高齢者施設の冬の面会は難しい?~「会いたい」と「守りたい」を両方大切にする繋がり方~

[ 介護現場の流儀 ]

はじめに…玄関の向こうに会いたい人がいる~短い時間にも宿る家族のぬくもり~

冬の朝、「今日は顔を見に行こう」と思って予定を整える。ところが高齢者施設の面会には、予約時間や人数、マスク、体調確認など、その日の状況に合わせた約束事が設けられることがあります。感染症が広がりやすい季節には面会方法が変わることもあり、「昨日は会えたのに今日は難しいの?」と一喜一憂するご家族もいるでしょう。

けれど、施設が目指しているのは家族を遠ざけることではありません。入居している方の暮らしを守りながら、出来る形で家族との時間も残したい。その間で職員さんたちは臨機応変に面会場所や時間を整えています。短時間の対面になったり、状況によっては画面越しになったりしても、「声を聞く」「顔を見る」という時間には、ちゃんと意味があります。

家を出てからマスクを忘れたことに気づき、玄関でUターン。「面会へ行く前に私が運動してどうする」と自分にツッコミを入れる――そんな小さなドタバタも、会いたい人がいるからこそです。

面会で大切なのは、長く会うことだけではなく、「あなたを気に掛けているよ」と伝わる時間を途切れさせないことです。

施設で暮らし始めた本人にも、家族にも、それぞれ言葉になりにくい気持ちがあります。会える日も、会えない日も、その関係まで消えるわけではありません。玄関の向こうにいる大切な人へ、冬だからこそ届けられるぬくもりがあります。

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第1章…面会ルールは「会わせない壁」じゃない~施設がブレーキを踏む本当の理由~

「面会は予約制です」「今日は短時間でお願いします」「体調が悪い方は日を変えてください」。

折角、会いに来た家族にとっては、少し堅く感じる言葉かもしれません。玄関まで来たのに確認事項が次々と登場すると、「面会するだけなのに受付が空港みたいだな……」と心の中でツッコミを入れたくなる日もありそうです。

けれど、高齢者施設には体力や免疫力が低下している方も多く暮らしています。ひとたびインフルエンザや新型コロナなどの感染症が入り込むと、同じフロアで複数の方へ広がり、普段の暮らしそのものが大きく変わることがあります。

発熱した方への対応だけでは済みません。職員は普段の食事、排泄、入浴などの介助を続けながら、消毒や記録、感染した方とそうでない方の動線を分ける対応まで重ねます。ゾーニング(感染区域と安全な区域を分けること)が必要になれば、人の配置や介助の順番まで変わります。

そこで役に立つのが、面会前の体調確認や手指消毒、マスク、人数や時間の調整です。どれも地味です。ものすごく地味です。けれど、「地味だから要らない」と外していくと、安全を支える部品が少しずつ減ってしまいます。

面会ルールは家族を遠ざける壁ではなく、会える時間をこれからも残すための安全装置です。

施設側も、本当は面会を止めたいわけではありません。感染状況が落ち着けば対面を再開し、状況が変われば短時間や別の方法へ切り替える。白黒を決めて扉を閉ざすより、臨機応変に「今日できる会い方」を探す方が、入居者さんの暮らしには合っています。実際、感染状況が落ち着いた段階で予約制の面会を再開する施設もあります。

そして家族にもできる協力があります。出発前に自分や同居家族の体調を見る。喉が痛い、熱っぽい、何となく怪しい――そんな日は無理をしない。「折角、予定を空けたのに」と悔しくても、延期すること自体が相手を守る行動になります。施設側も家族側も同じ方向を向ければ、一致団結とは少し立派過ぎる言葉に見えて、実際にやっていることは「今日はやめておこうか」という小さな判断の積み重ねです。

「備えあれば憂いなし」と言いますが、冬の面会にはよく似合います。

会えないように厳しくするのではなく、会える日を減らさないために少し慎重になる。その視点で玄関の検温計を見ると、あの無言の機械もちょっとだけ頼もしく見えてきます。


第2章…会いたいのに行けない日もある~距離・仕事・本人の気持ちまで含めた家族の面会~

「今週こそ行こう」と思っていたのに、仕事が入った。子どもの予定と重なった。施設まで車で片道2時間。ようやく都合がついたと思ったら、自分の喉が何となく怪しい。

高齢者施設への面会は、「会いたい」という気持ちだけでは予定表のマスに収まってくれません。

面会時間が決まっている施設では、その時間に合わせて仕事や家事、移動を組み立てる必要があります。短時間の予約制なら、道路が少し混んだだけでも時計が気になってきます。家を出る時には余裕満々だったのに、赤信号が3つ続いたところで「信号機さん、今日は団結しなくていいです」と言いたくなる。家族の面会には、そんな小さな攻防もあります。

施設で暮らす家族に毎週会える人もいれば、月に1度、もっと間が空く人もいます。距離、仕事、子育て、体力など暮らしの条件は十人十色です。面会の回数だけを比べても、家族の思いの深さまでは測れません。

「行けなかった日」があっても、それだけで家族との繋がりが薄くなるわけではありません。

もう1つ難しいのが、本人の気持ちです。

家族の顔を見ると安心する方がいる一方で、面会の後に「一緒に帰りたい」という思いが膨らみ、不安が続く方もいます。認知症のある方では、別れた後に落ち着かなくなったり、生活のリズムが崩れたりすることもあります。その場合、面会を少し空けたり、時間帯や会い方を職員と相談したりする選択もあります。

「会いに行かないなんて冷たいのでは」と家族が悩むこともありますが、会った後の本人の様子まで見ながら考えることも大切な気遣いです。朝は穏やかなのか、午後の方が話しやすいのか、短い面会なら笑顔で終われるのか。職員と相談しながら臨機応変に探していけば、その人に合った距離が見つかることがあります。

そして、直接会うことだけが繋がりではありません。

電話で声を届ける。画面越しに顔を見る。職員さんから「今日はご飯をよく食べていましたよ」と聞く。写真や短い便りを届ける。そんな小さなやり取りでも、離れている家族には大きな安心になります。施設側でも、家族への連絡やオンラインでの面会を活用し、離れて暮らしていても様子を知りやすくする工夫が広がっています。

面会という言葉から、「施設へ行くこと」だけを思い浮かべると苦しくなることがあります。けれど家族の役割は、毎週決まった回数だけ玄関を通過することではありません。

今日は会いに行く。今日は電話にする。今日は自分が風邪気味だから延期する。本人が少し不安定なら職員さんと相談する。

そんな選択を積み重ねながら、無理なく繋がりを続けていく。それも立派な家族の形です。

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第3章…画面越しでも家族は家族~リモート面会の頼もしさとちょっとした難しさ~

タブレットの画面に家族の顔が映る。

「お母さん、見える?」

呼び掛ける家族。画面をじっと見つめる入居者さん。そして傍では職員さんが、タブレットを右へ少し、上へ少し。

「そこです、その角度です!」

……気分はテレビ中継のカメラマンです。

そんなリモート面会は、直接会うことが難しい時の大切な橋渡しになっています。遠くに暮らす家族でも自宅から顔を見せることができ、感染症の流行などで対面が難しい時にも、声と表情を届けられます。画面に家族が現れた瞬間に表情が明るくなったり、涙ぐんだりする方もいます。

画面には触れられなくても、「あなたに会いに来たよ」という気持ちはちゃんと届くことがあります。

ただし、リモート面会は端末を置いて通話ボタンを押せば一件落着、というほど単純ではありません。

耳が遠い方には声が聞き取りにくく、画面が小さければ家族の顔も見えにくくなります。認知症のある方では、画面に映った人と目の前の出来事が上手く結び付かず、不安になったり、「迎えに来てくれた」と受け取ったりすることもあります。

そこで職員さんの出番です。

端末の角度を整える。音量を調節する。家族の言葉を聞き取りやすく伝える。本人の言葉を家族へ返す。落ち着かなくなれば、そっと会話の流れを変える。こうした縁の下の力持ちがいて、ようやく会話が成り立つ場面も少なくありません。実際のリモート面会でも、職員が機器を調整しながら会話を橋渡しする役割を担っています。

家族側にも、ちょっとしたコツがあります。

普段よりゆっくり話す。短い言葉で呼び掛ける。「誰だか分かる?」と試験のように尋ねるより、「誠だよ。今日は寒いね」と名前や話題を先に渡す。昔の写真や、家で咲いた花、孫が描いた絵などを画面に近づけるのも会話のキッカケになります。

もちろん、「写真を見せよう!」とスマートフォンをカメラへ近づけ過ぎて、画面いっぱいに指だけ映ることもあるでしょう。

「お父さん、今見えてる?」

「指しか見えん」

こういう小さな失敗も、直接会っていた頃にはなかった新しい家族の思い出です。

一方で、リモート面会を支える職員さんには新しい仕事が増えます。面会中ずっと付き添う必要がある方なら、その時間は別の介助へ動けません。機器操作だけでなく、聞き取りの手助けや安全の見守りまで必要になるため、八面六臂とはいかなくても、現場ではかなり忙しい役割になります。

だからこそ、対面とリモートを競わせる必要はありません。

直接会える日は、同じ空間で表情や仕草まで味わう。難しい日は画面を借りる。電話のほうが落ち着く方なら声を届ける。その人に合う方法を使い分ければ良いのです。

画面越しでは手を握れません。隣に座ることも出来ません。その違いは確かに残ります。施設が状況の落ち着いた時に対面面会へ戻そうとするのも、人と人が同じ場所で過ごす時間には代えにくい良さがあるからです。

それでも、会えない日の間を埋めてくれる小さな窓として、リモート面会は頼れる存在です。

画面のこちら側と向こう側。少し声が遅れて届いても、顔が半分切れていても、家族は家族です。


第4章…冬の面会は「0か100か」にしない~止める・縮める・戻すで会える時間を守る~

冬の高齢者施設では、面会の予定が少しだけ天気予報に似ています。

「日曜日なら会えそうだね」と家族で決めていても、数日後に感染症が確認されれば状況が変わることがあります。昨日まで対面できていたのに、今日は短時間。さらに広がれば一時中止。

「予約した時は大丈夫だったのに!」

そう言いたくなる気持ちもよく分かります。ただ、施設側から見ると、この変更こそが冬を乗り切るための臨機応変な動きです。実際に感染者が確認された施設では、ユニット単位で急遽、面会を制限したり、年末年始でも対面・外出・オンラインまで一時的に止めたりしながら、落ち着いた段階から少しずつ再開する対応が行われています。

ここで大切なのは、「面会できる」「面会できない」の2択だけで考えないことです。

感染が広がれば、一旦、止める。

少し落ち着けば、玄関付近など場所を限定して短時間だけ会う。

さらに状況が良くなれば、居室などで普段に近い面会へ戻していく。

このように段階をつければ、安全のために踏んだブレーキを、そのまま掛けっ放しにせずに済みます。年明けには「平日の決められた時間」「15分以内」「マスクと手指消毒」といった条件を設けながら、対面の機会を残す施設もあります。

冬の面会は、扉を開けるか閉めるかではなく、その日の安全に合わせて扉の開き方を変えるものです。

この考え方なら、面会中止も「振り出しに戻った」とは限りません。

今日は止める。数日後にはオンライン。次は玄関で15分。その先には居室での面会が待っているかもしれない。感染状況を見ながら一進一退しているように見えても、目指している方向は「出来るだけ安全に会い続けること」です。

家族側も、この波を少し知っておくだけで気持ちが変わります。

冬に面会へ出掛ける日は、家を出る前に施設へ確認する。自分だけでなく同居家族の体調も見る。少し喉が痛ければ、無理をせず相談する。

そして何より、「今日ダメなら、もうずっとダメだ」と決めないことです。

電話口で「感染対応のため今日は中止です」と聞けば、ガッカリするのは当然です。しかし、その職員さんも電話を切った後に「早く再開できたら良いな」と思っているかもしれません。施設と家族は対戦相手ではなく、同じ入居者さんを真ん中に置いたチームです。

冬の面会予定表には、消しゴムの出番が少し増えます。

書いて、消して、また書いて。

「また変更かい」とツッコミながらでも構いません。その予定を何度も書き直せるのは、次に会える日をまだ諦めていない証拠でもあります。

寒い季節ほど、会える時間は慎重に守る。

0か100かではなく、その日の50、その日の20、その日の「声だけ」を残していく。そんな柔らかな面会の仕組みがあれば、冬の感染症に振り回されながらも、人と人との繋がりまで凍らせずに済みます。

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まとめ…大切なのは回数より「繋がりを切らさないこと」~会える形をみんなで育てよう~

高齢者施設の面会には、少し不思議なところがあります。

会える時間は15分でも、その15分を何日も楽しみに待つことがある。画面越しの数分でも、家族の声を聞いた後には表情がやわらぐことがある。そして、感染症のために会えなかった1日にも、「今日は行かない」という家族の判断が、その人を守っていることがあります。

面会は、時間の長さや回数だけでは測れません。

冬になれば、施設は感染状況を見ながら面会を止めたり、短くしたり、場所を変えたりします。それは右往左往しているのではなく、入居者さんの暮らしと家族との時間を両方残すための試行錯誤です。状況が落ち着けば、短時間の面会から少しずつ普段に近い形へ戻していく。そんな柔軟な動きが、冬の施設では続いています。

家族も同じです。

直接会える日は会いに行く。遠ければ電話をする。感染が心配なら画面を借りる。本人が面会後に不安定になるなら、職員さんと相談しながら少し間隔を変えてみる。

その時々で選ぶ方法は違っても、「気に掛けている」という1本の糸は残せます。

大切なのは、完璧な面会を続けることではなく、その人に合った形で「また会おうね」を途切れさせないことです。

面会へ行く日は、マスクを確認して、体調を確認して、予約時間も確認する。

「よし、完璧!」

そう思って玄関を出たところで、今度はスマートフォンを忘れて戻る――家族の面会なんて、そんなドタバタがあっても良いのでしょう。

一日千秋で次に会える日を待つこともあれば、以心伝心とまではいかなくても、顔を見ただけで安心する日もあります。人との繋がりは、とても効率の悪いものです。時間を合わせ、車を走らせ、時には画面の角度まで直して、ようやく「元気?」のひと言が届きます。

けれど、その遠回りがあるから、人と人との時間は温かいのだと思います。

冬の施設の扉は、時々、少し重くなります。それでも扉の向こうとこちらで「会いたい」と思う人がいる限り、繋がりまで閉じる必要はありません。

寒い日に交わした短い「またね」が、次に会う日までの小さな暖房になってくれるはずです。

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今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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