高齢者施設のホワイトデーはお返しよりありがとう~工作と甘い時間が笑顔を結ぶ春レク~
目次
はじめに…白いお菓子より先に届ける春の「ありがとう」
3月の午後、窓から入る光が少しだけやわらかくなり、施設の食堂にも春の気配が混じり始めます。白い紙で作った小さな花、テーブルに置かれたリボン、どこからか聞こえる「今日は何の日だったかねえ」という声。そこで職員が「3月14日、ホワイトデーですよ」と答えると、「あら、お返しをもらえる日?」と目が輝く方もいれば、「私は配る方が忙しいわ」と笑う方もいる。まだ何も始まっていないのに、空気だけはもう十分に甘くなっています。
ホワイトデーというと、若い人たちがお菓子を贈り合う日だと思われがちです。けれど、高齢者施設で味わうホワイトデーは、恋の続きだけを楽しむ日ではありません。「ありがとう」をカードに書くこと。隣の席の方へ小さな作品を手渡すこと。職員に「いつも世話になるね」と少し照れながら声を掛けること。そんな何気ないやり取りが、普段の一日をフワリと華やかに変えてくれます。
年齢を重ねると、贈り物を受け取る機会は増えても、自分から誰かのために作ったり、選んだり、渡したりする時間は少なくなりやすいものです。だからこそ、白いカードに花を貼る指先や、お菓子を包む手の動きには、その人らしい喜びが宿ります。「渡す人がいないから、職員さんにあげようか?」と言われ、思わず背筋を伸ばす職員。いやいや、今日だけ接客態度を良くしても遅いですよ、と心の中で自分にツッコミを入れながらも、やっぱりうれしい。そんな笑いまで含めて、和気藹々とした春の行事になっていきます。
懐かしい行事や香り、手作業をきっかけに思い出を語ってもらうことは、回想法(懐かしい記憶を通して気持ちを穏やかにする関わり)にもつながります。「昔は飴をもらった」「お返しなんて期待しなかったけれど、内心は待っていた」など、ポロリとこぼれる話には、その方の歩いてきた時間が詰まっています。白いお菓子1つから、初恋の話、家族への感謝、若い頃の春の景色まで飛び出してくるのですから、人生の引き出しは実に豊富です。
ホワイトデーは、お返しを数える日ではなく、まだ誰かに喜んでもらえる自分を感じられる日です。
「情けは人の為ならず」と言いますが、差し出した笑顔や感謝は、いつの間にか渡した本人の心まで明るくしてくれます。お菓子を食べるだけで終わらせず、作る、選ぶ、渡す、笑うまでを1つの時間に出来たなら、3月14日は春の思い出としてゆっくり残っていくでしょう。さあ、白いリボンの向こうに待っている、少し照れて、たくさん笑える一日を始めましょう。
[広告]第1章…恋の行事にしなくていい~ホワイトデーを誰もが楽しめる日に~
ホワイトデーを高齢者施設で楽しむなら、主役は「恋のお返し」ではなく、「誰かに気持ちを渡せる嬉しさ」です。恋の思い出がある方も、そうではない方も、結婚生活を語りたい方も、話したくない方もいる場所で、全員を同じ甘酸っぱい空気に並べようとすると、却って居心地が悪くなってしまいます。
3月14日の朝、職員が「今日はホワイトデーです。ありがとうを渡す日にしましょう」と声を掛けると、場の空気はスッとやさしくなります。「恋人にお返しする日です」と言われると身構えてしまう方でも、「お世話になっている人へ気持ちを渡す日」と聞けば、隣の席の方や家族、職員、そして日々がんばっている自分にも目が向きます。誰かを特別扱いしなくても、心はちゃんと動きます。
中には、「わしは昔から、そういう洒落た日は関係ない」と腕を組むお父さんもいるでしょう。ところが、白いお菓子を前にして「1つ誰かに渡しますか?」と尋ねると、「じゃあ、あの人に。いつも新聞を先に貸してくれるから」と、急に贈り主の顔になる。関係ないと言った3分後には選ぶ側です。おやおや、参加しない宣言はどこへ行きましたか?、と職員の心の声が少しだけ弾みます。
高齢者施設には、様々な人生を歩んできた方が集まっています。伴侶を亡くされた方、家族と離れて暮らしている方、昔の思い出を大切に抱えている方、目の前の楽しさを静かに味わいたい方。だから、行事の入口は広い方が良いのです。「誰に贈りますか」と聞くより、「今日、ありがとうを伝えたい人はいますか?」と尋ねる方が、答えを急がせません。返事がなくても、白い花を眺めたり、お茶と小さなお菓子を楽しんだりするだけで、その方なりの春の時間になります。
ホワイトデーは、誰かを恋しく思う人だけでなく、誰かを大切に思える全ての人の行事に出来ます。
この日を楽しむために、派手な演出が必要なわけではありません。白や淡い桃色の飾りを少し用意して、テーブルに小さなカードを置き、職員が「今日は皆さんに感謝を渡したい日です」と笑顔で話す。それだけでも、一日は平穏無事ないつもの日から、少し心待ちにしたくなる日へ変わります。そこにお菓子の香りが加われば、もう十分。豪華絢爛な舞台より、目の前の人が居心地よく笑える空気の方が、施設の行事にはよく似合います。
そして大切なのは、渡す相手を異性に限定しないことです。仲のよい女性同士でカードを交換してもいい。男性利用者さんが職員へ「いつも助かってる」と渡してもいい。家族へ持ち帰る作品を作ってもいい。自分用のお菓子を選び、「これは私の分。誰にもあげません」と宣言するのも、実に堂々としていて素敵です。職員が笑って「承知しました、厳重警備にします」と返せば、そのお菓子はもう立派な思い出の種になります。
無理に昔の恋を聞き出したり、照れるやり取りを盛り上げ過ぎたりしなくても構いません。笑う人の隣で静かに頷く方も、その場を楽しんでいます。話したい方には話していただき、味わいたい方には味わっていただく。その自由さがあるからこそ、老若男女を問わず、春の一日は温かくまとまっていきます。
恋の行事を、感謝の行事へ。お返しを求める時間を、気持ちが行き交う時間へ。白いリボンが揺れる食堂で、「ありがとう」が1つ飛び交ったなら、その日のホワイトデーはもう大成功です。
第2章…作って渡して会話が咲く~白い工作とメッセージカードの時間~
白い画用紙、淡い桃色のシール、細いリボン、丸く切った紙皿。テーブルの上に材料が並ぶと、食堂は急に小さな工房のような顔になります。「何を作るの?」と手を伸ばす方もいれば、「私は見ているだけでいいよ」と少し離れて座る方もいる。けれど、隣で誰かがリボンを選び始めると、つい気になってしまうのが人の心です。「その色、綺麗ね」と声が掛かり、いつの間にか見学席にもシールが1枚届いています。
ホワイトデーの工作は、難しい作品を完成させることが目的ではありません。白いカードに花を貼る。丸いコースターに小さな飾りを添える。紙で作った包みに、ひと言の札を付ける。手の動きは小さくても、「誰かに渡せるものが出来た」という気持ちはしっかり残ります。完成の形が千差万別でも、それぞれが立派な贈り物です。
作業の途中には、巧緻動作(指先を細かく使う動き)を自然に引き出せる場面もあります。シールの台紙をはがす、紙を押さえる、リボンを選ぶ、ペンで名前を書く。手先を使うことに集中しながらも、そこには訓練らしい堅さがありません。「この花、少し曲がったね」「曲がった方が私らしいのよ」と笑い合えれば、指先も心も肩の力が抜けていきます。
ただ、工作となると職員の心には妙な職人魂が宿りがちです。左右のリボンを揃えたい、花の位置を真ん中に直したい、カードの角も綺麗に丸めたい……と手を出し始めたら、気づけば職員作品展です。いけません、主役交代です。少し斜めの花も、貼り直した跡も、その方が手を動かした証し。出来栄えを整えるより、「これを渡したい」と思える時間を守る方が、ずっと大切です。
中でも、ホワイトデーに似合うのはメッセージカードです。長い文章でなくて構いません。「ありがとう」「いつも元気でね」「また一緒にお茶しましょう」。書くのが難しい方には、職員が言葉を聞き取って代筆し、最後に花のシールを選んでもらう方法もあります。言葉が出にくい方なら、好きな色を選ぶだけでも、その方からの贈り物になります。
「誰に渡しますか?」と尋ねると、すぐに名前が出る方ばかりではありません。少し考えてから、「隣の席の人にしようかな。いつも先に挨拶してくれるから」と小さく笑う方もいます。普段は当たり前に受け取っている親切が、カードを作る時間の中で、ふと大事なものに見えてくるのです。感謝は大きな出来事から生まれるものばかりではなく、お茶の時間に席を詰めてくれたことや、落としたハンカチを拾ってくれたことにも、そっと宿っています。
手作りの良さは、上手に作れたことより、渡したい誰かの顔が浮かぶことにあります。
カードが出来上がる頃には、最初に「見ているだけ」と言っていた方の前にも、小さな作品が1つ置かれているかもしれません。「これは誰にも渡さず、部屋に飾るの」と言われたら、それも大歓迎です。自分を喜ばせる贈り物だって、立派なホワイトデー。むしろ職員が「私にも一枚……」と視線を送ってしまい、「あなたは自分で作りなさい」と笑われるまでが、春の予定調和です。
一期一会の一日に、手元から生まれた白いカードが一枚渡される。受け取った方の「まあ、嬉しい」という声が聞こえれば、紙とシールで始まった時間は、もう作品作りを越えています。白い工作は飾るためだけのものではなく、人と人の間に言葉を運ぶ、小さな春の便りなのです。
[広告]第3章…甘い香りは笑顔の合図~食べる楽しみと安全なひと工夫~
昼下がりの食堂に、ほんのり甘い香りが広がると、会話より先に表情が動きます。「今日は何か出るの?」と聞かれ、職員が「白くて甘いものを準備しています」と答えると、「それなら先にお茶を入れておこうか?」と、なぜか召し上がる側が準備万端。甘いものの気配は、座ったままでも心を台所まで走らせてくれるようです。
ホワイトデーに白いおやつを楽しむなら、見た目の華やかさと同じくらい、口に入れた時の安心を大切にしたいものです。やわらかな白いプリン、なめらかなヨーグルト風デザート、口の中でほどけやすいスポンジに白いクリームを少し添えたもの。白いお皿に淡い桃色の飾りをひとつ添えれば、「まあ、春らしい」と声が上がります。大きなタワーを建てなくても、ひと皿の中に春はちゃんと座ってくれます。
おやつ作りに参加していただく時も、全員が同じ作業をする必要はありません。カップを選ぶ方、クリームを少しのせる方、飾りを置く方、完成したお皿を眺めて「合格」と判定する方。最後の役割、食べる前から権威があり過ぎますが、それもご愛嬌です。自分の出来るところで参加できれば、食べる時間はグッと楽しみになります。和気藹々とした空気の中で、「私が飾ったのはどれ?」と探す顔には、いただく以上の喜びが滲みます。
ただし、甘い香りに浮かれて安全の確認が後回しになると、職員の背中には急に冷たい汗が流れます。食形態(噛む力や飲み込む力に合わせた食事の形)に合っているか、誤嚥(食べ物や飲み物が気管に入ること)の心配がないか、乳製品や卵、小麦などのアレルギーがないかは、開始前に確かめておきます。マシュマロや硬い飴、ぽろぽろ崩れるクッキーは、楽しそうに見えても、その方の状態によっては向かないことがあります。「白いお菓子なら何でも集合!」と張り切りたい気持ちは分かりますが、そこはお菓子の選抜会。安全に食べられる選手だけに登場してもらいましょう。
手作りのおやつを家族へ渡したいという声が出ることもあります。「孫に見せたいの」「娘にひと口残しておくわ」と話される姿は、とても微笑ましいものです。けれど、生ものやクリームを使った品は、時間や保管の方法に注意が必要です。持ち帰りが難しい時は、作品の写真を添えたり、カードだけを渡したりすれば、気持ちは十分に届きます。無理に包んで持たせるより、「今日、こんなに楽しそうに作られました」と家族へ伝わる方が、春の贈り物としては味わい深いのです。
食べる楽しみは、安全に味わえる準備が揃ってこそ、心からの笑顔に繋がります。
そして、いよいよおやつの時間。白いプリンをひと口召し上がった方が、「美味しいねえ。もう1つはないの?」と静かに尋ねます。職員が「おかわりは相談ですね」と答えると、「相談なら得意。多数決にしましょう」と周囲を見渡して、あっという間に賛成の手が上がる。用意周到なのは職員のはずが、おかわり会議だけは利用者さんの方が一枚上手です。
甘いおやつは、単なる献立の追加ではありません。作る時には手が動き、選ぶ時には心が弾み、食べる時には隣の人との会話が生まれます。「白いからホワイトデーね」と笑う声が1つ聞こえたなら、そのひと皿はもう十分に春の行事です。お腹にやさしく、気持ちにも嬉しい甘い時間を、皆でゆっくり味わっていきましょう。
第4章…職員だけで盛り上げない~家族と仲間へ広がる感謝の一日~
カードが出来て、おやつの皿も綺麗になった頃、テーブルの上には白いリボンと笑い声の余韻が残ります。けれど、ホワイトデーの楽しさは、その場にいる人だけで閉じてしまうには少し惜しいものです。「これ、娘に見せたいな」「孫が来たら渡せるかな」と聞こえてきた時、行事は施設の中の催しから、家族の暮らしへ届く春の便りに変わります。
家族を招いてにぎやかな時間を作れる日なら、玄関を入った瞬間から小さな驚きを用意しても素敵です。利用者さんが作った白いカードを飾り、テーブルには春らしいお茶を並べ、本人が選んだ作品を家族に手渡せるようにする。「おばあちゃん、これ作ったの?」と孫が目を丸くすれば、「そうよ、まだまだ手先は現役よ」と胸を張る声が返ってくるかもしれません。受け取るばかりになりやすい毎日の中で、自分が誰かを喜ばせる側になれることは、思っている以上に晴れやかな体験です。
とはいえ、家族全員が当日に来られるわけではありません。仕事がある方、遠方で暮らす方、体調や都合が合わない方もいます。そこを「来られた家族だけが楽しい日」にしてしまうと、にぎやかな笑い声の隣で、少し寂しい気持ちになる方が出てくることもあります。春の行事に必要なのは、集まる人数の多さより、誰も置き去りにしない心配りです。
家族の来訪が難しい方には、作ったカードを次の面会まで預かっておく、作品を手にした笑顔を本人の了承を得て家族へ届ける、電話の時間に「今日はこんな物を作ったよ」と話せるように手元へ置いておく。ご家族以外にも、仲のよい利用者さんや、いつも声を掛けてくれる職員へ渡せる流れを用意すれば、贈る喜びは途切れません。大切なのは、「誰かが来るから参加する」のではなく、「私の気持ちを渡せるから参加したい」と思えることです。
「息子には書かないの?」と職員が尋ねると、「あの子は甘い物ばかり食べるから、カードより注意書きを渡したい」と笑うお母さんもいるでしょう。そこで職員が「では、健康を願う愛情たっぷりカードですね」と返すと、「そうそう、愛情は薄味で十分」とさらり。甘い行事のはずが、急に塩分まで気になる健康談義になるのも、高齢者施設のホワイトデーらしいところです。
また、施設で一緒に過ごす仲間同士のやり取りも、見逃したくない贈り物です。毎朝同じ席で新聞を読む方、体操の時間に声を掛け合う方、お茶の時間に「今日は寒いね」と話す方。家族とは違っても、同じ季節を過ごしてきた仲間には、静かに育った親しみがあります。「いつも隣で安心します」とカードに書くのは少し照れくさくても、白い花を1つ貼って渡すだけなら、言葉以上に伝わることもあるでしょう。以心伝心とは、こういう小さな瞬間に似合う言葉なのかもしれません。
職員も、用意する人、進行する人、見守る人だけで終わらなくてかまいません。利用者さんからカードを受け取って、「こちらこそ、毎日会えるのが嬉しいです」と返す。ご家族から「こんな表情を見るのは久しぶりです」と声を掛けられたら、その言葉をそっと本人へ届ける。職員が人と人の間を行き来することで、感謝の輪は綺麗に繋がっていきます。
家族が来ても来なくても、誰もが誰かへ気持ちを渡せる一日に出来れば、ホワイトデーは寂しさを作らない行事になります。
帰り際、面会に来た娘さんがカードを大事そうに鞄へ入れ、利用者さんが「家に飾りなさいよ」と念を押す。隣の席では、受け取った小さな花飾りを眺めながら「私も今度は作って渡そう」と笑う方がいる。白い作品は小さくても、その先に続く会話は意外なほど長く残ります。
職員が盛り上げて終わる行事ではなく、利用者さんから家族へ、仲間へ、また利用者さんへと、ありがとうが巡っていく一日。春の光の中で差し出された白いカードは、施設の扉を越えて、暮らしの中にやさしい続きを運んでくれるのです。
[広告]まとめ…お返しの箱を開けたら一緒に笑った春が残る
ホワイトデーが終わった夕方、食堂の飾りを片付けながら、白いカードを手にした利用者さんが、もう一度ゆっくり文字を眺めています。お菓子は食べればなくなりますし、リボンもいつかは片付けられます。それでも、「これを渡したら喜ぶかな」と考えた時間や、「ありがとう」と受け取った時の声は、春の記憶として静かに残っていきます。
高齢者施設のホワイトデーは、若い頃の恋を再現するためだけの一日ではありません。作ることが難しい方には選ぶ楽しみがあり、食べることに注意が必要な方には安心して味わえる工夫があり、家族が来られない方にも仲間や職員へ気持ちを渡せる道があります。参加の形を1つに決めないからこそ、誰も無理をせず、自分らしい笑顔で加われるのです。
白いカードを作る指先には、まだ誰かを喜ばせられる嬉しさがあります。おやつを囲む時間には、同じテーブルで季節を味わう楽しさがあります。家族や仲間へ贈り物を渡す瞬間には、「私は今日も誰かと繋がっている」という安心があります。小さな催しの中に、心身一如のように、体を動かすことと気持ちが弾むことがそっと重なっていきます。
もちろん、行事の日には思わぬ展開もあります。家族へ渡すはずだったカードを、「やっぱり自分の部屋に飾る」と大事そうに抱える方がいたり、職員用に残してくださったお菓子を、気づけばご本人が「味見だけね」と召し上がっていたり。あれ、こちらへの感謝はどこへ……と思いながら、その嬉しそうな顔を見ると、まあ良しとしたくなります。贈り物の行き先が変わっても、笑い声が増えたなら大成功です。
ホワイトデーの本当のご馳走は、お菓子の甘さではなく、誰かを思う気持ちが行き交う温かさです。
職員が準備した行事を利用者さんが楽しむだけでなく、利用者さん自身が誰かのために選び、作り、渡し、笑顔を生み出す。その瞬間、施設の一日は「してもらう時間」から「一緒に育てる時間」へ変わります。白い花飾り1つ、短いカード1枚でも、一期一会の春の日を思い出深くしてくれるでしょう。
3月14日が来たら、甘いお菓子を用意するだけで終わらせず、小さな「ありがとう」を渡せる席もそっと用意してみてください。白いリボンの向こうで、「今年も楽しかったね」と笑う声が聞こえたなら、その春はきっと、来年まで心の中でやさしく咲き続けます。
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