おせち料理の意味と詰め方~今どき家族で楽しみ直すお正月のご馳走案内~
目次
はじめに…お正月の食卓に並ぶ「おせち」って何だろう?
お正月の朝、静かな空気の中でお重のふたをそっと開けると、色とりどりのおかずがぎゅっと詰まっている。黒豆や数の子、栗きんとんに紅白かまぼこ……子どもの頃は「なんだか特別なご馳走」と思いながら食べていたけれど、その1つ1つに込められた願いや物語までは、改めて考えたことがないかもしれません。
「そもそも、おせち料理って何のためのものなんだろう?」
「どんな意味があるから、毎年同じようなものが入っているんだろう?」
忙しい毎日を送る今の暮らしでは、デパートやスーパーでお重ごと用意してもらうご家庭も増えていますし、折り詰めの少人数用を選ぶ方、一部だけ手作りして残りは買う方など、楽しみ方も本当に様々になりました。作っても、買っても、どちらも立派なお正月準備です。だからこそ、「中身にどんな意味があるのか」をほんの少し知っておくと、選び方や盛りつけ方に、さりげなく“わが家らしさ”を足すことが出来るようになります。
元々、おせち料理は、新しい年の神様である歳神様をお迎えし、その年の家族の無事や健康、仕事や学業のことまで、あれこれとお願いを込めながらお供えする特別な料理でした。台所の火を休ませ、年の初めくらいは家事をする人にもゆっくりしてもらおうという、やさしい知恵も含まれています。少し堅苦しく聞こえるかもしれませんが、「ご家族が笑顔で食卓を囲めますように」という願いが形になったもの、と考えると、グッと身近に感じられるのではないでしょうか。
今は、一人暮らし用の小さなお重、三世代が集まる大人数用、介護が必要な方でも食べやすいように工夫されたものなど、暮らしの形に合わせたおせちも増えています。高齢のご家族がいるおうちなら、噛みやすさや塩分、甘さを少し調整してみたり、小さなお孫さんがいるなら、数の子を少しアレンジして食べやすくしたり。由来と意味を知った上で、今の家族に合わせた形にやさしくアレンジしていく……それもまた、新しい時代のおせち料理の楽しみ方です。
この記事では、まずおせち料理がどのような節目の行事から生まれたのかという歴史の背景を辿り、続いて、黒豆や数の子など代表的な料理に込められた願い事を、柔らかい言葉で1つずつご紹介していきます。その上で、お重を開けた瞬間に「わあ」と声が出るような詰め方のコツ、そして少人数のご家庭や高齢者施設などでも無理なく楽しめる「今時のおせちの取り入れ方」についても触れていきます。
年に1度の特別なご馳走だからこそ、堅てではなく、「今年も一緒に笑って食卓を囲めますように」という、柔らかな願いを託す時間にしていけたら素敵ですよね。次の章から、おせち料理の物語をゆっくり覗いていきましょう。
[広告]第1章…五大節句と歳神様…おせち料理が生まれた歴史の物語
お正月と聞くと、「おせち料理」と「お雑煮」を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。けれど、何故あの重箱にギュッと詰まった料理を、毎年、形を変えずに受け継いでいるのかと聞かれると、はっきり説明するのは意外と難しいものです。ここではまず、「おせち料理がそもそもどこから生まれたのか」という歴史の部分から、ゆっくり紐解いていきます。
「おせち」の正式な言い方は「御節(おせち)」または「御節供(おせちく)」と言われます。「節」という漢字には、竹の節目のように「区切り」「転換点」という意味があり、季節や月日の大きな節目を指す言葉として使われてきました。年が明けるお正月は、1年の始まりという一番大きな節目。そして、1月の他にも、季節ごとにいくつかの「節」が決められていたのです。
昔の暦では、「五節句(ごせっく)」と呼ばれる特別な日が大切にされてきました。1月7日の人日の節句、3月3日の上巳の節句、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕の節句、9月9日の重陽の節句の5つです。こうして見ると、どれも奇数が重なる日ですよね。奇数は「陽」の数とされ、おめでたい力が強いと考えられてきました。その中でも、年の初めを祝うお正月は格別な日とされ、1日から7日ごろまでを通して「特別な期間」としていた地域も多かったようです。
五節句の日には、それぞれの季節に合った料理を神様にお供えし、人々も一緒にいただいて、1年の無事や健康を祈りました。この「節句に供えるお料理」が「御節供」であり、それが短くなって「おせち」と呼ばれるようになります。元々はお正月だけではなく、節句のたびに用意されるお祝い料理の総称だったのです。
宮中や公家の世界では、季節ごとの行事と共に御節供が丁寧に準備され、使う食材や盛り付けの順番まで細かく決められていました。やがて時代が下るにつれて、その習わしが武家や町人の暮らしにも少しずつ広がり、日々の暮らしに合わせて、より家庭的な形に変化していきます。庶民の家では、全てをきっちり真似るのではなく、その土地で手に入りやすい食材や旬のものを上手に取り入れながら、「我が家流のおせち料理」を工夫してきました。
そうした流れの中で、「節句ごとの御節供」のうち、特に力が注がれるようになったのが、お正月の料理です。年の初めにお迎えするのは、その年の実りや家族の幸せを司る歳神様。家の入口には門松を立て、しめ飾りをかけ、居間には鏡餅を飾り、そして重箱いっぱいのおせち料理を用意して、歳神様をお迎えします。大晦日のうちにおせちを神棚や床の間などの清らかな場所にお供えし、新しい年を迎えた後、その「御下がり」として家族の皆でいただく。そこには、「今年もどうぞ見守ってください」という気持ちが込められていました。
おせち料理が保存の効く味付けになっているのも、意味があります。砂糖や醤油をしっかり使ったり、酢の物を取り入れたりすることで、数日間は台所に立たなくても食卓が回るように工夫されているのです。台所を守る人も年の初めぐらいはゆっくり休んでほしい、火の神様にもしばし憩っていただきたい、というやさしい心遣いが背景にあります。
江戸時代になると、町人文化が花開き、各地で「我が家ならではのおせち」がますます豊かになっていきます。商人の家では、仕事の繁盛を願って縁起物の品を多く取り入れたり、農家では、その年に獲れた作物を中心にした素朴なおせちを用意したりと、暮らし振りに合わせた工夫が生まれました。明治から昭和にかけては、家庭ごとに受け継がれてきたおせちの味が「おふくろの味」として根付き、やがて現代になると、仕出し屋さんや百貨店、専門店が手がける華やかなおせちも登場します。
今では、「全て手作り」「一部だけ手作り」「全部お店にお願いする」など、おせちとの関わり方は本当に多様になりました。それでも、重箱を重ねる、黒豆や数の子など昔ながらの品を大切に残す、歳神様をお迎えする気持ちを込めて準備する――といった根っこの部分は、平安の昔からずっと変わらず受け継がれていると言えるでしょう。
おせち料理の歴史を知ると、重箱に詰まった料理が、単なる「ご馳走の詰め合わせ」ではなく、「季節の節目を祝い、神様と一緒に食卓を囲むための特別な料理」だったことが見えてきます。次の章では、そんなおせち料理のひと品ひと品に込められた願いごとを、具体的に見ていきましょう。
第2章…黒豆に数の子に栗きんとん~一品一品に込められた願い事~
重箱のふたを開けると、最初に目に飛び込んでくるのが、ツヤツヤの黒豆や黄金色の栗きんとん、コロンと並んだ紅白かまぼこではないでしょうか。どれも「お正月といえばこれ」という顔触れですが、本来は「今年もこうなりますように」という願いごとを形にしたものです。ひと品ひと品の意味を知ると、同じおせち料理でも、グッと愛着が湧いてきます。
例えば、黒くツヤのある黒豆。これは「まめまめしく働く」「まめに暮らす」という言葉にかけて、1年を通して元気に、健康で、コツコツと働けますようにという願いが込められています。少ししわが寄った見た目から、「年を重ねても味わい深い人でありたい」という受け止め方をする方もいます。お仕事に励む世代にも、健康を気遣うご高齢の方にも、そっと寄り添ってくれる一品です。
数の子は、プチプチとした食感が楽しい魚卵ですよね。元々はニシンの卵で、「二親(にしん)からたくさんの子どもが生まれる」とされ、子宝や子孫繁栄を願う象徴になりました。卵がぎっしり詰まっている様子から、「家族やご縁が豊かに増えていきますように」という思いも込められています。お子さんやお孫さんと一緒に囲む食卓なら、まさにぴったりの縁起物です。
黄金色に輝く栗きんとんは、見た目からしてとても華やかです。「金団」という漢字を書くように、金運や仕事運、商売繁盛を願う意味合いが強い一品です。お財布の中身だけではなく、「暮らしが豊かでありますように」「食べる物に困りませんように」という願いも重なります。年末年始のご馳走続きで胃が少しお疲れ気味でも、ひと口だけでも箸を伸ばしたくなる甘さは、まさに新年のご褒美ですね。
紅白かまぼこは、切り口の半月形が日の出を連想させることから、「新しい年のはじまり」を表すとされています。赤は魔除け、白は清らかさを意味し、紅白で並ぶことで「おめでたい場面」の象徴にもなっています。お重の隅にきちんと並んでいるだけで、全体の印象がきりっと引き締まる、大事な役者です。
昆布巻きは、「喜ぶ」という言葉との語呂合わせが有名です。長く巻いた姿から「長寿」「長く続くご縁」も連想され、結婚や出産など、人生の節目を迎えたご家族がいるおうちには特にふさわしい一品です。中に巻く具材は、鮭やにしん、野菜など地域によって様々ですが、「海の恵みと山の恵みを一緒にいただく」という意味合いも加わってきます。
たたきごぼうは、細く長いごぼうが土の中にしっかり根を張る姿になぞらえ、「家がしっかりと根付きますように」「地に足のついた生き方ができますように」という願いが込められています。ごぼうの香りは少し大人向けですが、やわらかく煮てから味を含ませると、お子さんやご高齢の方にも食べやすくなります。ご家族の年齢に合わせたひと工夫を加えながら、意味もしっかり受け継いでいきたい一品です。
レンコンは、輪切りにした時の「穴」がポイントです。向こう側がよく見えることから、「先の見通しが明るい1年になりますように」という願いが込められています。シャキシャキした歯応えを残したり、やわらかく煮含めたりと、調理法もいろいろ。噛む力が弱い方が多いご家庭なら、少し厚めに切ってじっくり煮てあげると安心です。
お魚の代表といえば、やはり鯛です。「めでたい」との語呂合わせは有名ですよね。赤い色は魔除けの意味も持ち、お祝いの席では欠かせない存在です。丸ごと1匹をどーんと焼いて盛りつけるのが本来の形ですが、最近では切り身を小さく分けたり、昆布じめやマリネ風にしたりと、食べやすさを重視したアレンジも増えています。同じ鯛でも、ご家庭に合ったスタイルを選べる時代になりました。
鰤は、成長するにつれて名前が変わる「出世魚」として知られています。若い頃はツバスやハマチ、成長するとメジロ、そして鰤へと呼び名が変わるため、「仕事や勉強が段階を踏んでよい方向に進みますように」という願いが託されています。社会人のご家族が多いおうちや、受験生がいるおうちでは、とくにそっと添えておきたい一品かもしれません。
里芋は、親芋のまわりにたくさんの子芋がつくことから、子宝や子孫繁栄を表す縁起物とされています。素朴な味わいの煮物に仕立てることが多く、「派手さはないけれど、暮らしを支えてくれる存在」という印象も重なります。ご先祖さまから受け継いだ家族の繋がりを、大切にしていきたい気持ちがこめられた食材です。
さっぱりとした口当たりの紅白なますは、細く切った大根とにんじんが紅白の水引に見立てられています。人と人とを結ぶ印としての水引にちなみ、「良いご縁に恵まれますように」「今あるご縁が穏やかに続きますように」という願いが込められています。こってりしたおかずが多いお重の中で、口をさっぱりさせる役割も大きいですよね。
菊花かぶは、小ぶりのかぶに細かい切り込みを入れて開かせた、手仕事の光る一品です。菊は邪気をはらう高貴な花とされ、長寿や無病息災を願う象徴でもあります。白いかぶがほんのり紅に染まった姿は、お重の中でもひときわ上品な存在感を放ってくれます。
ここまで見てきただけでも、おせち料理は「とにかく豪華なものを詰め込んだご馳走」ではなく、「健康」「長寿」「家内安全」「商売繁盛」「子宝」「良縁」など、暮らしのあらゆる願いを少しずつ形にしたものだと分かります。地域によっては、くわいや田作り(ごまめ)、伊達巻など、まだまだたくさんの縁起物がありますが、根っこにあるのはどれも「大切な人に幸せでいてほしい」という想いです。
もし、ご家庭のおせちに「これはあまり人気がないから、つい残ってしまう」という品があれば、その意味を家族で話題にしてみるのも良いですね。「何となく」ではなく、「こういう願いが込められているから、ひと口だけでも食べてみようか」と視点を変えることで、同じ料理でも感じ方が変わってきます。次の章では、こうした縁起物たちをお重の中でどう並べると美しく見えるのか、その詰め方の工夫についてご紹介していきます。
第3章…お重を開けた瞬間にときめく美しい詰め方と並べ方のコツ
同じおせち料理でも、「わぁ、綺麗」と心が躍るお重と、「なんとなく詰め込んだ感じ」に見えてしまうお重がありますよね。中身の品揃えが同じでも、その印象を大きく左右するのが「詰め方」と「並べ方」です。ここでは、昔ながらの決まりごとを押さえつつ、今の暮らしにも取り入れやすいコツをやさしく整理してみます。
まず、お重の段ごとの役割から見ていきましょう。本来のおせちは、三段重や四段重、五段重など、家の人数や格式に合わせて重ねられてきました。一番上の「一の重」は、黒豆や数の子、田作り、栗きんとん、紅白かまぼこ、伊達巻きなどを詰める「祝い肴・口取り」の段です。蓋を開けた瞬間にぱっと目に入る段なので、色合いが華やかになるように意識されてきました。二つ目の「二の重」は、鯛や鰤、海老などの焼き物が中心です。香ばしい香りと共に、お祝いの主役たちが並びます。三つ目の「三の重」は、里芋や蓮根、ごぼう、くわいなどの煮物をまとめる段。家庭によっては、ここに昆布巻きや筑前煮のような「家の味」が登場します。四段重の場合、四つ目は縁起を担いで「四」ではなく「与の重」と呼び、紅白なますや菊花かぶなどの酢の物を入れることが多いです。そして五段重の「五の重」は、敢えて何も詰めずに空けておき、「新しい年に授かる福を入れる場所」として残しておく、という考え方も伝わっています。三段重の場合は、酢の物を一の重や二の重の隙間に加えたりと、暮らしに合わせて工夫されてきました。
段ごとの役割を意識しながら、全ての料理をどこに置くか決めていきます。その時に頼りになるのが、古くから伝わる並べ方の「型」です。例えば「市松」は、お重の中を縦横に区切って、交互に料理を置いていく並べ方です。頭の中でお重を格子状に分けて、色や形が隣り合ってもきれいに見えるように考えます。「段取り」は、横方向に段を作るイメージで、上から順に並べていく方法。「手綱」は、斜めに流れるように料理を置いていきます。「末広」は中央に丸くスペースを取り、その周りを扇形に分けて並べるスタイル。「七宝」は四隅と真ん中に料理を置き、丸い形の連なりをイメージして詰めていきます。名前だけ聞くと難しそうに感じますが、「お重の中にいくつかの小さな区画を作る」「色や形を偏らせない」という意識さえあれば、完璧に型通りでなくても大丈夫です。
実際に詰める時は、「崩れ難いものから、奥と角に配置する」のが基本です。例えば、伊達巻きやかまぼこ、昆布巻きなど形がしっかりしているものは、お重の角や奥側にぴったりと立てかけるように詰めます。ふんわりとした栗きんとん、柔らかい煮物などは、後から中央や手前にそっと置いていくと、運ぶ時に崩れ難くなります。奥には背の高いもの、手前には低めの物を置くと、蓋を開けた時に全体が見渡しやすく、写真を撮る時にも美しく写ります。
色合いのバランスも、とても大切なポイントです。おせち料理の多くは茶色系になりがちですが、その中に黒豆の艶やかな黒、紅白かまぼこの赤と白、栗きんとんや金柑の鮮やかな黄色、絹さやや青菜の緑、海老や鯛の朱色が入ることで、お重全体がパッと華やぎます。同じ色が隣同士で固まらないように、「ここに赤が来たから、こっちは黄色にしよう」「この段には緑が足りないから、絹さやを添えてみよう」といった具合に、絵を描くような感覚で配置していくと、まとまりが出てきます。
また、味や香りの強さも、並べ方を考える時のヒントになります。にんにくやスパイスを使った料理が少ないとはいえ、魚の強い香りがある焼き物のすぐ隣に、ほんのり甘い栗きんとんを置いてしまうと、お互いの香りが混ざりやすくなります。焼き物は二の重にまとめる、酢の物は1つのエリアに集める、といった昔ながらの分け方には、味と香りを上手に整理する意味合いも含まれているのです。
「詰める」というより「支える」と考えると、便利なのが仕切りの役割を持つ素材です。笹の葉や葉蘭など、昔から使われてきた緑の葉は、料理同士が直接触れ合うのを防ぐだけでなく、見た目にも清々しさを添えてくれます。手に入りにくい場合は、オーブンシートやワックスペーパーを細く切って折りたたみ、仕切り代わりに使う方法もあります。汁気が多い煮物などは、予めしっかり冷ましてから詰め、必要に応じて小さなカップやバットのような器に入れてから重箱へ移すと、他のおかずを濡らさずに綺麗な状態を保てます。
家庭で楽しむおせちでは、「取りやすさ」も大事な視点です。大きな海老や厚切りの焼き魚は見栄えがよい反面、お箸で取り分けるのが難しいこともあります。予め一口大に切って並べたり、人数分が何となく分かるように配置したりすると、皆が遠慮なく手を伸ばしやすくなります。高齢のご家族がいる場合は、固い部分をそっと除いておいたり、根菜を少し小さめに切っておいたりと、詰める段階で「食べやすさ」を仕込んでおくのがお勧めです。
お重全体を見た時、「どこに視線を誘導したいか」を意識するのも、1つの楽しみ方です。例えば、一の重の中央に伊勢海老や鯛をドンと据え、それを囲むように黒豆や栗きんとん、かまぼこを並べると、自然と真ん中に目が行きます。逆に、大きな主役を隅に配置し、真ん中には紅白なますなどのさっぱりした料理を置くと、全体の印象が軽やかになります。「ここを見てほしいな」という場所を決めて、そこから色や高さを調整していくと、自分の好みに合ったお重に近づいていきます。
このように、詰め方と並べ方には、昔ながらの型と、現代の暮らしに合わせた工夫の両方が生きています。「絶対にこの通りでなければいけない」という堅い決まりではなく、「こうすると綺麗に見える」という先人の知恵を、我が家流にアレンジしていくイメージで取り入れてみると、おせち作りがグッと楽しくなります。次の章では、三世代が集まる大人数の家庭だけでなく、少人数の家や高齢者施設、一人暮らしの方でも無理なく楽しめる、今時のおせちとの付き合い方を考えていきましょう。
第4章…少人数の家庭や高齢者施設でも無理なく楽しむ「今どきおせち」
おせち料理と聞くと、「大家族で大きな重箱を囲む」というイメージが浮かびやすいかもしれません。けれど今は、夫婦2人だけのご家庭や、親御さんお1人だけで暮らしているケース、介護が必要なご家族と向き合っているご家庭など、暮らしの形は本当に様々です。「昔ながらの立派なおせちを用意しなきゃ」と頑張り過ぎて、年末にクタクタになってしまっては、本末転倒ですよね。ここでは、少人数の家庭や高齢者施設でも無理なく楽しめる「今時のおせち」との付き合い方を考えてみます。
まず意識したいのは、「量よりも、意味と時間を大切にする」という視点です。大家族向けの三段重をそのまま真似する必要はありません。1人暮らしや2人暮らしなら、小さな一段重に、黒豆と栗きんとん、紅白かまぼこなど、好きな縁起物だけをぎゅっと詰めるだけでも、立派なおせちになります。重箱がなければ、少し大きめの皿や木のプレートに、色のバランスを意識しながら盛り付けるだけでも雰囲気は十分です。「全部揃える」よりも、「自分たちにとって外せない数品を大事に選ぶ」ことに軸を移してしまいましょう。
「全部手作り」は、体力的にも時間的にもなかなか大仕事です。そこでおすすめなのが、「今年の主役を決めて、1〜2品だけ手作りする」方法です。例えば、黒豆はゆっくり煮るところから拘って、後は市販の栗きんとんやかまぼこを上手に組み合わせる。翌年は、栗きんとんだけは自分で作ってみて、黒豆や伊達巻きは購入品にする。そのように、毎年少しずつ「我が家の定番の味」を増やしていくと、負担を抱え込まずに、長く続けやすくなります。介護や育児、仕事で手一杯の年は、「今年は彩りだけでも」と割り切って、スーパーの惣菜コーナーや冷凍食品を活用するのも、大いにありです。
高齢のご家族がいる場合や、高齢者施設でおせちを提供する場合は、「食べやすさ」と「安全さ」が何より大切なポイントになります。固い田作りやごぼう、噛み切りにくい海老などは、そのままだと負担になることもあります。そんな時は、根菜類をいつもより小さめに切ってじっくり煮る、レンコンはシャキシャキではなく、やわらかめに仕上げる、栗きんとんは喉に詰まり難いよう少し水分を増やしてなめらかに伸ばすなど、ひと工夫でグッと食べやすくなります。嚥下に心配がある方には、煮物をトロミでまとめる、ムース状にした「やわらかおせち」に形を変えて提供することも出来ます。見た目が変わっても、「先の見通しが良くなりますように」「マメに元気に過ごせますように」という願いそのものは、きちんと受け継がれていきます。
特養や小規模多機能、グループホームなどの高齢者施設では、人数分のおせちを用意するだけでも大仕事です。厨房職員さんや介護職さんの負担を考えると、全てを手作りにするのは現実的ではない場面も多いでしょう。そこで、ベースとなるおせちは業者さんにお願いしつつ、その上に施設ならではのひと工夫を乗せるのがおすすめです。例えば、利用者さんと一緒に紅白なますを和えたり、黒豆を小さな器に盛り分けたり、かまぼこを飾り切りする作業だけをレクリエーションとして取り入れる。ほんの数分の参加でも、「自分もおせち作りに関わった」という実感に繋がり、食卓の会話の切っ掛けにもなります。「昔は母がね」「うちの地方ではね」といった思い出話が自然と出てくる、素敵な回想の時間にもなるでしょう。
また、個別性を意識した「おせちプレート」も、今時の工夫の1つです。皆がみんな同じ内容のお重を前にするのではなく、お一人お一人の体調や好みに合わせて、小さめの皿に少量ずつ盛り合わせていく方法です。塩分制限のある方には味付けを薄めた煮物を中心に、甘い物が好きな方には栗きんとんと伊達巻きをほんの少し多めに、あまり魚が得意でない方にはかまぼこや肉料理を増やす、といった具合に、バランスをとりながら調整できます。「残してしまって申し訳ない」という気持ちを減らせるのも、大切なメリットです。
遠く離れて暮らす家族が多い今は、「画面ごしに一緒におせちを囲む」という楽しみ方も広がっています。実家では三段重を用意し、子ども世帯はスーパーの少人数用おせちや、自分たちで盛りつけたワンプレートおせちを準備して、オンライン通話を繋ぎながら「今年もよろしくね」と乾杯する。同じ黒豆やかまぼこを画面越しに見せ合うだけでも、不思議と距離が縮まります。高齢のご家族がタブレット端末に慣れていない場合でも、誰かが操作をサポートしてあげれば、新しいお正月の思い出になります。
忘れてはならないのが、食材の管理です。少人数で暮らしていると、どうしても食べ切れない量が余りがちです。「せっかくのお正月だから」と常温で何日も置きっ放しにするのではなく、食べる分だけをお重に盛り、残りは冷蔵庫や冷凍庫でしっかり保存する習慣をつけましょう。黒豆や栗きんとん、昆布巻きなどは、小分けにして冷凍しておけば、1月後半のちょっとしたおかずやおやつとしても楽しめます。体力の落ちた高齢の方にとって、食中毒は大きな負担になるので、「頑張り過ぎない量」と「安全な保存」が、とても大切なポイントです。
そして何より大事なのは、「おせちが家族や職員を追い詰めるものにならないこと」です。「これくらいは用意しないと恥ずかしい」「子どもの頃は全部手作りだったから」と、自分を責めてしまう声を、時々耳にします。でも本来、おせち料理は、家族や地域の皆が笑顔で年を越すために生まれた知恵です。頑張り過ぎて体調を崩してしまっては、歳神様もきっと心配してしまうでしょう。コンビニの伊達巻きも、スーパーのお惣菜のなますも、その中身に込める気持ちがあれば、立派な「我が家のおせち」です。
少人数の家庭でも、高齢者施設でも、「うちの今の暮らしにちょうどいい形」を選ぶことが出来る時代になりました。重箱の段数や品数に縛られ過ぎず、「誰と、どんな雰囲気で食卓を囲みたいか」という視点からおせちを考えてみると、グッと気持ちが軽くなります。次のまとめでは、おせち料理に込められた願いをもう一度振り返りながら、「我が家らしいおせち」との付き合い方をやさしく整理してみたいと思います。
[広告]まとめ…わが家らしいおせちで新しい年の願いをそっと託してみる
お重の蓋を開けた時に並んでいるおせち料理は、単なる「お正月のご馳走」ではなく、長い歴史と、たくさんの人の願いが折り重なって出来あがった食文化です。元々は、五つの節句や季節の節目に、歳神様や自然の恵みに感謝してお供えしてきた「御節供」が始まりでした。時代を超えて形を変えつつも、「新しい年を無事に迎えられたことへの感謝」と「これから1年を穏やかに過ごせますように」という祈りが、ずっと受け継がれてきたと言えるでしょう。
黒豆には「まめに元気で働けますように」、数の子には「子や孫に恵まれますように」、栗きんとんには「暮らしが豊かになりますように」、鯛や鰤には「大きな節目を祝えますように」など、ひと品ひと品に、暮らしの細やかな願いごとが込められていました。日々の暮らしの中で、つい忘れてしまいそうな「ありがとう」と「どうか見守ってください」の気持ちを、料理の形にそっと託してきた先人たちの知恵は、今の私たちの心にも、どこか温かく響いてきます。
段ごとに役割を分け、美しく並べる詰め方にも、「見た目を整えるため」だけではない意味が隠れています。崩れ難い物を奥に、軟らかい物を手前に置く工夫は、台所に立つ人の経験そのものですし、色合いや高さのバランスを整えることは、「皆で気持ちよく食卓を囲んでほしい」というおもてなしの心が形になったものです。完璧な型通りでなくても、自分なりに「ここにこの色を足してみよう」「ここを主役にしてみよう」と考えていくことで、だんだんと「わが家のおせちの顔」が出来あがっていきます。
一方で、今の暮らしは、核家族や一人暮らし、高齢者世帯、共働き、介護と仕事の両立など、本当に多様です。昔ながらの三段重を全て手作りで用意するのは、現実的ではないご家庭の方が多いかもしれません。だからこそ、「全部自分で作れないからだめ」と考えるのではなく、「今の自分たちに無理なく続けられる形で、おせちの心だけ受け継いでいこう」と発想を切り替えてみることが大切です。
小さな一段重に、黒豆と栗きんとん、紅白かまぼこだけを詰める。お店のおせちをベースにしながら、黒豆だけは自分の味で煮てみる。高齢のご家族には、固い物は小さく切ったり、トロミを付けたりして、食べやすい形に整える。施設では、全てを手作りにしなくても、利用者さんと一緒にかまぼこを飾り切りしたり、なますを混ぜる時間を設ける。それだけでも、「おせちに自分も関わった」という実感や、「昔はね」と思い出を語る切っ掛けが生まれます。
離れて暮らす家族とは、それぞれの家で用意したおせちを画面越しに見せ合いながら、「うちは今年、こういう黒豆にしたよ」「そっちはどんな栗きんとん?」と話題にしてみるのも、今の時代ならではのお正月の過ごし方です。大きな重箱がなくても、コンビニの伊達巻きやスーパーのお惣菜が並ぶワンプレートでも、「一緒に笑って迎える年始」という本質は変わりません。
おせち料理は、作る人を縛りつける宿題ではなく、「新しい年を迎えられたことを喜び合うための道具」です。量も品数も段数も、時代に合わせてしなやかに変えて良い。でも、「健康でいてほしい」「笑っていてほしい」「今年もよろしくね」という思いだけは、そっと残しておきたい。そんな気持ちで、お重やお皿の上を眺めてみると、いつもより少しやさしい目でおせちを見つめられるかもしれません。
今年のお正月は、立派な三段重でなくても大丈夫です。お気に入りの縁起物をいくつか選んで、「これがあると、うちのおせちって感じがするね」と話しながら、無理のない形で食卓に並べてみてください。そこに集う人の顔触れや、交わされる会話こそが、何よりのご馳走であり、「我が家らしいおせち」の一番大切な中身なのだと思います。
今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m
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