夏休みの読書感想文は段取りで決まる~本選びから清書まで親子で笑って仕上げる作戦会議~

[ 家族の四季と作法 ]

はじめに…夏休みの机に立ちはだかる読書感想文という名の山

夏休みの宿題には、何故か最後まで机の隅に残り続ける大物がいます。

そう、読書感想文です。

ドリルはページを進めれば終わりが見えます。絵日記は天気と出来事を書けば、何とか形になります。自由研究も、テーマさえ決まれば家族総出の一大事として走り出せます。

けれど読書感想文だけは、少し様子が違います。

本を読む。感想を考える。文章にする。原稿用紙に書く。

この4つがひとまとめで迫ってくるので、子どもは机の前で静止画になり、親は台所から「進んでる?」と声をかけ、返事は「うん」と言いながらページは増えていない。夏休みあるあるの小さな修羅場です。

けれど、読書感想文は才能勝負ではありません。読む・話す・書くを分けるだけで、読書感想文はグッと仕上げやすくなります。

親子で悪戦苦闘しながらも、少し段取りを変えるだけで、あの白い原稿用紙は「どうしよう」の壁から「ここまで書けた」の記録に変わります。

立派な感想を捻り出すより、子どもの心がどこで止まり、どこで動いたのかを拾うこと。そこに読書感想文の入り口があります。

夏休みの終わりに、親子でため息をつく代わりに、少し笑って「出来たね」と言える時間を作っていきましょう。

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第1章…原稿用紙の前で固まる前に読む・話す・書くを分けてみる

読書感想文で躓く子どもを見ていると、親はつい思ってしまいます。

「まだ読んでないの?」「感想は?」「何を書くか決まった?」

言う側も焦っています。聞かれる側も焦っています。そこへ白い原稿用紙が無言で待っているものですから、食卓の空気は一気に緊張します。冷麦のツユまで、なんだか少ししょっぱく感じる夏の午後です。

でも、子どもが止まっているのは、やる気がないからとは限りません。

読書感想文は、見た目以上に作業が多い宿題です。本を読む、内容を覚える、心に残ったところを探す、自分の考えを言葉にする、文章の順番を決める、原稿用紙に書く。これをまとめて「はい、感想文を書きなさい」と言われたら、大人でも少し遠い目になります。

いきなり完成を目指すと、頭の中が交通渋滞になります。

まずは、作業を小さく分けます。

今日は読む日。次は話す日。その次はメモの日。最後に書く日。

このくらい分けるだけで、読書感想文は随分と進みやすくなります。正に一石二鳥です。子どもは「今日は全部やらなくていい」と分かって気持ちが軽くなり、親も「どこまで手伝えばいいのか」が見えやすくなります。

読書感想文は、原稿用紙に向かう前の段取りで半分くらい楽になります。

急がば回れ、という言葉があります。

夏休みの終わりが近づくと、早く書かせたくなるのが親心です。けれど、いきなり鉛筆を持たせるより、先に「どの場面を覚えている?」「主人公のどこが気になった?」と話す時間を作る方が、結果的には早く進むことがあります。

子どもの口から出てきた言葉は、まだ文章ではありません。

「なんか嫌だった」「ここ、かわいそう」「この子、ちょっとずるい」「最後は良かった」

このくらいの短い言葉で十分です。むしろ、そこから始める方が自然です。親が聞き役になって、「どの場面でそう思ったの?」ともう一歩だけ尋ねると、ぼんやりした感想が少しずつ形になります。

注意したいのは、最初から綺麗な文にしようとしないことです。

「この本を読んで、命の大切さを学びました」と書ければ立派に見えます。けれど、子どもの中身がまだそこまで届いていない時に、その一文だけを先に置くと、後が続きません。立派な門だけ建てて、家がない。まるで夏祭りの入口だけ完成して、屋台が一軒もない状態です。これは寂しい。たこ焼き担当、至急来てください。

感想文の始まりは、もっと素朴で大丈夫です。

「この本を選んだのは、表紙の絵が気になったからです」「主人公が失敗した場面で、自分のことみたいだと思いました」「読み始めた時は少し難しそうでしたが、途中から友だちの話みたいに感じました」

こうした言葉には、その子の入り口があります。そこを大事にすると、文章は少しずつ自分の足で歩き出します。

読書感想文は、子どもだけに丸投げすると止まりやすく、親が書き過ぎるとその子の言葉ではなくなります。ちょうど良い手伝い方は、完成品を作ることではなく、作業を分けて、話す時間を用意することです。

読む。話す。メモする。書く。

この順番を守るだけで、右往左往していた宿題が、少し落ち着いた道のりになります。夏休みの机の上に、原稿用紙と本と消しゴムが並ぶ。そのそばで親子が少し笑っている。そんな景色になれば、読書感想文はもう半分、終わりに近づいています。


第2章…本選びは背伸びより完走重視で気持ちが動く一冊を探す

読書感想文の出発点は、文章を書くことではありません。

まずは、本を選ぶところから始まります。

この時、親の心には小さな願いが生まれます。折角なら名作を読んでほしい。少し厚い本に挑戦してほしい。できれば成長を感じるような、胸にじんわり残る物語を選んでほしい。

その気持ちは、とても自然です。

けれど、子どもの目の前では、分厚い本がまるで夏山のように立ちはだかっていることがあります。表紙は立派。タイトルも立派。親も満足。ところが本人は、1ページ目で早くも遠足帰りの顔です。まだ出発していないのに、もうお弁当を食べ終えた気分。これはなかなか手強い相手です。

読書感想文をスムーズに仕上げるなら、本選びは背伸びより完走重視が向いています。

最後まで読める本を選ぶことは、手抜きではなく、感想まで辿り着くための大切な準備です。

短い本でも、絵が多い本でも、子どもが「読めそう」と感じられるなら、そこには立派な入口があります。読書感想文は、本の厚さを競う宿題ではありません。読んだ後に、子どもの心に何が残ったかを書く宿題です。

本選びには、十人十色の相性があります。

冒険が好きな子もいれば、動物の話に心が動く子もいます。友だち関係の物語に引き込まれる子もいれば、食べ物やスポーツ、電車、昆虫、歴史の話で急に目が輝く子もいます。大人が思う「良い本」と、子どもが読み進められる本は、必ずしも同じではありません。

夏休みの本選びは、親の理想を少し横に置いて、子どもの興味に耳を近づけるところから始めると、空気がやわらぎます。

「どんな話なら読めそう?」「主人公は人間がいい?動物がいい?」「怖い話、笑える話、泣ける話、どれが近い?」「長い本と短い本なら、今はどっちが助かる?」

こんな会話で十分です。質問攻めになると面接会場みたいになるので、そこはほどほどに。親が急に面接官になり、子どもが受験生の顔をする。夏のリビングにその緊張感は少し暑すぎます。

本を選ぶ時は、最初の数ページを一緒に見てみるのも良い方法です。

字の大きさ、行間、漢字の量、会話文の多さ。こうした読みやすさを、可読性(文字や文章の読み進めやすさ)と言います。内容が良さそうでも、今の子どもにとって読みにくい本なら、途中で止まる可能性があります。反対に、読みやすい本なら、少し苦手意識がある子でも物語の中へ入りやすくなります。

選ぶ基準は、見栄えより相性です。

名作を読む経験は大切です。けれど、読書感想文の時期に無理をし過ぎると、「本はしんどいもの」という記憶が残ってしまうことがあります。それは、少しもったいない話です。

まずは、読めた。次に、少し話せた。そして、書けた。

この順番で成功体験を積むほうが、読書への気持ちは前に進みます。適材適所という言葉の通り、今の子どもに合う本を選ぶことが、感想文を動かす近道になります。

もし子どもが「これなら読めるかも」と言ったなら、その一冊は十分に候補です。

親が期待していた本と違っても、少しだけ待ってみましょう。表紙の絵に惹かれた。タイトルが面白そうだった。主人公が自分と似ていた。動物が出てくるから読んでみたい。理由は小さくて構いません。

その小さな興味が、読み終える力になります。

夏休みの読書感想文は、本選びの時点で半分、空気が決まります。子どもが読み切れる本を選べたなら、机の上に置かれた一冊は、宿題の重荷ではなく、文章へ向かう小さな相棒になってくれます。

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第3章…感想は感動だけじゃない引っかかりメモが文章の種になる

本を読み終えた子どもに「どうだった?」と聞くと、よく返ってくる言葉があります。

「おもしろかった」「ふつう…」「よく分からん」

親の心の中で、小さな鐘が鳴ります。

カーン…。これは長期戦かもしれない。

でも、この返事だけで「ちゃんと読んでいない」と決めつけるのは、少し早いかもしれません。子どもの中には感想がないのではなく、まだ言葉になっていないだけのことがあります。頭の中では、場面の欠片や登場人物の表情がふわふわ浮かんでいるのに、それを文章の形にする道がまだ見えていないのです。

読書感想文という名前のせいで、私たちはつい「感動したこと」を書かなければならないと思いがちです。

でも、感想の入口は感動だけではありません。

「なんで主人公はそんなことをしたんだろう」「この場面は少し嫌だった」「友だちにこんなことを言われたら自分なら泣く」「最後は安心したけれど、途中はちょっと腹が立った」

こうした小さな引っかかりは、立派な感想の種です。喜怒哀楽が少しでも動いたなら、そこに文章の材料があります。

読書感想文は、綺麗な感動よりも、心が引っかかった場所から書き始める方が自然に進みます。

読んでいる途中で気になったページに付箋を貼る。小さな紙に一言だけ書く。ノートの隅に「可哀相…」「なんで?」「好き」「嫌だ」と残す。それだけで、後から書く時の助けになります。

この一言メモは、見た目こそ地味です。

けれど、効果は縦横無尽です。あらすじを思い出すキッカケにもなり、自分の気持ちを探す手がかりにもなり、文章の順番を決める材料にもなります。小さなメモが、原稿用紙の前で固まる時間をかなり短くしてくれるのです。

親が傍にいる時は、子どもの言葉をそのまま拾うのも良い方法です。

「この人、ずるいと思った」「どうしてそう思った?」「だって、自分だけ助かろうとしてたから」「自分ならどうする?」「友だちを置いていくのは嫌かな」

この会話の中には、もう感想文の芯があります。あとは、少し順番を整えれば文章になります。親が立派な言葉へ変え過ぎなくても、子どもの素朴な言葉には、その年齢らしい新鮮さがあります。

感想文でよくある困りごとは、「何を書けばいいか分からない」ではなく、「どれが書く材料なのか分からない」です。

笑ったところ。納得できなかったところ。読みながら眠くなったところ。思ったより好きになった人物。最後まで好きになれなかった人物。こうした反応も、見方を変えれば文章の入口です。

「眠くなった」は、そのままでは少し危険です。先生の赤ペンがそっと近づいてきそうです。

でも、「最初はなかなか物語に入れませんでした。けれど、主人公が失敗してからは、自分のことのように気になりました」と書ければ、立派な変化になります。眠気も使い方次第です。まさかの再就職先が見つかりました。

大切なのは、感想を大きく見せようとし過ぎないことです。

子どもが本から受け取ったものは、いつも感動的とは限りません。時には、違和感だったり、疑問だったり、少しの怒りだったりします。でも、その気持ちこそが、自分で読んだ証になります。

本を読む時間は、静かなようでいて、心の中では小さな事件が起きています。

登場人物に腹を立てたり、少し応援したくなったり、自分の友だちを思い出したり、家族の顔が浮かんだりする。その瞬間を逃さず拾えたら、読書感想文は「何を書けば良いのか分からない宿題」から、「自分が感じたことを並べていく宿題」に変わります。

メモは短くて構いません。綺麗に書かなくても大丈夫です。

心が動いた小さな跡を残すこと。

そこから文章は、少しずつ芽を出していきます。


第4章…親の出番は代筆ではなく質問で子どもの言葉を引き出すこと

読書感想文で親が悩むのは、子どもより先に答えが見えてしまう瞬間です。

「そこは、もっとこう書いたら?」「主人公の成長に気づいたって書けば?」「最後は、命の大切さでまとめたら?」

親としては助けたいだけです。決して悪気はありません。むしろ、夏休みの残り日数と原稿用紙の白さを見比べて、胸の中では非常ベルが鳴っています。ピンポンパンポン、家庭内緊急放送です。

けれど、親が文章を作りすぎると、読書感想文は急に子どもの手を離れてしまいます。

代筆(本人の代わりに文章を書くこと)に近づくほど、文章は整って見えるかもしれません。でも、そこに子どもの迷い、驚き、納得、少しの反発が残っていないと、読書感想文としてはどこか借り物の服を着たようになります。サイズは合っているのに、本人の歩き方が少しぎこちない。そんな感じです。

親の出番は、文章を完成させることではありません。

子どもの中にある言葉を、外へ出やすくすることです。

親が書くのではなく、親が聞くことで、子どもの感想は自分の足で歩き始めます。

そのために役立つのが、答えを教える質問ではなく、思い出すための質問です。

「どの場面をよく覚えている?」「その時、主人公はどんな気持ちだったと思う?」「自分だったら、同じことをする?」「読み終わった後、少し気持ちは変わった?」

こんなふうに聞くと、子どもは本の中へ戻りやすくなります。質問は細か過ぎなくて大丈夫です。親が聞き過ぎると、感想文の相談が取調室になります。机の上にカツ丼は出ませんが、空気だけは妙に張り詰めます。そこまで行く前に、お茶でも飲んで小休止です。

二人三脚で進める時に大切なのは、親が先に正解を置かないことです。

子どもが「この主人公は嫌い」と言った時、すぐに「でも本当は優しい子なんじゃない?」と返したくなることがあります。けれど、まずは「どこで嫌いだと思ったの?」と聞いてみる。すると、「友だちにきついことを言ったから」「自分のことしか考えていなかったから」と、理由が出てくることがあります。

この理由こそ、感想文の材料です。

読書感想文は、立派な答えを並べる宿題ではありません。読んだ子どもが何を感じ、どう考えたかを書くものです。親から見て少し幼い感想でも、その子の実感なら大切にできます。

もちろん、手伝って良い部分もあります。

文章の順番を一緒に考える。読みにくいところを声に出して確認する。誤字を見つける。原稿用紙の使い方を教える。こうした推敲(文章をより読みやすく直すこと)は、親が手を貸しても良い場所です。

ただし、最後の言葉まで親色に染めないことです。

「この言い方、ちょっと大人っぽ過ぎるかな」「これは本当に自分で思ったことかな」「先生が読みたいのは、上手な大人の文章ではなく、あなたが読んで感じたことかもしれないね」

そんな声かけが出来ると、子どもは安心して自分の言葉に戻れます。

読書感想文の手伝いは、試行錯誤の連続です。

親が少し言い過ぎてしまう日もあります。子どもが急に不機嫌になる日もあります。消しゴムのカスだけが机に増えて、文章は2行しか増えない日もあります。けれど、その2行が自分の言葉なら、前に進んでいます。

親子の距離は、近過ぎるとぶつかり、遠過ぎると届きません。

本を挟んで、少し横に座るくらいがちょうど良いのかもしれません。答えを渡すのではなく、言葉が出てくるまで待つ。困った時だけ、そっと道を照らす。

その関わり方ができた時、読書感想文はただの宿題から、子どもの考えを知る小さな時間に変わります。

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まとめ…読書感想文は夏休み最後の敵ではなく親子で残せる小さな成長記録

読書感想文は、夏休みの終盤にだけ現れる巨大な宿題モンスターのように見えることがあります。

本はまだ読み終わっていない。メモもない。原稿用紙はまっ白。子どもは床に転がり、親はカレンダーを見て静かに息を呑みます。正に油断大敵です。八月の空気まで、少しだけ重く感じられます。

けれど、読書感想文は怖い相手ではありません。

読むこと、話すこと、メモすること、書くこと。これらを一気に抱え込むから苦しくなるだけです。作業を分け、本を子どもに合うものにし、心が動いた場面を拾い、親は文章を作るのではなく質問で支える。そうすると、読書感想文は少しずつ手の届く宿題になります。

読書感想文は、上手な文章を作る時間ではなく、子どもの心が本と出会った跡を残す時間です。

立派な言葉で飾らなくても大丈夫です。

「ここが嫌だった」「この人が好きだった」「自分ならこうした」「読み終わったら少し気持ちが変わった」

そんな素朴な言葉の中に、その子らしさがあります。大人から見ると短く見える感想でも、子どもにとっては本の中を歩いて、自分の気持ちを見つけた小さな足跡です。

親子で取り組むと、時には衝突もあります。

「早く書きなさい」と言いたくなる日もありますし、「今やろうと思ってたのに」と返される日もあります。読書感想文より先に、親子感想文が始まりそうになる瞬間です。題名は『何故、今それを言うのか?』。これはこれで名作の予感がありますが、提出先に少し困ります。

そんな時こそ、深呼吸です。

親が全部を背負わなくていい。子どもも一人で完璧に進めなくていい。二人三脚で、でも子どもの言葉を主役にする。その距離感が見えてくると、宿題の時間は少しやさしくなります。

原稿用紙に書き終えた文章は、たぶん名文でなくても良いのです。

その夏に選んだ本があり、心に残った場面があり、親子で少し悩んだ時間があり、最後に「出来た」と言えたなら、それは十分に価値のある記録です。夏休みの終わりに残るのは、宿題を終えた安心だけではありません。

子どもが何に引っ掛かり、何を感じ、どんな言葉を選んだのか。

その小さな発見が、家族の記憶にそっと残ります。読書感想文は、夏休み最後の敵ではなく、子どもの成長を少し近くで見られる一枚の窓なのかもしれません。

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今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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