血糖値だけでは分からない~HbA1cが教える糖尿病との付き合い方~

[ 旬の食と暮らし ]

はじめに…今日の血糖値は優等生?~その数字だけでは見えないものがある~

健康診断の前日になると、急に食卓が健康的になることがあります。「今夜くらいは甘い物をやめておこう」「念のため水も多めに飲んでおくか…」。普段より少しだけ姿勢を正して採血に向かうわけですが、体の中からすれば「昨日だけですけどね」と言いたくなるかもしれません。採血した瞬間の血糖値は、食事や運動、体調などによって動きます。その数字だけを見て一喜一憂すると、昨日までの暮らしが少し見えにくくなることがあります。

そこで登場するのが、健康診断の結果表でもよく見かける「HbA1c」です。HbA1c(血液中のヘモグロビンにブドウ糖が結びついた割合)は、その瞬間だけではなく、少し長い時間をかけた血糖の状態を知る手掛かりになります。採血の前日に食事を控えたからといって、積み重ねてきた状態が急に書き換わるわけではありません。水をたっぷり飲んで「これで薄まったはず!」と期待しても、そう都合よくはいかないところがHbA1cの律儀なところです。

だからといって、数字を見て落ち込む必要もありません。HbA1cは、昨日一日の反省点を採点する数字でも、これから先を決めてしまう判決でもないからです。食事や運動、薬による治療、睡眠や体調などを無理なく整えていけば、その積み重ねは少しずつ数字にも表れてきます。反対に「早く下げなければ」と急ぎ過ぎれば、低血糖など別の問題にも目を配る必要があります。健康作りは一朝一夕にはいきません。体は電卓のように数字だけを入力すれば答えが出るほど単純ではないのです。

血糖値が「今の様子」を知らせてくれる数字なら、HbA1cは毎日の積み重ねを少し長い目で見せてくれる数字です。この違いが分かると、「毎回血糖を測っているのに、どうして別の検査まで必要なの?」という疑問もほどけてきます。数字を怖がるのではなく、数字が何を教えてくれているのかを知る。それだけでも糖尿病との付き合い方は、少し明るい方向へ変わっていきます。

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第1章…血糖値は「今」でHbA1cは積み重ねを見る数字

血糖値を測って「今日は低かった」「今日は高かった」と一喜一憂したくなる気持ちは自然なものです。ただ、血糖値はかなり身軽な数字でもあります。食事をすれば上がり、運動や薬の影響を受け、体調やストレスでも変化します。病院へ急いで歩いて到着し、「やれやれ」と椅子に座ったところで採血されることだってあります。体からすれば、毎回まったく同じ条件で測ってくださいと言われても「それはちょっと無理です」と返したくなるでしょう。

血糖値は、採血したその時点で血液中にどれくらいブドウ糖があるのかを見る数字です。そのため、今日の状態を知るにはとても役立ちます。特に低血糖や著しい高血糖など、その場で対応を考える必要がある時には欠かせません。しかし、一回の血糖値だけでは「普段もずっと高いのか」「今日はたまたま高かったのか」までは見えにくいのです。

そこでHbA1cの出番になります。HbA1c(ヘモグロビンにブドウ糖が結びついた割合)は、慢性的な血糖の状態を見る手掛かりです。日々の血糖値ほど食事直前・直後などの条件に左右されにくいため、普段の状態を少し長い時間軸から眺めることが出来ます。日本糖尿病学会も、HbA1cを慢性的な高血糖を反映する指標として位置づけています。

感覚としては、血糖値が「今日の体温計」に近いなら、HbA1cは「しばらく続けてきた暮らしの日誌」に近いでしょう。ある日の昼食後だけ血糖値が高かったとしても、それだけで毎日が悪かったとは限りません。反対に、採血した日に綺麗な血糖値が出ても、普段から安定している証明にはなりません。人の暮らしは千差万別で、検査の日だけ切り取って全部を判断するには少し無理があります。

血糖値とHbA1cは競い合う数字ではなく、「今」と「積み重ね」を別々の角度から見せてくれる相棒です。両方があるからこそ、医師も本人も「今日だけの変化なのか」「日々の状態として続いているのか」を考えやすくなります。

そして、このHbA1cには少し面白い性格があります。健康診断の前日に急に野菜中心の食卓にして、「よし、完璧」と満足しても、長く積み重ねてきた状態までは一晩では変わりません。昨日だけ優等生になっても、先生は出席簿まで見ています……そんな少し厳しく、でも頼りになる数字なのです。


第2章…採血前だけ頑張っても誤魔化せない?~HbA1cに残る暮らしの足跡~

健康診断が明日に迫った夜、冷蔵庫を開けてケーキを見つめ、「今日はやめておこう」と静かに扉を閉める。いつもなら手が伸びるお菓子も封印し、夕食も少し控えめ。水もしっかり飲んで、何だか体まで清廉潔白になったような気がしてきます。人間、締め切りが見えると急に真面目になります。夏休みの宿題と健康診断は、少し似ているのかもしれません。

この前日だけの頑張りは、その時の血糖値には影響する可能性があります。血糖値は食事や運動などによって変動するためです。しかしHbA1cは事情が違います。赤血球の中にあるヘモグロビンが血液中のブドウ糖にさらされ、糖が結びついた割合を見るため、過去1~2か月ほどの血糖状態のあらましを反映します。赤血球は作られてから壊されるまで約120日を過ごすので、前日の食事だけで長く積み重なった状態を大きく変えることは出来ません。

では、前日に水をたっぷり飲めば血液が薄まってHbA1cも下がるのでしょうか…。これも基本的には期待できません。HbA1cは血液中に糖が何グラムあるかを量る数字ではなく、ヘモグロビン全体のうち糖が結びついたものがどのくらいあるかという「割合」です。コップのジュースに水を足すような作戦ではないのです。「3リットル飲めば何とか……」と考えたくなりますが、体はそんな裏技コマンドを搭載していません。

HbA1cに必要なのは採血前日の帳尻合わせではなく、その前から続いている毎日の積み重ねです。

この性質があるからこそ、HbA1cには意味があります。ある日の血糖値だけなら、偶然いつもより低い日も高い日もあります。しかし少し長い時間を眺めれば、普段の血糖状態が見えやすくなります。健康診断の日だけ優等生の顔をしても、「ふむふむ、最近の暮らしはこんな感じでしたね」と静かに記録を差し出してくる。融通が利かないようでいて、実は公平な検査なのです。

だからHbA1cが高かったとしても、意気消沈して翌日から食事を極端に減らす必要はありません。毎日の食事、体を動かす時間、睡眠、治療を少しずつ整えていけば、生活の変化もやがて数字へ表れてきます。試行錯誤しながら続ける時間こそが、数字を動かす正攻法になります。

ただ、ここで人間らしい次の疑問が浮かびます。「前日ではダメなら、短期間で一気に下げれば良いのでは?」。数字だけを見れば、早く正常に近づけたくなるのも当然です。ところが体の仕組みは、早送りボタンを押せば万事解決というほど単純ではありません。血糖を改善する速さにも、ちゃんと匙加減があります。

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第3章…早く下げれば良いわけじゃない~血糖改善にも大切な匙加減~

HbA1cの数字が高いと分かれば、「それなら早く下げたい」と考えるのは自然です。食事を一気に減らし、運動を増やし、薬もしっかり効かせて、次の検査では見違える数字を……と気合いが入ります。ところが糖尿病の治療は、テストの点数を短期間で上げる競争とは少し違います。目指したいのはHbA1cだけを下げることではなく、低血糖を避けながら、体全体をより安全な血糖状態へ近づけていくことです。

治療によって血糖値そのものは比較的短期間で大きく変わることがあります。インスリンや血糖を下げる薬が必要な人なら、その変化はさらに大きくなることもあります。しかし薬が効き過ぎたり、食事量との釣り合いが崩れたりすれば、今度は低血糖という反対側の危険が待っています。糖尿病の血糖目標は誰にでも同じ数字を当てはめるものではなく、医師が年齢、健康状態、低血糖の危険性、治療による負担などを考えて決めることが大切とされています。

さらに少し専門的な話になりますが、長く高血糖が続いていた人の血糖を急速に改善した時には、糖尿病網膜症(高血糖などによって目の網膜の血管が傷む合併症)が一時的に悪化することがあります。現在の糖尿病診療でも、HbA1cが急速に下がる場面では網膜症の状態に注意する考え方が示されています。

「高いのが悪いなら、低くするのは速いほど良いでしょう」と思いたくなるところですが、人体は数字だけで動く機械ではありません。アクセルを踏み過ぎれば今度はブレーキが必要になる。何とも手のかかる乗り物ですが、その車体は買い替えの利かない自分自身です。無茶な追い込みより、体調を見ながら臨機応変に進む方が、長い道のりには向いています。

ただし、「ゆっくりなら何でも安全」という話でもありません。血糖値が非常に高く、脱水や意識障害などに繋がる危険な状態なら、速やかな治療が必要になります。反対に、普段の糖尿病管理で自己判断による極端な食事制限や薬の調整を行うのも避けたいところです。医師などと相談しながら、食事、運動、薬、体調の変化を見て進む。その試行錯誤こそが治療になります。

HbA1cは「どれだけ速く下げたか」を競う数字ではなく、体に無理をさせず良い状態を続けられているかを見る数字です。

正に「急がば回れ」です。一進一退の日があっても、昨日より少し歩いた、夕食を少し整えた、低血糖なく1日を過ごせた。そんな小さな成功を積み重ねていけば良いのです。糖尿病との付き合いは短距離走ではありません。ゴールだけを見て全力疾走するより、自分の体の様子を見ながら歩幅を合わせることが、結果として遠くまで進む力になります。


第4章…時間・コツコツ・観察~数字を追うより体を整える糖尿病との付き合い方~

糖尿病と長く付き合う時、頼りになるのは派手な一発逆転ではありません。朝ご飯を少し整えた、今日は少し歩けた、薬を忘れずに飲めた、夜もしっかり眠れた。そんな目立たない一日が何十日も重なって、やがて血糖値やHbA1cに表れてきます。健康作りとしては地味です。「もっとこう、劇的な何かはないの?」と言いたくなりますが、体はテレビ番組ほど都合よく感動の最終回を用意してくれません。

そこで大切になるのが「時間・コツコツ・観察」です。時間をかけることで無理な変化を避け、コツコツ続けることで生活そのものを整え、観察することで自分の体に合っているかを確かめる。この3つは別々ではなく、じゃんけんのように支え合っています。食事だけ頑張って睡眠が崩れたり、運動だけ増やして疲れ切ったりしては、折角の努力も続きません。試行錯誤しながら、自分に続けられる形へ近づけていくことが大切です。

観察といっても、一日中血糖値とにらめっこする必要はありません。血糖値がいつもより低かった日は何が違ったのか?食後に高くなりやすい食事はないか?歩いた日は体調がどうだったか?眠れなかった翌日はどうだったか?そんな小さな違いを覚えておくだけでも、自分の暮らしと数字の関係が少しずつ見えてきます。さらに必要に応じて記録しておけば、診察の時にも「最近ちょっと高いです」だけではなく、「夕食後に上がりやすい気がします」と具体的に伝えやすくなります。

この記録は、自分を採点するためのものではありません。食べ過ぎた日に赤ペンで大きなバツを付けて反省会を始めたら、食卓まで職員室になってしまいます。日進月歩とは、毎日完璧になることではなく、小さな変化を積み重ねながら前へ進むことです。調子の良い日もあれば、疲れて何もしたくない日もあります。その揺れまで含めて暮らしなのです。

そして観察には、数字以外を見る役目もあります。冷や汗や震え、ぼんやりするといった低血糖(血糖値が下がり過ぎた状態)の兆候がないか、喉の渇きや尿の増加、強い怠さなど普段と違う変化がないか。気になる状態が続いた時には、自己判断で薬や食事を大きく変えるのではなく、医師などへ相談する材料に出来ます。数字だけを追っていた時には見えなかった「体からのひと言」が、日々の観察から聞こえてくることがあります。

HbA1cを整える近道は、数字を無理やり動かすことではなく、自分の暮らしを観察しながら続けられる毎日を育てることです。少しくらい予定通りにいかない日があっても構いません。糖尿病との付き合いは満点を取り続ける試験ではなく、自分の体と相談しながら明日を少し過ごしやすくしていく長い暮らしです。その積み重ねを静かに映してくれるのが、HbA1cという数字なのでしょう。

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まとめ…HbA1cは怖い点数ではない~これからを整える暮らしの通知表~

健康診断の結果表に並ぶ数字は、時々、妙な迫力を持っています。HbA1cが想像していたより高ければ、「しまった」と肩を落とし、少し下がれば「ヨシ!」と嬉しくなる。一喜一憂するのも人情ですが、その数字だけで自分の健康すべてに丸やバツが付くわけではありません。

血糖値は、その時の体の状態を知る大切な数字です。一方のHbA1cは、少し長い時間の血糖状態を映してくれます。健康診断の前日だけ食事を控えたり、水をたくさん飲んだりしても、長く積み重なった状態を一晩でなかったことには出来ません。そこだけ聞くと少々手厳しい検査ですが、見方を変えれば、日々の努力も同じように積み重ねて見てくれる数字です。

だから、次の検査まで甘い物を全部禁止し、毎日ヘトヘトになるまで運動する必要はありません。治療が必要なら医師などと相談しながら、食事を整え、無理のない範囲で体を動かし、薬を適切に使い、眠りや体調にも目を向ける。順風満帆な日ばかりではなくても、それで構いません。「昨日は歩けなかったから今日は少し」「夕食が多かったから明日は普段通りへ戻そう」。暮らしは、そのくらいの柔らかさがある方が続きます。

そして忘れたくないのが観察です。数字だけでなく、食後の体調、低血糖らしい変化、喉の渇き、疲れ方、眠り方など、自分の体が出している小さな合図にも目を向ける。気になる変化があれば記録し、受診した時に伝える。糖尿病との付き合いは、数字を敵にして戦うことではなく、自分の体について少しずつ詳しくなっていく時間でもあります。

HbA1cは過去を責める成績表ではなく、これからの暮らしを少し良くするための通知表です。

採血結果を見て「あちゃあ」と思う日があっても、そこで人生の採点終了ではありません。今日の食卓を少し整える、無理なく歩く、よく眠る、体調を見る。そしてまた明日へ進む。その繰り返しがやがて数字にも表れてきます。完璧を目指して息切れするより、自分に続けられる速度で毎日を育てていく。その先でHbA1cが少し笑顔になるなら、自分の体もきっと同じ方向を向いています。

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