6月6日は音と花で笑顔を集める日~楽器の日・邦楽の日・いけばなの日に楽しむ高齢者レク~

[ 季節と行事 ]

はじめに…上手に鳴らすより、楽しく触れる音の時間

6月6日は、楽器の日、邦楽の日、いけばなの日。そう聞くと、なんだか三味線を構え、琴の前で背筋を伸ばし、花鋏を静かに置いて……という凛とした光景が浮かびます。もちろん、それも素敵です。けれど高齢者施設のレクリエーションとして考えるなら、もう少し肩の力を抜いても良さそうですよね。

楽器は、上手に演奏する人だけのものではありません。鈴をそっと振る。タンバリンをポンと叩く。太鼓の皮に手を置いて、響きの余韻を感じる。笛を吹こうとして、音より先に息だけが「ふー」と出る。本人は少し照れて、周りはつい笑ってしまう。これも立派な音の時間です。自分ツッコミを入れるなら、「演奏会の予定が、肺活量チェックになってますやん」といったところでしょうか。でも、その笑いが場をほどきます。

高齢者レクで大切なのは、全員を同じ曲に乗せることだけではありません。童謡や唱歌が好きな方もいれば、少し苦手な方もいます。若い頃に聴いた歌が楽しい人もいれば、思い出したくない気持ちになる人もいます。人の好みは千差万別です。音楽だから全員が自然に喜ぶ、とは限らないのです。

そこで主役を「曲」から「音」に少しズラしてみます。好きな楽器を選び、好きなように鳴らし、その音を短く録音する。後日、食堂やおやつの時間に、みんなの音を繋いだ小さな作品として流す。演奏した日と、聴く日。楽しみが二度やって来ます。楽器レクは、上手に合わせる時間ではなく、1人1人の音をそっと集める時間にしても良いのです。

そこへ花が一輪加わると、雰囲気はさらに和らぎます。音が流れ、職員さんが鼻歌混じりに登場し、テーブルに季節の花が置かれる。大掛かりな舞台装置がなくても、食堂は少しだけ特別な場所になります。和気藹々とした空気の中で、「これ、私の鈴ちゃう?」なんて声が上がれば、その日のご飯も少し美味しく感じられるかもしれません。おかずが一品増えたわけではないのに、心の小鉢が増える感じです。

6月6日は、芸事を始めるのに縁起が良い日とも言われます。始めるのは、難しい楽譜でなくても大丈夫です。まずは触れる。鳴らす。笑う。聞き返す。そこから、施設だけの小さな音の物語が始まります。

[広告]

第1章…楽器は無数にあるから面白い~好きな音を探すところから始めよう~

楽器の世界は、まるで音の見本市です。大きなピアノもあれば、手の平に収まる鈴もあります。三味線のように弦を弾くもの、太鼓のように叩くもの、笛のように息を入れるもの、カスタネットのように指先で鳴らせるもの。世界を見渡せば、木、金属、皮、竹、石、貝、そして電気まで、音の材料は百花繚乱です。

高齢者レクリエーションでこの無数にある広さを全部説明しようとすると、職員さんの方が先に息切れします。「本日の講義、世界の楽器大全です」と始めた瞬間、利用者さんより職員さんの瞼が下がるかもしれません。いや、そこは頑張りましょうと言いたいところですが、眠気の合奏が始まる前に方向転換です。

大切なのは、楽器の名前をたくさん覚えることではありません。まずは、目の前の音に出会うことです。

鈴を振ったら、シャランと軽い音がする。太鼓を叩いたら、手の平にポンと響く。トライアングルを鳴らしたら、細い光のような音が残る。木の楽器は、コツンと乾いた音を返してくれる。打楽器(叩いて音を出す楽器)は、音が出るまでの動きが分かりやすいので、初めての方にも入りやすい道具です。

弦楽器(弦を震わせて音を出す楽器)になると、少し雰囲気が変わります。琴や三味線、ギター、ウクレレなどは、弦に指が触れた瞬間に、音だけでなく「触った感じ」も残ります。きれいな音が出なくても、ポロン、ビヨン、ペチン、と何かしら返事がある。…ペチンは少し切ないですが、それもご愛嬌です。

笛のような気鳴楽器(息で空気を震わせて音を出す楽器)は、扱いに配慮が必要です。衛生面を考えるなら、個人用にしたり、使い方を分けたり、職員が見本として鳴らしたりする形が安全です。けれど、息を入れて音が出るという体験には独特の面白さがあります。音が出た瞬間の「あ、鳴った」という顔は、年齢に関係なく少し子どもに戻ります。

この「少し子どもに戻る」が、楽器レクの良いところです。子どもの頃、机を太鼓にして怒られた人もいるでしょう。下敷きを震わせて変な音を出した人もいるでしょう。扇風機に向かって「あー」と言って、宇宙人みたいな声になって笑った人もいるはずです。あれも立派な音あそびです。行雲流水のように、音は形を変えながら人の記憶に入り込んできます。

施設で楽器を用意する時も、高価なものばかりで揃える必要はありません。鈴、タンバリン、カスタネット、木魚風の木の音、空き容器に豆を入れた手作りマラカス、紙コップや割り箸で作る簡単な鳴り物。音が出る道具は、身近なところにもたくさんあります。もちろん安全面は大事です。小さ過ぎる部品、割れやすい素材、口に入る物、尖った部分には気を配ります。

楽器が無数にあるということは、上手な人だけでなく、誰かの手に合う音も無数にあるということです。

ある人は、鈴の軽さを気に入るかもしれません。ある人は、太鼓の響きに笑うかもしれません。ある人は、音を出さずに楽器を撫でるだけで満足するかもしれません。それでも良いのです。楽しみ方は十人十色。鳴らす人、聞く人、選ぶ人、見て笑う人、それぞれの参加があります。

楽器レクの入り口は、「この曲をやりましょう」より「どの音が好きですか?」の方がやわらかく開きます。好きな音を選ぶ時間があるだけで、やらされる感じは薄くなります。職員さんが少し困るくらい自由に選ばれても、そこは小さなオチとして受け止めたいところです。「太鼓が人気すぎて、施設内に祭りの気配がしてきました」くらいで十分楽しいのです。

音は、上手に揃える前から人を笑顔にします。6月6日の楽器レクは、演奏会の準備から始めなくても大丈夫です。まずは、机の上にいろいろな音を並べてみる。手を伸ばした先で、シャラン、ポン、コツンと返ってくる。その小さな返事が、今日の楽しみの始まりになります。


第2章…歌に合わせない自由もある~やらされ感をほどく音あそびの作り方~

楽器レクリエーションと聞くと、つい「曲を決めて、みんなで合わせる」という形を思い浮かべます。職員さんが歌詞カードを配り、前に立って手拍子を取り、「はい、次は大きな声で」と声をかける。場としては整っていますし、賑やかにもなります。

けれど、その整った流れの中で、心が少し後ろへ下がる人もいます。

懐かしい歌が好きな方もいれば、その歌を聞くと複雑な気持ちになる方もいます。盆踊りのリズムで体が動き出す方もいれば、「それは見ているだけで十分」という方もいます。学校の音楽室を思い出して楽しくなる人もいれば、譜面台の前で固まった記憶が甦る人もいるでしょう。音楽の思い出は、三者三様です。

集団生活では、全員が同じ方向を向く時間が必要になることもあります。けれど、楽器の楽しみまで同じ向きに揃え過ぎると、「楽しいはずの時間」が「参加しなければならない時間」に変わってしまいます。これはもったいないことです。楽器を前にして、心の中で「え、またこの歌?」と小さく呟かれていたら、タンバリンも少し気まずそうです。いや、タンバリンに罪はありません。鳴らされる側も、たぶん頑張っています。

そんな時は、曲に合わせる前に、音だけで遊ぶ時間を作ると空気が変わります。職員さんが「この歌をやります」ではなく、「好きな音を1つ選んでみてください」と声をかける。歌いたい人は歌う。鳴らしたい人は鳴らす。聞きたい人は聞く。花を眺めたい人は、花の係でもいい。適材適所という言葉が、レクリエーションにもちゃんと似合います。

音遊びなら、正解が緩くなります。鈴を一回だけ鳴らす。太鼓をゆっくり叩く。手元でカスタネットを小さく鳴らす。音を出さずに、楽器の手触りを確かめる。これらは全部、参加です。機能訓練(体や手指の動きを保つための練習)として見れば、持つ、握る、振る、叩くという動きにも意味があります。ただ、その意味を前に出し過ぎると、急に訓練色が濃くなります。職員さんの「楽しいですよ」が、利用者さんには「頑張ってください」に聞こえる日もあるのです。ああ、言葉って難しい。マイクより扱いが難しい日があります。

好きな音を自分で選べるだけで、楽器レクは“やらされる時間”から“参加したくなる時間”に近づきます。

曲を使う場合も、速い曲よりゆっくりしたメロディーの方が合わせやすくなります。歌詞をきっちり覚えなくても、鼻歌で十分です。「ふんふんふん」と口ずさむだけで、場はやわらぎます。歌詞が出てこない時は、無理に思い出さなくて良いのです。むしろ、適当な歌詞が生まれた瞬間に笑いが起きることもあります。「花が咲いた、たぶん咲いた、いや水やったかな」となれば、もう小さな即興劇です。本人が笑えば成功です。

ことわざに「好きこそ物の上手なれ」とあります。楽器レクでは、この言葉を少しゆるく使いたいところです。上手になるために好きになるのではなく、好きに触っているうちに、自然と音が出る。音が出たら誰かが笑う。笑ったら、もう一回鳴らしてみたくなる。そのくらいの流れが、施設の午後にはちょうど良いのかもしれません。

集団で楽しむ時ほど、逃げ道も大切です。「鳴らさない参加」「聞くだけの参加」「花を整える参加」「拍手だけの参加」が用意されていると、無理に輪の中へ押し込まれずに済みます。全員参加とは、全員が同じ動きをすることではありません。それぞれの形で同じ空間にいられることです。

楽器の日のレクリエーションは、演奏会にしなくても成立します。歌に合わせても良いし、合わせなくてもいい。譜面があっても良いし、なくても良い。自由自在に音と付き合える場があれば、利用者さんの表情は少しずつほどけます。鳴った音が少しズレても、笑い声が重なれば、それはもう施設だけの合奏です。

[広告]

第3章…一音一会の録音会~触れて鳴らして集める施設だけの音アルバム~

楽器を鳴らしたその場で終わらせるのは、少しもったいない気がします。鈴のシャラン、太鼓のポン、木の楽器のコツン、少し照れた笑い声。どれも一瞬で消えていく音ですが、録音(音だけを記録すること)しておけば、後日もう一度楽しめます。

この「後日もう一度」が、とても良い味を出します。

その日は、ただ好きな楽器を持って、好きなように鳴らしてもらいます。職員さんは横でスマートフォンや録音機を構えます。大切なのは、長く録ろうとしないことです。5秒、10秒、長くても20秒くらいで十分です。長すぎると、演奏する側も「何かちゃんとしなければ」と身構えてしまいます。短いからこそ、気軽に鳴らせます。

「鈴を3回だけお願いします」「太鼓をポン、ポン、ポンでいきましょう」「好きなタイミングで一回だけどうぞ」

そのくらいの声かけで、場は和気藹々と動き出します。音が小さくても、リズムがズレても、途中で笑ってしまっても大丈夫です。むしろ、その少し崩れたところに、その人らしさが出ます。完璧な演奏より、「あ、鳴った」「もう一回やっていい?」という表情の方が、ずっと心に残ることがあります。

録音した音は、編集(音や映像を繋いで整える作業)で短く繋げます。難しく考えなくても、順番に並べて、間に少しだけ余白を入れるだけで、施設だけの音アルバムになります。もし余裕があれば、ゆっくりしたメロディーを小さく下に流し、その上に利用者さんの音を重ねても素敵です。速い曲より、ゆったりした曲の方が合わせやすく、聞く側も疲れにくくなります。

鼻歌も良いです。歌詞がハッキリしなくても、「フンフン、フフン」と口ずさむだけで、音がやさしく繋がります。職員さんが少し歌えるなら、利用者さんの音に合わせて短く声を添えるのも楽しい演出です。ただ、歌い過ぎると主役が職員さんになります。そこは要注意です。気づいたら職員リサイタルになっていた、では少し方向が変わります。拍手は来るかもしれませんが、主役の席はちゃんと利用者さんに残しておきたいところです。

1人1人の短い音を集めると、上手な合奏ではなく、その施設にしかない暮らしの音楽が生まれます。

映像も残せるなら、演奏している手元や表情を短く撮るのも良い方法です。動画撮影(動く様子を記録すること)は、後日の上映会に繋がります。鈴を持つ指、太鼓にそっと触れる手、音が鳴った後の照れ笑い。音だけでは伝わりにくい空気が、映像には残ります。

ただし、撮影や上映には配慮が必要です。施設内だけで楽しむ場合でも、本人や家族の同意、施設の決まりを確認しておくと安心です。外へ出さないから何でも良い、ではなく、暮らしの場だからこそ丁寧に扱いたいところです。信頼関係があるからこそ、楽しい記録は安心して残せます。

後日、食堂やおやつの時間に流すと、楽しみはもう一度咲きます。

「これ、誰の音やろう」「今の鈴、綺麗やね」「あれ、私の太鼓ちゃう?」

そんな声が出たら大成功です。演奏した本人が忘れていても、周りが覚えていることがあります。反対に、本人だけが「あ、これ私」と小さく気づいて、少し背筋を伸ばすこともあります。一期一会の音が、数日後の食卓でそっと戻ってくるのです。

音アルバムは、行事の記録であり、会話の種でもあります。写真アルバムを見るように、音を聞きながら「あの日、笑ったね」と思い出せる。歌が苦手な方も、手が動きにくい方も、聞くだけで参加した方も、その場の空気の中にちゃんといます。

楽器レクは、その日の盛り上がりだけで終わらなくて良いのです。触れて、鳴らして、録って、繋いで、また聞く。小さな音の欠片が集まると、施設の日常にほっこりした余韻が残ります。


第4章…食堂が小さな舞台になる日~ゆっくりメロディーと鼻歌と花の演出~

録音した音は、流す場面で表情が変わります。同じ鈴の音でも、レクリエーション室で聞くのと、夕食前の食堂で聞くのでは、少し違って感じられます。お膳が並び、湯気が立ち、箸の音が小さく聞こえる中で、シャランと鈴が鳴る。そこへ太鼓のポンが重なる。誰かの笑い声が少し入る。いつもの食堂が、フッと小さな舞台になります。

大切なのは、音量を控えめにすることです。折角の音アルバムも、大き過ぎると食事の邪魔になります。会話が聞こえ、職員さんの声かけも通り、けれど耳を澄ませば利用者さんの音が聞こえる。そのくらいの距離感が心地よいです。主役は音だけではなく、食事をする時間そのものでもあります。

曲を添えるなら、速い曲よりもゆっくりしたメロディーが合います。手拍子を急がせない。歌詞を追いかけさせない。聞いているうちに、なんとなく口元が動くくらいがちょうど良いのです。「ふんふんふん」と鼻歌になり、「あら、今の音いいね」と誰かが言う。歌詞が違っても大丈夫です。むしろ、違った歌詞が出た時に小さな笑いが生まれます。「今の歌、たぶん新曲ですね」と職員さんが軽く返せば、場は和気藹々とほどけます。

職員さんの生歌が入ると、さらに空気が変わります。けれど、張り切り過ぎには注意です。気づけば食堂の中央で熱唱、利用者さんはお膳を前に拍手係。これはこれで盛り上がりますが、少し主役が迷子になります。職員さんは歌い手というより、音をつなぐ案内役くらいが素敵です。利用者さんの鈴にそっと声を重ね、太鼓の音に合わせて短く節をつける。雲外蒼天というほど壮大でなくても、少し曇っていた午後の空気が明るくなれば十分です。

そこへ、生け花の要素を添えます。テーブルに一輪の花を置く。小さな器に季節の草花を挿す。曲が流れる間に、職員さんが花を整える。利用者さんが選んだ花を食堂の中央に飾る。花は黙っていますが、場を華やかにする力があります。音が耳に届き、花が目に入り、食事の香りが立つ。五感(見る・聞く・嗅ぐ・味わう・触れる感覚)が、緩やかに繋がります。

録音した一音に花と食事の時間が重なると、レクリエーションはその日だけの余興ではなく、暮らしの中に残る小さな楽しみになります。

ディナーショー風にするなら、演出は小さくて大丈夫です。照明を暗くする必要はありませんし、豪華な司会もいりません。「今日の食堂BGMは、皆さんが鳴らした音です」と、ひと言添えるだけで、耳の向きが変わります。職員さんが少しだけ歌いながら配膳する。花を一輪置く。最後に「ご馳走様でした」の前に、もう一度だけ鈴の音を流す。これで十分、画竜点睛の締めになります。

もちろん、食事中に音が苦手な方もいます。聞こえ方に敏感な方、静かに食べたい方、食事に集中したい方もいます。だからこそ、音を流す時間は短めにします。食事の最初の数分、または食後のお茶の時間だけでも良いのです。臨機応変に、その日の体調や席の雰囲気を見ながら進めます。

楽器レクの魅力は、立派な発表会にしなくても続くところです。鳴らした音が食堂に戻ってくる。鼻歌がフワっと重なる。花がそっと置かれる。誰かが「これ、私の音や」と笑う。そんな一幕があれば、いつもの夕食が少しだけ物語になります。おかずの味付けは同じでも、場の味わいは変わります。

[広告]


まとめ…一音と一輪が残すもの~楽器レクは思い出を後日もう一度咲かせる~

6月6日の楽器の日、邦楽の日、いけばなの日は、肩ひじを張った発表会にしなくても楽しめます。音を出すことに慣れていない方が、鈴を一回だけ鳴らす。太鼓に手を置いて、響きに少し驚く。笛を吹こうとして音が出ず、息だけが通り抜けて、周りからやさしい笑いが起きる。そんな小さな場面にも、レクリエーションの種はちゃんとあります。

楽器は無数にあります。けれど、施設で大事にしたいのは、珍しい楽器をたくさん並べることだけではありません。触れてみたい音、鳴らしてみたい音、聞いているだけで落ち着く音を、それぞれが選べることです。曲に合わせる前に、まず自分の手で音に出会う。その余白があると、やらされ感はフッと薄くなります。

歌が好きな方は歌えばいい。鼻歌がちょうど良い方は、ふんふんと口ずさればいい。聞くだけが楽な方は、拍手や笑顔で参加してもいい。花を選ぶ方、音を当てる方、食堂で流れる音に耳を傾ける方も、同じ時間を作る仲間です。十人十色の参加があるから、集団生活のレクは面白くなります。

録音して後日に流す工夫は、音の楽しみをもう一度届けてくれます。演奏した時の照れ笑い、鳴った瞬間の驚き、職員さんの小さな声かけまで、施設だけの空気として残ります。そこに一輪の花が添えられ、食堂にゆっくりしたメロディーが流れたら、いつもの夕食前が少しだけ特別な時間になります。お膳はいつも通りでも、耳と心には小さなご馳走が増えます。

楽器レクは、上手な演奏を作る時間ではなく、1人1人の音を暮らしの中へ咲かせる時間です。

もちろん、準備には少し手間がかかります。楽器を用意し、録音し、音量を整え、流す場面を考える。動画にするなら、同意や施設の決まりも確認したいところです。職員さんが「よし、今日は音響係だ!」と張り切った結果、何故か配線と格闘して汗だくになる日もあるかもしれません。音楽会の前に機械との一騎打ち。そこまで含めて、現場らしい小さな物語です。

それでも、手間をかける価値はあります。利用者さんが「これ、私の音かな」と少し背筋を伸ばす。隣の方が「綺麗な音やね」と声をかける。職員さんが鼻歌混じりに花を置く。その一瞬に、有終之美という言葉が似合います。大きな拍手がなくても、余韻嫋々と残る時間は作れます。

6月6日は、芸事を始める日にピッタリだと言われてきました。高齢者施設なら、始めるのは難しい曲でなくても良いのです。鈴を一回。太鼓を一打。花を一輪。鼻歌を少し。そこから、笑顔の音楽はゆっくり始まります。

[ 広告 ]

今日も閲覧ありがとうございましたm(__)m


[ 応援リンク ]

ブログランキング2つに参加しています。応援クリックをお待ちしております。

[ ゲーム ] 作者のitch.io(作品一覧)


  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。