憲法記念日に考える「国を守る」って何だろう?

[ 季節と行事 ]

はじめに…憲法は難しい言葉より私たちの毎日のすぐ傍にある

5月3日は憲法記念日です。そう聞いた瞬間、「今日は柏餅だったっけ?」ならまだしも、「憲法かぁ……難しそう」と、心のシャッターが半分ほど下りる人もいるでしょう。政治や法律の話となると、急に教科書の文字が頭の中へ押し寄せてくる。私もその気持ちはよく分かります。

けれど、憲法が守ろうとしているものを暮らしの側から眺めると、グッと身近になります。自分の考えを持てること、誰かと違っていても人として大切にされること、朝起きて仕事や学校へ行き、家族と夕飯を囲み、夜には「今日も何とか終わった」と布団へ入れること。日本国憲法が掲げる国民主権、基本的人権の尊重、平和主義は、そんな日常と決して無関係ではありません。

平和についての考え方も十人十色です。国を守るには十分な備えが必要だという考えもあれば、軍事だけに頼らず外交や経済の繋がりを大切にしたいという考えもあるでしょう。どちらかの札を急いで掲げるより、「自分が守りたい日本の暮らしって何だろう?」と考えるところから始めても良いのだと思います。

憲法を考えることは、遠い政治の話ではなく、自分たちがどんな毎日を残したいかを考えることでもあります。

平穏無事な1日は、何も起こらないから地味です。ニュースにもなりません。でも、家の鍵を閉めて安心して眠れる夜ほど、失ってからでは取り戻すのが大変なものもありません。憲法記念日は難しい言葉と格闘する日ではなく、そんな「普通の1日」の値打ちを、少しだけ考えてみる日でも良さそうです。

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第1章…日本の憲法はどう歩いてきた?~平和を選んだ国の歴史~

日本の憲法の歩みを辿ると、「最初から今の形だったわけではない」ということが見えてきます。歴史の教科書を開くと年号と難しい名前がズラリと並び、こちらの眠気まで整列しそうですが、流れそのものは意外に分かりやすいものです。日本は国の形を作りながら、その時代に合う仕組みを探してきました。正に試行錯誤の連続だったのでしょう。

明治時代に生まれた大日本帝国憲法では、天皇が主権を持つ仕組みが採られました。当時の日本は西洋諸国に追いつこうと近代国家作りを急いでおり、プロイセン憲法(当時のドイツ地域にあったプロイセン王国の憲法)の影響も受けています。国をまとめ、外国と肩を並べようとする時代の空気が、憲法にも色濃く表れていました。

その後、日本は戦争へ進み、大きな犠牲を経験します。そして戦後、国の仕組みは大きく変わりました。GHQ(連合国軍総司令部)の主導を受けながら日本国憲法が作られ、国民主権、基本的人権の尊重、戦争放棄という大切な原則が掲げられます。国の中心を「統治する側」から「国民」へ置き直したことは、日本の歩みの中でも大きな転換でした。

少し身近な場面に置き換えてみると、憲法は国という大きな家の「暮らしの約束」にも似ています。家族会議でも、1人だけが「今日から全部、私が決めます」と宣言したら、夕飯の献立辺りから早くも不穏な空気が流れそうです。みんなに意見があり、それぞれの人生や自由が大切にされる。その土台を国の決まりとして置いたところに、日本国憲法の大きな意味があります。

そして平和主義には、「戦争を経験した国が、次の時代をどう生きるのか?」という重い問いも込められています。戦争をしないと掲げるだけで世界の争いが消えるわけではありません。それでも、国としてどちらを向くのかを示してきたことには意味があります。平穏無事な毎日というものは、派手な勲章をつけて歩いてきません。朝ご飯を食べ、学校や仕事へ向かい、夕方には家へ帰る。そんな風景の積み重ねです。

平和とは何も起きない退屈な時間ではなく、普通の暮らしを普通に続けられる時間なのかもしれません。憲法の歴史を知ることは、昔の年号を覚えるためだけではなく、先人たちが何を失い、その先にどんな国を願ったのかを知ることにも繋がります。そこまで見えてくると、5月3日という日も、カレンダーの赤い数字より少しだけ奥行きを持って見えてきます。


第2章…変える?守る?~その前に「何故」を考えてみよう!~

憲法の話になると、よく聞こえてくるのが「変えるべきだ」と「守るべきだ」という2つの声です。ここまで見事に分かれると、テレビの討論番組なら開始数分で空気がピリッとしそうですが、憲法ほど大きな約束事なら賛否両論になるのはむしろ自然なことなのでしょう。大切なのは、先にどちらかの席へ座ってしまうことではなく、「何故、変えたいのか?」「何故、変えたくないのか?」を知ることです。

憲法を変えたいという考えの背景には、戦後の制定過程への疑問があります。日本国憲法はGHQ(連合国軍総司令部)が大きく関わる中で作られたため、「日本自身が作った憲法と言えるのか?」という見方があります。一方で、日本側の政治家や専門家も議論に参加しており、単純に「外国から渡されただけ」と片づけられる話でもありません。

もう1つ大きいのが安全保障です。日本国憲法は平和主義を掲げていますが、日本を取り巻く国際情勢が戦後と同じまま止まっているわけではありません。周辺国の軍備やミサイルなどへの不安が高まれば、「今の仕組みで本当に守れるのだろうか?」と考える人が出てきます。自衛隊と憲法の関係をもっと明確にした方が良いという意見も、そうした不安の延長線上にあります。

けれど、変えれば全て解決するわけでもありません。憲法は家電の取扱説明書のように、「使いにくくなったから新版に交換!」で済ませられるものではないからです。国民の権利や国の方向を定める土台だけに、時代への臨機応変さと、簡単には動かさない慎重さの両方が求められます。この2つ、仲が悪そうに見えて実はどちらも必要です。車ならアクセルだけでも困りますし、ブレーキだけでもスーパーへ辿り着けません。

憲法を守りたい側にも理由があります。戦後の日本が長い間、戦争そのものへ直接参加せず歩んできた中で、平和主義が大きな意味を持ってきたと考える人たちです。折角、置かれている歯止めを緩めれば、その先で何が変わるのか分からない。そんな慎重さも、単なる「変化嫌い」ではありません。

憲法について大切なのは、賛成か反対かを急いで決めることより、その選択によって誰の暮らしがどう変わるのかを考えることです。

家族会議でも「旅行は海か山か?」くらいなら多数決で決着できますが、国の未来となれば、手を挙げた人数だけ見て終わりとはいきません。どちらを選ぶとしても、その理由を知り、自分とは違う意見にも耳を傾ける。そのひと手間が、民主主義(国民が政治のあり方を決めていく仕組み)を支える小さくて大切な動きになります。

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第3章…防衛の話ほどお金の流れにも目を向けてみたい

「国を守るために必要です」と聞けば、多くの人はまず安全のことを考えます。戦闘機、艦船、ミサイル、防衛設備。どれも国の安全に関わる大切な話です。ただ、もう1つ忘れたくないのがお金です。何を買うのか?誰と契約するのか?いくら必要なのか?その金額が大きくなるほど、「必要か不要か」だけではなく、「その決め方は公明正大なのか?」という視点も欠かせません。

歴史を眺めると、軍事と政治とお金が近づいた場面は少なくありません。戦時中には軍事活動を支えるために巨額の資金が動き、戦後にも航空機の売り込みを巡って政治家への賄賂が問題となったロッキード事件が起きました。防衛や航空のように一件の契約額が非常に大きな分野では、1つの決定が企業にも政治にも大きな影響を与えます。

ここで気をつけたいのは、「大きなお金が動くから怪しい」と決めつけることでも、「国防だから細かいことは気にしなくて良い」と目を閉じることでもありません。防衛には専門的な装備が必要ですし、それを作る企業が利益を得ること自体も不自然ではありません。問題になるのは、必要性や価格、契約の過程が国民から見えにくくなった時です。何しろ、家で電気ポットを買うだけなら「3,000円高いな」で、家族会議が始まるのに、桁がいくつも増えた途端に「専門的なので……」で終わってしまったら、財布の方が「ちょっと待った」と言いたくなります。

防衛費が増えれば、その分だけ国家予算の中で大きな位置を占めます。そして国のお金には限りがあります。防衛だけでなく、教育、医療、福祉、道路や水道などのインフラにも資金が必要です。どれか1つだけを見て「高い」「安い」と判断するのではなく、国全体の利害得失を見ながら優先順位を考えることが大切なのでしょう。国を守るための支出であっても、その国で暮らす人々の日常と切り離すことは出来ません。

そして政治と大きなお金が結びつく場面ほど、私たちに必要なのは疑い深さより「確かめる習慣」なのだと思います。誰が提案し、何故、必要で、どんな手続きで決まり、いくら使われるのか?説明を聞き、数字を見る。それだけでも、ニュースの見え方は随分と変わります。

国を守るためのお金だからこそ、「何に使われ、誰の暮らしを守るのか?」まで見届けたいものです。

防衛について考えることは、兵器の性能比べをすることだけではありません。国民のお金をどう使い、どんな国を残していくのかを考えることでもあります。難しい数字が並んだら逃げたくなる日もありますが、全部覚える必要はありません。「このお金は何のため?」と一度立ち止まる。それだけでも、政治との距離は少し縮まります。


第4章…本当に国を守るとは?~軍事・外交・経済・暮らしを一緒に考える~

「国を守る」と聞くと、戦闘機や艦船、ミサイルを思い浮かべる人は多いでしょう。確かに、防衛力は安全を考える上で無視できません。攻撃すれば反撃されると思わせる抑止力(相手に攻撃を思いとどまらせる力)にも意味があります。ただ、どれほど高性能な装備を揃えても、あらゆる攻撃を完全に防げるとは限りません。守りを厚くすれば相手も備えを増やし、互いの警戒が高まって一触即発の空気を生むこともあります。

そこで「国」という言葉を少し近くから眺めてみます。国土だけが無事なら、それで国を守ったことになるのでしょうか?毎朝蛇口から水が出て、電気がつき、病気になれば医療を受けられ、子どもが学校へ行き、高齢になっても必要な支えを受けられる。道路や橋、水道、通信といったインフラ(暮らしや社会を支える基盤)が動き続けることも、立派な安全保障(国と国民の安全を守る考え方)の一部です。

家に置き換えると分かりやすいかもしれません。玄関に最高級の鍵を3つ付けても、屋根から雨漏りし、冷蔵庫が空っぽで、家族全員が疲れ果てていたら「我が家は万全です」とはなかなか言えません。いや、鍵を4つに増やす前に屋根を直そうよ、と家族会議になりそうです。国も似たところがあり、防衛、医療、福祉、教育、産業、災害対策を別々の箱として見るより、暮らし全体を支える力として考えた方が見通しは良くなります。それぞれに人件費と輸送費が上澄みされるところとここが公表されない難しさもありますけどね。

そして、武器を使わなくて済む環境を作る役割を担うのが外交や経済の繋がりです。国同士が話し合える窓口を持ち、貿易や文化、人の交流を重ね、「争えば双方が困る」という関係を育てることも国を守る方法でしょう。信頼関係は一朝一夕には作れませんが、だからこそ平時から積み重ねておく価値があります。

もちろん、外交さえ頑張れば危険が全て消えるわけでも、防衛装備を持てば安心が完成するわけでもありません。どちらか1つで解決しようとすると、話が急に苦しくなります。軍事で備え、外交で衝突を遠ざけ、経済を安定させ、災害にも備え、暮らしを支える。その複数の力をどう組み合わせるかが、国を守るという大きな仕事なのでしょう。

ここで似合うことわざがあります。「備えあれば憂いなし」です。ただし、備えとは武器だけを指すものではありません。食料やエネルギー、医療、人材、地域の繋がり、そして困った時に助け合える仕組みも備えです。家庭の防災袋に水だけ詰め込んで「完璧!」と言えないのと同じで、国の備えにもいろいろな種類があります。

本当に守りたいのは国という名前だけではなく、その中で続いていく人々の普通の暮らしなのだと思います。朝の通学路があり、働く場所があり、夕方にはスーパーへ寄れて、夜には家族の声が聞こえる。そんな何でもない景色を明日へ渡すために何が必要なのか。そこまで考えると、「国を守る」という言葉は少し大きさを変え、私たちの玄関先まで降りてきます。

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まとめ…正解を急がず平和について考え続けられる国でいたい

憲法記念日だからといって、5月3日の朝から家族全員で憲法を読み上げる必要はありません。それを始めたら、たぶん朝食の味噌汁が冷める方が先です。ただ、この日をキッカケに「自分が守りたい暮らしって何だろう」と少し考えてみる。それだけでも、憲法は随分と身近なものになります。

日本は戦争を経験し、その後に国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を大切な柱として歩んできました。その一方で、世界情勢が変われば安全への不安も生まれます。一発撃てば大量のお金が鉄くずに変わるほどの防衛力をどこまで持つのか?、憲法を変えるのか守るのか?、外交や経済をどう生かすのか?どれも簡単に答えの出る話ではありません。だからこそ、白黒だけで決めつけず、公平無私な目でいろいろな立場を見つめる時間が大切なのでしょう。

国を守るという言葉の先には、地図や国旗だけでなく、人の暮らしがあります。子どもが安心して学校へ行き、働く人が家へ帰り、高齢になっても必要な支えを受けられる。災害が起これば助け合い、病気になれば医療へ繋がり、明日のご飯を心配せず眠れる。そんな平穏無事な日々もまた、守るべき国の姿です。

憲法について考える時、賛成か反対かをすぐ決めなくても構いません。「何故、そう思うのだろう?」「変えたら何が起きるのだろう?」「変えなければ何が起きるのだろう?」と問い続けることにも意味があります。意見が違う人同士でも話せること、その違いによって誰かが排除されないこと。それ自体が、平和な社会だからこそできる営みです。

平和とは完成して置かれているものではなく、普通の1日を明日へ渡すために、みんなで育て続けるものなのだと思います。

5月3日、窓の外がいつもの春の日なら、それは少し嬉しいことです。騒音ではなく鳥の声が聞こえ、空を見上げても何も怖くない。そんな当たり前の景色を、次の世代にも「当たり前」として渡せる国でありたいものです。憲法記念日は、難しい政治用語を覚える日ではなく、その願いを静かに確かめる1日にしても良いのでしょう。

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