お正月のお雑煮をもっと自由に~由来と地域差から具と出汁を楽しむ~

[ 1月の記事 ]

はじめに…お雑煮が食卓にもたらすもの

お正月の食卓を思い浮かべると、重箱に詰められたおせち料理や、盃にそっと注がれたお酒と並んで、湯気の立つお雑煮が静かに真ん中を守っている姿が浮かびます。毎年のこととはいえ、「今年も同じ味だなぁ」と、どこかマンネリを感じてしまう瞬間もあるかもしれません。それでも、多くの人にとって「やっぱりこれを食べないと一年が始まらない」と思わせてくれる、不思議な存在感を持つ一品ではないでしょうか。

お雑煮は、元々、歳神様にお供えしたお餅や山海の恵みを煮合わせ、そのお下がりをいただくことで、新しい一年の無事と豊作、家族の健康を願う、いわば「祈りの料理」です。若水と呼ばれる、その年初めて汲んだ清らかな水で煮立てる――そんな昔ながらの所作に思いを馳せると、一椀の中に込められた意味が、グッと立体的に感じられてきますよね。

とはいえ、現代の暮らしはとても多様です。実家に親族が集まるご家庭もあれば、夫婦と子どもだけの核家族、一人暮らしで静かに迎えるお正月、病院や高齢者施設で迎える新年など、形は様々です。本格的なおせちを用意するのは難しくても、小さなお鍋1つで作るお雑煮なら、少ない手間で「お正月らしさ」と温かさを届けることができます。噛む力や飲み込む力にあわせて具材の大きさや固さを工夫したり、油分を控えめにしたりと、身体の状態に寄り添ったアレンジがしやすいのも、お雑煮の良さの1つです。

一方で、お雑煮には地域ごと、家庭ごとに驚くほど多彩な姿があります。角餅か丸餅か、焼いてから入れるのか、そのまま煮るのか。澄んだ醤油仕立てにするのか、白味噌でまろやかにまとめるのか。鶏肉を入れる地域もあれば、魚介を主役にしたり、野菜たっぷりでいただいたりと、その土地の歴史や暮らし振りがそのまま器の中に映し出されています。こうした背景を知ると、「いつものお雑煮」を見つめ直してみたくなりますし、他の地域のスタイルも試してみたくなりますよね。

この文章では、最初にお雑煮の成り立ちや歳神様との関わりを辿りながら、「何故、お正月にお雑煮を食べるのか」という根っこの部分を、ゆっくり味わっていきます。その上で、地域ごとの違いに触れつつ、お餅の扱いや具材の選び方、出汁や味付けの工夫など、今日から取り入れやすい小さなアレンジのヒントを盛り込んでいきます。伝統の形を大事にしながらも、「我が家らしさ」や「その年の気分」をそっと映し込む一椀を一緒に考えていきましょう。

読み終わる頃には、「来年はこんなお雑煮にしてみようかな」「今年は家族の顔ぶれに合わせてこう変えてみよう」と、ちょっとワクワクするイメージが膨らんでいることを願いながら、物語のようにゆったりと、お雑煮の世界を覗いていきたいと思います。

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第1章…お雑煮の始まりと歳神様と若水の物語

お雑煮の歴史を辿っていくと、まず見えてくるのは「ご馳走」というより「神様へのお供えをいただく料理」という顔です。お正月にその年に初めて家に迎える歳神様に、お餅や野菜、山や海の恵みをお供えし、そのお下がりを煮ていただくことで、「今年もどうぞよろしくお願いします」と挨拶をする。そんな静かな約束のような意味が、一椀の中に込められています。

昔の人は、お正月の朝一番に井戸や川から汲んだ水を「若水」と呼んで、とても大事にしました。若水には、その年の力や命が宿ると考えられてきたのです。その清らかな水でお餅や野菜を煮ていただくことで、自分たちの体の中にも新しい年の力を取り込めるようにと願いました。今のように水道の蛇口を捻れば水が出る時代ではなかったからこそ、水1つ取っても有難味が違ったのでしょうね。

文字としてお雑煮の姿がはっきりと現れるのは、室町時代頃と言われています。当時の記録には、武家のもてなし料理の1つとして紹介されていて、今のように家庭で気軽に食べるものというより、客人を迎える特別な膳の中の一品という位置付けでした。その頃は「雑煮」という字ではなく、「烹雑」と書かれていたと伝わります。「烹」は煮る、「雑」はいろいろなものを取り合わせるという意味ですから、「様々な具を煮合わせた料理」というニュアンスだったのでしょう。この「烹雑」が「煮雑」と呼ばれるようになり、言葉の順番が入れ替わって、今の「雑煮」という呼び名に落ち着いたとも言われています。

お雑煮の中身は、とても素朴です。お餅と、身近な山菜や野菜、時には魚や貝など、その土地で手に入りやすいものを一つの鍋にまとめて煮るだけ。けれども、その「身近なものを少しずつ寄せ集めて神様と分かち合う」という発想が、何よりも尊ばれてきました。お餅は「餅を持つ」「運を持つ」に通じ、野菜の「菜」は「名」にかけられて、「菜を持ち上げる=名を上げる」という験担ぎの意味も込められています。1つ1つの素材は質素でも、意味を知ると、とても縁起の良い料理に見えてきますよね。

武家の世界から始まったお雑煮は、やがて町人や農民の暮らしにも広がっていきます。人々が年の初めに家族揃ってお雑煮を囲むようになるのは、江戸時代以降と考えられています。当時は今よりもずっと食べ物の種類が限られていましたから、お餅を用意することすら難しい地域もありました。お米が貴重な山間部では、お餅の代わりに里芋や団子を入れて同じようにいただいたり、蕎麦粉で作った団子を入れて力をつけようとしたり、その土地ごとの工夫が生まれていきます。形は違っても、「年の初めに神様と同じ鍋を囲む」という根っこの考え方は、大事に守られてきたのです。

南の地方に目を向けると、お雑煮にあたる料理が別の名前で呼ばれていたり、そもそも「お雑煮」という言葉自体があまり使われない地域もあります。例えば、沖縄のように独自の年中行事や食文化が根付いているところでは、本土とは違った形で先祖や神様をお迎えする風習があり、それぞれの土地の歴史の中で、新年の料理も育まれてきました。呼び名が違っても、「年の初めに特別な汁物を囲んで、家族や仲間の無事を願う」という気持ちには、共通するものがあるのではないでしょうか。

こうして歴史を辿ってみると、お雑煮は「こうでなければならない」というきっちりした決まりよりも、「その土地で手に入る恵みを、感謝と共にいただく」という柔らかな考え方の上に成り立っていることが分かります。神様のお下がりとしてお餅や具をいただき、新しい一年の始まりに体も心も温める。そこに、自分の住む地域の味や家庭ごとの工夫がフワリと重なって、世界に1つだけの一椀になる。お雑煮は、そんな「祈り」と「暮らし」が緩やかに溶け合った料理だと言えるのかもしれません。

次の章では、こうして広がっていったお雑煮が、日本のどんな地域でどのように姿を変えていったのか、具材や味付けの違いに焦点を当てて、旅をするように眺めていきたいと思います。


第2章…全国お雑煮巡り~地域ごとの具材と出汁比べ~

お雑煮の話になると、まず盛り上がるのが「うちは角餅?丸餅?」「焼く派?煮る派?」という、家庭ごとの拘りではないでしょうか。実はその違いの多くは、地域の歴史や気候、農作物の違いから生まれています。同じ「お雑煮」という名前でも、器の中身は土地ごとの物語そのもの。少し旅をするつもりで、日本各地のスタイルを覗いてみましょう。

関東地方では、角餅を焼いてから澄んだ醤油仕立ての汁に入れるスタイルがよく知られています。四角いお餅を香ばしく焼き上げ、表面が少し膨らんだところで、鶏肉や小松菜、にんじん、大根などと一緒にいただきます。武家文化の影響を受けたとされる、キリッとした味わいが特徴で、すっきりと澄んだ汁の中に、焼いたお餅の香りがじんわり溶け込んでいきます。

一方、関西地方に目を向けると、丸餅を白味噌仕立てのまろやかな汁でいただくスタイルが有名です。丸いお餅には、「角が立たない」「物事が丸くおさまる」という願いが込められているとされ、白味噌のやさしい甘さと相まって、ふんわりと温かな印象のお雑煮になります。具材には、里芋やにんじん、大根などの根菜類が使われ、素朴でありながらも、どこか格式のある一椀です。同じお正月でも、関東のキリッとした味わいと、関西のやわらかな甘み。こうして比べてみるだけでも、その土地の気質や文化の違いが、器の中に表れているようで興味深いですよね。

さらに北へ向かうと、寒さの厳しい東北や北海道には、冬ならではの恵みを活かしたお雑煮が受け継がれています。鮭やいくらを具にしたり、干し貝柱や干し魚からじっくりと出汁を取ったり、雪国ならではの保存食の知恵が詰まっています。根菜やきのこもたっぷり入れて、体の芯から温まるように工夫された一椀は、「生き抜く力」を分けてもらうような頼もしさがあります。

日本海側の地域では、ぶりやかに、かきなど海の幸を主役にした豪華なお雑煮も見られます。新しい年の出世や家の繁栄を願って、脂の乗った魚を使うのは、とても縁起の良い発想です。山間部では、山菜やきのこ、里芋など、その土地ならではの野菜が登場し、海沿いと山里とで、まったく印象の違うお雑煮が並びます。どちらも、「その土地で暮らしてきた人たちが、冬を越えるために大切にしてきた食材」が中心になっている点は共通しています。

南の九州や四国では、あご出汁やいりこ出汁を効かせた香り豊かな汁に、丸餅や角餅を入れていただくスタイルが多く見られます。焼きあごや小魚から取った出汁は、香りが高く、少し甘めの醤油と合わせると、ホッとするような深い味わいになります。具材には、鶏肉、かまぼこ、野菜のほか、地域によっては、丸ごとの海老を入れて長寿を願うこともあります。器のなかで、色とりどりの具材が賑やかに集まり、「今年も一年、賑やかに過ごせますように」という願いが伝わってくるようです。

また、米どころではあるものの、お餅だけでなく、里芋や団子が主役になっている地域もあります。米が貴重だった時代に、手に入りやすい芋や粉ものを上手に使って、お餅の役目を担わせた名残と考えられます。そば粉の団子を入れるスタイルや、小さめの団子をいくつも浮かべて賑やかにするスタイルなど、「形は違っても年の初めに力をつけたい」という思いは共通です。

このように見ていくと、お雑煮は「どれが正解」という話ではなく、「その土地の暮らしと祈りが、たまたまこの形になった」ということが分かります。今は、出身地の違う家族が一緒に暮らしていたり、引っ越しを重ねてきたりと、生活スタイルはとても多様です。例えば、実家の味と現在住んでいる地域の味を、年ごとに交互に作ってみたり、同じ年の中で「午前は自分の故郷の味」「夕方はパートナーの故郷の味」と、二種類のお雑煮を楽しんでみたりするのも素敵です。親御さんや祖父母の話を聞きながら再現してみると、思い出話も一緒に鍋の中から湧き上がってくるかもしれません。

遠くに住む家族や友人とオンラインで繋がる機会があれば、「今年のお雑煮、どんな感じ?」と写真を送り合ったり、レシピを交換したりしてみるのも楽しいですよね。同じ「お雑煮」という名前でも、中身がまったく違う一椀が画面に並ぶと、「こんなに違うんだ」と驚きが生まれ、その違いそのものが話題になります。地図帳や旅行番組を見るような気持ちで、日本各地のお雑煮を眺めてみると、自分の家の味を見つめ直す切っ掛けにもなります。

次の章では、こうした地域差をヒントにしながら、もう少し視点を絞って「お餅そのものの楽しみ方」に注目していきます。同じお餅でも、焼き方や入れ方を少し変えるだけで、食感も香りも大きく変化します。いつものお雑煮に、ちょっとした驚きと特別感を加える工夫を、一緒に探っていきましょう。


第3章…お餅を主役に焼く・煮る・揚げる食感アレンジ術

地域ごとのお雑煮を眺めていくと、「出汁」や「具材」に目が行きがちですが、実は主役であるお餅の扱い方こそ、その家らしさがクッキリと表れるポイントです。同じお餅でも、煮方や焼き方、ひと手間の加え方によって、口当たりも香りも驚くほど変わります。いつもの器の中を、少しだけ「お餅目線」で覗いてみましょう。

まずは、素直にそのまま煮るスタイル。軟らかくトロリと煮えたお餅は、汁の味をたっぷり吸い込んで、まさに「飲むご馳走」のような口当たりになります。小さめに切って煮れば、噛む力が気になる家族にも食べやすく、野菜や里芋などと一緒に、するりと口に運べる優しさがあります。トロミがつくことで汁も冷め難くなり、寒い朝にゆっくり味わうのにも向いています。素朴ですが、出汁と具材との一体感を楽しむなら、この煮込みスタイルは外せません。

一方、焼いてから入れるお餅は、香りと食感で存在感を発揮します。表面がこんがりきつね色になり、香ばしい香りが立ち昇ったところで汁に入れると、最初は外側が少しカリッとしていて、時間が経つにつれて中から柔らかさが滲み出てきます。香りの強い焼き餅は、醤油仕立ての澄んだ汁との相性が良く、焼いた香りが出汁の香りと重なって、奥行きのある味わいになります。焦げ目をつけ過ぎると苦味が出てしまうので、ほどほどのところで火から上げるのが、ちょっとしたコツです。

少し特別感を出したい年には、揚げたお餅をお雑煮に使う方法もあります。角切りにしたお餅を油でサッと揚げると、外側はカリッ、中はふんわりとした軽い食感になります。揚げ立てに塩を降れば、それだけで立派なおやつですが、薄味の汁に浮かべると、油のコクがジワリと溶け出して、いつものお雑煮がグッと華やかな印象に変わります。油が気になる時は、小さめに切って短時間で揚げ、しっかり油を切ってから使うと、重たくなり過ぎず楽しめます。揚げ餅が汁を吸い過ぎないうちに食べるのか、しっかりふやけたところを待ってから食べるのか、家族で好みが分かれるのも面白いところです。

お餅の大きさを変えるだけでも、体験はかなり違ってきます。大きな一枚をどんと入れると、「これぞお正月」という満足感がありますが、食べる人の年齢や体調を考えると、ひと口大の小さな角に切ったお餅をいくつか入れる方が安心な場合もあります。小さな角を煮たものと焼いたものを1つずつ入れて、「こっちは柔らかいね」「この香ばしさが好き」などと味の違いを話題にするのも楽しい時間になります。たくさん食べられない人には、敢えてお餅は少量にして、里芋や大根、豆腐などを増やしてあげると、満腹感は保ちながら負担を軽く出来ます。

表面に軽く切り込みを入れておくのも、ささやかな工夫です。格子状に浅く切り込みを入れたお餅は、火が通りやすく、汁も染み込みやすくなります。焼いた時には、切れ目からこんがりと膨らんで、見た目にも華やかです。家族や友人と囲むお鍋であれば、少し形を変えたお餅を混ぜておき、「この模様のは焼き餅」「丸いのは煮込み餅」というように、見た目で違いが分かるようにしておくと、選ぶ楽しさも生まれます。

お餅の楽しみ方は、器の中だけに留まりません。例えば、一杯目は素直な煮込みスタイルにして、二杯目は残った汁に焼き餅を足す、というように、時間と共に変化させるのも1つの方法です。最初はあっさりと出汁の風味を味わい、その後で香ばしさとコクを重ねていくと、同じ鍋からよそったとは思えないほど印象が変わります。三が日など、お餅を食べる機会が続く時期には、日ごとに「今日は煮込み餅」「明日は焼き餅」「明後日は揚げ餅」といった具合にテーマを決めておくと、「またお雑煮か」と感じていた家族も、思わず笑顔になるかもしれません。

そして、見落としがちですが、お餅を引き立ててくれるのが、器の周りに添える「ひと工夫」です。香りの良い柚子の皮を少しだけ添える、刻んだ三つ葉や青葱を最後に散らす、焼き海苔を細く切ってフワリと載せるなど、香りを足すだけでも印象がグッと変わります。漬物やなますをそっと添えておけば、口の中を一度リセット出来るので、お餅の重たさも和らぎます。お餅そのものに派手なことをしなくても、周りの小さな工夫で、何通りもの楽しみ方が生まれていくのです。

お雑煮は、決して手の込んだ料理ではありませんが、お餅の扱い方1つで、食卓の空気をガラリと変えてくれる不思議な存在です。暮らしや家族の変化に合わせて、お餅の量や調理法を少しだけ見直してみることは、「今の我が家にちょうどいいお正月」を探すことにも繋がります。次の章では、お餅と具材をやさしく包み込む「出汁」と「汁」の部分に視点を移し、和の素材同士の組み合わせをどう遊んでいくかを考えていきましょう。


第4章…出汁と汁のバリエーション~和の組み合わせを遊ぶ~

お雑煮の味わいを静かに支えているのが、器の底に広がる「出汁」と「汁」の世界です。お餅も具材も主役ですが、それらをやさしく包みこんで1つの料理にまとめてくれるのは、やはり出汁の力と言ってよいでしょう。同じお餅と野菜を使っていても、出汁と味付けを少し変えるだけで、「今日のお雑煮」と「明日のお雑煮」はまったく別の表情を見せてくれます。

和の出汁の代表といえば、昆布と鰹節の組み合わせです。昆布の旨味は、海の底からじわじわ立ち上がるような穏やかな味わいで、角のない円やかさが持ち味です。そこに鰹節の香り高い出汁を重ねると、お椀の蓋を開けた瞬間に立ち昇る香りだけで、少し背筋が伸びるような気持ちになります。澄んだ醤油仕立てのお雑煮と合わせると、焼いたお餅や鶏肉、野菜の風味をキリッと引き立ててくれて、「これぞお正月」という王道の味わいになります。

昆布と並んで頼りになるのが、煮干しやいりこの出汁です。小さな魚そのものから出るうま味は、どこか懐かしく、日常の味に近い安心感があります。少し濃いめに取った煮干し出汁に、醤油と味醂を控えめに合わせると、素朴で力強い一椀が出来上がります。根菜や里芋をたっぷり入れて煮込めば、寒い朝でも体の中からほぐれていくような温かさです。魚介の風味がしっかり感じられるので、具材はあれこれ増やし過ぎず、鶏肉か豚肉のどちらか一方に絞るなど、少し引き算を意識すると、味の輪郭が綺麗にまとまります。

香りの変化を楽しみたい時は、焼きあごや、とびうおの出汁に目を向けてみるのも面白い選択です。炭火であぶった魚から取る出汁は、香ばしさと上品さが同居した独特の風味で、澄んだ琥珀色の汁に仕上がります。丸餅をそのまま煮ても、角餅を焼いてから入れてもよく合い、少し甘めの味付けと組み合わせると、お餅の甘さと出汁の香りがフワリと重なります。いつもの昆布と鰹節に、少量だけ焼きあごの出汁を足してみるなど、少しずつ混ぜて変化を探っていくのも楽しい時間です。

山の恵みを生かすなら、干し椎茸の出汁も外せません。前の晩からゆっくり水に浸しておくと、淡い茶色の戻し汁に、きのこの香りと深いうま味が溶け出します。この戻し汁に昆布を合わせれば、肉や魚をほとんど使わなくても満足感のある味わいになり、胃腸を労わりたい年のお正月にも向いています。椎茸自体も薄切りにして具材として加えれば、「山の出汁」と「山の具材」が一体となって、お椀の中に森の香りが広がるようです。

味付けの面で大きな分かれ道になるのが、醤油を中心にした澄まし仕立てにするのか、味噌仕立てにするのかという選択です。醤油ベースは、出汁そのものの香りや具材の風味を前面に出したい時にピッタリで、飽きがこないスッキリとした後味が魅力です。塩加減を控えめにしても、出汁をしっかり取っておけば物足りなさを感じにくく、高齢の家族や塩分が気になる方にもやさしい一椀になります。

一方の味噌仕立ては、寒さ厳しい季節に嬉しい、包み込むような温かさが持ち味です。白味噌で甘くまろやかにまとめると、里芋やにんじん、大根などの根菜と相性がよく、丸餅との組み合わせで「やさしいご馳走」といった雰囲気になります。赤みそ寄りにすれば、香りとコクがグッと深まり、焼いたお餅とも相性抜群です。白味噌と合わせ味噌を年によって使い分ける、三が日の中で日替わりにしてみるなど、同じ家庭の中でも変化をつけられます。

味の濃さを決めるタイミングも、実は大事なひと工夫です。先に出汁をしっかり取って具材を煮込み、最後に味付けを整えるようにすると、「出汁と具の旨味」「醤油や味噌の塩味」が綺麗に分かれて感じられます。味見をしながら、あと一滴だけ醤油を足すのか、ほんの少しだけ味噌を増やすのか、迷う時間もまた、お正月料理ならではの楽しみです。家族に声を掛けて味見係になってもらえば、「今年はもう少しあっさり目がいいね」「このくらいがちょうどいい」と、その年ならではの好みも見えてきます。

顆粒の出汁や液体出汁を上手に取り入れるのも、現代の暮らしに合った工夫です。忙しい年末には、全てを一から準備するのが難しいことも多いものですから、昆布だけはきちんと水出ししておき、足りない部分を顆粒で補う、干し椎茸の戻し汁に少しだけ鰹出汁を重ねる、といった「合わせ技」を使うと、手軽さと本格感のバランスがとれます。大切なのは、使う側の気持ちであって、「全部手作りでなければならない」と自分を追い込むことではありません。

そして、時には思い切って少量ずつ作り分けて、「きき雑煮」のように味の違いを楽しんでみるのも一案です。小さめの鍋を2つか3つ用意して、出汁の種類や味付けを少しずつ変えてみると、「昆布と鰹節の組み合わせがやっぱり落ち着く」「煮干しを効かせた方が、里芋に合う気がする」など、それぞれの舌が教えてくれる発見があります。そのなかから「我が家の定番」を選びつつ、時々、番外編も登場させることで、毎年のお雑煮が小さな楽しみの連続になっていきます。

出汁と汁は、お雑煮の性格を決める土台のようなものです。濃くするか薄くするか、甘みを前に出すか塩味を引き立てるか、その選び方には、その年の体調や家族構成、気分までもが映し出されます。伝統の形を大切にしながらも、「今日の私たちには、どんな一椀がちょうどいいだろう?」と考えてみることは、暮らしそのものを丁寧に見つめ直す時間にも繋がります。

次の章では、ここまで見てきた歴史や地域差、お餅やだしの工夫をふまえつつ、「我が家流のお雑煮」をどう形にしていくかを、もう一度ゆっくり振り返っていきます。家族の顔ぶれや生活リズムが変わっても、そっと寄り添ってくれる一椀のあり方を、一緒に探ってみましょう。

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まとめ…我が家流のお雑煮で新年をことほぐ

お雑煮の歴史を辿ってみると、そこには立派な料理の格付けよりも、歳神様への感謝と、家族や仲間の無事を願う、静かな祈りが流れていました。若水でお餅や野菜を煮て、そのお下がりをいただくという素朴な営みは、時代が移り変わっても、形を変えながら脈々と受け継がれてきました。お餅が手に入りにくい土地では里芋や団子がその役目を担い、海沿いの町では魚介が、山里では山菜やきのこが器を彩り、それぞれの地域で「私たちらしい一椀」が育っていったのです。

全国各地のお雑煮を眺めてみると、「これが絶対の正解」という決まりは、実はどこにもありませんでした。角餅か丸餅か、焼くのか煮るのか、澄まし仕立てか、味噌仕立てか。違いの1つ1つには、その土地の気候や作物、人々の暮らしぶりが映し出されています。そして現代では、出身地の違う家族が同じ食卓を囲んだり、遠く離れた親や兄弟と画面越しにお正月の料理を見せ合ったりと、新しい「繋がり方」も生まれています。だからこそ、昔ながらの形をそのまま守るだけでなく、今の自分たちの暮らしに合わせて、柔らかくアレンジしていくことにも、しっかり意味があるのだと感じます。

お餅の扱い1つをとっても、工夫できる余地はたくさんありました。軟らかく煮て汁と馴染ませるか、香ばしく焼いて存在感を出すか、時には小さく切って食べやすさを優先するか。揚げ餅のような少し特別な楽しみ方もあれば、あえて量を控えめにして、里芋や大根、豆腐などで体にやさしい一椀に整える方法もあります。家族の年齢や体調が変われば、「ちょうど良い」形も変わっていきますから、その時その時の暮らしに合わせて、お餅の大きさや調理法を見直していくことは、自分たちの今を見守る作業でもあります。

出汁と汁もまた、お雑煮の印象を決める大事な土台でした。昆布と鰹節のキリッとした組み合わせ、煮干しやいりこの素朴な旨味、干し椎茸の落ち着いた香り、焼きあごの上品な風味。それぞれの良さを生かしながら、醤油の澄まし仕立てで背筋が伸びる一椀にするのか、白味噌や合わせ味噌で包み込むような温かさにするのか。同じ具材でも、出汁と味付けの選び方次第で、印象は大きく変わります。忙しい年末には、顆粒出汁や液体出汁も上手に頼りながら、「今年は少しあっさりめにしよう」「今年は冷え込みが厳しいから、味噌仕立てで体を温めよう」と、その年ごとの一椀を組み立てていけば十分です。

こうして振り返ってみると、お雑煮作りは「正解をなぞる作業」ではなく、「我が家にとって心地よい形を探す時間」と言い換えられるのかもしれません。実家の味をそのまま受け継いでもいいですし、パートナーの故郷の味と半分ずつ混ぜて、新しい定番を作っても構いません。高齢の家族と暮らしているなら、具材を小さめにしたり、塩分や油分を少し控えたりと、体にやさしい工夫を加えていくことが、「今の家族を大切にする」という、ささやかな愛情表現にもなります。施設や病院など、家庭とは違う場所で新年を迎える方にとっても、湯気の立つ一椀がそこにあるだけで、「ちゃんと年を越したんだ」という実感に繋がることもあるでしょう。

お雑煮は、豪華な料理ではありませんが、一人一人の記憶にそっと寄り添ってくれる、不思議な力を持っています。子どもの頃に食べた味、若い頃に覚えた作り方、大切な人と囲んだ食卓の景色――そうした思い出が、器の中からひょっこり顔を出してくることがあります。だからこそ、「今年のお雑煮をどうするか」を考えることは、自分の歩んできた道や、これから一緒に歩みたい人たちの姿を思い描く、やわらかな時間でもあるのでしょう。

新しい一年の始まりに、歴史や由来に少しだけ思いを馳せながら、地域の違いを楽しみ、お餅や出汁の工夫で「我が家らしさ」をそっと添えた一椀を用意してみませんか。その一椀が、食卓を囲む人たちの心をほどき、言葉にならない願いをやさしく受け止めてくれるはずです。そしてまた来年、「今年はどんなお雑煮にしようか」と考える時、今日の一椀が新しい思い出として、静かに背中を押してくれることでしょう。

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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