5月18日はことばの日~病院や介護施設で心に届く言葉の作法~
はじめに…丁寧な言葉より「ほっとする一言」が嬉しい日
5月18日は「ことばの日」です。朝の病室で「おはようございます」と声を掛ける。施設の廊下で擦れ違った利用者さんに「今日は良い天気ですね」と笑いかける。ほんの数秒の会話でも、その人の表情がフッと緩むことがあります。反対に、文法としては申し分のない敬語なのに、何故か少し遠く感じることもあります。言葉というのは、なかなか奥深いものです。
病院や介護施設では、接遇(相手を尊重し、安心に繋げる応対の考え方)も大切にされています。失礼のない言葉を使い、相手を大人として敬うことは欠かせません。ただ、敬語を完璧に操れば、それだけで心まで届くかというと話は別です。「〇〇様、本日のご気分はいかがでいらっしゃいますでしょうか」と立派に言われて、こちらまで背筋がピーン……旅館の若女将に迎えられたわけではありません。
暮らしの場で嬉しいのは、丁寧さの向こう側に「あなたを見ていますよ」という気持ちが感じられることではないでしょうか。声の大きさ、話す速さ、待つ時間、表情、呼び方。言葉にならない部分まで含めて会話はできています。和顔愛語という言葉があるように、やわらかな表情とあたたかな一言は、それだけで人の間にある緊張を少しほどいてくれます。
心に届く言葉とは、立派な言葉ではなく、その人のために選ばれた言葉なのだと思います。一期一会のような特別な場面だけでなく、毎朝の「おはよう」や食事前の「今日は何から食べます?」にも、その人を大切にする気持ちは宿ります。5月18日は、いつもの一言を少しだけ優しくしてみる日にしても良さそうです。
[広告]第1章…敬語は壁にも橋にもなる~礼儀より先に届けたい敬意~
介護施設の朝。「〇〇様、おはようございます。本日もよろしくお願いいたします」と声を掛ければ、言葉として字面は申し分ありません。礼儀正しく、失礼もない。それでも毎日顔を合わせている相手からすると、「今日は随分とよそ行きだな」と感じることだってあります。昨日まで普通に話していた職員さんが、急に高級ホテルのフロント係のようになったら、こちらも思わず姿勢を正したくなります。
もちろん、敬語そのものが悪いわけではありません。病院や介護施設では、相手を子ども扱いしたり、親しさを理由に乱暴な言葉を使ったりしないことが大切です。礼節を守ることは、その人の尊厳を守ることにも繋がります。ただし、敬語は「たくさん使えば使うほど丁寧になる」というものでもありません。
「お茶をお持ちさせていただいても宜しいでしょうか?」と言われるより、「お茶、温かいのにしますか?」と穏やかに尋ねてもらった方が答えやすい人もいるでしょう。大切なのは、決まり文句の完成度ではなく、相手が安心して返事のできる距離です。敬語は敬意を見せるための道具であって、相手との間に壁を作るためのものではありません。
介護や医療の会話には、臨機応変がよく似合います。初めて会う人には少し丁寧に、関係が育ってきたら、その人が心地良く感じる言葉へ少しずつ近づけていく。「〇〇様」と呼ばれる方が安心する人もいれば、「〇〇さん」の方が暮らしの場らしくて落ち着く人もいます。千差万別なのですから、全員に同じ話し方を当てはめれば正解になるとは限りません。
職員側も、丁寧さを意識するあまり言葉を組み立てることに夢中になると、肝心の表情を見る余裕がなくなります。「失礼のないように、敬語を間違えないように……あれ、この敬語で合ってたっけ?」と頭の中で敬語会議が始まった頃には、目の前の利用者さんはもうお茶を飲み終えているかもしれません。
礼儀は必要です。それと同じくらい、その人がどんな呼ばれ方を好み、どんな話し方なら安心して言葉を返せるのかを知ることも大切です。形を整えてから心を乗せるのではなく、敬う気持ちが先にあれば、自然とその人に似合う言葉が見えてきます。
第2章…ゆっくり話すだけで会話は変わる~言葉にも心地良い速度がある~
朝食を終えた利用者さんに、職員さんが声を掛けます。「この後、お薬を飲んで、それから血圧を測って、少し休んでからお風呂ですよ」。内容はきちんとしています。ところが忙しい朝ほど、その一言が新幹線のような速度で通過してしまうことがあります。聞く側が最初の「お薬」を受け取った頃には、話す側はもう「お風呂」まで到着済み。これでは同じ会話をしているのに、駅が違います。
病院や介護施設では、体調や年齢、聞こえ方によって言葉を受け取る速さも変わります。早口になると一言一句を聞き取るだけで精いっぱいになり、「分かりました」と返事は出来ても、内容までは十分に入っていないことがあります。忙しい職員側には数秒の説明でも、聞く側にはその数秒が今日の予定を理解する大切な時間です。
そこで役立つのが、ただ遅く話すことではなく「区切る」ことです。「この後、お薬を飲みましょう」と伝え、少し待つ。相手の表情や返事を見てから「その後、血圧を測りますね」と続ける。それだけで会話には余白ができます。話す速さは、言葉の内容と同じくらい「あなたを急がせません」という気持ちを伝えます。
ただし、何でもゆっくり話せば良いわけでもありません。普段からテンポよく話すことを好む人に、一語ずつ必要以上に区切って話せば、却って「子ども扱いされているのかな」と感じることもあるでしょう。相手に合わせて速度を変える柔軟さが大切です。会話は一律の速度制限ではなく、人と人との呼吸合わせ。急ぐ場面と待てる場面を使い分ける緩急自在さが、心地良い会話を作ります。
もう1つ見落としたくないのが、話した後の「待つ時間」です。問い掛けてすぐに返事がなければ、つい「お茶にします? お水? ジュース?」と選択肢を次々に追加したくなります。親切心なのですが、頭の中では飲み物売り場が急に大混雑です。数秒待ってみると、「温かいお茶がいい」と本人の言葉が返ってくることがあります。
会話のテンポが合うと、表情を見る余裕も生まれます。声だけで押し切るのではなく、目線や頷きも受け取りながら言葉を交わしていく。以心伝心とまではいかなくても、「この人は急かさず待ってくれる」という安心は、毎日の小さなやり取りの中で少しずつ育っていきます。話すことに夢中になるより、相手が受け取れる速さで届ける。それだけで、いつもの一言はずっとやさしく聞こえるようになります。
[広告]第3章…返事を急がせない人は信頼される~間と眼差しで聴く会話~
「今日はよく眠れましたか?」と尋ねた後、相手が黙っている。そんな数秒に耐え切れず、「眠れなかった?」「途中で起きました?」「暑かったですか?」と次々に質問を重ねてしまうことがあります。心配しているからこその行動なのですが、尋ねられる側は最初の質問への返事を考えている真っ最中かもしれません。こちらは親切のつもりでも、気づけば1人質問攻め。心の中で「取り調べじゃないんだから」と自分にツッコミを入れたくなる場面です。
会話には、言葉を発する時間だけでなく、受け取って考える時間があります。高齢の方や体調の優れない方では、聞こえた言葉を理解し、答えを選び、声にするまで少し時間が必要なこともあります。返事がすぐに返ってこないからといって、「分かっていない」「話したくない」と決めつける必要はありません。少し待つだけで、その人らしい言葉がポツリと返ってくることがあります。
この「待つ」は、何もしない時間ではありません。表情を見る、目の動きを追う、手の動きに気づく、頷きや呼吸の変化を受け取る。非言語コミュニケーション(言葉以外の表情・視線・身振りなどによる意思の伝達)まで含めれば、人は声を出していない時間にもたくさんのことを伝えています。口では「大丈夫」と言いながら眉間にシワが寄っているなら、その表情も大切な返事です。
返事を待つ時間は沈黙ではなく、その人が自分の言葉を取り戻すための時間です。
介護や医療の場では、つい「聞かなければ」「確認しなければ」と一心不乱になりがちです。しかし、話を聞くことと質問を増やすことは同じではありません。虚心坦懐の気持ちで相手を見ると、「何を答えてもらうか」より、「何を伝えようとしているのか」に目が向きます。こちらの予定していた答えとは違う言葉が返ってきても、そこに本人の気持ちがあるなら、その寄り道には意味があります。
認知症のある方との会話でも、言葉だけを追い掛けると話が噛み合わないように感じることがあります。それでも、笑った顔、少し曇った表情、こちらを探すような視線には、その瞬間の気持ちが表れています。「今日は良い天気ですね」と声を掛けたら返事はなくても、窓の方を見て微笑んだ。それなら会話は失敗ではありません。言葉のボールが返ってこなくても、目線でそっと返球されていることがあります。
聴く人が急がないと、話す人も急がなくて良くなります。「ちゃんと言わなければ」と身構える必要がなくなり、少しずつ本音が出やすくなる。病院でも施設でも、信頼というものは立派な説明だけで生まれるのではなく、「この人なら最後まで待ってくれる」という小さな経験の積み重ねから育っていくのでしょう。会話の途中に出来た数秒の静けさも、2人の間では立派なやり取りなのです。
第4章…その人を「1人の大人」として話す~呼び方と選べる言葉が守る尊厳
介護施設で毎日顔を合わせていると、職員と利用者さんの距離は少しずつ近くなります。「〇〇さん、今日も元気そうですね」「その服、よく似合っていますね」と自然に言葉が交わせる関係は、とても心地良いものです。ただ、親しさが育った時ほど気をつけたいこともあります。いつの間にか呼び捨てになったり、幼い子に話すような口調になったり、「はいはい、こっちですよ」と本人の返事を待たずに話を進めたりすると、優しさと馴れ馴れしさの境目がぼんやりしてきます。
相手が80歳でも90歳でも、その人には職員が知らない長い人生があります。誰かの親であり、仕事をしていた人であり、家庭を支えてきた人かもしれません。介助が必要になったことと、大人として扱われなくて良いことはまったく別です。パーソン・センタード・ケア(本人を中心に、その人らしさや意思を大切にする支援の考え方)という言葉がありますが、その入口は難しい技術ではなく、普段の呼び方や問い掛けにもあります。
「お茶を飲みましょうね」と決めてしまうより、「お茶にしますか?、それともお水にしますか?」と尋ねる。「今日はこの服にしましょう」ではなく、「青い服とベージュの服なら、どちらがいいですか?」と聞いてみる。ほんの小さな違いですが、後者には本人が選ぶ場所が残っています。選択肢が多過ぎれば迷う人もいるので、その人に合わせて分かりやすくする工夫は必要です。それでも、職員が全部決めるのと、本人が1つ選ぶのとでは、一日の手触りが変わります。
尊厳を守る言葉とは、丁寧に話すことだけではなく、その人の人生に本人の席を残しておくことです。
呼び方についても十人十色です。「〇〇様」が落ち着く人もいれば、「〇〇さん」が自然な人もいます。長年呼ばれてきた愛称を好む人だっているでしょう。職員側だけで「この呼び方が正しい」と決めるより、本人がどう呼ばれると心地良いのかを知る方がずっと大切です。親しくなった勢いで「おばあちゃん」と呼んだら、ご本人から「あなたを産んだ覚えはないよ」と返された……なんてことになれば、ご尤も過ぎてこちらは完敗です。
介護は毎日の暮らしなので、いつまでも他人行儀では息が詰まります。一方で、慣れ過ぎれば境界線を越えてしまうことがあります。そんな時に思い出したいのが「親しき仲にも礼儀あり」です。和気藹々と笑える関係の中にも、相手を1人の大人として見る姿勢は残しておきたいものです。
名前を呼ぶ。返事を待つ。本人に尋ねる。選んでもらう。そして、決めたことを尊重する。そんな日常の会話が積み重なると、「介護される人」と「介護する人」という役割だけではない、人と人との関係が育っていきます。言葉は指示を伝えるためだけの道具ではありません。「あなたの暮らしは、今もあなたのものですよ」と伝える、小さくても頼もしい合図にもなるのです。
[広告]まとめ…心に残るのは完璧な敬語より自分に向けられた一言
5月18日の「ことばの日」は、難しい言葉を覚える日というより、毎日何気なく使っている一言の温度を見つめるのにちょうど良い日なのかもしれません。病院でも介護施設でも、敬語や接遇は大切です。それでも、人の心に残るのは教科書通りの美しい文章とは限りません。「寒くないですか?」「今日はゆっくりで良いですよ」「その服、似合っていますね」。自分のために向けられたと分かる一言には、短くても人をホッとさせる力があります。
言葉は、口から出た瞬間に完成するものでもありません。話す速さを相手に合わせ、返事を待ち、表情を見る。声にならない気持ちにも耳を澄ませながら、時には本人に選んでもらう。そんな以心伝心に近いやり取りが積み重なると、「この人は自分を急かさない」「ちゃんと大人として見てくれている」という安心に繋がっていきます。
介護や医療の現場は忙しく、一日中、全ての会話を完璧にすることなど難しいでしょう。職員だって人間ですから、急いでしまう日もあれば、言葉選びに失敗して「あっ、今の言い方は違ったな」と心の中で反省会が始まる日もあります。それでも次の一言を少しやわらかくすることは出来ます。百戦錬磨の話術がなくても、相手を大切に思う気持ちは声の調子や待つ姿勢に滲みます。
誰かの1日を心地良くする言葉は、特別な名文ではなく「あなたに向けて話しています」と伝わる一言です。名前を呼んで、顔を見て、少し待って、本人の言葉を受け取る。それだけでも会話の景色は変わります。
ことばの日を過ぎても、「おはよう」も「ありがとう」も毎日やって来ます。明日の病室や施設の廊下で交わされる何気ない一言が、誰かの肩の力をフッと抜くかもしれません。そんな言葉が1つ増えるだけで、暮らしの場は今日より少し明るくなるのだと思います。
[ 広告 ]今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m
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