致団結で回す祝日の介護現場には、家族を思う気持ちがあちらこちらに浮かんでいます。さて問題は、その優しさを職員の家庭へどう返していくか?5月5日の本題は、そこから始まります。
第2章…家族が休みの日ほど施設は大忙し~面会と人手不足が重なる1日~
午前10時を過ぎた頃、施設の玄関がにぎやかになってきます。「こんにちは。母に会いに来ました」「孫も一緒なんです」。連休だからこそ時間を作れた家族が、次々と面会に訪れます。利用者さんにとっては待ちに待った時間ですし、職員にとっても家族の笑顔が見られる嬉しい場面です。ところが、その日の勤務表を見ると、いつもより名前が少ない。「来る人は増えているのに、働く人は減っている気がするぞ……?」。祝日の介護現場では、こんな小さな計算問題がしれっと出題されます。
子どもがいる職員には学校や保育園の都合があり、家族行事を予定している人もいます。希望休が重なれば、限られた人数で1日を回さなければなりません。その一方で、利用者さんの食事や排泄、移動、見守りといった日常の介助は減らない。そこへ面会の案内、家族からの相談、身支度の手伝いなどが加わります。実際に祝日は職員数が少なくなる一方、家族の来訪が増え、普段の業務へ身支度などの対応が重なる場面が描かれています。
「11時にご家族が来ます」「あちらの方も着替えをお願いします」「こちらは髪を整えておきましょう」。声が飛び交い、職員は右へ左へ。ようやく準備が整ったと思えば、「到着が少し遅れます」と連絡が入ることもあります。待っている利用者さんの気持ちを支えながら、別の仕事へ戻り、時間になれば再び動く。予定変更は珍しくなく、八面六臂で走り回っているうちに、「あれ、お茶飲んだっけ?」となる頃には、もう昼食の時間です。面会時間のズレによって予定を組み直す慌ただしさも、祝日の現場では起こり得ます。
ただ、この忙しさを「家族が来るから困る」という話にしてしまうのは違います。家族に会える日は、利用者さんにとって大切な生活の一部です。久しぶりに顔を合わせ、近況を聞き、孫の成長に驚く。施設で暮らしていても家族との繋がりは続いています。その時間を守ることも介護の役割でしょう。
問題になるのは、忙しくなることが分かっている日に、毎回のように現場の踏ん張りだけで乗り切ろうとすることです。業務負荷(その日に職員へ集中する仕事量や負担)が増えるなら、それに合わせて勤務の組み方も考える必要があります。気合十分で1日くらいなら乗り切れても、それが春夏秋冬の祝日ごとに続けば、笑顔の奥で疲れが積み上がってしまいます。
家族が会いに来られる嬉しい祝日だからこそ、その時間を支える職員まで笑っていられる人数と段取りが必要です。
夕方、面会を終えた家族が「また来るね」と手を振り、利用者さんも名残惜しそうに見送ります。その背後で職員は椅子を戻し、次の介助へ向かう。無事に終わればひと安心ですが、これを毎回「今日も何とか回ったね」で閉じてしまえば、現場はいつまでも綱渡りです。試行錯誤しながらも、忙しくなる日を先に見越して支える仕組みがあれば、祝日はもっと穏やかな1日になります。
こどもの日だから忙しいのではありません。家族が休める日だからこそ、介護施設にも家族の時間が集まってくるのです。その温かさを受け止めるためにも、次に考えたいのは「誰が休み、誰が働くか?」を我慢比べにしないこと。祝日シフトの難しさは、そこにあります。
[広告]第3章…「子どもがいるから休ませて」だけでは解けない~みんなの休日を守る公平なシフト~
「こどもの日くらい、子育て中の職員を休ませてあげよう」。気持ちとしては、とてもよく分かります。子どもが楽しみにしている5月5日に一緒に過ごせれば、親にとっても嬉しいでしょう。ところが、この話をそのまま勤務表へ持ち込むと、思わぬところから「ちょっと待った」が聞こえてきます。子どものいない職員にも家族はいますし、友人との約束も趣味の予定もあります。「私は独身だから出勤ね」が毎年続いたら、流石に勤務表を見る目がだんだん細くなってきそうです。
休日の価値は、家庭環境だけでは測れません。子どもの運動会へ行きたい人もいれば、遠方の親に会いたい人もいる。ずっと楽しみにしていた旅行の日かもしれませんし、何も予定を入れず家でゆっくりすることだって立派な休日です。「予定がないなら出られるよね」は、一見すると合理的でも、言われた側には少々乱暴です。休みは予定の有無を審査して与えるものではなく、その人の暮らしを守る時間だからです。
一方で、全員の希望を全部叶えるのが難しい介護現場の事情もあります。そこで必要になるのが、公明正大な決め方です。誰が何回祝日に勤務したのか、連休を取れた人が偏っていないか、希望休が通りにくい人が固定されていないか。感覚ではなく勤務の積み重ねを見える形にしておけば、「また私?」という不満にも気づきやすくなります。勤務の偏りを確認し、特定の立場だけに負担を集めない仕組みを考えることは、祝日シフトを整える大切な視点です。
さらに、希望を出す側にも相互理解があると職場は少し柔らかくなります。「今年の5月5日は子どもと過ごしたいから、次の祝日は出ますね」「私はその日は予定がないから大丈夫。でも来月は休ませてね」。そんなやり取りが自然に出来れば、勤務表は単なる人数合わせではなくなります。ただし、善意だけに頼り切るのは危険です。毎回譲ってくれる人がいると、気づかないうちに「あの人なら出てくれる」が職場の標準装備になってしまいます。優しい人ほど勤務表の万能部品にしてはいけません。
管理する側にも工夫の余地があります。祝日ごとの勤務回数を年間で見たり、希望が集中しそうな日は早めに相談したり、必要なら応援職員や勤務時間の組み替えを考えたりする。急場になって「誰か出られませんか!」と職員室に声が響いてから慌てるより、先に分かっている繁忙日ほど早く手を打つ方が穏やかです。まさに「急がば回れ」。勤務表も締め切り直前のパズル大会にしない方が、きっと組む人の胃にも優しいでしょう。
公平なシフトとは、全員をまったく同じに扱うことではなく、誰か1人の我慢が当たり前にならないようにすることです。
子育て中だから特別扱いするのでもなく、独身だから頼みやすいと考えるのでもない。それぞれに守りたい日があることを認めながら、譲ったり譲られたり出来る余白を職場全体で作っていく。その方が、長い目で見れば人も残りやすくなります。利用者さんの暮らしを支える介護だからこそ、職員の暮らしまで置き去りにしない。そんな勤務表なら、5月5日の「休みたい」が職場をギクシャクさせる言葉ではなく、普通に相談できる希望へ変わっていくはずです。
第4章…5月5日を諦めない~ズラす・分ける・助け合う家族時間の作り方~
夕方、仕事を終えて玄関を開けると、「おかえり!」と子どもの声が飛んできます。朝は少し残念そうだった顔も、母の帰宅を見ればちゃんと明るくなる。そこで「今日はもう終わっちゃったね」と5月5日を閉店させる必要はありません。時計が午後6時でも7時でも、柏餅を一緒に食べたり、お風呂上がりに折り紙の兜を作ったりすれば、家族のこどもの日はそこから始められます。「ただいま。それでは第2部を開催します」。少々強引ですが、子どもは案外こういう特別扱いが好きなものです。
行事は日付に意味があります。それでも、家族の思い出まで24時間ピッタリで区切る必要はありません。5月5日に仕事なら、前日に好きな夕飯を囲んでも良いし、翌日に公園へ出掛けても良い。勤務時間が長ければ、朝の10分だけ一緒にこいのぼりを眺め、帰宅後に続きを楽しむ方法もあります。盛大なお出掛けが出来なくても、家族団欒は十分に作れます。他の記事にも、5月の親子時間は遠出だけではなく、近所で楽しむ小さな冒険として考えられる題材がありますので良かったらどうぞ。
ここで大事なのは、「休めなかったから今年は失敗」と親が自分を責めないことです。テーマパークへ行けなくても、豪華な料理を並べられなくても、子どもが覚えているのは意外と別のところだったりします。一緒に食べた柏餅の葉っぱが手にくっついたとか、お母さんの折った兜がどう見ても船だったとか、そんな小さな事件の方が何年も残ることがあります。完璧な行事を目指して疲れ果てるより、「これはこれで我が家らしい」と笑えた方が、きっと心地良いでしょう。
職場の助け合いも、丸1日の休日だけで考えなければ選択肢が増えます。勤務を調整できる職場なら、子どもが小さい時期は夕方に間に合う勤務を相談したり、家族の予定がある職員同士で無理のない範囲を話し合ったりする方法もあります。もちろん、いつも同じ人が譲る形では長続きしません。「今回は助かったから、次はこちらが支える」。そんな十人十色の事情を受け止めながら順番に支え合える職場なら、休む側も働く側も必要以上に肩身の狭い思いをしなくて済みます。
さらに家庭の中でも、母だけが行事の責任者になる必要はありません。父親や祖父母が昼の時間を担当し、母が帰宅してから合流するのも立派なこどもの日です。夕飯を誰かが準備しておけば、帰宅した母が台所で第3勤務を始める事態も避けられます。「ただいま」の直後に揚げ物開始では、流石に母のこいのぼりも無風になります。家族行事は、1人が全部背負うより、みんなで少しずつ持った方が楽しむ余裕が残ります。
5月5日を一緒に過ごせなかったとしても、子どもと過ごす時間そのものまで失う必要はありません。
祝日に働く仕事を選んだからといって、家族行事を全部諦める必要はないのです。日を少しズラす、朝と夜に分ける、家族で役割を分ける、職場で助け合う。そんな小さな工夫を重ねれば、「今年も仕事だった」で終わっていた1日が、「今年はこんなこどもの日だったね」という家族の物語に変わります。
子どもにとって嬉しいのは、カレンダー通りに完璧な1日を過ごすことだけではありません。「忙しかったけれど、自分のために時間を作ってくれた」。その記憶は、きっと大人になってからも残ります。5月5日の形は、家庭によって違って良い。仕事のある家には仕事のある家なりの、温かいこどもの日があって良いのです。
[広告]まとめ…「仕事だから仕方ない」を少しずつ変える~働く人にも家族にも優しい祝日へ~
5月5日の朝、「ママ、今日はお休み?」と聞かれて仕事へ向かう介護職の母。その姿だけを見れば、少し寂しいこどもの日に思えます。それでも、施設では利用者さんの暮らしが続き、連休だからこそ会いに来られる家族もいます。誰かの家族時間を支えている人にも、自分の家族との時間がある。その両方を大切にするところから、祝日の働き方は少しずつ変えられるのではないでしょうか。
大切なのは、「子育て中だから必ず休む」「子どもがいないから出勤する」と立場だけで決めないことです。誰にでも守りたい休日があり、誰にでも仕事を引き受ける日があります。勤務の偏りを確かめ、希望を早めに伝え合い、助けてもらったら別の日に支える。そんな相互理解が根づけば、勤務表は誰かの我慢を探す表ではなく、みんなの暮らしを繋ぐ予定表へ近づきます。「仕方ない」で終わらせず、働き方そのものを考えていく必要があるという思いは、介護職の家庭時間を守る上でも大切です。
家庭でも同じです。5月5日の昼に一緒にいられなければ、朝に小さなお祝いをしても良い。帰宅後に柏餅を食べてもいいし、翌日に家族で出掛けても良いでしょう。行事を完璧に再現するより、「お母さんが帰ってきたから続きをやろう」と笑える方が、その家らしい思い出になることもあります。こいのぼりは5日の午後5時になった瞬間、「はい営業終了」と空から降りてくるわけでもありません。
子どもに残したいのは、5月5日に必ず休んだ記録ではなく、「忙しい中でも自分との時間を大切にしてくれた」という記憶なのだと思います。
介護は365日続く仕事です。だからこそ、その仕事を担う人の暮らしまで365日犠牲にしてはいけません。職場は臨機応変に支え合い、家庭では行事の形を少し柔らかくする。その2つが重なれば、「今年も仕事だった」という溜め息の向こうに、「それでも楽しかったね」と言えるこどもの日を作れます。
夕方、仕事から帰った母に子どもが駆け寄ります。「今日、まだ何かする?」。そこで母が笑って「もちろん」と答えられたなら、それだけでも十分に素敵な5月5日です。働く人も、待っている家族も、施設で暮らす人も、それぞれの1日を大切に出来る。そんな祝日が少しずつ増えていけば、介護の仕事はもっと長く、もっと優しく続けられるはずです。
[ 広告 ]今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m
[ 応援リンク ]
ブログランキング2つに参加しています。応援クリックをお待ちしております。
[ ゲーム ] 作者のitch.io(作品一覧)
コメント ( 0 )
トラックバックは利用できません。
この記事へのコメントはありません。