その発熱は病気?それともこもり熱?~介護士が繋ぐための体温観察のコツ~

[ 介護現場の流儀 ]

はじめに…37.8℃を見た瞬間に介護現場の空気が変わる

昼寝をしていた利用者さんが目を覚まし、いつものように体温を測ると37.8℃。「あれ、熱がある」。この数字が見えた途端、それまで穏やかだった空気が少しだけ変わります。風邪だろうか?、感染症だろうか?、それとも受診が必要だろうか?けれど本人を見ると、いつも通りに返事をしている。よく見ると体幹にはしっかり布団が掛かり、手足だけが外へ出ていた……となれば、もう1つ「こもり熱」という可能性も顔を出します。

こもり熱は正式な病名ではなく、布団や衣類、室温、暖房器具などの影響で身体から熱を逃がしにくくなったり、測定する場所が温められたりして、体温が高めに出る時に使われることのある言葉です。夏なら冷房と掛け布団、冬なら電気毛布や湯たんぽ、床暖房やヒーターまで加わります。人は一年中、なかなか器用に身体を温めたり冷やしたりして暮らしているわけで、体温計にしてみれば「そこまで事情は聞いていません」と言いたくなるところでしょう。

困るのは、37.8℃という数字だけでは病気による発熱なのか、周囲の環境が影響したものなのかを決められないことです。反対に「布団をかぶっていたから、こもり熱でしょう」と片づけるのも危険です。肺炎や尿路感染症、胆管炎、蜂窩織炎など、高齢者の体調変化には発熱が手掛かりになる病気がいくつもあり、痛みや訴えが分かりにくい人もいます。一喜一憂する前に、その数字の周りにある小さな変化を拾う必要があります。

介護士の役割は病名を決めることではありません。腋窩体温(脇の下で測る体温)だけでなく、顔色、呼吸、脈拍、寒気や汗、皮膚の赤みや腫れ、食事や水分、排尿、痛みの様子、そして「今日は返事が少し遅いな」という普段との差まで見て、看護職へ繋げることが出来ます。布団を何枚掛けていたか、いつ測ったか、室温はどうだったかという生活の景色も、大切な情報になります。

体温計が教えてくれるのは数字まで。その数字に意味を持たせるのは、目の前の人を見ている介護士の観察です。「熱があります」の一言から、「こんな環境でこの体温が出て、こんな様子があります」へ。そんな小さな進歩が、慌てなくて良い場面では落ち着きを生み、急ぐべき場面では迷わず次の人へバトンを渡す力になります。

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第1章…こもり熱って何?~「身体の熱」と「測った熱」は同じじゃない~

「こもり熱」という言葉を聞くと、身体の中に熱が閉じ込められて全身が熱くなっている姿を想像しがちです。けれど、この言葉は正式な病名ではなく、実際に起きていることも一枚岩ではありません。身体から熱を逃がしにくくなっている場合もあれば、布団や衣類で温められた脇の下を測ったため、体温計が普段より高い数字を示している場合もあります。似ているようで少し違う、この2つを分けて考えるところから始まります。

人の身体には、体の内部に近いコア温(身体の中心部に近い温度)と、外気の影響を受けやすいシェル温(皮膚など身体表面に近い温度)があります。皮膚温は身体の場所によっても違い、外気や衣服、寝具の影響を受けます。一方、普段の検温では身体の奥へ体温計を入れるわけにはいかないので、脇や耳など、内部の温度変化を掴みやすい場所を利用しています。身体の温度は隅から隅まで同じではないというだけでも、体温というものが意外に奥深いことが分かります。

昼寝中の姿を思い浮かべると分かりやすくなります。半袖と短パンで手足を布団の外へ出し、胸や腹だけに布団を掛けて眠っていたとします。外へ出ていた手足は室温の影響を受け、布団の中にあった体幹は保温されます。起きて冷えた手で自分のお腹や脇腹に触れれば、「熱っ!」と感じても不思議ではありません。身体の中で体温が真っ二つに割れたのではなく、皮膚の温度差によって熱さが際立っているわけです。まるで身体の上だけ春と冬が同居しているようですが、本人に季節を選んだ覚えはありません。

さらに介護現場で気をつけたいのが、脇そのものが長時間温められていた場合です。長く布団に入っていたり厚着をしていたりすると、脇に熱がこもって検温値が高めになることがあります。体温計の正しい使用方法でも、こうした状態ではこもった熱を冷ましてから測ることが案内されています。また、起床直後、食後、入浴後、運動後なども測定条件によって値が変わるため、普段と同じ条件で測ることが大切です。

そこで37.8℃と表示されたとしても、「身体の全てが37.8℃になった」と受け取る必要はありません。かといって、「脇が温まっていただけだから大丈夫」と即決するのも早計です。測定された数字には、身体内部の変化だけでなく、測った場所、寝具、衣服、直前までの行動といった条件が重なっている可能性があります。体温計は精密な道具ですが、布団を何枚掛けていたかまでは報告してくれません。そこは人間側の担当です。

こもり熱を考える第一歩は、体温計の数字を疑うことではなく、その数字がどんな条件で生まれたのかを見ることです。数字だけなら一目瞭然に見えても、その背景は千差万別です。普段の体温、測定した場所、身体に触れた感覚、周囲の温度まで一緒に見ることで、「熱があります」の一言が、ずっと役立つ観察情報へ育っていきます。


第2章…夏も冬も油断なし~布団・冷房・暖房器具が作る温度差~

こもり熱という言葉から真夏を思い浮かべる人は多いでしょう。ところが、身体の周りに熱を貯める条件は春夏秋冬いつでも作られます。暑い夏より、むしろ「冷やさないようにしよう」と保温を重ねる冬の方が分かりにくいことさえあります。季節を見るより、その人の身体が直前までどんな環境に置かれていたのかを見る方が大切です。

夏の昼寝なら、冷房の効いた部屋で半袖と短パンのまま、胸から腹にだけ薄い布団を掛けて眠る姿があります。四肢は冷たい空気にさらされ、体幹は布団の中です。目を覚まして手を胸元へ持っていけば、冷えた手には体幹が随分と熱く感じられるでしょう。そこで脇の下まで長く布団に包まれていたなら、検温値にもその影響が加わる可能性があります。長時間布団に入っていたり厚着をしていたりすると脇に熱がこもり、高めの値が出ることがあるため、測定前には条件を整える必要があります。

夏は「暑いから冷やす」、冬は「寒いから温める」と考えれば簡単そうですが、高齢者の暮らしはそんなに単純ではありません。冷房が苦手な人には毛布が増え、寒がりの人には厚手の寝巻きが加わります。本人が「まだ寒い」と言えば、さらに一枚。職員も「では、もう一枚」となる。気がつけば掛け布団、毛布、膝掛けの三段重ねで、本人だけ季節を先取りした冬支度になっていることがあります。善意は満員御礼、放熱する場所だけ少々不足しています。

冬になると、さらに役者が増えます。電気敷毛布、電気掛け毛布、湯たんぽ、あんか、こたつ、床暖房、室内ヒーター。どれも寒い暮らしを助けてくれるありがたい道具ですが、熱源が身体の一部へ長時間近づけば、そこだけ温度環境が変わります。特に自分で寝返りや掛け物の調整が難しい人では、「暑くなったら離れる」という何気ない動作が出来ないこともあります。電気毛布や湯たんぽなどは低温火傷にも注意が必要で、高齢者では熱さを感じにくく、長時間同じ場所が温められることで深い熱傷に繋がることがあります。

床暖房も少し違った見方が必要です。室温そのものだけを確認して「22℃だから問題なし」と判断しても、床から身体へ伝わる熱や、厚い寝具の中に作られた暖かな空間までは室温計だけでは分かりません。反対に暖房された室内でも、布団から出ていた手や足だけは冷えていることがあります。体幹は温かいのに足先は冷たいという温度差が生まれれば、触れた介護士が「身体が熱い」と感じることもあれば、「手足が冷たい」と感じることもあります。どちらも同じ人を見ているのに評価が割れる。少々ややこしい話ですが、身体は室温計の数字だけで暮らしているわけではありません。

そこで見たいのは、暖房器具があるかないかという二者択一ではなく、熱源と身体の位置関係です。どこまで布団が掛かっていたのか?、電気毛布は身体の下なのか上なのか?、湯たんぽはどこに置かれていたのか?、手足は外へ出ていたのか?、本人が自分で掛け物を動かせるのか?十人十色の寝姿を見れば、同じ室温、同じ季節でも身体の周囲に出来ている温度環境が違うことに気づきます。

こもり熱を季節で判断するのではなく、その人の身体に「どこから熱が入り、どこから逃げていたか?」を見ることが大切です。夏の冷房も冬の暖房も敵ではありません。布団も電気毛布も湯たんぽも、本来は心地よく暮らすための味方です。その味方が少し働き過ぎていないかを確かめるだけで、検温した数字の見え方は随分と変わってきます。

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第3章…体温計だけでは分からない~介護士だから気づける身体のサイン~

37.8℃。体温計にその数字が出た時、介護士が次に見るべきものは、もう体温計の中にはありません。利用者さんの顔を見て、声を聞き、呼吸を感じ、いつもの動きと比べます。高齢者では感染症があっても症状が目立ちにくいことがあり、「普段の反応と違う」「今日は笑顔が少ない」「何となく元気がない」といった日常の小さな変化が手掛かりになることがあります。厚生労働省も、体温だけでなく、意識状態、呼吸、脈拍、食欲、皮膚症状などを含めて観察することを大切にしています。

介護士には、医師のように診断を下す役割も、看護師のように医学的判断を進める役割もありません。その代わり、食事介助、おむつ交換、更衣、移乗、入浴、会話と、1日の様々な場面で利用者さんの一挙一動に触れています。「朝は普通に食べていたのに昼は箸が止まった」「いつも自分から話す人が今日は返事だけ」「トイレへ向かう足取りが妙に重い」。こうした情報は体温計には測れませんが、体調変化を考える上では大切な材料になります。

発熱らしい数字が出たなら、顔色がいつもと違わないか?、呼吸が速くないか?、咳や痰が増えていないか?、腹部を気にしていないか?、食事や水分が取れているか?、尿や便に変化がないか?、皮膚に赤みや腫れ、熱感がないか?と視線を広げます。皮膚の発赤(皮膚が赤くなること)、腫脹(腫れること)、熱感なども、感染症を疑う際の観察項目として挙げられています。 体温計に「ところで右足、昨日より赤くないですか?」と尋ねても返事はありません。無口なのではなく、そこは担当外です。

さらに大切なのが、「普段」を知っていることです。38℃という数字だけを基準にするのではなく、いつも36℃前後の人が37℃台になっているのか?、普段からやや高めなのかでも受け止め方は変わります。厚生労働省の介護現場向け手引きでも、体温には個人差があり、おおむね38℃以上、または平熱より1℃以上の上昇を発熱として捉えつつ、普段の体温が低い人では一律には扱えないとされています。数字を単独で眺めるより、「この人のいつも」を物差しにする方が、変化は見つけやすくなります。

そして、観察したものは頭の中だけに置かず、看護職へ渡せる形にします。「熱があります」だけではなく、「昼寝直後に37.8℃、掛け物を調整して再検しても高めです。朝より食欲が落ち、返事が遅く、右下腿に赤みと熱感があります」と伝われば、情報の価値は大きく変わります。逆に、掛け物を整えた後で体温が下がり、食事も会話も呼吸も普段通りなら、それも立派な情報です。どちらへ転んでも、観察した事実を臨機応変に渡せることが介護職の仕事を支えます。

介護士が拾うべきなのは「熱がある」という一点ではなく、「いつものその人から何が変わったか?」です。検温は体調確認の入口であって、ゴールではありません。触れた時の温かさ、声の張り、歩き方、食べ方、表情まで含めて見ていくと、37.8℃という1つの数字が、その人の身体から届いたずっと豊かな情報へ変わっていきます。


第4章…「こもり熱だろう」で終わらせない~病気を疑い看護へ繋ぐ観察術~

布団を外して衣服を整え、少し落ち着いてから測り直したら体温が下がった。「やっぱり、こもり熱だったか…」。そんな場面はあるでしょう。ただ、そこで観察まで終了してしまうと、折角、拾えるはずだった身体からのサインを置いて帰ることになります。こもり熱という可能性を知る目的は、発熱を軽く扱うためではありません。病気による発熱と決めつけず、こもり熱とも決めつけず、冷静沈着に次の材料を集めるためです。

高齢者の発熱には様々な背景があります。肺炎なら咳や痰、呼吸の変化が手掛かりになることがありますし、腎盂腎炎などの尿路感染症では発熱に加えて尿の変化や腎臓付近の痛みが現れる場合があります。蜂窩織炎(皮膚とその下に広がる細菌感染症)では、皮膚の赤み、腫れ、熱感、痛みと共に発熱や悪寒が起こることがあります。厚生労働省の介護現場向け感染対策資料でも、蜂窩織炎や尿路感染症は高齢者施設で注意したい感染症として挙げられています。

胆管炎のように、腹部の病気から発熱することもあります。実際、介護施設や福祉施設から入院した患者の疾患には、肺炎、胆管炎、蜂窩織炎、敗血症なども含まれています。 高齢者だから必ず症状が乏しいと決めることも出来ませんが、痛みを上手く言葉に出来なかったり、「別に何ともないよ」と遠慮したりする人はいます。「痛いですか?」だけで終わらず、いつもより身体を丸めていないか、食事の手が止まっていないか、触られるのを嫌がる場所がないかという姿にも目を向けたいところです。

そして大事なのは、介護士が「肺炎だ」「胆管炎だ」と病名を当てることではありません。「37.8℃です」に、「昼寝から起きた直後です」「掛け物を整えましたが高めのままです」「今日は食事が半分です」「呼吸がいつもより速いです」「右足が赤く腫れて熱を持っています」と事実を重ねていきます。これなら看護師は次の判断へ進みやすくなります。反対に、掛け物を調整した後、体温が落ち着き、呼吸、食欲、排泄、皮膚、反応も普段と変わらないなら、それも価値のある経過観察と報告です。

気をつけたいのは、「測り直してから考えよう」が安全とは限らないことです。意識が明らかにおかしい、呼吸が苦しそう、顔色が急に悪い、ぐったりして反応が乏しいなど、全身状態に大きな変化があるなら、こもり熱かどうかを確かめることに時間を使わず、施設の手順に従って速やかに看護職や医療へ繋ぐ必要があります。感染症が疑われた場合に職員から管理者などへ速やかに報告できる体制を整えることも、国の施設向け手順で求められています。

ここで役立つのが「転ばぬ先の杖」です。平常時からその人の体温、食事量、排泄、呼吸、皮膚の状態、受け答えを知っていれば、異変が起きた日に比較できます。普段を知らなければ37.8℃はただの数字ですが、普段を知っていれば「この人には珍しい」が加わります。介護士が毎日積み重ねている何気ない関わりは、こういう場面で臨機応変な判断を支える情報になります。

「こもり熱か病気か?」を介護士が決める必要はありません。決めるために必要な変化を見つけ、次の専門職へ渡すことが大切です。体温計を見て慌て過ぎず、布団を見て安心し過ぎず、その人自身を見る。そこまでできれば、発熱という小さな数字に振り回される側から、必要な人へ情報を繋ぐ側へ一歩進めます。

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まとめ…熱を当てる人ではなくて変化を拾って次へ繋ぐ人に

体温計に37.8℃と表示された時、その数字だけを見れば「発熱!」と考えたくなります。けれど、直前まで布団に包まれていたのか、冷房の中で体幹だけを温めていたのか、冬なら電気毛布や湯たんぽを使っていたのか。その人が置かれていた環境まで眺めると、同じ37.8℃でも見える景色は変わってきます。こもり熱を知ることは、熱を軽く考えるためではなく、数字を鵜呑みにしないための知恵です。

だからといって、「布団を掛けていたから大丈夫」と安心するわけにもいきません。肺炎、尿路感染症、胆管炎、蜂窩織炎をはじめ、発熱が体調変化の入口になる病気はいくつもあります。体温が下がったかどうかだけではなく、食べられているか?、飲めているか?、いつもの返事が返ってくるか?、呼吸や排泄、皮膚の様子に変化はないか?こうした一挙一動を見られることこそ、毎日の暮らしに近い介護士の持ち味です。

もちろん、何でも介護士だけで判断する必要はありません。むしろ「分からないものを無理に決めない」ことも大切な技術です。「37.8℃でした」だけで終わらせず、「昼寝直後で、掛け物を調整した後はこうなりました。食事はこれくらいで、呼吸と皮膚はこんな状態です」と事実を添える。それだけで看護職が受け取る情報は格段に豊かになります。以心伝心を期待するより、少し丁寧に伝えた方が医療と介護はずっと動きやすくなります。残念ながら、職種が違えばテレパシー機能までは標準装備されていません。

介護士に必要なのは病名を当てる力ではなく、「いつものその人」と違うものを拾い、必要な人へ繋げる力です。体温計、布団、室温、表情、食事、排泄、皮膚、呼吸。そのどれか1つだけでは見えなかったものも、重ねて見れば輪郭が現れます。そんな日々の試行錯誤が観察力を育て、いざという時の落ち着きに繋がっていきます。

こもり熱を知ったからといって、明日から発熱の正体が百発百中で分かるわけではありません。それで十分です。「これは何だろう?」と立ち止まり、身体と暮らしの両方を見る。その小さな習慣があれば、不要な慌て方を減らしながら、本当に急ぐべき変化には気づきやすくなります。体温計の数字に振り回される介護から、数字の向こう側を見る介護へ。そこまで進めたら、37.8℃という表示も少しだけ怖くなくなるはずです。

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