同じ施設に夏がいくつもある~高齢者の寒いと職員の汗だくをほどく100の改善法~
目次
はじめに…リモコン1つでは守れない介護施設の夏
介護施設の夏は、リモコンを押せば丸く収まるほど単純ではありません。食堂では高齢者さんが「ちょっと寒いなあ」と肩をすくめ、廊下では職員さんが汗を拭いながら車いすを押している。同じ建物の中にいるのに、まるで別々の季節を過ごしているような光景です。
室温は同じでも、座って過ごす人と動き続ける人では、体に届く暑さが違います。年齢、持病、筋肉量、活動量、服装、風の当たり方。小さな違いが重なれば、体感温度はアッという間にズレていきます。リモコンの前で一喜一憂している場合ではないのですが、現場ではそのリモコンが王様みたいな顔をしている日もあります。もちろん、ただの機械です。そこは自分でツッコミを入れておきましょう。
介護施設の夏に必要なのは、誰かの我慢ではなく、それぞれの体感に合わせて空気を整える工夫です。
高齢者さんの「寒い」は我儘ではありません。職員さんの「暑い」も根性不足ではありません。どちらも本音で、どちらも大切なサインです。さらに職員さんが汗だくで息を切らしていれば、高齢者さんは「悪いから頼むのをやめよう」と遠慮してしまうことがあります。トイレ、お茶、姿勢直し、ほんの小さなお願いが飲み込まれていくと、暮らしは静かに狭くなります。
暑さ対策は、熱中症予防(暑さで体に熱がこもり、体調を崩すこと)だけの話ではありません。働く人の安全を守り、高齢者さんが安心して声をかけられる空気を守る話でもあります。温度、湿度、風、服装、水分、動線、休憩、声かけ。1つ1つは小さくても、組み合わせれば施設の夏は少しずつ変わります。
リモコンだけに背負わせるには、介護施設の夏は少し荷が重いのです。汗と冷えと遠慮が入り混じるこの季節を、無理や根性ではなく、明るい知恵でほどいていきましょう。
[広告]第1章…高齢者は寒くて職員は暑い~同じ室内にある体感温度のズレ~
食堂の時計が10時を少し回る頃、窓際の席では高齢者さんがひざの上にタオルをかけ、廊下では職員さんが入浴介助の準備で小走りになっています。エアコンの表示は同じ温度なのに、片方は「冷えるなあ」と呟き、片方は「もう汗が止まらん」と心の中で叫んでいる。これが介護施設の夏の難しさです。
高齢者さんは、若い頃より暑さや寒さの感じ方が変わりやすくなります。筋肉量が減ると体の熱を作る力も変わり、血流(体の中をめぐる血の流れ)が弱くなると手足の冷えを感じやすくなることがあります。さらに、長く座って過ごす方は体を動かす量が少ないため、室温が少し低いだけでも「寒い」と感じやすいものです。十人十色とはよく言ったもので、同じ80代でも、冷房が平気な方もいれば、風が当たっただけで肩をすくめる方もいます。
一方で職員さんは、同じ空間にいても体の使い方がまるで違います。移乗介助(ベッドや車いすへ安全に移る支援)、排泄介助、入浴介助、配膳、下膳、洗濯物、ナースコール対応。1つ1つは日常の仕事でも、積み重なれば立派な全身運動です。しかも、汗をかいたからといって「少し休んできます」と毎回言えるほど、現場の時間割は優しくありません。職員さんの背中だけ、季節が真夏の運動会になっていることもあります。玉入れのカゴはありませんが、洗濯物の山ならあります。惜しい、いや惜しくないですね。
このズレは、我儘や根性の問題ではありません。座っている人と動いている人。年齢を重ねた体と、仕事で動き続ける体。風を受ける席と、熱がこもる廊下。条件が違えば、同じ温度でも感じ方が変わります。介護施設の夏は、温度計の数字だけでなく、人がどこで何をしているかまで見て初めて姿が見えてきます。
さらに難しいのは、高齢者さんの中にも違いがあることです。歩ける方は移動の後に暑くなりやすく、寝たきりの方は背中や腰周りに熱がこもることがあります。痩せている方は冷えやすく、浮腫みのある方は足元の重怠さを訴えることもあります。認知症(記憶や判断などの働きが変化し、暮らしに支障が出る状態)のある方は、「暑い」「寒い」を言葉にしにくい日もあります。表情、汗、顔色、眠気、食欲、手足の冷たさ。小さなサインを拾う目が、夏の介護ではとても頼りになります。
職員さん側にも個人差があります。20代の職員さんでも入浴介助が続けば顔が赤くなりますし、50代、60代の職員さんなら若い頃と同じ感覚で走り切るのがしんどい日もあります。新人さんは「暑いです」と言い出しにくく、ベテランさんは我慢が癖になっていることがあります。どちらも無理をしやすい。冷房の設定だけで片付けようとすると、この小さな違いが全部こぼれ落ちます。
大切なのは、全員を同じ快適に押し込めないことです。高齢者さんには風が直撃しない席、薄い羽織物、温かいお茶。職員さんには風が通る動線、水分を取れる場所、汗を逃がす服装。適材適所の考え方で、同じ施設の中に小さな居場所をいくつも作ると、冷房は争いの種ではなく、暮らしを支える道具になります。
リモコンは便利ですが、利用者さんの背中の熱ごもりまでは見てくれません。職員さんの首筋の汗も、風が苦手な方の肩の強張りも、最後に気づけるのは人の目と声かけです。夏の介護は、温度を下げる競争ではなく、違う体感を受け止める観察の積み重ねから始まります。
第2章…汗だくの職員が生む遠慮~頼みにくい空気を変える夏の尊厳ケア~
介護施設の廊下で、職員さんが汗を拭いながら早足で通り過ぎる。食堂ではお茶の準備、居室ではナースコール、浴室前では次の方の誘導。誰かがサボっているわけではなく、むしろ全員が一生懸命です。それでも、その姿を見ている高齢者さんの心には、別の小さな動きが生まれることがあります。
「忙しそうやな」「トイレ、もう少し我慢しようかな」「お茶が欲しいけど、今は悪いな」
この遠慮は、声にならないまま積もります。職員さんが悪いのではありません。高齢者さんが遠慮深すぎるだけでもありません。汗だくで余裕のない空気が続くと、頼む側の心が自然に小さくなってしまうのです。ここが、介護施設の夏の見落としやすい怖さです。
介護は、してあげる仕事ではなく、頼んでもらえる関係を育てる仕事です。トイレに行きたい、背中を少し直してほしい、冷たいものを少し飲みたい、部屋が寒い、足元だけ冷える。そうした小さな声が出せることで、暮らしは保たれます。反対に、その声が飲み込まれると、表面上は静かでも、生活の自由は少しずつ狭くなります。
職員さんを守ることは、高齢者さんが安心して頼める空気を守ることでもあります。
汗だくで息を切らした職員さんが介助に来ると、高齢者さんは申し訳なさを感じます。やさしい方ほど、「自分のせいで余計に大変になる」と思いやすいものです。これでは、本末転倒です。支える人が追い込まれ、その姿を見た支えられる人が遠慮する。そんな連鎖が生まれると、施設全体の空気がじわじわ重くなります。
尊厳(その人らしく大切に扱われること)は、声かけの丁寧さだけで守られるものではありません。職員さんの表情、足音、汗、呼吸、時間の余裕。そうしたものも、尊厳ケアの土台になります。笑顔で「どうしました?」と聞ける職員さんの背後には、涼める場所、水分を取れる時間、無理を交代できる仕組みが必要です。気合いだけで笑顔を保つのは、夏場のアイスを素手で守るようなものです。頑張りは尊い。でも、溶けるものは溶けます。
情けは人のためならず、ということわざがあります。職員さんへの暑さ対策は、職員さんだけを甘やかす話ではありません。結果として、高齢者さんの暮らしを守り、家族の安心を守り、施設の信頼も守ります。冷たい飲み物を置く、入浴介助後に体を整える時間を作る、汗を吸った服を替えられる場所を用意する。小さな工夫でも、職員さんの表情は変わります。
高齢者さんは、職員さんの顔をよく見ています。今日は急いでいるな、今日は疲れているな、今日は声をかけても大丈夫そうだな。長く施設で暮らす方ほど、その空気を読む力があります。だからこそ、職員さんがいつも余裕を失っている状態は、高齢者さんに気を遣わせてしまいます。介護現場で本当に守りたいのは、ただ事故がない一日ではなく、頼みたいことを頼める一日です。
そのためには、汗を「頑張っている証拠」で終わらせない視点が要ります。汗は、体が無理を知らせている合図でもあります。入浴介助の後に顔が真っ赤になる職員さん、送迎から戻ってすぐに重い介助へ入る職員さん、夜勤中に水分を取るタイミングを失う職員さん。そうした姿を、現場の美談にしてはいけません。美談にした瞬間、改善の扉が閉まりかけます。
もちろん、現場は予定通りに進まない日ばかりです。排泄のタイミングは予定表を読んでくれませんし、ナースコールも「今なら余裕ありますか」とは聞いてくれません。人相手の仕事ですから、千変万化の連続です。それでも、職員さんが少し涼める場所を決める、水分補給を声に出して確認する、暑さが厳しい作業を同じ人に続けて背負わせない。これだけでも空気は変わります。
頼みにくい空気は、目に見えません。けれど、目に見えないからこそ、毎日の声かけと仕組みでほどいていく必要があります。職員さんが「少し整えてから行きますね」と言える職場は、高齢者さんにも「頼んでいいんだ」と伝わります。汗を責めるのではなく、汗だくにならざるを得ない環境を見直す。そこから、夏の尊厳ケアは静かに始まります。
[広告]第3章…施設が停滞する理由~経営・職員・高齢者がはまる負の連鎖~
介護施設の夏が毎年しんどくなる理由は、暑さそのものだけではありません。去年も暑かった。職員さんは汗だくだった。高齢者さんは寒がった。家族からも心配の声があった。それでも翌年、また同じようにリモコンの前で小さな攻防戦が始まる。まるで夏だけ再放送される職場ドラマです。しかも、なかなか最終回が来ません。
経営する側には、経営する側の事情があります。電気代、設備費、人件費、制服代、備品代。数字が並ぶと、現場の「暑い」「寒い」は、つい後回しにされがちです。新しい冷却用品、速乾素材の制服、脱衣所の空調、休憩室の見直し。どれも必要だと分かっていても、すぐに予算が動くとは限りません。けれど、毎年同じ困りごとが続いているなら、それは季節のせいだけではなく、施設運営の課題です。
職員さんも、変えたくないわけではありません。むしろ現場ほど「こうした方がいい」と気づいています。あの席は冷房が直撃する。この廊下は昼過ぎに熱がこもる。入浴介助の後にすぐ排泄介助へ入ると倒れそうになる。送迎から戻った職員さんの顔色が悪い。けれど、時間割、記録、ナースコール、食事、排泄、入浴、家族対応が次々に押し寄せます。改善したい気持ちがあっても、目の前の一日を回すだけで精一杯になるのです。
高齢者さんも、その中で静かに巻き込まれます。寒いと言えば職員さんが困るかもしれない。暑いと言っても忙しそうだ。水分が欲しいけれど、今は誰も近くにいない。こうして小さな我慢が積もると、施設の空気は少しずつ固くなります。見た目には平穏でも、内側では三者三様の遠慮が絡まり合っています。
施設の停滞は、誰か1人の怠けではなく、変える余白が失われた状態から生まれます。
経営は費用を見て動きにくい。職員は時間に追われて試せない。高齢者さんは遠慮して声を飲み込む。この3つが重なると、負の連鎖が始まります。職員さんが疲れる。余裕がなくなる。高齢者さんが頼みにくくなる。小さな不快が増える。家族が不安になる。職員さんはさらに説明と対応に追われる。正に四面楚歌です。リモコンだけが、何故か無言で壁にぶら下がっています。責任者みたいな顔をして。いや、責任者ではありません。
停滞をほどくには、立派な改革よりも、まず小さな観察を施設の言葉にすることが大切です。「暑かった」「寒かった」で終わらせず、誰が、どこで、何時頃、どんな状態だったのかを見る。食堂の席、廊下の熱、脱衣所の蒸れ、居室の西日、職員さんの汗、利用者さんの表情。日々の違和感を、感想ではなく共有できる情報に変えるだけで、空気は少し動きます。
もちろん、現場だけに背負わせてはいけません。暑さ対策は、職員さんの気合いで何とかする話ではなく、施設として準備する仕事です。制服を変える。水分補給の場所を作る。入浴介助後の動きを見直す。風の通り道を調べる。寒がる方の席を考える。こうした動きには、経営や管理職の判断が欠かせません。現場の声を「また不満か」で片づけると、改善の芽はすぐに萎れます。
介護施設は、人が暮らす場所であり、人が働く場所でもあります。どちらかだけを優先すると、どちらも苦しくなります。高齢者さんの安全を守るために職員さんを追い込み、職員さんの働きやすさだけを見て高齢者さんを冷やし過ぎる。どちらも長続きしません。必要なのは、白黒ではなく中庸です。ちょうど良い落としどころを、毎日の様子から探していく姿勢です。
施設の夏は、失敗を責める季節ではありません。気づけたことを次の工夫に変える季節です。熱がこもる場所を見つけたら、そこは改善の入口。職員さんが汗だくになる時間を見つけたら、そこは段取りを見直す合図。高齢者さんが寒がる席を見つけたら、そこは居場所を整えるキッカケになります。
動かない施設に見えても、1つの席替え、1つの水分補給場所、1つの声かけから空気は変わります。停滞をほどく鍵は、立派な会議室だけにあるわけではありません。食堂の片隅、浴室前の廊下、職員さんの汗を見た瞬間にも、ちゃんと転がっています。
第4章…我慢で回す夏から設計で守る夏へ~空気・服・水分・動線の整え方~
介護施設の夏を変える入り口は、リモコンの温度を何度にするかだけではありません。もちろん室温は大切です。けれど、同じ27℃でも、風が直接当たる席は寒く、空気が止まる廊下は蒸し暑く、浴室前は別世界のように熱がこもります。数字だけを見て「これで大丈夫」と言い切るには、施設の中の夏は少し複雑です。
まず見たいのは、空気の流れです。サーキュレーター(空気を循環させる送風機)は便利ですが、使い方を間違えると、高齢者さんに冷たい風を届ける小さな大砲になります。人に向けるのではなく、空気に向ける。冷えやすい席には風を直撃させず、職員さんが通る動線には一瞬ホッとできる風の通り道を作る。これだけでも、食堂の空気は変わります。
施設の中に「涼しい場所」と「冷え過ぎる場所」と「熱が籠もる場所」を見つけておくと、現場の動きはグッと楽になります。食堂の窓際、エアコンの真下、脱衣所の入口、厨房近く、洗濯場、午後の西日が入る居室。毎日なんとなく通り過ぎている場所にも、実は小さな気候があります。職員さんが「あの角、暑いんですよね」と言ったら、それは愚痴ではなく貴重な観察です。現場の声は、施設内の天気予報みたいなものです。
服装も大切です。介護の仕事は、見た目以上に体を使います。ポロシャツ1枚で清潔感は出せても、汗を逃がす力までは足りない日があります。速乾素材の制服、冷感インナー、入浴介助用の着替え、汗拭きタオル、首元を冷やす用品。清潔で安全に使えるなら、職員さんの体を守る装備として考えたいところです。適材適所という言葉は、人の配置だけでなく、服や道具にも使えます。
高齢者さん側には、冷やし過ぎない工夫が必要です。薄い羽織物、膝にかけるタオル、風の当たりにくい席、温かいお茶。寒がる方に対して、すぐ冷房を切るのではなく、体に当たる風と居場所を調整する方が安全なこともあります。冷房を止めると、暑がる方や寝たきりの方、動き回る職員さんに負担が寄ってしまいます。リモコンを切る前に、風の向きと座る場所を見たいところです。
水分も、ただ飲めば良いという話ではありません。暑がる方には、氷を2~3個入れた飲み物が喜ばれることがあります。寒がる方には、温かいお茶の方が落ち着く日もあります。冷たい飲み物で咽込みやすい方、常温なら飲みやすい方、少しずつなら進む方。水分補給は、体の中へ入る小さな涼しさであり、安心でもあります。麦茶のコップ1つにも、なかなかの仕事量があります。コップ本人は黙っていますが、実はよく働いています。
夏の介護では、飲み物も服装も風の向きも、全てが小さな空調になります。
さらに大切なのが、体感のアセスメント(状態を見て必要な支援を考えること)です。同じ80代でも、歩ける方と寝たきりの方では暑さの出方が違います。歩ける方は移動の後に汗をかき、寝たきりの方は背中や腰周りに熱が籠もることがあります。痩せている方は冷えやすく、言葉で不快を伝えにくい方は表情や眠気に変化が出ることもあります。暑がり、寒がり、風が苦手、冷たい飲み物が好き、温かいお茶で落ち着く。こうした情報を職員同士で共有できると、対応は一律から個別へ進みます。
職員さんの動線も見直したいところです。入浴介助の後にすぐ重い移乗介助へ入る。送迎から戻って休む間もなく食堂誘導へ向かう。夜勤中に水分を取る時間を逃す。こうした流れが続けば、どれだけ真面目な職員さんでも疲れます。気合いで乗り切る日があっても、毎日続けば体が先に音を上げます。夏だけは、重い作業の連続を避ける、暑い場所の担当を固定しない、水分補給を声に出して確認する。そんな試行錯誤が必要です。
経営や管理職に求められるのは、高価な設備を一度に揃えることだけではありません。まず、現場の暑い場所と寒い場所を聞く。温湿度計を増やす。休憩室を本当に涼しい場所にする。着替えや水分補給の環境を整える。小さな投資でも、職員さんの表情が和らぎ、高齢者さんが頼みやすくなるなら、それは十分に暮らしを支える判断です。
介護施設の夏は、我慢大会ではありません。高齢者さんの寒いも、職員さんの暑いも、どちらかを黙らせるものではなく、施設を良くするための合図です。空気を回す。服を見直す。飲み物を選べるようにする。動線を少し変える。大きな変化でなくても、毎日の中に涼しさの逃げ道を作ることはできます。
リモコンは大切です。けれど、リモコンだけに任せるには、人の体も心も細やかです。施設の中にいくつもの夏があるなら、いくつもの守り方があって良い。そう考えた瞬間、暑さ対策はただの作業ではなく、暮らしを明るくする設計へ変わっていきます。
[広告]まとめ…小さな涼しさが施設の空気を変えていく
介護施設の夏は、エアコンの設定温度だけで決まるものではありません。高齢者さんの「寒い」、職員さんの「暑い」、家族の「大丈夫かな」、経営側の「どう回すか?」。その全部が同じ空気の中で重なって、リモコン1つではほどけない夏の悩みになります。
けれど、悩みが複雑だからといって、解決まで難しく考え過ぎる必要はありません。風が直接当たる席を変える。温湿度計(温度と湿度を同時に見る道具)を増やす。暑がる方には少し冷たい飲み物を用意する。寒がる方には温かいお茶をそっと出す。入浴介助の後に職員さんが水分を取れる流れを作る。こうした小さな工夫が、施設の空気を少しずつ変えていきます。
夏の介護で本当に守りたいのは、温度の数字だけではなく、人が安心して過ごせる余白です。
職員さんが汗だくで息を切らしていれば、高齢者さんは頼みごとを飲み込みます。高齢者さんが寒さを我慢していれば、食事や会話の楽しみも小さくなります。どちらかだけを見ていると、どちらも苦しくなる。だからこそ、相思相愛とまではいかなくても、せめて相互理解の夏にしたいところです。リモコンを奪い合うより、空気の居場所を分け合う方が、ずっと穏やかです。
100の改善法と聞くと、全部やらなければいけないように感じるかもしれません。けれど、最初から大改革を目指さなくても大丈夫です。まずは3つくらいで良いのです。暑い場所を1つ見つける。寒がる席を1つ変える。職員さんが水分を取れるタイミングを1つ作る。それだけでも、昨日までの我慢大会とは違う夏になります。
介護施設は、人が暮らし、人が働く場所です。涼しさは設備だけで作るものではなく、気づく目と、聞く耳と、少しの段取りで育っていきます。高齢者さんの肩の強張りに気づく。職員さんの額の汗に気づく。家族の心配に耳を傾ける。その1つ1つが、施設の夏をやわらかくしてくれます。
リモコンは今日も壁で静かに待っています。けれど、主役はリモコンではありません。主役は、そこで暮らす人と、支える人です。暑さに振り回される夏から、みんなで空気を整える夏へ。小さな涼しさが重なった時、施設の一日は少し軽く、少し明るく動き出します。
付録~介護施設の夏を変える100の改善法~
100個すべてを一気に実行しようとすると、現場はすぐ息切れします。大切なのは、出来ることを小さく選んで、試して、合わなければ戻せる形にしておくことです。まずは「お金をかけずに出来ることを3つ」「少し相談して出来ることを3つ」「経営判断が必要なことを1つ」くらいで十分です。夏の改善は、我慢比べではなく小さな涼しさの積み重ねから始まります。
すぐできる小さな改善
1.食堂、居室、廊下、脱衣所、浴室前、トイレ前に温湿度計(温度と湿度を同時に見る道具)を置く。
2.エアコンの設定温度ではなく、実際の室温を見る。
3.朝、昼、夕方、夜勤帯で室温と湿度を記録する。
4.「暑い」「寒い」の訴えが出た時間と場所を残す。
5.エアコン直下の席に、寒がる方を長く座らせない。
6.窓際で日差しが当たり続ける席を見直す。
7.西日が強い居室は、午後の過ごし方を変える。
8.サーキュレーター(空気を回す送風機)の風を人に直撃させない。
9.風が苦手な方の席を職員間で共有する。
10.職員が「ここ暑い」と感じる場所を紙に書き出す。
11.利用者さんが「ここ寒い」と言う席を見える形で共有する。
12.冷房を切る前に、風向きと座る場所を変えてみる。
13.暑がる方には、氷を2~3個入れた飲み物を試す。
14.寒がる方には、温かいお茶を選べるようにする。
15.冷たい飲み物で咽込みやすい方を把握する。
16.常温の飲み物が合う方を把握する。
17.水分補給を食事時間だけに任せない。
18.起床後、入浴後、排泄後、リハビリ後に一口の機会を作る。
19.寝たきりの方は、背中や腰周りの熱籠りを見る。
20.車いすの座面や背もたれの蒸れを確認する。
21.膝掛けを使う方は、暑くなり過ぎていないか見る。
22.夜間に布団をかぶり過ぎていないか確認する。
23.足元だけ冷える方には、全身ではなく足元の調整を考える。
24.顔が赤い、ぼんやりする、眠気が強いなどの変化を夏のサインとして見る。
25.「寒いですか?」だけでなく「風が当たりますか?」と聞く。
26.「暑いですか?」だけでなく「背中が蒸れますか?」と聞く。
27.冷房の苦情を、ただの好みで片づけない。
28.職員の汗を、頑張りの証だけで終わらせない。
29.入浴介助前後に水分を取る声かけをする。
30.夜勤者が水分を取り忘れないよう、申し送りで確認する。
現場で相談して進めたい中くらいの改善
31.施設内の「暑い場所地図」を作る。
32.施設内の「寒がる席地図」を作る。
33.職員が涼める通過ポイントを決める。
34.利用者さんが長く座る場所と、職員が動く場所の風の流れを分ける。
35.夏だけの席替えルールを作る。
36.風が苦手な方、風が平気な方を一覧にする。
37.暑がり、寒がり、足元冷え、背中の熱籠りを個別に記録する。
38.冷たい飲み物が好きな方のリストを作る。
39.温かいお茶で落ち着く方のリストを作る。
40.水分制限がある方は看護職と確認しておく。
41.咽込みやすい方の飲み物の温度と形状を共有する。
42.入浴介助の後に、職員が一息つける流れを入れる。
43.送迎後すぐに重い介助へ入らないよう順番を見直す。
44.重介助の方を同じ職員が連続で担当し過ぎないようにする。
45.暑い場所の担当を毎日同じ人に固定しない。
46.新人職員が「暑い」と言いやすい声かけを作る。
47.ベテラン職員の我慢を美談にしない。
48.休憩室が本当に涼しいか、実際に座って確認する。
49.詰所だけでなく、現場近くに水分補給できる場所を作る。
50.汗拭きタオルや着替えを置ける場所を整える。
51.夏場だけ、入浴介助用の服と通常勤務服を分ける。
52.速乾素材の制服を試す職員を決める。
53.冷感インナーを安全と清潔の範囲で認める。
54.首元を冷やす用品を使える場面と使えない場面に分ける。
55.入浴介助後の顔色や疲労をリーダーが確認する。
56.排泄介助の集中時間を見直す。
57.食堂への一斉誘導で職員が汗だくになるなら、誘導順を変える。
58.洗濯場や倉庫作業を暑い時間帯からズラす。
59.厨房周辺の熱が籠もる時間を確認する。
60.浴室前や脱衣所の空気が流れるように扉や換気の使い方を決める。
61.家族に「冷房をつけています」だけでなく「風が直撃しないようにしています」と伝える。
62.寒がる方には衣類や席で調整していることを家族と共有する。
63.面会時に家族が「寒そう」と感じたら、室温と本人の様子を一緒に見る。
64.家族からの羽織物や膝掛けを、施設のルール内で体感調整に活かす。
65.夏の家族連絡に、食事量、水分量、眠気、ぼんやり感を入れる。
66.「昔は冷房なしで大丈夫だった」に、今の暑さと体の変化をやわらかく伝える。
67.利用者さんが職員に遠慮していないか、家族の目からも教えてもらう。
68.「寒い」と言う方に冷房停止だけで対応しない方針を共有する。
69.「暑い」と言う職員を根性不足扱いしない方針を共有する。
70.夏の終わりに、上手くいった工夫と上手くいかなかった工夫を残す。
経営や管理職が動かしたい大きめの改善
71.WBGT計(暑さ指数を測る道具)を導入し、室温だけでは見えない暑さを確認する。
72.浴室前、脱衣所、厨房、洗濯場など熱がこもる場所に重点的に測定器を置く。
73.温度と湿度の記録を紙だけでなく、職員が見やすい形にする。
74.休憩室の空調を見直す。
75.職員用の水分補給場所を増やす。
76.夏用制服の素材を見直す。
77.入浴介助用ユニフォームを別に用意する。
78.冷却ベストを試験導入する。
79.送風付き上着を、屋外作業や送迎、浴室周辺で試す。
80.汗をかいた後に着替えられる更衣環境を整える。
81.脱衣所の冷え過ぎと暑過ぎの両方を見て、空調の位置を考える。
82.浴室前に職員が短時間で体を整えられる場所を作る。
83.西日の強い居室に遮光カーテンや遮熱対策を入れる。
84.古いエアコンは効き方に差が出ていないか点検する。
85.エアコンのフィルター掃除の日を決める。
86.サーキュレーターの台数と置き場所を見直す。
87.廊下の熱ごもりを減らす換気の流れを作る。
88.夏場だけの人員配置や担当順を検討する。
89.入浴日や行事日の職員負担を別枠で考える。
90.職員の体調不良、欠勤、離職と暑さの関係を振り返る。
91.電気代だけでなく、人が疲れ切る損失も見る。
92.備品代だけでなく、頼みやすい空気を守る投資として考える。
93.現場の「暑い」「寒い」を不満ではなく改善情報として扱う。
94.夏前に、管理職と現場で空気の流れを歩いて確認する。
95.職員会議で、暑さ対策を安全対策として扱う。
96.高齢者さんの体感アセスメントを夏前に更新する。
97.試した工夫を1週間で評価し、合わなければ戻せるようにする。
98.小さな成功を職員間で共有し、良い工夫を広げる。
99.職員を守ることを、利用者さんの尊厳を守る仕事として位置付ける。
100.高齢者さんの寒いと職員さんの暑いを、どちらも大切な本音として扱う。
今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m
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