その尻尾が正直すぎます!~嘘がつけない24時間で世界はどう変わる?~

[ その他・雑記 ]

はじめに…朝起きたら尻尾が生えていたら?~しかも本音だけは隠してくれない~

朝、目覚まし時計を止めようと寝返りを打った瞬間、腰の辺りで何かが布団をバサッと持ち上げた。

「……何だ、これ?」

恐る恐る手を伸ばしてみると、そこには昨日まで無かった立派なモフモフの尻尾がある。驚けばピンと立ち、不安になれば体に寄り添い、「ちょっと面白いかも?」と思った瞬間には左右へフリフリ。本人より先に感想を発表するとは、随分と仕事の早い尻尾である。

しかも、この朝に起きた異変はそれだけではなかった。世界中の誰もが、その日だけ嘘を口にできなくなっていたのである。

「今日は会社に行きたいです」と言おうとしても、本心が「休みたい」なら口が止まる。「その服、似合ってるよ」と気軽に言おうにも、本当にそう思っていなければ声にならない。おまけに黙って切り抜けようとすると、今度は尻尾がユラユラ、バシバシ、しょんぼりと勝手に援護射撃……いや、余計な暴露を始める。

喜怒哀楽が全て丸見えになるわけではない。尻尾はある程度なら自分で動かせるし、気持ちを抑えれば静かにも出来る。それでも驚いた瞬間、嬉しくなった瞬間、腹が立った瞬間には、つい本音が漏れ出してしまう。顔では平静を装えても、腰の後ろで別の記者会見が始まるようなものだ。

人は普段、悪意のある嘘ばかりを使って暮らしているわけではない。「大丈夫」「気にしてないよ」「美味しいよ」といった言葉の中には、相手を安心させたり、その場を丸く収めたりする優しさも混ざっている。もし本音を隠せなくなったら、人間関係は正直になるだけではなく、思っている以上に忙しくなる。

朝のうちは半信半疑だった人々も、通勤、学校、買い物、恋愛、家族との会話へ進むにつれて、この尻尾がかなり厄介な存在だと気づき始める。そして同時に、「本当はそんなふうに思っていたんだ」と、今まで見えなかった気持ちにも出会っていく。

さて、世界中から嘘が消え、全員のお尻に正直者の尻尾が生えた24時間。平穏無事で終わるはずがない。まず大騒ぎになるのは、多くの大人が毎朝向かう「あの場所」である。

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第1章…会社が朝から大混乱!~建前を失った会議室で尻尾だけが雄弁です~

午前9時。いつものようにパソコンが立ち上がり、コーヒーの香りが漂い、上司が「それでは朝のミーティングを始めます」と口を開く。見慣れた職場の朝なのに、机の下だけが妙に騒がしい。あちらでは尻尾が椅子の脚に巻き付き、こちらでは床をパタンパタン。全員が平静を装っているのに、腰から後ろだけが出勤初日の新人くらい落ち着かない。

上司が明るい声で尋ねる。「何か困っていることはありませんか?」。普段なら「特にありません」で会議は進む。ところが嘘がつけない今日は、その便利な一言が使えない。本当に困っている人ほど黙り込み、尻尾だけが床をバシッ、バシッ。上司も気づいてしまった。「……あるよね?」。本人は視線をそらすが、尻尾は逃げられない。非言語コミュニケーション(言葉以外の表情や仕草で気持ちを伝えること)が、とんでもなく分かりやすい形で標準装備された朝である。

さらに危険なのが企画会議だ。「この新しい案、どう思う?」と部長が自信満々に資料を見せる。社員たちは嘘を言えないので、「素晴らしいと思います」とは簡単に返せない。しかし「正直、よく分かりません」と言う勇気もない。静まり返る会議室。その中で数本の尻尾が申し合わせたように、そーっと下がっていく。部長の尻尾まで不安そうに丸まったところで、誰かが小さく「……もう少し説明してもらえますか?」と口にする。公明正大とは聞こえが良いが、全員の本音が見え過ぎる会議は、それなりに体力を使う。

人事評価の面談となれば、さらに戦々恐々である。「今の仕事に満足していますか?」と聞かれて、本人は「学ぶことは多いです」と答える。それ自体は本当なのだろう。けれど尻尾は机の下で、出口の方向へ伸びている。「君、帰りたそうだね…」と言われても困る。いや、帰りたいのは毎日です、と心の中でツッコミながら、尻尾を両膝で挟んで面談を続ける姿は少し気の毒である。

けれど騒動ばかりでもない。いつも黙って残業を引き受けていた人の尻尾が疲れ切ったように垂れていたら、「今日は私がやるよ」と声をかける人が出てくるかもしれない。仕事を頼まれて笑顔で「大丈夫です」と答えていた人が、本当は大丈夫ではなかったことにも気づける。反対に、無愛想で怖いと思われていた先輩が、新人の仕事が上手くいった瞬間だけ尻尾を小さく振っていたなら、「あ、この人ちゃんと喜んでくれていたんだ」と分かる。

本音が見えることは、人間関係を壊すだけではなく、言葉になる前の「助けて」や「嬉しい」を拾うことにも繋がる。職場に必要なのは、何でも遠慮なく言い合うことではないのだろう。相手の表情や声の調子を見て、言えなかった気持ちまで少し想像する。そのくらいの余白がある方が、人は働きやすい。

尤も、この日の世界にはそんな余白を許してくれない尻尾が付いている。昼休みが近づく頃には、社員たちは気づき始める。「会議より尻尾を隠す方が疲れるぞ」と。そこで恋人からスマートフォンに一通のメッセージが届く。「今夜、会える?」。その文字を見た瞬間、さっきまで疲れ切っていた尻尾が勢いよく跳ね上がった。

どうやら午後は、会社より厄介な場所で本音が暴れそうである。


第2章…恋愛は言葉より尻尾を見る時代へ~好きも嫉妬も隠しきれない~

午後6時。仕事を終えた男性が待ち合わせ場所へ向かう。少し早く着いたので、「別に楽しみにしていたわけじゃない」と自分に言い聞かせながらスマートフォンを見る。ところが遠くから恋人の姿が見えた瞬間、腰の後ろでは尻尾がブンブン。本人は涼しい顔を作っているのに、歓迎係だけが全力営業である。

「待った?」と聞かれれば、「いや、今来たところ」と格好良く答えたい。しかし本当は20分前からいる。嘘をつけない今日、その定番の一言は喉で止まった。「……ちょっと待った」。恋人が時計を見る。尻尾はまだ嬉しそうに揺れている。「そんなに早く来たかったんだ?」と言われ、顔は赤くなり、尻尾はさらに加速する。恋愛に駆け引きが必要だとしても、今日は腰の後ろに情報漏洩担当が付いている。

店に入れば、さらに一喜一憂が始まる。「今日の服、どう?」と聞かれて、本当に似合っていれば問題ない。「すごく似合ってる」と言えば尻尾も素直に揺れる。ところが少し微妙だと思ってしまった日が難しい。黙れば尻尾が固まり、無理に褒めることも出来ない。そこで「その色、いつもと雰囲気が違って新鮮だね」と、本当に感じた部分を探して伝える。正直であることと、思ったことを全部ぶつけることは同じではないらしい。

そして恋愛で尻尾が最も働き過ぎるのが嫉妬である。偶然、恋人の知人が声をかけてくる。「久しぶり!」と楽しそうに話す2人を横で見ながら、「全然気にしてないよ」という逃げ道は封鎖されている。本人は笑顔を保つが、尻尾だけがゆっくり床を叩き始める。

「……怒ってる?」「怒ってはいない」

これは本当である。ただし、少し面白くない。尻尾がバシッ。

「面白くないんだ?」「尻尾に聞いてください」

もう本人の立場がない。

けれど、こんな世界では恋愛が難しくなるばかりとも限らない。好きな人の前で緊張して言葉が出なくても、尻尾がそっと相手の方へ向いている。照れ屋で「会いたかった」と言えない人でも、再会した瞬間に尻尾が嬉しそうにブンブンと揺れる。相思相愛なのに互いに気づかず何年もスレ違う、という恋愛物語はかなり減りそうである。物語を作る人には少々困った世界かもしれない。

付き合いが長くなった2人にも、小さな発見がある。いつも「どっちでも良いよ」と答えていた夕食の店選びで、片方の尻尾だけが焼き肉店の前を通るたびに元気になる。「どっちでも良くないじゃん」と笑われれば、「今日は肉の気分です」と白状するしかない。そんな程度の本音なら、むしろ早く漏れてくれた方が平和である。

好きという気持ちは、上手な言葉より、隠しきれずに漏れてしまう小さな反応の方が伝わることがある。

恋愛には、相手を思いやるために飲み込む言葉もある。全部を正直に口にすれば幸せになるわけではないし、気持ちを隠すことが全て悪いわけでもない。ただ、嬉しい時に嬉しそうにする、会いたかった時にそう伝える、少し寂しい時には無理に平気なフリをしない。それだけでも2人の間にある誤解は少し減るのかもしれない。

そんなことを考えながら家へ帰れば、玄関では家族が待っている。そして家の中には、会社や恋愛とは違う種類の本音が山ほど転がっている。冷蔵庫を開ければ食べたい物がバレ、買い物へ行けば欲しい物がバレ、夕食では「美味しい?」という質問まで飛んでくる。

正直過ぎる24時間は、まだ半分も終わっていない。

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第3章…家族と買い物で本音が大渋滞~優しい嘘まで消えた午後の騒動~

家に帰れば少しは落ち着けると思ったら、甘かった。玄関を開けた瞬間から、家族の尻尾がそれぞれ好き勝手に動いている。子どもはおやつの袋を見るたびに尻尾を振り、夫は夕食の匂いを嗅いで一瞬だけ固まり、妻はその反応を見逃さない。家族とは気を遣わなくても良い相手のようでいて、実際には小さな気遣いを毎日かなり使っているらしい。

「今日の煮物、どう?」と聞かれた夫は困った。まずくはない。しかし、かなり薄い。普段なら「うん、美味しいよ」で食卓は平穏無事に進むところだが、今日はその言葉が出てこない。「体には良さそうな味だね」と答えた瞬間、妻の尻尾がピタッと止まった。

「薄いんでしょ?」
「……少し」
「少し?」
「かなり少し」

自分でも何を言っているのか分からない。尻尾は正直なのに、口だけは最後まで生き残ろうとしている。

こんな日には、普段何気なく使っている「優しい嘘」の多さにも気づかされる。子どもが一生懸命描いた絵を見せてくれれば、多少よく分からなくても「上手だね」と言いたくなる。家族が新しい髪型で帰ってきたら、第一声から首を傾げるのは避けたい。誕生日にもらった品が自分の好みと少し違っていても、「嬉しい」と笑うことがある。その気持ちは嘘というより、贈ってくれた心を受け取ろうとする気遣いなのだろう。

正直でいることより難しいのは、本当の気持ちを相手が受け取りやすい形にして渡すことなのかもしれない。

夕方、家族でスーパーへ出かければ、尻尾騒動はさらに加速する。入口では「今日は必要な物だけ買おう!」と意気投合していたのに、お菓子売り場を通れば子どもの尻尾が急加速。精肉売り場では父の尻尾が焼き肉用の肉に向かって伸び、母の尻尾は値札を見た瞬間に引っ込む。家族全員の欲望と家計事情が、実に分かりやすく可視化(目に見えないものを見える形にすること)されている。

「別に欲しくないよ」と言えないので、みんな妙に正直である。「欲しい。でも今日は高い」「食べたい。でも冷蔵庫にまだある」「買って欲しい。でも昨日もお菓子を買ってもらった」。こうして言葉にしてみると、不思議なことに喧嘩になりにくい。欲しいものを隠して不機嫌になるより、「欲しいけれど今日はやめよう」と一緒に決める方がスッキリするからだ。

問題は試食コーナーである。店員さんが笑顔で差し出した新商品を食べ、「いかがですか?」と尋ねてくる。美味しければ簡単だ。けれど好みではなかった時、今日は「美味しいですね」と逃げられない。客は少し考えて、「私はもう少し甘い方が好きかな」と答える。店員さんも尻尾を見て苦笑する。「ありがとうございます。私も実は甘い方が好きです」。そこまで正直にならなくても良い気がするが、今日はもう仕方がない…。

それでも、一日中そんな会話を続けていると、家族の間に少し変化が起こる。「何でも良い」と言っていた人にも、本当は好きな物がある。「平気」と言っていた人にも、ちょっと疲れた日はある。「別に欲しくない」と通り過ぎていた人が、実はずっと欲しかった物もある。以心伝心だけで全部分かれば楽なのだろうが、人間はそこまで便利には出来ていない。

スーパーから帰る頃には、家族全員が少し疲れていた。それでも買い物袋の中には、必要な物に混じって、父が食べたかった少し良い肉と、子どもが選んだ小さなお菓子が入っている。母も何も言わず、自分の好きなデザートを1つだけカゴに入れていた。

誰かの本音を全部かなえる必要はない。ただ、「本当はこれが好きなんだな」と知っているだけで、次に優しく出来ることがある。

ところが時計はもう夕方。会社でも恋愛でも家庭でも、朝から本音を見せ続けてきた人々は、そろそろ限界を迎え始めていた。テレビでは世界各地の人々が疲れ切った顔でインタビューを避け、街では妙に会話が減っている。

どうやら人類は、尻尾より先に「もう何も聞かないでくれ」という境地へ到達しつつある。


第4章…夕方には世界中が無口になった~それでも尻尾は黙ってくれない~

午後7時を過ぎた頃、街の空気が朝とはまるで違っていた。電車では誰も余計な質問をしない。店員さんも「今日はどちらへお出かけですか?」とは聞かず、客も「お仕事大変ですね」と話を広げない。朝から本音を漏らし続けた人類は、ようやく気づいたのである。嘘をつけないなら、黙っていれば良い。

テレビの生放送も妙なことになっていた。司会者がゲストへ「この企画、楽しみにしていましたか?」と聞きかけ、途中で止まる。ゲストもホッとしたように尻尾を下ろす。ニュースの街頭インタビューでは、マイクを向けられた人が目をそらし、尻尾まで背中側へ隠そうとしている。朝には珍しかった尻尾も、夕方には誰も見たくない個人情報のような扱いになっていた。

人は思っている以上に、1日の中でたくさんの気持ちを飲み込んでいる。「疲れた」「帰りたい」「今日は誰とも話したくない」「その話は興味がない」。どれも珍しい感情ではないのに、全部が表へ出れば情報過多(受け取る情報が多過ぎて疲れる状態)になる。正直者ばかりの世界が、必ずしも快適とは限らないらしい。

駅前では、知り合い同士がばったり出会った。

「久しぶり。元気だった?」

聞かれた方の尻尾が一瞬だけ下がった。質問した側も、それを見てしまった。しかし、もう「どうしたの?」とは続けない。ただ「そっか。またゆっくり話そう」と笑って別れる。

朝だったら、尻尾の意味を問い詰めていたかもしれない。夕方になる頃には、人々も少し学習していた。本音が見えたからといって、全部を聞き出さなくても良い。話したくない気持ちまで尊重してこそ、相手との距離は守られる。

本音を知ることより大切なのは、その本音にどこまで近づいて良いのかを考えることなのだろう。

そして意外なことに、世界が静かになると尻尾の見え方まで変わってきた。会話のないベンチで隣に座る夫婦の尻尾が、いつの間にか触れ合っている。眠そうな子どもの尻尾を母親がそっと膝に乗せる。仕事帰りの同僚が別れ際に「お疲れ様」とだけ言うと、2人の尻尾が小さく揺れる。何でも口にしなくても、伝わる気持ちはちゃんとある。

朝から世界中を振り回した尻尾は、単なる本音暴露装置ではなかった。怒りや嫉妬だけでなく、安心、好意、心配、照れくささまで外へ連れ出していたのである。百花繚乱とは少し違うが、人の心も実にいろいろで、それを全部「本音」の一言で片付けるには複雑過ぎる。

だから夕方の人類は、とうとう「何も聞かない」という新しい技を身につけた。沈黙している相手には少し時間を渡し、尻尾が沈んでいる人にはそっとしておき、嬉しそうに揺れているなら一緒に笑う。

「口は災いの元」ということわざがあるけれど、この日ばかりは「尻尾もなかなか災いの元です」と付け足したくなる。

それでも夜が深まるにつれて、人々の表情は朝より少し穏やかになっていた。嘘をつけない不便さにも、尻尾に本音を漏らされる恥ずかしさにも慣れてきた。そして何より、言葉を使わない時間があるからこそ、本当に伝えたい言葉が見えてくることに気づき始めていた。

時計の針は、もうすぐ日付を跨ぐ。

あと少しで嘘をつける普通の世界へ戻れる。その時、人々は尻尾が消えたことを喜ぶのだろうか?それとも、ほんの少しだけ寂しく思うのだろうか?

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まとめ…嘘も本音も少しずつ~尻尾のない私たちが言葉で守れるもの~

午前0時。時計の針が重なった瞬間、世界中の尻尾がフッと消えた。椅子の背もたれに挟まる心配もなくなり、感情が腰の後ろから漏れ出すこともない。そして「今日も元気?」と聞かれた人は、必要なら「元気だよ」と答えられる普通の朝へ戻っていく。

きっと多くの人がホッとするだろう。会社で上司の顔色と自分の尻尾を同時に気にしなくていい。恋人の前で嬉しさが丸見えになることもない。夕食の味が少し好みと違っても、家族を傷つけない言葉を選べる。たった1日とはいえ、四六時中、本音を公開し続ける生活はかなり疲れる。

それでも尻尾が消えた腰の辺りを、少し寂しく感じる人もいるかもしれない。言葉では「大丈夫」と言っていた人が本当は疲れていたこと、無口な人が自分の成功を喜んでくれていたこと、「何でも良い」と言う家族にも好きな物がちゃんとあったこと。見えなかった気持ちが見えた1日は、面倒なだけではなかった。

人の心は十人十色で、嬉しい、寂しい、腹が立つ、好き、苦手という気持ちが同時に存在することさえある。その全部を尻尾1本に任せるには、人間は少し複雑過ぎるのだろう。

そして私たちには尻尾の代わりに言葉がある。思ったことをそのまま投げるのではなく、相手の気持ちを見ながら伝え方を選べる。「今日はちょっと疲れた」「それは少し苦手かな」「会えて嬉しい」「手伝って欲しい」。ほんの少し勇気を出せば、尻尾がなくても本音は届けられる。

全部をさらけ出さなくても良い。でも、大切な気持ちまで全部隠さなくても良い。

これはなかなか便利な加減かもしれない。言わない方が優しい時には黙り、伝えた方が相手を安心させる時には言葉にする。臨機応変にその距離を選べるのは、嘘をつける人間の悪賢いずるさではなく、相手と一緒に暮らすための知恵とも考えられる。

もし明日の朝、本当に尻尾が生えていたら大騒ぎになるだろう。まずズボンをどうするのかという重大問題もある。社会制度を考える前に、たぶん服屋さんが大忙しである。

幸い、今の私たちのお尻は静かなままだ。だからこそ今日くらいは、尻尾ならきっと動いていた気持ちを1つだけ言葉にしてみても良い。「ありがとう」「嬉しかった」「また会おう」。

それだけで、尻尾のない普通の1日も少し楽しくなる。

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今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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