5月6日はコロッケの日~サクッと広がる日本の味と世界の食卓~

[ 季節と行事 ]

はじめに…揚げたて1つで食卓はちょっとご機嫌になる

夕方、商店街やスーパーのお総菜売り場から漂ってくる揚げ物の香り。買う予定なんてなかったはずなのに、気づけば視線の先にはきつね色のコロッケがあります。「今日は別のおかずにする予定だったのに……まあ、1個くらいなら」。その1個が家族分に増えるところまでが、なかなか見事なお約束です。

5月6日は「コロッケの日」。サクッとした衣の中に、ホクホクのじゃがいもや、トロリとしたクリーム。気取らないのにご馳走感があり、大人にも子どもにも親しまれてきたコロッケは、正に老若男女の食卓を繋ぐ存在です。

コロッケの魅力は、1つのおかずでお腹だけでなく、その場の空気まで少しご機嫌にしてくれること。豪華絢爛な料理でなくても、揚げたてを半分に割った瞬間の湯気だけで「おっ!」と声が出る。そんな小さな幸せが、毎日の食卓にはよく似合います。

5月6日は、コロッケを頬張りながら、その歩いてきた歴史や世界各地の仲間、そして誰かと一緒に美味しく食べる工夫まで楽しんでみませんか?知れば知るほど、丸かったり俵形だったりするあの一品が、ちょっと頼もしく見えてきそうです。

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第1章…コロッケは海を渡って日本のご馳走になった

今ではコロッケと聞けば、じゃがいもを思い浮かべる人も多いでしょう。けれど、そのルーツを辿ると海の向こうへ行き着きます。日本にコロッケの仲間が伝わったのは、洋食文化が入り始めた明治時代。フランスの「クロケット(croquette)」に繋がる料理が日本へやって来て、文明開化の食卓に新しい香りを運びました。クロケットの名は、フランス語の「croquer(クロケ)」という「バリバリ食べる」の意味に繋がるとされます。名前から既に衣の音が聞こえてきそうです。

フランスではベシャメルソースを使ったクリーム系のクロケットが親しまれていましたが、日本ではじゃがいもを使う形へ変化していきます。ホクホクのじゃがいもに、ひき肉や玉ねぎを合わせて衣をまとわせる。こうして生まれた日本らしいポテトコロッケは、正に和洋折衷。洋食なのに、ご飯とみそ汁の隣へ置いても妙に落ち着くのです。「君、本当にフランス方面から来たの?」と聞きたくなるほど、いつの間にか日本の食卓へ馴染んでしまいました。

大正時代には、コロッケはトンカツやカレーライスと並んで「大正の三大洋食」の1つに数えられるほど親しまれ、昭和になると精肉店の店先でも気軽に買える存在へ近づいていきました。夕飯のおかずとして持ち帰る人もいれば、揚げたてをおやつのように頬張る子どももいる。高級な洋食として眺める料理から、町角で紙に包んでもらって食べる日常の味へ。この変化こそ、コロッケが日本で長く愛されるようになった大きな理由なのでしょう。

コロッケは、外国の料理をそのまま受け取ったのではなく、日本の台所で暮らしに合う味へ育てられた料理です。海を渡ってきた一品を、自分たちの材料や食べ方に馴染ませ、気づけば庶民の味にしてしまう。そんな柔軟さは、日本の食文化らしい面白さでもあります。しかも日本で育ったコロッケは「KOROKKE」として海外へ知られるようになり、今度は日本流の味が世界へ旅立っていきました。行って帰って、また行く。コロッケの旅、意外に忙しいのです。


第2章…じゃがいも派?クリーム派?~世界を巡るコロッケ図鑑~

コロッケ売り場の前に立つと、少しだけ決断力を試されます。昔ながらのじゃがいもコロッケにするか、トロリと濃厚なクリームコロッケにするか。それともカレー、チーズ、コーンなどの変わり種へ寄り道するか。「今日は定番で」と決めていたはずなのに、隣の商品を見ると心が揺れる。コロッケ界、なかなかの千差万別です。

日本でお馴染みのじゃがいもコロッケは、ホクホクしたじゃがいもにひき肉や玉ねぎを合わせ、サクサクの衣で包んだ親しみ深い味。一方のクリームコロッケは、ベシャメルソース(小麦粉・バター・牛乳などで作る白いソース)のなめらかさが魅力で、カニなどを加えれば洋食屋さんらしい華やかさも生まれます。さらにカレー、チーズ、コーン、さつまいもなど、具材を変えるだけで表情がガラリと変わるのもコロッケの面白いところです。

そして海の向こうを覗くと、「衣をつけて揚げる」という発想はさらに異国情緒たっぷりになります。フランスのクロケットにはクリームやチーズを使ったものがあり、オランダでは牛肉の煮込みを包んだ濃厚なクロケット、スペインではハムやチーズなどを加えた小ぶりの「クロケタス」が親しまれています。ブラジルには鶏肉を使う「コシーニャ」もあり、日本の丸いポテトコロッケだけを基準に眺めていると、「同じ親戚なのに、随分と自由ですね」と言いたくなる顔触れです。

面白いのは、それぞれの土地で身近な材料や好まれる味を取り込みながら、似た料理が別々の個性を育てていることです。コロッケを世界へ広げて眺めると、小さな揚げ物の中にその土地の暮らしや食文化まで包まれていることが見えてきます。形や中身が違っても、「美味しいものを衣で包んで揚げたい」という気持ちはかなり共通しているようです。人類、揚げ物の前では妙に団結力があります。

さらに日本で育ったポテトコロッケも、「KOROKKE」として海外へ伝わっています。 じゃがいも派もクリーム派も、どちらが正解という話ではありません。十人十色の好みがあるからこそ、今日は昔ながら、次はちょっと冒険、と選ぶ楽しみが生まれます。コロッケ1つで世界旅行とは少々お手軽ですが、夕飯のおかずとしては悪くない旅でしょう。

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第3章…食べやすさを工夫するとコロッケはもっと面白くなる

コロッケの美味しさといえば、サクサクの衣と、ホクホクした中身。その組み合わせが魅力なのですが、口の中でポロポロ崩れやすかったり、水分が少なく感じられたりすることもあります。そこで面白いのが、「食べにくいなら外してしまう」ではなく、料理そのものを少し変えてみる発想です。禁止札を立てるより、台所で臨機応変に作戦変更。このほうが食卓はグッと楽しそうになります。

ヒントになるのが、世界で育ってきたコロッケの仲間たちです。スペインのクロケタスのようになめらかなホワイトソースを使ったり、じゃがいもにチーズやソースを加えてしっとりまとめたりすれば、いつものポテトコロッケとは違う口当たりが生まれます。鶏肉やツナ、野菜のピューレなどを合わせれば、中身そのものにも新しい味とまとまりを持たせられます。

大きさや衣にも遊ぶ余地があります。小ぶりにして食卓へ並べたり、衣を薄めに仕上げたりすれば、同じコロッケでも印象は随分と変わります。さらに発想を広げれば、コンソメやクリーム系のスープと組み合わせ、衣にスープを含ませて楽しむ料理にもできます。「そこまでしたらコロッケなのか?」と台所会議が始まりそうですが、美味しければ本人はたぶん会議への出席を辞退します。食べる方が忙しいのです。

ただし、嚥下(食べ物や飲み物を口から喉へ送り込み、飲み込む働き)に不安がある人の場合、「小さくすれば大丈夫」「やわらかければ安心」と一律には決められません。嚥下調整食には食感やまとまりなどを考えた分類があり、その人の状態に合った食形態を考えることが大切です。 家庭でも介護の場でも、必要な場合は医師や言語聴覚士、管理栄養士など専門職と相談しながら、その人に合う形へ近づけていくのが安心でしょう。

食べやすくする工夫は、美味しさを減らす作業ではなく、新しい料理を生み出す入口にもなります。試行錯誤しながら中身や水分、衣、合わせる料理を変えてみると、「いつものコロッケ」から思いもよらない一皿が生まれるかもしれません。食べることを楽しみたい気持ちは同じでも、心地良い食感は人それぞれ。そこを丁寧に合わせられるところに、コロッケという料理の懐の広さがあります。


第4章…揚げたてを囲む時間までがコロッケのご馳走

コロッケには、ちょっと不思議なところがあります。お皿の上に綺麗に盛りつけられた一品も美味しいのですが、お肉屋さんの店先で紙袋から出して頬張る揚げたてには、また別の楽しさがあります。家へ持ち帰る途中なのに「1個だけ……」と手を伸ばし、玄関に着く頃には袋が少し軽い。神出鬼没のコロッケ泥棒かと思ったら、犯人は自分でした。これも揚げたてならではの誘惑でしょう。

家庭で食べるなら、コロッケそのものを豪華にしなくても十分です。千切りキャベツを添え、ご飯とみそ汁を並べれば昔ながらの定食になり、パンにはさめばコロッケパンへ早変わり。ソースをかける人もいれば、そのまま食べたい人、からしを少し添えたい人もいます。同じコロッケを囲んでも食べ方は十人十色で、「ソースかける?」「私はなし」と言葉が行き交うところまで含めて、家庭の味になっていきます。

手作りの日なら、じゃがいもを潰したり、形を整えたり、衣をつけたりする時間も楽しみに変えられます。丸くしたつもりが妙に四角くなったり、巨大な1個が混ざったりしても、それはそれで立派な家のコロッケです。完成度を競う料理ではなく、「これ私が丸めたやつだ」と分かるくらいでも良い。家族で作れば一喜一憂しながら台所に立つ時間そのものが思い出になります。5月6日をキッカケに、精肉店の揚げたてを楽しんだり、家で作ったり、少し変わった食べ方へ挑戦したりするのも、コロッケの日らしい過ごし方です。

そして、みんなで同じものを食べる時に大切なのは、「全員まったく同じ形でなければならない」と考え過ぎないことです。大きさを変える人がいても、衣や中身を工夫する人がいても、それぞれが自分に合った形で「美味しいね」と言えれば、同じ食卓を囲む楽しさは失われません。同じ料理を食べることより、同じ時間を気持ちよく分かち合えることの方が、食卓にはずっと大切です。

コロッケは派手な料理ではありません。それでも揚げる音がして、香ばしい匂いが広がり、誰かが熱々を割った瞬間に湯気が立つ。それだけで食卓に小さな一体感が生まれます。豪華な献立を用意しなくても、「今日はコロッケだよ」の一言で少し嬉しくなる夜がある。そんな日常茶飯の中にこそ、長く愛されてきた料理の底力が隠れているのでしょう。

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まとめ…5月6日は「今日はコロッケにしよう」が似合う日

フランスに繋がるクロケットが海を渡り、日本のじゃがいもと出会って庶民の味になり、その日本流のコロッケが今度は世界へ広がっていく。そう考えると、いつもの総菜売り場に並んでいる丸い一品も、なかなかの旅人です。 豪華な料理ではなくても、時代や国に合わせて姿を変えながら愛されてきたところに、コロッケならではの親しみやすさがあります。

じゃがいも、クリーム、カレー、チーズ。世界へ目を向ければ、肉やハム、様々なソースを包んだ仲間まで現れます。食べる人に合わせて大きさや食感を工夫することもでき、1つの形だけに縛られない自由さも魅力です。食べやすさに配慮が必要な時も、その人に合った方法を探しながら「美味しい時間」を守っていくことが出来ます。

そしてコロッケの楽しさは、完成した料理だけにあるのではありません。揚げる音を聞き、香りに誘われ、熱々を割って湯気を眺め、「ソースいる?」と声を掛ける。そんな何気ないやり取りまで含めて、食卓の記憶になります。5月6日は、立派なご馳走を用意する日ではなく、身近な一品で誰かと「美味しいね」を分かち合う日にしても良いのです。

「花より団子」ということわざがありますが、5月の爽やかな日に限っては、団子の席へコロッケが乱入しても誰も怒らないでしょう。お肉屋さんで揚げたてを1つ買うのも、自宅で家族と形の違うコロッケを作るのもヨシ。5月6日の夕方、「今日、何食べようかな」と迷ったら、答えは意外と黄色い衣の中に隠れているのかもしれません。

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