節分レクは豆撒きだけで終わらない~鬼も福も笑い出す高齢者施設の行事作り~

[ 季節と行事 ]

はじめに…節分の朝に施設で小さな福が歩き出す

2月の朝、施設の玄関に少し冷たい風が入り込むと、誰かがぽつりと「今日は鬼が来る日やな」と笑います。

そのひと言だけで、空気がフワッと動きます。新聞を読んでいた方が顔を上げ、食堂の奥から「今年の鬼は誰やろ」と声が返り、スタッフは何故か少しだけ背筋を伸ばします。いや、鬼役に当たりそうな人だけは、背筋ではなく冷や汗かもしれません。準備万端のつもりでも、鬼の面を見た瞬間に自分が照れる。節分あるあるです。

節分は、ただ豆をまく日ではありません。季節の分かれ目に、寒さで縮こまった体と心をほどき、笑い声を呼び戻す日です。鬼に向かって手を伸ばす、声を出す、笑う、昔の思い出を語る。その1つ1つが、レクリエーション(楽しみながら心身を動かす活動)として、日々の暮らしに小さな弾みをつけてくれます。

節分レクの良さは、上手に出来ることより、参加した人の表情が少し明るくなるところにあります。

もちろん、安全への気配りは欠かせません。豆が床に転がれば足元が気になりますし、食べる場面では嚥下(飲み込む働き)への配慮も必要です。けれど、少し工夫すれば、豆撒きは「危ないからやめる行事」ではなく、「安心して楽しめる行事」に変わります。袋入りの豆を使う、柔らかいボールを豆に見立てる、鬼との距離を調整する。小さな段取りが、笑顔の土台になります。

そして節分には、和気藹々とした賑やかさがあります。鬼が入ってきた瞬間、普段は静かな方が「鬼は外!」と声を出すこともあります。隣の方が思わず拍手をすることもあります。スタッフが張り切り過ぎて、鬼より先に息切れすることもあります。そこはご愛嬌です。福を呼ぶ前に、まず酸素を呼びましょう。

昔から「笑う門には福来たる」と言います。節分の豆撒きは、正にその言葉が似合う行事です。鬼を追い払うフリをしながら、本当に追い出したいのは、退屈や寂しさや、寒い季節の重たい空気なのかもしれません。

豆1粒、声1つ、笑顔1つ。小さな福が施設の中を歩き出す節分の時間を、今年は少し丁寧に、少し楽しく育ててみませんか。

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第1章…鬼が来る日は笑顔も動きも目を覚ます

節分の日、施設の廊下の向こうから赤い面がチラリと見えるだけで、空気が変わります。

普段は静かにテレビを眺めている方が、急に目を丸くする。隣の方に「来たで」と小声で知らせる。スタッフが「鬼が来ましたよ」と声をかける前に、もう食堂の中には小さなざわめきが広がっています。鬼、登場前から仕事をしています。なかなかの働き者です。

この瞬間に大切なのは、鬼を怖がらせ役だけにしないことです。高齢者施設の節分レクでは、鬼は悪者でありながら、場を温める案内役でもあります。迫力満点にし過ぎると驚きが先に立ちますし、緩過ぎると「それ、誰や」と正体当て大会になります。いや、それはそれで盛り上がりますが、鬼本人の心は少し複雑です。

鬼の登場は、利用者さんの表情を引き出す大切なキッカケになります。笑う、驚く、声を出す、手を伸ばす、体を少し前に傾ける。どれも日常の中では見逃されがちな動きですが、節分の場面では自然に生まれます。正に一挙両得。行事として楽しく、体と心の刺激にもなるのです。

鬼が来るだけで、普段は眠っていた表情や声が、春を待つ芽のように動き出します。

豆を投げる動作も、立派な運動です。腕を上げる、狙いを定める、タイミングを合わせる。座ったままでも出来ますし、車いすの方でも参加しやすい形に変えられます。豆の代わりに柔らかい玉とかボールを使えば、床に転がる心配も減ります。鬼役が少し離れたり、近づいたりするだけで、難しさも調整できます。

発声も大切です。「鬼は外、福は内」と声を出すことは、嚥下(飲み込む働き)や口まわりの動きにも繋がります。もちろん、無理に大声を求める必要はありません。小さな声でも、口を動かすだけでも、拍手だけでも参加です。節分は、元気な人だけが活躍する行事ではありません。静かに見守る方も、ニコっと笑えば、その人なりの福が入ってきます。

鬼役のスタッフにも、ちょっとした工夫が必要です。いきなり大声で飛び込むより、少し間を作って登場する。怖い顔の面でも、動きはどこか愛嬌を残す。利用者さんの近くに行く時は、目線を合わせて、手の届く距離を見ながら動く。安全第一を土台にすると、場は安心して盛り上がります。

それにしても、鬼役は不思議な役です。豆を投げられ、笑われ、最後は「ありがとう」と言われる。冷静に考えると、なかなか忙しい係です。しかも終わった後に汗だくで面を外し、「今年の鬼、去年より動きが良かったね」と評価されることもあります。節分の鬼は、施設内限定の名演者と言ってもよいでしょう。

行事は、準備した通りに進まないこともあります。豆が思った方向へ飛ばない。鬼の面がズレる。利用者さんが鬼よりスタッフの正体に興味津々になる。そんな小さなハプニングも、笑いに変われば順風満帆です。完璧に進めるより、「今日も面白かったね」と言える余白が、施設の節分をあたたかくします。

節分の鬼は、怖さを連れてくる存在ではなく、眠っていた笑顔を起こしに来る存在です。赤鬼も青鬼も、最後には福の使者。豆を受けながらも、しっかり施設の空気を明るくして帰っていくのです。


第2章…豆撒きは全員参加の小さな舞台になる

豆まきの面白いところは、主役が1人に決まらないところです。

鬼役のスタッフが入ってくる。豆を投げる人がいる。声を出す人がいる。拍手で応援する人がいる。少し離れた場所から、満面の笑顔で見守る人もいる。参加の形は人それぞれなのに、気づけば部屋全体が1つの舞台になります。正に老若男女、いや施設なので若手スタッフは走り回り担当、という感じでしょうか。若手よ、今日だけは鬼より速く動いてください。

豆撒きレクで大切なのは、「全員が同じことをする」より、「それぞれの出番を作る」ことです。腕を大きく動かせる方には少し遠めの鬼を狙ってもらい、手元の動きが得意な方には近くの的へ投げてもらう。声を出すのが好きな方には掛け声をお願いし、静かに楽しみたい方には福の神係として拍手や鈴を鳴らしてもらう。これだけで、見ている時間が参加する時間へ変わります。

節分レクは、豆を投げた数よりも、その人らしい出番があったかどうかで温かさが決まります。

的を鬼だけにしない工夫も楽しいものです。壁に貼った鬼の口、箱に描いた鬼の顔、少し低い位置に置いた福カゴ。狙う場所をいくつか作れば、座ったままでも参加しやすくなります。鬼役に全てを背負わせると、最後は鬼が息切れして「福は内、休憩も内」と言い出しかねません。いや、それはそれで名場面ですが、安全面では的の活用が安心です。

また、豆撒きはコミュニケーション(言葉や表情で気持ちを通わせること)のキッカケにもなります。「そこや、そこ!」「惜しい!」「鬼、もうちょっと右!」という声が飛ぶと、自然に会話が生まれます。普段あまり話さない方同士が、同じ鬼を見て笑う。小さな共同作業のような時間が出来るのです。

もちろん、無理は禁物です。投げる動作が難しい方には、スタッフが手を添える。視力が弱い方には、音の鳴る的や明るい色の的を使う。疲れやすい方には、出番を短くして、見守る時間を長めにする。臨機応変に変えられるところが、施設レクの良いところです。決まった型に人を合わせるのではなく、人に合わせて行事の形を少し丸くしていきます。

豆を使う場合は、誤嚥(食べ物や唾液が気管に入ること)にも気をつけたいところです。食べる豆と投げる豆は分ける、投げる物は袋入りや柔らかい玉にする、床に落ちた物を口に入れないようにする。こうした準備があると、スタッフも利用者さんも安心して楽しめます。安全対策は地味ですが、正に縁の下の力持ちになります。

そして、節分の舞台には小さなオチも似合います。鬼が退場する時に「来年も雇ってください」と頭を下げる。利用者さんから「来年はもっと弱い鬼で頼むわ」と返される。部屋に笑いが残り、スタッフがホッと肩の力を抜く。その余韻まで含めて、豆撒きは全員参加の行事になります。

鬼を倒す日でありながら、実は人と人が近づく日。豆撒きは、一粒ずつ福を配る小さな舞台なのです。

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第3章…食べる節分と飾る節分と語り合う節分

節分の楽しみは、鬼に豆を投げて終わりではありません。

テーブルに恵方巻きが並び、壁に鬼の飾りが揺れ、誰かが「昔は家じゅうの戸を開けて豆をまいたもんや」と話し始める。そんな時間になると、節分は一気に暮らしの行事になります。行事というより、食堂に小さな昔話の屋台が出たような空気です。しかも入場無料。おまけに鬼つき。なかなか豪華です。

食べる節分で人気が出やすいのは、やはり恵方巻きです。ただし、高齢者施設では「丸かぶり」に拘り過ぎない方が安心です。大きな巻き寿司を無言で食べきるとなると、楽しいどころか、見守るスタッフのまばたきが減ります。これはもう祈願ではなく、緊張の時間です。

恵方巻きは、小さく切る、やわらかい具材にする、食べやすい太さにするだけで、ぐっと参加しやすくなります。嚥下(飲み込む働き)に不安がある方には、海苔を薄焼き卵に変えたり、具材を細かくしたりする工夫もできます。無病息災を願う行事なのに、食べにくさで困ってしまっては、福も玄関で迷子になってしまいます。

節分のご馳走は、形を守ることより、安心して味わえることが福に繋がります。

飾る楽しみも、節分にはよく似合います。赤鬼、青鬼、福の神、豆入れの升、柊鰯を思わせる飾り。手先を使って折る、貼る、色を選ぶ、顔を描く。どの作業にも、その人らしさが出ます。怒った鬼を描く方もいれば、何故かやたら優しい顔の鬼を描く方もいます。スタッフが「この鬼、怒る気あります?」と聞くと、「今日は休みや」と返ってくる。鬼にも休日があるらしいです。

制作レク(作品作りを通して楽しむ活動)は、完成品だけでなく、作っている途中の会話が宝物になります。色の選び方、紙の折り方、昔の家の玄関に飾っていたもの、子どもの頃の豆まき。手を動かしていると、記憶も一緒に動き出すことがあります。十人十色の節分が、机の上に少しずつ並んでいくのです。

語り合う節分も、忘れたくない時間です。「昔は炒った豆を年の数だけ食べた」「落花生を撒いた地域もあった」「鬼役はいつも父親だった」など、話題は自然に広がります。回想法(昔の思い出を語り、心の安定や会話に繋げる関わり方)として見ても、節分は扱いやすい行事です。季節、食べ物、家族、地域の習慣が一緒に出てくるので、話すキッカケが多いのです。

もちろん、話したくない方に無理に聞く必要はありません。聞き役に回るだけでも、場に参加しています。誰かの思い出に頷く、少し笑う、飾りを眺める。それだけで十分な日もあります。行事の楽しみ方は、人それぞれで良いのです。

食べる、飾る、語る。この3つが揃うと、節分は一日限りの騒ぎではなく、暮らしの中に残る行事になります。豆を投げた後の食卓に笑いが残り、壁の鬼飾りを見るたびに会話が生まれる。そんな小さな余韻こそ、施設の節分を豊かにしてくれます。


第4章…写真と記録が家族へ福を届ける便りになる

節分レクが終わった後、床の豆を片づけながら、スタッフがふと写真を見返すことがあります。

そこには、鬼に向かって手を伸ばす方、笑いながら拍手する方、恵方巻きを前に少し得意げな顔をする方が写っています。さっきまで目の前にあった賑やかさが、小さな画面の中でまだ続いているようで、「あ、この表情いいな」と思わず手が止まります。片付け中に手が止まるのは少し問題ですが、これは許されたいところです。豆も福も、少しくらい待ってくれるでしょう。

写真や動画は、行事の記念だけではありません。離れて暮らす家族に、日々の様子を届ける大切な便りになります。面会の時間だけでは伝わりにくい表情、普段の会話では見えにくい活気、職員が感じた小さな変化。それらを形に残すことで、「元気に過ごしているんだな」「こんな笑顔が出るんだな」と家族の安心に繋がります。

一枚の写真が、家族の心に「今日もちゃんと暮らしている」という温かな実感を届けてくれます。

もちろん、撮影には配慮が必要です。個人情報(その人を特定できる名前や顔などの情報)や肖像権(自分の姿を勝手に使われない権利)を守るために、事前の同意を確認し、使い方をハッキリさせておくことが大切です。施設内の掲示、家族への共有、広報への使用では、必要な確認が変わります。盛り上がった勢いで「いい写真だから貼っちゃおう」は避けたいところです。福は内、確認も内です。

記録の取り方にも、少しコツがあります。「節分レクに参加」だけでは、少しもったいないのです。「鬼に向かって右手を伸ばした」「隣の方に声をかけて笑った」「豆撒き後に昔の節分の話をされた」と残すと、その人の動きや気持ちが見えてきます。活動記録(介護や生活の様子を残す記録)が、ただの業務メモではなく、その人らしさを支える材料になります。

写真と記録が揃うと、家族への報告も血の通ったものになります。「笑っていました」だけでなく、「鬼が近づいた時に、隣の方へ『来たで』と声をかけておられました」と伝えられる。すると家族は、目の前にその場面を思い浮かべやすくなります。正に以心伝心。会えない時間の隙間を、行事の一場面がそっと埋めてくれます。

動画も役立ちます。豆が飛ぶ瞬間、掛け声、笑い声、鬼役スタッフの絶妙に疲れた退場姿。写真では残しきれない空気が、動画には入ります。ただし、長く撮れば良いわけではありません。短くても、その人の表情や声が分かる場面を大切にした方が、後から見返しやすくなります。スタッフの迷言まで入り込むことがありますが、それも施設らしい味です。言い過ぎた時は、そっと編集の神様に祈りましょう。

節分の記録は、次の行事作りにも役立ちます。どの的が投げやすかったか、どの席だと見えやすかったか、誰が音に驚きやすかったか、誰が飾り作りを楽しんだか。小さな気づきを残しておくと、次のレクがより安心で楽しいものになります。千差万別の参加の形を、次に繋げられるのです。

鬼はその日で帰っていきます。豆も片付きます。けれど、写真と記録に残った笑顔は、家族の会話や次の行事の中で、何度も福を運んでくれます。

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まとめ…鬼を追い出した後に残るのは賑やかな優しさ

節分の日、鬼はやって来ます。赤い顔で、青い顔で、時にはスタッフの照れ笑いを隠しきれないまま、食堂やホールに現れます。

けれど、帰っていく頃には、鬼よりも利用者さんの笑顔の方が心に残ります。豆を投げた手、掛け声を出した声、飾りを眺めた目、恵方巻きを前にした少し楽しそうな表情。その1つ1つが、寒い季節の施設に小さな灯りをともしてくれます。

節分レクは、派手に盛り上げるだけの行事ではありません。無病息災を願いながら、体を動かし、声を出し、食べる楽しみを整え、思い出を語り、家族へ様子を届ける。いくつもの役割を持った、懐の深い時間です。

鬼を追い出す行事に見えて、実は人の心に福を迎える行事でもあります。

もちろん、準備には気を配ります。豆の扱い、足元の安全、食事の形、撮影の同意、参加しやすい席の配置。どれも地味ですが、この地味さが安心の土台になります。スタッフが「段取りだけで午前中が終わりそう」と呟く日もあります。はい、よくあります。けれど、その段取りがあるからこそ、当日の笑い声がのびのび広がります。

行事が苦手な方には、見るだけの参加があっていい。声を出すのが苦手な方には、拍手やうなずきがあっていい。食べる節分、飾る節分、語る節分、写真で残す節分。参加の入口をいくつも用意すれば、一期一会の表情に出会えることがあります。

節分が終わった後、鬼の面を片付け、床を整え、飾りを見上げた時、施設の中には少しだけ明るい余韻が残ります。「今年も笑ったね」「来年の鬼は誰かな」そんな会話が生まれたら、もう福はちゃんと内側に入っています。

豆は小さくても、そこから広がる笑顔はなかなか大きいものです。鬼も福も、利用者さんもスタッフも、家族も巻き込みながら、節分は日常を少し楽しくしてくれます。来年の鬼役には少しだけ覚悟してもらいつつ、また笑顔で迎えたい行事です。

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