気づけば全部ケアプラン目線?介護職の職業病あるある自己診断

[ ケアマネの流儀 ]

はじめに…気づいたらケアマネ脳~日常に沁み込む“職業病”の正体~

介護の仕事を続けていると、ある日ふと「今の発言、自分でもちょっとおかしいかも」と我に返る瞬間がありませんか。家族が「ちょっと腰が痛くてさ」とそっと呟いただけなのに、「いつから? どこが? どんな時に一番痛い?」と、気づけばアセスメントみたいな質問を立て続けにしている。友だちの悩み相談を聞いているつもりが、頭の中では「課題」「目標」「サービス内容」みたいな言葉が並び始めて、もはや小さなケアプラン会議になっている。

外に出掛ければ出掛けたで、スーパーでも飲食店でも病院でも、真っ先に目に入るのは「人員配置」と「動線」です。レジに並びながら、「この人数でこの混み具合は、シフト大丈夫かな」「ここに段差があると車椅子は通り難いな」と、職員さんの大変さや利用者さんの姿を勝手に想像してしまう。家族と楽しくお出掛けしているつもりが、気づいたら頭の片隅では、知らないお店のリスクマネジメントが始まっている……そんな自分に、思わず苦笑いした経験がある人も多いのではないでしょうか。

この「つい考えてしまう癖」は、誰かを支える仕事を長く続けてきたからこそ身についた、ある意味では立派な専門性です。同時に、「オンとオフの切り替えが難しい」「家に帰っても仕事が頭から離れない」と感じてしまう原因にもなります。いわゆる“職業病”と呼ばれるものの中でも、介護職やケアマネに特有のものを、ここではまとめて「ケアマネ脳」と呼んでみることにしましょう。

もちろん、真面目な話をしようと思えば、制度のこと、人員基準のこと、書類のこと、いくらでも語ることが出来ます。けれど、そんなに肩に力を入れ続けていたら、心も体もヘトヘトになってしまいます。だからこそ、敢えて今回は「ちょっと笑いながら、自分の職業病を眺めてみる」時間にしてみませんか。

この読み物では、まず最初に、日常の中でどんな時にケアマネ脳が顔を出しているのかを緩くチェックする自己診断から始めます。その後で、会話がすぐアセスメントになってしまう場面や、どこへ行っても人員配置とバリアフリーが気になってしまう日常、家族にまで仕事モードが発動してしまう笑えるエピソードを、1つ1つ見ていきます。深刻に反省するためではなく、「ああ、あるあるだな」とクスッとしながら、自分の中の専門職としての感覚を、温かく見つめ直すための時間です。

ケアマネ脳が強く働くからこそ、利用者さんや家族の小さな変化に気づき、暮らしを守ってこられた場面もたくさんあったはずです。同時に、「もう少し自分を休ませてあげたい」「家にいる時くらいは普通の自分に戻りたい」と感じる日もあるでしょう。

笑い混じりに職業病を言葉にしていくことで、「頑張り過ぎてきた自分」を、少しだけ優しく受け留められるかもしれません。あなたの中のケアマネ脳は、今どれくらいの割合で日常を占めているのか。その答えを探しながら、「しんどさ」と「誇り」が同居している、自分ならではの働き方を、一緒に見つめていきましょう。

[広告]

第1章…ゆるっとケアマネ脳診断~あなたは何%モードで生きている?~

まずは肩の力を抜いて、自分の中の「ケアマネ脳」がどれくらい顔を出しているのか、緩く覗いてみましょう。難しい専門知識はまったくいりません。普段の生活の中で「これ、ちょっと自分かも」と思う場面がいくつあるか、心の中で数えていくだけの、簡単なセルフチェックです。

ゆるっとケアマネ脳セルフチェック

これから挙げるいくつかの場面を読んでみて、「ああ、これはやってるな」「つい、やっちゃうな」と思ったら、心の中で〇を1つずつ付けてみてください。
紙にメモしてもいいし、指折り数えても構いません。だいたいでOKです。

1 家族が「ちょっと体調悪くて」と言うと、反射的に「いつから? どこが? どんな時に?」と細かく聞いてしまう。

2 友だちの悩み相談を聞いているうちに、頭の中でその人の「困りごと」と「目標」を整理し始めてしまう。

3 外出先で段差やトイレの位置を見ると、「ここ、車椅子の人だったらどう動くかな」と一度は想像してしまう。

4 スーパーや飲食店で、スタッフの人数と混み具合を見て「この人数でよく回しているなぁ」と、シフトが気になってしまう。

5 カレンダーの「1か月」「3か月」「半年」という区切りを見ると、何故か頭の中でモニタリングや更新の周期が浮かんでくる。

6 メモ帳やノートを書く時、つい「情報」「気づき」「今後どうするか」のように項目立てて書きたくなる。

7 家族や身近な人を呼ぶ時に、つい「〇〇さん」と“さん付け”で呼んでしまい、「仕事みたい」と笑われたことがある。

8 誰かの生活の話を聞くと、その人の「強み」と「苦手そうなところ」が自然と頭に分類されてしまう。

9 新しい制度やサービスの話を耳にすると、「あの利用者さんに合うかも」とすぐ顔が何人か思い浮かぶ。

10 「今日は休みだから何も考えない」と決めた日なのに、気づくと町のバリアフリーや高齢者向けサービスをチェックしてしまっている。

さて、いくつ〇が付いたでしょうか。ぴったり数えられなくても大丈夫です。「だいたいこれくらいかな」という感覚で構いません。

結果の目安とケアマネ脳とのつき合い方

〇が少なかった人も、多かった人も、ここからが本番です。この診断は、「偉い・偉くない」を決めるためのものではなく、自分の中にどんな“職業目線”が育っているのかを、ちょっと離れたところから眺めてみるための小さな入り口です。

〇が0~3個くらいだった人は、まだまだ一般モードが中心かもしれません。必要な時には専門職としての目線がスッと出てきますが、普段は家族や友だちとしての顔の方が前に出ている状態です。オンとオフを自然に切り替えられる、バランス型のケアマネ脳と言えるでしょう。

〇が4~7個くらいだった人は、ほどよく職業病が育ってきた「ゆるケアマネ脳」です。会話の中で相手の状況を整理したり、外出先で導線や人員配置が目に入ったり、気づけば生活全体を俯瞰して考える癖がついているはずです。時々、自分でも笑ってしまうような場面もあるかもしれませんが、その感覚があるからこそ、利用者さんや家族の小さな変化に早く気づけるのだと思います。

〇が8~10個だった人は、立派な「ケアマネ脳フル装備」の持ち主です。世界が既にケアプラン目線で見えていて、どんな場所に行っても「誰が大変そうか」「どこに危険が潜んでいそうか」が自然と目に入ってくるはずです。その分、心も頭も休まりにくいところがあって、「ちょっと疲れやすいな」と感じることもあるかもしれませんが、それだけ真剣に人の暮らしと向き合ってきた証でもあります。

大事なのは、「点数が高いから良い」「低いからダメ」と決めつけないことです。仕事の現場ではケアマネ脳が頼もしい味方になり、家では家族としての顔を大切にする。その切り替えが上手に出来るほど、きっと心も体も楽になります。

そしてもう1つ、忘れたくないのは、「こうした職業病が育つまでに、どれだけたくさんの利用者さんや家族と向き合ってきたか」ということです。アセスメントや会議、訪問や記録の1つ1つが積み重なって、今のあなたの感覚を作っています。少し照れくさいかもしれませんが、「よくここまでやってきたな」と、自分で自分を褒めてあげてもいいところです。

この第1章は、あくまで入り口です。ここから先は、セルフチェックで挙げた場面をもう少しだけ深掘りして、「会話がアセスメントになってしまう瞬間」や「外出先でも職業目線が止まらない日常」を、具体的なエピソードとして見ていきます。笑いながら読み進めているうちに、「ああ、自分だけじゃなかったんだ」と少し気が楽になってもらえたら、とても心強く感じます。


第2章…会話がすぐアセスメント化する人たちの“聞き過ぎあるある”

「ねぇ、ちょっと聞いてくれる?」家族や友だちから、そんな風に声を掛けられた時、本当はただの世間話だったはずなのに、気づけば自分の頭の中では立派なアセスメントが始まっている。介護やケアマネの仕事をしていると、このパターンはどうしても増えていきます。

相手は「ただ愚痴を聞いて欲しいだけ」のつもりで話し出します。けれど、長年「話を聞いて整理する」仕事をしてきたこちら側は、つい「その体調不良はいつから?切っ掛けは?生活のどこに影響してる?」「その人間関係の悩み、本人の性格と環境のどちらが大きい?」と、頭の中で情報を分類し始めてしまうのです。

会話のつもりがいつの間にか問診モード

例えば、パートナーや家族が、夕食時にふとこんなことを言います。「最近なんか、肩こりがひどくてさ」

普通の家族なら、「あら大変ね」「マッサージでも行ったら?」で終わるところかもしれません。ところがケアマネ脳がしっかり育った人は、ここで反射的にスイッチが入ります。

「肩こりって、いつ頃から?」「一日の中で、夕方が一番つらい? 朝からずっと?」「仕事中の姿勢とか、家事の動きで思い当たることある?」

気づけばこちらは、いつも通りの「聴き取り」のテンポです。本人はただ「しんどいなぁ」と共有したかっただけなのに、細かい問診をされて少し驚いた顔をすることもあります。その表情を見て、ハッと我に返り、「あっ、ごめん。つい仕事モードで聞いちゃった」と苦笑い。こんなやりとりに心当たりがある人は、きっと少なくないはずです。

ただ、ここには優しさもたくさん含まれています。長年、高齢者さんや家族の「ちょっとした変化」を見逃さないように目と耳を働かせてきたからこそ、身近な人の不調にもすぐに気づこうとしてしまうのです。とはいえ、本人からすると「今日はただ共感してほしかっただけ」という日もあります。そのバランスを取る難しさこそが、ケアマネ脳ならではの悩ましさなのかもしれません。

「ちょっと相談」がいつの間にかケース会議に

今度は、友だちからの相談を思い浮かべてみましょう。「仕事の人間関係がしんどくてさ」と話し始めた友だちの言葉を聞きながら、こちらの頭の中では、既に小さなケース会議が開かれています。

「その上司さんって、普段からきついタイプ?」「他にも同じことで困ってる人いる?」「その職場を続けたい気持ちはどれくらい?」

話を聞けば聞くほど、「この人が本当に困っているポイントはどこか」「どんな支え方が現実的か」が見えてきてしまう。するとつい、口から出てくる言葉も「整理」と「提案」が増えていきます。

「今のお話を聞いていると、一番つらいのは〇〇の場面みたいだね」「もし続けたい気持ちが強いなら、△△の方法を試すのもありかも」「それとも、環境を変える選択肢も含めて、一度整理してみる?」

これは仕事の現場なら、とても頼もしいスキルです。しかし、友だちが求めていたのは、「正解」ではなく「ただ聞いてくれる人」だったりもします。後になってから「今日は、あれこれアドバイスされるより、『大変だったね』って言って欲しかったなぁ」と言われて、ハッとすることもあるかもしれません。

ここで大切なのは、「助けたい気持ちが強い人ほど、説明や整理に走りやすい」ということを、自分で知っておくことです。ケアマネ脳は、とても頼もしい味方ですが、時々、暴走してしまうこともあります。そんな自分の癖を笑いながら、「今日はアセスメントより共感優先でいこう」と、意識的にモードを切り替えてみるのも、1つの工夫です。

聞き過ぎないためのささやかなスイッチ

では、どうすれば「聞き過ぎ」「整理し過ぎ」のモードから、少しだけ離れることが出来るのでしょうか。難しいテクニックは必要ありません。例えば、心の中に小さなスイッチを用意しておきます。

「今は仕事じゃない。家族タイム」「今日は評価や助言より、共感タイム」

そう唱えてから会話を始めるだけでも、意外と違いが出てきます。相手の話を聞きながら、「これはアセスメントじゃなくて、ただの雑談」と自分に言い聞かせてみるのも1つの方法です。もちろん、どうしても気になる体調の変化や、危険を感じる内容の時は、専門職としてきちんと聞き取ることが大切です。そのメリハリを意識してみると、少しだけ心が楽になります。

また、「今日はアドバイスしてもいい? それとも、ただ話を聞いてほしい感じ?」と、相手に最初に尋ねてみるのも有効です。こうしておけば、「今日は聞いて欲しいだけ」というサインが出た時に、ケアマネ脳のスイッチを少し弱めておくことができます。逆に「意見がほしい」と言われた時には、安心して職業病全開で話を整理してあげれば良いのです。

会話がすぐアセスメントになってしまうのは、それだけ相手のことを真剣に思っている証でもあります。ただ、その優しさが、時々、相手の「ただ聞いて欲しい」という気持ちとすれ違ってしまう。そのズレに気づいた時、自分を責めるよりも、「ああ、自分のケアマネ脳、今日も元気だな」と、少し笑いながら受け留めてみてください。

次の章では、会話だけでなく、外出先でもつい職業目線が止まらなくなる場面を取り上げます。スーパーでも病院でも、テーマパークでも、気づけば「人員配置」と「導線」が気になってしまう。そんなケアマネ脳ならではの景色を、もう少しだけ覗いていきましょう。


第3章…外出先でも人員配置とバリアフリーが気になってしまう症状

休みの日に家族とお出掛け。本来なら「やっと仕事を忘れてリフレッシュ出来る日」のはずなのに、何故か目に入ってくるのは、お店の内装でも、飾り付けでもなく、店員さんの数とお客さんの動き。「この人数で、この混み具合を回してるのか……」「ここに段差があると、車椅子はどうするんだろう……」気付けば頭の中では、普段の施設や事業所で考えているのと同じようなことを、見知らぬお店相手に真剣に検討してしまっている自分がいます。

家族と一緒にスーパーに行った時も、最初に気になるのはタイムセールの品ではなく、レジの台数と並んでいる列の長さです。「今、レジ担当は4人で、袋詰めを手伝う人が1人……ピークタイムにしては、かなりギリギリの体制だなぁ」頭の中で、つい人員配置を数えてしまう。列がなかなか進まないと、「これは現場、相当しんどいだろうな」と、店員さんの立場で心配し始めてしまいます。家族から「レジ遅いね」と言われても、「いや、むしろこの人数でよく頑張ってる方だよ」と、つい現場側をかばう言葉が口から出てしまう。これも、ケアマネ脳ならではの風景かもしれません。

飲食店に入った時も同じです。席に案内される前から、「フロア担当は2人で、厨房は奥に3人くらいかな」「あのテーブルの呼び出しボタンに誰が反応するんだろう」と、スタッフの動線が気になって仕方がない。料理が出てくるまでの時間も、「この混み具合にしては早い」「これはきっと裏側がバタバタしているだろう」と、サービスの質だけでなく、働く人の疲れ具合まで想像してしまいます。もちろん、お客として楽しんでいるつもりなのですが、心のどこかでは常に「現場の大変さ」にアンテナが立っているのです。

そしてもう1つ、外出先で強く働き始めるのが、「バリアフリー目線」です。初めて入るお店や施設では、入り口を見るだけで、段差の高さやスロープの角度に目がいきます。「ここ、杖の方や車いすの方だと、最初の階段が難関だな」「トイレは奥の細い通路の突き当たりか……転倒リスクが高そうだな」普段から移動やトイレ介助をしているからこそ、自然とイメージが浮かんでしまうのです。

家族と一緒にトイレの場所を探している時も、「ここなら、高齢の家族を連れてきても安心」「ここは段差と扉の重さがちょっとネックかな」と、まだ誰も来ていない未来の介護シーンを想像してしまうことがあります。遊びに来ているだけなのに、頭の中では既に「もし車椅子だったら」「もし視力が落ちていたら」と、様々なパターンをシミュレーションしてしまう。職業病と言ってしまえばそれまでですが、それだけ多くのケースを見てきた証でもあります。

テーマパークのような大きな施設に行くと、この傾向はさらに強くなるかもしれません。人の流れ、ベビーカーと車椅子の動線、エレベーターの位置と数、休憩スペースの広さ。多くの人が「どのアトラクションに乗ろうかな」とワクワクしている時に、「この導線なら、体力の落ちている人にはかなりハードだな」と、別の角度から全体を見てしまいます。時には、「ここは高齢の家族とでも楽しめる場所だな」「ここは、今のうちに体力があるメンバーで来ておいた方が良いかも」と、未来の家族旅行のプランまで考え始めてしまうこともあるでしょう。

そうやって周りを見ていると、いつの間にか「楽しむ側」から「見守る側」の目線が強くなり、「ここは安全だろうか」「この人たちは困っていないだろうか」と、心の中で密かな見守り当番をしている自分に気付きます。時には、「今日はせっかくのお休みなんだから、もう少し気楽に楽しんでもいいのに」と、自分で自分にツッコミたくなる瞬間もあります。

それでも、この外出先での職業目線には、大切な役割もあります。例えば、親を外食に連れて行く時、以前からバリアフリーを意識して見てきたおかげで、「ここなら段差が少ないから安全」「ここはトイレが近くにあって安心」と、自然と候補を絞ることが出来ます。家族や友人が年齢を重ねていく時、「どんな場所なら無理なく楽しめそうか」を選びやすくなるのも、ケアマネ脳を持っている人ならではの強みだと言えるでしょう。

「休みの日まで、人員配置や導線を気にしてしまうなんて、自分は疲れているのかな」と感じる日もあるかもしれません。けれど、その眼差しは、いつどこにいても「誰かの安全」と「誰かの暮らし」を考え続けてきた積み重ねから生まれたものです。少し大袈裟に言えば、世界を優しく点検する役割を、無意識に引き受けているのかもしれません。

大事なのは、その目線を“義務”として背負い過ぎないことです。「今日は仕事モードがちょっと顔を出してるな」と気付いたら、自分の中でそっと笑ってあげる。そして、「このお店、将来の参考にメモしておこう」と思える時は素直にメモし、「今日は考えるのをお休みしよう」と思える時は、敢えて深く考えない。その緩やかな調整が出来ると、きっと外出そのものも、もう少し気楽で楽しいものになっていきます。

次の章では、外での職業目線だけでなく、家の中や家族との時間にもジワジワと沁み込んでくるケアマネ脳について見ていきます。家族をつい「ご本人」と呼んでしまったり、手帳とカレンダーを見るだけで仕事の予定が頭に浮かんでしまったりする日常のひとコマを、一緒に覗いていきましょう。


第4章…家族にも発動するケアマネ脳と手帳とカレンダーがやたら気になる日常

仕事が終わって家に帰り、玄関のドアを開けた瞬間は、「やっと介護職ではなく、ただの自分に戻れる時間」と思いたいところです。ところが、リビングで家族と顔を合わせているうちに、「あれ、今の話し方、完全に仕事モードだったな……」と自分で気づいてしまう瞬間がありませんか。

家族が「今日はちょっと疲れた」と呟いた時に、「そうかぁ、大変だったね」とだけ返せればいいのに、つい「どんなことで疲れたの? 時間帯で言うと夕方が一番しんどかった?」と、詳しく聞き出してしまう。子どもが学校の出来事を話している時も、「その時、先生はどうしてくれた?」「友だちはどんな様子だった?」と、状況の把握に全力を出してしまう。これではまるで、家庭内ケース会議です。

さらに、一緒に暮らす家族への呼び掛けにも、うっかり職業病が顔を出します。いつもは名前で呼んでいるのに、急に「おとうさん、その後どうです?」と、“さん付け”混じりの敬語が出てしまう。ひどい時には、体調の話をしながら「ご本人としては、どんな風に感じておられますか?」などと口にしてしまい、言った本人が一番驚く、ということもあります。

家族からすれば、「ここは担当者会議じゃないよ」と笑いながらツッコミたくなる場面かもしれません。ただ、その背景には、「身近な人の変化を見落としたくない」「困っていることがあれば早めに気付いてあげたい」という、職業を通して育った眼差しがあります。だからこそ、「家族だからこそ、もう少しラフに接してあげてもいいかな」と、自分で自分に言い聞かせながら、少しだけ力を抜いていくことが大切になってきます。

家族との時間に、ケアマネ脳が発動しやすいもう1つのポイントが、「予定」と「記録」にまつわる場面です。冷蔵庫に貼ってあるメモや、リビングのカレンダーを見ていると、つい仕事で慣れ親しんだ書き方をしてしまいます。「通院」「買い物」「子どもの行事」といった予定を、種類ごとに色分けしたくなったり、「目標」「実行」「振り返り」といった項目で分けて書きたくなったり。机の上の手帳も、いつの間にか「家族版ケアプラン」のような役割を担い始めます。

例えば、壁掛けカレンダーのある一日を見てみましょう。午前は子どもの学校行事、午後は自分の通院、その後、夕方に親の通所の送り出し。通常ならただ「忙しい日」として眺めるところですが、ケアマネ脳が働くと、「この一日で誰がどれくらい負担を感じそうか」「どこで休憩時間を確保できそうか」と、頭の中で自然とシュミレーションが始まります。まるで、自分の家の中に小さなサービス調整会議が立ち上がっているような感覚です。

手帳を開いた時の感覚も、少し独特です。空白のページを見ると、「ここには何を入れるべきか」「この日は何か予定を組む余地があるのでは」と、つい埋めたくなってしまう。休日のページに予定を書き込み過ぎて、後から「結局、休みの日も“勤務表”みたいになってしまった」と苦笑いする人もいるかもしれません。

その一方で、手帳やカレンダーと向き合う時間は、自分や家族にとって大切な時間を守るための工夫にもなり得ます。日々のスケジュールを客観的に見直す力は、ケアマネとして身につけた大事な力です。それを敢えて自分の生活に向けて使い、「この日は意識して何もしない日」「この時間帯は“家族だけの時間”」と、予め枠を取っておくことも出来ます。忙しさに流される前に、先に「休む予定」を書き込んでしまう。そんな小さな工夫が、「いつも誰かの予定を優先してしまう自分」を少し守ってくれるかもしれません。

家族に対してケアマネ脳が発動する時、つい「また仕事モードになってしまった」「家族にまで職業病を押しつけているのでは」と、自分を責めたくなることもあるでしょう。けれど、それは裏を返せば、「家族にもきちんと向き合いたい」「大事な人たちの生活を大切にしたい」という思いの現れでもあります。大事なのは、その思いを丁寧に生かしつつ、「ここは仕事の場ではないから、完璧でなくていい」「多少抜けていても、笑い合えればそれで十分」という感覚を、自分に許してあげることです。

日常の会話でつい敬語が混じってしまったり、手帳の予定がついつい細かくなり過ぎたり。そんな自分に気付いた時、「ああ、今日もケアマネ脳が元気に働いているな」と、少し笑ってあげる。その上で、「この予定は削ってもいいかな」「この時間は家族とただテレビを見て笑うだけにしよう」と、自分と家族のための緩やかな選択をしていく。そうやって少しずつ、仕事と家庭の間に、自分なりのバランスを作っていくことが出来れば、ケアマネ脳はきっと「しんどさ」だけではなく、「安心」と「誇り」にも繋がっていきます。

次のまとめでは、ここまで見てきたさまざまな職業病を振り返りながら、「それでもこの仕事を続けてきて良かった」と、そっと自分に言ってあげられる視点について考えていきます。頑張り続けてきた自分を、少し優しく労わる時間にしていきましょう。

[広告]


まとめ…しんどさと誇りの間にある“ケアマネ脳”と自分への労い

ここまで読み進めながら、「ああ、これ完全に自分だ」と笑ってしまったところもあれば、「ここまで来ると流石に職業病だな……」と、少し苦笑いしたくなった場面もあったかもしれません。日常会話がいつの間にかアセスメントになり、外出先では人員配置とバリアフリーが真っ先に目に入り、家族との時間にもつい仕事モードが顔を出してしまう。そうした「ケアマネ脳」のあれこれは、一見するとちょっとおかしくて、でもよくよく考えると、とても真面目で、そして少し切ない姿でもあります。

第1章の緩い診断で、自分の中のケアマネ脳がどれくらい育っているのかを覗いてみました。点数が多くても少なくても、そこには「これまでどれだけ多くの人の暮らしと向き合ってきたか」という、その人なりの時間の積み重ねがあります。高齢者さんや家族の話を丁寧に聴き、制度やサービスを組み合わせ、悩んだり迷ったりしながら、その都度ベストだと思う支え方を探してきたからこそ、今の自分の感覚があるのだと思います。

第2章では、ただの雑談のつもりが、いつの間にかアセスメントになってしまう「聞き過ぎあるある」を振り返りました。相手の困りごとを整理して、少しでも楽になって欲しいと願う気持ちが強いほど、説明や提案に走りやすくなる。けれど、時には「今日はただ聞いて欲しいだけ」という日もあって、そのすれ違いに気づいた時、自分を責めるよりも、「それだけ本気で人の役に立ちたいと思っているんだ」と、優しく認めてあげてもいいのかもしれません。

第3章では、休日のお出掛けでさえも、どこか「現場目線」が抜けない様子を描きました。スーパーのレジを見れば人員体制が気になり、飲食店ではスタッフの動線に目がいき、初めて行く施設では無意識のうちにバリアフリーを確認してしまう。それは確かに職業病ですが、同時に「この場所なら、年を重ねても安心して来られそうか」「どんな人にとって優しい場所か」を見極める、頼もしい力でもあります。将来、親や家族を連れて行く場所を選ぶ時、その目線がきっと役に立ってくれるはずです。

第4章では、家族との時間にまで滲み出てくるケアマネ脳と、手帳やカレンダーを前にした時の独特な感覚について触れました。家の予定表を前に、家族それぞれの負担を自然と計算してしまい、時に家庭内のスケジュールまで「ケアプラン風」になってしまう。それは、「自分の家族にも無理をさせたくない」「皆が無理なく暮らせるようにしたい」という思いの裏返しでもあります。だからこそ、敢えて「何もしない日」や「家族とただ笑って過ごす時間」を先に予定として書き込むことが、自分自身を守る小さな工夫になっていきます。

こうして振り返ってみると、ケアマネ脳には、確かにしんどいところもあります。オンとオフの境目が曖昧になり、「ずっと仕事の続きの中で生きているようだ」と感じてしまう日もあるでしょう。それでも、その感覚があるからこそ、利用者さんや家族の小さな変化に気付き、まだ誰も言葉にしていない「暮らしのしんどさ」を拾い上げてきたのも事実です。そのたびに、あなたは何度も「誰かの味方」であり続けてきました。

だからこそ、ここで少し立ち止まって、自分自身に向かってこう言ってあげて欲しいのです。「よくやってきたね」と。夜勤明けの朝も、書類に追われる日々も、クレーム対応で心がすり減りそうになった日も、1つ1つ乗り越えながら、今日まで続けてきた自分に、そっと拍手を送ってあげてください。職業病と呼びたくなるほど身についてしまったケアマネ脳は、あなたがこれまで積み重ねてきた時間と誠実さそのものなのです。

これからもきっと、会話がアセスメントになってしまったり、外出先で人員配置が気になってしまったり、家のカレンダーを見ながら小さなケース会議を開いてしまったりする日があるでしょう。そんな時、「またやってるな、自分」と笑いながら、「でも、そのおかげで守れているものもたくさんある」と思い出してみてください。しんどさと誇り、そのどちらも抱えながら、自分なりのペースで働き続けているあなたの姿を、一番近くで認めてあげられるのは、ほかでもない、あなた自身なのです。

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


[ 応援リンク ]


人気ブログランキングでフォロー

福彩心 - にほんブログ村

[ ゲーム ]

作者のitch.io(作品一覧)


[ 広告 ]
  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。