春夏秋冬の味覚マジック~ひと工夫でいつもの食卓がご馳走になる~
目次
はじめに…小さな組み合わせで味が変わる不思議な食卓の旅へ
同じ料理なのに、ひと口ごとに少しずつ味を変えながら楽しんだことはありますか。最初は素材そのものの味だけを確かめて、次に塩をほんのひと摘まみ。最後に柑橘の雫をキュッと搾ってみる。たったこれだけでも、まるで別々の料理を3皿並べたように、舌に届く印象がガラリと変わります。
私たちは「美味しい」と感じた時、実は1つの味だけを味わっているわけではありません。甘味、酸味、塩味、苦味、うま味に、香りや温度、食感まで加わって、頭の中で1つの物語にまとめられているようなものです。だからこそ、塩を少しだけ足す、レモンをひと欠片、添える、薬味を少し散らす、といった小さな工夫が、その物語を春夏秋冬それぞれの別の章に書き換えてしまうくらいの力を持っています。
例えば、紀州のみかんと赤いワインを合わせた時の、フワッと広がる香りの重なり。魚を食べた後に口に含む日本酒が、生臭さをすっと連れ去ってくれるような不思議な感覚。これらは決して特別な高級料理でなくても、組み合わせ1つで味の世界が広がる、身近な「味覚の小さな奇跡」です。
この物語では、春夏秋冬それぞれの季節に合う食材を入り口に、素材の味をじっくり楽しむ第1段階、そこにひと工夫を加える第2段階、さらにもう一歩踏み込んだ組み合わせで驚きを生む第3段階、と少しずつ味を変えながら食べ進める楽しみ方を探っていきます。山菜と柑橘とだし、トマトとチーズと酸味、きのこと魚と薬味、鍋と紀州みかんと赤いワイン……こうした組み合わせを、季節の移ろいと共に眺めてみましょう。
食卓は、ただお腹を満たす場所ではなく、日々の「ありがとう」を重ねていく舞台でもあります。同じ食材でも、一口目、二口目、三口目と味を変えながらいただくことで、「こんな表情も持っていたんだね」と素材への感謝の気持ちが自然と湧いてきます。この章から始まる春夏秋冬の味覚の旅が、いつものご飯にそっと魔法をかけてくれる切っ掛けになれば嬉しいです。
[広告]第1章…春の芽吹きを優しく包む~山菜と柑橘と出汁のマリアージュ~
春の食卓に一番最初に顔を出してくれるのが、たらの芽やこごみ、ふきのとうに代表される山菜たちです。まだ肌寒さが残る季節に、ほろ苦い香りと柔らかな緑色で「そろそろ冬を終わりにしよう」と合図を送ってくれるような存在ですね。この章では、そんな山菜を主役にして、「素材そのもの」「優しい出汁」「柑橘のひと雫」と、3段階で味わいを変えていく楽しみ方を見ていきます。
まず第1段階は、素材そのものを感じる時間です。山菜の天ぷらを想像してみてください。揚げたてをそのまま何もつけずにひと口。衣の香ばしさの後に、山菜ならではのほろ苦さと瑞々しさが、ジワッと舌の上に広がります。この瞬間は、畑や山の空気まで一緒に食べているような、不思議な満足感があります。「ああ、もう春なんだな」と、言葉にしなくても体が頷くような感覚です。
次の第2段階では、そこに出汁の力を足してみます。天ぷらなら、天ツユを少しだけ。おひたしなら、昆布と削り節でとった出汁に、薄口醤油と味醂をほんのり効かせたツユを合わせます。素材そのものの輪郭はそのままに、出汁の旨味が優しく背景を支えてくれて、「苦み」と思っていた部分が、実は「大人の旨味」だったのだと教えてくれるようです。同じ山菜でも、何も付けなかったひと口目とは、まるで性格が変わったように丸く感じられます。
そして第3段階で、柑橘の出番です。すだちやかぼす、ゆず、紀州のみかんの果汁を、ほんの少しだけ、ツユや天ツユに搾ってみます。強く搾り過ぎると酸味ばかりが勝ってしまうので、最初は「え、こんな少しで足りるの?」と思うくらいで十分です。不思議なことに、そのわずかな酸味と香りが、出汁のうま味をキュッと引き締め、山菜のほろ苦さを軽やかな後味に変えてくれます。春の山道を歩いた後に、風が一陣吹き抜けていくような、スッキリとした余韻が残ります。
同じ3段階の楽しみ方は、たけのこにも応用できます。炊き立てのたけのこご飯を、まずはそのままひと口。次に、出汁をきかせたお吸い物と一緒に味わって、米と出汁の旨味の重なりを楽しむ。最後は、お吸い物に小さなゆずの皮をひとかけ落として香りを添え、たけのこの風味をフワッと持ち上げてもらう。薬味はあくまで主役を引き立てる脇役なのに、3つの段階を経て食べ終えた時には、「今日のたけのこはとびきり美味しかったな」と、同じお米と同じ鍋で炊いたはずなのに、印象が1つ上の思い出に変わっています。
だし巻き卵でも同じことが出来ます。焼き立てのだし巻きをまずはそのまま味わい、次は大根おろしを添えてさっぱりと。最後のひと切れには、大根おろしにすだちをキュッと搾って載せてみる。過程の温度変化でも味の印象はグッと変化します。甘さ、旨味、さっぱり感、爽やかな香りと、ひと皿の中で春の表情が少しずつ変わっていきます。卵そのものの味が決して薄れることなく、「こんな一面も持っていたんだね」と、卵と出汁と柑橘、それぞれにお礼を言いたくなるような組み合わせです。
このように、春の食卓では、山菜やたけのこ、卵といった身近な食材に、「まずはそのまま」「出汁を添えて」「柑橘で仕上げ」の3段階を用意してあげるだけで、1つの料理が3つの顔を見せてくれます。特別な技術はいりませんし、必要なのは、少しずつ変化させながら味わってみようという好奇心だけです。同じお皿と同じ材料で、春の景色を何度も味わえるとしたら、それはもう立派なご馳走です。食卓に座っている家族や利用者さんと、「今度はこれをかけてみようか」と会話を重ねながら、春の芽吹きに「今年も出会えて良かったね」とそっと感謝を添えたくなるような、そんな時間をイメージしてもらえたらうれしいです。
第2章…夏バテ知らずの爽やかテーブル~トマトとチーズと酸味のひんやり魔法~
夏になると、キッチンに赤く色づいたトマトが並ぶだけで、少し涼しい風が吹き抜けたような気持ちになります。火をあまり使いたくない季節、出来ればさっと用意できて、ひんやりと喉を通っていくものが嬉しいですよね。この章では、真っ赤なトマトと白いチーズを主役にして、「そのまま」「塩と油」「酸味と香り」の3段階で味の変化を楽しむ夏のテーブルを眺めてみましょう。
最初の第1段階は、冷やしたトマトをそのまま味わう時間です。よく冷えた完熟トマトを、冷蔵庫から出してすぐ、何もかけずにひと口。皮を噛んだ瞬間に弾ける瑞々しさと、仄かな甘さ、ほんの少しだけ感じる酸味。シンプルでありながら、「今日はこのトマトが主役だな」と思わせてくれる力があります。夏の朝に、塩もドレッシングもかけないトマトをそのまま齧るだけで、「体が喜んでいるな」と分かるような感覚があります。素材そのものを尊重する、一番素直な味わい方です。
次の第2段階で、そこに塩と油のひと工夫をそっと添えてみます。冷やしトマトに粗めの塩をひと摘まみ振り、オリーブオイルを少しだけたらせば、味の印象がグッと変わります。塩がトマトの甘さを引き出し、油が舌の上でうま味をまとめる土台になってくれるおかげで、「酸っぱい野菜」から「ごちそうの前菜」に変身したように感じられます。ここに、ひと口大に切ったモッツァレラチーズを加えれば、定番のサラダにもなります。同じトマトなのに、第1段階の素朴な味わいと比べると、テーブルに並んだ瞬間から少しよそ行きの顔つきになっているのが不思議です。
そして第3段階で、酸味と香りの魔法を重ねてみましょう。トマトとチーズに、レモン果汁やバルサミコ酢を少量たらし、仕上げにバジルや大葉をちぎって散らしてあげます。レモンの明るい酸味やバルサミコのまろやかな酸味が、トマトの甘さと合わさって、ひんやりとした爽やかさをぐっと引き上げてくれます。香りの強いバジルは、夏らしい青い風をイメージさせてくれますし、日本の食卓なら、あえて大葉を選んで和のニュアンスを加えても面白いところです。たった数滴の酸味と、ひとつまみの香りが加わるだけで、「冷やしトマト」から「夏の特別な一皿」へと階段を上るような変化が生まれます。
この3段階は、冷製パスタやそうめんにも生かすことができます。例えば、茹でて冷やした細めのパスタに、まずはオリーブオイルだけを絡めて、塩で味を整えた第1段階。次に、角切りにしたトマトとチーズを加えて、第2段階。最後にレモン果汁や白ワインビネガー、バジルを加えれば第3段階です。同じ麺と同じトマトを使っていても、調味料を少しずつ足していくだけで、さっぱりとした軽い皿から、夏のおもてなしにも使える満足感のある一皿まで、表情が変わっていきます。
日本の夏の定番であるそうめんも、「素材」「塩と油」「酸味と香り」の3段階で遊ぶことができます。最初は、冷やしたそうめんをだしのきいたつゆでシンプルにいただく第1段階。次に、トマトやきゅうり、しらす、ごま油を少量加えて、冷やし中華のような雰囲気に変える第2段階。最後に、すだちやレモンの輪切りをたっぷり浮かべ、つゆに果汁をしぼって香りを立たせる第3段階です。同じ器の中で、ひと口ごとに夏祭りの夜風や、田舎の縁側の涼しさを思い出させてくれるような変化が楽しめます。
もうひとつ、夏の食卓で忘れたくないのが、スイカと塩の組み合わせです。冷えたスイカをそのまま食べる第1段階は、言うまでもなく夏のご褒美。そこにごく少量の塩を振ると、甘味がぐっと引き立ち、第2段階へ。さらに、すだちやライムの果汁をほんの少し加えてみる第3段階では、スイカの印象がデザートからひんやりした飲み物のような爽快感に変わります。甘さ、塩気、酸味のバランスが整うことで、暑さに疲れた体にすっと染み込んでいくような、不思議な解放感が生まれます。
このように、夏のテーブルは火を使わなくても工夫次第でいくらでも豊かになります。トマト、チーズ、柑橘、香りのハーブや大葉といった身近な食材でも、「まずはそのまま」「塩と油で整える」「酸味と香りで仕上げる」という3段階を意識するだけで、ひと皿の中に何通りもの楽しみ方が隠れていることに気づきます。そして食べ終えた時には、「今年もこの夏の味に会えたな」「また来年も一緒に食べたいな」と、自然と感謝の言葉が浮かんできます。冷たい料理が多くなる季節だからこそ、小さな段階の違いを味わい分けることで、夏バテ知らずの爽やかな食卓を育てていきたいものですね。
第3章…実りの秋は香りで楽しむ~きのこと魚と薬味が奏でるうま味の重ね技~
秋の空気には、不思議と「香り」が似合います。焼き魚の香ばしい匂い、土の香りをまとったきのこ、炊き立ての新米から立ち昇る湯気。窓を少しだけ開けていると、どこかの家から魚を焼く香りがフワッと流れてきて、「そろそろ夕ご飯にしようか」とお腹が囁き始める、あの感じです。この章では、実りの秋を代表するきのこと魚を主役にして、「そのまま」「薬味や出汁を少し」「香りの仕上げ」の3段階で、うま味と香りの重ね技を楽しんでみましょう。
まずは、秋の定番である焼き魚から。秋刀魚でも鮭でもかまいませんが、ここでは秋刀魚を思い浮かべてみてください。第1段階では、こんがりと塩焼きにした秋刀魚を、何もかけずにひと口味わってみます。パリッと焼けた皮の香ばしさの後に、脂ののった身からジワリと広がるうま味。ほんのりとした苦みを持つはらわたまで、秋刀魚らしい力強さが一気に口の中に広がります。塩だけで仕上げた素朴な味は、海の恵みそのものと向き合うような、静かな満足感を運んでくれます。
第2段階では、ここに大根おろしと醤油を少しだけ添えます。焼き立ての秋刀魚の横にふんわりと大根おろしを載せ、醤油をちょんと落として一緒に口に運ぶと、先ほどまで力強かった脂のコクが、やさしく整えられたことに気づきます。大根おろしの水分が脂をほどよく受け止め、醤油の旨味が魚の味を1つにまとめてくれるおかげで、「こってり」から「ちょうど良い満足感」へと印象が変わります。同じ秋刀魚なのに、第1段階よりも少し肩の力が抜けて、毎日でも食べたくなるような、日常の味に近づいていくのが面白いところです。
そして第3段階で、柑橘や生姜の香りを重ねてみます。すだちやかぼすをキュッと搾って大根おろしに絡めたり、おろし生姜をほんの少し添えたりするだけで、脂ののった焼き魚が一気に軽やかな表情に変わります。柑橘の明るい香りと酸味が、魚の香りをすっと引き立てつつ、後味をさっぱりと締めくくってくれるのです。生姜は、独特の爽やかな風味で、魚特有の匂いをそっと包み込んでくれます。秋の夜長、同じ塩焼きの秋刀魚でも、「そのまま」「大根おろしと醤油」「柑橘や生姜を添えて」と食べ進めることで、ひと皿の中に3つの表情が生まれます。食べ終える頃には、「今年もこの味に会えたな」と、自然と感謝の気持ちが湧いてくるはずです。
魚ときのこの組み合わせも、秋ならではの旨味の重ね技です。例えば、鮭ときのこの包み焼き。第1段階では、鮭としめじ、えのき、しいたけなどを一緒に包んで、塩と胡椒だけで焼き上げてみます。開けた瞬間に立ち昇る湯気の中には、きのこの土の香りと鮭の香りが混ざり合い、それだけでご飯が進みそうな誘惑があります。味付けは最小限でも、鮭の持つイノシン酸と、きのこのグアニル酸が重なり合うことで、「シンプルなのにしっかり美味しい」秋らしい一品になります。
第2段階では、ここに少しだけバターや醤油を足してみます。バターをひとかけ落とし、醤油をタラリと回しかけてから蒸し焼きにすると、香りとコクが一気に増し、「ご飯に合う主役のおかず」としての存在感が高まります。きのこが吸いこんだ鮭の旨味と、バター醤油の香りが一体となって、包みを開いた瞬間にテーブル全体を秋色に染めてくれるようです。第1段階の素朴な味と比べて、同じ材料とは思えないほどの変化を感じられます。
第3段階では、ゆずやすだちの皮をほんの少しすりおろしてふりかけたり、ゆず胡椒を添えたりしてみましょう。バター醤油の濃厚さの中に、柑橘の爽やかな香りがすっと差し込まれて、「こってり」と「さっぱり」が同時に楽しめる贅沢な一皿になります。ゆずの香りがきのこの土っぽさを和らげ、鮭の脂を軽やかに感じさせてくれるので、箸が止まらなくなる人も多いはずです。同じ包み焼きでも、「塩だけ」「バターしょうゆ」「柑橘やゆずこしょう」の3段階で食べ比べてみると、秋の香りの奥行きに驚かされます。
きのこご飯やきのこのみそ汁でも、香りの段階変化を楽しめます。炊き立てのきのこご飯を、まずはそのまま味わう第1段階。きのこのうま味と米の甘さ、だしの香りを、何も足さずに確かめる時間です。次の第2段階で、刻んだ青ねぎや三つ葉をそっと散らしてみると、香りに明るさが加わり、一気におかわりしたくなるような軽やかさが生まれます。そして第3段階で、ゆずやすだちの皮をほんの少しだけのせてみると、秋の山道を歩いているような清々しい香りがフワリと立ち上がり、ひと椀の中に季節の物語が生まれます。
実りの秋は、お腹を満たすだけでなく、「香りを味わう季節」でもあります。魚ときのこ、薬味と柑橘、出汁やバター醤油。どれも特別な材料ではありませんが、「まずは素材そのまま」「次にうま味を支える調味料」「最後に香りのひと押し」という3段階を意識して味わうことで、同じメニューでも何倍も豊かな時間に変わります。食卓を囲む人たちと、「次はこの薬味を足してみようか」「今度はゆずを少し載せてみよう」と会話を重ねながら、秋の恵みに「今年もありがとう」とそっと心の中で手を合わせる。そんな優しい一時を、この章のイメージとして残してもらえたらうれしいです。
第4章…冬のこたつで味わうご褒美時間~鍋出汁と紀州みかんと赤ワインの余韻~
冬になると、食卓は「温度」と「余韻」を楽しむ季節に変わります。湯気を立てる鍋、こたつの天板に並ぶ器、外の冷たい空気と室内の温もり。その真ん中で、素材の味を確かめてから、少しずつ味を重ねていくと、たったひと夜の食事なのに、心の中にはいくつもの思い出が残ります。この章では、冬の主役である鍋と、締め括りの紀州みかん、そして赤ワインや日本酒の余韻まで、3段階で味わう楽しみ方を辿ってみましょう。
まずは、鍋そのものの味をじっくり感じる第1段階から。昆布やかつお節でとった出汁に、白菜、ねぎ、豆腐、きのこ、鶏肉や魚を静かに煮込んだだけの、素朴な水炊きや寄せ鍋を思い浮かべてみてください。煮えた具材を、敢えて何もつけず、出汁ごとすくって口に運ぶと、野菜の甘さと、肉や魚から滲み出た旨味が、フウフウと息を吹きかける時間ごと「冬の幸せ」として体に染み込んでいきます。塩分は控えめでも、素材から溶け出したうま味が十分な満足感をくれるので、「今日はこの出汁を味わう日だな」と、静かに微笑んでしまうような味わいです。
次の第2段階では、ここに「味変」の役割を持つ調味料を少し加えてみます。ポン酢醤油に大根おろしを添えたり、ごまダレをそっと用意しておいたり。同じ具材でも、出汁のまま味わったひと口と、ポン酢でいただくひと口では、表情がまるで違います。ぽってりとした豆腐は、ポン酢と大根おろしの力で一気にさっぱりとした口当たりに変わり、鶏肉や豚肉は、ごまダレによってまろやかなコクをまとった「ご褒美おかず」に変身します。鍋の中身はそのままなのに、「この具材にはポン酢」「これはごまダレ」と、箸を運ぶたびに性格の違うひと皿を味わっているような気分になれます。
そして第3段階で、冬ならではの香りの強いアクセントを少しだけ足してみましょう。柚子胡椒をぽんとひとかけ溶かしたり、七味唐辛子をほんのひと振り添えたり。ポン酢の器に、紀州みかんの果汁を数滴しぼってみるのも面白い変化です。唐辛子のピリッとした刺激と、柚子やみかんの爽やかな香りが、鍋のうま味をキュッと引き締めて、「もうお腹はいっぱいなはずなのに、あとひと口だけ」と、つい箸を伸ばしたくなります。出汁そのものの優しさ、ポン酢やごまダレのメリハリ、柚子胡椒やみかんの香り。その3段階をゆっくり行き来するうちに、「同じ鍋を囲んでいても、こんなにたくさん楽しみ方があったんだ」と、冬の食卓の奥行きに気づかされます。
海の幸が主役になる冬のご馳走でも、同じように段階を楽しめます。蟹鍋やふぐちり、ぶりしゃぶを囲む夜。最初の第1段階では、やはり素材の味を確かめることから始めます。茹で立ての蟹を何もつけずにほぐして口に運べば、仄かな甘さと海の香りがそのまま届き、ぶりをさっと出汁に潜らせただけで頬張れば、トロリとした脂の旨味が印象に残ります。
第2段階で、そこにポン酢や塩を少し足してみると、脂ののった魚やかにの味が綺麗に整えられて、「上品な一皿」に育ちます。そして、食後の口の中に残る海の香りを整えてくれるのが、日本酒の役割です。冷やでもぬる燗でも構いませんが、魚介を味わった後に、香りの良い日本酒をひと口含むと、生臭さがスッと引いていき、代わりに米と水の柔らかな香りが広がります。水やお茶ではなかなか消えない余韻を、穏やかに洗い流してくれるような、不思議な働きです。
第3段階では、最後の締めとして雑炊やうどんを楽しみます。鍋の出汁に、ご飯と卵を入れた雑炊をそのまま味わうひと口目。次に、刻んだねぎや海苔、ごまを少し散らしたひと口目。最後に、ゆずの皮や紀州みかんの皮をほんの少しだけすりおろしてのせたひと口目。どれも同じ鍋から生まれた雑炊なのに、「素朴」「香り立つ」「ふわっと柑橘の余韻」と、印象が少しずつ変わっていきます。鍋の最後の一椀まで「おいしかったね」と言えるのは、こうした小さな工夫のおかげかもしれません。
そして、こたつの上には忘れてはいけない冬の主役、紀州みかんが待っています。最初の第1段階は、もちろんそのままの姿。皮をむいた瞬間に立ちのぼる香りと、ひと房を口に含んだ時のやさしい甘さと酸味。鍋で温まった体に、ビタミンをたっぷり含んだ果汁がすっと染み込んで、「ああ、これが冬だな」としみじみ感じる時間です。
第2段階では、みかんを少しだけアレンジしてみます。皮ごと軽く焼いたり、オーブントースターで表面に薄く焦げ目をつけると、みかんの香りに焼き菓子のような香ばしさが加わります。中の果肉はトロリとやわらかくなり、同じみかんなのに、まるで別の果物のような甘さに驚かされます。焼きみかんを、こたつに入りながらゆっくり味わう時間は、冬の夜だけの特別なご褒美です。
第3段階で、赤ワインの出番です。大人だけの時間には、よく冷やした紀州みかんと、渋みのやさしい赤ワインをそっと組み合わせてみるのも素敵です。みかんをひと房かじってから赤ワインをひと口含むと、柑橘の甘さと香りがワインの果実味をやわらかく引き出し、渋みが穏やかにほどけていきます。逆に、赤ワインを味わった後にみかんをひと房重ねれば、口の中がスッとリセットされて、次のひと口がまた新鮮に感じられます。みかん➡ワイン➡みかんと、3段階でゆっくり味を行き来するうちに、鍋の余韻と冬の夜の静けさまで、1つの物語として心に刻まれていきます。
冬の食卓は、ただ温かいものを食べてお腹を満たす場ではなく、「素材」「味変」「余韻」の3段階で感謝を深めていくステージでもあります。鍋の出汁、薬味や柑橘、日本酒や赤ワイン、そして紀州みかん。それぞれが主張し過ぎず、少しずつ役割を譲り合いながら、ひと晩の食卓を完成させてくれます。こたつを囲む家族や、大切な仲間と一緒に、「次はこの味で食べてみようか」「この組み合わせもおいしいね」と笑い合いながら、冬のご馳走を最後の一滴まで味わい尽くす。その時間の積み重ねこそが、「今日もご飯があって良かったね」「一緒に囲めて良かったね」という、静かな感謝の気持ちに繋がっていくのだと思います。
[広告]まとめ…季節の食材とひと工夫で毎日のごはんはもっと自由になる
春夏秋冬の食卓をゆっくり眺めてみると、特別な料理の名前よりも、実は「組み合わせの物語」が印象に残っていることに気づきます。山菜とだしと柑橘、トマトとチーズと酸味、きのこと魚と薬味、鍋出汁と紀州みかんと赤いワイン。どれも身近な食材ばかりなのに、「まずはそのまま」「ひと工夫加えて」「香りや余韻で仕上げる」という三段階を意識して味わうだけで、ひと皿の中にいくつもの表情が生まれました。
最初の一口は、素材の味をそのまま受け取る時間でした。春の山菜のほろ苦さ、夏のトマトのみずみずしさ、秋の焼き魚のこうばしさ、冬の鍋だしのやさしさ。塩やソースを足す前の素顔の一口目は、「今年もこの味に会えた」という小さな再会のようなものです。ここで素材そのものをしっかり感じておくと、次のひと工夫が、ただの味付けではなく「物語の続きを書き足す作業」に変わっていきます。
次の段階で加わるのは、だしや塩、油、タレといった「土台を支える役目の味」でした。春なら優しい出汁、夏なら塩とオリーブオイル、秋なら大根おろしや醤油、冬ならポン酢やごまダレ。素材の輪郭を崩すのではなく、「ここがこの食材の得意なところだよ」と教えてくれるような役割です。同じ山菜やトマトや魚でも、この段階を通ることで、毎日の食卓にしっくり馴染む「普段の頼れるおかず」に育っていきました。
そして最後の三段階目で加わるのが、柑橘や薬味、スパイス、酒やワインといった「余韻を整える存在」です。すだちやゆず、紀州みかんの果汁、生姜や大葉、バジルやゆず胡椒、さらには食後のひと口の日本酒や赤いワイン。ほんの少し加えるだけで、一日の終わりにふさわしい静けさや、「また明日も頑張ろう」と思えるような満足感を運んでくれます。鍋の後にみかんを食べたり、魚のあとに酒をひと口含んだりする小さな習慣も、立派な味変の1つだったことが見えてきます。
大袈裟な手間や、特別なレシピがなくても、「素材の味」「味変のひと工夫」「香りと余韻の仕上げ」という三つの階段を意識して食べ進めるだけで、春夏秋冬それぞれのご飯が、ゆっくりと豊かな時間に変わっていきます。一人で食べる時も、家族や利用者さんと食卓を囲む時も、「まずはそのまま食べてみようか」「次はこれを少し足してみよう」「最後は柑橘で締めよう」と声をかけ合えば、それだけで会話が生まれ、同じ料理を前にしても、それぞれ少しずつ違う楽しみ方が生まれます。
食べ終えた後、「美味しかった」で終わらせるのではなく、「この山菜、今年も元気だな」「このトマトは塩がよく似合うね」「この魚にはやっぱり大根おろしと柑橘が一番だ」と、心の中でそっと呟いてみると、自然と感謝の気持ちが育っていきます。毎日のご飯は、特別な日のご馳走だけではなく、小さな工夫を重ねていくことで「今この季節を生きている自分たち」を静かに支えてくれる存在です。
今日の食卓にも、何か1つ、三段階で楽しめる組み合わせを用意してみませんか。山菜と出汁と柑橘でも、トマトとチーズと酸味でも、きのこと魚と薬味でも、鍋出汁と紀州みかんと赤いワインでも構いません。素材にひと口ずつ敬意を払いながら味わっていくうちに、「ご飯があること」「一緒に食べる人がいること」そのものが何よりのご馳走だったのだと、静かに気づけるはずです。
今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m
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