音楽ミニゲーム完成!~Unityから世界へ飛び出すまで~

[ その他・雑記 ]

はじめに…小さなゲームを作るはずが長い冒険になりました

「音楽が流れて、左右に動いて、落ちてくるものを受け止める」。文字にすると、随分と可愛らしいミニゲームです。ところが、いざUnityを開いて作り始めると、左右へ動くだけでもキーボードと画面ボタンでは話が違い、音量ボタンを置けば「押したのに無反応」、動画を入れれば「何故か音が出ない」。こちらは遊ぶゲームを作っているはずなのに、いつの間にかゲームの方から謎解きを出題されていました。

それでも、画面の中に少しずつ役者が揃っていきます。春らしい風景があり、音符が落ちてきて、小さなキャラクターが左右へ走る。そこへ音楽が重なり、SCORE(得点)とMISS(失敗回数)が動き始めると、不思議なもので「部品の集まり」だったものが急にゲームの顔を見せ始めました。試行錯誤の途中では、「桜の花弁も降らせようか」「効果音もいるかな?」と欲も出ます。制作中の頭というのは、スーパーへ牛乳だけ買いに来たはずなのに、お菓子と総菜までカゴへ入れてしまう時と少し似ています。

けれど、足せるものを全部足すことが完成ではありませんでした。動くこと、遊べること、音楽を楽しめること。そして、遊び終わった時にちゃんと止まること。そんな当たり前に見える部分を1つずつ確かめていくうちに、悪戦苦闘も少しずつ「作品を育てる時間」に変わっていきます。

小さな作品でも、誰かが実際に触れられる場所まで運べた時、初めて「作った」という実感が追いついてくるものです。完成ボタンがどこかに置いてあるわけではありません。動いて喜び、止まって困り、直してまた動かす。その繰り返しの先に、ブラウザの中で音楽と景色が動き出す瞬間が待っていました。

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第1章…絵と音と操作が繋がってゲームが息を始める

最初は、画面の中に必要なものを1つずつ置いていく作業でした。背景があり、プレイヤーがいて、上から音符が落ちてくる。そこへSCORE(得点)とMISS(失敗回数)を加え、条件を満たせばGAME CLEAR、失敗が重なればGAME OVER。文字だけで眺めれば単純明快ですが、実際には1つ動かすたびに別の場所が「私はどうするの?」と手を挙げます。Unityの画面は静かなのに、中では学級会が開催されているようでした。

背景には季節の景色と音楽を組み合わせた動画を使い、ゲームの土台を作りました。プレイヤーは左右へ移動し、落ちてくる音符を受け止めます。キーボードの左右キーだけなら話は早いのですが、ブラウザで遊ぶなら画面上の左右ボタンも欲しくなります。そこで、押している間だけ動き、指やマウスを離せば止まる操作を加えました。右へ行きたいのに左へ突進したら、それはそれで前衛芸術ですが、ゲームとしては困ります。

操作を増やすと、次に気になったのが開始前や終了後でした。STARTを押す前からキャラクターだけ元気に走り回っていたり、GAME OVERの文字が出ている横で、まだ左右移動できたりすると、画面の中だけ往生際が悪いことになります。開始前は止まり、始まれば動き、終わればまた止まる。その流れを整えたことで、ようやくゲーム全体に起承転結が生まれました。ゲームらしさは派手な演出より、「今は何ができる時間なのか?」が自然に伝わるところから育っていきます。

さらに、音楽を楽しむ作品なら音量も自分で調整できた方が良い。小さなマイナスとプラスのボタンを加えましたが、最初は押しても反応しない。コードを疑い、設定を見直し、辿り着いた先がボタン画像の透明度だった時には、「犯人、そこ?」と声をかけたくなりました。こういう小さな事件が積み重なるのも1人制作の面白いところです。右往左往しながらも原因が分かった瞬間には、さっきまで敵だった設定画面が急に頼もしく見えてきます。

絵、音楽、入力、判定、結果表示。それぞれは別々の部品ですが、少しずつ連携させると、ただの画面が「遊べる場所」へ変わります。一朝一夕ではありません。それでも1つ直せば1つ前へ進み、昨日まで静止していた世界が今日は自分の操作に応えてくれる。その積み重ねこそ、制作の醍醐味なのだと思います。


第2章…足すだけが制作じゃなくて見送る勇気も大切だった

ゲームの形が見えてくると、今度は「もっと何かできそう」が顔を出します。季節の景色が流れるなら、桜の花弁を画面にも降らせたい。音符を取った時には効果音があった方が華やかかもしれない。動きが少し寂しく見えれば、演出をもう一段足したくなる。作っている本人だけが入れる小さな遊園地で、次々に新しいアトラクションの建設計画が始まるようなものです。

実際に、季節に合わせて花弁を舞わせる仕組みまで考えました。ところが一歩進めて眺めてみると、背景動画そのものに季節の景色があり、音楽も流れ、画面では音符を追いかけています。そこへさらに花びらまで降ってくれば、華やかになる代わりに、プレイヤーが何を見れば良いのか少し散漫になる可能性もあります。折角、用意しかけたものを見送るのは惜しいものですが、制作では取捨選択も大切な仕事でした。

効果音も同じでした。音符を取るたびに軽快な音を鳴らせば、一般的なゲームらしさは増します。ただ、この作品で主役にしたかったのは音楽です。歌や景色を楽しんでいるところへ何度も別の音が割り込めば、気持ち良さより忙しさが勝つかもしれません。「ゲームなのだから音を足そう」ではなく、「このゲームには本当に必要だろうか?」と考えると、無くても成立するものが見えてきました。

これは少し不思議な感覚です。制作を始めた頃は、機能を増やすほど完成へ近づくように思えます。けれど、ある程度まで形になると、今度は余計なものを外すことで作品の輪郭がはっきりしてきます。あれもこれもと盛り付けた食卓より、炊きたてのご飯と味噌汁が妙に落ち着く日があるようなものです。豪華絢爛が似合う作品もあれば、必要十分が心地良い作品もあります。

作れるものを全部入れるより、「これは入れない」と決められた時、作品は少しだけ自分の顔を持ち始めます。試したものが採用されなかったとしても、その時間が無駄になるわけではありません。見送ったからこそ、何を大切にしたいのかが見えてくることもあります。

制作では、完成へ向かう道が一本道とは限りません。寄り道し、試して、戻って、また進む。七転八起とまではいかなくても、「違ったな」と気づいて引き返せることも立派な前進です。転ばぬ先の杖ということわざがありますが、創作では少しくらい転んでみないと、その杖が必要だったのかどうかさえ分からないのかもしれません。

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第3章…完成したはずなのにWebへ出したら音も景色も消えた

Unityの中では、ちゃんと動いていました。STARTを押せば音楽が流れ、季節の風景が動き、プレイヤーも左右へ走る。音符を受け止めれば得点が増え、失敗すればMISSが増える。何度も確かめて、「よし、これなら外へ出せる!」と思えるところまで来ていました。長かった制作にも、ようやくゴールテープが見えてきた気分です。

ところがWeb版(ブラウザ上で遊べる形式)として動かしてみると、そのゴールテープがこちらへ全力疾走してくるどころか、突然どこかへ持ち去られました。画面は思ったように収まらず、肝心の背景動画や音楽まで正常に再生されない。ゲームの中身はそこにあるのに、舞台の幕だけ下りたままです。「さっきまで元気だったでしょう?」とパソコンに聞いても、もちろん返事はありません。

Unity上で正常に動くことと、ブラウザへ持ち出して正常に動くことは別の話でした。そこで動画の置き場所を変え、StreamingAssets(実行時にそのまま読み込むデータを置く場所)を使って、ゲーム側から動画ファイルを呼び出す形へ変更しました。さらに画面比率やWeb用の設定も確かめながら、ビルド(遊べる形に書き出す作業)をやり直します。試行錯誤という四字熟語が、これほど文字通りに感じられる時間もなかなかありません。

こうしたトラブルは、制作している最中には少々意地悪に見えます。けれど、振り返ってみれば「自分のパソコンで動く」と「誰かのブラウザで遊べる」の間には、大きな橋が1本ありました。自宅の台所で美味しくできた料理を、お弁当に詰めて遠くまで運ぶようなものです。皿の上では完璧でも、運んだ先で汁が漏れていたら悲しい。ゲームにも、外へ持ち出すための包み方が必要だったのです。

しかも、一度、直して終わりとは限りません。動画を差し替えたり配置を変えたりすれば、今度は音声側に別の症状が出ることもありました。こんな時は百戦錬磨の開発者でもない限り、「今日は何の罠ですか?」と画面へ問いかけたくなります。それでも、1つずつ原因を切り分け、保存し、読み込みを待ち、もう一度動かす。派手ではありませんが、この地道な往復が最後には効いてきました。

作品は自分の環境で動いただけでは終わらず、誰かの環境へ渡った時にもう一度試されます。そこで崩れたものを直す時間まで含めて、公開へ向かう制作なのだと思います。苦労の真ん中では見えにくくても、「動かない」に出会った回数だけ、次に似た壁が現れた時の怖さは少しずつ小さくなっていきます。


第4章…ブラウザに春が戻った日に作品は誰かに渡せる形になった

動画の読み込み方法を変え、Web用の設定を確かめ、もう一度ゲームを書き出す。出来上がったZIPファイルをitch.ioへ送り、ブラウザから起動してみるまで、まだ安心はできませんでした。制作画面の中で成功していても、公開先で同じように動いてくれるとは限らない。それを痛いほど知った後ですから、STARTボタンを押す指にも妙な緊張が乗ります。

そして、画面に季節の景色が現れました。音楽が流れ、左右のボタンも動き、音符も落ちてくる。得点が増え、MISSも数えられ、最後にはGAME CLEARへ辿り着く。何度も見てきたはずの光景なのに、ブラウザの中で動いているだけでまるで別物に見えました。紆余曲折の末に、「自分のパソコンの中にあるゲーム」から「誰かが開いて遊べるゲーム」へ変わった瞬間です。

itch.ioにはタイトルや紹介文を入れ、カバー画像を置き、実際のプレイ画面も並べました。ゲームを作ることとは違う作業ですが、これも作品を外へ送り出すための大切な身支度です。家の中ではジャージで快適に過ごせても、玄関を出るなら少しくらい襟元を整えたくなる。作品にも、そんな「人に会う準備」があるのだと思います。

このブログ記事の前日、itch.ioで公開設定を最後に切り替えた時、何か派手な花火が上がるわけではありませんでした。画面には静かに「公開された作品」として並びます。けれど、その静けさの向こうには、絵を用意し、音楽を組み合わせ、操作を直し、ボタンに悩み、動画に振り回され、Web版でもう一度、躓いた時間があります。感無量とは、こういう時に使う言葉なのかもしれません。

完成とは、自分が納得するまで磨き続けることだけではなく、誰かが触れられる場所へ作品を送り出すことでもあります。完璧になる日を待っていたら、作品はいつまでも制作画面の中に座ったままです。少し不器用なところが残っていても、今できる形で外へ出す。その一歩によって、作ったものは初めて作者の手を離れ、知らない誰かの数分間へ入り込めるようになります。

そして、その数分間を味わってもらう準備も整いました。春の景色と音楽の中で左右へ動き、落ちてくる音符を追いかける小さなゲームです。制作中には私の中で随分と大きな冒険に感じましたが、遊ぶ側の皆様に必要なのは難しい知識ではありません。画面の中へ入って、少し動いて、少し失敗して、音楽を楽しんでもらえれば十分です。

この先にあるゲーム枠が、その小さな旅の入口になります。

プレイはこの↓↓↓ゲーム枠↓↓↓からどうぞ。


※ 音は最初のタップ/クリックで鳴ります。右下のボタンからフルスクリーンでのプレイを推奨します。


まとめ…完成とは完璧ではなくて届けられる場所まで歩くこと

1つの音楽ミニゲームを作るだけでも、思っていたより長い道程になりました。歌詞を考え、曲を編集して何度も聞いて作り直す…絵を置き、音を流し、キャラクターを動かし、ボタンを整え、失敗したら止まり、最後まで辿り着けば終わる。そこまで出来ても、Webへ出した瞬間に景色や音が消える。制作というものは、ゴール目前で「実はもう一周あります」と笑顔で札を出してくることがあります。なかなか…本当にAIは油断できません。

それでも、不具合が起きるたびに1つ直し、試して、また動かしていくうちに、出来なかったことが少しずつ出来ることへ変わっていきました。七転八起というほど勇ましくなくても、昨日より一歩だけ先へ進めれば十分です。創作の面白さは、完成品だけではなく、その途中で「こんな方法があるのか」と自分の世界が少し広がるところにもあるのでしょう。

そして、今回、辿り着いた答えはとても単純でした。完璧になったから公開するのではなく、今できる形で誰かに渡せるところまで持っていく。足りないところが見つかれば、その時にまた育てれば良いのです。作品を外へ送り出すことは終点ではなく、作者の手の中だけにあった世界へ小さな扉を開くことなのだと思います。

ゲームの中では音符が上から落ちてきますが、制作中には課題の方が、山ほどよく降ってきました。それでも最後には、春の景色の中で音楽が流れ、キャラクターが左右へ動き、遊べる場所まで辿り着きました。そう考えると、苦労した時間も悪くありません。完成の嬉しさには、その道中で拾った失敗や発見まで、ちゃんと混ざっているからです。

小さな作品でも、外へ出せば誰かの数分間を少し楽しくできるかもしれません。そして作った本人には、次の一歩を踏み出すための経験が残ります。そんな小さな積み重ねを楽しみながら、また次の景色へ進んでいけたらと思います。

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今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


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