5月2日は世界マグロデー!マグロは海の王様なのか?価格高騰の秘密と世界の魚食文化
はじめに…いつものマグロ一貫から世界の海を覗いてみよう
お寿司屋さんで「何を食べようかな?」と迷った時、とりあえずマグロに手が伸びる。赤身、中トロ、大トロ、鉄火巻き……同じ魚なのに、随分と選択肢が多いものです。しかも老若男女に知られ、スーパーのお刺身売り場でも堂々の存在感。「魚界のセンターですか?」とツッコミたくなるほどですが、毎年5月2日には「世界マグロデー」まであります。
けれど、世界の海を少し広く眺めてみると、食卓の主役はマグロだけではありません。焼いて美味しい魚、煮込んでこそ輝く魚、塩や香草と出会って土地の味になる魚もあり、食べ方は千差万別。日本では当たり前に見える一皿も、海を越えれば「そんな食べ方があるの?」という発見に繋がります。
そしてマグロには、美味しさの裏側に漁や流通、資源、価格といった海の事情もついてきます。高いから偉い、人気だから王様、それだけで決めてしまうには少々もったいない魚です。マグロを知ることは、1匹の魚を通して世界の海と食卓の繋がりを知ることでもあります。次に一貫、摘む時、いつものマグロがほんの少し違って見えたら、食事の楽しみもひと味増えるかもしれません。
[広告]第1章…世界マグロデーは何の日?~愛され過ぎた魚だから考えたい海のこと~
5月2日は「世界マグロデー」です。名前だけ聞くと、「よし、今夜はマグロ丼だ!」と食欲のスイッチが入ってしまいそうですが、マグロをたくさん食べて祝えば終了……という日では少し寂しいものがあります。世界中で親しまれる魚だからこそ、その美味しさの向こうにある海や漁業にも目を向けてみる。そんなキッカケにすると、いつもの刺身が少し違った表情を見せてくれます。マグロは人気が高い一方、価格の上昇や個体数の減少も気になる魚として扱われています。
魚はスーパーのトレーの中で生まれるわけではありません。当たり前なのですが、綺麗に切られた赤身を見ていると、その前に大海原を泳いでいたことをうっかり忘れます。マグロを捕る人がいて、港へ運ぶ人がいて、鮮度を保ちながら遠くまで届ける人がいる。その長い道のりの出発点には、水産資源(海から得られる魚介類などの資源)としてのマグロが泳ぐ海があります。
人気が高まれば、たくさん欲しくなります。けれど海の魚は、注文ボタンを押せば翌朝に補充される商品ではありません。食べる側の期待と、海の中で増えていく魚の時間が同じ速さとは限らないため、漁獲や養殖などを巡って世界では試行錯誤が続きます。「好きだからたくさん食べたい」と「好きだから先の世代にも残したい」が同時に出てくるところが、食べ物の少し難しくて面白いところでしょう。
だから世界マグロデーを、マグロを遠慮する日と考える必要もありません。折角なら、美味しくいただきながら「この一切れは海から来たんだな」と少しだけ想像してみる。大切なのはマグロを食べないことではなく、美味しく食べ続けられる海を一緒に残していくことです。食卓と海が共存共栄できれば、未来の子どもたちも「赤身にする? 中トロにする?」と幸せな悩みを抱えられます。出来れば値札を見て一喜一憂しなくて済む未来もお願いしたいところですが……そこまでマグロに頼むのは、流石に働かせ過ぎですね。
第2章…マグロはなぜ特別になった?~赤身とトロと冷凍技術が育てた「海のご馳走」~
マグロの面白さは、「同じ魚を食べているのに、場所によって随分と印象が変わる」ところにあります。赤身にはしっかりした旨味があり、脂の多い部分にはトロリとした甘みがある。淡泊な白身魚とはまた違う食べ応えがあり、魚なのにどこか肉料理を思わせる存在感まであります。赤身とトロを同じ皿に並べれば、「本当に同じ1匹ですか?」と確認したくなるほどの変化です。
この振り幅の広さは、マグロが世界で受け入れられやすくなった理由の1つでしょう。さっぱり食べたい人は赤身へ、脂のコクを楽しみたい人はトロへ。同じマグロの中に好みの違う人を受け止める余地があり、まさに多種多様。家族で寿司を囲んでも「私は赤身」「いや中トロでしょう」と平和な派閥争いが始まります。食卓の選挙なら、どちらに投票しても美味しいので開票結果はあまり重要ではありません。
もう1つ見逃せないのが冷凍技術です。遠い海で捕れた魚を品質を保ちながら遠方まで運べるようになったことで、マグロは産地の近くにいる人だけの味ではなくなりました。冷凍技術の発達が世界的な流通を後押ししたことも、マグロの人気を広げた要素として挙げられます。 海と食卓の距離を縮めたのは漁船だけではなく、「美味しさを出来るだけ保って運ぶ」という技術だったわけです。
少し不思議なのは、私たちが冷凍されたマグロを口にする時、その背後にある長い移動をほとんど意識しないことです。店に並べば、目の前には綺麗な赤い刺身があるだけ。それでも、その一切れには海で捕る仕事、冷やす仕事、運ぶ仕事、切り分ける仕事が連なっています。一期一会という言葉は人との出会いに使われることが多いですが、食卓の一皿だって、考えてみればなかなかの出会いです。
マグロが特別なのは高級だからではなく、一匹の中に味の幅があり、それを遠くの食卓まで届ける仕組みまで育ってきたからです。「百聞は一見にしかず」と言いますが、マグロの場合は一見した後に一口いただくと、さらに話が早いかもしれません。赤身とトロを食べ比べながら、「こっちは好き」「いや、こっちだ」と言える。それだけでも海のご馳走は十分に楽しいものです。
[広告]第3章…マグロはなぜ高い?~一匹の値段に漁・流通・希少部位まで乗ってくる~
スーパーの鮮魚売り場でマグロを手に取り、値札を見てから静かに棚へ戻す。「今日は赤身で十分お祝いです」と心の中で予定を変更した経験がある人もいるでしょう。マグロの値段は、単に「人気魚だから高い」のひと言では片づきません。海で捕るところから店頭へ届くまでに、漁の手間、船の維持、燃料、保存や流通など、いくつもの費用が積み重なっています。長期間の漁や燃料代、船の維持費といった負担に加え、ブランドとして評価されるマグロではさらに高値になる場合があります。
もう1つ面白いのが、1匹全てを同じ価値で食べられるわけではないことです。寿司なら一貫に使う量は小さく見えますが、魚には皮や骨、血合いなどがあり、そのまま全部が刺身になるわけではありません。歩留まり(魚全体のうち実際に食べられる割合)を考える必要があり、さらに人気の高いトロは限られた部分から取ります。大きなマグロを見て「これだけあれば、トロ食べ放題では?」と思いたくなりますが、そんな夢の蛇口は付いていません。希少価値という言葉が、急に現実味を帯びてきます。
そこへ世界的な人気も加わります。欲しい人が多いのに、海から無制限に持ってこられるわけではない。需要と供給(欲しい量と用意できる量)の釣り合いが値段に影響するため、マグロは一朝一夕に大量生産できる食品とは事情が違います。養殖という道もありますが、育てるためには設備や餌、人の手も必要です。天然なら無料、養殖なら簡単、という話でもなく、1匹が食卓へ届くまでには海の内外で多くの仕事が動いています。
さらにマグロには「どこで、どのように捕れた魚か?」という評価も加わります。同じ魚種でも産地や品質によって扱いが変わり、時には驚くような値段が話題になることもあります。ただ、ニュースになるような特別な1匹の価格を見て、「明日からマグロは貴族の食べ物だ…」と身構える必要まではありません。普段の食卓には赤身や切り落としなど、それぞれの楽しみ方があります。豪華絢爛な大トロの日があれば、鉄火巻きを頬張る日があっても良い。マグロ側も、そこまでドレスコードは要求していないでしょう。
値札の向こう側まで想像すると、マグロの価格は「魚の値段」ではなく、海から食卓までを繋いだ仕事の値段にも見えてきます。高いか安いかだけで終わらせず、部位や料理に合わせて楽しめば、1匹の価値を随分と広く味わえます。そして少し視線を横へ向ければ、海にはマグロとは違う魅力を持つ魚がまだまだ泳いでいます。
第4章…海の王様は1匹じゃない!~世界の食卓を見れば「ご当地スター魚」が面白い~
マグロを「海の王様」と呼びたくなる日本の食卓から少し離れてみると、魚の世界は急ににぎやかになります。国や地域が変われば、身近な海や川も、気候も、昔から受け継がれてきた料理も変わるため、「みんなが大好きな魚」も同じではありません。世界の魚食文化は正に千差万別で、マグロだけを頂点に置くより、それぞれの土地にそれぞれのスターがいると考えた方が面白そうです。
日本ではマグロの存在感が大きい一方、サーモンも親しまれる魚として食卓にすっかり馴染んでいます。北米ではサーモンやタラ、ヨーロッパに目を向ければサーモン、タラ、スズキなど、土地によって愛される魚の顔触れが変わります。さらに東南アジアではティラピアやナマズといった淡水魚も身近な食材として登場し、アフリカではナイルパーチのような魚も食べられています。
こうして並べてみると、「高級だから主役」という単純な話ではないことが見えてきます。その土地で手に入りやすい魚を、焼く、揚げる、煮る、漬けるなど暮らしに合った方法で美味しく食べてきた。その積み重ねが食文化になり、やがて「この魚を食べると故郷を思い出す」という味にもなっていきます。日本人が焼き魚の匂いで朝ご飯を思い浮かべるように、世界のどこかでは別の魚の香りが「いつもの食卓」を知らせているのでしょう。
魚売り場でも、マグロだけを見て帰るのは少し惜しく感じられます。「今日は知らない魚を1つ」と目線をズラせば、いつもの献立に新顔が入ってきます。とはいえ、名前の読めない魚を前にして三十秒ほど固まることもあります。「これ、どう料理するんだ?」とスマートフォンに助けを求めるまでが魚売り場のあるあるかもしれません。それでも一尾の魚から知らない土地の食べ方へ繋がっていくのですから、食卓はなかなかの世界旅行です。
海の王様を1匹に決めなくても、その土地で長く愛されてきた魚はみんな立派な「ご当地スター」です。世界各地で手に入る魚を生かした食文化が育っているという姿は、海の恵みとの付き合い方にも多様性があることを教えてくれます。 百花繚乱ならぬ「百魚繚乱」とでも呼びたくなるほど、海と川にはまだ知らない美味しさが残っています。マグロが好きならマグロを楽しみ、時には鯛、ハマチ、サーモン、白身魚や川魚にも寄り道する。そのくらい自由な方が、魚の世界はずっと広く味わえそうです。
[広告]まとめ…マグロを味わって他の魚にも目を向けると海の楽しみはもっと広がる
5月2日の世界マグロデーから広がっていくのは、マグロという1匹の魚だけの話ではありません。赤身とトロの味わい、遠い海から鮮度を保って届ける技術、漁や流通にかかる手間、そして世界各地で育ってきた魚料理まで眺めてみると、一皿の刺身の向こうに随分と広い世界が見えてきます。いつものマグロ一貫も、海と人の仕事が繋がって届いたものだと思えば、ちょっとだけ箸の進み方まで丁寧になる気がします。
それでも、魚売り場で毎回マグロを選ばなければならない理由はありません。サーモンの日もあれば、鯛やハマチ、カツオや白身魚を選ぶ日もある。それぞれの土地で身近な魚を生かして食文化が育ってきたように、私たちの食卓だって十人十色で良いのです。世界には地域ごとに親しまれている魚があり、その土地ならではの食べ方が根付いています。
むしろ、マグロだけに「海の王様」という重たい王冠をかぶせ続けず、いろいろな魚の美味しさを知ることは、食卓を豊かにする楽しみ方の1つでしょう。焼くと輝く魚、煮ると旨味が広がる魚、生で楽しみたい魚には、それぞれの適材適所があります。好きな魚を大切に味わいながら、時々、知らない魚にも手を伸ばす。その小さな選択が、海との付き合い方をもっと楽しくしてくれます。地域で育つ魚を大切にしながら食文化を繋いでいくことは、これからの水産資源を考える道にも繋がります。
次にお寿司や刺身を選ぶ時、「今日はマグロ」と迷わず決めるのも立派な幸せです。でも隣に見慣れない魚がいたら、一度くらい浮気してみても海は怒らないでしょう。ひと口食べて「おっ、これも良いな」と思えたら、その日の食卓には新しい主役が1匹増えます。海の楽しみは、王様を決めることより、美味しい仲間を増やしていく方がずっとにぎやかなのかもしれません。
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